双極の理創造   作:シモツキ

78 / 245
第七十七話 特殊でも人は人

「たっだい……あれ何!?顕人君どうしたの!?」

 

家に帰り、涼しくなってるであろうリビングへ意気揚々と入ったわたし。けれどまずわたしの意識を引いたのは、室温じゃなくてソファに燃え尽きた感じで座る顕人君の姿だった。

 

「あぁ、綾袮さん…お帰り……」

「うん、ただいま…じゃなくて何があったの!?今君明らかに普通に家に居たんじゃならない状態になってるよ!?」

「は、はは……すみません綾袮さん。これは私達のせいです…」

「……?フォリン達のせい?」

 

顕人君をうちわで軽く扇いでいたフォリンが、わたしの驚きを受けて申し訳なさそうに返答してくれる。私達、って事は勿論ラフィーネも入る訳で…そのラフィーネは、いまいち色の出ていない(多分まだパックを入れて間もない)麦茶をコップへと注いでいた。

 

「はい。簡単に言いますと、私が出ていた間にラフィーネと顕人さんがゲームをしていまして、その時点でも結構疲れていたのですが…」

「ですが……?」

「そこから更にラフィーネは顕人さんにお付き合いしてもらい、私も思ったより楽しくなって代わる代わる相手をしてもらった結果……」

「こうなっちゃったんだ…」

 

何とも独特な理由だった事に、ついわたしは苦笑い。ゲームでここまで?…とも思ったけど、TVの前に置きっ放しのパッケージは、実際にコントローラーを振って楽しめるゲームの物。それなら感動した後みたいに疲れてもおかしくはない。…っていや、やっぱおかしいねこれ…ここまで疲れるって、どんだけ全力でプレイしたの顕人君…。

 

「…顕人、麦茶」

「あ、うん…ありがとラフィーネさん……」

「おおぅ、一気に飲んでる…なんかほんとに外で運動してきた後みたいだね…」

 

ぐいっと一息で飲み切った顕人君は、普段わたしが振り回している時以上にぐったりな様子。……ちょっと悔しい。

 

「まだ飲む?」

「いや、いいよ…後、薄いね…」

「それは仕方ない」

「知ってる…はぁ、凄いね二人共…」

「それは当然。でも、もっと褒めてくれて構わない」

「まぁ、身体を動かす事には慣れていますからね。後私の場合、最初から顕人さんがお疲れだったという事もありますし」

 

麦茶で多少元気が戻ったのか、顕人君が顔を上げて賞賛の言葉を口にすると、ラフィーネは軽く胸を張って、フォリンは肩を竦めて、それぞれ顕人君に返答する。…ほほぅ……。

 

「…顕人君ったら、隅に置けないねぇ」

「隅に置けないって…あ、綾袮さん何言ってんの…?」

「日本語」

「どこの言語話してるんだとは言ってないよ…違うからね?俺はそんな邪な考えなんてなくて、純粋に……」

「顕人君。こういう時の言い訳は、余計怪しくなるだけだよ」

「フォローに見せかけた弁明の封殺酷ぇ…!」

 

にやっとしていつもはあんまりしない(というか、そういう機会がない?)弄りをしてみると、予想通り顕人君はたじたじに。反論じゃなくてちゃんと突っ込みの形取る辺り、流石は顕人君だねっ!

 

「ふふん、まぁわたしは分かってるから大丈夫だよ〜」

「分かってるも何も…はぁ、疲れてるところにエグい追い打ちを受けた……ってか…二人がこの会話を不愉快に感じたらどうする気……」

『……?』

「…と、思ったけど伝わってなかった…セーフ…」

 

がっくりとする最中に顕人君はある事に気付いて、ちょっと「ヤバい…」みたいな顔をしたけど……当の二人はきょとんとした顔。…ふっ、侮っちゃいけないよ顕人君。隅に置けないなんて日本人でも人によっては伝わらないような言葉を使って、しかもその後のやり取りでも分からないようわたしは気を付けて弄ったんだからね。ボケに関して抜かりはなーし!

 

「…ほんとに今日はすみませんでした。以後気を付ける…といいますか、今後はこのような事がないよう…」

「あー…そんなに気にしないで。そりゃとんでもなく疲れはしたけどさ、ゲーム自体は楽しかったし」

「…ほんとに?」

「ほんとほんと。というかそもそも、やろうって誘ったのは俺だからね」

「なら、またやっても?」

「問題な…って、何故この流れに綾袮さんが入ってくるの……」

 

かなり独特な子のラフィーネと、大人っぽいフォリンだけど、二人共わたしや顕人君より年下な訳で、やっぱりここまで顕人君を疲れさせてしまった事は気にしていたみたい。でも顕人君はそんな二人が必要以上に気にしてしまわないように、朗らかな表情を浮かべて答えていた。…そういうのは、顕人君の良いところだと思う。

 

「ま、顕人君がこう言ってるんだからさ、懲りずにまた来てよ。二人共そんなに上手いならわたしも対戦してみたいし…っていうか、今からやる?」

「……!…綾袮には模擬戦での事がある。だからそっちがその気なら、ここでリベンジマッチ……」

「するような時間はないですよ、ラフィーネ。今日はこれから哨戒に出るって事になっているんですから」

「…そうだった」

「という訳で、今日は遠慮させて頂きます。…でも、次の機会には是非」

 

そう言って帰り支度を始める二人。前の討伐と同じように、今日の哨戒も自主的に頼んでさせてもらってる事……だった筈。戦いにおいて思ったように動けないのは恐ろしい事だし、だから腕や感覚が鈍らないようにしたいってのは分かるけど…それを差し引いても二人はよくやってるんだよね。……努力型、なのかなぁ…。

 

「…あ、じゃあさ、わたしもそれ着いていこっか?人が多ければ戦闘になっても素早く終わるでしょ?」

「え……?…どうします?ラフィーネ」

「……問題ないと思う」

「まぁ…そうですよね。では、お願い出来ますか?」

「もっちろん!…顕人君はどうする?疲れてるのは分かってるし、休んでてもいいよ?」

「うーん…いや、俺も着いていくよ。俺には技術も必要だけど、経験も必要だと思うし」

 

努力型といえば、顕人君も結構霊装者としての実力を高めようと頑張っている。…動機は、ちょっと気になる部分もあるけど…復讐だとか選民思想とかよりはずっとマシだもんね。そもそも詳しくは知らないんだけどさ。

…って事で、わたしと顕人君は二人に同行する事なるのだった。といっても、わたしが言った事なんだけどねー。

 

 

 

 

普段は綾袮さんと二人で活動する俺だけど、上嶋さんの部隊を始め二人よりも多い人数での活動も、多くはないけどある。…が、今回の場合は少し…いや、大分特殊。

 

「いい?わたしとラフィーネで奇襲仕掛けるから、二人はそれまで撃たないでね?」

「了解。その後は火力支援でいい?」

「うん、頼んだよ」

 

哨戒として飛び回る中で発見した、一体の魔物。カブト虫っぽい角を持った、でも身体は大きいリスみたいな魔物は、こちらに気付いていない様子で木に登っている。…気付いていないなら、こちらが圧倒的に有利。

 

「…あの角を武器にしてるのかな…?」

「さぁ…ですがあの身体では、決して使い易そうではないですね」

 

綾袮さんとラフィーネさんは接近を開始し、俺とフォリンさんは今の位置で待機。俺達も二手に分かれた方がいいんじゃ…?…と思ったけど、魔物の反応に合わせて動いてほしいという事で一先ずこうなっている。

 

「……そういや、二人って組むのは初めてじゃ…?」

「えぇ、そうですね」

「大丈夫かな?二人共凄い実力者なのは分かってるけど、それでも初めてってなると…」

「…お互い模擬戦で動きは知っているんです。高度な連携は難しくとも、足を引っ張り合う事にはなりませんよ」

 

基本口数の少ないラフィーネさんとは逆に、フォリンさんとは普通に会話が成立する。しかも綾袮さんみたいに悉くボケを仕掛けてきたりはしないから、落ち着いて会話をする事が出来る。それは別段特別な事ではないけど……正直、ありがたい。

 

(にしても、二人は性格全然違うよなぁ…兄弟姉妹で性格が違う事はよくあるから、何もおかしくはないけど……)

 

ライフルのグリップの感覚を確かめながら、ふと思う。ありふれた事だけど、いつも二人は一緒にいるからこそ違いが印象深く残ってくる。俺は一人っ子だから分からないけど、ここまで違うのには何か理由が……

 

「……そろそろですね。言うまでもないかと思いますが、間違ってもラフィーネには当てないように」

「…分かってる。一発一発気を付けて放つつもりだよ」

 

戦闘とは関係のない思考へ深入りしかけていたところで聞こえた、フォリンさんの静かな声。それに意識を引き戻された俺は、未だ二人の接近に気付かない魔物へと目を凝らす。

 

(後少し…後少し…後……動いた…ッ!)

 

かなりの距離まで接近した二人は、それぞれ木に隠れて一旦停止。それからお互いの位置を確認するように視線を動かして、ハンドシグナル……と思われる動作をして、次の瞬間木の陰から飛び出した。

左右から魔物へと急接近をかける、綾袮さんとラフィーネさん。寸前で魔物は二人に気付き、綾袮さんの一太刀を回避するも、ラフィーネさんの斬撃は腹部に直撃。…もしかすると、綾袮さんはラフィーネさんがいるからこそ敢えて避けさせたのかもしれない。

 

「ここからは私達も仕事…と言いたいところですが、今は標的とラフィーネ達が近過ぎます。距離の開いた瞬間を狙いますよ…!」

「開いた瞬間、だね…!」

 

木の幹や枝を足場に機敏な方向転換を繰り返し、二人は矢継ぎ早に仕掛けていく。…火力支援とは即ち前で戦う味方を手助けする為に行うもので、例え戦果を上げられても前衛の邪魔をしてしまっては本末転倒。だから、俺達は攻撃のタイミングを見極めなきゃいけない。最も手助けとなる瞬間を、二人が求める瞬間を。

 

「焦ってはいけませんよ…!」

「大丈夫、落ち着いてるから…!」

「…こういう時の諺が、確かありましたよね…?」

「急がば回れ…いや、急いては事を仕損じる…かな…?」

 

それぞれの武器を構え、二人と魔物の戦いを見つめる。いつかはくるであろう、二人の攻撃の切れる瞬間を…魔物が反撃なり闘争なりを図ろうとする瞬間を…後衛の攻撃が必要となる、瞬間…を……

 

「…………」

「…………」

「……あの、フォリンさん…」

「…何でしょう…」

「…これ、俺達は一発も撃つ事なく終わるんじゃ…?」

「……かも、しれませんね…」

 

二人は、別に連携している訳じゃない。俺が見る限りは、互いに相手の邪魔とならないよう立ち回りに気を付けているだけ。言い換えるなら、力の掛け算じゃなく足し算をしているだけ。…けれど、恐らくは魔人でも特別強い訳でもない魔物にとっては、足し算であっても十分過ぎる程の力であった。……何せ、二人共一流の霊装者なんだから。

 

「…今、狙え…ないか……」

「…もう魔物、かなり弱ってますね…」

「この距離でも分かるもんね……あ、終わった…」

 

そこからも二人と一体の戦闘…いや、一方的な猛攻が続き、魔物の身体に傷が増えていく。そして、綾袮さんが峰で魔物の顎をかち上げて、無防備となった喉へラフィーネさんが一閃。彼女の持つナイフが毛に覆われた喉をしたたかに斬り裂いて……魔物は、木から地面へと落下した。

 

「…俺達、何してたんだろう……」

「……何、でしょうね…」

 

無事に魔物を倒す事が出来た。四人中二人が全く手出しをしていないという、かなり余裕のある状態で終わった。…それは、勿論良い事なんだけど……なんというか、凄ぇ肩透かし気分ですわ…。

 

「いやー、かなり早く終わったねぇ」

「見た目通り、あんまり強くない奴だった」

「……二人は、良い運動した…みたいな顔してるね…」

『……?』

 

魔物の完全消滅を確認してから、こちらへ戻ってくる綾袮さんとラフィーネさん。…二人にはこっちの心境を知る由もないんだろうなぁ…はは……。

 

「…ラフィーネ、怪我はしてませんか?」

「する程の相手でもなかった」

「まぁ、そうですよね。さて、では少し休憩を入れてから哨戒を再開しましょうか」

「あ、うん…(そうだ、今回の目的はあくまで哨戒だった…)」

 

一発も撃つ事なく終わった事にはフォリンさんも少なからず思うところがあったみたいだったけど、気持ちの切り替えは俺よりずっと早かった。その言葉を受けて、俺も過ぎた事は仕方ないと意識を切り替える。…といっても、まずは休憩なんだけど。

 

「…あ、そうだ顕人君。折角だし、フォリンに後衛としての指南を受けてみたら?わたしも多少は出来るけど、やっぱり後衛の事は後衛に教わる方がいいだろうし」

「…今さっきの戦闘で撃つ機会があれば、そういう事もあったかもね…」

「え?…あー…ごめんね。でも手を抜くと思わぬ反撃受ける事もあるし、それは理解してほしいかな」

「文句言うつもりはないから大丈夫。…ん?なら、俺が初めて戦った時のは?あれもある意味手を抜いていた形だよね?」

「状況の違いだよ、それは。窮鼠猫を噛むって言うし、わたしの存在に気付いてるかどうかの差は大きいし」

 

休憩と言っても飲食をしたり身体を横にしたりとかのがっつりしたものではなく、あくまでちょっと息抜きをするだけというもの。前衛二人は特に息も上がっていないし、この休憩は数分程度のものになるんじゃないかと思う。

 

「…窮鼠猫を噛む、か…でも実際、普通に戦えば綾袮さんを窮地に立たせられるような相手は、それこそ妃乃さんとか魔王クラスの敵位なんだろうね。俺は世界どころか協会内の実力者もよく知らないから、今知ってる限りでは…って話だけど」

「ふふん、わたしは強いからねー。…でも、実力が全てじゃないよ。顕人君の言う通り、普通に戦えばわたしはそうそう負けないけどさ」

「…それは、戦術とか闇討ちとかの話?」

 

自信満々な表情を浮かべた後、ふっと綾袮さんは真面目な顔に。『実力』と『普通に』という二つの言葉から想像したものを口にすると、綾袮さんはこくんと頷く。

 

「察しがいいね。どんなに強くても個人の能力だけが戦闘を左右する訳じゃないし、その強さも発揮出来なきゃ無意味だもん。だから強くたって、安易に絶対勝てるとか大丈夫とかは思っちゃいけないよ?最近だって……」

「綾袮さん、疲労はどうですか?ラフィーネはもう十分だと言っているんですが…」

「あ、早いね。…でもわたしもそんなに疲れてないし、もう切り上げてもいいよ?顕人君だって疲れてないでしょ?」

「いや、それはまぁ見てただけなんだから疲れるも何もって話だけど…回答としてはYESだね」

「それでは行きましょうか。休むならこんな場所ではなく、環境の良い場所で休みたいですし」

 

何か綾袮さんが具体例を出そうとしたところで、その綾袮さんに声をかけたフォリンさん。質問を受けた綾袮さんはすぐに話をそちらへ切り替えて、俺も同意した事により休憩は終了。…本当に短い休憩だった。別に問題ないけど。

 

「…っと、そうだ…ねぇラフィーネ、フォリン。うっかり言いそびれちゃったりするのは嫌だから、今の内に言っておきたい事があるんだけど、いいかな?」

「…言っておきたい事、と言いますと…?」

「うん。わたし妃乃と近い内に出掛けようと思っててね。場所は……えーっと、まだちょっと確定してないからまた今度伝えるけど、二人もどう?」

 

哨戒ルートに戻ってからすぐに、綾袮さんは二人へと問いかける。綾袮さんがどこに出掛けるつもりなのか知らないけど…そこを詮索するのは、デリカシーがない行為というもの。

 

「そう、ですね…用事の面の問題がなければ、私はいいですけど……」

「場所による。全く面白くなさそうな場所なら遠慮しておく」

「あはは、ラフィーネは正直だね。でも、面白い場所だと思うよ?面白いって言うか、楽しいだけど」

「なら、行く」

 

え、今のでいいの?…とついラフィーネさんの方を見るも、ラフィーネさんにうっかり適当な回答をしてしまった感じはない。となれば、本心で答えたという訳で…ほんと、ラフィーネさんは正直です。

 

「う、うん…じゃ、フォリンは?…って、フォリンも回答的にOKなんだよね?」

「はい。言った通り、何かしらの用事と重なっていなければ、ですけど。…因みに私の用事とラフィーネの用事は基本同じなので、私が駄目な場合はラフィーネも駄目です」

 

はっきりきっぱり、自分の事だけでなくラフィーネさんの事までフォリンさんは回答。プライベートのお出掛けに関してそんなにきっちりした返答をする必要あるのかなぁ…とも思うけど、考えてみれば元からフォリンさんはそんな人なんだから、彼女は普段通りの返答をしただけなんだと思う。…態度はしっかりしてても、俺達みたいにゲームに熱中する事だって普通にある事は、今日知ったしね。

 

「よーし、じゃあ二人共来るって事に決定!早速後で妃乃にも伝えて…って、あれ?早速後で、って…なんかちょっと変?」

「そ、それを綾袮さんより日本語に疎いであろう私達に訊かれても……」

「じゃあ、顕人君!」

「どっちかって言えば変じゃない?早速をすぐにに置き換えると変だし」

「あー、やっぱりそうだよねー」

 

それからも会話をしながら、俺達は哨戒を続行した。お出掛けのお誘いの話から数秒で全く違う話になったのは驚きだけど…偶にあるよね、そういう事。

 

 

 

 

哨戒中、遭遇した魔物は一体のみだった。…といっても、一度も遭遇せず哨戒が終わる事も何ら珍しくない事だから、一体のみだった事に対して思う事は特にない。そういう訳で俺達は仕事を終え、それぞれで帰る事となった。

 

「今日も一日よく働いたねぇ」

「一日よく働いたかどうかは微妙だけど…ま、そうだね」

 

勤務明けみたいな事を言ってる(全くの間違いって訳じゃないけど)綾袮さんに、突っ込みしつつも俺は同意。それからふと、さっき聞きそびれた事を口にしてみる。

 

「そういえばさ、さっきは何を言おうとしてたの?」

「え?…あ、わたしが一回家の鍵をどこにしまったかど忘れしちゃった事?」

「そんな数十秒前の事じゃないし、数秒で解決した話を掘り起こす訳ないでしょ…それよりもっと前、休憩中の事」

「休憩中……あー、わたしがアイスクリーム買った…」

「それ多分出掛けてた時の事だよね!?それについては俺全く知らないよ!?そしてその事ではないって位分かってるよねぇ!?」

 

一回目は多分本当の勘違い。でも二回目は、明らかにわざとだった。綾袮さんはそういう顔をしていた。……ほんとボケに関しては抜かりがねぇ…。

 

「あっはっはー。…で、顕人君が訊きたいのは実力が全てじゃない…って話の中で言いかけた事でしょ?」

「そうだよそれ…わざと間違えおって…」

「ボケるのに丁度良い流れだったから、つい。…でも、そんなに気になった?」

「気になったっていうか…何かを言いかけられて、でもその先が分からないってのはもやもやするんだよ」

「あぁ、それはあるよね。じゃあ……」

 

手洗いうがいをしたり、リビングの電気やエアコンを点けたりしながら会話を続ける。その内やっと(って程時間がかかった訳でもないけど)綾袮さんは話してくれる雰囲気になって……

 

「──霊装者の世界は概ね平和だけど、完全な平和じゃないし、不安要素もゼロじゃない。…霊装者が人を襲う事件だって、あるんだから」

「……そういう、話なんだ…」

 

……それは凄く、重い話だった。重く、大きく……どこか、遠いようにも感じてしまう話を。

 

「…思ったより、衝撃を受けないんだね」

「驚いてるよ。けど…なんていうか……」

「実感がない?」

「……そんな感じ」

 

実感がない。…その表現は、しっくりきた。それがあまり良くない事も、既に何度も戦闘をしている身である事も分かっているけど……それが、自分に関係してるようには思えない。

 

「そっかそっか…でも現実としてあるんだよ。日本の話じゃないけど……こういう事がね」

「……っ…!」

 

いつも通りの声音で、軽く頷きながら俺の正面へと来た綾袮さん。そして綾袮さんは足を止め……気付いた時には、天之尾羽張の刃が俺の喉元にきていた。…綾袮さんの瞳は、鋭く…冷たい。

 

「……危機感のない奴で、ごめん…」

「…なんてね。そんな気にしなくてだいじょーぶだって!身近にないどころか聞く事すらまずない事を意識しろなんて普通に無理だし、わたしだってずっと格上の相手からこんな事されたら対応出来ないもん。これを学びにしてくれるならありがたいけど、気に病む必要はないんだからね!」

「そ、そう……(一瞬で雰囲気変わって、また一瞬で戻った…前の魔人戦もそうだったけど、偶に綾袮さん怖ぇ…)」

 

これを極度の気分屋と言うべきか、情緒不安定の疑い有りと言うべきか、或いは感情のコントロールが出来ているからこその芸当なのか。…時々綾袮さんからは、底の見えないものを感じる。

 

「ただでもほんとに、これだけは覚えておいて。霊装者は普通の人間じゃないけど、人間ではない訳じゃないって事を。これは誰だって覚えてなきゃいけないし、顕人君はただの霊装者じゃないんだから」

「…覚えておくよ。…というか、襲ったのが霊装者かどうかって分かるものなの?それに、そういうのもニュースでやってたりするの?」

「分かるものだよ。で、ニュースでもやってるけど……その事件はちょっと訳ありでね。霊装者絡みだって知ってるのは、あんまり多くないんだよ」

「……それ、俺に話しちゃってもよかったの…?」

「顕人君が黙っていてくれれば大丈夫!」

「俺次第!?そ、その信頼は嬉しいけど…色々問題あると思うよ!?」

 

もう真面目な話は終わりだとばかりにまたボケ(?)をぶち込まれ、その勢いのままに俺も突っ込み。その後はほんとに真面目な話は終わってしまい、いつも通りの他愛ない話で時間が過ぎていったけど……俺の心には、しっかりと残っている。特殊ではあっても人は人だという、綾袮さんの言葉が。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。