双極の理創造   作:シモツキ

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第六十八話 見る側だと思いきや

「うん?今日妃乃さんは?」

「仕事だそうだ。そっちこそ綾袮いないんだな」

「綾袮さんも仕事だって」

 

ラフィーネさんとフォリンさんの案内をした日の翌日…の下校時。何の気なしに質問をしてみたら、お互いもう一人が似たような理由で不在だという事が判明した。

 

「そっちも…っつー事は、協会か双統殿全体での用事なんだろうな」

「だろうね…ってか、そうらしいよ?千嵜は来客の事知ってる?」

「あぁ、それ絡みか…知ってるってか聞いたよ。…半端に聞いたせいで、昨日は色々あったけど…」

「……?」

 

何やら千嵜のテンションが若干下がったが、なんで下がったのかはさっぱり分からない。…いや来客絡みって事は勿論分かるよ?けどそんなざっくりした部分だけで「理解した」って言うのもねぇ……。

 

「御道はなんかしたのか?」

「綾袮さんと案内を請け負ったよ。…で、その後屋内マラソンをする羽目になった」

「はぁ?なんだそりゃ」

「まぁそりゃ今の説明じゃ分かんないか…えぇとだね…」

 

怪訝そうな顔をする千嵜に向けて、俺は簡単に説明。…あの後、時間にはギリギリ間に合ったけど俺が一番息上がってたんだよなぁ…あれは恥ずかしかった……。

 

「へぇ、そりゃ大変だったな。ご苦労さん」

「労いどうも…まさか案内で精神よりも体力的に疲れるとは思わなかった…」

「綾袮はさておき、来客の御道程は疲れてなかったって事は、それならに鍛えてるんだろう。…別に体力がない訳じゃなかったよな?」

「男子高校生の平均程度にはあると思うけど…」

「…体力はあった方がいいぞ?スタミナ切れは集中力切れにも繋がるしよ」

 

はいはい、と言葉はしっかり受け止めつつも軽い口調で返す俺。…因みに千嵜は、体力含めて身体能力が中々良い。それは日課として筋トレしてるかららしいけど…そのやる気を勉強にも分けたら、千嵜だって成績は上がるんじゃないだろうか。…本人にその気がなきゃ無理だけど。

 

「…まぁ、本来最も大切だったのは体力じゃなくて時間管理能力なんだけどね」

「んまぁそらそうだ。……しかし、そうなると昨日は双統殿内で少なくとも二人は息を切らしていた訳か…」

「二人?俺以外で誰かいたの?」

「いたさ、とびきり疲れてた奴がな」

 

そう言って今度は千嵜が昨日の事を説明。時間が空いてしまった事、時間潰す為に歩き回っていた事、その中で前にも一度会った人と遭遇した事……そしてその人が、俺と千嵜にとっての『事の発端』とも言える予言者であった事。…偶然か否か、俺がそうありふれてはいない体験をした日には、千嵜も中々レアな体験をしていたらしかった。

 

「…って訳だ。予言者が同年代だったってのにも驚いたよ」

「うん、まぁそれも十分驚きだけど…偶然二度も会うなんて、滅茶苦茶低確率じゃね…?」

「そうだな。そして茅章も偶然二度も会ってるな」

「うわ、言われてみるとそうだった…あれ、偶然二度会う事は然程珍しい事でもないのか…?」

 

状況からして間違いなく低確率の筈なのに、直近で同じような事があったせいで感覚が疑わしくなってくる。…世の中って、案外偶然に溢れてる…?

 

「…ま、そっちと違って俺はほんとにただそういう事があったってだけの話だ。流石に三度目の偶然はないだろうし、今後俺から会わなきゃいけなくなる事も多分ないだろ」

「それフラグになりそうだなぁ…二度ある事は三度あるとも言うし…」

「あるかねぇ……ん?お前そっち?」

 

そうして会話をしながら十字路に差し掛かった時、俺は千嵜に呼び止められる。その理由は…勿論、俺が普段とは違う所で曲がろうとしたから。

 

「そうこっち。てか、人気のないとこ行きたくてね」

「あぁ…今からヤバい薬売ってくんのか」

「密売じゃねぇよ!?軽ーい感じで友人を犯罪者にしようとすんな!」

「じゃ、シリアスに言えばいいのか…」

「そこじゃない!重くすれば良い訳じゃない!…ったく…」

 

中々ブラックなジョークに突っ込んだ俺は、軽く溜め息を吐きながら十字路を曲がる。全くもう、どこの世界に友人をさらっと密売人扱いする奴がいるんだ…軽快なボケって意味じゃ突っ込み甲斐があったけど……。

 

「あー悪ぃ悪ぃ。んで、実際のところは?」

「…俺も行ってくるんだよ、双統殿に」

「だから人気のないところか…行く理由は?」

 

気になったのか、質問を重ねてきた千嵜。別に隠す事でもないし、という事で俺は立ち止まり…答えた。

 

「綾袮さんに言われたんだよ。…今日やる模擬戦を見るのは、俺にとって勉強になるってね」

 

 

 

 

双統殿での模擬戦は、俺もこれまで何度かやった事がある。でもそれは綾袮さんが相手(模擬戦というか指導受けてるだけ)だったり、上嶋さんが相手(模擬戦というか指導Part2)だったりと、内輪のみで完結するものだった。

けれど今日ある模擬戦は、『見る』という事から分かる通り内輪の訓練の一環じゃない。イベントとしての側面を持たせた、観客に見せる事も想定した模擬戦で、その模擬戦にはロサイアーズ姉妹が参戦する。言ってしまえば武装組織である協会だからこその企画であり……そこで俺含む観客は、二人の実力の高さを知る事となった。

 

「これで、終わり」

「うぐっ……!」

「そこまで!」

 

下方からの鋭い蹴り上げを腕に喰らい、武器を落としてしまう対戦者。咄嗟にその人は後退しようとするも、それより早くラフィーネさんが手に持つ拳銃の砲口を向けた事で模擬戦終了の合図がかかる。

 

「…これは、予想以上だった……」

「だな…すまん、俺が早くにやられてなきゃもう少しまともな勝負になった筈なのに…」

 

拳銃を下ろして後方にいたフォリンさんの下へと戻るラフィーネさんと、逆に既にやられていた一人が今し方やられた相棒の下へと駆け寄る協会の二人。このお二人は二戦目の対戦者であり…勝敗は、誰の目にも明らかだった。

 

(…凄ぇ……)

 

今のお二人は、決して弱かった訳じゃない。少なくとも俺よりは強い人で、連携もしっかりしていて……でも、ロサイアーズ姉妹の方が数段上だった。奇策を弄した訳でもなく、入念な準備をした訳でもなく、純粋に実力で姉妹は勝っていた。…しかも、まだ余裕のある様子で。

 

「それでは、第三試合といきたいのですが…ラフィーネ様、フォリン様、大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫です」

 

二人が下がったところで司会の人が姉妹に問いかけ、フォリンさんが同意した事で試合は第三試合…予定されている最後の模擬戦へと移行する。フォリンさんはラフィーネさんに確認の言葉をかけていなかったけど…それは多分、口頭で確認せずとも顔を見るだけで大丈夫だと分かったから。

三試合目の相手がルームへと入って、今日三度目の模擬戦が開始する。多少のインターバルがあるとはいえ、三連戦の姉妹は身体に疲労がない筈もなく……けれど三戦目で二人が見せたのは、一戦目と殆ど変わらない動きだった。

 

「こりゃ俺等より強いかもな…」

「あんなの精鋭部隊クラスかそれ以上よ…」

 

周りから聞こえてくるのは、俺と同じような感覚を持った人達の声。観客がいると言っても、俺含めた観戦者がいるのは別室で、大型モニターから試合の様子を見る形になっている。ここは初め…第一試合が始まって間もない頃はスポーツ観戦の如く盛り上がっていたけど、今は多くの人が姉妹の実力に舌を巻くばかり。そして第三試合も淡々と、協会側の二人が善戦するも力の差は埋められないという試合展開が続いて……この勝負もまた、姉妹の勝利で終了した。

 

(…三戦全勝…連戦ですら、全部勝つなんて……)

 

模擬戦だから死人が出る訳じゃないし、何も賭かっていないんだから勝ち負けにそれ以上の意味はない。…でも、この模擬戦を見ていた人達は殆どが複雑な表情だった。……そりゃあ、そうだろう。違う組織から来た人に代表が全敗となれば(代表は双統殿の最高戦力、って訳じゃないらしいけど)、それは組織のレベルの差を見せ付けられたようなものだから。しかもそれは、仮に自分が出ていても結果は同じだったと思える程のものだったんだから。

観戦者の感情とは別に終わった模擬戦。司会者の声も心なしか残念そうで、しかし仕事だからかきちんと模擬戦を締め括ろうとし……

 

「ちょーっと待ったーっ!」

 

──そこへモニターからではなく直接その場で見ていた一人……綾袮さんその人が待ったをかけた。特別席から離れて躍り出る彼女の姿に、司会も俺達観覧組も動揺を見せる。

 

「あ、え…綾袮様……?」

「いやー凄いね二人共。強いんだろうなぁとは思ってたかど、まさかここまでやるなんて。これだけの力があるなら、どの組織でも即戦力になれる事間違いなしだね」

「え、っと……あ、ありがとう、ございます…」

 

ぽかんとする司会を余所に、拍手をしながら近付く綾袮さん。その様子にはフォリンさんもまた呆気に取られていて、称賛に対する返答がしどろもどろ気味に。ラフィーネさんはそれまで通りの静かさだったけど、内心では彼女も驚いている……んじゃないかと思う、多分。

 

「ほんとびっくりだったよ。特に全勝ってところがね」

「…勝負は時の運です。確かに今日は全勝でしたが、別の日だったら違う結果になっていたかもしれません」

「んもう、謙遜しなくたっていいのに。運が結果に影響を及ぼす事もある、って事には同意するけど、一日二日違った程度じゃ結果は……」

「……何が目的?」

 

綾袮さんは言葉を続け、その内にフォリンさんも最初の驚きからは脱したのか昨日と同じような話し方に戻っていく。そして話し方の戻ったフォリンさんに向けて、更に綾袮さんがその実力を肯定しようとした瞬間……その角を遮って、ラフィーネさんが声を発した。

言葉を遮られた事とラフィーネさんが訊いてきた事で、綾袮さんは目を丸くする。でもそれは一瞬の事。その問いに対して綾袮さんはすぐ待ってました、と言いたげな笑みを浮かべて……言った。

 

「模擬戦の内容には文句をつける部分がないし、本当に二人は強いと思う。……だからね、思っちゃったんだ。…わたしも、一戦交えてみたいなって」

『……!』

 

縮小させていた天之尾羽張を手元に携え、鞘を握った綾袮さんは笑みを深める。その様に、双統殿でもトップクラスの実力者による事実上の宣戦布告に、モニター前では音なき盛り上がりが巻き起こった。……綾袮さんは、空気を一瞬にして激変させた。

 

「…あ、勿論二人が嫌だって言うならわたしは引き下がるし、おじー様達が駄目って言った場合もそれには素直に従うよ?…って訳で、どうかな?」

「どうかなって、綾袮…お前は……」

「…全く、やってくれるな綾袮よ…よかろう。もし彼女達の了承が得られるのであれば、第四試合を私は認める」

 

特別席を見上げる綾袮さんへ、深介さんと刀一郎さんがそれぞれ溜め息混じりの反応を見せる。……これは、俺にも分かった。先に場を……綾袮さんの参戦を観客が期待するという場を作り上げる事で、刀一郎さん達が駄目とは言い辛い状況を作ったのだと。

 

「ありが…いや…ありがとうございます、お祖父様。…じゃあ、二人はどう?やっぱり四連戦は辛い?」

「そう、ですね…私は多少時間があればそれでいいですが……ラフィーネはどうします?」

「わたしも大丈夫。…それに、これは好機」

「好機?」

 

了承を受けた綾袮さんは恭しい態度となり、それから視線を姉妹へと移した。刀一郎さん達へと向けたものと違い、本当に「嫌なら嫌と言ってくれて構わない」という意図の籠った言葉に対し、フォリンさんは少し考えて承知の意を、ラフィーネさんは含みを持たせた同意を口に。更に好機という言葉を綾袮さんが聞き返すと…そこで初めてラフィーネさんは分かり易く表情を動かし、言った。

 

「…わたしも思っていた。綾袮の実力を、確かめてみたいって」

「へぇ…なら、お互い願ったり叶ったりだね!」

「……であれば、模擬戦は成立ですね。それでですが、模擬戦の内容は一対一ですか?でしたらまずは私が……」

 

やる気を見せるラフィーネさんに、綾袮さんは驚きつつもその言葉を待ってたとばかりの表情を浮かべ、フォリンさんは既に模擬戦の事を考えているのか目を細めて対戦内容を詰めていく。

対戦相手、運営サイドの両方が第四試合への意思を示した事で、観客のボルテージは更に上昇する。……それは、ここまでちょっと冷静な人っぽい態度を取っていた俺含めて。

 

(こんな展開って実際にあるんだ…凄ぇ、なんかテンション上がってきた……!)

 

予定には無かった、エクストラマッチ。それに参戦するのは、アウェーでありながら全勝を成し遂げた異国の霊装者と、装統殿の若きエース。そんな名勝負が殆ど約束されたような対戦カードに立ち会っているとなれば、テンションが上がらない訳がない。…まさか、綾袮さんはこういう展開になる事(する事)を見越して俺に声を?…だとしたら綾袮さんはやっぱり凄いし、仮にそうじゃなかったとしても彼女が凄い事には変わりない。

──そう、これから始まるのは凄い人同士の戦い。だからこそ俺は、この目にしっかりとその勝負と行く末を焼き付けて…………

 

 

 

 

「あ、ううん、対戦内容は二対二のままだよ?…って訳で…サモン、顕人君っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

…………。

 

………………。

 

……………………。

 

「…………えっ?」

 

 

 

 

「……えぇぇぇぇええええええッ!!?」

 

えー、はい。お読み下さっている皆様、お待たせしました。わたくし御道顕人は無駄に時間を取ってしまった事を、この場を借りて謝罪させて頂きます。誠に申し訳ございませんでした。

……でも、仕方ねぇじゃん…だってそりゃそうでしょう!何これ、何で俺呼ばれてんの!?そういうギャグ!?

 

「ど、どうしたどうした…って、あの子は……」

「あー…はは、そりゃ驚くわな…」

 

俺が滅茶苦茶動揺する中、周りから視線が集中する。理由は……言うまでもない。

 

(ど、どどどどうする!?どうするよ俺!)

 

元々俺は夢見ていた世界に飛び込む為協会に所属しようと思った訳だけど、だからってトンデモ展開なんでもござれみたいな精神は持っちゃいない。魔王襲来の時は心が戦いへと向かっていたから何とかなったけど……俺今は完全に『観戦者』としての心持ちでいたんだよ!?ここから一気に精神を戦闘モードに持ってくとか、自転車だったら部品がイカれるレベルのギアチェンだよ!?

 

「…えーと、君。行かなくていいのかい?」

「へ……っ?」

「いや、君今呼ばれた顕人君だろう?見たところ綾袮様の思い付きらしいが…それでも綾袮様直々の指名を無視するのはどうかと思うよ?」

「うっ……で、ですよね…」

 

心の中で叫びまくっていた俺は、横の人から声をかけられ我に返る。我に返って……今がどういう状況なのかも再認識した。綾袮さんが第四試合という状況を作り、その上で俺を呼び、今は俺を待っているという状況を。

 

(これ、俺も拒否出来ねぇ状態じゃん…うぅ、やりやがったな…やりやがったな綾袮さん……!)

 

世の中には全く周りの視線や評価を気にしない人もいるけれど、残念ながら俺はそうじゃないし、それどころか人を待たせるのは心苦しいと思ってしまうタイプ。…早い話が、俺に選択肢はないのである。より正確に言うと、選択肢自体はあっても実質選べるのは一つのみなのである。

額や背中に嫌な汗をかきながら立ち上がる俺。耳を澄ませば俺へ向けた色々な声が聞こえてくるだろうけど…もうそれ聞いてる余裕はないっす…。

 

(はぁ…溜め息も吐けねぇ……)

 

俺にとっては同居人兼クラスメイトでも、ここにいる人達からすれば綾袮さんは目上の人。流石に全員が全員溜め息を吐いただけで怒るような人ではないとしても、一人二人はいてもおかしくない。そう思って一挙手一投足にも気を付け廊下へと出ると……

 

「よう、大変な事になったな」

「あ…上嶋さん…」

 

そこには壁に背を預けて人差し指と中指を軽く振る、上嶋さんの姿があった。

 

「はは…もう大変なんてもんじゃないですよ、えらいこっちゃです…」

「えらいこっちゃなんて久し振りに聞いたなぁ…でも行くんだろ?てか行かない訳にはいかないんだろ?」

「えぇ、はい…帰ったらそれ相応の仕打ちをしてやる……」

「はははは!何気に凄い事言うな顕人は!」

 

人目がなくなった事と頼れる先輩的人物である上嶋さんの前である事が相まって、もう外れるんじゃないかって位肩を落とす俺。それを見た上嶋さんは愉快そうに一頻り笑って……それから真面目な、けれど温かみのある顔を見せる。

 

「…ま、そういう時は良い方に考えようぜ。顕人は得意だろ?人や行いを悪意的じゃなくて善意的に捉えるのは」

「いや、そりゃ…まぁ、得意なのかもしれませんけど…こんな無茶振りにある善意なんて……」

「評価向上の為、とかあるんじゃないのか?」

「それは……」

 

評価向上。その言葉を聞いた俺には、思い当たる節があった。

魔王との戦闘に突っ込んだ俺と千嵜。当然それは周りからの好評価目当てじゃなかったけど、目当てにしようがしまいが評価というのは勝手に付いてくるもの。そしてその結果生まれた評価は、良く言えば『度胸が凄い』、悪く言えば『とんでもない馬鹿』というものだった。で、これまた当然だけど……良く捉えてくれる人より、悪く捉える人の方がずっと多いし、良く捉えてくれる人だって度胸が凄い、名前に『馬鹿だけど』が入っている人は少なからずいる筈。…だけど評価というのは、一度決まってしまっても塗り替える事が出来るもの。

 

「…模擬戦を全勝した二人に対し、俺が綾袮さんの足を引っ張る事なく戦えたのなら、評価は多少なりとも回復する……確かに綾袮さんなら、そういう気を回してくれるかもしれません」

「だろう?良い方向に考えれば、それだけで気持ちも軽くなる。だからそう考えておこうぜ」

「…でも、評価は勝たずとも最低限まともに戦えなきゃ上がらない訳で、しかも足を引っ張った場合は更に評価が悪くなるというプレッシャーが……」

「まぁ、な。けどそれは大丈夫だと思うぞ?乱戦の中とかならまだしも、ゆっくりと見られる状態で綾袮様があの二人の実力を見誤る訳がない。で、その上で顕人を呼んだって事は……」

「……勝算があっての事、って訳ですか…」

 

顎に手を当て、考える。綾袮さんの真意を、どんな思いで綾袮さんが呼んだのかを。会話によって落ち着いた頭と精神で考えて、綾袮さんの…そして上嶋さんの言葉を好意的に受け止めて、それで俺は答えを出す。

 

「…分かりました。上嶋さん、俺…頑張ってきます」

「おう。お前が良い戦いをしてくれりゃ、一時的とはいえ上司をしていた俺の評価も上がるんだからよ、頑張ってこいや」

「そうします……って、なんで自ら上げた俺のテンションを下げようとしてくるんですか…」

「冗談だ冗談。…綾袮様が俺の思った通りの事を考えているかどうかは分からねぇが、結果次第で評価が上がる事も、綾袮様がプロ中のプロだって事も事実なんだ。……だから、精一杯やってこい」

「……はい」

 

上嶋さんの言葉に頷いて、俺は目的地へと走り出す。状況は、現実は変わらないけど、心持ちは俺の考え次第で変えられる。悪い部分を、マイナスの要素を見ればそれだけで気が滅入るけど、良い部分を、プラスの要素を見れば気持ちも自然と好転する。……なら、出来る限り良い方に考えた方がいいじゃないか。

そんな思いで、俺は走る。上嶋さんの言葉に背中を押され、綾袮さんが用意してくれた舞台へと。


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