双極の理創造   作:シモツキ

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第四十話 進み始めた運命

魔人の拠点攻撃作戦、そして魔王の強襲から一週間が経った。何とか魔王を撃退出来たとはいえ双統殿の被害は少なくなく、特に人的被害はお偉いさんの頭を悩ませるレベルだった。……が、意外な事に死傷者の内死亡者の割合は驚く程に少なかったらしい。これは戦闘終了後ではなく戦闘中に時宮と宮空の指示で救助が行われたのが理由だと一般には言われているが…俺はそれだけではないと思っている。魔王は俺達霊装者を見下しており、大半の霊装者は有象無象と呼べてしまう程奴にとって取るに足らない存在と認識していた様に思える。確実に殺そうとしたのではなく虫を叩き落とす感覚で戦っており、だからこそ殆どの霊装者に対しては狙いが雑だった事で死亡者が少なく済んだ……確信はないが、こういう可能性もゼロじゃないだろう。

とにかくこの一週間、双統殿では事後処理と立て直しが最優先課題となっていて、それはそれは忙しそうだった。…だというのに、今日……双統殿では、パーティーが開かれていた。

 

「あー……帰りてぇ…」

「それ言うの何回目よ…ほら、ローストビーフあるよ?」

「知っとるわ、ローストビーフ一つでご機嫌になる程俺は子供じゃないっての…」

 

パーティー会場の一角、ビュッフェのテーブルからも立ち疲れた人用の椅子が配置されている場所からも離れた比較的人の少ない所で俺はボヤく。その隣にいる御道はそこそこ楽しんでいるらしく、皿に乗せたローストビーフを美味しそうにもぐもぐしていた。

 

「こういう場でぶつぶつ文句言うのは子供だと思うけどね…千嵜ってパーティー苦手?」

「苦手っつーか、どうもこういうのは慣れないんだよ。相性が良くないというか、俺向きじゃないというか…」

「あぁ…千嵜はコミュ力に難があるもんね」

「うっせぇ、ローストビーフ取るぞ」

「あそこに沢山あるんだから欲しいなら取ってきなよ…いやそういう意味で言ったんじゃないだろうけど…」

 

時宮と宮空は現在別会場(近くの大部屋)におり、協会内でこれと言って交友関係を作っていない俺にとって、この場で気軽に話せるのは御道ただ一人。コミュ力云々はなんだとテメェ…とか何とか言いたいところだったが、割と間違っていないのと、御道にどっか行かれると余計居心地悪くなるのとで強く返せない俺だった。……動機としてはどうかと思うが、こういう場面の時の為に、少し位は交友関係作っておいた方が良さそうだなぁ…。

 

「…にしても、二人も大変だよね。今回二人は撃退に大いに貢献してた…というか二人の実力あっての撃退なのに、各部屋回って作戦参加者へ慰労の声かけしなきゃいけないなんて」

「党首家系の人間なんだから仕方ねぇよ。…大変だとは俺も思うけどな…」

 

本人が望もうが望みまいが、権威ある立場の人間には一般人より多くの責任や責務が付きまとう。それはどうしようもない事であり、宮空の方は分からないが時宮の方はその責任責務を含めて『時宮家の娘』である事に誇りを持っている様子なのだから、悩み相談を持ちかけられた訳でもないのに可哀想だの何だの考えるのは違うだろう。…と、俺は思っている。…御道は人が良いから悩み相談されなくともそういう事気にかけちまうんだろうな…。

 

「…俺達に何かしてあげられる事ってあるかな?」

「さぁな。あるかもしれないし、ないかもしれない」

「えぇー…それ全く回答になってないんだけど…」

「なら自分で考えようぜ。…ま、いつも通り接してやるのもいいんじゃねぇの?霊装者としてじゃなく女子高生としての生活が、二人の息抜きになってるかもしれないだろ?」

「……千嵜ってさ、ぶっきらぼうな癖に割と親切だよね。自分で考えようと言いつつちゃんと俺の質問に答えてくれてるし」

「俺は人間が出来てるからな。緩急付けるのが世渡り術ってやつだ」

 

なんかよく分からん内に評価されてた俺は、いつもの様に茶化して評価されるれた事をすぐ話題の中心からズラしてしまう。……前々から思ってるんだが、対等な関係の相手にこういう事言われた時ってどう反応するのがベストなんだろうな。礼を言うのも照れるのもちょっと次の会話がし辛くなるだろ?

……なーんて俺が思っていると、

 

「高校生が世渡り術を語るなんて早ぇっての」

「あ、上嶋さん…」

 

いつの間にやら御道の知り合い(俺も一度会った事あるが)、上嶋何とかさんが近くにいた。…えぇと、名前はなんだっけ?

 

「よう、顕人。聞いたぜお前、魔王相手に大立ち回りしたんだってなぁ?」

「お、大立ち回りなんてそんな大層な事はしてないですよ…」

 

左手にワイングラスを持った上嶋さんは右腕で御道をホールド。……あ、勿論締め落とそうとしてる訳じゃないぞ?がっつりめのスキンシップとして行われるアレだアレ。

 

「魔王相手に戦ってる時点で大層な事だっての。準備しておけとは言ったが、まさかここまでの事をするとは思ってなかったな…」

「はは…無謀な事したって反省はしてます。…けど、後悔はしてません」

「お、言うなぁ顕人。そういう気概、俺は嫌いじゃないぜ?」

 

一時的とはいえ同じ部隊で戦っていただけあって、御道と上嶋さんは仲良さげ。そうなると上嶋さんとは御道経由での関係でしかない俺は蚊帳の外となり…それはまぁ居心地が悪い。…ちょっと食べ物取ってこようかな…。

 

「悪い、俺は少し席外す…」

「おー待て待て…えぇと、千嵜…悠弥、だったよな?」

「あ、そうっすけど…」

「よしじゃあ悠弥、それに顕人。お前等がどういう経緯で戦闘に出たか教えてくれないか?」

「え?…それは、いいですけど…」

「何故、ってか?そりゃ単なる興味だよ。お前等だって普通はやらない様な事やる奴がいたら気になるだろ?」

 

…と、上嶋さんは御道の質問に答えたが、俺はその返答に対し「本当にそれだけか…?」…と思った。……まぁ、そうは思いつつも頷いて話した訳だが。

俺は俺の経緯を、御道は御道の経緯を話す。同じ場所にいたり行動を共にしていたりした時の事は代表して御道が伝え、その間上嶋さんは特に言葉を挟む事なく聞いていた。…そして、軽く喧嘩した件だが…それはお互い気不味くて、特に口に出す事もなく伏せてしまった。けど、魔王戦には関係ねぇし大丈夫だろ。

 

「成る程なぁ…お前等二人共やる気いっぱいだな」

「えぇ…俺達の経緯の総評がそれですか…」

「けど要はそういう事だろ?考えの良し悪しはともかく二人共『自主的に』参戦したんだからよ」

「そりゃそっすね…俺は好きで出た訳じゃないですけど…」

「同じ様なもんさ。別にお前は強迫観念とかに動かされたんじゃないだろ?」

「……まぁ…」

 

見たところ上嶋さんは二十代、あっても三十代前半ってところで決して世の中の酸いも甘いも経験してきた年齢…って事はない筈なんだが…この見透かしてきている感じはなんなんだろうな。

 

「だったらやっぱりやる気いっぱいだろ。…悪い事じゃないと思うぜ?大概の事はやる気があった方が上手くいくんだからな」

「ありがとうございます…上嶋さんはどうでした?」

「俺か?俺は拠点で雑魚散らしてただけだよ。魔王強襲…その時の通信じゃ魔人って言ってたが…の連絡が入った際には綾袮様や妃乃様が戻れる様他の部隊と陽動したりしたが、これと言って特筆する事はなかったな。何せ雑魚散らしなんだから」

「…強調しますね、雑魚散らし」

「そらお前や顕人が魔王と戦ってたのに、年上の俺が雑魚担当だったんだぜ?結果的にそうなっただけとはいえ、なんか悔しいっての」

「…なぁ御道、この人大人気なくない?」

「この距離で言う!?思いっきり上嶋さんに聞こえてると思うんだけど!?」

「言うねぇ悠弥。だが俺だってまだ若いんだ、そう簡単に冷めたおっさんにはならねぇよ」

 

先程は何か見透かされた様な感覚を感じ、親しみ易いながらも年上なんだなぁ…と思った俺だったが、今度は同年代っぽさしか感じなかった。…これを狙ってやってるなら大した人だが…多分そうじゃないんだろうなぁ…。

 

「…んで、魔王と戦ってみてどうだったよ?やっぱ凄かったか?」

「なんでスポーツ観戦の感想聞くみたいなノリでそれ聞くんですか…」

「じゃ、重々しく訊き直すか?」

「い、いやいいです…魔王と戦ってみて、か…」

 

突っ込みが職業の御道は「おい誰の職業が突っ込みだって?」…ま、まさかこんな形で地の文に割り込んでくるとは……こほん。御道は少し困り顔をした後、質問の回答を考えている様な様子を見せる。この問いは俺も該当してるが…まぁここは御道に先言ってもらおう。…と、いう事で待つ事十数秒。

 

「……率直な感想でいいんですよね?」

「おう、率直な感想を頼む」

「それなら…魔王はあんなに強いんだな、って思いました。端から俺は強いだなんて思ってた訳じゃないですけど…色々痛感したっていうか、なんていうか…」

「そうか…ありがとな、んじゃ次は悠弥。お前も何かあるか?」

「俺は…もう戦いたくねぇや、って感想しかありませんね。なんかちょっと興味持たれたっぽいですけど、俺からしたら謹んで遠慮させて頂きたいです」

「はは、そりゃそうだ。ってか両方割と性格通りの感想持つんだな」

『は、はぁ……』

 

基本感想なんて性格が反映されるものなんだから、性格通りで当たり前じゃね?…とは思ったが、そこまで仲がいい訳でもない年上にそんな言葉をかける程俺は調子ぶっこいた奴じゃない。そういう訳で俺も御道も相槌程度の反応しか返せず、しかし上嶋さんは満足した様にうんうんと頷いていた。

 

「……望み通りの回答でした?」

「うん?…まぁな。安心したよ、二人共魔王と戦った事で消えない恐怖を抱いちまったり、逆に撃退した事で天狗になってなかったりしなくて」

「…じゃあ…それを確認したくて俺と千嵜に質問を?」

「そういうこった。それじゃ折角女性の方々が煌びやかな格好をしてる中野郎と話してても勿体ねぇし、俺は移動させてもらうわ」

「…なぁ御道、この人ほんとに何なんだ?」

「え…さ、さぁ…悪い人じゃないんだけどね…」

 

そう言ってほんとに歩き出した上嶋さんに対し、今度は御道も俺に同意の様だった。…ほんと、俺達が重く受け止め過ぎないよう狙って軽い男を演じてるなら凄い人何だが…どうなんだろうねぇ…。

……と、思っていると上嶋さんは何か思い出したかの様に立ち止まり、こちらへ振り返ってくる。

 

「あー、そうだお前等。もう一言だけ言っとくわ」

「何すか、今度は…」

「……自分の命、軽んじるんじゃねぇぞ?」

『え……?』

「命なんて、物理的には自分一人だけのものだ。けど、死ぬっつーのはそいつを思ってる奴全員を悲しませる事で、そいつと関わってる多くの奴を困らせる行為だ。英雄的な死なんざ関係の碌にない他人と自分自身しか満足しねぇって事は、よく覚えとけよ?」

 

ふっ…とその言葉を言っている間だけ彼は真剣な表情になって、言い終わった途端また元に戻って今度こそ行ってしまった。まさかこんな真剣に言われるとは思ってなかった俺達は、虚を突かれた様にぽかーんとしてしまう。……命を軽んじるな、か…。

 

「…おまけ感覚で言ってたが、多分これが一番伝えたかった事なんだろうな…」

「かも、ね。…やっぱ悪い人じゃなかったでしょ?」

「みたい、だな…」

 

元々悪い人だとは思ってなかったが…上嶋さんもまた人の良い人間なんだろうな、と俺は思った。御道はともかく、直接の関係なんてほぼない俺にまで気にかける人がそうじゃないなら、人がいいと呼ばれる人なんて世の中から大幅に減っちまうしな。

そうして上嶋さんがいなくなってから数十秒。

 

「…小腹空いたなぁ」

「え、CMのモノマネすんの?」

「一本で満足するバーの話じゃねぇよ…ちょっとなんか取ってくるわ」

「じゃ、何か飲み物を取ってきてくれないかしら?次々話しかけられて、その度に対応しなきゃだから喉乾いちゃったのよ」

「へいへい。んじゃ適当に取ってくるから文句は言うなよ?」

 

御道のボケは雑に突っ込み歩き出す俺。その背に来た要求も適当に受け取って、俺は一先ず近くのテーブルへ……ん?

 

「…………」

 

 

「……あれ!?時宮!?」

 

何故か流れて適当に受け取ってしまったが……どう考えても今の声は御道の、というか男の声じゃなかった。それに驚いて振り返ってみると…その声の主はやはり時宮。更に言えば宮空もその隣にいて、どうやら二人は俺が歩き出したのとほぼ同時にここへと来たらしい。

 

「そうよ、何か不味かった?」

「い、いや不味かないが…凄ぇ絶妙なタイミングだな…」

「一応言うけど、狙ってやった訳じゃないわよ?」

「狙ってやられたら流石にショックだ…」

 

去った瞬間を狙って来るなんて、そんなの絶対俺が嫌われてるパターンじゃないか。そんな事されたら俺、泣いちゃうぞ?…いや実際のところ泣くかは微妙だが、少なくとも傷付きはしちゃうぞ?

 

「……で、飲み物か?」

「そうよ。お茶でもジュースでも構わないけど、子供みたいに色々混ぜたりするのは止めてよね?」

「あ、わたしもお願い出来るかな?」

「うーい、そうなるとトレイ借りなきゃだな…」

 

という事で気を取り直して俺はGO。トレイを用意した後まず自分の食べたい物を取り、その後無難にアイスティーを選んで二人分カップへ注ぐ。んで、俺は元の場所へ。

 

「お待たせ致しやした〜」

「ありがと、はい綾袮」

「ありがとー。…顕人君は飲み物良かったの?」

「うん、欲しきゃ自分で取ってくればいいだけだし」

「んじゃ、俺は食うかな…」

 

何だかんだで結局取ってきてしまったローストビーフの一切れをフォークを刺し、ひょいと口に運ぶ俺。…美味いな、うん。

 

「ねぇねぇ妃乃、もう少ししたらわたし達も何か食べない?」

「そうね。テラスなら人少ないし、食べるとしたらそこかしら」

 

時宮と宮空はどうも息抜きの為にここへ来たらしく、暫く前に見かけた時の『勇敢な霊装者達を労う若き姫君』…みたいな雰囲気は纏っていない。……が、当然まだパーティーは終わってないのであり、二人の格好も煌びやかなドレスのまま。

濃い紫のドレスを身に纏う時宮と、ほんのり水色を感じさせる白のドレスに身を包む宮空。黒系統と白系統で分かれている二人の格好は、二人の性格を表している様であり…つい俺は、時宮を見つめてしまっていた。

胸元に、肩に、うなじ。この現代において未成年の少女が着るには些か過激ではないかと思う程に時宮が着るドレスは露出が多く…しかし、時宮からは全く下品さを感じない。煌びやかなドレスは時宮の適度に育った肢体と相互作用を起こす事でその美しさを増幅させ、同時に女性的な艶かしさを強く引き出している。それによって時宮は未成年でありながら成人女性のそれと何ら遜色ない印象を得ており、その状態の時宮は近寄り難い令嬢の様だった。…その時宮が、今は女子高生の表情を浮かべている。それはつまり女性的な美しさと艶かしさを残したまま、少女的な愛らしさと身近さを感じさせてくる訳で……

 

「……ちょっと、何じろじろ見てんのよ」

「いや…すまん、凄ぇ美人だなって…」

「へ……っ?」

「…あっ……」

 

──つい俺は、見つめてしまったのに続いてそのまま口走ってしまった。そしてそれを耳にした時宮は一度驚いた様な表情を浮かべ…そして、その顔はみるみる赤くなっていく。

 

「あ……ああ、あんたって人は…ッ!」

「い、いやあのだな時宮、これは他意があった訳じゃないんだ。そう他意なんて皆無中の皆無、俺はただ率直な意見というか網膜からの情報を脳で処理した結果現れた言葉をストレートに発しただけ……」

「……ふんっ!馬鹿なんじゃないの…!」

「…すんません……」

 

その手に持つカップでぶん殴られる…そう思った俺だったが、場所と立場があるからか時宮は腕を組みながらそっぽを向くだけだった。…た、助かったぁ…。……って、そうじゃねぇだろ俺…。

 

「……ほんとにすまん。悪気は無かったとはいえ、今のは俺が軽率だった」

「……っ…な、何よ真面目に謝っちゃって…」

「悪いと思ってるから謝ってるんだ。それに…同じ家で住んでる相手に、失礼な事しっぱなしってのは目覚めが悪いしな」

「…こうもしっかり言われると、美人でもないのに褒めてしまったみたいな感じに聞こえるんだけど…」

「あ…いや、そういう訳じゃ…って、ん……?」

 

真剣に謝ったのが災いして、更に時宮を不機嫌に……と、そこで俺は一つ気になった。

 

「…なぁ時宮…今思ったんだが、立場的に時宮は容姿を褒められる事なんて慣れっこじゃないのか?」

「……いや、慣れてないわ」

「え、慣れてないの?」

「えぇ。確かにしょっちゅうこっちゅう、それこそ今日だって何度も言われたけど……お世辞や取り入ろうって精神が欠片も入っていなくて且つ、こんな真っ正面から褒められる事なんてそうそうないもの…」

「…そういう事か…」

「…だから、その…貴方は間違いなく馬鹿だと思うけど…それでも今のはちょっと嬉しかったから…い、一応お礼は言っておくわ。……ありがと…」

「…お、おう……」

 

腕を組んだまま、そっぽを向いたまま、顔も赤くなったそのままの姿で…ぼそり、と時宮は言った。人間の出来てる時宮は俺相手でも礼を言う時は言うから、お礼そのものは別段驚きはしなかったが…その分ダイレクトに『照れたドレス姿の時宮』を認識してしまって……だから、あー…くっそ、時宮可愛いなぁおい…!

時宮は照れ、俺も俺で何だか変な気分になりそうになってお互いだんまり。同じ理由で時宮を見ていられなくなった俺は横を向くと、そこでは御道と宮空が話していて……

 

「…ね、顕人君。この格好についてどう思う?」

「ど、どうって?」

「そのままの意味だよ。…ほら、わたしってあんまり女の子っぽい性格してないし、残念ながらあんまり発育も良くないでしょ?けど皆は綺麗だの何だの言うからさ〜……似合わないなら似合わないって、正直に言ってもらえた方がわたし的には楽なんだ」

「……そっ、か…じゃあ…俺は力になれないかも…」

「…だよね…うん、ごめんね変な事言って。あはは、わたしはそういう立場の人間なんだから、そういうの求めるのはお門違いってやつだよね」

「あ……そ、そういう事じゃないんだよ綾袮さん…」

「え……?」

「や、だから…その……俺には、ドレス着た綾袮さんが……お、お世辞抜きに綺麗だし可愛く見え…ます…」

「……そ、そうなの…?」

「……そう…」

「…………あぅ…」

 

……なんだこいつ等。付き合ってんのか?付き合い始めたばっかりのカップルなのか?…てか……何この状況…。

 

「……あ、綾袮!そろそろ移動した方がいいんじゃない!?」

「ふぇっ!?…あ、そ、そうだね!なんか既にちらほら人が集まり始めてるし、この位で移動した方が良さそうだね!」

「でしょ!?じゃ、貴方達もパーティー楽しみなさいよ!」

「ま、また後でねー!」

 

四人揃って照れてたりドキドキしたりでしーんとなってた俺達は、時宮と宮空が物凄くわざとらしい言動をしながらこの場を離れた事で解散する形に。…何だったんだろうな、さっきまでの雰囲気は…。

 

「……あ、そうだ…悠弥、最後に一ついい?」

「え?…まぁいいが…」

 

妙に疲れてしまった俺は、少し休もう…と思っていたら、小走りで時宮が戻ってくる。…何だかこの流れ、さっきもあったぞ…?

 

「…貴方、私の呼び方に拘りがあったりする?」

「呼び方?いや全くない」

「そ。なら…今後は私の事、名前で呼んでくれて構わないわ。前も言ったけど苗字じゃ紛らわしいし」

「そ、そうか。……何故、今になってそれを…?」

「…別に。とにかくわざわざ私が言ったんだから、ありがたく私の言葉は聞きなさいよね」

「なんという分かり易い高飛車……って、おい…人な話は最後まで聞けよ…」

 

言うだけ言ってそさくさと去ってしまう彼女は、本当に高飛車な感じだった。別にって…絶対なんかあんだろ…改めて訊くのはなんか恥ずいから恐らくしないだろうが。

…まぁ、そういう事で…この日、このパーティーを境に俺は時宮を、妃乃と呼ぶようになった。

 

 

 

 

「…いい風入るね、ここ」

 

綾袮さんと時宮さんが移動してから十数分後。変な汗をかいてしまった俺達(内容はよく知らないけど、千嵜の方もこっちと似た様な事があったらしい)は、涼む為に人のいないテラスへと出た。

 

「ま…そこそこ高さあるからな、ここ」

「夏場はここ混みそうだねぇ…普段から出入り出来る場所なのかは謎だけど」

 

風に吹かれ、汗の気化で熱が奪われていくのを感じる。まだ夏というには些か早い今、熱を奪われると若干の肌寒さを感じるけど……色々あって多分体温の上がってた俺には丁度良かった。

 

「…というかそもそも、双統殿自体そんなしょっちゅうは来ないか…」

「…………」

「そうなると今ここに出たのは正解だったかもね」

「…………」

「……千嵜?」

 

涼んでいる間は雑談でもして過ごそうか、と思っていた俺は千嵜に話しかけるが…反応がない。どうやら千嵜だと思っていた相手は返事をしない、ただの屍だった……なんてことはなく、どう見たって奴は千嵜悠弥。…じゃ、なんで反応がないんだろうか?もしや千嵜は今、声が聞こえない位深い思考をしていたり……

 

「……悪かったな、御道」

「……はい?」

 

テラスの柵に手をかけ、夜空に目をやったまま……千嵜は謝罪の言葉を口にした。当然そんな事を言われるとは思ってなかった俺は、目を瞬いてしまう。

 

「あの時の事だよ。俺の言い分はさておき…一方的に考えを突き付けて、それで理解しろなんてのは身勝手過ぎる。…そうだろ?」

「それは、まぁ…俺もちょっとカッとなってた気がするし、こっちも謝るよ。…それで、なんで急にそんな事を?」

「…さっき、別で謝る機会があってな。その後思ったんだよ、この件は有耶無耶にしちゃ駄目だろうな…って」

 

あの時、俺は本気で怒っていたし、あのまま続けていたら手を出していたかもしれない。けどその後は喧嘩どころじゃない騒動だったからその事を忘れて協力していたし、それもあってこの一週間は特に何も触れず、これまで通りに接してきた。だから、俺としてはこのままなあなあで流してもいいかもな…なんて思っていたけど、千嵜は誠実に謝ってきてくれた。…ほんと、捻くれてる癖にちゃんとしてるんだよなぁ…。

 

「…そう。なら、お互い謝ったしこの件はこれで一件落着だね」

「…それでいいのかよ、お前は。お前には文句の一つや二つ言う権利あると思うぞ?」

「かもね。けど、今は別に文句言いたいとは思ってないし、楽しくもない話蒸し返すのは好きじゃないからさ」

 

そう俺が返すと、千嵜は「そうか…」と言って口を閉じた。そうして数秒。俺も千嵜と同じ様に空を見上げていると…また、千嵜が口を開く。

 

「……なら、お前はもっと強くなるんだな」

「…強く?」

「あの時は俺が悪かったが、恐らく一般的にはお前の主張より俺の主張の方が支持される。それは御道だってそう思うだろ?」

「だろう、ね。…強ければ文句は言われない、そういう事?」

「そういう事だ。強さが全てじゃないが…戦闘に関わる事なら、強さは信頼や発言力に直結するからな。だから自分の意見を通したいなら、もっと強くなれ。やりたい様にやる為にも、簡単に死なない様になる為にも、それが一番だ」

「…アドバイスありがと、千嵜。けど……俺は最初からそのつもりだよ。俺は、もっと…もっと、強くなってやるさ」

 

互いに空を見上げてたまま、言葉を交わす。俺は千嵜を対等な友人だと思っているけど…やっぱり、今の言葉から感じる千嵜は、どこか遠い人物の様にも思えた。

 

「強くなった先に何があるかは分からないんだけどな…なんて、強くなれって言った後すぐ言うのは野暮か」

「野暮だろうね。忠告として受け取るけど」

「…じゃ、これを貸しといてやるよ」

 

視界の端、下部分で千嵜が振り返ったのが見える。それに反応して、俺も視線を下ろすと…ひょい、っと千嵜が何かを投げてきた。それを慌ててキャッチする俺。

 

「っとと……これは…短刀?」

「おう。多少外見は変わってるが…それは前世の俺が使ってて、その時最後まで折れる事のなかった短刀なんだ。…折れなかったのは単に予備武装で使用機会が少なかったからだろうが…それでも、そこらの魔除けグッズよりは命を守ってくれるかもしれないぜ?」

「千嵜……」

 

一体どういう風の吹き回しなのか。無愛想で、あんまり他人に興味のない千嵜がそんな事をするなんて、俺は本当に驚きだった。

それは千嵜なりに俺を気にかけてくれているのか。飄々としつつもあの時の事で罪悪感があって、それを解消したかったのか。それとも…千嵜が本心では、対等な立場ではなく綾袮さんや時宮さんと同じ様な目で俺を見ているからなのか。それは今の俺には全く分からなかったけど……ただそれでも、こんな一歩間違えば相当恥ずい事をしてくる千嵜は、友人として面白いな…と思った。

 

「……これさ、普通異性に対して行うイベントじゃね?」

「は?……なんだテメェ、そんな事言うなら返してもらうぞ?」

「はは、冗談だよ冗談。…折角貸してもらったんだ、ありがたく使わせてもらうとするよ」

 

そうして俺は短刀をしまい、俺達は屋内へと戻った。あの時の件も、短刀の件も、もう話題にはせず戻っていく。だって、過ぎた話より目の前のどうでもいい事について談笑を交わすのが、今時の男友達ってものだから。

魔王との戦いは、俺に、そして千嵜に大きな影響をもたらした。それが良い事なのか、悪い事なのかは俺には判別出来ず、きっと千嵜にも判別出来ていないと思う。…けど、これだけは言える。俺達の戦いは、動き出した運命は……まだまだ始まりに過ぎないんだ、と。


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