双極の理創造   作:シモツキ

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第八十一話 海のお昼と言えば

水着に着替え、持ってきた道具も設置し、茅章とも合流し、やっと海水浴が始まった。暑かったんで取り敢えず海に入ったり、御道を茅章と協力して埋めてみたり、ジュース淹れたグラスに切ったレモンを刺して、更にストロー入れた状態でビーチベッドに持っていって南国気分になってみたり、折角来たんだからと普通に楽しむ俺。勿論楽しんでいるのは俺だけじゃなく、各々思い思いの遊びに興じ、楽しい時間を過ごす事凡そ一時間。で、ある時綾袮がビーチボールを持ってきて……

 

「たぁぁぁぁッ!」

「ふ……ッ!」

「そこですッ!」

「甘いわよッ!」

 

──現在は幼馴染み組と姉妹組による、白熱のビーチバレーが行われていた。

 

「……なぁ千嵜…」

「何だ」

「…今、どっちが勝ってるんだっけ…?」

「…分からん」

 

若干乾いた声で訊いてくる御道に、俺はノールックで返答。見てないから断定は出来ないが…多分俺も御道も同じような顔をしているだろう。というか、状況的にそうならざるを得ない。

初めはバレーではなく、単にボールをトスし合って回す、バレー版キャッチボールとでも言うべきものだった。…が、件の幼馴染みと姉妹はそれじゃ物足りなかったのか、段々と動きが本気になっていき、途中で道具もビーチボールから何故か持ってきていたバレーボールへと変わり、更にどこから持ってきたのかネットまで設置して、そこからはもう…というかその時点で既に、四人は勝負一直線だった。…因みに緋奈も最初はこれに参加していたが、バレーボールに変わった時点で離脱している。

 

「…うん、やっぱりわたし早めに抜けてよかったかも……」

「あぁ、その判断は間違いなく正しかったぞ。ありゃもう一種の魔境だ」

「僕が行ったらノックアウトされそう…何があそこまで二組を駆り立てるんだろうね…」

「全員負けず嫌い…とか?少なくとも綾袮さんとラフィーネさんは負けず嫌いっぽいし」

 

砂に足を取られる&風が吹き易いという要因により、本来初心者では上手く出来ない筈のビーチバレーでありながら、身体能力と動体視力、そして戦いで培った勘を駆使してなんか凄い激戦を繰り広げる四人。一方その中に入れなければ入ろうとも思わない俺達四人は、レジャーシートに座って鑑賞中…というかパラソルの下に避難中。…選手交代とか増員とかで呼ばれたら堪んねぇよ……。

 

「…にしても、驚いちゃった。お兄ちゃんに外国の人との交友関係があったり、御道さん以外の男友達がいたなんて…」

「あの二人とは知り合いではあっても、あんまり交流はないんだけどな……てか緋奈、しれってお兄ちゃんをdisるのは止めなさい」

「…悠弥君、そうだったの…?」

「うっ……それは、なんつーか…」

 

俺達のやり取りを聞いていた茅章が膝を抱えた格好で顔をこちらへ向け、曇りのない目で聞いてくる。それに対して言い淀む俺。これが他の奴なら適当にあしらうか、「そうだけど何?」みたいな感じで返すんだが…なんか茅章相手だと見栄張りたいんだよなぁ…!

 

「……こ、こほん。俺は人にどう思われたいかじゃなくて、互いにどれだけ相手を思えるかで友人を作ってるだけだ……的な…?」

「どう思われたいかじゃなくて、どれだけ思えるか……深いね、流石悠弥君…」

「な、なぁに、それが俺の生き方ってだけさ」

 

そんな事を思って何とか捻り出した言葉は、即興にしては中々の出来。おかげで茅章からの評価も守る事が出来て、俺としては満足な結果に。

 

「…絶対普段はそんな事考えないよね、お兄ちゃん」

「いやいや、そう感じさせないだけさ」

「まぁ、周りの目を気にして作る友達なんてその相手に失礼だし、いいと思うよ?」

「だろう?中々分かってるじゃないか千嵜……」

「…けど、互いに思える友達を作った上で、それ以外の人とも良好な関係築けるのが一番だろうね」

「うぐっ……」

 

……が、千嵜から手痛い返しを受けてしまった。…余計な事言いやがって…てか、一回で言い負けるのなんて今日二度目だぞ…?

 

「あはは…でも、周りの目を気にしないだけでも僕からしたら凄いよやっぱり。僕は……」

「あー…周りの目は意識する方が普通だから、それは気にしなくていいと思うよ」

「だな…って待てやおい、それだと俺が普通じゃないみたいになるじゃねぇか」

「え……普通じゃないよね?」

「普通じゃないですね、お兄ちゃんは」

「おっと、俺は今喧嘩売られてんのか?だったら買ってやるぞこの野郎&女郎」

 

わざわざ海に来てやる事じゃないが、だからって別に海でやっちゃいけない訳でもないだろうと俺達は談笑を続行。その後吹っ飛んできたボールが俺達の頭の上を掠めていくというハプニングはあったものの問題になるような事はなく、ビーチバレーに一先ずの決着が付いた頃にはもう日が空高く登っていた。

 

「疲れたぁ…顕人君、飲み物ちょーだい…」

「顕人、わたしも欲しい…」

「あ…でしたら私も…」

「はいはい、クーラーボックスの中から好きなの選んで下さいな」

「まさか海水浴でこんなに汗かくとは思わなかったわ…」

「こっちは海水浴でここまでのガチバトルするとは思ってなかったわ…微妙に早いが、そろそろ昼にするか?」

 

疲れ切った様子の妃乃に呆れつつ、俺は携帯の時計を見て昼食を提案。するとその瞬間、俄かに空気が色めき立つ。

 

「お昼って、昨日買ってたあれだよね?」

「そうそうあれだ。けどまずは準備しなきゃいけねぇし…御道、茅章、手伝え」

「あいよ」

「うん。でも、僕あんまり料理は得意じゃないよ?」

「大丈夫だ。今からやるのは食材の準備じゃなくて、調理する為の道具の準備だからな」

 

緋奈の問いに頷きつつ、御道と茅章を呼んでパラソルの下から出る。

島一つ用意してくれただけあって、妃乃と綾袮はかなり多彩な道具を用意してくれていた。今から準備しようとしてるのも…その内の一つ。

 

「えぇと、説明書ではまず…」

「別に乗り物作ろうってんじゃねぇんだから、まずは感覚で組み立てりゃいいんだよこういうのは。ほら、これはここ……ありゃ?」

「あ…悠弥君、多分それ逆……」

「早速間違えてんじゃん…途中で崩れて食材が砂浜へダイブするなんて御免だし、説明書の通りにやるよ」

 

パラソルから数m程離れた場所で組み立てる俺達。脚を立たせ、中に必要なものを入れ、網をかけ…と準備を進め、あっという間にセットが完了。俺のミスは…まぁほら、何事もなく終了じゃ味気ないって事で、一つ。そうして出来上がったのが……

 

「うっし、じゃあ焼いてくぞ〜」

『おー!』

 

砂浜で作る食事の代名詞、バーベキューのセットである。食器や食材も、勿論準備済みさ!

 

「…あ、何なら海で魚獲ってたり、そっちの林で動物狩ってきたらそれを焼いてやるぞ?」

「いや、なんで急にサバイバル的展開になるのよ…」

「…そういえばさっき泳いでいる時、食べられる魚を見つけた」

「う、うん。獲りに行かなくていいからねラフィーネさん…」

 

予め切っておいたりレンジでチンしておいた野菜をクーラーボックスから取り出し、トングを使って焼き始める。なんか冗談を間に受けてそうな人が一名いたが、まぁ御道が突っ込んでくれてるからいいとして……何気に俺が焼く係になってんな。別にいいけど。

 

「ねぇねぇ悠弥君、お肉は?焼きそばとか焼きおにぎりは?」

「順番に焼くから待ってろ。後肉はともかく、焼きそばや焼きおにぎりは締めだろ普通」

「手馴れていますね…顕人さんもそうでしたけど、今の日本は男の方が料理をするのは普通なんですか?」

「普通…って程多くはねぇと思うぞ?俺も千嵜も訳ありで料理してる面があるし」

 

一応バーベキューも料理といえば料理だが、ぶっちゃけタイミング気を付ける以外に気を使うところなんてなく、かなり久し振りではあるものの特に集中する事なく焼く俺。途中フォリンとのやり取りの中で「緋奈が御道の料理の話で違和感を覚える→霊装者の件が…」ってなるんじゃないかと思ったが、そもそも緋奈は聞き流していた様子。…けど、それもそうか。何も知らない緋奈からしたら、ふーん…で済む程度の事だもんな。

 

「ふぅむ、これ火が通ってるか微妙だな……妃乃、ちょっと口開けてくれ」

「え?何でよ…ってまさか試しに食べさせてみる気!?」

「一番乗りだぞー?」

「生焼けかどうか確かめる為の一番乗りなんて要らないわよ!自分で食べればいいじゃない!」

「んだよ、つまんねぇなぁ…肉の時はやってくれよ?」

「もっとやらないけど!?野菜はまだしも、生焼けの肉とか普通に危ないんですけど!?」

 

途中で妃乃を弄って時間を潰しつつ、ある程度したところで各種肉類も投入して、大分網の上は美味しそうな色に。…ほんとは一つ一つ一番良いタイミングか確かめていきたいところだが……

 

「よーし、じゃくれてやるから皿持ってこーい」

「やたっ!それじゃわたしお肉下さいな!」

「肉だけじゃなくて野菜も食えよー」

「えー……あ、そうだ。顕人君、顕人君のもわたしが取ってきてあげ……」

「二人分の肉は自分へ、野菜は俺の皿へ…ってする気でしょ」

「うっ…そ、そんな全ての幸福は地球へ、全ての不幸はとある惑星へ…みたいな事する訳ナイヨ-…?」

 

茶番を横目で見ながら、皿を持ってきた人(全員だが)に次々と分けつつ、開いた場所へ新たな食材を投入。…偶にはあんまり細かいところまで気にせず、わいわいとノリで焼いて食べるのもいいよな。

 

(…けどまさか、こうしてバーベキューする日が来るとは……)

 

友人や仲間で集まって賑やかにバーベキュー、なんて俺とは無縁の出来事だと思っていたし、そんなに興味も抱いていなかった。が、やってみりゃやっぱ楽しい訳で……誘ってくれた二人には、感謝しなきゃいけねぇな。

焼いて、分けて、また焼いて、また分けて…そうする事約十数分。全員育ち盛りな面子は十分やそこらじゃ満腹にはならず、食材も十分に用意してきた為、まだまだ勢いが落ちる気配はなし。…と、そんな中で…気付いた。

 

(…もしや、俺……このままだと、いつまで経っても食えないんじゃ…?)

 

勢いは落ちていないが、一人一人食べるペースは違うせいで中々取りにくる流れは絶えない。絶えても大概それはまだ火の通っていない食材ばっかりの時で、さっきのボケじゃないが、バーベキューでありながら生の野菜を食べるなんて悲し過ぎる。

 

「……妃乃」

「何よ?焼けてない肉の味見はしないわよ?」

「そうじゃなくて……その皿にある肉くれ」

「え、嫌だけど?」

「うぐっ……」

 

驚く程の真顔でばっさりと否定され、精神的なダメージを受ける俺。ひ、酷ぇ…確かに俺はしょっちゅう妃乃を弄ってはいるが、だからって焼き続けてる俺にそれは……って、いやいや落ち着け俺…今のは俺の言い方が悪いだけだ…。

 

「…あー、そうじゃなくてだな……」

「そうじゃないなら……あ、自分も食べたいって事?」

「…そゆ事」

「なら最初からそう言いなさいよ…」

「ですよねー…今のは俺も説明不足だったと自覚してる…」

 

これまで焼き担当で食べられてないから。それを先に言えばよかったのに、言わないもんだからちゃんと伝わらない。人はこれを、自業自得と言う。

 

「全く、それだから不用な誤解産んだりするのよ…じゃあ今網の上にあるのはもう食べられそうだし、貴方はそれ食べなさい。焼くのは私が変わってあげるから」

「おう、悪いな」

「いいわよ別に。一人に任せっ放しなんて気分良くないし」

 

そう言って妃乃は自分の持っていた箸と皿を置き、未使用の食器…恐らく俺用の物を持って隣へ来てくれる。ちょいちょい物言いがキツかったりはするものの、ちゃんと言えば(伝われば)面倒な事や自分がやらなくてもいい事でもすぐに引き受けてくれる妃乃は、何だかんだで良い奴……いや、普通に良い奴なんだよな。

なーんて内心で思いながら、俺はトングの持ち手を妃乃へと向ける。それを妃乃が受け取ろうとして……横槍が入った。

 

「ちょーっと待ったー!」

「…何よ、綾袮」

 

よく通る声で横槍を入れてきたのは、口の端にタレを付けた綾袮。何ともまぁ締まりのない状態の綾袮に対し、妃乃が半眼で言葉を返す。

 

「ちょっとちょっと綾袮、それは面白くないんじゃない?」

「面白くない?…何が?」

「普通に焼く担当を変わろうとしてるところだよ!今のは悠弥君からの食べさせてアピールじゃないの!?」

『……は?』

 

大変意味の分からない主張をしてくる綾袮へ、俺達二人は完全に同じタイミングで言葉を漏らす。…俺からの食べさせてアピールって……

 

「……違うわよね?」

「違うぞ?」

「違うって言ってるんだけど?」

「えー……なぁんだ、折角盛り上がりそうだったのに…」

 

妃乃に訊かれて、否定して、その答えを妃乃が綾袮に返して……結果、綾袮はつまらなそうな顔になった。…何だこれ。

 

「盛り上がりそうって……あのねぇ、貴女や緋奈ちゃんに対してならともかく、私が悠弥にそんな事する訳ないでしょうが」

「そうなの?二人共遠慮なく話してるし、仲自体は悪くないでしょ?」

「仲悪くなくてもよ。第一、それなら貴女は顕人にしてあげる訳?」

「え、わたし?わたしはやらないよ、だって食べる側だもーん。顕人君、あーん」

「はい?……しれっと俺が肉をタレに付けたタイミングで振りやがったね…?…ったく……」

『あ……』

 

ほんと自由奔放な奴だな…と俺が思う中、進む妃乃と綾袮の会話。…と、そこで綾袮が茅章と話していた御道に話を振る…というか食べさせてアピールをすると……御道は呆れつつも、開かれた口へと肉を放り込んでいた。この様子だと、普段から時々あげているのかもしれない。

 

(御道は綾袮の兄か保護者かよ……)

「んぐんぐ…顕人君ありがと〜」

「ありがと〜、じゃないっての…」

「あはは…ほんとに良い人だね、顕人君は」

「これに関しては俺が押しに弱いだけな気もするけどね…」

 

若干自虐も入れながら顕人は肩を竦め、その隣の茅章は苦笑い。んで、肉を貰った綾袮は満足そうな顔をした後、今度は自信あり気な顔で妃乃へと正対した。

 

「ふふん、はっきりしちゃったね妃乃」

「貴女の図々しさが?」

「そうそうわたしの貰えそうなら貰っておこうという…って違うよ!はっきりしたのは度胸の差だもんね!」

「度胸?」

 

…ノリ突っ込みに関してはさておくとして、綾袮が口にしたのは度胸という言葉。それに妃乃が怪訝な顔をする中、綾袮は続ける。

 

「そうだよ。あーん一つであたふたする妃乃と、堂々とそれが出来るわたし。ここには歴然たる度胸の差があるでしょ?」

「そ、それは度胸とは違うでしょ。っていうか別に私はあたふたしてないし…」

「言い訳は見苦しいよ妃乃。事実として妃乃に出来なかった事をわたしは出来たんだから」

「だから、それは度胸とは……」

「ふっふーん!この調子で更にもう一枚貰っちゃおうかなー!」

 

……なんか、一周回って凄ぇな。…ご機嫌な綾袮に対し、俺はそんな事を思っていた。しかも地味にまた顕人から貰う事考えてるし……てか、元々そういう話じゃねぇじゃん。俺もバーベキュー食いたいって話じゃん。

 

「あー、妃乃?ほっとくと食材焦げちまうし、そろそろ変わって……」

「…いいわよ、やってやろうじゃない……」

「へ?」

 

当初の目的を思い出し、改めてトングを渡そうとした俺。……が…何故か妃乃は菜箸を持ち、その赤い目に闘志を燃やしていた。

 

「……さぁ、口を開けなさい悠弥…」

「え、いやあの……妃乃さん…?」

 

肉を箸で摘んだ妃乃から感じる、謎の圧力。怒った時や問い詰めてくる時とも違う、強いて言うなら戦闘時のそれに近い雰囲気に、俺は冷や汗が垂れ気圧されてしまう。

 

「あーんしてあげるから、口開けなさいよ…」

「や、だ、大丈夫だぞ?俺は自分で食えるし、そっちの方が手間がかからないから、妃乃にはこれ代わってほしいっていうか…」

「それじゃ綾袮に行動で返せないでしょうが…!」

(やっぱそれが理由かよっ!?)

 

この状況で妃乃が闘志を燃やすとすれば、それは綾袮と綾袮が言った度胸に対して以外にあり得ない。となれば当然原因も綾袮な訳で、焚き付けた綾袮へ何とかしてもらおうと声を……

 

「はふぅ、ジュースジュース〜」

(あ、こいつ優位に立ちたかっただけだな!?焚き付けたつもりなんかなかったパターンだな!?)

「ほら、早く…」

「ちょっ、待った待った!こんな事に本気になってどうすんだよ!こういうのは軽く流すのが……」

「いいから!早く!あーん!しなさいッ!」

「あ、はい!あーん!」

 

入れる、とか食べさせる、とかではなく、文字通り妃乃は肉を摘んだ菜箸を俺の口へと突っ込んできた。流石に喉を刺される…なんて事はなかったが、それでも凄い形相の相手から細い棒×2を口の中に突っ込まれるというのは恐ろしいもの。……怖ぇよ妃乃さん…。

 

「味は?」

「あ、味?…そりゃ…思った通りの味だったな…焼いたの俺だし……」

「そう。じゃあほら玉ねぎも」

「た、玉ねぎも…?」

「…………」

「…い、頂きます」

 

続けて突き出された玉ねぎも、妃乃の気迫に押されて受け入れる。それを咀嚼し、飲み込むと……やっと妃乃は菜箸を置いてくれた。

 

「……満足?」

「満足は食べた貴方が言う言葉でしょ。それより…ほらどうよ綾袮!これで私が言い訳をしてた訳でも、度胸で劣ってる訳でもないって証明……って、全然見てなかった!?」

「あ、気付いてなかったのね…」

 

自信満々で振り向き、そこでやっと綾袮が既に興味を失っている事に気付いた妃乃。……なんつーか、なんとも言えない気分ですわ…。

 

「貴女ねぇ…ちゃんと見てなさいよ!」

「え?何を?水平線?」

「水平線は関係ないでしょうが!私の証明を見てなさいって言ったのよ!」

「えー…折角の海をそんな事に使うのはちょっと…」

「……ねぇ綾袮、私前から貴女の頬って柔らかくて良さ気だと思ってたのよね…」

「ちょっ!?突如まさかのカニバリズム!?怖い怖い!それは普通に怖いよ!?」

 

半ば予想通りの展開と言えばその通りだが、証明成功どころか完全に振り回されただけの妃乃はぷっつん状態。肉切り用の鋏を手に綾袮へゆらりと近付き、そんな状態の妃乃に近付かれた綾袮はビビって逃走。当然妃乃は綾袮を追いかけて……

 

 

……あれ?

 

(…焼く係の交代は……?)

 

最初妃乃は交代してくれるつもりだった。…が、その妃乃がどっか行ってしまえば、言うまでもなく俺は振り出しの状態。一応肉一切れと玉ねぎ一切れは食べられたが…それじゃ幼稚園だって満足しない。

ぶっちゃけた話をすれば、俺だって男な訳だから、異性にあーんをしてもらえるのは嬉しい。そりゃあ嬉しい。けど……あんな鬼気迫る雰囲気で突っ込まれたら、喜んでなんか…いられないよな、はは…。

 

「とほほ……」

「お兄ちゃん元気ないね。どうかしたの?」

「うん、まぁ…ちょっとな……」

「ちょっと?…っていうかお兄ちゃん、ずっと焼いてて全然食べてないでしょ。わたしが食べさせてあげよっか?」

「緋奈……ありがとな緋奈、俺泣きそうになる程嬉しいよ…」

「そ、そんなに?…それは良かったよ…あはは……」

 

捨てる神あれば拾う神あり。正にその諺を使うべき瞬間が訪れた俺は…思った。……やっぱ、妹最高っすわ。


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