双極の理創造   作:シモツキ

86 / 245
第八十五話 早朝の手合わせ

昼間の花火はあの後、色々やった末に線香花火で締めとなった。その頃には時間も夕方へと変わっていて、密度の濃かった海水浴は終了。休みは身体を休める為のもんだ、なんて言った俺だが……正直に言えば、心から「来てよかった」と思える海水浴だった。

で、帰ってからの夜は疲労もあってかぐっすり就寝。そうして迎えた翌日の朝は……

 

「……元気一杯な小学生か…」

 

普段より大分早く起きてしまった。そういう時は迷わず二度寝する俺だが、ばっちり目が冴えていて眠れる気がしない。……マジで元気有り余ってる小学生か俺は…。

 

「どうすっかなぁ…」

 

取り敢えず顔を洗い、その後着替えてリビングへと移動。いつもならまだ寝ている時間に起きても、当然寝ている筈の時間なんだからやる事ある訳がない。今日の朝食当番は俺だが、今からだとゆっくり朝食を作るにしても時間が余るしなぁ…。

 

「朝のニュース見たって面白くねぇし、ゲームって気分でもねぇし、宿題……はまぁ思い出さなかった事にして、うーむ…ん?」

 

ソファへ深く座り込み、ぼけーっと天井を見ながら考える事数十秒。ほんとにやる事ねぇなぁと思っていると、外から何かを振るうような音が聞こえてきた。

 

(近所に野球少年とかラクロス女子とかいたっけ…?…てか、これ……うちの庭から聞こえてね…?)

 

最初は早起きなスポーツ好き辺りだろうなぁと思っていたが、その途中で音が庭から聞こえてきている事に気付く。普通庭にいるのはその家に住んでる人間で、でもそうなると選択肢は三つ。俺を抜かせば緋奈と妃乃のどっちかになるが…どっちも棒を使うようなスポーツなんかやってない。つまり……明らかにおかしいじゃん、これ…。

若干嫌な予感がするも、流石に無視は出来ないと立ち上がる俺。極力足音を立てないように窓へと近付き、不審者でない事を願いながらカーテン諸共窓を開けると……

 

「……え、妃乃?」

「へ?」

 

……そこに居たのは、長い木の棒を振り下ろした体勢の妃乃だった。

 

「…あ、悠弥…早いわね、今日は何か用事?」

「いや、昨日寝るのが早かったからか目が覚めた」

「あぁ…小学生みたいね」

「うっせぇ、そのネタはもう俺が先に言ったわ」

 

俺の存在に気付いた妃乃は木の棒…ってか木製の槍らしき物を下ろし、こちらに視線を向けてくる。…くそう、「案外貴方も子供っぽいところあるのね」…みたいな顔しやがって…。

 

「てか、妃乃こそ早くから何してんの?……まさか、棒高跳びの要領で向かいの家に侵入を…?」

「する訳ないでしょ…素振りよ素振り」

「素振り?こんな朝っぱらから?」

「朝だからよ、お昼にやったら汗びっしょりになるし緋奈ちゃんから変に思われるでしょ?…まぁ、素振りは季節関係なしに朝やってるんだけど」

 

小馬鹿にされた仕返しも兼ねて質問をすると、素振りをしていたという事が判明。しかも今日偶々ではなく、言い方からして毎日やっているらしい。

 

「ふぅん……真面目だなぁ」

「別に褒められるようなものじゃないわ。昔からの日課ってだけだし」

「そうか、じゃあどうって事ねぇな」

「…………」

「…冗談だ。日課たって毎日やり続けるのは大変だろ?仕事とか役目じゃねぇなら、尚更ふとした事で面倒臭くなるもんだし」

「…そういえば、貴方も筋トレやってたわね。あれも日課でしょ?」

「ん、まぁな」

 

リビングから縁側へと出た俺は、窓を閉じてそこへと座る。俺の場合は一応鍛えておいて損はないってのもあるが、大部分はぶっちゃけ前世からの惰性で続けてるようなもんだし、毎日きちんと同じ時間やってる訳じゃない。それでも面倒臭かったり忙しい時は時々やらずに済ませてしまうんだから、早起きしてまで素振りというのは……普通に凄いと思った。

 

「……見るの?」

「やる事ねぇからな。邪魔か?」

「いや、別に…」

 

投げかけられた問いに首肯すると、頬を掻きつつ妃乃は素振りを再開。振るわれた木の槍が空気を切り、先程耳にした音がまた聞こえ始める。

 

「…………」

「ふ……っ!は……ッ!」

 

目の前で行われているのは素振りというより立ち回りで、妃乃は庭の中で踏み込み、回り、身を翻し、跳ぶ。場所的には子供のチャンバラごっこの様な…されど真似事とは比較にならない程に洗練された動きで立ち回る妃乃の姿に、ふとある言葉が俺の口をついて出た。

 

「……綺麗だな」

「ふぇっ!?」

「え……?」

 

突如奇妙な声と共に、振り下ろされた状態から止まる事なく地面へ刺さる木製の槍。その珍事になんだなんだと俺が目を瞬かせていると、妃乃はばっとこちらへ振り返ってくる。

 

「な、何急に言いだしてんのよ!?何のつもり!?何のつもりなの!?」

「は、はい?え、どしたの妃乃…?」

「どしたのって…貴方の言葉のせいでしょうが!馬鹿にしてる訳!?」

「俺の言葉…?…俺は槍捌きも体捌きも綺麗だったから、思った事を口にしただけなんだが……」

「だからそれが……──へ?…わ、私の…動きの、話…?」

「そう、だけど…?」

 

なんか物凄い妃乃がテンパってるてか怒ってる訳だが、俺には全く身に覚えがない。だがそれでも俺の発言が原因らしい事は伝わってきた為意図を言うと、はっとした顔をして妃の乃が硬直。余計意味が分からなくなり、その後の言葉におずおずと俺が首肯すると……元々赤らんでいた妃乃の頬が、更に赤みを帯びていく。

 

「…ぇ、あ、じゃ、じゃあ……さっきのは、私の…勘、違い…?」

「あのー、妃乃さーん?」

「ひゃい!?あ、な、何よ!何よ馬鹿っ!」

「ば、馬鹿って…つーかその反応、さては…俺の綺麗が別の事を指してると勘違いした訳だな?」

 

ころころ変わる妃乃の様子に軽く気圧されていた俺だが、ここまでくれば流石に分かる。っていうか…完全に聞こえてますがな。

 

「し、して、してないわよそんなの!か、勘違いしてるのは貴方よ貴方!」

「じゃ、なんでそんなテンパってるんだ?まさか今の状態をいつも通りとは言わないよなぁ?」

「うっ……そ、それは…」

「どうせバレてんだから、下手な嘘は止めようぜ妃乃。それより妃乃は、一体何に対する綺麗だと思ったのかなぁ…?」

「う、ううぅぅぅぅ……!」

 

自分でもはっきりと分かる位にやっにやしながら立ち上がり、ガラ悪い奴みたいに妃乃を追い詰める。やってる事の意地の悪さは自覚してるが……自覚があっても尚躊躇いゼロでやってしまう程には、言い返せずに顔を真っ赤にする妃乃には謎の魔力があった。

……が、今回はまだ魔力が弱く、且つ俺の目が冴えてる事で俺の中には若干の冷静さが残っており、そのおかげで涙目の妃乃が臨界点すれすれである事に気付く事が出来た。これ以上責めると、手痛い反撃…というか爆発を受ける事になるという危険信号に。

 

「……まぁ、それはさておきとして…」

「……え…?」

 

振り向き、窓を開け、縁側からリビングに。突然引いた俺に妃乃が目を瞬かせる中窓を閉め、リビングから玄関へと向かう。そして数十秒後……俺は靴を履いて、改めて庭へと現れた。

 

「これも何かの縁だ、相手してやるよ」

「…相手……?」

 

まだ顔から赤みの引き切らない妃乃へ声をかけながら、家の外壁に立て掛けられていた木刀を手に取る。…うむ、何の変哲もない普通の木刀だ。

 

「あぁ、同居人に『何かの縁』ってのは変だったか?じゃあ折角の機会とか、そんな感じで」

「い、いやそこじゃなくて…相手って、立ち回りの……?」

「それ以外何があるってんだ。つーか、何故に木刀もあるんだ?」

「それは、私も緊急時は天之瓊矛以外の武器も使うし、そういう時の事を想定して偶に…って、そうじゃなくて……貴方、訓練はしないんじゃなかったの…?」

 

取り敢えず木刀の長さや重さに慣れる為適当に振りつつ会話を続けると、妃乃も段々調子を取り戻していく。そうして妃乃は気を取り直すように軽く頭を振った後……怪訝な表情を俺へと向けてきた。

確かにそれは、妃乃からすれば最もな質問。霊装者として戦いはしても、その道を深めるつもりはないと妃乃に話してたんだから、むしろ疑問に思わない訳がない。…が、そもそも俺自身が俺の意思に反する提案なんかする訳がなく、その質問に対して俺は軽めに回答する。

 

「んまぁ、ちょっと立ち回りの相手する位ならセーフだろ。気まぐれみたいなもんだし、まさか霊力交えた勝負はしねぇだろ?」

「え、えぇ、それはその通りよ?やってたのは技術の鍛錬だし、霊装者の力使った勝負するならもっと広い方がいいし。でも……」

「俺が良いって言ってんだから気にすんなって。…それともあれか?さっきの話を蒸し返してほしい……」

「さぁ構えなさい悠弥!自ら武器を手に取った以上、勝負を降りる事なんて許さないわよッ!」

 

ともすれば精神が同年代の倍前後生きてる俺よりも大人っぽい…というか大人の対応が出来る妃乃も、一度追い詰めてしまえばこんなに分かり易い切り替えを見せてくれる女に早変わり。こりゃあ三文は余裕で得したなぁ、あっはっは。

 

「明日からも早起きしてやろうかな…」

「寝てなさい阿呆!」

「ひっでぇなオイ……で、ルールとかはどうするよ?顔面セーフは入れとくか?」

「それドッジボールのルールでしょ…まぁ取り敢えず範囲は庭の中限定とか、危険な動きはしないって程度ていいんじゃない?」

「危険な動き?倒れた相手に追い打ちはかけるなとか?」

「そんなの当たり前過ぎてルール以前よ…そうじゃなくて、怪我しかねない動きはするなって事。今からするのは模擬戦より軽い手合わせみたいなものでしょ?」

 

そう言って左の人差し指を立てる妃乃に、あぁそうかと俺は首肯。何も俺は妃乃をボコボコにしてやろうとは思っていないし、ほんとにただちょっと「相手してやろうかな」と思って木刀を手にしただけの話。だから妃乃の言葉に異を唱える理由はない。

 

「…さって、じゃ…戦争経験者の実力を見せてやるよ」

「だったら私は能力抜きでも強いんだって事を教えてあげるわ。異性だからって手を抜く必要はないわよ?」

「お、言ったな?なら負けてから性別を言い訳にするんじゃねぇぞ?」

「心配ご無用よ。だって勝つのは私だもの」

 

適度に距離を開けたところで互いを煽る俺と妃乃。勝敗云々言ったら軽い手合わせから早速離れてしまう気もするが…勝ち負け気にせず緩ーくやろうね〜、なんてスタンスだったら張り合いがない。そして同居人と平然と煽り合ってる辺り、勝負事に関して俺と妃乃はまあまあ似た者同士らしい。

 

「…………」

「…………」

 

一頻り煽った後、俺も妃乃も構えた状態で口を閉じる。開始の合図はどうするか決めてないが…決めてない上それも口にしないって事はつまり、既に手合わせは始まっているという事。少なくとも妃乃はそういう目をしていて……俺も、それに異論はない。

構えて相手に視線を向けたまま、微動だにせず気を見計らう。端から妃乃に先制を譲るつもりなんてない。だが焦って踏み込んでも返り討ちに遭うのが関の山で、大切なのはタイミング。そのタイミングを見極めるべく俺は神経を張り詰め、意識を集中し……それまで影になっていた庭に朝日が差し込んだ瞬間、俺は一直線に突進をかける。

 

「やっぱり、踏み込んできたわね…ッ!」

 

元々間にあったのは十歩にも満たない短な距離で、数秒とかからずその距離は詰まる。だが俺が動き出すのとほぼ同時に妃乃は一歩下がり、俺が木刀の間合いに入る直前で木の槍を肩の辺りに突き出してきた。

 

「…っとぉッ!」

「ま、これ位は避けられるか…!」

 

放たれる突きに対して俺は必要以上に足を前へ出し、自ら上体を逸らす事で回避。続けてその体勢のまま反撃の横薙ぎを妃乃へと放つも、それはバックステップによって避けられる。

 

「逃がすかよ…!」

「逃げないわ、よッ!」

 

避けられた時点で俺は腰を落とし、姿勢を下げる事で体勢を立て直す。そこから次の一撃として片手突きをかけると、妃乃は引き戻した槍の柄で弾いて斜め斬り。回避が間に合わないと思った俺は手首を捻り……木刀の柄、それも本当に端の部分でギリギリ受け止めた。

 

「…上手く受けたわね。けど、その体勢でどこまで抑えられるかしら…ッ!」

 

即座に左手でも柄を掴み、妃乃の力に対抗する俺。筋力的には俺に分がある筈だが、体勢を立て直したとはいえ脚が前後に大きく開いている状態じゃ、後ろの脚の負担が大きくてそう長くは持ち堪えられない。だから俺は腕全体へと力を込め、木刀を立たせると同時に槍を横へと押し出した。

 

「……っ、なら…ッ!」

 

横に逸れた妃乃は一瞬前のめりな体勢になるも、即座に踏み込み回転斬りに移行。だが反撃は間に合わずとも身体を動かすだけの余裕はあり、俺は槍の届かない距離まで下がるべく跳躍。一方妃乃は俺に当たらないと分かった時点で回転を止め、俺から視線を離さず構え直す。

 

「…逃げないでよ」

「逃げてねぇ、よッ!」

 

数秒の睨み合いの後、俺は地を蹴り攻撃…と見せかけて、明らかに届かない距離から蹴りを一発。その行動で迎撃を考えていたであろう妃乃のテンポをズラし、前から戻す脚で再び地を蹴って今度こそ接近。その勢いを乗せて振り出した斬撃(木刀だから実質打撃だが)を妃乃は槍で受け止め、俺達二人は鍔迫り風の状態となる。

 

「ここまでは、小手調べってところだよなぁ…?」

「はっ、当たり前じゃない…ッ!」

 

挑戦的な笑みをお互いに浮かべ、それからほぼ同時に後ろへ跳ぶ。着地した次の瞬間にはまた接近をかけ、木製武器の刀身部分をぶつかり合わせる。

小手調べ云々は煽り半分だが、実際俺も妃乃もまだまだ全力を出し切ってはいないし、技だってまだまだ隠し持っている。だから本当の激突といえるのはこれからの事。…へっ、面白くなってきたじゃねぇか……ッ!

 

 

 

 

少しずつ日が昇っていく早朝の住宅街に、木と木のぶつかる音を響かせる。始める前に携帯は縁側に置いたし、当然庭に時計もねぇから正確なところは分からねぇが……手合わせ開始からは、それなりの時間が経っていた。

 

「やるじゃない、悠弥…」

「そっちこそ、な…」

 

じんわりと額に汗を滲ませて、声を掛け合う俺と妃乃。ここまでに何度も斬り結んで、攻防を繰り広げて、策をぶつけ合った。だがまだ勝負はついていない。

 

(実戦だったらこっからは粘り合いだが…そろそろ終わりにしねぇと、お互い怪我をさせかねねぇな……)

 

本当の戦いは体力や集中力が切れようが、勝ち負けが決まらない限り続くもの。…が、訓練の一環であれば話は別。むしろ体力、集中力等が切れかけの状態で続けようものなら、うっかり止める筈の攻撃を止められず……なんて事があり得る訳で、安全性を考えるならそろそろ止めておかなきゃいけない。

それは、妃乃も分かっている筈。だけどそれを口にはしないし、目もまだやる気に溢れている。だったら、この戦いは……

 

(次だ…次の一撃で、勝負を決める……ッ!)

 

小さく息を吐き出し、余計な力を削ぎ落とす。改めて身体に力を込め直し、隙のない構えの妃乃を見据える。もう疲れてきたし、この位にしておくか〜…なんて言うつもりは、微塵もない。

 

「…………」

「…………」

 

俺は木刀を上段に構え、妃乃は姿勢を下げて突進の体勢を見せる。…勝負は一瞬。全力をぶつけられるか、ぶつけられないか…それだけの話。

最初と同じように、俺達の間を静寂が包む。だがそれは、強い緊張感によって生まれた静寂。この静寂が破れた時が、最後の攻防の始まりであり…終わりでもある。

最早軽ーい気持ちで始めた手合わせだという事なんか忘れ、本気で勝利を目指して力を集中する俺達。そして、直感に従い俺達が動いたのは……ほぼ、同時。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

「やぁぁぁぁぁぁッ!」

 

一気に距離を詰め、全力を込めた斬撃を放つ。一気に距離が詰まり、凄まじい速度の刺突が放たれる。普通じゃとても軌道なんか見えない程の勢いだが、どうもアドレナリンまで出てしまっているのかその一撃がはっきりと見える。見えるが…鋭くなっているのは感覚だけで、ぶっちゃけ見えても対応出来ない。感覚に対して身体の動きが遅過ぎて、このまま斬撃を放つしかない。となればやはりもう力を尽くすだけで、俺は「怪我をさせない」という意識だけは残し、残りは全て振り抜く事に注ぎ……

 

 

 

 

 

 

────ガラガラッ!

 

「……ッ!?い、いやぁ朝の体操は気分が良いもんだなぁ妃乃っ!」

「で、でしょう!健康にも良いし、一石二鳥なのよねっ!」

 

……窓の開く音が聞こえた瞬間、俺達は超絶ハイスピードで木刀と槍を背に隠して適当な言い訳を口にした。緋奈に見られたら不味いと思った俺と妃乃の動きは、もう早いのなんのでとにかく凄い。

 

『……?』

 

その動きがそれはそれで違和感バリバリだったのはともかくとして、俺と妃乃が手合わせしてたのは隠せた筈。不自然に横で並んでたり、体操じゃかかないレベルの汗かいてたり、槍の先端が妃乃の頭から見えてたりするけど、まぁ多分大丈夫な筈。…そう思って俺達は家の方に目を向けたんだが……家の窓は、一つも開いていなかった。

 

「……開く音、した…よな…?」

「した、と思うけど……」

 

音が聞こえたから、緋奈が起きてきたと思ったから、俺達は思いっきり慌てて誤魔化しにかかった。でも窓は開いていない。かと言って閉めた音も聞こえてないし、自分の家なんだから窓の見落としもまずあり得ない。……という事は、まさか…これって……

 

「……別の家の、音だった…とか…?」

「…だろうな……」

「…………」

「…………」

 

 

『…はぁぁぁぁ……』

 

妃乃と二人、がっくりと肩を落として息を吐き出す。とんだ取り越し苦労というか、驚かせんなとか、でも安心したとか、とにかく溜め息を吐きたくなる気分となった俺達は、それはもう深い深い溜め息を吐いた。

 

「…なんか、どっと疲れたわね……」

「凄ぇ心臓に悪い経験だった…」

 

凡そ一般的ではない経験を重ねてきた俺と妃乃でも、こういうのに対する耐性は薄い…というか、そんな耐性のある人間にはなりたくない。そしてこんな体験……二度としたくない。

 

「…で、どうするよ?」

「…どう、って?」

「手合わせだ手合わせ。仕切り直して決着付けるか?」

「あー……」

「…………」

「……もう、いいや…」

「だよな〜…」

 

……どんなに熱くなっていても、特級の冷や水を浴びせられれば冷めてしまう。…って訳で、俺と妃乃の手合わせも終了するのだった。後に残ったのは、なんとも微妙なこの気分。

 

「さて、と。今日はもう十分過ぎる程動けたし、この辺にしておくとして……一応、相手してくれた事には感謝するわ」

「俺は気が向いたからそうしただけだ。…だからまた相手してやるよ、気が向いたら…な」

「はいはい、なら気が向いた時に早起き出来るといいわね」

「いや、どっちかって言うと早起きした時気が向いたら……あーーっ!」

「えぇぇぇぇっ!?な、何!?」

 

単純に言えばいいのにわざわざ「一応」なんて付ける妃乃に対し、俺もちょっと捻くれた言葉で返答。そんな反応をしてから素直な会話は俺や妃乃の柄じゃねぇよなぁと思い直し、縁側から家の中に戻ろうとして……重大な事に、気付いた。

 

「……朝食の支度すんの、忘れてた…」

「ちょ、朝食って…急に大声出したと思ったら、それが理由…?」

「うっせ、それより早く準備しねぇと…」

「…ったく、もう…いいわ、それについては私にも少し責任があるし、手伝ってあげる」

「マジか。じゃあ俺はちょっと麦茶飲んでるから、急げ妃乃!」

「いや一番責任ある人間が一息つこうとしてんじゃないわよ!後、それが済んだらシャワー浴びさせてもらうから、先入らないでよね!」

「あーはいはい、そりゃ構わねぇよ。さて、まずは飯を炊かねと…」

 

どっちも疲れてるのにドタバタと家の中へと戻り、朝食作りを開始。思った通り普段作る時間より遅れてしまっていたが、幸い妃乃の協力を得る事が出来た。まったりとは作れないが…まぁ、これなら間に合うだろう。

そうして朝食を作る中で、俺は手合わせの事を思い出す。手合わせしてみて、武器をぶつけ合ってみて、改めて思った。…妃乃の体捌きや槍捌きは……昔の宗元さんにも追い付きそうな位、本当に綺麗で卓越したものであったと。…俺は少なからず技術が鈍ってるだろうし……あのまま決着まで到達してたら、その時勝ってたのは…妃乃だったかもな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。