双極の理創造   作:シモツキ

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第七十八話 武器と力の振るい方

武器を持って戦うのであれば、ある程度武器の手入れの技術を身に付けておかなければならない。ま、当たり前の話だよな。ちょっとした不調や切れ味の劣化程度で一々整備担当に渡してたら無駄な手間が増えちまう訳だし、整備担当に渡せない状況だってある訳だし。……が、そういう手入れを行うのは非専門家な以上、マメにやっていったってせいぜい現状維持が精一杯で…時折俺は、協会に装備を持っていっている。

 

「…相変わらず損耗が少ないね。やはり技量のある人間の武器は整備する側としても助かるよ」

「俺の場合は使用期間が少ないだけかもですけどね」

 

俺の装備を見ているのは、研究室室長の園咲さん。見ていると言ってもまだ状態把握の段階で、どうこうしている様子は一切ない。

 

「下手な人間が使えば、一度の戦闘でも大きく損耗するものだよ。最も、それは武器ではなく動画全般に言える事ぁけど」

「そりゃ、まぁ……で、どうです?」

「どれも問題なさそうだね。これなら軽く手を入れるだけで済む」

 

その言葉を聞いて、俺は一安心…とは言わずとも、少なからず良かったと思った。軽く手を入れるだけなら時間もかからないだろうし……今使ってるのは昔使ってた物がベースになってて、思い入れが全くないって言ったら嘘になるからな。…その内の一つはここじゃなくて御道のところにあるが。

 

「じゃあ、これからメンテナンスとしよう。終わるまで時間を潰していてくれるかな?」

「はい。……あ、その前に一つ質問いいですか?」

「構わないよ。準備でもう少しの間はこの部屋にいるからね」

 

装備を置いて、機材の準備を始める園咲さんに俺は質問…の許可を得る質問。それで許可を受け、気になっていた事を口にする。

 

「…園咲さんって、室長…なんですよね?」

「そういう事になっているね」

「……こういうのって、一介の職員がする事では?」

「あぁ…ふっ、確かにそうかもしれないね」

 

怪訝な表情を浮かべて俺がそう質問すると、園咲さんは肩を竦め…軽く笑って肯定した。…いや、肯定というか…同意をした。

ここが個人店舗なら分かる。俺が滅茶苦茶偉い奴で、室長直々に応対しなくては…って感じだった場合も分かる。…が、実際にゃどちらでもないんだから、直接見てもらえるのはありがたい反面違和感があるというのが正直なところ。

 

「…理由は色々あるよ?私が開発を主導した物だから、整備も自分の手で行いたい…という私的な理由もあれば、他の人員は基本その日する仕事が決まっていて、誰より私が遊軍の様に動けるからというのもある。…けれど、最たる理由は…それが一番面倒が少ないからさ」

「面倒、ですか…?」

 

さてどんな理由だろうか、と思っていたところに来たのは「面倒が少ない」という理由。…ここでいう面倒、ってのが組織的な意味だってのは分かるが……。

 

「知っての通り、君の装備はどれも特注品だからね。それに君は通常の指揮系統を離れた、かなり独特な立場をしている。となればそんな君が普通の整備をする場合、手順やら手続きやらでこちら側も面倒になってしまうんだよ」

「はぁ…なんか、お手数おかけしてます…」

「何、気にする事はない。むしろ君…それと顕人君の二人には感謝しているからね」

 

俺はこんなところでも余計な迷惑かけているのか、と少し申し訳なく思ったところ、返ってきたのは俺の思いとは真逆の言葉。で、それに俺は「?」って顔してたんだろうな。園咲さんはそのまま言葉を続けてくれた。

 

「私は一人で考える事、考えた物を形にする事、その結果をこの目で見て修正していく事が趣味みたいなものなんだ。だからそれを全て満たせるこの担当は、私個人で言えばむしろありがたいとすら言えるんだよ」

「…えぇと、それは……」

「……女性として致命的な性格をしている、とでも思ったかな?」

「え?い、いやそんな事は…」

「何、それに関して自覚はあるさ」

「…………」

 

職人気質、或いは好きな事を仕事に出来たって事なんだろうなぁと思っていた俺。…なのに、何故かかなりデリカシーのない事考えてたみたいに受け取られてしまった。しかも自覚はあるとも言われてしまった。……そういう事にしておこうかね…園咲さんの方はそれで納得してるみたいだし…。

 

「…あー、とにかくそう言ってもらえると助かります。後今の時代、男だから云々女だから云々はあんま気にしなくてもいいと思いますよ?」

「うん?…あぁそうか、君は昔を知る人間だったね。ふふ、お気遣い感謝するよ」

 

男だとか女だとか、そんなものより実力やら人間性を見る方がずっと建設的だろうと俺は思う。特に霊装者なんて、元々の身体能力はあんま関係なくなるしな。…まぁ、開発とか研究の分野に関しちゃ全く知らない俺の意見に過ぎないが。

 

「……あ、そういや…さっき御道の名前出ましたけど、御道のも俺と同じ感じで整備してるんですか?」

「そうだよ。…まぁ、君と彼とは装備の状態がかなり違うんだけどね」

「って、事は…あいつ使い方荒いんすか?…そういうイメージねぇけどなぁ…」

「いいや、彼自身は丁寧に扱おうとしてくれていると思うよ?装備にその形跡があるからね。…けれど、彼は霊量に物を言わせたスタイルを取る事が時折あるんだよ」

「あぁ…そりゃ確かに損耗も激しくなりますね…」

 

御道は装備を雑に使うどころか、むしろ色々気にして割り切るのが苦手なタイプなんじゃねぇかなぁと勝手に思っていた俺にとって、それは寝耳に水な言葉。だが、園咲さんの説明によってその理由を理解する。

道具ってのは丁寧に扱えば損耗を抑えられるが、それは使い方の良し悪しによる部分をカバー出来るという話で、運用上避けられない損耗ってのは存在する。どんなに上手く使おうが刀剣は斬りゃ切れ味が悪くなるし、火器の砲身は使い方に関わらず磨耗するって感じにな。で、霊力を直接撃ち出すタイプの火器は、大量の霊力を使えば使う程砲身内部の損耗が激しくなる訳で……あの砲でバカスカ撃ってたら、そりゃ丁寧に扱おうが関係なくなるわな…。

 

「…御道に使い方考えろ、って言っときますか?」

「その必要はないよ。整備気にして長所を生かせないんじゃ、あまりにも本末転倒だろう?」

「ま、そりゃそうですけど」

「何も毎回大破させている訳じゃないんだ、私もそこまで心が狭くはないよ。それに、だ。彼が使っているのは試作品な以上、酷使して色々な限界点を見せてくれるのはありがたいんだ。だから実際のところは、次はどんな状態で持ってきてくれるのかな…と楽しみなのさ」

「……なら、偶には俺も使い捨てる覚悟でやってみますかね…」

「ほぅ、それは楽しみだよ」

 

そう語る園咲さんの表情は、ほんのりとだが期待の様なものが含まれていた。…使い捨てる覚悟で、ってのは冗談のつもりだったんだけどなぁ…。

 

「さて、と。それでは始めるとするよ」

「あ、お願いします。んじゃ俺ちょっとぶらぶらしてるんで、終わったら適当に置いておいて下さい」

「ならば丁重に置いておこう。…っと、そうだ…悠弥君」

 

園咲さんが移動しようとしたのに合わせ、俺も部屋を後にすべく立ち上がる。理由はどうあれ直々にやってもらってんだから、これまで以上に装備は大切にしなきゃだなぁと思いながら出入り口に向かおうとしたところで、園咲さんは俺を立ち止まらせるように声を発して……言った。

 

「……今更だけど、コーヒーは飲むかな?」

「…い、要らないっす……」

 

間に合わなくてこのタイミングに、というのならともかく、出ていくのが分かったところでコーヒーを勧めるのは如何なものだろうか。──そういうもんなんだから当たり前っちゃ当たり前なんだが、この人の天然さって…予想が付かないんだよな……。

 

 

 

 

整備の終わった装備を受け取ったら、もう俺に用事はない。だから帰ってもいい…ってかこれまでなら帰っていた訳だが、今俺は空いていたトレーニングルームにいる。

 

「…………」

 

今も昔も俺が最も使う武器、実体刃の直刀を持って立つ事数分。抜刀こそしてはいるが……まだ、ここに来てから一度も振っていない。

 

「…ここまで来て、何を躊躇ってるんだろうな俺は…」

 

ここは武器を眺める場所でも、一人で静かに考え事をする為の場所でもない。トレーニングルームなんだから、ここでは訓練してナンボ。…そりゃ、分かっているんだが……。

 

(…自発的にやるってのは、本当にその気があるって証明だもんな……)

 

緋奈の普通の生活を守りたいという願いと、その為には少しでも多くの力が必要になるという現実。強くなれば守れる可能性も高まるが、訓練をすれば俺はよりこちら側に入り込む事となり、それが悪いものを呼び込んでしまう原因になるんじゃないかというジレンマ。うだうだうだうだ迷ってばかりいながら、碌な結論も出せずに今日も……

 

「…戦う相手を、所望かな?」

「うおっ…!?…あ、あんたは……」

 

なんて思っている中で、突如後ろからかけられた声。それに驚きつつも振り返ると、そこには落ち着いた雰囲気の男性が一人。

 

「……どちら様、でしたっけ…?」

「…一度私は、魔王との戦いで君と言葉を交わしているのだが、ね」

「へ……?…あ、警護部隊の…!」

 

どこかで見た覚えはあるものの、どこの誰だったか思い出せない。だが魔王との戦い、という言葉で思い出した。そして俺の記憶は合っているらしく、彼…警護部隊の隊長は、ゆっくりと首を縦に振る。

警護部隊隊長。あの魔王戦において、妃乃と綾袮が戻るまで唯一まともに魔王と戦う事が出来た、一撃受けた際もライフルを盾にする事で重傷を避けた、確かな実力のある霊装者。…また予想外の相手と鉢合わせしたもんだな…。

 

「…すんません、忘れてて」

「いいや構わない。一度、それも軽く言葉を交わしただけの相手など全員記憶していたらキリがないのだからな」

「いや、まぁ…それはそうですが…(俺はこの人の戦う姿も多少なりとも見てるから、軽く言葉を交わしただけ…ではないんだよな…)」

 

注目していた訳じゃないが、魔王相手に俺を含む殆どの霊装者は返り打ちとなっていたんだから、やり合っていた隊長の事は自然と記憶に残るというもの。…最初誰だか分からなかったのは……あぁそうだよ、記憶にはあっても興味がなかったから出てこなかったって事だよ…!

 

「…で、どうなのかな?」

「どう……えーと、相手を所望してるのか、って話ですか…?」

「勿論」

「あー…まぁ、訓練目的ではあったんですけど、別にそういう訳では…」

「ふむ、そうだったか。…ならば、少し私の相手をしてくれるか?もしよければ、だが」

 

口振りからしてもしや…とは思っていたが、案の定彼は相手を探していた様子。……多分言うまでもないと思うが、ここに俺以外の奴はいない。

 

「…えぇ、と…俺、相手になります…?」

「何、身体が鈍らないよう少し動かすだけの事だ。それに君は、それなりに腕が立つのだろう?」

「…そう思います?」

「曲がりなりにも魔王の前に立ち、最後まで屈しなかったんだ。実力のない者がそんな事出来るものか」

 

それは幸運と、妃乃を始めとする真の実力者がいたからだ…と一瞬思いはしたが、それを口に出す直前で踏み留まる。…多分、この人はそれを含めた上で言ってんだろうな…だったら……

 

「…じゃあ、軽く受ける程度であれば……」

 

隊長さんにしっかりと向き直り、ゆっくり首肯する俺。……自分から始めるのは躊躇っても、誰かに相手を頼まれたという事なら言い訳が立つ。自分に言い訳したって仕方ないが、それでも精神衛生には役立つ。それに…評価してくれた相手に特に理由もなく断ったら、向こうは何とも思わなくてもこっちが後々目覚め悪くなるし、な。

 

 

 

 

真っ直ぐに、一直線に近付き振り下ろされる剣を、床を踏み締め峰側を掲げて直刀で受ける。手に走る衝撃と、身体全体に感じる圧力。…それは激しく、重い。

 

「中々、堅牢な防御だな…!」

「防戦に集中してる、だけですよ…!」

 

勢いを乗せた斬撃を受け止められたと見るや否や、一撃重視から流れるような連撃に移行。その軌道を俺は目で追いながら、バックステップを行いつつ捌いていく。防御は出来ている。今のところ防ぎ切っている。…が…攻勢に回るだけの、余裕がない。

 

(少し動かすだけって……ここまでやってたら、そりゃもう嘘になるでしょうがよ…!)

 

段々速度が上がってきたのを感じた俺は、気を見て隊長さんの斬撃にこちらの斬撃を叩き付ける。それによって生まれた一瞬の間を突いて、真横へ全力で跳躍。空中で向きを変え、正面に隊長さんを捉えながら距離を取った。

それに対し、再び隊長さんは真っ直ぐに俺へと突っ込んでくる。…この動きは、もう何度目だろうか。

 

「…射撃は、しないんですか…!」

「今は、近接戦に専念しようと思ってな…ッ!」

 

加速しながら放たれた刺突を、斬り上げで迎撃。されど勢いまでは殺せず、即座にショルダータックルに変化した攻撃を俺は両手を交差させて何とか防御。数歩後ろによろけたが……それで済んだのだから上等というもの。

防御し、距離を取り、すぐ詰められて、また防御。…先程からずっと、それが続いている。一つ一つの動作は様々だが、流れは正直ワンパターン。

 

(…別に勝つ必要はねぇ…多分このまま続けたって、いい経験にはなる……が、やられっ放しは流石に癪だ…ッ!)

 

戦闘じゃ成果を焦る事、心を乱す事が敗北に繋がるが、だからってひたすら落ち着こうとするのが正解かと言えばそうじゃない。ある程度でも成果を上げて、無理せず落ち着ける状況や流れを作って、そういう事が出来て初めてコンディションは安定する。…つまり、こうして癪だという気持ちを溜めるのも、それを無理に鎮めようとするのも…得策じゃねぇ……!

 

「ふ……ッ!」

 

俺が体勢を立て直すかどうかの時点で、鋭い袈裟懸けが迫り来る。安全性を取るなら、選ぶべきは直刀での防御。だが俺は脚に力を込め、間に合うかどうかのヒリヒリ感を肌に感じながら…跳ぶ。

 

「ここで避けるか…!」

「えぇ、避けますよ…ただ……」

 

回避は間に合ったものの、寸前も寸前。後一瞬遅けりゃアウトだっただろう一撃が振り下ろされていく中で、俺と隊長さんの視線が交錯する。

恐らく隊長さんはここから軌道を修正し、或いは片手を離してその他で追撃をかけてくるだろう。まだ俺は十分攻撃が届く距離にいるんだから、それは至極当然な判断。…だが、向こうの攻撃が届くのなら、即ち俺もまだ攻撃が出来る距離だという事。俺は避けたが……

 

「…それだけじゃ、ねぇ…ッ!」

「……!」

 

左手を思いっ切り振り、それに合わせて身体も捻り、遠心力で体勢を変えて直刀を振り抜く。かなり無理矢理放った一撃だが、力は十分乗っている。力技だろうが何だろうが、とにかく攻撃として成立している。なら、それで……上等だッ!

放った斬撃は当たる直前で隊長さんの剣に阻まれ、刀剣同士の激突で双方に衝撃が走る。俺は弾かれるように後ろへ飛び、隊長さんは靴で床を擦りながら後方へ。そして着地した俺が構え直した時……隊長さんは、構えを解いた。

 

「…もう十分だ。ありがとう、私に付き合ってくれて」

「あ……はい、お疲れ様です…」

 

次はどう来る、俺はどう攻める…と思っていたところに突然入った終了発言に、ぶっちゃけ少し拍子抜け。…嫌かと言われれば、そんな事はないが。

 

「…良い動きだったぞ。それと謝罪もしておこう。我ながら少し熱くなってしまった」

「まぁ、模擬戦とはいえ戦いですし…(やっぱりか…このまま続けてたら、もっと火が点いて激しくなってたりしたのか…?)」

 

身体から力を抜きながら、直刀に異変がないか確かめ鞘へと収める。…早速刃毀れとかしてたら恥ずいな…即再メンテとか、完全にギャグだっての……。

 

「……そういや、結局最初から最後まで正攻法でしたね…そういう戦い方なんですか?」

「あぁ、だが別段奇策や搦め手が苦手な訳でも嫌いな訳でもない」

「…なら、何故?」

「私が警護部隊の隊長だからだ。相手へ回り込んでいる間に、防衛対象へ仕掛けられては本末転倒だからな」

 

守るべきものを守る為には、常に相手と正対していなければならない。…隊長さんの言葉からは、そんな意識が感じられた。……好きなように戦えないってのも、大変なものだよな…。

 

「さて、私は戻るとしよう」

「…忙しいんですね。さっき来たばかりなのに」

「元々空いた時間で身体を動かそうと思っただけだからな。君はまだ鍛錬を?」

「いや…俺も帰るとします。あんまゆっくりしてると夕飯の準備が遅くなってしまうんで」

「ほぅ、君は料理を…良い事だ。その技術も、時間や家族を気にする心がけもな」

 

そう言って隊長さんは俺に背を向け、出入り口へ向かって歩き出す。心がけなんてものじゃなく、料理を始めとする家事が当たり前の事になってるだけではあるが…別にこれはわざわざ言う事でもない。そんな事を思いながら俺も歩き始めようとすると……

 

「…そうだ。君の太刀筋から感じた事を、一つ言っておこう。だがこれは私の独り言だ。無視してくれようと、聞かなかった事にしようと構わない」

「は、はぁ……?じゃあ、取り敢えず聞いて…」

「……どれだけ手を尽くそうと守れぬ時は守れぬし、無理だと思った事が意外な形で達成される事もあるものだ。だから…心に余裕を持っておけ。結局のところ、事態は起きてからでなければ対処出来ないのだからな」

「……っ!」

 

背中を向けたまま立ち止まり、隊長さんは言った。……それは正に、俺の精神を見透かしたかのように。

 

「…………」

 

再び歩き出し、隊長さんはトレーニングルームを後にする。そうしてここは、最初の通り俺一人に。ついさっきまでは俺もすぐ出て行くつもりだったが……今は少し、帰ろうという気持ちよりも動揺が上回っている。

 

(…幾ら何でも、たったこれだけのやり取りで分かる訳がねぇ…ただ何となく感じ取って、当たり障りのない事を言ったってだけだろ…そうに、決まってる……)

 

前半は経験の話。後半も経験の話。その間にはアドバイスが入っていたが……心に余裕をだなんて、十人いたら九人は該当する程万能な助言。占いと同じで、受け取る側が…ここで言えば俺が、勝手に自分に沿った解釈をしただけの事。……そう頭では分かっていても、心では思っていた。思ってしまっていた。──不安を感じつつある『緋奈の為の現状維持』も、間違ってはいないのかもしれないと。どちらを選ぶにせよ、一番良くない迷って心に余裕のなくなっている状態なのではないかと。

 

「……予防は出来ても、予め対策を練られても、対処を先にしておくなんて出来ない…警護部隊隊長らしい言葉っすね…」

 

起きてもいない、実際にそうなるかどうかも分からない最悪の事態に振り回されるのは止めろ。振り回されない為に、心には余裕を持っておけ。…隊長さんの助言は、つまるところそういう事なんだろう。

そりゃあそうだ。備える事は大切だが、備え過ぎて憂うんじゃ本末転倒なんだから。……まぁ、それも俺がそう解釈したって話だが…な。

 

「…けど、そう言われると尚更迷うんだよなぁ……」

 

安易に選ぶべき事じゃないが、どっちか…もっと言えば緋奈の為に鍛錬すべきだって言ってくれた方が精神的には楽というもの。一方隊長さんの言葉は現状維持を遠回しに否定せず、むしろ迷う事へ警鐘を鳴らしているんだから、苦楽で言えば最も苦な助言。……けど、聞かなかった事にするつもりはない。その言葉は、俺にとって感じるところがあったんだから。

 

「…ったく、兄の頭を悩ませる妹だよなぁ、緋奈は……」

 

肩を竦めて後頭部をかきつつ、俺も出入り口の方へ。兎にも角にも、まずは帰らなきゃならない。何せ今日の夕食の当番は、俺なんだからな。さって、本日は何を作りますかね。


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