双極の理創造   作:シモツキ

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第五話 もう一人の邂逅

──創作物のキャラクター…特に主人公はよく、「俺は平穏に暮らしたいだけなのに…」とか「普通の生活をしたい…」とか言う。そりゃ勿論そういう事を言う主人公諸君は悲惨な人生を送ってきたとか何度も死にかけたとかがあるからこその発言だというのは分かるし、「殺人上等!世の中は弱肉強食だぜヒャッハー!」なんて言う主人公よりはずっとマシだけど…俺にはそれが、どうしても共感出来ない。

例えるならば屋外部活と屋内部活の言い争い。屋外部活は「屋内は日差しがないから楽でいい」と言うし、屋内部活は「屋外は風通しがいいから楽でいい」と言う。実際は、屋外は直射日光と暑い日は熱風で、屋内は外部からの熱と人が発する熱との二重苦で両方キツいのに、言い争ってしまう。それは何故か?……そんなのは簡単、人は自分の知らない事は理解出来ないし、羨ましいと思うものには現実ではなく自分の中の理想を見てしまうし、多かれ少なかれ周りよりも自分が辛いものだと考えてしまうから。

だから俺は思う。普通の日常を望む主人公もそれなんじゃないか、と。本当の普通の日常を知らないから、平凡な日々が何日も何ヶ月も何年も続く事がどんな気持ちか知らないから、有りもしない架空の『幸せな日常』を夢見てるのだと。もし、そういう主人公が本当に普通の日常を送れる様になった時、どんな反応をするか…それは、大概の作品は日常を手に入れるまでで終わってしまって描写されないのも俺がそう考えてしまう一端だと思う。

俺は、思う。──普通の日常なんて、非日常への夢を捨てきれなかった人にとっては苦痛なものと言っても過言ではない、と。

 

 

 

 

放課後を迎えてから一時間半強。いつもの様に雑談を交えながらもやるべき事はきちんと終わらせて解散した生徒会役員の波に乗る形で生徒会室を出た俺は、自分のクラスへと向かっていた。…俺も生徒会役員だから波に乗るって表現はちょっとおかしいかもね。

 

「さてと……やっぱりいたよ千嵜…」

 

教室に到着した俺がクラス内を見回すと…教室の中には人影が一つ。それは案の定、今日少し眠そうにしていた千嵜だった。

 

「千嵜、千嵜さんやーい」

 

ゆさゆさと揺すりながら名前を呼ぶ。別に起こす様頼まれている訳ではないし、千嵜に用事がある訳でもないから無視して帰ってもいい訳だけど……千嵜家の事情を考えるとそうはいかない。

そうして数十秒。やっと起きた千嵜は…俺を恨めしい目で見ていた。……相変わらずだなおい…。

……と思っていたら、

 

「…御道、お前名前なんだっけ?」

 

千嵜はそんな事を言い出した。そしてそこから始まる漫才的会話。一応それなりに交流のある間柄だと思ってた分衝撃も強く、つい俺は全力での突っ込みをしまくってしまう。それはもうメタ発言をしてしまう程に。

 

「…はぁ…顕人、御道顕人だ。お分かり?」

「お分かりお分かり。っていうか…そうだ。何だかそんな気がしてきたな。うん、お前は顕人だ」

「知ってるよ、自分の名前なんだから…」

 

会話開始数分で、もう俺は疲れてしまった。しかもこの後すぐまた千嵜がぶっ飛んだ(上に悲しい事)を言うもんだから一息つく暇もない。こんなんなら無視すりゃ良かったかも…と本気でちょっと思った俺だった。

そんな会話劇を繰り広げてからやっと下校を始める俺と千嵜。下校を始めてからも不思議な表情をしてた千嵜に質問をしたり、千嵜の家庭環境の話に入るも込み入った話になる前に止めたりと、俺達は概ね普段通りに話していた。

 

(……ほんとに、変わった奴だよな)

 

千嵜悠耶。俺がこの変わった同級生と交友を持つようになったのは高校に上がってからだった。無愛想で自分から周りと関わる事をあまりせず、関わったら関わったで何かズレてる様な点がしょっちゅう見受けられる千嵜と初めて話したのは…えーと、何か用事があったんだったかな?それ自体はなんて事ない事だったからか覚えてないや…。

そんな千嵜だけど…いや、そんな千嵜だからこそ、俺は千嵜とつるむ様になった。いい年して夢を…非日常に巡り合う事を諦めきれなかった俺は、『特別』な雰囲気の千嵜といれば何かあるんじゃと期待する様になった。……まぁ、その期待抜きにしても千嵜はつるんでて面白いと思える奴ではあるけど。

別に今の生活が嫌な訳じゃない。千嵜以外だって気の合う友人はそれなりにいるし、生徒会は好き好んでやっているものだし、両親だって尊敬出来る二人だと思っている。でも……だとしても、俺の非日常に飢える思いは消えずにいて、今でも夢を見続けている。

千嵜と俺は別れ、それぞれ家の方へと足を向ける。どこかで非日常に出会えないかな…とか、でもそんな簡単に出会えたら苦労しないよな…とか、それより確か前に出された課題の期限がもうそろそろだったなぁ…とか色々考えながら、家へと帰る。さて…明日は何があるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────これが、最後だったんだよね。こうして普通に、二人でいつも通りの下校をしたのは。

 

 

 

 

それは、千嵜と別れて少しした後…いつもの通りにさっさと帰ろうと近道(狭い裏路地)を通っていた時だった。

 

「……うん?」

 

視線…というか、なんだかよく分からない…でも確かに感じる何か(気配、ってやつ?…まっさかぁ)が気になって、後ろを向いた俺。でも、そこには何もいない。

 

(気の所為……いやまさか…!)

 

若干背筋が寒くなるのを感じつつ、ばっと振り向いてさっきまで向いていた方(元々の進路方向)を視界に捉える俺。後ろかと思ったら実は前にいた…というのは創作…特にホラー物で偶にある展開だから、つい俺はそれを想像していた。

けど、前にも何もいない。後ろにも前にもいなくて、左右は壁なんだからもうこうなると気の所為しかないか…と思って俺は納得。そのまま再び歩き出す。……あ、こういう場合って実は頭上にいたってパターンもあったな。じゃあ上を見たらいたりして……

 

 

 

 

「────え?」

 

苦笑しながら上を見た俺は、そのまま固まる。

本気でいるとは思っていなかった。ただ、ノリで上を見て、「あーこのパターンでもなかったかー」なんて独り言を呟こうと思っていただけ。……なのに、いた。そこにはいた。半径1.5m位はありそうな黒い球体に、ぎょろりと巨大な一つの目を付けた異形の『何か』がいた。

 

「は……え、は…?」

 

状況が理解出来なくて立ち尽くす俺。異形の何かはその間じっと俺を見つめ、時折瞬きをしている。

初めは何かの見間違いだと思った。けど、瞬きしても凝視してもその何かが別の物に見えてきたりはしない。

続いて絵か動画かと思った。けど上手く言葉に出来ないもののそれがここに『いる』という事は感じているし、そもそもこんな路地に絵や動画を空中投影する機械が置いてある訳がない。

最後にこれは夢か、なんて思った。夢ならいつから見始めてるんだよ、という別の疑問は湧くけど取り敢えず理解出来る。けど……夢かどうかを確認しようとする前に、俺の思考は途切れた…と、言うよりも途切れさせられた。

 

「……──ッ!?」

 

突如感じた、『逃げなきゃ』という感覚。その直感としか言いようのない、謎の感覚に突き動かされてその場から飛び退いた瞬間、それまで空中で静止していた異形の何かは目の下にあった巨大な口(開くまである事自体に気付かなかった)で俺のいた場所を地面のアスファルトごと喰らった。

 

「ひ……ッ!?」

 

一瞬事態が飲み込めなくて、次の瞬間恐怖を感じて俺は走り出す。結局何がなんだか分からないままだけど…逃げなきゃ不味いという事だけは恐ろしくなる程に分かった。

むくりと浮かび上がり、俺を追って動き出す何か。それから逃げる為に俺は全力で走った。走って、登って、降りて、また走って、跳んで……今自分がどこにいるのか、俺を追う何かとの距離はどれ位なのか…そういう事を確認する余裕もなくただ必死に逃げ続けた。

 

(くそ…っ!望んでたけど…こういう非日常を望んでたけど……この役回りは、違う……ッ!)

 

そう、俺を喰らおうとする異形の何かは明らかに『異常』なもので、それから逃げる展開というのは間違いなく『非日常』。俺が望んでた、俺が夢見ていた、特別な世界。

けど…これは、嬉しくなかった。楽しくなかった。疑いようもなくこれは非日常だけど…きっとこのままいけば俺は死ぬ。喰われて、殺されて死ぬ。それは……モブキャラクターの最後だ。日常の裏に潜む危険を見せる為の、或いは異常なキャラの強さやヤバさを表現する為の、殺される事を目的として登場する人物の最後だ。

そんな人物の、一体どこに憧れるというのか。非日常が存在すると分かっただけで満足出来る程達観してはいないし、存在すると分かったら余計に知りたく…関わってみたくなる。非日常に遭遇し、最初は戸惑いながらも力を得て、共に戦う仲間と力を合わせて敵を倒し、少しずつ謎に触れていって、時には力が覚醒したり逆に信頼してた誰かが敵になったりして、その中で友情を深めたり誰かと恋に落ちたりして、最後には強大な敵を倒す……それこそが俺の望んだ世界であって、こんななんの説明もないまま死んでいくのは真っ平御免だ。そうでなくともまだやりたいゲームや読み終わってない本、誰かと話してみたかった話題や次回が気になる番組なんかが沢山あるのに、ここで全て終わってしまうのはあまりにも詰まらな過ぎる。人間いつ死ぬかは分からないものだけど…死ぬ直前まで死の恐怖を味合わっていない時点でまだマシな方かもしれないけど……そういう事じゃ、ない。

 

「死ぬかよ…死んでたまるかよ……ッ!」

 

走り続ける。死に物狂いで走り続ける。そんなに諦めが悪いタイプではないけど、今回ばかりは諦めない。諦めたくない。夢に触れかけて、扉を開きかけて、そこで死ぬなんて……絶対に、俺は受け入れたくない。

そうして逃げ続けた俺は…遂に、コンテナらしきものが幾つも置いてある広い場所で足を止めた。別に諦めた訳じゃない。勝つ算段が思い付いた訳でもない。ただ、肺も足も休憩を入れないと動けない状態になってしまったというだけの話。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

何とか音を小さくしようとしながら息を吐く。這ってでも逃げるつもりだったけど…這って逃げるよりは、少し休んででもちゃんと二足歩行(走行)で逃げた方が可能性はあるに決まっている。

まあまあ入り組んでるコンテナ群を曲がったり半周したりした上で止まったから、数秒で見つかる様な事はない筈。ベストは俺がここから逃げ去った、と判断してどこかへ行ってくれる事だけど…それは流石に楽観的過ぎる思考。

 

(俺がすべきなのは呼吸を整えて、出来るならば見つからない内に再び逃走する事。急いては事を仕損じる、今はとにかくスタミナを……)

 

人は疲れるとつい空を見上げてしまうもの。息を切らした少年が背を何かに預けながら空を見上げる…というのはちょっと絵になりそうなワンシーンだけど、んな事気にしてる場合では……

 

(…………そ、ら…?)

 

見上げる体勢のまま、背筋に氷を落とされたかの様な冷たさを感じた俺。

俺は初め、見つかるとしたら左か右からだと思っていた。コンテナは俺よりも大きく、恐らく何かの目の位置よりも高いから、斜め上からの視点で見つかる事はないと予測した。でも……奴は、陸上を駆けていただろうか?地に足をつけていだろうか?──いや、そんな事はなかった。奴は初めからずっと、宙に『浮いて』いた。ならば、奴は上昇…具体的にはここを見回せる位の高度にまで上がって、そこから俺を探していたとしてもおかしくない。

もしかしたら、奴はそこまで上にいけないのかもしれない。実は視力が低くて、そういう見回しが効かないのもしれない。けど、戦闘経験なんてほぼない俺にだって分かる。根拠のない希望に縋るのは、自殺行為と何ら変わらないと。疑い過ぎて何も出来なくなるのは本末転等だけど、可能な限り可能性…特に不利益となり兼ねないものは、想定しておくべきだと。

だとしたら、俺はもう見つかってると考えて移動を……いや待て。可能性は可能性でしかない。それを確定してるかの様に動いた結果、普通に探していた奴と鉢合わせしたとしたら?そのまま動かなければ見つからずに済むかもしれないとしたら?

 

「……あー…分かる、訳ないだろ……ッ!」

 

迷いに迷った末、俺は走った。ここにはコンテナの他隠れられそうな場所も幾つかあった。足を止める前に見た時は、万が一見つかった時逃げ辛そうだからと止めておいたけど、そういう場所でなければ確実に見つかってしまう可能性があるなら話は別。それが正しい判断なのかは分からないけれど、動き出した以上はもうそれを信じるしか──

 

「……ッ!!」

 

数歩動いた瞬間、後ろで大きな衝撃が轟いた。やはり、奴は上空から俺を補足していたのだった。

もし動くのが後少し遅ければ、奴の餌食になっていた。その事実を前に俺は一瞬自身を褒めたくなったけど…事態はそれを許さない。奴の突進は周りに少なからず風圧を起こし、走り始めで体勢が悪かった俺はそれによって転倒させられてしまった。

 

「い"……ッ!」

 

転んで隣のコンテナにぶつかる俺。上手い事受け身を取れたおかげで怪我は足を擦りむいたかどうか位で済んだけど……もう正直、無傷だろうと骨折だろうと変わりなかった。だって…俺は転んだ状態で、異形の何かは俺の方を向いていたんだから。

 

「……は、は…逃げるのは無理だわ、これ…」

 

あまりにも絶望的な状況に、乾いた笑い声が漏れてしまう。今から急いで立ち上がって逃げるのがせめてもの策だろうけど……もう、無理な気がした。さっきの勢いから考える限り、立ち上がろうとした時点でばくりといかれるのは火を見るより明らかだった。

早くなる動機、震える身体。死が間近に迫った事で感じる、どうしようもない程の恐怖。そんな中……俺は、指先に何か棒状の物が触れるのを感じる。

 

(これは…鉄パイプ……?)

 

顔は前を向いたまま、目だけを動かして指先の方を見ると…そこには鉄パイプが数本まとめておいてあった。ここで使う為に準備してあったのか、それとも使い終わって廃棄待ちなのか…それは定かじゃなかったけど、そこにあるのは確かに鉄パイプ。……俺は、その鉄パイプをゆっくりと手に握る。

 

(…死ぬかよ……絶対に死ぬかよ……ッ!)

 

目の前にいる敵は、常識が通用しないであろう異形の存在。そんな相手に魔導具や聖剣どころか、武器ですらない鉄パイプで勝とうなんて夢のまた夢。99.99%不可能なやるだけ無駄な事。でも……それでも俺は、諦めない。

きっとこれは、戦いを知らないからこその意思。無理な事、無駄な事が分からないからこその行動。だとしても、このまま殺されるのだけは絶対に嫌だ。天国だとか地獄だとか、来世だとか輪廻転生だとか、そういう事なんかどうでもいい。ただ俺は、まだやり残した事があって、叶えてない夢があって、だから死にたくない。死にたくないから……諦めたくない。諦められない。

握り潰さんばかり(実際は潰れないけど)に鉄パイプを握り締め、一世一代の大勝負と言わんばかりに何かを見据える。

ゆっくりと近付いてくる異形の何か。奴と俺との距離が殆どゼロになり、刹那の時間が流れ、次の瞬間口を開いた何か相手に俺は叫びを上げながら鉄パイプを振るい────

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…………?」

 

────一瞬、時間が止まったかの様に思えた。

振るいかけた鉄パイプと、口を開くや否や俺に牙が届く距離となる異形の何か。一瞬前まで俺と奴しかいなかったその空間に……それは、舞い降りた。奴の脳天と思われる場所へ、流星の如き苛烈さと美しさで飛び込み手にした大太刀を突き抜いた存在。それはまるで、無力な少年へ希望を与える勇者の様に。

────そこにいたのは、一人の少女。深い黄色のミディアムヘアー風になびかせ、青玉の様な蒼い瞳を奴から俺へと向け……異形の何かの頭部を貫いた大太刀と、蒼く煌めく光の翼を携えた少女が、そこにはいた。

 

「間に合ったぁ……ね、大丈夫?」

 

まずは一安心、といった感じの笑みを浮かべた少女は大太刀を引き抜くと同時に俺の前に降り立ち、下段に構え直しながら奴と正対する。こんな状況になれば、もう誰だって理解が出来る。魔物の頭部に強烈な一撃を浴びせ、俺を助けてくれたのはこの少女だと。少女は奴を倒すつもりなのだと。

 

 

こうして、俺の夢を見るだけの日々は終わった。日常に順応しながらも、夢を捨てきれず悶々とする毎日は終了した。

ここから俺の、もう一つの日々が始まる。思い焦がれていた、そして同時に予想だにしなかった世界。今、俺が遭遇しているのは…その『始まりの為の始まり』だった────。


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