夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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十話:放課後デート

 放課後。アキラがいつも通りに帰る支度を整えていると、机の上に置いていたスマートフォンが震え出した。画面を見れば、そこには今井リサの名前が映っており、用件自体には半ば予想がついているものの、素直に電話に出るアキラ。

 電話の向こうから、あ、もしもーし。と明るい声が響いて、

 

『今日はスタジオ練でーす』

「知ってる。てか昨日言ってたじゃねぇか」

『アハハ、まぁ、一応?』

 

 やっぱりな、と椅子に背中を預けて苦笑いする。彼女はこういうところで律儀なのだ。

 

「イベントまであと三日。まぁ、これといって詰めるようなこともないし。俺も今日は休みにするかね」

『それもいいかもね。先輩、最近妙に気合い入れてたし……あ、今更だけど。先輩はどこまで狙ってる感じ? やっぱり優勝?』

「殊更優勝にこだわるつもりはないが……お前と組む最後の機会かもしれんし。手を抜くつもりはないよ」

 

 言って、電話先のリサは黙りこんで。少ししてから小さく笑った。

 

『……なーんだ、気付いてたんだ』

「こないだの幼なじみさんの言葉と、お前から誘われた時の様子を考えれば、何となくな」

『察しが良すぎるのも困っちゃうなぁ』

「わかりやすいお前が悪い。長話もしてられないだろ、練習頑張れよ」

『うん。ありがと』

 

 通話が切れたのを確認してから画面を落とし、机を指でとんとんと叩いてみる。

 テーピングが巻かれた彼の右手首。それをじっと見つめてから、アキラはバッグを肩に掛けて立ち上がった。

 元々痛めていたその部分。イベントまでの時間を考えれば、今更追い込んでも逆効果になるだけ。

 当初の予定通り、一人での参加なら怪我をおしてまで無理をするつもりはなかった。しかし、幾度となく組んできたパートナーとの最後のイベントとなれば、嫌でも力が入るもの。

 根が体育会系のアキラは、リサが今回のイベントを最後にして、バンド活動に集中しようとしていることに気付いてから目に見えて練習に力を入れていた。

 イベントで十全の力を出すならば、どの道後一日は休みをいれなければならない。そう考えれば、今日はちょうど良い機会だったのかもしれない。

 

「かといって、一人で過ごすのもなぁ」

 

 夜になれば巴が家に来てくれるとはいえ、それまでの放課後はまるっきり空いてしまう。そこで、彼はふと気づいた。

 思えば、恋人になってから、たったの一度も、いわゆるデートと言うものをしたことがないんじゃないか、と。

 

「やばいな。愛想つかされるかも」

 

 言葉の割には気楽な口調で、教室を後にするアキラ。

 連絡してみようかと思ったが、なんとなくそれは止めて、ポケットに伸びた手をそのまま突っ込んだままにする。

 向かうは羽丘女子学園。先に帰ってたりするかもしれないが、それはそれで仕方なし。取り敢えずは、行くだけ行ってみようと彼は足早に学校から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 巴は微妙にモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、机の上に乗るスマートフォンを睨み付けている。

 放課後に入って約十分。既に授業道具等は鞄に収まり、今すぐにでも帰れる状態になっているものの。彼女は立ち上がる素振りも見せずに唸っている。

 指先で、つつい、と画面を操作して、映ったのは想い人の電話番号。後ひとつ、一ヶ所タップするだけで電話がかかるそこまでいって、彼女はまた(・・)画面を暗くさせた。

 

「イベントが終わるまではお預けかなぁ」

 

 スマートフォンを持ち、教室の窓から外を眺める。

 ちょうど一人の女子学生が校門から出ていって、その先にいた男の腕に絡み付く。きっと、これからどこかへ遊びに行くのだろう。そう考えると、巴は出てくる溜息を抑え切れなかった。

 彼女とて、思春期の女の子である。ましてや、ついこの間、長い間想っていた人間と結ばれたばかりであって。

 恋愛脳、とまではいかずとも、頭の中をそれが占める割合はそれなりに大きいものがある。けれども――

 

「邪魔はしたくないし……」

 

 一緒にいたい。出来るならば触れ合いたい。それは、恋人ならば当然の欲求でありながら、彼女はそれをどこかいけないことだと自制している節があった。

 それというのも、一度それらを欲求に任せて行動に移してしまうと、歯止めが効かなくなるんじゃないか、と彼女は考えているからだ。

 会えばずっと一緒にいたいし、手が触れれば繋ぎたくなる。繋いでしまえば腕を抱きたくなるし、最後には身体ごとこの腕で抱いてしまいたい。

 ……前科があるゆえに、巴はその辺りの自制心を全く信用していなかった。

 

「はぁ」

 

 もう一度溜息をついて、自分の席へと戻る。

 欲を言えば、放課後デートなんてものをしてみたい彼女だったが、それは半ば諦めてしまっていた。

 夜になれば家に行ける。親にも関係がばれてしまってからは、むしろどんどん行けと背中を押されているくらいなのだから、そこに懸念は必要ない。

 ここは我慢、我慢の時だ。蘭かひまりでも誘って遊びに行こう。遊んでいれば放課後なんかあっという間さ。

 そう、沈みそうになる気持ちを無理やり引っ張り上げて――

 

「トモちーん。愛しの彼がお迎えだよー」

 

 ――鞄を引っ付かんで、椅子を撥ね飛ばして走り出した。

 

「わぁお。……うんうん、トモちんもやっぱり女の子ですなぁ」

 

 

 

 時は少し戻り、巴がうんうん唸っていた頃。アキラは羽丘の校門に背中を預けて立っていた。

 もう帰ってしまったかな、とスマホを取り出し、時間を確認しようとして、

 

「不審者はっけーん」

「割りと冗談にならんからやめろ」

 

 ぬっ、と。顔だけ出したモカに間髪いれずに突っ込んでいた。

 場所が場所なだけに危ない言葉を吐いた張本人は、いつも通りの緩い微笑みをたたえたまま、アキラの隣へと移動して、同じように背中を校門の壁に預けた。

 

「トモちん?」

「色々言葉が足りないけども、その通り」

「呼んできてあげよう……お代はやまぶきベーカリー」

「色々突っ込みたいところだが、それで済むなら頼もう」

「話が早くてけっこうけっこうー」

 

 くるり、と。言いながらアキラの前へと移動したモカは、直ぐ様学校へと戻る、わけではなく。

 しばらくじっと、アキラの顔を見つめた後に。

 

「トモちんも女の子だから、あんまり寂しくさせないであげてね」

 

 それだけ言って、今度こそ、校内へと戻っていった。

 残されたアキラは、ポリポリと頬を掻きながら呟く。

 

「……泣かせたりしたら、後がおっかねぇな」

 

 

 

 

「アキラ!」

「悪いな、連絡もしないで。……走ってきたのか」

「えっと……待たせたら悪いかと」

「勝手に待ってただけなんだがな」

 

 クスクスと笑うアキラに、急いできたことがすぐにばれて微妙に恥ずかしくなる巴。

 しかしすぐに気を取り直して、腰に手を当てて、どうしたんだ、と彼に問いかける。もしかして、なんて淡い希望に高鳴る胸を無意識に抑えながら。

 そんな巴に、アキラはバッグを肩にかけ直してから、彼女の右手を捕まえて歩きだす。

 

「放課後デート。たまにはいいだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

「で、どこに行くつもりなんだ?」

「これがな、ぶっちゃけ思い付きだから考えてねぇんだよ」

 

 ボリボリと左手で頭を掻きながら、若干気まずそうにアキラは言う。右手はそのまま繋がれたままで、少し力を入れれば同じようにギュッと握られて返されるそれが、お互いどうにも離せなかった。

 どちらかが早すぎることも遅すぎることもない歩調は、付き合いの長さから来るものか。初なところはまだまだあれど、ここだけくりぬけば長年の恋人だと言い張っても疑われはしないだろう。

 

「いきなり誘ってなんだが、予定は大丈夫だったのか」

「あぁ。何ならアタシから誘おうかと思ってたくらいさ」

 

 そっか、と前を向いたままに返したアキラに、先程までの自分の姿を思い返して苦笑する巴。どうかしたか、との彼の言葉に首を振るだけで返す。

 十分かそこらとはいえ、あれだけ迷って結局諦めた人間が何を言っているのか。そう考えると、どうにもおかしくて仕方がない彼女だった。

 

 

 

 

「で、イベントで着る服を選びに来た訳だけど」

「これ、アタシが相手でいいのか? 今井先輩の方が良かったんじゃ」

「デート中に他の女の名前を出すとは感心しないな」

「それアタシが言う側の台詞だよな……?」

 

 取り敢えず、とショッピングモールまで足を運んだ二人は、どうせだから、とアキラがイベントで着る服を選ぶことにしていた。

 もっともと言えばもっともな巴の言葉に、茶化すように返したアキラがざっくりと服を見定めていく。ちなみに、ここではさすがに二人の手は離れている。繋いだままで服を選ぶ具合の悪さに、どちらからともなく手をほどいた結果だ。

 

「いや、冗談とかは置いといてだぞ? パートナーと選んだ方が色々はかどるんじゃないかって思うんだけど」

「発表会でもあるまいし、ビシッと衣装合わせることなんてしないからいいのさ。精々が色合い決めるくらいか」

「そんなものなのか?」

「あぁ、そんなもんだ」

 

 んー、とひとつ服を手に取ったアキラが、首を傾げてそれを元の位置に戻す。

 なかなかお気に召すものが見当たらないのか、と巴がその姿を見つめていると、不意にアキラが彼女の方を向いて、どこかイタズラっぽく言う。

 

「それに、お前なら俺に似合うやつ選んでくれるだろ?」

「……しょうがないな。全く」

 

 腰に手を当てて、眉尻を下げながら言う彼女は、けれど楽しそうにアキラの隣へと並ぶ。

 頼ってくれていると思えば、それはそれで悪くない。そう思いつつ、手頃な服をひとつ手に取って。

 

「……お前ならレディースでも着れるよな。後で見にいくか?」

「選択肢には入れておこう……一応」

 

 

 

 

「悪いな、ちょうどスティックを変えようとしてたの思い出してさ」

「いいさ、気ままに行きたいところに行くのが放課後ってもんだろ」

 

 ショッピングモールでの目的は果たし、一度アキラの家へと荷物を置きにきた二人。次は楽器店へ、と巴が提案したところで、なら先に大きな荷物だけでも置いていこうと決めた結果だった。

 紙袋とバッグを自室に下ろし、ソファに座っていた巴は、制服のまま戻ってきた彼を見つめて首を傾げる。

 その視線の意図を察したアキラは、ソファの背もたれに軽くよしかかって。

 

「片方制服のままじゃ浮くだろ」

 

 と、ごく当たり前の答えを口にした。

 それもそうだな、と返した巴は、ふと思い付いたことをそのまま口にしてみる。

 

「アタシも、幾らかこっちに着替え置いておこうかな。それなら、色々便利だろ?」

「例えば」

「着替え持ってきてない時でも、ドラムで汗流せるし。後は……その。お泊まり、とか?」

 

 長い髪を耳にかけながら、少し恥ずかしそうに言う巴。そんな彼女に、アキラは軽く天井を仰ぎつつ。

 

「巴って結構グイグイ来るよな」

「べ、別にそういう意味で言ってるわけじゃ!」

「ないの?」

「…………なくも、なくもない、かも」

「どっちだよ」

「うるさいっ、荷物置いたならさっさと行くぞ!」

「わかったわかった、そんなに引っ張るなって」

 

 恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。そうぼそりと呟くアキラと、言わせたのはお前だっ、と彼の腕を抱きながら玄関まで引きずっていく巴。

 外に出てからもしばらくそのまま腕を抱いたままだったことに気付き。

 

「…………」

 

 ちらり、と横にある彼の顔を見て、どうせだからと改めて腕を絡ませる。

 付き合う前までは、やりたくても出来なかったことのひとつだ。こんな些細なことでも幸せになれる自分の単純さに笑いそうになりながら、アキラの歩調に合わせて歩いていく。

 そんな彼女を横目で見つつ、アキラが何を考えていたかと言えば。

 

(……背が足りん、せめてあと五センチ……)

 

 寄り添って歩くことによって顕著になった互いの身長の差に、ちょっぴり悲しい気分になっていた。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー! あれ、巴ちゃんに……ふふ、いらっしゃい、アキラさん」

「なんだか意味深な含み笑いだな」

「生暖かな視線っていうんだよな、あれって」

「羽沢はそういう悪ノリするタイプには見えなかったけどなぁ」

「つぐのあれは悪ノリじゃないぞ。ただ純粋にアタシ達を見て、ああいう視線になってるだけ」

「尚タチ悪いな」

「なんだか心外なこと言われてる気もするけど、席にどうぞ!」

 

 夕暮れ時、暗くなる前に訪れた最後の行き先は、最近安定となってきた羽沢珈琲店だった。

 アキラはいつも座っている、カウンターのど真ん中の席に迷いなく向かって座り込む。左隣に座った巴は、接客に動き回るつぐみの姿をしばらく眼で追ってから、店主から手渡されたメニューを開いた。

 

「アキラ君ってさ」

「はい」

 

 他に客がいるのに、油売ってていいんですか。そんな意味合いを込めた視線を送りつつ返事をするアキラ。

 返ってきた視線は、ちょっとくらい良いじゃない、なんてニュアンスで。別に大丈夫ならいいけど、とカウンターに肘を付いたアキラは、

 

「結構な女たらしだと思うんだけど、どうかな」

「止めて」

 

 視線を逸らした一瞬で、羽沢の目が隣にいる巴へと向いていることに気付いたアキラが、間髪いれずに口を出した。

 羽沢が二人の関係を知っているかどうかはともかくとして、流石に目の前でそんなことを聞かれるのは些か辛いものがある。

 そんなアキラの心情など伝わるはずもなく、巴は何でもないことのようにこう言った。

 

「昔からですよ。いちいち気にしてたら疲れちゃうくらいには」

「だってさ。気を付けた方がいいんじゃないかな?」

「………………」

「おや、だんまり」

「拗ねちゃいました」

「からかいが過ぎたかな。ご注文はお決まりで?」

 

 唇を尖らせてそっぽを向いてしまったアキラの横、巴と羽沢がやり取りを済ませてしまう。

 アキラに聞いてこなかったのは、頼むものが毎回同じだからだろう。いつもの、というやつである。

 それにしても、やはり羽沢は二人が恋人同士であることを知っていたらしい。話の内容は、アキラからすれば余計なお世話だと言いたくなるようなものではあったが。

 

「ほら、本気で拗ねてる訳でもあるまいし。こっち向けよ」

「けっ」

「普段は大人な癖に、妙なところで子供っぽいやつだな」

「彼女に女たらしとか言われたら拗ねたくもなるわ」

 

 つーん、と効果音が出そうな態度で、頬杖を付いたまま目をつぶるアキラ。

 思ったよりも拗ねてしまっているらしいアキラに、巴も笑顔を潜めて怪訝そうに首を傾げてしまう。そこまで気に入らないことを言ってしまったか、と羽沢とのやり取りを思い返すも、どうにも思い当たらずに頬を掻いた。

 

「まぁいいや。つぐみ」

「あ、はーい」

 

 それでも、本気で拗ねてる訳でもなかったアキラは気を取り直してつぐみを呼び寄せる。

 何やら満面の笑顔で近寄ってきたつぐみは、巴とは反対側の位置に陣取った。

 どうしてそんなに嬉しそうなのか。その答えは、本人から直接明かされる。

 

「えへへ。初めて名前、呼んでくれたなぁって。あ、深い意味はないのはわかってますよ? お父さんがいて紛らわしいから、名前を呼んでくれたんですよね」

「その通りではあるけどな。名前呼びが良いなら、これからもつぐみって呼ぶぞ」

「はい、是非! で、えっと……」

「あぁ、注文。チーズケーキ、頼む」

「かしこまりましたっ!」

 

 元気に返事をしたつぐみは、先程までよりも元気にホールを回り始める。

 そして、アキラはすぐ横にいる巴の視線に気が付くと、微妙に頬をひきつらせた。

 左腕で頬杖を付きながら、半目にてアキラの顔をじっとりと見つめている彼女は、わざとらしく、ゆっくりと言葉を吐き出す。

 

「おんなたらし」

「今のも駄目か……」

「自覚してないのがな。……まぁ、たぶらかされたアタシが言うのもなんだけど」

 

 眉尻を下げて、にかっと歯を見せて。ともすれば少し困ったようにも見える笑みで笑う巴。

 そんな彼女に、アキラも少しだけ笑みを溢してから。

 丁度、目の前に出された紅茶とケーキに目を落として、呟いた。

 

「お前は特別だよ」

「うん?」

「何でもない。さ、頂くとしようぜ」

 

 

 

 

「……渋っ」

「おや失礼。間違ってつぐみの練習したものを出してしまった」

「お父さんっ!?」

「まぁある意味甘すぎたし、丁度良かったんじゃないのかな。はい、いつもの」

「なんてマスターだ全く……」

 

 

 

 




次回更新は日曜日。
遅れた理由は活動報告にて。

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