夕暮れに燃える赤い色   作:風神莉亜

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プロローグ

 夕暮れ時の空を窓から眺め、一人の青年はお湯の入ったケトルを手に取った。もうそろそろ、この家には客人が訪れるだろうと、紅茶を入れる為のカップを横目で確認し、たまにはオシャレにカップ&ソーサーでも出してみようか、と穏やかに微笑む。

 既に茶葉の入ったポットに、お湯を勢いよく注ぐ。いつからか愛用していた砂時計をひっくり返し、二人分のティータイムの準備を整えていく。

 来客を告げるチャイムが鳴ったのは、彼が抽出用のポットから、直接カップへと紅茶を注ぐサーブ用のポットへと中身を移し終えた時だった。

 

「お疲れさん」

「あぁ、お邪魔させてもらうよ」

 

 凛とした声で、けれど嬉しさを滲ませながら微笑んだ彼女は、その赤い長髪を耳にかけながら履き物を脱ぐと、迎えられるままに奥へと進んでいく。

 とすん、とソファに座り込んだ彼女は、制服のネクタイを緩めると、ひとつふたつとワイシャツのボタンを外す。必然的にその胸元が開かれていく訳だが、別段気にすることもなく、バサバサと胸元をはためかせていた。

 

「はしたないぞ」

「別にいいだろ? 他所ではしないさ」

「よくないから言ってんだがな」

 

 視線のやり場に困るのか、皿に盛ったクッキーを机に置いた彼は、リモコンを手に取ってエアコンの温度を下げた。少し肌寒いが、まぁ結構うまい。

 そんな彼を見てケラケラと笑う彼女は、ボタンをひとつ止め直し、代わりにブレザーを脱ぐ。立ち上がり、台所に立っていた彼の隣に立つと、袖をまくって手を洗い始めた。

 

「バンドはどんな調子」

「ん? そりゃあ、楽しいさ」

「そりゃそうだろうけども」

「そういえば、皆がアキラのこと気にしてたな」

「んん? 俺をか」

 

 アキラと呼ばれた彼は、怪訝そうに隣に立つ彼女の顔を覗きこむ。そんなアキラに、手元の泡で、少し遊びながらも、顔は彼に向けて、おかしそうに笑って。

 

「ひまりがさ。ちょうどここから出るアタシを見掛けたらしいんだ。で、『誰の家なの』って聞かれたから」

「正直に答えた、と。まぁいいけど」

「アキラの出す紅茶は美味しいんだって教えたら、皆興味津々って感じだったよ。ひまりなんか、『(ともえ)ばっかりズルい! 私も行ってみたいーっ!』って」

「それ俺じゃなくて紅茶目当てだろ……」

 

 溜め息をつきながら巴に手拭いを渡し、さっさとソファに座り込んでテレビのチャンネルを回し始める。そんなアキラの背中に小さく笑いながら、自分の手を確認してから、ぐしゃぐしゃとアキラの頭を撫で回した後に、その隣に座った。

 

「いきなりなんだよ……。にしても、ひまりはともかく、他のメンバーはあんまり面識ねぇな」

 

 来るのはいいけど、大したことできんぞ。

 そんなアキラの言葉に、巴は注がれた紅茶を一口飲むと、多分大丈夫だろ、と気楽に溢す。また無責任な、と言いたげなアキラの視線もどこ吹く風。先程までバサバサ胸元を扇いでいた彼女はどこかへ消え、背筋を伸ばして紅茶を楽しむその姿に、アキラはまたしても溜め息をついた。

 しっかりしてんだから、からかい混じりにだらしなくするのは勘弁してくれ――そう言ったところで帰ってくるのは素敵な笑顔のみ。諦めて、自分も紅茶を手に取った。

 

「で、本当に来るのか?」

「んー……。来ると思うけど」

「曖昧だな。なんだその変な間は」

「いや、その……」

 

 何かをごまかすようにクッキーを手に取り、口に放り込む巴に、しかしわざわざ問い詰める必要もないな、とテレビへと視線を向ける。嫉妬をした女が男に詰め寄るシーンが流れていて、最近のドラマはどろどろしてるなぁ、なんて考えながら、紅茶を一口。

 

「えっと……。モカとつぐみはわかるよな?」

「あぁ。ギターとキーボードの子だろ」

「その二人と、ひまりは結構乗り気だったな。つぐみは紅茶に興味あるみたいだったし、モカはパンとの相性をリサーチするだとかなんとか」

「いや普通に相性いいけど」

 

 軽く突っ込みを入れながらも、巴から出た名前と記憶にある姿を組み合わせてみる。

 モカというのはあの半分眠たそうにしてるダウナー系の子だろう。白に近い灰色の髪が印象的だ。つぐみという子は、一所懸命にやっているのが見てわかる、真面目そうな女の子だ。

 となると、あのボーカルは、とアキラが口を開こうとして、巴が、それに被せるように。

 

「蘭も来るよ。なんだかんだ言って」

「ふーん……」

「なんだよその反応」

 

 先程までの反応とは明らかに違うアキラの反応に、こちらもまたあからさまに不機嫌そうにする巴。それにたじろぐわけでもなく、いいや、とアキラは紅茶を口に含んだ。

 別段その蘭という人間が気に入らない訳ではない。そもそも付き合いがないのだから、嫌いになどなりようもない。しかし、アキラは半ば本能的に、ひとつの予想がついていた。

 

「俺とその蘭ってやつ。多分相性悪いぜ」

「……そ、そんなこと、ないんじゃないか?」

「お前も大概誤魔化すの下手くそだよなぁ」

 

 思い当たる節があるのだろう。アキラの、確信しているかのような言い方に、巴の頭の中で、目の前にいる男と大事な親友が鉢合わせる空間が創造される。

 結果は、思わしくなかった。

 

「類は友を呼ぶと言うか、或いは巴がそんな人間に好かれやすいだけなのか。苦労するな」

「お前がそれを言うのか……。それに、蘭はお前とはちょっと違うよ。あいつは、少し不器用なだけなんだ」

「はいはい。そんな話をするつもりはねぇよ。辛気くさい面も見たくないしな」

 

 何やら沈みがちな巴の表情に、少し話題を間違えたか、と頬を掻く。良くも悪くも直情的な彼女の頭に手を乗せて、先程やられたように、けれどそれよりは優しく巴の頭を撫で回した。

 

「わっ、な、何をするんだ」

「仕返しと気晴らしだよ。俺はやり返せる、お前は気晴らしになる。一石二鳥だな」

「……別に、落ち込んでる訳じゃあないんだけどな」

「そうだな。お前がそう言うなら、些細なことなんだろ」

 

 片目をつぶり、されるがままの巴を見ながら、力を弱めて乱れた髪を手櫛で整えていくアキラ。立ち上がり、最後にひとつ、ぽんと巴の頭に手を乗せた彼は、

 

「言わなくても構わん。ただ、ここに来て何か楽になるなら、いつでも来いよ。バンド仲間にも、そう言っとけ」

 

 今日はもう帰りな。クッキーは包んでやるから、妹と飯の後にでも食え。そんなことを言いながら、彼は台所に消えていく。

 その後ろ姿を眺めながら、巴はクスリと口元を綻ばせた。口調は乱暴なのに、やっていることはまるで親戚のお婆ちゃんだ。

 そう考えると、少しは余裕も出てくる。仕返しと言って人の頭を掻き乱してくれた礼は、軽口で返してやろう。

 

「二個上の先輩は頼もしいな」

「当たり前だ。年上なめんな」

「アタシより小さいのにな」

「お前やっぱりしばらく来なくていいよ」




今回は短めですが、次回から5000字目安で書いていこうと考えています。
巴ファンを増やすために私は戦う。

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