双極の理創造   作:シモツキ

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第九十話 願い、夢、覚悟

合宿風訓練は、二泊三日の予定で行われる。一日目と二日目の午前はTHE・訓練といった感じの内容で、ここに来たからこそ出来る、って要素はあまりなかった。

けど、二日目午後からは大きく違う。午後からの訓練は間違いなく、これに参加したからこそのものだと思う。だって、今行われているのは……綾袮さん妃乃さんを始めとする、エース級霊装者さん達との乱れ稽古なんだから。

 

「防御は大切だけど、きちんと反撃のチャンスを伺わなきゃ押し切られちゃうよ!」

「中々素早い動きね!けど、読まれてしまえば速くても意味はないわ!」

 

空から飛ぶのは、よく通る声。その声の主である綾袮さんと妃乃さんは稽古の相手をあしらい、でも攻防の中で相手の動きを見極め、戦いながら指摘とアドバイスを口にしている。相手の方は必死の形相なのに、二人の表情は余裕そのもの。

 

「うへー……圧倒的としか言いようがないよな…」

「全くだね……」

 

二人の他にも講師役の人はいるものの、俺達受ける側に比べればずっと少ない。加えて一対一の訓練をしているから、自然と待つ時間は長くなる。俺も今は待っていて…昨日部屋のダブルブッキングにて知り合った彼と、訓練の様子を眺めている。

 

「手合わせ出来るのはいい機会だが、ぼっこぼこにされるのが確定だと気が滅入る……」

「はは……でもあれでもかなり手を抜いてるんだよね、分かってると思うけど」

「…そういや、お前は普段から綾袮様に指導されてるんだったな。羨ましい奴め」

 

それぞれの稽古の様子を眺めながら、会話を続ける。…正直、俺の事を変な目で見る人もいるけど、幸い彼はそんな事なく普通に会話をしてくれる。…まあ、何とも言えない出会い方したのも大きいんだろうけど。

 

「…っと、終わったみたいだね」

「だなー」

「次、誰か相手してほしい人いるー?いないならわたしが適当に指名するよー!」

「うーむむ、どうした事か…あんま後回しにするのは好きじゃねぇけど、まだ全然綾袮様披露してないみたいだし…」

 

キリのいいところで綾袮さんはその人の相手を終了し、着地後総括的なアドバイスを伝える。そうしてその人は下がり、次の相手が前に…というところだけど、やはり圧倒的な差がある相手に向かっていくというのは尻込みしてしまうもの。とはいえだからっていつまでも傍観してる訳にもいかないし……

 

「……なら、俺行ってくるかな」

「…お前、勇気あるなぁ」

「ま、一応は慣れてるからね」

 

特に誰も前に出ないのを確認したところで、俺は前へと動き出した。すぐに気付いた綾袮さんがこっちを向いて、俺達二人は向かい合う。

 

「お、来たね顕人君。わたしにやられる準備はばっちりかな?」

「いや、これはそういう時間じゃないでしょ…でも、一矢報いる位のつもりはあるかな」

「ふふん、良いねその謙虚混じりなやる気。もし本当に一矢報いれたら、一杯褒めてあげるよ」

 

柔和で穏やかな笑みを浮かべ、でもその瞳には真剣な光を灯し、綾袮は言う。

別にこのタイミングで出たのは深い理由がある訳じゃない。やる気がないようには見られたくないと思っていたけど、変な目立ち方もしたくはないと思っていたけど、逆に言えばその程度。俺はそれより訓練そのものを重視したいと思っている。今日の訓練だって深介さん達に見られてるだろうし……本気で一矢位は報いたいと思っているから。

 

「じゃ、どこからでも打ち込んできてくれて構わないよ。…いや、顕人君の場合は撃ち込んでかな?」

「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて……早速やらせてもらうよッ!」

 

構えてすらいない綾袮さんだけど、そこに油断はない事は俺も分かっている。だから俺はライフルを向け……と見せかけて、跳ね上げた二門の砲で先制砲撃を放った。これで決まってくれても構わない、って位の気持ちを込めて。

 

「っと…いざ相手としてみると、やっぱり迫力あるね!」

(飛んだ…!なら……ッ!)

 

砲撃を跳躍で避けた綾袮さんは、翼を展開して追撃のライフル弾も回避。ならばと俺はライフルの射撃で追いつつ、砲で左右交互に偏差砲撃。計三門を駆使して、飛行する綾袮さんを追い立てる。

 

「霊力配分に気を付けないと、攻め切る前に息切れする…っていうのは、顕人君には不要な指摘かな…ッ!」

「不要な指摘だね、少なくとも今は……ッ!」

 

スラスターの噴射も利用したステップで適宜立つ場所を変えつつ、対空砲火を続ける。言うまでもなく模擬戦同様、専用の器具や弾薬を使ってるから綾袮さんを怪我させる心配はほぼないし…そもそもそんなの気にしてたら掠らせる事すら叶わない。そしてそれは…今の戦い方にも言える事。

 

(…やっぱり、実力差に加えて地対空じゃ分が悪過ぎるか…だったら……ッ!)

 

鳥の様に軽やかな飛行で射撃と砲撃を潜り抜ける綾袮さんへ、ただ地上から撃つだけじゃどれだけ時間をかけても当たらない。そう判断した俺は、ライフルの引き金を引いたまま飛び上がる。そして俺の長所である膨大な霊力量に物を言わせ、火力を叩き付けながら突撃開始。

 

「当たらないなら、当たる状況へ自分を持っていけば良いだけの事…ッ!」

「うんうん、そういう思い切りの良さは本当に大事だよ!」

 

速度も機動力も、綾袮さんの方が数段上。けど回避行動を強要している今なら、反動を差し引いても少しずつ距離を詰める事が出来る。動き回る必要があるのと、最短距離で追えるのでは、それ位の差があるというもの。そして距離が縮まれば…当たる可能性も、高くなる。

いつの間にか熱くなりつつあった俺。本気で一矢報いてやろうと闘志を燃やしていた俺。……そう思ってスラスターを全力で吹かした、その時だった。

 

「でも、その思い切りを活かすなら…顕人君はもっと高機動戦を学ぶべきだねッ!」

 

上空へ上空へと避けていった綾袮さんは、真下に回った俺の砲撃を宙返りで避け……次の瞬間、上下逆さまの状態から急加速。凄まじい勢いで降下を始め、俺に向かって突っ込んでくる。

それまで回避一辺倒だった綾袮さんの急な動きに目を見開く俺。一瞬遅れて攻撃を再開するも、綾袮さんの機動を追い切れずに彼女の周囲をすり抜けていく。ならば近接格闘で、と俺は短刀に手を伸ばそうとしたものの……

 

「……ね?高機動戦を学ばないと、その思い切りは相手の土俵へ乗る事に繋がっちゃうよ?」

 

……その時にはもう、綾袮さんに肉薄されていた。寸止めされた天之尾羽張と綾袮さんの言葉が、俺の判断ミスを如実に伝えてくる。

 

「…はい、気を付けます」

「うん、気を付けてね。…で、どうする?もうお終いにしたい?」

「いいや…まだまだ指導、してもらいたいねッ!」

 

何がいけなかったのか。原因は何か。知識や思考ではなく体験でそれを感じた俺は、ただ素直に受け入れる。それから朗らかな表情を浮かべる綾袮さんに向けて……短刀を振り抜いた。

 

「いいよ、じゃあ今度は相手に攻められた場合の動きをしてみようか!」

「了、解…ッ!」

 

翼の羽ばたきで回避と同時に一度距離を開けた綾袮さんは、その言葉通り今度は攻撃を仕掛けてくる。俺は短刀を逆手持ちに切り替えながら、近付かせまいと引き撃ちで迎撃。綾袮さんは俺が対応出来る程度の動きで攻めてきてるって事は分かっていたけど、それでも俺は本気の勝負のつもりで戦った。だってそうじゃなきゃ、俺の成長に繋がらないから。

俺が綾袮さんに相手をしてもらっていたのは、精々十数分。でも全力を注いだ俺にとっては大変な訓練で、終わった時には息が上がっていた。その上で俺は休憩を取った後、妃乃さんや他の講師陣にも向かっていって……この日初めて、俺は霊力の底が見える感覚というのを味わった。

 

 

 

 

「あー…いい、すっごくいい……」

 

訓練も終わり、夕食も入浴も済み、後は寝るまで自由な時間となった二日目の夜。出歩いていた俺は休憩所的な場所にあるマッサージチェアを発見し……今は全身を揉み解される心地良さに身を委ねている。

 

「これ、部屋出て早々に見つけてりゃいい感じに風呂上がりだったんだけどなぁ…」

 

実際に体験した事はないけど、風呂上がりの身体でこれをやったらより心地良いんじゃないかと思う。てか温泉とか銭湯だと脱衣所にマッサージチェアあったりするし、俺の想像は間違っていない筈。…まぁ、だからって風呂入り直すつもりはないけど。

 

「…てか、今の俺老けて見えるんじゃねぇかな…はは……」

 

ランドセルの重さで小学生も肩凝りに…なんて言われる時代だけど、それでもマッサージチェアで気持ち良さそうにしてる姿はとても若々しいとは思えない。それに気付いた俺は何とも言えない気持ちになって、チェアの電源を切ると……そこで俺は、一人歩くフォリンさんを発見した。

 

「やっほ、フォリンさん」

「あ…何してるんですか?顕人さん」

「ちょっとリフレッシュにね。フォリンさんは?」

「私は飲み物の調達ですよ」

 

フォリンさんは声をかけるまで俺に気付かなかったらしく、開口一番何をしてたか訊いてきた。…よかった、若さに欠ける姿を見られなくて…。

 

「へぇ…で、ラフィーネさんは?今は別行動中?」

「いえ、ラフィーネは眠そうだったので私一人で来たんです。…ラフィーネが気になったんですか?」

「い、いやそういう訳じゃ…ほら、二人って特に理由がない限りはいつも一緒だし…」

「まぁ、それはそうですね」

 

昨日の事があってか妙な疑いを持たれるものの、単独行動が珍しいという自覚はあるのかすんなり理解してくれるフォリンさん。実際口振りからして、ラフィーネさんが眠そうにしてなければ二人で来ていた可能性もある。

 

「…そういえば、顕人さん今日は頑張ってましたね」

「え…見てたの?」

「見てたというか、顕人さんが目立ってたんです。訓練を受ける側の中で、やたらと派手に撃つ人は顕人さん位でしたので」

「あ、あー…目立ってたのね、俺……」

 

何気ない会話の中で判明する、傍から見た俺の姿。もしこれが「頭一つ飛び抜けてる」とか、「一人だけまともな勝負を出来ていた」とかなら、嬉しさと恥ずかしさで半々になるところだけど……どうも変な目立ち方をしてしまった気がする。変な目立ち方じゃ嬉しかないよ…。

 

「目立つのは別に悪い事ではありませんよ?戦場において目立つのは危険ですが、一方でその分味方に向けられている敵の注意を逸らす事が出来るんですから」

「…じゃあフォリンさんは、狙って目立ったりするの?」

「私は…あまりしませんね。私が射撃で注意を引いて、別方向からラフィーネが仕留めるという戦法はそれなりに使いますけど」

「ふむ…そういや、模擬戦とか偶々会った時もそうだったけど、ラフィーネさんは基本支援担当だったり?」

「それは…前衛後衛の関係から確かに支援は私がする事の方が多いですが、私が仕留める事も少なくはないですよ?要は状況に合わせて、というやつです」

 

一応…というか紛れもなく俺もフォリンさんも青春を謳歌しそうな年頃なのに、何とも会話の内容は物騒なもの。でも今は環境からしてそういう場なんだから、こういう話になったって仕方ない。それに、別段そのせいで気不味いって事もないしね。

 

「状況に合わせて、か…ありがと、勉強になるよ」

「いえいえ、なんて事ない会話でお役に立てたのなら何よりです」

「…ほんと、フォリンさんは大人だね。…ラフィーネさゆや綾袮さんと比較すると、特に……」

「それは、まぁ…あの、色々な意味で肯定も否定もし辛いのですが……」

「そ、それもそっか…ごめん……」

 

俺にとって綾袮さんは同居人兼クラスメイトで、ラフィーネさんは一つ年下の友達。やっぱりまだ今の環境を『非日常』と認識している俺としては、霊装者という繋がりよりそっちの方が印象強くて、だから何の気なしに質問したんだけど……フォリンさんからすれば、相手は自分の姉と現在交流している組織のお嬢様。つまり…俺は完全に質問のチョイスをミスっていた。

 

「…けど…そうですね、私が大人だとするなら…前にも似たような事を言いましたが、それはラフィーネに合わせているからです」

「…じゃあ、普段の言動は意識してやってるの?」

「そんな事はありませんよ。昔はそうでも、今となってはそれが普通になった…というやつです。それに例え意識していたとしても、私はそれを苦に思いません。私が調整する分ラフィーネがのびのびと生活出来るなら、それは私にとっても嬉しい事ですから」

 

言動にしても思考にしても、長く続けていればそれは次第に身体へ染み付いて、『素』として自分へ馴染んでいく。実際ラフィーネさんに対しても敬語な訳だから、多分フォリンが言っているのは本当の事。

言い切ったフォリンさんは、穏やかな微笑みを浮かべていた。姉の為になれる事は、本当に嬉しいのだとその表情が語っていた。でも……

 

「…フォリンさん、海水浴の時俺に言った事覚えてる?」

「海水浴の時……あぁ、覚えていますよ。その似たような話をしたのも、あの時ですし」

 

俺はその微笑みを、ただの姉妹愛として受け止める事が出来なかった。姉妹愛である事は、多分間違いないけど…普通に生活する中で、普通に抱くようなものではないような気が、俺にはした。

 

「あの時さ、言ったよね。もし答えられるのなら、次の機会に聞くって」

「言いましたね。元々冗談の話ですけど」

「……本当に?」

 

違和感とも不可解さとも違う、自分でもよく分からない思いに駆られた俺の頭に浮かんだのは、あの時の事。何故だかも分からないけど…次の機会とあるのなら、それは今なんじゃないかと俺は思う。

 

「…本気で言っていたと、お思いですか?」

「100%冗談、って事はないんじゃないかと思ってるよ。冗談にしては真剣過ぎる雰囲気だったし、冗談の仕込みに使うような話でもなかったし」

「だからこそそういう仕込みにしたのかもしれませんよ?」

「かもね。…言わない方がいい?」

「…いえ、聞くと言ったのは私ですからね。聞かせてもらいます」

 

二度のはぐらかしらしき発言と、その後の話す事へ対する肯定の言葉。普段ならともかく…今はそれが、ある事の証明のように感じられた。何かを隠したいけど、俺の出す答えは聞きたいという証明のように。

 

「じゃあ…っとその前に、フォリンさんは俺が魔王と戦ったってのは知ってる?…戦った、なんて言えるかどうかは別としてね」

「知っていますよ。魔王戦の話は双統殿内で時折耳にしますから」

「なら良かった。…だったら、それをどう思う?俺が戦った…ってか、戦おうとした事を」

 

俺は一先ず質問から始める。俺のした事を、俺の判断をどう思うかフォリンさんに訊いてみる。すると、フォリンさんは眉一つ動かさず回答を口に。

 

「どうも何も、自殺行為だとしか思いませんでしたね。少なくとも私なら即撤退を選びますし、その戦いのような状態なら死を覚悟します」

「う……ま、まぁ普通そうなんだよね…俺も色々な人から注意されたし、喧嘩の原因にもなってるから、自殺行為だってのは否定しない…」

「喧嘩?…は、まぁ別の話なのでいいとして…これと答えとはどんな関係があるんですか?」

「答えっていうか…前置きかな。俺にはそういう過去があるって」

 

ばっさりと言われて一瞬ショックを受けるも、すぐに持ち直して今度は俺が質問に答える。過去って言っても数ヶ月前の事だけど、そんな重箱の隅をつつくような事はどうでもいい。

 

「…俺は、夢を追いかけてるんだよ。思い描きながらも無理だろうと頭の中では諦めていて、でも突然開けた夢の道を、一歩ずつ歩いているのが今の俺なんだ」

「は、はぁ……」

「この夢はさ、多分他の人にとってはしょうもないって言われると思う。お前は甘いんだよ、って言ってくる人もいると思う。…でも俺は本気なんだよ。本気で夢見てるし、全力でその道を突き進もうと思ってるんだよ。だって…ずっとずっと、それが俺の夢だったんだから」

 

夢を語るというのは、少し恥ずかしい。具体的な内容が内容だから、その夢とは何なのかという具体的な部分は避けて話している。けど恥ずかしいのは夢を話す事であって、夢自体は全く恥だと感じていない。俺のこの夢は、他人の夢に劣るようなものじゃないと思っている。

 

「…顕人さんは、その夢に対して真剣なんですね。口振りから、それは分かります」

「ありがと。…で、フォリンさんは言ってたよね?どこまで思いを貫けるかって。覚悟はあるのかって」

「はい、言いました」

「……俺は、何があっても貫けるって思ってるよ。貫く上で覚悟が必要なら、幾らでも持ってやるよ。俺は、夢の為なら…その夢の果てまで行けるのなら……何だって懸けてやる」

 

言い切った。俺はフォリンさんという聞き手がいる中で、はっきりと言い切った。嘘偽りはない……一欠片足りともない。

 

「…………」

「…………」

「……それは、命すらも懸けるという意味ですか?」

「勿論。でも、懸けはしても捨てはしないよ。犠牲の上で成り立たせるなんて、それじゃ全く満足しないから。何かを犠牲にする事なく、守りたいものや手にしたいもの全てを掴んでこそだと、俺は思ってる」

「…そう、ですか……」

 

沈黙を向けられ、沈黙を返して、それからフォリンさんが発した一つの問い。真剣な顔で訊かれたその質問に、俺もまた真剣な顔で答える。…欲張り?あぁ欲張りでいいさ、現実知ってる風な顔して妥協という名の逃げをするより、馬鹿みたいでも理想を追う方がずっといいんだから。

そうしてまた数秒の沈黙。俺は表情を崩さぬまま次の言葉を待っていて……口を開いたフォリンさんは、ふっと表情を和らげる。

 

「…良かったです、そういう答えが返ってきて。この命惜しくない…なんて、顕人さんに似合いませんからね」

「あ…そこ?そっちに対する感想がまず来るの…?」

「いいじゃないですか、それ位。…しかし、本当に強い思い…いえ、夢をお持ちなんですね。正直驚きです」

「…訊いたのに?」

「予想以上の答えが返ってきたって事ですよ。それに、上部だけとは思えない声音と顔…ってあぁ、そういう事ですか」

「な、何が?」

「さっきの前置きが、ですよ。確かに魔王へと挑みかかり、その言葉通り命を落とす事なく撃退にまで至ったのであれば……貴方の思いは、信じるに値します」

 

顔付きは緩めたまま、信じるに値する…とフォリンさんは言った。表情は緩んでいても、その奥の瞳には真剣な感情が籠っている。何故あの時俺にあんな質問をしたのか。どうして冗談の話だとしながらも、こんな真面目に聞いてくれるのか。…分からないけど、この話は最後まで真摯に向き合いたいと思う。

 

「…えぇと、ありがとう…で、いいのかな?」

「いえいえ、質問に答えて頂いたのは私ですから。……そして私にも、貫きたい思いはあります」

「うん、だろうね。じゃなきゃ…いや、だからこそあの時もそういう話になったんだろうし」

「そういう事です。…顕人さん、もし…もしも私が協力してほしいと言った時、顕人さんは…協力、してくれますか?」

 

じっと俺を見つめる、フォリンさんの瞳。フォリンさんが真剣である事は…言うまでもない。そして、それに答えるべき言葉だって……訊かれるまでもなく、決まってる。

 

「させてもらうよ。それも俺の夢への道の中にある事だし……それを差し引いても、フォリンさんからの頼みなら断る理由はないからね」

「ふふっ、顕人さんならそう言ってくれると思っていました」

 

にこり、と笑みを浮かべてくれるフォリンさん。それが俺の言葉によって、俺の協力したいという思いによって浮かんだ笑みならば……それは凄く、嬉しいと思う。そしてフォリンさんの貫きたいもの…恐らくはラフィーネさんの為の何かに協力出来るなら、それは何も苦ではない。

 

「それでは顕人さん、手始めに飲み物のお金を協力して頂けますか?」

「はは、それ位なら……っておい、何金たかろうとしてんのさ…」

「たかる…?はて、私日本語はまだ完璧ではないので……」

「ここまでこんだけしっかりと喋ってきて今更言う!?いやバレバレだよ!?」

「いや、あの…たかるは本当に知らないんですけど…流れ的に今は分かりますけど……」

「えぇ、本当に知らないの…?」

 

外国人ボケかと思いきや、フォリンさんはどうも本当に知らなかった様子。確かにたかるはそんなよく使う言葉じゃないし、言われてみれば知らなくてもおかしくないけど……なんちゅうタイミングだ…言葉のチョイスは俺がした訳だけど…。

 

「全くもう……俺がただの気が良い人だと思っていたら、それは大間違いだからね?」

「はい、分かっていますよ。…ただの気が良い人なら、ラフィーネがあんなに気を許す訳がありませんから」

「あ…そ、そっか……」

「そうですよ。…ですから、お金を……」

「それは嫌だからね!?」

 

隙を見てまたボケてくるフォリンさんと、それに全力で突っ込む俺。さっきまでの真剣な雰囲気の揺り戻しであるかのように、何ともふざけた空気が俺とフォリンさんを包み込む。

結局その後、具体的にどう協力してほしいかは言われなかった。もしかすると、何かあった時に宜しくね位の気持ちだったのかもしれない。けど、俺にとってはどちらでもいい事。だって、理由が何であろうと、協力がどんな内容であろうと……俺がフォリンさんの、ラフィーネさんの力になりたいって思いは変わらないんだから。


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