「…………」
昨日の夜、妃乃から夕飯の当番を代わってくれるよう頼まれた。それは妃乃が忙しい…というか妃乃ですら少なからず緊張する用事があるかららしく、今日はSHRが終わるや否や学校を出ていった。
「…お兄ちゃん、邪魔なんだけど…」
「…あ、悪い……」
緋奈に言われ、リビングの扉前から移動する俺。これが背後からならまだ普通にしててもあり得る事だが…緋奈がいたのは後ろではなく前。つまり俺は視界の中に緋奈を捉えていながら、声をかけられるまで気付かなかった。
「…お兄ちゃんどうかしたの?気分悪い?」
「いや、そういう訳じゃなくてだな…って、うん…?」
「何か変?」
「…俺はなんで突っ立ってたんだ…?」
「え、えぇー……?」
俺はそこそこ真っ当な気持ちで言ったが……大分緋奈から変な目で見られてしまった。…いやうん、そりゃその通りだがな…兄貴が扉の前で突っ立ってた上、「なんで俺突っ立ってんの?」なんて言ったら変に思うのは当たり前なんだがな……。
「あー…別に頭のネジが吹っ飛んだとかじゃないから大丈夫だぞ、緋奈」
「そう?ならいいけど…突っ立ってたのは考え事してたからじゃないの?」
「考え事、か…言われてみるとそうかもな…」
考え事をしていた為、ぼーっとしてしまっていた。それは何とも理に適った理由で、十中八九それで間違いない。……考え事ね…今の俺がする考え事なんて…妃乃の件しかないよな…。
「……お兄ちゃん、早くも熱中症?」
「熱中症ってのはな、真夏じゃなくてもなるものなんだ。…あ、でも投稿時期的には真夏か…」
「う、うんそうだけど…そういう話?」
「違うね、うん。……すまん、ただ熱中症でもないから安心してくれ…」
「うーん…しっかりしてよね?お兄ちゃんはうちの大黒柱なんだから」
緋奈は少し眉をひそめながらそう言って、リビングを出ていく。その様子に俺は兄として情けないなぁと反省しつつも、気持ちを切り替えた。
何故考え事をしていながらも、それに気付かなかったのか。それは恐らく、意識と無意識の間で齟齬が発生していたから。無意識的には昨日と今日の妃乃に疑問を持ちつつも、意識の上では『緊張していた&用事に向かった』と納得していたからだろう。
(…改めて考えてみると、昨日の段階でもなんか変だったな……)
前日という妃乃からすればかなり遅いタイミングでの代打要望に、会話の途中で妙にぼーっとした事と慌てた事。それが緊張によるものだと昨日は納得したが、それにしては緊張を感じられる機会が少ない…というより、あの時の会話以外では平然としていたように思えるし、代打要望に関しては緊張ではとても説明出来ない。数日前の時点で頼むのを忘れる程緊張していたのなら、今日の朝や学校ではガッチガチになってる位じゃなきゃおかしいのだから。
(……おかしい、か…これは違和感なんてレベルじゃねぇし…やっぱり、妃乃は…)
携帯を取り出し、御道にこの事を綾袮へ伝えてほしいという旨のメールを送信。これは先日宮空宅で話をして以降、何かしら気になる事がある度行なっている事だが…今回の場合は意味合いが違う。何となく変、ではなく明らかに変なのだから。
そしてメールを送った後、ふと俺はある名前に目が止まった。前の俺が世話になった人であり、協会のトップの一人であり……何より妃乃の祖父である、宗元さんの名前に。
「……思い違いだったら、少なからず面倒な事になるよな…」
宗元さんと妃乃は家族なんだから、俺が電話をした場合それが妃乃に伝わる可能性は十分ある。そうでなくとも俺が妃乃を不審に思ってるなんて宗元さんが知ったら……うん、まぁ…ね。戦争を経験した元軍人さんだからね。怒らせたら怖いのは言うまでもないよね。…やっべ、めっちゃ怖くなってきた…やっぱ止めよかな……。
「……って、何馬鹿な事考えてんだ俺は…」
宗元さんを怒らせるのは勘弁、というのは本心だが……それ以上に今は妃乃の事が気になる。本当に協会関連なら、或いは単に俺に伝えたくない用事があるだけなら俺の思い違いで済むが…もし何か不味い事になっているとするのなら、俺はそんな事で躊躇っている場合じゃない。だから……
「…………」
「……なんだ坊主…もとい悠弥。お前がかけてくるなんて珍しいな」
意外そうな声で話す、宗元さん。電話に出てくれない(出られない程忙しい)というもどかしいパターンにはならなかった事に感謝しつつ、俺は軽く深呼吸をし…すぐに本題へ入る。
「…宗元さん、今日って妃乃が参加する会議があったりします?」
「会議?……何故それを俺に訊く」
「妃乃本人じゃなく、宗元さんに訊く方が良いと思ったからです」
「そうか…なら、回りくどい事を言う必要もないな。……そんな会議は、無い」
「……やっぱ、そうっすか…」
あり得ない回答ではないと思っていた。その可能性もあると思っていたから、宗元さんに確認の電話を入れた。…だがそれでも、その事実は俺の心に嫌な感覚を芽生えさせる。
「…何か起きているのか?」
「かもしれねぇっすけど…何とも言えません。…なら宗元さん、妃乃の場所は分かりますか…?」
「場所?流石にそれは本人から聞くか誰かに話してるかしないと確かめようが…いや……」
「…宗元さん?」
「…少し待て。場所が分かるかもしれん」
何か思い当たる節があるのか、宗元さんは声のトーンを落とした。それから宗元さんは何かを調べているかのように口を閉ざし…その間に俺は、自室に戻って装備を纏う。装備は双統殿又はその支部で管理しており、霊装者は任務の際にそこで纏って出る…というのが一般的らしいが、俺は自己で保管する事を許可してもらっている。この許可は妃乃や綾袮等一部の人間だけにしか降りておらず、別の機会であれば「へへーん、凄いだろー」とか言ってみるところだが…生憎今はそんな気分じゃないんだ、悪いな。
そうして俺が装着を終え、部屋に置いておいた靴を履いて窓から外に出た瞬間、沈黙を続けていた電話の向こう側から再び声が聞こえてくる。
「……悠弥、場所が分かったぞ」
「…助かります、宗元さん。で、どこなんです?」
「…お前、言ったらそこに向かうつもりだな?」
「スーパーとか喫茶店とかだったら行きませんよ。場所次第です」
「……お前は昔のお前じゃない。何があるかも分からん場所へ、そのお前を俺が行かせると思うのか?」
「宗元さんなら分かってくれると思ってます。…俺を育ててくれた貴方を、俺は心から信頼してますから」
この言葉に、嘘偽りはない。このタイミングでこれを言ったのは、勿論意図あっての事だが……俺が今も宗元さんに恩義を感じ、信頼の念を抱いているのは真実なのだから。
情に訴えかけるというのは、あまりにも分かり易い手段。それを宗元さんが分からない筈もなく……けれど、宗元さんの口から漏れたのは呆れ混じりの小さな吐息だった。
「…ったく、てめぇはいつの間にそんな小賢しくなったんだ」
「家族と環境に恵まれたから、ですよ。…生まれ変わる前の環境を含めて、俺は恵まれてたと思います」
「よく言うぜ、青二才のくせによ」
「…宗元さん」
「……双統殿から見て南に約15㎞、もっと時間をかければ詳細も分かるだろうが…」
「それだけ分かれば十分です。…ありがとうございます」
「あ、おい待て悠弥──」
通話を切り、携帯をしまう。敬意を払ってる相手に対して随分と一方的な電話をしてしまった訳だが……それは後で謝ればいい話。それよりも今は、やらなければならない事がある。
空まで一気に飛び上がる俺。頭の中で自宅、双統殿、そこから南へ15㎞と三点を思い浮かべ、家から目的地へ一直線に突き進む。今の俺の心にあるのは、偏に妃乃が取り返しのつかない状態になっていない事を祈る気持ちだけだった。
*
ビル内に魔物はどれだけいるか、一体どんな罠を仕掛けているか…突入する中で私が考えていたのは、魔人による迎撃の事だった。……でも、結論から言えば、迎撃は無かった。空きビルの中では迎撃も、生活感もない、がらんどうの部屋と廊下が続いているだけだった。
「……私なんて迎撃する必要もないって事?…舐めてくれるわね…」
対応と呼べる対応が全く無かった事を、初め私は既に逃げられたか私の読みが外れたかだと思った。どちらにしても洒落にならない事態だけど、なんの迎撃もないならそれ以外の可能性は無い、と思っていた。
でもその十数秒、上層階から魔人の気配を感じた。それはこれまで何人かの女性から感じた力と同じものだから、その気配の主が魔人である事は間違いない。そして、その気配を感じた事で私は理解した。魔人は私に対応をしないんじゃなくて、私を誘い出そうとしてるんだって。
(…つくづく不愉快だわ……)
それまで隠蔽されていたものが、ここにきて急にオープンとなったんだから、こんなの自分のいる場所に誘い出そうとしてるに決まってる。となれば真っ直ぐ発生源へと向かうのは、魔人の策略通り行動となるんだけど……
「……ふん」
──私が選んだのは、その策略に乗った上で魔人を正面から叩き潰す事だった。
廊下を進み、階段を登り、また廊下を進んで、その階の奥の部屋の前へ。私の力が伝えてくる。この部屋の中に、魔人がいるんだと。
「……いいじゃない。だったら余裕ぶってた事、これから後悔させてあげるわ」
天之瓊矛を握り直し、扉を蹴破る私。勢いよく扉が開き、見えてくる部屋の内側。そこにあったのは、豪奢な椅子に座る一人の男と……その男に付き従うが如く立つ、四人の女性の姿だった。
「ようこそ、勇敢にして愚鈍な霊装者」
「…ようやく会えたわね、魔人」
組んだ足はそのままに、男は両手を広げて歓迎の言葉を発する。椅子と同様貴族の様な身なりをしているその男は、一見普通の人間のようで…しかしその実、雰囲気は異質。……間違いなくその男が、魔人だった。
「ようやく?…あぁ、それもそうか。申し訳ないお嬢さん、あまりに易々と監視出来るものだから、ついお互い知っているものだと勘違いしていたよ」
「あ、そ。勘違いに気付けてよかったわね」
「全くだ。間違いに気付かないままでいるというのは、恥以外の何物でもないからね」
肩を竦める魔人から感じるのは、見下しの感情。それはあの慇懃無礼な魔人からも感じたけど、本人なりに礼儀作法を重んじていた奴と違って、目の前のこいつはそれを隠そうともしない。
「恥なんて気にする必要ないわよ。どうせあんたの命は今日までなんだから」
「おぉ怖い怖い。しかし折角ここへ来たんだ、もう少し話す方が有益だと思わないかい?」
「…私と何か話したい、と?」
「聞きたいのさ。何故ここまで来られたのかと、何故愚かな選択をしてしまったのかを…ね」
「ふぅ、ん…なら残念だったわね。私がここに辿り着いたのは、超能力でも最新科学でも何でもないわ。だってあんたの稚拙な策から尻尾を掴んだだけだもの」
「ほぅ……」
少しばかり瞼を上げ、魔人は興味を表情で示す。魔人にどう探したのか教えてあげる義理なんてないけど…人は訊かれれば答えたくなるもの。それに、この魔人は力任せに戦うタイプじゃ断じてない。なら…ここで揺さぶりをかける方が、戦う上では利益になる。
そう考えた私は、魔人がどう稚拙だったのかを話した。僅かだけど力の流れを感じた事を。それを辿る事によって、発生源の特定が可能だった事を。その為に何度も行なっていた探知を……魔人は一度として看破出来なかった事を。
「……お分かり頂けたかしら?」
「…ふっ…そうか、そうかそうか…これは失策だったね。私も気付かれないよう注意を払っていたつもりだったけど、まさかそれを超えてくるとは…鼻がいい、とでも称するべきかな?」
「…………」
「うん?…そうか、鼻がいいで気を悪くしてしまったのか。…今のは言葉の綾だよ。確かに獣と同じ様な扱いをされては気を悪くするのも無理ないね」
「言葉の綾?…よく言うわよ、どうせあんたは人の事をそこらの犬や猫と同じ位にしか考えてないんでしょ?」
敬語とは少し違う温和さ、温厚さを彷彿とさせる魔人の口調。けれど、彷彿とさせるだけで実際には何も感じない。温和な精神、温厚な気性が欠片も篭っていない言葉に、優しさなんて感じる訳がない。…不愉快ね、本当に…。
「…その口振りだと、私の力にもある程度の見当がついている様子だね。ふふ、ならば答え合わせをしようじゃないか」
「……生物的に言えば脳、大雑把に言えば精神の支配があんたの能力でしょうね。それも行動を正確に指定する事も出来れば、方向性だけ決めて具体的な言動は対象に任せるなんて事も出来るんでしょ?」
「…正解だよ、お嬢さん。いやはや驚きだ、まさか本当に言い当てられるとは…」
「ここに来るまでは分身の可能性も考えていたけどね。けど、あんたがこうして女性を侍らせていたおかげでその線はないとはっきりしたわ」
私の前へと現れる女性は、一方的に言うだけの時と、きちんと会話が成り立つ時があった。初めは魔人側に会話をする気があるかどうかの違いだと思っていたけど…その両方を何度も見る中で、段々と私は気付いていった。一方的に言うだけの時は口調が毎回同じなのに、会話が成り立つ時はバラバラだった。前者は淀みなく、それこそ録音した声を再生しているかの様な話し方だったのに、後者はその場で考えて声を発してるかの様な話し方だった。そして何より……後者の時は、同じ質問をしてもそれを指摘される事がなく、回答もそれぞれで違っていた。…だから、私は思い当たった。現れる女性は皆操られていて、でも全員が同一の操られ方をしてる訳ではないのだろうと。
「…さ、もう満足したかしら?」
「していないと言ったのなら、君はまだ答えてくれるのかな?」
「命乞いなら少しは聞いてあげてもいいわよ?応えてあげるのは会話そのものであって、命乞いを受け入れるつもりは毛頭ないけど」
「それでは意味が逆になってしまうよ、お嬢さん。…命乞いをする事になるのは、君だろう?」
「そうなるといいわね。…私の狙いはあんただけよ、周りの女性は逃がしてあげなさい。その間は待っていてあげるわ」
魔人の煽りには取り合わず、天之瓊矛の穂先を魔人へ向ける。別に魔人へ情けをかけた訳じゃない。逃がすよう勧告したのは、単純に被害者である女性を戦闘に巻き込んでしまわない為。
…けれど、魔人は私の勧告には乗らなかった。瞬きをし、さも不思議そうな顔を浮かべただけ。それに私が違和感を感じる中、魔人が返してきた言葉は……私の予想を遥かに超えたものだった。
「…逃がす?…おかしな事を言うね、どうしてそんな無意味な事をしなければいけないんだい?」
「…無意味、ですって…?」
「そうだろう?君の狙いは私にとって関係のない事で、ここにいる四人がどうなろうが私に何か不利益が発生する訳ではないんだから。…それとも、君は私の能力が支配した対象の状態を還元するとでも思っていたのかな?」
これまで魔人の言葉には、故意か無意識かは分からないものの、私へ対する軽視の感情が篭っていた。…でも、今の言葉にそれはない。軽視も侮蔑もない、純粋な気持ちの質問が魔人の口から発されていた。
「…待ちなさいよ…じゃあ、あんたはなんで侍らせてんのよ…何かしらの思いがあって、こうして支配下に置いてるんでしょ…?」
「それはそうだね。…けど、ふむ…これは中々難しい問いだ。改めて考えるのは面白いかもしれない…」
「は、はぁ?意味が分かんないわよ、じゃああんたは気付いたら人を侍らせてた訳…?」
「あぁいやそうじゃなくてだね、何故この四人にしたかを考えていたんだよ。ここに置いていたのは単に見ていて面白いからさ。…しかし君達人間は一目で人を判別しているらしいね」
「識別…?そんなの、一目で十分出来る事…」
「ならばそれは大した識別能力だと誇っていい。私からすれば君達人間なんて大雑把にしか判別出来ないんだから、少なくとも私はそういう部分を評価しているよ」
そう言って魔人は穏やかな笑みを浮かべる。皮肉ではない、本当に評価しているからこそ出る、穏やかな笑み。でもそれは…人を判別するなんて、私達人間にとっては当たり前のように出来る事で、相手が誰なのかを認識して接するのは、当然どころか意識せずともやれる事。……だから、私は理解した。──あぁ、こいつにとって人は、そこらに落ちてる石ころ程度の存在なんだって。
「…………」
「せめて私達の様に個々の違いがあればもう少し分かるのかもしれないけど…その点で言うと、こうして話した君の事は判別出来そうだ。君は私の想定を超えてきた上に、人について考える機会もくれた…これは君に感謝しないといけないね」
「……そう」
また、魔人の言葉に軽視の感情が戻ってきた。…けど、だから何だという話。
慇懃無礼な魔人と、私と綾袮の連携でさえ倒せなかった魔王。どちらも人間を下に見ていて、人を殺す事を当然のように認識していた。でもそれは、私達霊装者だって同じ事。倒すのは当たり前で、強さに関してはともかく魔物だろうが魔人だろうが碌でもない存在だと思っているんだから。とにかく私達も、前の魔人と魔王も相手を『敵』として、『討つべき存在』として、魔人や魔王は『糧』として見ていた。
けれど、目の前の魔人は違う。人間を全体的にしか、奴の言葉を借りるならば『大雑把に』しか見ていない。ただそういう存在があって、ただ思い通りに動くから適当に遊んでいるだけ、としか思っていない。だからこそ魔人の言葉には軽視の感情があった訳で…それを理解してしまえばもう、何も感じない。不愉快だ、じゃなくてそう思ってるのか、としか思えない。
(……なら、熱くなる必要もないわよね)
僅かに息を吐いて、天之瓊矛を構える。魔人も私が臨戦態勢に入ったのだと感じとって、ゆっくりと腰を上げる。今一番優先すべきは操られている女性の安全確保だけど…支配下にある以上、私が傷付けないように動くしかない。
意識していた訳じゃないけど、私は魔物と魔人以上を区別して接していた。意思疎通が出来る魔人以上の存在を、ある種同じ人のように考えていた。…でも、魔人だろうが魔王だろうが魔物は魔物。もし人畜無害な魔人がいて、そいつは人里離れた場所でひっそり住んでるとかなら倒す事にも疑問を抱くけも……少なくともこいつは、魔物と何も変わらない。
「…私は暇人じゃないの。だからさっさと終わらせてもらうわ」
「それはいいね。私も好きでもない戦いに長い時間を割くのは不本意だから、すぐに終わらせるとしようか。さぁ、どこからでもかかってくると──」
最後まで言わせるつもりはない。最後まで聞くつもりもない。だから私は魔人の言葉も待たず……斬った。全力で床を蹴って、最大速度で肉薄して、天之瓊矛を振るって、魔人の胴を斬り裂いた。
「な……ッ!?」
「──あぁ、そういえば一つ答えてなかったわね。…何故愚かな選択をしたのか…そんなの簡単よ。これは愚かな選択じゃなくて、これこそが賢明で最善の選択だったって話だもの。……死になさい、魔人」
驚愕に目を見開く魔人。その魔人へ私はふと思い出した事を淡々と伝え……トドメの為の一撃を、放った。