双極の理創造   作:シモツキ

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第五十九話 頼れる人

テストの為に頑張ると決まったあの日から、俺と綾袮さんは毎日リビングでテスト勉強を行っていた。全くもってスパルタ系の指導が出来ない俺と、性格のおかげか意識せずとも精神に余裕が持てる綾袮さんだと、相性がそれなりに良いのかお互い嫌になったり仲が悪くなったりする事なく毎日勉強を続けられていて、この調子で最後までやり切る事が出来れば何とかなるんじゃないかと俺は本気で思っている。ただ、それは逆に言えば何らかの事情でこれまで通りに行えなくなった場合は、何とかならないかもしれないという訳で……

 

「何で今日はあんなに魔物の数が多かったんだよ……」

 

──魔物討伐で大いに疲れている今の俺は、非常に不安となっていた。

 

「偶にあるんだよ?魔物が集まっちゃうって事は」

「……まさか、また魔人が現れたって事はないよね…?」

「それはないんじゃないかな、魔人が統率を取ってたならもうちょっとまとまりある動きをする筈だし」

 

ベンチにぐたっと座って愚痴を零す俺と、俺の愚痴に缶ジュースを飲みながら答えてくれる綾袮さん。今日俺達は、とある部隊に協力する形で何体もの魔物の討伐を行っていた。その部隊は少し前に帰還をした為、俺は現在夜の公園で綾袮さんと二人きり。

 

(…この不安感がなきゃいいシチュエーションなんだけどなぁ……いやそうなったらそうなったで気不味いけど)

 

二人きり、というのはもう毎日のように経験しているけど、だからこそ家の中ではもうそれに慣れてしまっているし、相手が同じでも状況や場所が変われば感じ方も変わってくる。特に夜の公園なんてそりゃもう色々想像してしまうシチュエーションなんだから、男子高校生としてはテンションが上がる筈なんだけど……今俺の頭を占めているのは、こういう事態がこれからも続いたら…という不安感だった。

 

「…世の中、意外と低確率な事が続いたりするもんだからなぁ……」

「低確率?魔人の事がそんなに不安なの?」

「いや、魔人ってか今日みたいな手間のかかる出来事全般…」

 

綾袮さんとの生活同様魔物との戦いも慣れ始めたとはいえ、まだまだ俺に身体的及び精神的余裕はない。それどころか多少なりとも慣れた事で戦闘中に疲労をしっかりと感じるようになってしまい、疲労感に関しては悪化しているような気すらする。……実際のところは普通に感じるか、後になって一気に感じるかの違いでしかないんだけどさ…。

 

「そっかぁ…顕人君いつもやる気満々だから何も言わなかったけど、大変ならもっとわたしに任せてくれていいんだよ?わたしはまだまだ余裕あるし」

「いや、そういう問題じゃ…ない事もないんだけど……」

「……?」

「……今日、いつもの感覚で勉強出来る?」

「え?……あー…そういう事か…」

 

背もたれに預けていた身体を起こしながら俺は言う。すると綾袮さんは一瞬不思議そうな顔をして…すぐに俺の意図を理解してくれた。

 

「…確かに霊装者としての務めが忙しくなったら勉強時間の確保は難しくなるし、確保出来てもパフォーマンスには影響するだろうね…」

「特に俺は、ね。全く、綾袮さんが涼しい顔してる中疲労感じまくってる自分が情けない…」

「それは気にする事ないよ。というか、霊装者歴数ヶ月の顕人君に並ばれる方が、わたし的には心折れると思う」

「そりゃそうだろうけど…俺にも一応男のプライドがあるし…」

「え……!?」

「ちょっ…何その反応!?俺にはプライドがないとでも思ってた訳!?」

 

何故このタイミングでそんなボケをぶっ込んでくるのか。…綾袮さんに対し俺は時折そう思う事があったけど……今回はその中でもトップクラスのぶっ込み方だった。後、シンプルに今のはちょっと傷付いた。時間経過で治る程度の傷だけど。

 

「だいじょーぶ!顕人君は多少プライドが抜け落ちてたって魅力的だとわたしは思うから!」

「それ褒めてんの!?それとも褒める形式を使って馬鹿にしてんの!?」

「いやいや顕人君、今のを褒め言葉と捉えるのはポジティブ過ぎだと思うなぁ」

「捉えてませんが!?言葉の真意を問い質してただけですが!?え…俺に喧嘩売ってるの!?」

「へぇ……喧嘩だなんて、わたしも舐められたものだね…」

「ちょおっ!?な、何大太刀出してんの!?まさかのガチバトル想定!?それじゃ俺死んじゃうよ!?」

「……わたし、思ったんだ。血と苦痛の先にある絆もあるんじゃないか、って」

「それは……ヤンデレの思考ですよねぇぇぇぇええええええっ!!」

 

俺は叫んだ。夜だという事も忘れて、それはもう絶叫した。あはは、やっべ……綾袮さん超怖ぇぇぇぇ!

 

「……あの、綾袮さん…」

「うん、なーに?」

「…俺、何か気分を害するような事してしまったでしょうか…?」

「ううん、何にも。むしろ面白い反応してくれてわたしは上機嫌な位かな」

「え…じゃあ、今のは……」

「全部冗談だよ?」

「…………」

 

にぱっ、と言葉通りに気分良さげな笑顔を浮かべる綾袮さん。……ふーん、冗談なんだ…。

 

…………。

 

「俺、今から刀一郎さんに綾袮さんが勉強サボってた事伝えてくる」

「ちょっ!?す、ストップ顕人君!それは不味いって、ほんとに不味いんだって!」

「知った事か、俺は言ってやる…言ってやるぅ!」

「わぁぁぁぁっ!?ご、ごめんね!今のはやり過ぎだったよごめんね!謝る!謝るし反省するから…言うのは止めてぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

綾袮さんは叫んだ。双統殿に向けて飛び立とうとする俺の腰にしがみ付いて、それはもう絶叫した。……そろそろ五月蝿いと近所の人に怒られるかもしれない。

 

「あのさぁ綾袮さん…ほんとにさ、冗談も時と場合を考えなきゃただの暴言や失言になるんだからね…?」

「うぅ、はい…顕人君なら許してくれると思って調子に乗ってました…」

「その言い方は卑怯だよ…はぁ……」

 

お互い絶叫をしていた数分後。結局今回のやり取りも俺が注意し綾袮さんが反省、そして俺も綾袮さんの言葉選びから強くは言えずに肩を落とす…というよくあるパターンに落ち着くのだった。俺も綾袮さんも毎度毎度よくやるよね、ほんと…。

 

「…それで、今回の目的は何だったの?単に俺をからかいたくなっただけ?」

「…なんか、わたしに別の意図があったって分かってるような口振りだね」

「流れ的にありそうだって思っただけだよ。で、どうなの?」

 

ベンチに座り直し、気持ちも切り替えて意図を訊く俺。反省してくれたとはいえさっきあれ程ふざけた綾袮さんだから、この質問もちゃんと答えてくれるかどうか内心不安だったけど…綾袮さんは指を頬に当てつつ、ちゃんと返答してくれた。

 

「実を言うと…あれは確認だったんだよ。顕人君の余力はどれ位なのかな、って確認」

「確認、って…じゃあその手段がボケだったって事…?」

「そうだよ?だって口頭じゃ顕人君が認識してる範囲の事しか分からないし、動いてもらうのは余力が全然無かった場合危険だし、そもそも顕人君が本気になれない事じゃ無意識に手を抜いちゃうかもしれないからね。だから……」

「だから体力使うけど危険はほぼ無く、何より俺が全力になる突っ込みをさせてみようと思った訳か…」

「うん、そういう事」

「…俺は綾袮さんが頭良いのか頭おかしいのかよく分からなくなってきたよ……」

 

良いの反対は悪いだけど、多分綾袮さんは頭悪い訳じゃない。ただ発想がどうしても「なんでそういう方向に行くかなぁ…」と思わせる内容だったからこそ、頭良いのか頭おかしいのか…なのである。そして一番分からないのは、俺はこれを地の文で語って一体どうするつもりなのかである。

 

「ふふーん、わたしは一体どっちなのでしょう?…さて、あんまり遅くなって変な人に絡まれたりするのも嫌だし、そろそろ帰ろっか」

「あ、うん。……って、結果発表は…?」

「結果発表?…あ、余力がどれ位あるかって事の?」

「それ以外ないでしょう…」

「まぁね。んー…まぁ、そこそこあったって感じだと思うよ?でも食事と同じでギリギリまでやるのは賢い選択とは思えないし、疲労してると感じたら無理はしない事。いいね?」

 

そう言って綾袮さんはぴょこんと立ち、飲み終わったジュースの缶をゴミ箱へ捨てて歩き出す。あんなお互い大ダメージを受けてまで行った確認の結果がこんなふわっとしてていいのだろうか…と思う俺だったけど、まぁ余力なんて実体のないものを正確に測る事自体が困難なんだから、ふわっとしてたって仕方がない。そう自分で結論付けて、俺もベンチを後にした。

 

「ほんと悪いね、いつもいつも何かと気にかけさせちゃってさ」

「これ位気にしないでよ。わたしだって顕人君に助けてもらったり手伝ってもらったりしてるんだから」

「そっか…うん、そう言ってくれるなら俺も出来る事を頑張らなきゃだよね。今日はもうあんまり時間取れないと思うけど、それでもいつも通り勉強手伝うよ」

「……今日位、休んでもいいのに…ま、それならお願いするね」

 

夜道を歩いて帰る俺達二人。俺が感謝の思いからやる気を見せた瞬間、綾袮さんは少し何かを思うような顔をしていたけど…すぐにその表情は消え去った。それに気付いた俺は一瞬なんだろうかと思ったものの、その後の綾袮さんは何も変わったところはなかったから、一瞬だけ表れた表情と同じように気になる気持ちもすぐに消えていってしまうのだった。

 

 

 

 

おじー様がテストについて触れた時、わたしは万事休す(って言う程手を尽くした訳じゃないけど)だって思った。でも、落ち込んでるわたしを顕人君が元気付けてくれて、わたしの為にテスト勉強の指導をしてくれるって言ってくれた。それは気休めじゃなくて、毎日わたしの勉強に付き合ってくれて……それをわたしは本当に感謝していたし、頼りにもしていた。…でも、時間が経つにつれて…特に昨日の魔物討伐以降はある不安を感じるようになって、だからわたしは……

 

「やっほー妃乃、お邪魔してるよ〜」

「いや何勝手に来てくつろいでるのよ!?」

 

放課後、妃乃の家…もとい悠弥君の家(千嵜宅)にお邪魔していた。行ったら丁度妃乃と入れ違いになったみたいなんだよね。

 

「いや、ここの家主一応俺だし俺が入れたんだから大丈夫だぞ」

「それはそうだけど…なんか釈然としないのよ…!」

 

帰ってきて早々にカッカしてる妃乃。…けど、それもそうだよね。だってわたしリビングのソファの真ん中に座って、お茶飲みつつ漫画読んでたんだもん。……まぁ、悠弥君の妹の緋奈ちゃんが居なかったらわたしは悠弥君と悠弥君の家で二人きりになる訳で、そうなってたら流石にちょっとくつろいでいられなかったと思うけど…。

 

「まぁまぁ落ち着いてよ妃乃。わたしの飲みかけでいいならお茶あげるよ?」

「要らないわよそんなの…で、何の用よ?まさか悠弥に用事って訳じゃないでしょ?」

「緋奈ちゃんに用事かもよ?」

「え…そ、そうだったんですか…?」

「…緋奈ちゃん、この子はちゃらんぽらんな人間だから言葉を真に受けない方がいいわよ。綾袮の言う事なんて八割適当だし」

「いや、わたしもそこまで適当な事ばっかりは言ってないよ…八割って狼少年もびっくりなレベルだよ、多分……」

 

そんなに言ってたらまともに会話が成立しないよ…と思いつつわたしは訂正。局地的な事ならともかく、全体的に言えばそんなに言ってる訳ないもんね。……あれ、無いよね…?

 

「うん、そんな事は無い筈…それで、何の用事だっけ?」

「それをさっき私が貴女に訊いたんだけど?」

「あ、そうだったね。…あのさ妃乃、ちょっと話したい事…っていうか、お願いがあるんだけど…」

「お願い?何よお願いって」

「それは…出来れば二人で話したいっていうか…」

 

悠弥君や緋奈ちゃんに訊かれちゃ不味い話って訳でもないけど、出来るならば妃乃だけに伝えるようにしたい。人の口に戸は立てられぬって言うし、おおっぴらにしたい話でもないし…。

そんな思いを視線と言葉に込めるわたし。すると妃乃はわたしの思いを分かってくれたのか、数秒黙った後にこくんと頷いてくれた。

 

「…いいわ、なら私の部屋に行きましょ。悠弥、廊下で聞き耳立てるんじゃないわよ?」

「しねぇよそんな事……う、うん。俺はしないぞそんな事」

「なんで同じ内容二回言ったのよ…まぁいいけど…」

 

……って事で場所を移す事に決定。そういえば妃乃の住む場所が変わってから妃乃の部屋に行くのは、これが初めてだなぁ…っと、そうだ。

 

「漫画ありがとね、えっとこの本は…」

「あ、それはわたしが戻しておきますよ?」

「そう?じゃ、お願いするね」

 

残っていたお茶を全部飲んじゃって、漫画も緋奈ちゃんに渡してからわたしは廊下へ。そのまま先に出た妃乃の後に続いて、妃乃の部屋へと移動する。

 

「さ、入って」

「はーい。…あ、前の家の時とあんまり変わらないんだね」

「そりゃそうよ。前の家で使ってた物の殆どをここでも使ってるんだから」

 

新居(形としては居候だけど)の妃乃の部屋は一体どんな感じなのかな〜…って内心ちょっとわくわくしてたわたしだったけど、蓋を開けてみれば見覚えのある物ばっかりの部屋だった。理由は「それもそっか」って思えるものだったけどさ。

 

「椅子でもベットでも好きな所に座って頂戴」

「じゃあ、わたしは妃乃の膝の上に座る〜!」

「重いから嫌」

「ちょっと!?何さらっと重いとか言ってくれてるの!?わたし妃乃より軽いからね!?」

「そうね、貴女の胸は私と違って貧相だものね」

「ひ、貧相ゆーな!わたしはまだ成長途中なだけだもんね!」

 

女性として言われたくない事と個人的に言われたくない事を連続して言われたわたし。か、軽いジャブ感覚でボケただけなのに……むかーっ!

 

「ふーんだ!数年後立場が逆転した時に吠え面かいても知らないからね!」

「吠え面?…数年後に私がするのは同情の表情じゃないかしら。…全く成長しなかった貴女に対して」

「するよ!するもん!むしろわたしは心配なものだね!妃乃割と早い内に老けそうだし!」

「何ですって!?自分より発育いいからって僻まないでよね!どうせ根拠もないくせに!」

「それは妃乃もじゃん!妄言じゃん!」

「あぁ!?何よやるっての!?」

「はぁ!?わたしはもうそのつもりだけど!?」

 

妃乃にギロリと睨み付けられて、わたしも負けじと睨み返す。そして十数分後……

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……そ、そういえば…話があるんだったわね…」

「ふぅ…ふぅ……そう、だったね…うん…」

 

一軒家の室内という、決して広くはない場所で大喧嘩を繰り広げたわたし達は、お互いぼっろぼろになっていた。心無い人ならボロ雑巾ガールズとかあだ名を付けてきそうな位酷い有り様になっていた。……妃乃とこういう喧嘩するのも久し振りかも…。

 

「…その、大丈夫…?悪いのは最初にふざけたわたしなのに、ヒートアップとかしちゃってごめんね…?」

「わ、私こそごめんなさい…調子に乗って煽った私も悪かったわ……」

 

ゆっくり起き上がったわたし達は、お互い相手の目を見た後にしっかりと頭を下げた。

幼馴染みとして十年以上の付き合いがあるわたし達は、これまで何度も喧嘩してきた。今日みたいにしょうもない事が切っ掛けの時もあれば、本当に嫌だと思った事が原因の時もあって、最終的に殴り合いになったりした事も少なくない。…でもいつも、喧嘩の後はお互いちゃんと謝って仲直りしていた。だってそういう約束だから。非を認めて謝る事より、絶交する事の方がずっと嫌だから。

 

「…一回、お茶飲んで落ち着く?さっきも飲んでたし喉乾いてないのかもしれないけど…」

「ううん、いいよ。それより喧嘩で思わぬ時間のロスしちゃったし、わたし的には早く本題に入りたい…」

「そう?じゃあ、聞くから話して」

「うん、でもその前に……」

「そうね、その前に……」

 

わたしも妃乃もすっと立ち、鏡の前まで移動。そこで髪型と服装を整えて、その後互いに相手の見た目を確認して、それでやっと本題に入る。……だってわたし達、女の子だもんね。

 

「これでよし、っと…あのね妃乃、お願いっていうのは……」

「いうのは…?」

「……わたしのテスト勉強に、手を貸してほしいの…」

「…………」

「…………」

「……は?え……はい?」

 

もしかしたらからかわれるかもしれない、馬鹿にされるかもしれない。だってわたしがこれまで勉強を避けてきた事を妃乃は知っていて、真面目な妃乃からすれば何を言ってるんだってお願いな筈だから。……そんな思いを抱きながら頼んだわたし。そうしたら妃乃は…ぽかーんとしていた。

 

「…あ、あれ?もしやよく聞こえなかった?ラブコメの主人公状態?」

「いや聞こえてはいるわよ……えっと、それは…本気で言ってるの…?」

「うん、本気」

「……驚いた…これまで私が何度指摘しても勉強しようとはしなかったのに…」

「それはね…」

 

目をぱちくりさせる妃乃にわたしは説明。誤魔化す理由もないかなと思って素直に事情…というか理由を話すと、次第に妃乃の表情は曇っていって……

 

「…って訳で、テストに向けて勉強中なんだけど……」

「……綾袮、貴女って人は…」

「…えーと、妃乃……?」

「御党首の刀一郎様は勿論、貴女の家族は皆ご立派な方達なんだから、その家族の恥になるような事するんじゃないわよ……」

「うっ……ご、ごめんなさい…」

 

最終的に妃乃は、額を押さえて物凄く呆れていた。そして妃乃の言う事がごもっとも過ぎて、何故かわたしは妃乃に対して謝っていた。…うん、流石のわたしもこれが反省すべき事だって自覚はあるんだよ…。

 

「…まぁ、いいわ。貴女が予想の斜め下をよくいく人物だってのはずっと前から知ってるし…」

「じゃあ、手伝ってくれる…?」

「嫌、って言ったら諦めるの?」

「それは、まぁ…正直わたしは『自業自得だ、悪い点取って怒られろ』って言われても仕方ないレベルだし…」

「珍しく殊勝ね…だったら綾袮に朗報よ」

「…朗報?」

「私はね、課題を写させてもらおうとしたりテストのヤマ張ってもらおうとする綾袮の事は本気でしょうもないと思ってるけど……やる気を持って、その上で私を頼ってくれる綾袮に対しては、その勉強を手伝ってあげようと思ってるわ」

「……!」

 

椅子の上で脚を組み、様になるポーズを取って……呆れ気味に、でも笑みを浮かべて言ってくれた。──手伝ってくれる、って。

 

「妃乃……ありがとう妃乃!わたし妃乃ならそう言ってくれるって信じてたよ!妃乃が手伝ってくれるなら百人力だね!」

「ちょ、調子良い事言うんじゃないわよ!それと私の言葉ちゃんと聞いてた!?勉強中に不真面目な態度だったら手伝うの止めるからね?」

「分かってるって!そういう感じの事はもう顕人君に言われてるし!」

 

座っていたベットをバネに妃乃の前まで跳んだわたしは、喜びのあまり両手を握ってぶんぶんと握手。妃乃の鍵を刺すような発言も、素直じゃないだけと思えば凄く可愛く見えてくる。あー、やっぱり妃乃を頼って良かったぁ。何だかんだ言っても一番頼りになるのは妃乃だよね!妃乃大好き!

 

「そんなテンションで言う事じゃないでしょうが…っていうか、そこよそこ」

「そこ?…どこ?」

「顕人の事よ。貴女凄く失礼な事してるって自覚はあるの?」

「失礼な事…って?」

「いや、だから…彼にも手伝いを頼んだ上で私の所に来たって事は、彼じゃ力不足だと感じた結果なんじゃないの?」

「え?……あ、ごめんね妃乃!そういう事じゃないの!」

 

説明する要素が増えるとややこしくなる、と思ったわたしはここ数日の顕人君について説明してなかったんだけど…なんだかそのせいで誤解をされちゃったみたい。あ、危ない危ない…この話にならなきゃ変な感じになるところだったよ…。

 

「…じゃ、どういう理由よ?」

「えっと…顕人君ってね、ほんとにわたしの勉強の為に頑張ってくれてるの。家でだけじゃなくて授業中もわたしにどう教えるか考えてくれてるみたいだし、わたしが頑張ろうって思ったのも顕人君の言葉のおかげだし…」

「そうなの…」

「でもね、顕人君って元々…っていうか少し前まで普通の人だったでしょ?しかも魔物の対応だってあるでしょ?…わたしの事なんだから適度に手を抜けばいいのに、手伝いも戦いも毎回全力投球してて…だからこのまま顕人君だけに頼ってたら、顕人君が体調崩したり自分の勉強に集中出来なくなるかもしれないって思って…」

「…だから、彼の負担を減らす為に私にも協力を求めた訳ね」

 

わたしに代わって締めてくれた妃乃にこくんと首肯。…あれ…なんかこれ、人に話すとちょっと恥ずかしいね…。

 

「…全く、補填要員感覚で私に頼むなんて貴女も太々しくなったわね」

「そ、それはごめん…でも頼れる人っていうと、まず思い浮かぶのが妃乃だったから…」

「う…そ、それならちょっと嬉しいけど…」

「……妃乃?」

「こ、こほん。ま、そういう事なら分かったわ。…けど、それなら上手く誤魔化しなさいよ?バレたら顕人は気を遣わせちゃったって思うでしょうし」

「それ位、わたしだって理解してるよ。…でも、テスト終わったら正直に話した方がいいかな?」

「それは…その時次第じゃない?言った方が為になるか、言わない方が為になるかは相手と状況によるもの」

「…だよね。それは考えておくよ」

 

顕人君の場合、いつ言っても気にしそうな気はするけど…同時に「ちゃんと教えてくれてありがとう」って言うような気もする。でもその言葉すら気遣いの可能性もある訳で……むむむ、もうちょっと分かり易い性格しててよ顕人君…。

…なんて、考えておくなんて言いつつこの場で考えちゃったわたし。で、少し行き詰まって妃乃の方を見たら……なんでか妃乃はにまにましてた。

 

「…な、何?」

「いや、結構顕人を大事に思ってるんだなぁ…って思って」

「え?……あ、ち、違うからね!?これは手伝いも含めた日々の色んな事に対する細やかな感謝と、霊装者の先輩としての配慮なんだから!」

「はいはい、そういう事にしておいてあげるわ」

「そういう事って…それを言うなら妃乃だって悠弥君に対する言動が大分変わったじゃん!後目付きも!」

「へ?……そ、そんな訳ないでしょ!いや、確かに悠弥の第一印象と今の印象は違うけど…貴女今絶対変な意味で言ってるわよね!?ならそれは断じてないから!」

「だったらわたしだって違うよ!」

「なによ、やるっての!?」

「いいよ、やってやろうじゃん!」

 

売り言葉に買い言葉。よせばいいのにまたヒートアップしてきたわたし達は、決着の付かなかった喧嘩の第二ラウンドに……

 

「……って、なんでそうなるのよ…」

「なんでだろうね…お互い相手の否定にそうなんだ、って返せばそれで済む話なのに…」

 

……は、ならなかった。…いや、そりゃそうでしょ…この短時間で同じ轍を踏んでたら、わたしも妃乃もお馬鹿さん過ぎるって…。

 

「…しょうもない事で怒りかけてたわね、私達」

「怒りかけてたっていうか、さっき実際怒ってたね、わたし達」

「……ぷっ…」

「……くくっ…」

 

 

『あははははははははっ!』

 

わたしと妃乃は目を合わせて、同じ様に肩を竦ませて、その内「わたし達って昔から変わってないなぁ…」なんて思えてきちゃって……それで最終的には、二人揃って大笑いだった。ちょっと自虐の意味も込めた言葉の掛け合いだったのに、面白くて面白くてしょうがなかった。何がそこまで面白いんだ、って言われたら困るけど…それでも涙が出る位に、わたしも妃乃も大笑いしていた。

それからも、わたしは妃乃とお喋りをした。ほんとなら早速勉強をした方がいいんだろうけど…久し振りに殴り合いの喧嘩になったり、二人で大笑いしたからかいつもよりもずっとお喋りをしたい気持ちになっちゃって、気付けば数時間が経っていた。……でも、仕方ないよね。だってわたしと妃乃は幼馴染みで、親友なんだから。


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