双極の理創造   作:シモツキ

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第四十一話 少し進んだ日常

「眠い…朝っぱらからめっさ眠い……」

 

魔人の報告があったって、大規模作戦が行われたって、魔王と一戦交えたって、俺達学生の霊装者は学校を休んでいい理由にはならない。勿論負傷したりどうしても時間的に無理がある場合は流石に別だけど、残念ながら「魔王撃退ご苦労様!疲れただろうし暫く学校は休んでいいよ!学校には理由でっち上げて話通しておくから!」……なんて事はしてくれない訳で、パーティーの翌週も普通に学校へは通って授業を受けている。…この辛さは霊装者になるかどうかの時に考えてなかったなぁ…。

 

「朝はいつでも眠いものだよ。それより顕人君、わたしのお弁当用意出来た?」

「ですよねぇ…丁度今用意出来たよ。包みは自分でやってくれる?」

「…顕人君、お弁当箱を包んでないならそれはまだ用意出来たとは言えないんじゃない?」

「ケチつけるなら今度からお弁当の中身は梅干しだけにするよ?」

「そ、それじゃお弁当箱じゃなくて梅干し箱じゃん!…恐ろしい事考えるね…」

 

そう言って綾袮さんは弁当箱を弁当箱用の布(あれ正式名称あるのだろうか…)で包み、その間に俺は自分の弁当箱におかずを詰めていく。

綾袮さんは元々学校でのお昼を購買で買った物で済ませていて、お弁当なんて偶に時宮さんが作ってくれたのを貰う時位しか食べてなかったけど…最近は気分で俺に弁当を頼む様になった。ご飯同様弁当も一人分と二人分ならそこまで労力に違いはないし、弁当にするかどうかはちゃんと前日の内に言ってくれてるから用意の上での問題はないけど……弁当の存在は、その中身がきっかけで同居がバレてしまう危険がある。

 

「…弁当の扱いには気を付けてるよね?」

「大丈夫大丈夫。わたしが実はしっかりしてる子だって事は知ってるでしょ?」

「それを自分で言うかねぇ普通…」

 

俺と綾袮さんは違うグループで昼食を取っているとはいえ、中身を大々的に宣伝されては困る。…んまぁ、それを言うなら作らなきゃいいとかおかずを分ける手間をかければいいとか案は幾つかあるけど……面倒だもの。綾袮さんの要望に答えつつも出来る限り楽したいんだもの。

そうこうしてる内にも時間は過ぎ、俺より先に出発準備完了したという事で今日は綾袮さんが最初に登校。俺もそさくさと準備(と朝食の片付け)を終えて、適当に時間を見計らって家を出る。…さて、そんじゃ……

 

「…今日も一日頑張りますかな。……眠いけど…」

 

 

 

 

平穏無事に午前中の授業は終わり、時間はお昼休みに。いつの間にか眠気もなんとかなった俺はきちんと授業を完遂し、今は朝用意した弁当箱を開けている。

 

「…今日も弁当らしい弁当だなぁ」

「そりゃ弁当だしね。奇抜な物を入れる趣味はないよ」

 

俺のより千嵜の方がよっぽど弁当らしい弁当じゃないか…とは思ったものの、何となく自慢されそうだったから俺はその言葉を飲み込む。数年前から毎日食事を作っている千嵜と、まともに料理を始めたのなんてつい最近でちょいちょいお店の弁当や食事に頼っちゃう俺とじゃ、弁当一つとってもその出来には大きな差があるのだった。……いや別に料理人目指してる訳じゃないからいいんだけど。

 

「そっちは大変そうだなぁ…宮空って性格的に料理とかしないだろ?」

「もう全然しないね。これまでしなくても何とかなってたかららしいけど…」

「…頑張れ、主夫」

「主夫になった覚えはねぇよ…てか主夫スキルは千嵜の方が上でしょ…」

「まーな。妃乃は家事全般出来るし、緋奈も料理以外は普通にやれてるから以外と負担は少ないが」

「くっ…複雑だ……」

 

家事分担がきっちり出来てる千嵜家が正直羨ましいが……代行サービスに頼らない家事は俺が言い出した事である以上、あんまり文句や愚痴を言う訳にはいかない。これといい朝思った件といい、俺は身近な事柄に対する先見の目が良くないのかなぁ…。

 

「…げ、ひじきの所にウインナーが突撃してる…」

「バランなりカップなりを有効活用しなきゃそうなるぞ」

「……竜の騎士を有効活用…?」

「あーはいはい、そーだなー」

「うっわ雑な反応だなぁおい…もうちょっと食い付いてくれたっていいじゃん」

「食い付く?食い付くならバランじゃなくてそれで仕切ったおかずにしろよ」

「上手い!さっき雑な反応した奴とは思えない位唐突に返しが上手い!」

「…あ、おかずって変な意味じゃないぞ?」

「そして一瞬にして上がった評価を自ら落とした!?誰もそんな事言ってねぇのに何で訂正入れたの!?」

「カッとなってやった。実のところ後悔はちょっとしてる」

「どこをどうしたら今の流れでカッとなるんだよ!?っていうか一応後悔はしてるのね!」

 

緩ーいトークの中で突然始まるエセ漫才。今日も俺達は好調だった。

 

「…でさ、話変わるけど近々帰りにでもどっか立ち寄らない?何で、って聞かれたら何となくとしか答えられない位ふわっとした提案だけど」

「あー…どうすっかなぁ…」

「忙しい?」

「いや、忙しくはないが…下手に出掛けると緋奈に怪しまれるものでな…」

「あぁ……」

 

妹さんには霊装者の件を誤魔化している、というのは俺も知っていたからその言葉の意味はすぐに察する。…身近な問題や悩みは意外と事前に回避出来ないってのは、どうも俺だけじゃないっぽいなぁこりゃ…。

 

「…話す気はないの?」

「ないな。緋奈には普通でいてほしいんだからよ」

「でもさ、その結果変には思われてるんでしょ?変に思われるだけならともかく…心配させるのは、千嵜としても不本意じゃない訳?」

「…心配かけないように頑張るんだよ。緋奈が平穏無事に過ごせるなら、それ位安いもんだ」

「…シスコンだねぇ、千嵜は」

「責任感と家族愛が強いって言ってほしいもんだな」

 

俺なら話すし何かあった時の事を考えておくけど…千嵜がそう決めているなら家族間の話にこれ以上ケチを付けるべきじゃない。…それよりか、何かあった時に手助け出来るよう強くなっておく方がいいのかもしれないね。

 

「ま、そういう事なら分かったよ。頑張りなさいなお兄さん」

「誘ってくれたのに悪いな。上手く有耶無耶に出来たらそん時は……また誘ってくれや」

「あ、こっちから誘う…とは言わないんだ…」

「お前、俺がそんな社交的な奴な訳がないだろうが」

「何を堂々と言ってるんだお前は…」

 

今日も今日とて真面目なんだか不真面目なんだかよく分からない雑談をしながら昼食を食べる俺と千嵜。こういう事も魔王と戦おうが戦いまいが変わらないんだなぁと内心しみじみ思いつつ、同時に平和を守るというのがどういう事なのかと軽くはっとするのだった。ここで何気なく駄弁ってるクラスメイトも、あの戦いの結果如何ではここにいなかったのかもしれない。俺達の戦いは、そういう世界を守る事にも繋がってるんだ……なーんて、ね。

 

 

 

 

放課後、俺は学校近くのバス停へと向かっていた。…と、言っても今からバスに乗る訳じゃない。バス停へと向かうのは、そこを待ち合わせの場所にしている為。

 

「えーと…あ、いたいた」

 

ある程度バス停へと近付いたところで、俺をここへと呼んだ本人…綾袮さんを発見する。

 

「綾袮さん、待たせちゃった?」

「ううん、わたしも今来たところだよ。……なんて台詞、一回は言ってみたいよね」

「じゃ、綾袮さんはささやかな望みがたった今叶った訳ね」

 

実を言うと俺も「今来たところだよ」を言ってみたい……ではなく言われてみたいとは思っていたけど、それを言うのは何か恥ずかしいので止めておく。…一応はこれも言われた、にカウントしてもいいのだろうか…。

…というのは置いておくとして、早速歩き出す俺達。目的地は…まだ聞いていない。

 

「しかし、何故にバス停を場所に指定したの?」

「え、だってバス停なら近くで人が待っててもおかしくないでしょ?バス来ても『これとは別のバス待ってるんです』って言えるし」

「な、成る程…」

 

俺の隣を歩く綾袮さんは、しれっとその理に適った理由を教えてくれた。……綾袮さんはあまり勉強得意じゃないみたいだけど…今の説明といい霊装者としての思考といい、実際には勉強をちゃんとしてないだけで、頭の質そのものは決して悪くはないんじゃないだろうか。……多分。

 

「…で、俺を呼んだ理由は何なの?…霊装者絡み?」

「ううん、荷物持ちを頼みたいな〜…って」

「えぇー……」

「今、あからさまにテンション下がったね…」

「そりゃ荷物持ちって言われて喜ぶ人はいないよ…」

 

荷物持ちなんて基本疲れるだけで何も面白くないし、女性の荷物持ちとなると最早それだけで憂鬱になってしまうもの。…普通に帰ろうかな…。

 

「まあまあそんな嫌がらないでよ。持ってほしい荷物は大きいだけでそこまでは重くない筈だからさ」

「だとしても嫌だよ…自分じゃ持って帰れないの?」

「む…それは発育悪いわたしへの皮肉?それに関してはちょっとわたし気にしてるんだよ?」

「あ…ご、ごめん…そういうつもりは無かったんだよ…」

「そっか、でも許しません!世が世なら今のはセクハラ事案だよ!」

「そ、そこまで?後多分セクハラ事案になるとしたらそれは今の世だと思う…」

「そこまでだよ!もうこれは荷物持ちしてもらえなきゃ裁判だね!」

「裁判するか否かの対価が軽い……って、綾袮さん…これ、狙って言ったね…?」

「ふふん、顕人君はどうするのかな?」

 

嵌められた、と気付いた頃には時既に遅し。俺を上手い事断れない展開へと持っていった綾袮さんは得意げな表情を浮かべていた。……むぅ…。

 

「…はぁ、分かったよ…やるよ、荷物持ちやりますよ〜…」

「やたっ!顕人君やっさし〜!」

「綾袮さんは結構意地が悪いね…」

「そう?まぁお礼はちゃんとするからさ、荷物持ち頼むね」

「はいはい…」

 

俺が引き受けるや否や態度の変わった綾袮さんは、意地が悪いというより調子がいいと言うべきかもしれない。…まぁ、それに関しては俺がこうして簡単に引き受けちゃうのも悪いんだろうね。さっきの裁判云々なんてかなり無理があるんだから、俺は「おう出るとこ出てやろうじゃねぇか!」…とか言えばそれだけであしらえてただろうし。

気分を良くした綾袮さんは軽快な足取りで歩いていって、それに俺は半歩程遅れて着いていく。

 

(…綾袮さんには失礼だけど…こうしてると後輩とか妹みたいな感じなんだよなぁ…)

 

前にも思ったけど、本当に綾袮さんは子供っぽい。男女共に高校生ともなればそれなりに落ち着いてきたり、人によっては大人びようとしたりするものだけど…そういうものが綾袮さんからは一切感じられない。一緒にいる事が多い時宮さんがそこら辺普通だったり戦場ではエースの名に恥じない姿を見せてくれたりする分その普段の子供っぽさは余計強調されてしまって、正直綾袮さんは飛び級してるんじゃ?…と冗談半分ながら疑ってしまうレベルだった。

 

(……でもそういう意味じゃ、ドレス姿の綾袮さんはヤバかったな…)

 

ハプニングで見てしまった一糸纏わぬ姿と共に、綾袮さんのドレス姿は俺の脳裏に焼き付いている。白く決して厚いとは言えないあのドレスを纏った綾袮さんの美しさは最早芸術の域に達していて、しかしそれが自分と同じ家で寝食を共にしている女の子であるという事実は…男子高校生をドギマギさせるには十分過ぎる力を持っていた。…いや、もうほんとにヤバかった。ヤバ過ぎで語彙が貧相になってしまう程に、あの時の綾袮さんはヤバかった。

 

「……顕人君?ねー、顕人君ってばー」

「…っと…な、何?」

「何って…ピンクと黄色、どっちが好きかって質問聞いてなかった?」

「…ごめん、上の空だった……」

 

あの日の事を思い出してぼーっとしていた間に綾袮さんは俺へ話しかけてたらしく、反応の鈍い俺に少し頬を膨らませていた。…これまた子供っぽい反応を…。

 

「ピンクと黄色ねぇ…どっちかって言えば、黄色かな」

「ま、男の子ならそうだよね。ピンクって言われたらちょっとびっくりしてたところだよ」

「ピンクって言った方がネタにはなったかもね…それでこれが何なの?」

「それは見てのお楽しみだよ〜。はい、とうちゃーく!」

 

そう言って綾袮さんは個人商店らしきお店の中へ。お楽しみも何も、俺荷物持ちだしなぁ…とあまりテンションが上がらないまま後を追うと、俺を出迎えてくれたのは可愛らしいぬいぐるみと小物群だった。

 

「…わぁ、ファンシー」

「あら、今日は違う子と一緒なのね。…しかも男の子とは…」

「わたしだって男友達位はいるよ?顕人君は男友達っていうのとはまたちょっと違うけど…」

「へぇ、男友達とは違って事はつまり…」

「そういう事……ではないよ?」

「だと思ったわ。ま、それは置いといて…いらっしゃい」

「あ…はい」

 

俺達が入った後すぐに声をかけてきたのは、ここの店員さんらしき女性。どうやら綾袮さんはここへよく来ているようで、店員さんともお互いに親しく会話を交わしていた。

 

「…確認だけど、目的の場所ってここなんだよね?」

「そうだよ?どうかしたの?」

「どうかしたっていうか…寄り道だったら、俺は外で待ってようかなぁ…と」

 

俺は別に可愛いものが苦手だったりはしないが、可愛いものだらけの屋内にいる(しかも男は俺一人)という状況は色々と気不味い。だからもし寄り道なら外で口笛でも吹いて待っているところだったけど…残念、目的地でした。

 

「ふぅん…まぁいいや。店長のおねーさん、今日はあれ買いに来ましたっ!」

「あ、だから男の子連れてきたのね。…よく引き受けてもらえたわね…普通なら恥ずかしがって断るでしょうに…」

「…恥ずかしがって断る?…綾袮さん、君は俺に何を運ばせようとしてんの…?」

「ふふーん、それは…あれだよ!」

 

店長さんの言葉に不穏なものを感じ取った俺は、半眼で綾袮さんへと問いかける。それを受けた綾袮さんは…何故か少し自信を持った表情を浮かべ、びしっ!…っと店内のある箇所を指差した。

 

「…………」

「…………」

「……まさか、あれ…?」

「そう、あれ」

「……おぉう…」

 

綾袮さんが指差した先にあったのは、ピンクと黄色の大きな大きなぬいぐるみ。犬だか猫だかよく分からない…けどデフォルメされてて可愛い二つ(二匹?)のぬいぐるみは揃って棚の一番上へと置かれていて、その姿は陳列されているというより棚に座っている様だった。……さっきの質問って、これの事だったのか…。

 

「…マジすか……」

 

気不味いだなんだと心の中で愚痴っていた俺だが、実のところぬいぐるみや小物なら楽だろうな…なんて思っていたりもした。……けど、大型犬レベルの大きさを持つそれは、重くはなくとも運び辛そうであり…何より、どう見たって普通のお店にある普通のビニール袋や紙袋には入りそうにない。つまり……俺は、この滅茶苦茶女の子向けなぬいぐるみをこのまま持って帰らなきゃいけないのである。

 

「…ほんとにこれ、俺が持たなきゃ駄目?」

「顕人君に持ってもらわなきゃ呼んだ意味ないじゃん…それにわたし、二つも持たないもん」

「呼んだ意味云々は俺に関係ない…って待って、二つ?そこにあるやつ二つとも買うの?」

「二つとも買うの」

「…ねぇ綾袮さん。俺、綾袮さんは人が本気で嫌がるような事はしないって信じてるんだ」

「うん。わたしも顕人君は人の頼みに極力応えてあげようとする立派な人だって信じてるよ」

「……くそう!俺は自分の甘さが嫌になるよ!」

「その甘さ、わたしは大好きだよっ!」

「お買い上げありがとうね〜」

 

……そして、数分後。俺は黄色のビックぬいぐるみを持って道を歩いていた。

 

「はぁ…はぁぁ……」

「溜め息ついてると幸せも逃げちゃうよ?」

「うっさいよぬいぐるみ娘…」

 

俺の隣を歩くのはひょこひょこ動くピンクのぬいぐるみ。……嘘です、ぬいぐるみを抱えた結果前からじゃ手と足以外見えなくなった綾袮さんです。最初俺は二つあるから両脇に抱えて持ち帰るとするか…と思っていたが、綾袮さんはそういうつもりじゃなかったらしい。…前見えてんのかな…。

 

「わたしがぬいぐるみ娘なら、今の顕人君はぬいぐるみ息子だね〜」

「いや、それだと微妙に意味に齟齬が…てか誰がぬいぐるみ息子だ…俺はまだぬいぐるみ抱えた男の状態だっての…」

「そうなの?わたし今視界が真っピンクで全然分かんないんだ」

「やっぱりかい…危ないから視界は確保しなさい…」

 

なんて言いつつも、綾袮さんはしっかりと十字路を曲がる。…もう突っ込み狙いでわざとやってるんじゃないだろうか、この調子良いぬいぐるみ娘は。

 

「……このぬいぐるみ、川にでも落とそうかな…」

「ちょっと!?顕人君何しようとしてんの!?」

「何って…ささやかな仕返し?」

「それはささやかの域を大いに超えてるよ!?恐ろしい仕返しだよ!?」

「…まぁ、それもそうか…」

「ほっ…よ、よかった冷静になったんだね顕人君…」

「ぬいぐるみに罪はないもんね」

「そっち!?い、いや物を雑に扱わないのは大事だけど……そっち!?」

 

ぬいぐるみ娘もとい綾袮さんは、珍しく突っ込みに回ってあたふたとした様子を見せてくれた。ぬいぐるみのせいで顔は見えないけど…うっし、ちょっとだけ気が晴れた。

 

「…んまぁ、ぬいぐるみ捨てる事はしないから安心してよ。そこまでする様なつもりは俺にないし」

「…ぬいぐるみの代わりにわたしを川に落とす、というのが後に待ってたりは…?」

「それこそ恐ろしい仕返しじゃん…ぬいぐるみも綾袮さんも、川にも池にも落としません。ほら恥ずいしさっさと帰るよ」

「あ…わ、わたしぬいぐるみ大きくてあんまり速く歩けないんだけど!?顕人くーん!?」

 

後ろから聞こえる綾袮さんの声を半ば無視し、俺は自宅へ。綾袮さん自身が片方は持つって言ったんだから、ここで大変になってもそれは綾袮さんの自業自得。…いやほんとこれ持って歩くのは恥ずいんだから、これ位は許されるよね。

そうしてまた十数分。一足先に俺が、俺に続く形で綾袮さんも自宅に到着する。

 

「ふぅ……同じ体勢してるのって割と疲れるなぁ」

 

帰宅後、一先ずリビングのソファにぬいぐるみを座らせた俺。「あー今日も疲れた〜」…みたいな気分で伸びをしていると、綾袮さんもリビングへと入ってくる。

 

「よいしょっと。荷物持ちありがとね顕人君」

「はいはい。それなりにサイズあるし変な所に置いとかないでよね」

「はーい、それでさ顕人君。顕人君は黄色選んだよね?」

「え?…そうだけど…」

「じゃあ…顕人君!今日のお礼として、黄色のぬいぐるみさんは顕人君にプレゼント!」

「……はい?」

 

なんと、綾袮さんは今し方俺が運んだ黄色のぬいぐるみを俺へとプレゼントしてくれた!言っていた『お礼』とはこれだったのだ!……いやいやいやいや…。

 

「自分の為に買ったんじゃないの…?」

「プレゼントはわたしの意思、つまり自分の為に買ったとは矛盾しないよ?」

「…プレゼントするならそもそも二つも買う必要なかったんじゃ…?」

「それはまあ、二つ揃って飾ってあったし二つあった方が見栄えいいかなーって」

「…………」

 

 

「綾袮さん!綾袮さんはそれでいいのかい!?君は二つとも気に入ったんだろう!?その選択で君は、後悔しないのかい!?」

「いいの、顕人君!わたしは顕人君にお礼をしたいって、感謝を伝えたいって思ったから!だからわたしの気持ち、受け取って!」

「…………で、本心は?」

「顕人君なら『いや、俺はぬいぐるみいいよ。…え、でもそれじゃお礼にならないって?…じゃあ、黄色のぬいぐるみはあくまで俺の物。けどぬいぐるみは綾袮さんに預けておく…って事でどうかな?』…的な事言ってくれるかな〜って考えていました まる」

「この極悪小娘め……」

「てへっ☆」

 

綾袮さんが企んでいたのは、俺の性格を見越してタダでお礼をしたという形式を得ようとする姑息な策略だった。……うん…もうここまでくると天晴れだよ…。

 

「…綾袮さんさ、もし俺がほんとに怒ったらどうする?」

「怒ったら?…その時は勿論謝るし、反省もするよ。わたしは嫌われるのも、本気で嫌がらせるのも嫌だからね」

「……じゃ、それでいいよ。俺が綾袮さんに預ける、って事でね」

「ほんと?じゃあわたし、大切にするね」

「最初からそうしてもらうつもりだったくせに…でも代わりにさ、今日の夕飯は俺に一任してよ。それ位はいいよね?」

「夕飯?いいよいいよ、今日の夕飯は顕人君にお任せしまーす!」

 

……本当に、俺は甘いと思う。もし綾袮さんが調子に乗っているんだとすれば、その原因の一部は俺にあると思う。綾袮さんだけにじゃなく、普段であれば誰に対してもこうしてつい「しょうがないなぁ…」と譲歩してしまうこの性格は、きっと俺の悪いところ。…でも、今回の譲歩は今後悪い結果をもたらす…なんて事はないだろう、と俺は思った。だって綾袮さんの言葉には…嫌われるのも嫌がらせるのも嫌だ、って言葉には嘘偽りを感じなかったから。だから…今回はこれでいいと、そう思った俺だった。

 

 

 

 

「……あ、因みに今日の夕飯はどうする気なの?」

「え?そりゃ辛い物中心にする気だけど?」

「えっ……」

「定番はやっぱカレーだよね。けど麻婆豆腐とか担々麺とかもあるし、時期的には合わないかもだけどキムチ鍋ってのも有りかな」

「……あ、あの顕人君…わたし、辛いのはあんまり得意じゃないんだけど…」

「ん?綾袮さん、夕飯は俺に一任でいい、って言ったよね?」

「うっ……あ、顕人君の意地悪ーー!」

「はっはっは!なんとでも言うがいいさ子供舌娘!はーはっはっはっはっ!」

 

──こうして一杯食わせてやる(夕飯時には物理的にも)算段もあったし、ね。


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