目的や意図はどうあれ、公に敵対している訳でもない組織同士は友好的な交流を行うのが基本。合同で何かを行うだとか、技術交換を図るだとか、とにかく互いの利益や安全に繋がる為の関係性を築いていくのが普通の事。そしてそれは……どうやら、霊装者の世界でも同じらしい。
「襟とか裾とか大丈夫かな…」
「大丈夫大丈夫、問題ないからゆっくり待ってようよ〜」
協会の制服に身を包んだ俺がいるのは、双統殿の一室。今こちらに向かっている客人を迎える為に、俺はここで待機している。
「悪いね、顕人君。まだ経歴の浅い君にこんな仕事をさせてしまって」
「いえ、気にしないで下さい。組織の人間としての自覚は、きちんと持っていますから」
この部屋には今、俺の他に綾袮さんと綾袮さんのお父さんである深介さんもいる。そして客人というのは、数日前に綾袮さんが話してくれた外国からの霊装者。きちんと事前に言ってくれたのは助かったけど…普通はもう少し前に言うべきだよね……。
「それは良かった。でも組織を意識して気を張る必要はないさ。これから会ってもらうのは、言ってしまえば短期留学生みたいなものだからね」
「気を張っていては、相手方も緊張させてしまう…という事ですか?」
「そう。だから出来れば、緊張感は綾袮に分け与えてくれると助かるよ」
「はは…確かにそれはしたいですね…」
「え、二人して何?」
俺とは対照的に緊張を全く感じられない(完全にいつも通り)綾袮さんの様子に、俺と深介さんは肩を竦め合う。…綾袮さんのお父さんとはそんなに何度も会ってる訳じゃないし、たかだか高校生の俺がこう思うのは失礼かもしれないけど…多分深介さんとは、気が合うと思う。主に苦労人として。
「…綾袮。お父さんは綾袮が分別のある子だと分かっているから多くは言わないが、騒動だけは起こさないでくれ」
「分かってるよおとー様。わたしはこれ、別に初めてじゃないんだから」
「顕人君と担当するのは初めてだろう?」
「顕人君がいるから尚更大丈夫なんだって。でしょ?」
「で、でしょって…ええと、何かあればフォローに努めますので、ご心配なさらないで下さい…」
「…本当にすまないね、顕人君…」
平常運転が崩れない綾袮さんと、申し訳なさそうに俺を見る深介さん。……やっぱり俺は、この人と気が合うと思う。
「……あ、そろそろ時間ですね…」
「なら、来るのももうすぐだろう」
「顕人君、スマイルだよスマイル」
「お、おう…」
時計で時間を確認した俺は、椅子へと座り直す。緊張はするけど引き受けてしまった手前逃げ出す訳にはいかないし、そもそももう逃げる時間もない。それに、なにも俺の仕事は難しいものじゃないんだから…変なところに力が入ったりでもしなければ、何ら困る事はない。そう考えて、俺は客人がここへ来るのを待つ。そして……
「……!」
とんとんっ、という軽快なノックの後、部屋の扉が開かれた。
「お二人をお連れ致しました」
「ご苦労」
開いた扉からまず入ってきたのは、客人…ではなくここまでの案内を担当していた協会の人。その人に続く形で入ってきたのが、俺達の待っていた人……イギリスの組織からの、霊装者だった。
(……わぉ…)
入室したのは、俺や綾袮さんと同年代であろう女の子二人。前の一人は群青色の髪をバレッタを用いてアップでまとめている少女で、後ろの一人は卯の花色のストレートヘアーな少女。背丈は後の一人の方が高くて、二人共赤茶色の瞳をしていて……何より雰囲気は違うものの、二人の顔立ちはよく似ていた。
「やぁ、よく来てくれたね。私は霊源協会理事補佐の宮空深介、そして二人が……」
「宮空綾袮だよ、宜しくね」
「あ…御道顕人です。宜しくお願いします」
間違いなく似ている来客二人の顔立ちに内心驚く中、慣れた様子で宮空親子が自己紹介。一瞬間が空いて俺も名前を口にし、深くなり過ぎない程度のお辞儀を二人へ行う。すると二人もこくりと頷き……
「ご丁寧にありがとうございます。私はBORG所属のフォリン・ロサイアーズ、彼女はラフィーネ・ロサイアーズです」
「…宜しく」
背の高い方…フォリンさんは俺と同じようなお辞儀をし、ラフィーネさんはちょっと遅れて軽く頭を下げた。
…………。
(…え、待って。情報多過ぎない?気になる点とかよく分からない単語とかが、この短いやり取りの中でがっつりあるんですけど?)
初対面の相手なんて往々にして疑問が浮かぶものだけど、なんか明らかに今回はその数がおかしい。気になるところがある、じゃなくて気になる事だらけって俺初めて…ではないけど、それにしたって普通はもうちょっと控えめな筈。…なんて思いながら横をちらりと見てみると、綾袮さんは「そっかぁ、宜しく宜しく〜!」的な事を言い出しそうな顔をしていた。…適応力高ぇ……。
「まずはここまでお疲れ様だね。時差もあるだろうし、体調は大丈夫かい?」
「問題ありません。海外へ出るのも初めてではありませんから」
「…そのようだね。ならば、早速だけど双統殿の案内としよう。最も、それをするのは私ではないんだけどね」
「では、お二人が?」
「うん、わたしと顕人君が」
俺が疑問を抱えたまま、話は進んでいく。どうもラフィーネさんは積極的に話す方ではないのか会話はフォリンさんが一人で対応していて、彼女の方はじーっと俺達の方を眺めている。…じーっと、と眺めるは微妙に合わない気もするけど…実際そんな印象を受けるんだから仕方ない。
(…ってか俺も話してないし、向こうは俺に対して同じような事を思っているのかも…?)
「わたしはここの事を知り尽くしていると言っても過言じゃないからね〜。面白い所から入ったら一発で組織同士の関係に悪影響を及ぼす所までどこでも案内してあげるよ!」
「え…いや、あの…後者は……」
「あ…気にしないで下さい。ふざけるのが大好きなだけなんです、綾袮さんは…」
「は、はぁ…陽気な方なんですね…」
流石の綾袮さんも、こういう時にはいつものテンションを封印……なんて事はなく、今日もエンジンのかかりは好調だった。…日本の霊装者は皆こんな感じなのか、なんて思われないよう俺はしっかりしていないと…。
「じゃあ、一通り案内を終えたらここに戻ってきてくれ。…二人共、頼むよ」
「はーい」
「了解です」
そうして双統殿内の案内がスタート。…と言っても内装の知識については俺より綾袮さんの方が圧倒的に上だから、専ら俺は案内というより綾袮さんのセーブが主な役目に。
「ここがトレーニングルーム。広いから道具さえ用意出来ればサッカーとか野球も出来そうだね」
「その知識は要らないんじゃないかなぁ…」
「でも確かに広いですね。これなら射撃訓練も気兼ねなく出来そうです」
「それでこれが自販機で、これがベンチで、ペンキ塗りたてのベンチに座るのは後悔する事が確実な行為……」
「要らない要らない自販機とかベンチの説明とか絶対要らない。そういう説明までしてたらいつまでも終わらないよ…」
「ペンキ塗りたて、ですか…私その張り紙がベンチに貼ってあるのは見た事がないですね…」
「そこは食い付かなくていいですから…」
……ご覧の通り、綾袮さんの案内には突っ込み役が必須だった。しかも変に真面目なのかそれともちょっと天然なのかフォリンさんはどうでもいいところにまで意見を述べたり、逆にラフィーネさんはずっと静かなままだったりで、とにかくただ案内してるだけの筈なのに精神が疲れる。…生徒会って外部の偉い人を案内したりする事もあるけど、疲労がその比じゃねぇ……。
「ここは周りにもトレーニング絡みの部屋だったり場所があったりするから、区域として覚えるといいんじゃないかな」
「へぇ、そうなんだ…」
『……?』
「あ……こ、こほん。今のはお気になさらず…」
こんな感じで突っ込みながら、時々俺も案内されながら、双統殿の中を回る事数十分。大方案内を終えた俺達は、上層階の景色を眺められる場所で休憩としていた。
「ここ、良い景色でしょ?…あ、でも景色はイギリスの方が良いのかな?」
「それは分かりませんが…イギリスの景色に慣れている私にとっては、ここの景色の方が綺麗に見えますよ」
「そっか、それもそうだよね」
どんなに綺麗な光景だったとしても、見慣れてしまえば普通の景色と変わらない。それを表すように俺と綾袮さんは背もたれのないベンチソファに座り、フォリンさんラフィーネさんは窓の側で景色を眺めていた。
「……ね、顕人君。質問しなくてもいいの?」
「え……?」
「だって顕人君、疑問に思ってる事が沢山あるでしょ?」
会話が途切れてから数十秒。景色ではなく景色を眺める二人をぼんやりと見ていると、小声で綾袮さんが話しかけてくる。
「…よく分かったね」
「そりゃ分かるよ。わたしだって訊いてみたい事があるし…何より、自己紹介の時点で顕人君に説明し忘れてた事があったの思い出したからね。BORGがなんなのかとか」
「やっぱり気になら点が多かった理由の一つは綾袮さんのせいか……」
「あ、あはははは…ごめん…」
綾袮さんのうっかりのせいだと分かった俺は顔を軽くしかめるも、客人二人がいる前(正確には後ろだけど)だからとここは我慢。同時に今訊かなきゃ次質問するのに丁度いいタイミングはいつ来てくれるか分からないとも思い、綾袮さんの言葉に押される形で立ち上がる。
「……お二人共、日本語上手なんですね」
「はい?……あ、はい。勉強はしっかりしてきましたから」
質問したい時はしていいか初めに訊いてみるのも一つの方法だけど、立場に大きな差がない場合はこうしていきなり質問に入るのもいいと思う。勿論、流れやタイミングには気を付ける必要があるけど。
「やっぱりそうなんですね。でも本当に上手いというか、違和感がないというか…」
「霊装者の世界では、日本語が結構重要視されてるんだよ。前に説明したのと同じような理由でね」
「まさかの綾袮さんが返してきた……こほん、ずっと気になってたんですが…もしやお二人は、姉妹だったりするんですか?」
まずは流暢な日本語について触れたところで、俺は最大の疑問を口に。似ている顔立ちに同じファミリーネームとなれば、二人の関係性について誰だって気になってしまう事。そしてその質問に対し、フォリンさんははっきりと肯定の意を口にした。
「そうですよ。名前の通り、ラフィーネと私は姉妹です」
「だよね、フォリンってなんかお姉ちゃん感あるし」
「あ、いえ。姉はラフィーネの方ですよ?」
『え?』
しっかりしている姉のフォリンさんと、物静かな妹のラフィーネさん。俺と綾袮さんはてっきりそういう姉妹なんだと思っていて…だから今の返答には、二人揃って目を瞬いた。
「…そ、そうなんですか…?」
「えぇ。疑わしいというのであれば、身分証明書の生年月日を見て頂ければ…」
「い、いや疑ってる訳じゃないんだよ、うん!ただちょっと驚いちゃっただけで…気分を害したならごめんね…?」
「大丈夫ですよ、驚かれるのはいつもの事なので。ですよね、ラフィーネ」
「うん」
フォリンさんは軽く肩を竦め、同意を求められたラフィーネさんは本当にただ同意だけを口にした。…俺は兄弟も姉妹もいないから実体験では語れないけど…やっぱこれ、普通は逆じゃないの…?
「…それで、他にも何かご質問はありますか?見たところ、色々と気になっている様子ですけど…」
「こ、こっちにもバレてる…えーとじゃあ…お二人はどうしてここに?」
「…顕人君。それは学校にいる人に『どうして学校にいるの?』って訊くのと同じ位の愚問だと思うよ?」
「そんな当たり前過ぎる事を訊いてるんじゃないよ…あ、今の質問の意図は伝わってます…?」
「何故私達が来たのか、という事ですよね?」
ちゃんと言わんとしていた事を理解してくれていたフォリンさんに、俺は首肯。日本語は意味が分かり辛いって言われるらしいけど…ほんとにフォリンさんはしっかり勉強してきてるんだなぁ…。
「それでしたら、深い理由はありません。単に上からこの話を持ちかけられて、断る程の理由がなかったから受けたというだけですから」
「あ、そうなんですか…」
「じゃあ、次はわたしから質問いいかな?」
「勿論ですよ、どうぞ」
何とも話の広げ辛い(事実なら仕方ないけど)返答を受けて俺が会話を途切れさせてしまうと、絶妙のタイミングで綾袮さんが挙手。教師みたいな言い方でフォリンさんがOKを出し、質問主が俺から綾袮さんへと移る。
「姉妹揃って話が来たって事は、二人は普段から組んで任務をこなしてるの?」
「その通りですよ。連携ならずっと一緒にいるラフィーネとが一番上手く出来ますし、戦闘スタイルも私とラフィーネは噛み合ってますから」
「へぇ。戦闘スタイルが噛み合ってるって事は、雰囲気的にフォリンが……」
「…わたしからも、質問がある」
「ほぇ?」
回答から更に話を広げようとした綾袮さん。するとそこで、これまで殆ど話していなかったラフィーネさんが口…というか質問を挟んできた。
「…駄目だった?」
「う、ううん。全然問題ないよ?」
「そう。なら…綾袮、貴女達も組んでいるの?」
「あー、うん。ちょっと経緯は特殊だけど、そういう形になってるよ?」
驚いた綾袮さんと同様に、俺もラフィーネさんが自分から話題(質問)を振ってくるとは思っておらず再び目をぱちくり。けれどそこは俺以上の社交性を持つ綾袮さんだからかすぐに言葉を返し、ラフィーネさんからの質問を受け付ける。そしてその問いにも答えると……彼女は、多少ながら眉をひそめて言った。
「……だったら、組む相手はもっと考えた方が良い」
『え……』
「ちょ、ラフィーネ…?」
……ぐさり、とその言葉が心に刺さった。これには綾袮さんもすぐには反応出来ない様子で、フォリンさんも少し慌てたような表情を浮かべる。
この言葉が『俺では綾袮さんに見劣りする』という意味である事はまず間違いない。それは言われなくても分かっている事で、見劣りしているのははっきり言って当然の話。…でも、初対面の相手にここまで鋭く言われたからか、或いはラフィーネさんの瞳が一切の嘘を感じられない程真っ直ぐだったからか……平然を装う事が出来なくなる程、俺は動揺してしまっていた。…そんな中でも、ラフィーネさんは言葉を続ける。
「雰囲気だけで分かる、綾袮は強いって。多分、わたしよりも、フォリンよりも」
「ええ、っと…それは、まぁ…ラフィーネも強いと思うよ?そういう雰囲気わたしも感じるし…」
「それは当然。…でも、誰かと組むなら自分に見合う強さの相手とじゃなきゃ、意味がないどころの話じゃない。実戦で扱えるとしても、性能の低過ぎる武装はデッドウェイトになるのと同じ」
「で、デッドウェイト……」
ラフィーネさんの言葉が再び俺の心に刺さる。……正直、辛い。…反論出来ないけど、その通りだとも思うけど…けどさ……。
「ら、ラフィーネ…言うのはその位にして……」
「強要はしない。でも、任務を完遂する上でも、自分の身を守る上でも、組むなら強い相手の方が……」
「あー……忠告ありがとね。…でも、それはいいかな」
……そう、思っていた時…綾袮さんは、肩を竦めながら首を横に振った。
「…それは、何故?」
「わたしは顕人君の指導役も兼ねてるからね。それに、立場的に大体の人はわたしに気を遣っちゃって実力を上手く活かせなくなるかもしれないし…顕人君って、単純な実力以上のものがあったりするんだよ?」
「……綾袮さん…」
「まぁ、まだまだへっぽこな事は否定しないけどね!」
「うぐっ……はいはいそうですよ、自覚しておりますよー…」
首を振って、真面目な顔をして……それから最後に俺の込み上がった思いをはたき落として、綾袮さんは言い切った。…自分はこのままで、俺と組んでるままでいいんだって。……ありがと、綾袮さん。
「…ラフィーネ」
「何?」
「今の発言、遠回しに顕人さんを傷付けてますよ?」
「そうなの?……じゃあ」
刺された心が癒えていくのを感じる中、何やら話していたロサイアーズ姉妹。それに気付き、俺がなんだろうと意識を向けると…丁度そのタイミングで、ラフィーネさんが俺の前へとやってきた。そして……
「顕人。わたしにそんなつもりはなかった」
「へ?…そんな、ってどんな…?」
「…けど、傷付けたなら謝る。ごめんなさい」
「あ……う、うん…」
ぺこり、と頭を下げた。ごめんなさい、と俺に向けて言った。フォリンさんとのやりとりを聞いていなかった俺は、最初そんなつもりの意味が分からなかったけど……この流れで頭を下げられれば、誰だって分かる。
「すいません、顕人さん。ラフィーネは少々不器用なところがありまして…で、でも別に悪意があった訳ではないんです。ですからその、出来ればあまりラフィーネの悪く思わないで……」
「…大丈夫ですよ、フォリンさん。確かに傷付きはしましたけど、言ってる事は事実ですし、別にラフィーネさんに怒ってたりはしませんから。…それに、俺は単純な人間なので…仮に怒っていても、こうやって謝られたら根に持ったりはしませんよ」
「…ありがとうございます、顕人さん」
謝るというのは、簡単なようで難しい。形だけの謝罪なら誰だって出来るけど、反省と誠意を持ってきちんと謝るのは、そこに躊躇いや『丸く収めよう』という打算を混じらせる事なく言葉や行動にするのは、本当に難しい事。…それが出来ているんだから、ラフィーネさんにそんなつもりや悪意がなかったという言葉も、疑う余地なく信じられる。少なくとも、俺は疑おうとは思わない。
「よかったね、顕人君。でも、二人共わざとではないとは言ったけど、顕人君の実力に関しては訂正してもらえなかったね」
「い、言わんでええ!俺自身で実力不足は自覚してるって言ったんだからいいじゃん…!」
……それに比べ、なんと綾袮さんの酷い事か。わざわざ顔を近付け小声で言う(多分二人への配慮)綾袮さんは、マジで酷いったらありゃしない。…でも時々何の気なしに見せる優しさに胸を打たれてしまう俺は、やっぱほんとに単純なんだろうなぁ…。
「あはは、でもだいじょーぶ。大切なのは今どうかじゃなくて、これからどうなっていくかだからね」
「するなら俺をdisるか元気付けるかのどっちかにしてくれませんかねぇ…!」
『……?』
「あっ……な、何でもないよ何でも。それより、そろそろ案内再開した方がいいんじゃない?」
「そう?でもこっちの建物の案内は粗方終わったし、後は戻るだけでも問題な……」
大分関係ない話で盛り上がってしまったけど、元々していたのは二人の案内。それを思い出した俺は話題逸らしも兼ねて口にすると、綾袮さんは軽い調子で返答し……かけて、硬直した。
「……綾袮さん?」
「どうかしましたか?」
「…えーっと、だね……」
『…………』
「……戻ってくるよう言われた時間、もうすぐだった…」
顔を若干青くしながら、綾袮さんはゆっくりとこちらを向く。彼女が振り向く前に見ていた方向にあるのは…掛け時計。
「…………」
「…………」
「…………」
「…いや、あの…それって…」
「……総員!最初の部屋に至急帰還せよっ!」
「えぇぇ!?ちょっ、そんな急に……」
「了解。直ちに帰還する」
「急ぐしかありませんね…!」
「順応性高ッ!イギリスの霊装者さん対応力たっか!…えぇい、全員曲がり角とか扉前は気を付けてよ!?」
戻るべき方向を指差す綾袮さんと、驚きの順応性でそちらへ向かって走り出すロサイアーズ姉妹。スタートダッシュを決める三人に俺は取り残され……こうして衝突の危険を口にしながら、慌てて三人を追うのだった。…ほんと、二人の順応性が高いのか俺の順応性が低いのか……いや絶対普通なのは俺の方だよ!綾袮さんもだけど、ほんと突っ込みどころがあり過ぎるよ!色んな意味で追い付けねぇよぉおおおおおおッ!