「なーんか、いつの間にやら静かになったなぁ……」
自分で作ったかき氷を食べながら、ふと口をついたのはそんな一言。波の音はあるし偶に鳥の鳴き声っぽいのも聞こえるし、何ならかき氷をスプーンでざくざくやれば音なんて自分から出せるが、まぁ当然そういう事ではない。
「ふすぅ…くぅ……」
なんかよく分からんが妃乃と綾袮はどっかへ行き、御道はラフィーネに呼ばれて砂浜を歩いていき、フォリンも砂の城を緋奈に任せていなくなり、茅章は未だ夢の中。城を見張っている緋奈とはちょっと距離が離れているものだから、本当に今は話す相手がいない。…いや、声張れば十分緋奈には届くし、茅章起こしゃ話せるから完全に、ではないんだが…。
「一人で泳ぐのは虚しいし……うん、やっぱこっちだな」
かき氷を食べ終え、パラソルの下から出る俺。容器とスプーンは片付け、その後クーラーボックスから氷を取り出し、別の容器でかき氷を作成。それを手に、砂城警備中の妹の下へ。
「お疲れー」
「あ、お兄ちゃんありがと。…あれ?お兄ちゃんは食べないの?」
「俺はさっき食った」
緋奈へかき氷を手渡し、俺は隣へ。受け取った緋奈は早速食べ始め、その冷たさに気分良さそうな表情を浮かべる。
「…よく出来てるよね、これ」
「よく出来てるっつーか、明らかに砂遊びの域を超えてるな…プロだったりすんのか…?」
「砂遊びの?」
「砂遊びの」
全くもって深みのない、THE・兄妹トーク。言った俺自身が砂遊びのプロって何だよとは思うが、まぁそれはどうでもいいところ。
それから緋奈は「暑い時は冷たいものだよね」とか「砂浜でかき氷は風情があるよね」とかかき氷を食べつつ言い、それに俺は軽く返す。そんなやり取りが何度か続いたところで……不意に緋奈は言った。
「…お兄ちゃんと海に来るのって、いつぶりだっけ?」
「…かなり久し振りではあるな。てか俺は、海水浴自体が滅茶苦茶久し振りだ」
「そうだったね。お兄ちゃん、これまで基本夏休みはだらだら過ごしてたから…」
「当たり前だ、休みってのは身体を休める為にあるんだぞ?」
「それを言うなら、学ぶ為の場所である学校でお兄ちゃんがちゃんと勉強してないのはどうして?」
「……海は綺麗だなぁ…」
休む為の休日で疲れちゃ本末転倒だろうと緋奈に教えてやろうとしたら、生意気にも緋奈は鋭い返しを放ってきた。…いやほんと、海綺麗だし…別に話逸らしたかったとかじゃねぇし……。
「…………」
「…緋奈、お兄ちゃんをジト目で見るのは止めなさい」
「…はぁ、まぁそれはいいや。……やっぱりいいね、こうして遠出するのは」
「偶には、な。…緋奈は肩身狭かったりしなかったか?半分位は初見の相手だったろ?」
「そんな事はなかったから大丈夫。…割合的にはお兄ちゃんや妃乃さんと話してばっかりだったけどね」
そう言って肩を竦める緋奈の顔に、取り繕いの気配はない。…緋奈の友達も呼んでやる、ってか呼んでもいいよう伝えとくべきだったかもな…俺含め野郎もいるし、島についての説明とかで色々面倒になりそうでもあるが。
「…訊かないんだな、色々と」
「……うん。わたしにだって交友関係は色々あるし、お兄ちゃんは意地悪でわたしに秘密を作ったりはしないって分かってるから」
「そっか……緋奈も大人になったな」
「まぁ、ね。……また来ようよ、お兄ちゃん」
…ちっこい妹だった筈の緋奈が、いつの間にか大人になっている。それは何とも言えない感覚で、寂しさもあるけど、嬉しさもあって。けれどまた来ようという緋奈は、やっぱり俺の知ってる妹で、そんな妹を守りたくて俺は嘘を吐いてる訳で。……複雑だった。笑えばいいのか、目を逸らした方がいいのか…よく、分からない。
「…色々な交友関係ってなんだ緋奈。まさか、チャラい男とか怪しい男とかもその中に入ってるんじゃないだろうな…?」
「そういう意味じゃないって…もう、すぐそういう方面に繋がるんだから……」
──だから俺は、誤魔化した。緋奈も、俺自身も。…まだまだ俺も兄としては未熟なんだな、と心の中で思いながら。
「…ふぅ、ご馳走様。美味しかったよ」
「そりゃ良かった。んじゃこれも片付けて……って、お…御道が戻ってきた」
砂浜に置かれた器を拾って立ち上がると、そこで砂浜を歩いてきている御道を発見。その後すぐ妃乃と綾袮も戻ってきて、更にその後ロサイアーズ姉妹も姿を現し全員帰還。今度は何やら城へ拾ってきた貝の飾り付けが始まり、お嬢様二人も城に興味を示して静かだった砂浜は元の賑やかさを取り戻す。
別に俺は賑やかなのが好きな訳でも、嫌いな訳でもない。賑やか…っていうか騒がしいのは嫌いだが、それは多分普通の事。同時に人付き合いをあまりしない俺にとって、今の状況は珍しく…実は少しだけ、最初自分が場違いなように思えた。けど……悪くねぇな、こういうのも。
*
無事存続していた砂の城へ装飾品(貝)が乗せられ、結構なクオリティの作品が完成した。それを前にしたラフィーネさんはご満悦で、フォリンさんも納得の出来だったようで、二人に頼まれ俺は撮影。…何気に城と共に水着の女の子二人を撮った訳だけど……頼まれたんだから、後ろめたく思う必要はないよね、うん。
その後男女混合ビーチフラッグをやってみたり、スイカ割りからのスイカ休憩(霊装者ガールズが悉く強力な一撃をスイカに叩き込んだものだから、木っ端微塵のスイカを食べる事になった)をしたり、またビーチバレーが始まりかけたりと午後もがっつり満喫した俺達。その内にまだ十分明るいものの日が傾き始め、もうそろそろしたら終わりにする?…という雰囲気になりつつあった時、綾袮さんがある提案を口にした。
「ねぇねぇ、花火やろうよ花火!」
さっ、と荷物から花火のパッケージを取り出した綾袮さん。キラキラした目で提案してくる綾袮さんに対し、俺達は揃って怪訝な表情に。
「…えーと綾袮さん、それはネタで言ってる?」
「ううん。だって、花火と言えばスイカ割りやビーチバレーに次ぐ砂浜での定番イベントでしょ?」
「い、いやそれはそうだけどさ…」
砂浜での定番イベント。その認識は何も間違ってないし、俺だってそう思う。…けど、今この状況と花火とは、ある要素において致命的なミスマッチを起こしている。そう、だってまだ……
「……貴女、まだ夕方にすらなってない段階で花火やるつもり?」
…お日様は、俺達と砂浜をその光で明るく照らしているんだから。
「む…じゃあ訊くけど、妃乃は真っ暗になってから花火するつもり?そしたら帰るの凄く遅くなっちゃうよ?」
「なんで花火やる前提なのよ…やらずに帰る選択肢はない訳?」
「ない!」
「あのねぇ……」
元気良く言い切られ、妃乃さんは呆れたように手を額へ。…いや、呆れたようにってか…間違いなく呆れてる。少なくとも、俺だったら絶対呆れてる。現に俺今呆れてるし。
「綾袮さん、何も花火は今を逃したら使えなくなるわけじゃないし、今回は諦めてよ。それに今やっても物足りない感じになるんじゃない?」
「えー…ならわたしのこの気持ちはどうしたらいいの?花火に対するこの昂りを放っておいたら、帰った後リビングで花火に火を点けちゃうかもよ?」
「洒落にならねぇッ!ちょっ、庭でやろうよ庭で!なんでリビングでやろうとすんの!?屋内で花火とかえらい事になるよ!?」
「でしょ?だから危険回避の為にも、ここで花火を……」
「だから庭があるじゃん…びっくりする程発言に妥当性がないよ……」
妃乃さんに代わって俺が説得を試みると、綾袮さんから返って来たのはまさかの脅迫。驚きのトンデモ発言に俺は全力で突っ込むも、当然綾袮さんへの効果は薄め。…まぁ、綾袮さんもきちんと常識は持ってるし結局は単なる冗談なんだろうけどさ…。
「無茶苦茶な発言は止めなさいっての…そこまでしてやりたい訳?」
「うん。妃乃と顕人君こそ、そんなにやりたくない?っていうか、他の皆はどう?」
溜め息混じりの妃乃さんの問いに、綾袮さんは即首肯し質問を他のメンバーへ。すると、俺や妃乃さんに賛同する声が返ってくると思いきや……
「どうって…ま、いいんじゃねぇの?明るいしそこまで盛り上がらねぇだろうけど、別に個人でやる花火は高価でもねぇし」
「わたしは…どちらでもいいかと…」
「え、と…僕は悠弥君に賛成です…じゃなくて、賛成かな。折角の機会だし…」
「…花火、興味ある」
「興味の話でしたら、私も少し…」
……なんか、圧倒的に賛成派の方が多かった。どちらでも可の意見を除いても、賛成5反対2だった。…えっ、俺と妃乃さんの方がアウェー…?
「……俺達がおかしい…って、訳じゃないよね…?」
「え、えぇ…多分ここが局地的に賛成派多数なだけで、一般的には私達の方が普通な筈よ……」
自分の感性は間違ってない筈、と顔を見合わせて確認する俺達二人。……まぁ、賛成5って言ってもその内二人は花火そのものへの興味だし、千嵜と茅章も綾袮さん程積極的な賛成じゃない(特に千嵜は「駄目ではないだろ」ってスタンス)から、実際にはそこまで感性に不安を感じる必要もないんだけど。
ただ、内容はどうあれ賛成は賛成。味方を得た綾袮さんは更に盛り上がり、花火のパッケージを両手に持って迫ってくる。
「でしょでしょ?ねー、だから花火やろうよー。楽しいよ〜?夏の風物詩なんだよ〜?」
「どんだけやりたいのよ綾袮は……」
「こんだけ!いやもっとかな!」
どんだけ、と訊かれて両手で目一杯円を描いて気持ちをアピールする綾袮さんは、いつもに増して子供のよう。そんな姿を見せられたら俺も妃乃さんももう苦笑いするしかなくて……
「…いいよ綾袮さん。やろうか、花火」
「ほんと?やったぁ!」
「全く…思った程派手じゃなくても知らないわよ?」
「分かってる分かってる!よーしそれじゃあまずはライターだね!」
きゃっきゃと荷物の中からライターを取り出しパッケージも開ける綾袮さんの姿に、俺と妃乃さんだけじゃなく千嵜やフォリンさんも苦笑い。…こんな子供っぽい人が、いざ戦闘となれば物凄く強くて頼れる相手になるんだから、ほんと人って見た目や普段の印象だけじゃ測れないものだよね。
そうして花火をする事とした俺達は燃え移らないよう荷物やレジャーシートから離れ、(海)水を入れたバケツも用意。それから念の為パッケージ裏の注意事項や使用期限なんかも確認して……準備は完了。
「いくよー!初めはすすき花火……着火!」
まぁやるなら最初は言い出した人からだよなー、的空気となって皆が視線を集める中、綾袮さんは花火をライターの側へ持っていき、ライターを点ける。それによって発生した火が花火の先端を焼き始め……次の瞬間、鮮やかな火花が噴き出し始めた。
『おぉー……』
「うんうん、この強過ぎない程度の勢いがいいよね。じゃあ顕人君、蝋燭にも火お願いね」
「え…俺がやるの?」
「え、なら火の点いてる花火持ってるわたしがやった方がいい?」
「…そっすね、ライター貸して…(なら先に蝋燭に火を点けてよもう……)」
自分を出来ない状態に置く事で押し付けるという、何ともズルい事をする綾袮さん。…ただまぁ、表情を見るに素で蝋燭に火を点けるのを忘れていただけっぽいから、今回は文句を言わずに飲み込む。
「これでよし、と。んじゃ皆さんどーぞ」
火を点け、蝋燭を置いて俺も花火をスタート。綾袮さん同様俺もすすき花火を手に持ち、着火後は少し離れて噴射を眺める。
(……思ったより、悪くないかも…)
花火は真っ暗な夜の中で火の花を咲かせるからこそいいのであって、明るい中でやったらその魅力は半減する。…そう思っていたし、実際100%の魅力は発揮されてない感じだったけど……それでも緩い弧を描く花火は綺麗だった。…流石花火。
「花火ってついつい見つめちゃうよね。…お兄ちゃん、それってねずみ花火?」
「そうだぞ?…ほいっと」
「きゃあっ!?ちょっ、人の足元に投げるのは止めなさいよ!?普通に禁止行為なんだけど!?」
「うおわっ!?ちょっ、花火こっちに向けんな向けんな!それだって禁止行為だろ!」
「…沢山用意してあるなぁ……わ、ナイアガラ花火まである……」
花火をやるかどうかの意見に関係なく、皆も次々と選んだ花火に火を点けていく。…サンダルしか履いてない足元にねずみ花火投げたり、驚いたとはいえそれなりに吹き出してる手筒花火を水着とシャツしか着てない相手へ向けたりしてる人が二名程いたけど、まぁ多分あの二人なら放って置いても大事にはならない筈。それより、気になるのは……
「……何これ」
「何なんですかね、これ……」
しゃがみ込んだ状態で、酷く冷めた声を漏らしているイギリスからの姉妹。着火でも失敗したのかな、と思って花火片手に回り込んでみると(これも行為的にはあんまりよくないね。皆も気を付けよう!…なんちゃって)、二人がやっているのはヘビ花火だった。
「…それ選んじゃったかぁ……」
「……?顕人、これは不良品?」
「いや、そういう花火だよ…でもうん、それは知らなきゃ『何これ……』ってなるよね…」
ヘビ花火だってれっきとした花火だし、滅茶苦茶伸びる様子は見ていて面白いものだけど…やっぱり花火の最たる魅力である派手さや綺麗さはない訳で、二人の反応も無理はない。…適当に選んだのかな…?
「そう。でも、他の花火もわたし達の知ってる物と違う。もっと派手だと思ってた」
「私達の知る花火は、もっと派手且つ空に打ち出してましたよね。…もしやそれは、日本の文化ではなかったんですか?」
「あー……これもそれも日本の文化だよ。でもそっちは素人がやったら危険だし、そもそも物凄くお金がかかるからね」
「…つまり、どっちも日本の花火ではあるんですね?」
「うん。例えるなら一般家庭で使う車と、レースで使う車って感じかな。その二つはどっちも四輪車だけど、実際は色々と違うでしょ?」
どうも二人はイベントなんかで使われる方の花火を想像していたらしくて、ヘビ花火への冷めた反応はそれとの落差もあった様子。…まぁ、どっちも基本『花火』としか言わないんだから勘違いするのも無理はない。
「あぁ…確かに、あれだけの爆発をする物が市販で売られてる訳ないですよね。…でも、そうですか……」
「……一応、二人が想像してたタイプのもあるよ?勿論火力は全然違うけど…」
「そうなの?」
「そうだよ。じゃ、用意しようか」
俺の説明にフォリンさんは納得したような声を出すも、その顔はちょっぴり残念そう。…だから、俺が打ち上げ花火の話をすると……フォリンさんより先に、ラフィーネさんが食い付いてきた。ラフィーネさんの声に含まれていたのは…やってみたい、という感情。
それを受けた俺は、もう消えているすすき花火を片付けた後未使用花火置き場へと移動。取り敢えず打ち上げ花火の総数を確認しようとパッケージから取り出していると、次第に皆が集まってくる。
「あれ、顕人君もう打ち上げ花火?」
「二人に見せてあげようと思ってね。半分位は残しておいた方がいいよね?」
「まぁ、打ち上げ花火は一つ二つじゃ物悲しいしな」
千嵜の言う通り、打ち上げを単発又は数発だけ…というのは何か悲しい気分になってしまう。そういう単発使用はそれこそ線香花火の持ち場であって、打ち上げ花火をするならやっぱり何発も続けてやりたいというもの。でもなら何発にする…?…と俺達が考えていると、はしゃぎ中の綾袮さんが声をかけてくる。
「だったらいっそ全部纏めてやっちゃおうよ!半端に分けるよりは、フル投入の方が感動も大きいって!」
「うーんそれも悪くな……って何してんの綾袮さん!?」
「あははっ!わたしこれやってみたかったんだよね!手筒花火を四本ずつ持って武器っぽくするの!」
「危ないから!確かにやってみたい気持ちは分かるけどそれ持ってこっち来るのはマジで止めて!?」
花火置き場に来られたら誘爆必至の綾袮さんを何とか妃乃さんに止めてもらい(俺が突っ込んでる間、千嵜と茅章は「あれはやってみたいよなぁ」「うんうん、だよね」なんて話してた。…余裕あるなら二人も突っ込むなり止めるなりしてよ……)、その後全員で話し合った俺達。そうして具体的に幾つにするか、誰か違うタイミングでやりたい人はいるか、なんてやり取りの末……綾袮さんの案、つまり一気に使ってしまうという事で決定した。
決まったら次にやるのは準備。見栄えや安全性を考慮した間隔で打ち上げ花火を置いていき、着火順なんかも確認する。皆協力してくれたおかげで準備は手早く進み、そこまでは言う事なしだったんだけど……
『何故に俺達が着火役……?』
最後の最後で、何とも看過し難い状況に直面した。なんと、女性陣から話し合いなく「着火は二人がお願いね」的な事を言われたのである。
「なんでって…走って一気に点けるんだから、男の貴方達の方が向いてるでしょ?」
「いや、ここにいる女性陣は大体身体能力高いじゃねぇか…」
「でもほら、危ないし。わたし達火傷しちゃうかもだし」
「うん、それは俺達も同じだから…火傷は男だってするよ…」
俺も千嵜も絶対着火役は嫌!…って訳じゃないけど、「え、これ位当然だよね?」…みたいな押し付けられ方をするのは御免というもの。勿論嫌味っぽい言い方はされてないし、不愉快だってわけじゃないけどさ。
そんな心境で千嵜と半眼を向けていると、何やら女性陣はアイコンタクト。そして……
「…緋奈ちゃん、頼んだわ」
「あ、はい。……お兄ちゃん、わたし…お兄ちゃんがやってくれたら、嬉しいな…」
「うっ……し、仕方ねぇなぁ!」
(……千嵜、お前…)
上目遣いで囁くように頼まれた千嵜は、いとも簡単に籠絡されていた。…何妹に対して満更でもなさそうな顔してんだこいつは……。
「じゃ、次は顕人君だね」
「む…残念だけど、俺は千嵜と違ってあんな色仕掛…けではないか、これは失礼だったわ…こほん。…あんな方法じゃ籠絡されないよ?」
「だろうね。だから…ラフィーネ、フォリン、せーのっ」
『お願いします!』
…などと思っていたら、今度は俺の番(?)に。軽く攻略された千嵜の後追いになるのはなんかギャグキャラっぽくて嫌だと思い、飄々とした反応をしつつも内心で構えていると……綾袮さん、ラフィーネさん、フォリンさんが同時に頭を下げてきた。それもお願いします、という言葉付きで。…ははぁ、俺には弱点がないと観念して正面突破を狙った訳だね?確かに自分を律し、欲に流されず考えるという点に関して俺は中々……
「あ……えーと…まぁ、そう言うなら…」
「あ、上手くいきましたね」
「ふふん、顕人君は真面目に頼まれると弱いからね。押しに弱い、ってやつ?」
「……だってよ、確かに弱いよなぁ押しに」
「うぐっ…な、なんか悔しい……」
さっきとは千嵜と立場が逆転し、今度は俺がちょろいなぁ…みたいな視線を受ける形に。……いや、うん…押しに弱いってのは自覚なくもないし、現に頷いちゃった俺だけど…何だろう、このやり切れない気持ちは…。
…まぁ、そんな訳で俺と千嵜がやる事になった。女性陣は、侮れません。
「ったく…じゃあどっちからやるよ?どっちからだって変わらんだろうけど」
「変わらないだろうねぇ。んじゃあ……」
「…あの、千嵜君御道君。僕もやろうか…?」
二人で同じところから始めたってしょうがないから、分かれて両端から点火を…と話していたところ、入ってきたのは申し訳なさそうな表情の茅章。…うん、まぁそうだよね。ここで「任せちゃえばいいやー」とか思わないのが茅章だよね。
「ありがと茅章。でもいいよ、着火は俺達だけで事足りるし」
「だな、ってか三人だとむしろややこしい事になりかねん」
「そっか……なら、二人共お願いね」
『おうよ』
茅章からのお願いに爽やかスマイルで応えた俺達(爽やかスマイルの理由?え、別に深い理由はないけど?うんないない)は、それぞれのポジションへと移動。そこで女性陣から改めてお願いをされ(嵌めてやらせる、みたいなのが嫌だったのだと思われる)て、俺達二人は走る体勢に。
「じゃ、行くぞ御道」
「OK、それじゃ…!」
軽くスタンディングスタートの姿勢を取った千嵜と合図を出し合い、俺達は着火を開始。橋から順に打ち上げ花火へ火を点けていき、それぞれで丁度半分…合わせて全部へ点け終わると同時にサイドステップで危険地帯から離脱。ふぅ、と無事終わった事に一息吐きつつ目を花火の方へ向けると、丁度その時二ヶ所から空気を切る音が聞こえ……
『おぉー……!』
……打ち上げ花火が、始まった。専門家がやるイベント用の物とは雲泥の差の……でも決してお粗末ではない、派手な花火が。
「…綺麗、ですね……」
「うん、綺麗……」
ぽつりと呟くのは、違う花火を想像していたラフィーネさんとフォリンさん。…二人にそう思ってもらえたのなら、それだけでもこれは成功。その事に俺は安堵する。
「すぐ近くで見られるのは、イベント用にはない魅力だよね」
「だよなぁ……また今度、うちでもやろうかね…」
「これは庭では出来ないと思うよ?…でも、花火自体は賛成かな」
「…さっきの反対は、訂正するわ。…案外良いじゃない、今やる花火も」
「うん。…環境だけじゃなく、皆でやれるかどうかも大切だよね、花火って」
皆で眺めながら、昼間の花火に思いを募らせる。…綾袮さんの言う通り、花火を楽しいと思えるのはただ花火が派手で綺麗だから…ってだけじゃない。そしてそれは…今日一日の事、全てに言える。……人と関わるのは、誰かと楽しさを共有するのは…本当に楽しいって、俺は思う。
「……来年も、また来られるといいね」
溢れたのは、自然と口を衝いて出た言葉。特に予定を考えている訳じゃなく、むしろ何も考えていない……でも俺の心からの、言葉だった。