双極の理創造   作:シモツキ

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第三十九話 一先ずの決着

時宮家に生まれ、次代の時宮家と霊源協会を背負う者として幼い頃から育てられていた私にとって、アヤこと宮空綾袮は誰より心を許せる相手だった。でもそれは別に家族が信用出来ないという事ではなくて、むしろお母様もお父様も、お祖父様もお祖母様も嘘偽りなく信用と尊敬のおける相手だと思っている。…けれど、だからこそ私は家族の前では時宮家の娘として相応しい姿でいたくて、『時宮』妃乃として親に甘える事はあっても、時宮『妃乃』として甘える事はほぼなかった。……そんな私だから、私とほぼ同じ立場で、でも私とは真逆の性格をしているアヤには一人の女の子として、幼馴染みとして接したくて、姉妹の様に仲良くなれたんじゃないかと思う。…まぁ、姉妹で例えるなら私が姉でしょうね。アヤは見ての通りの性格だし、良くも悪くも素直だから私が助けてあげなきゃ色々危なかっかしいもの。……って、話が逸れたわね…こほん。そういう事もあって、私とアヤは戦闘中においては以心伝心。それに私達は才覚にも恵まれているから自分でも文句無しと言える程連携は高度で、最近は二人で戦う事は少なくなったけど……今でも私とアヤで組むのがベストだって断言出来る。……けど…今日、魔王と戦っている内にほんの少しだけど思うようになったわ。私とアヤの連携はもうこれ以上ない位のもので間違いないけど、もっと私達は強くなれる可能性に溢れてるのかも、って。

 

 

 

 

私が陽動の陽動をするから、貴方は陽動をして頂戴。御道への攻撃に割って入って弾かれた俺が立て直した時、俺の隣に来た時宮からの言葉はたったそれだけだった。伝わるかどうかで言えば、一応その意図は伝わるが……もうちょっと言葉が欲しかった。時宮はそう言ってすぐ行動開始してしまったが、もし俺に上手く伝わってなかったらどうするつもりだったのだろうか。

それはさておき時宮がどういう攻撃を仕掛けるのか言われた俺は、早速動いた時宮を追って飛行。スピードも機動力も俺は時宮に劣るものの、時宮は霊力の翼を普段より大きく広げて俺を隠してくれたおかげで魔王に気付かれる事なく追随する事に成功し、彼女が一旦離脱するのと同時に俺は斬り込んだ。斬り込んで、ギリギリ反応するのを視認して、防御されたのも確認して……即俺は離脱する。俺の役目は一度『俺が攻撃担当』と誤認させる事だけだから、それが成功した以上は無理に攻める必要はないし残っても本命である時宮の邪魔にしかならない。そうして二重陽動の結果魔王は作戦通り誤認して……ランスチャージを回避出来なくなっていた。

 

(いけるか……!?)

 

宮空の前へと押し込まれていく魔王の顔に、余裕の色はない。今度は時宮も簡単に妨害される様子はなく、待ち構える宮空からは自らの一刀に迷いなき自信を持っている様子が見受けられる。この両者にこの状態で挟まれたとして切り抜けられ人がいるとすれば、それはそれこそ全盛期の宗元さんや現宮空家当主(名前はちょっと覚えてない)位だろう。そう思える程の、勝てるんじゃないかと本気で思う程の状況が今完成していた。……そう、俺が見る限りでは…そうだった。

 

「ぬ……ぉぉぉぉぉぉッ!!」

『なぁ……ッ!?』

 

時宮と魔王が宮空の眼前へと到着し、宮空の放った一撃が魔王に届くその刹那、魔王は動いた。左手で宮空の大槍の柄を掴むと同時に身体を開き、右手を広げ……宮空の大太刀の刃もまた、掴みとった。奴は、魔王は……左手で時宮の攻撃を、右手で宮空の攻撃を押し留めてしまったのだった。遂には余裕がないどころか真剣な表情を浮かべ、楽々ではなく何とか押し留めているという雰囲気だが……それでも、この二人の必勝級連携を止めた事には変わりない。

 

「どうなってんのよこいつは…!」

「流石のわたしもこれにはビビるよ…!」

 

押し切ろうと二人は一層翼を輝かせるが、それでも魔王は耐える。耐え、二人の軌道を逸らし、この危機を乗り切ろうと力を込めている。このままいけば二人が押し切れるかもしれないし、魔王が凌ぐかもしれない。時宮と宮空有利の状態から五分五分の状態に変わったというのが今の状況であり……その瞬間に、俺は動いた。

 

「いい加減……底を見せやがれッ!」

 

直刀を両手で構え、スラスターフルスロットル。全開噴射で魔王の前へと飛び込んで、大上段から全力を込めた一撃を叩き込む。

魔人と戦った時、奴は俺と時宮の攻撃を同時に受けるのでもギリギリな様子だった。対してこの魔王は時宮と宮空の連携攻撃すら五分五分で受け止めてしまう程の強さだが……両手が塞がり靄も腕への展開に注ぎ込んでいるらしき今の奴なら、この一撃が通る可能性は確かにある。そして一撃入ればそれが致命傷にはならずとも五分五分の均衡を崩す要因にはなる筈で、そうなればきっとこの二人が致命傷を与えてくれる。だから、これで…この一撃を通せば、それで……ッ!

 

「そうは…させんッ!」

「……嘘、だろ…!?」

 

胴に向けて放った一撃から伝わったのは、肉よりも硬い物にぶつかった様な衝撃。胴の前で止まり、しかしギリギリと物体に衝突している音を立てる直刀。俺の一撃は……突き出した魔王の膝によって、受け止められていた。

武器や腕に比べれば技術が必要になるとはいえ、脚(というか蹴り)で受け止めるというのはあり得ない行為じゃない。…が、既に大槍と大太刀の対応でいっぱいいっぱいな筈の奴がそんな事をしてくるなんて、非常識にも程があんだろうがよ……!

 

「後一歩、だったな…!」

 

攻撃を止められた俺自身は当然として…この展開は、時宮と宮空にも衝撃を与えていた。という事はつまり、二人の集中が削がれてしまうという訳で…左右からの力が緩んだ一瞬の隙を突き、魔王は三方向からの攻撃から遂に脱出してしまった。魔王の方も脱出が精一杯だったらしく、勢い余ってぶつかりかけていた俺達へ離れながらの攻撃を放ってくる事はなかったが、それでも王手をかけていた状態から逃げられてしまった事はショック以外の何物でもない。大怪我を負ってまで得たチャンスという訳でも、もう無いであろう相手のミスに付け入った訳でもないのだから、また狙える可能性はある……と頭では分かっていても、後一歩だった分余計に惜しく感じてしまう。

……とはいえ、もうそれは過ぎてしまった事。嘆くのに金はかからないが、戦闘中に嘆くのは時間と思考リソースの無駄にしかならないのだから、さっさと気持ちを切り替えて次を狙うのが賢明というもの。取り敢えず俺は仕切り直しも兼ねて本来の役目に……

 

(…って、御道はどこ行ったんだ……?)

 

先程まで俺と御道が居た方向へ目をやったが、そこに御道の姿はない。今のあいつが怖気付いて逃げたとは思えないし、そうなると御道は俺が仕掛けている間に移動したという事になる。ならば、御道は一体どこに……と、目を動かした俺は…言葉を失う。

 

『……──っ!?』

 

俺が言葉を失ったのとほぼ同じタイミングで、すぐ側にいた時宮と宮空から息を飲んだ様な息使いが聞こえてきた。言葉を失うのも息を飲むのも、驚いた時に起こる現象。俺は御道を探し、御道を見つけた瞬間驚いた訳で…タイミングから察するに驚きの内容は二人も恐らく同じ事。俺達を驚かせたのは、御道であり御道のいる場所。俺の視界が捉えていたのは、魔王の下がった方向。御道の姿はそこに…いつの間にかいなくなっていた御道の姿は、魔王を背後から狙い撃てる位置にあった。

 

「……ッ!?」

 

直感で攻撃を感じ取ったのか、勢いよく振り向く魔王。その魔王に向けて……御道から四門の銃と砲による攻撃が放たれた。

 

 

 

 

考えて、考えて、考え抜いた結果…やっぱり俺に出来るのは、魔王へ小賢しい邪魔をする事しかないって結論に辿り着いた。だから俺は魔王の背後(と言えるかどうか怪しいレベルで離れているけど)に移動し、綾袮さんと時宮さんが仕留め損なった場合に備えて魔王へ砲口を向けていた。

魔王の左右に位置取らなかったのは、わざわざ魔王が手の抜けない相手のいる側に退避するとは思えなかったから。前ではなく後ろを選んだのは、後ろの方が前よりは気付かれ辛いだろうと思ったから。……が、左右はともかく前後の選択はぶっちゃけ運頼みで、後から考えてみると上下やら各方向の斜めやらもあり得えていた筈。つまり、何が言いたいかと言うと……俺は、運が良いのかもしれない。

 

(────来た……ッ!)

 

綾袮さんと時宮さん、それに千嵜の攻撃を凌いだ魔王が選んだのは、背後への後退。三者からの攻撃はさしもの魔王も防ぐのが限界点だったらしく、後退する姿からはそれまでの機敏さも抜かりのなさも感じなかった。

俺に気付かないまま、俺との距離を縮める魔王。後ろ向きとはいえ近付いてくる事に一瞬どきりとした俺だけど……覚悟はとっくに出来ている。左手のライフルに、展開させた二門の砲に、移動の際抜いておいた右手の拳銃の計四門全てがいつでも発砲出来る状態になっている。唯一心配な事があるとすれば、それは先程と違って即俺のカバーに入ってくれる人がいない事だけど…この瞬間を無駄にしたくないという思いは、その不安感を大きく超えていた。

 

「喰ッ……らぇぇぇぇええええええッ!」

 

迷いを振り切り、引き金を引く。四門の砲が同時に火を吹き、霊力を内包した二発の弾丸と霊力を収束させた二条の光芒が魔王の下へと駆け抜ける。そして……着弾。

 

「……や…やったか…?」

 

ついベタなフラグ発言をしてしまったけど……この時の俺はそれに気付かない。回避こそされなかったけどきちんと当たっているのか、当たったのならどれ程のダメージを与えられたのか、ここから魔王はどんな行動を起こしてくるのか…そういう事が頭の中を埋め尽くしていて、余計な事を考えている余裕なんて欠片もなかった。

目を凝らし、魔王の状態を確認しようとする。そうしている内に後を引いていた光芒も消え、魔王の姿が俺からはっきりと……

 

「……付け上がったな、雑魚が…!」

「……ッ!」

 

……はっきりと見えたのは、俺の攻撃が一発足りとも届いていない魔王の身体だった。…いや、違う。傷こそないものの…魔王は体勢を崩していた。だが、崩れた体勢に反してその目は……片手間で排除してやろうという今までのものではなく、害虫を駆除せんとする本気のものに変わっていた。

 

「あぐッ……!」

 

背筋が凍り付く様な感覚に見舞われながらも咄嗟に再びライフル引き金を引こうとした俺。だがそうした時にはもう魔王の放った光弾がライフルに直撃しており、ライフルが破裂すると共に俺の腕は叩かれた様に後ろへ回る。更に気付けば魔王は俺の正面数mにまで迫っていて、もう迎撃や回避行動が間に合うとは到底思えない。

魔王の動きはあまりにも早く、これまで俺は単独で捉える事なんて出来やしなかった。……が、今は脳内でアドレナリンが大量分泌されているのか超スピードな筈の魔王の動きがはっきりと見えて、それ故に迎撃も回避ももう無理だって分かってしまった。…間近で見る魔王の目は、冷たく鋭い。

 

(……ぁ…死、ぬ…?)

 

動きは見えている。どこを狙われているのかも分かる。けど、動きが緩慢なのは俺も同じで、避けたくっても身体は全然意思に追いつかない。…と、いうより感覚だけが先行し過ぎている。それが俺は、もどかしくてしょうがない。

死にたくはない。死ぬ気で戦っていたつもりだけど、命を落としても構わないなんて感情はまるで持っていない。…でも、どうしようもない。恐怖で身体が動かないとか、まともに頭が働かないとかじゃなくて、動いているけど間に合わないという状況だから手の打ちようがない。だから俺の心の中を占めているのは、怖さより悔しさや無念さだった。……呆気ないな…折角、意味を持てたのに…折角、勝てる可能性があったのに…もうちょっとだったのかもしれないのに…あぁ……

 

 

……死にたく、ない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「させる……かよぉぉぉぉおおおおおおおおッ!!」

 

────目を閉じかけた時、その叫びが響いた。その叫び共に、刀身が霊力で形成された刀が俺の目の前…俺と魔王の間へ割って入る様に駆け抜け、魔王の動きがほんの僅かに遅くなった。そして……魔王へ千嵜が激突する。

 

「……──ッ!?」

「貴様…貴様は何度邪魔に入れば気が済むのだ…ッ!」

「ぐっ……!」

 

千嵜が魔王と激突していたのはほんの一瞬で、魔王は不愉快そうにしながらも即千嵜を蹴り付け俺の方へと吹き飛ばす。

さっきと違い、俺は千嵜のキャッチに失敗して彼と共に後方へ飛ぶ。千嵜のおかげで助かったと思った俺はまずお礼を言おうして…直後にこのままだと俺だけじゃなく千嵜まで一度にやられると思い、それで血の気が引く様な感覚に見舞われ……千嵜がにぃっと笑みを浮かべている事に、気付いた。

 

「──俺や御道を気にしてていいのかよ、魔王」

「……っ!まさか……ッ!」

 

笑みを浮かべ、煽る様な言葉を発した千嵜。その言葉を聞いた魔王は、目を見開き……

 

『いっ……けぇぇぇぇぇぇええええええええッ!!』

 

────二つの閃光が、魔王を斬り裂いた。

 

 

 

 

上空からの攻撃に、時宮と宮空による乾坤一擲の一撃に身体を切り裂かれた魔王は、そのX字の傷から血飛沫を散らしながら空をふらつく。その傷は……間違いなく、致命傷だ。

 

「今の、って……」

「あぁ、協会じゃ俺とお前が予言された霊装者らしいが…あの二人の方が、よっぽどそれっぽいよな…」

 

あんぐりと口を開けている御道に、俺はついそんな事を言ってしまう。…ほんと、滅茶苦茶凄いなこの二人は…。

 

「……ふぅ、今のは決まったわね」

「顕人君も悠弥君もナイスファイト!色々言いたい事はあるけど、今のは二人がいたおかげだよ!」

 

魔王を斬り裂いた後もその勢いのまま下降していった時宮と宮空は、軽く旋回しながら俺達の側へ。滅茶苦茶凄いこの二人でも今回の戦いは骨が折れたのか、その表情には疲労の色が見て取れる。

 

「ちょっと、何褒めてんのよ。そんな事言ったらこの二人が調子に乗るでしょうが」

「でも、この攻撃は二人がいなかったら出来なかった。それは事実でしょ?」

「それは…そうかもしれないけど…」

「…いや、時宮さんの言う通りだよ。俺がやったのは馬鹿な事だってのも事実でしょ?」

「謙虚ね、そういう自覚があるならまだ貴方はマシよ。…悠弥にもそういう心を持ってほしいわ…」

「俺だって時と場合によっちゃ謙虚になるっつーの…それより、まだ安心出来る状況じゃねぇだろ」

 

何故今の流れから俺が時宮に文句を言われる展開になるのか。……って違う違う、ほんとにまだそういう事考えられる状況じゃないっての…。

 

「まだ安心出来る状況じゃないって…まさか、あれでも奴は死んでないって事…?」

「分からん。流石にノーダメージって事はねぇだろうが…分からねぇ以上、油断する訳にゃいかねぇだろ」

「そうそう、念の為顕人君も継戦出来る状態にしておいてね?」

「了解。…けど、あれだけの傷なら仮に戦闘が続くとしても、これまでよりは格段に楽に……って、あれ…?」

「……?どうしたのよ?」

「……魔王は…?」

『は……?』

 

構え直し、これから先の展開を脳内でシュミレーションしておこうと思考へ入ろうとしたその時…御道が妙な声を上げた。魔王は?ってこいつは何を言い出すんだ…魔王ならそこで呻いて…………

 

 

 

 

『……え?』

 

つい先程声が重なった俺達は、そこで再び重なった。だって、いなかったのだから。魔王は、そこにいる筈の魔王はその場所にいなかったのだから。

 

「え、ちょっ…逃げた!?逃げたの!?」

「わ、分からないわよ!でも、あの傷じゃ十全の力を発揮出来ない筈……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それは、どうだろうな」

『──ッ!?』

 

確かにいた筈の、傷を負っていた筈の魔王が消えるなんて、それはあり得ない事。にも関わらずいなくなっている事に俺達が慌てたその瞬間……上空から、声が発された。

その声に弾かれる様にそちらを向くと、そこにいたのは魔王だった。あぁ、ひっそりと移動していたのか…そう俺達は思いかけて……絶句する。だって、そうだろう?時宮と宮空があの速度で、あの威力で奴へと付けた傷が…今見た時にはもう()()()()()のだから。

 

「嘘、でしょ…傷は…私達が付けた傷はどうしたのよ!?」

「まさか、双子!?」

『いや、双子はない(でしょ・だろ)…」

「う…と、とにかくなんで!?どういう事!?」

「どういう事、か…安心するがいい。あの攻撃は、確かに我へと届いていた。…よく見れば、まだそれも確認出来るだろう」

「よく見れば…?……な…ッ!?」

 

魔王の言葉に乗せられるのは癪だが…それよりも傷が消えている事が気になって、その言葉通り魔王を凝視する俺。そうして……気付いた。僅かながらまだ、胴には傷があった事に。そしてその傷が、俺の見ている中で蒸発するかの様に消えてしまった事に。

 

「何だよ、あれ…魔王はああいう能力を持ってるの…?」

「そんな訳あるか…さっき言った通り、魔王っつーのは特に強い魔人ってだけで、要素自体は魔人と変わらねぇんだ…だから、傷が治るなんてそんな馬鹿な事は…」

「馬鹿な事?ふん……ならば問おう。いつ、我が力の全てを発揮したと言った?」

『……っ!』

 

俺達を物理的にも、精神的にも見下す魔王のその言葉で……俺達は、理解した。魔王の言葉の意味に。あの回復が、何なのかに。

圧倒的な力を振るう魔王。だが、奴はこれまで一度も固有能力を発揮してこなかった。先程はそれを不可視の能力か戦闘に使えない能力かだろうと思っていたが……こう考えば、辻褄が合うじゃないか。奴は…奴の固有能力は、『治癒』だとするならば。傷付く事で初めて機能する能力なら、これまで出さずにいても当然じゃないか。

 

「我はここに来るまで…いや、こうして傷付けられるまでこの力を使う事になるとは思っていなかった。人間程度にこの力を行使せねばならなくなるとは、微塵も思っていなかった。…喜べ人間。貴様等は我が賞賛するに値する者共だ」

『…………』

「…だが、貴様等が手を抜いて倒せる相手ではない以上、もう貴様等に出し惜しみはせん。…覚悟するがいい」

 

エネルギーの靄を矛の様に、盾の様に周囲へと展開する魔王の姿に、最早付け入る隙は一切感じられない。元々隙なんて見せない奴だったが…今は本当に、どうしようもない存在に見えた。……そしてそれは、俺だけの感覚じゃないらしい。

 

「……これは…腕と脚、それぞれ一本ずつ残れば幸運ね…」

「だね…ごめん、やっぱ顕人君と悠弥君は下がってくれないかな?多分、これだとわたし達…自分の身すら守れるかどうか怪しいもん…」

「…綾袮さん…時宮さん……」

 

怖気付いた様子はない。…けど、二人の顔は…トップエースを自負する二人の顔には、余裕なんて一欠片もなかった。ここに来るまでずっと謎の闘志を燃やしていた御道も、二人の顔を見て流石に無茶な事を言おうとする心持ちは削がれたらしい。……あぁ、そうさ…端的に言えば、今度こそ絶対絶命だ。

数秒の時間が過ぎる。こちらから動くか、奴が動くか…どちらにせよ、戦闘再開と同時に俺は御道と退こうと思っていた。共に戦う事ではなく、任せて邪魔にならない様にする事こそ、本当に二人の為になると分かっているから。

……だが、数秒の末に起きたのはそのどちらでもない、別方向からの射撃だった。

 

「…何……?」

「…綾袮様、妃乃様。長い間戦線離脱してしまい、申し訳ありませんでした」

「え…た、隊長さん…?」

 

射撃の約一秒後、俺達の前へと現れたのは魔王にやられた筈の警護部隊隊長。拳銃を手にした彼の戦闘を知らない二人はともかく、俺と御道…それに魔王は当然彼の復活に驚きを見せた。

 

「あ、あんた…こほん、貴方は先程魔王にやられた筈では…?」

「…あぁ、確かに私は一撃を受けてしまった。…が、直撃をしたのは私ではなく…これだ」

『それは…!』

 

そう言って隊長が出したのは、中程からへし折れて使い物にならない様子のライフル。…って事は…まさかあの瞬間ライフルを間に挟んで、それで直撃を回避したってのか?……隊長、別に侮ってた訳じゃないが…あんた普通に凄いな…。

俺達に衝撃を与えながらも復活した、警護部隊隊長。とはいえ彼一人が増えただけでは戦力的逆転などはせず……しかし、結果から言ってしまうと俺達は窮地を乗り越える事となった。それはどういう事かって?そりゃ…一人増えただけじゃ逆転しないっつったんだから、そういう事さ。

 

「貴様も中々食い下がるな…よかろう、貴様もまとめて……む?」

「……!…来たわね…!」

「よかった、やっと来たんだ…」

 

再度、戦闘再開の前に入る横槍。だがそれは攻撃ではなく、存在そのものだった。空の一角に点在し、青い光を放ちながらこちらへと向かってくる存在自体が、魔王の攻撃を抑制していた。今はまだただの光の点でしかないそれも、このタイミング且つ時宮と宮空が声を上げたのなら、思い当たるのは一つしかない。…そう、出撃していた拠点強襲の本隊だ。

 

「…気付かぬ内に時間が経っていた、という事か…目算が外れたな」

「やっぱ気付いてるんだ…言っとくけど、今戻って来てるのはうちでも結構強い人達の集団だからね。幾ら強くても、わたし達と戻ってくる皆を同時に相手しての無双は無理なんじゃないかな?」

「……いいだろう…前言撤回だ。我に能力を使わせた褒美として、ここは退こうではないか」

「ふん、それはどうも…」

「…類い稀なる力を持つ小娘二人に、無謀ながらも有象無象とは違う何かを持つ小僧二人。我は我に全力を出させかけた貴様等に少々興味が湧いた。…故に、また合間見えようではないか。最も、その時こそ貴様等がこの我に完全なる敗北を期するのだが…な」

 

馬鹿にするだとか、調子に乗るだとか、そういう感情をまるで感じさせず、さも当然の事かの様に魔王はそう言って背を向け、こちらへと向かってきている部隊とは別方向へと飛び去っていった。その速度は……やはり、速い。そうして、魔王があっという間に周辺空域から姿を消してから十数秒。あまりに到達な、あまりに意外な形での戦闘終了に……暫し俺達は、言葉を発する事が出来ずにいた。

こうして終わった、魔王との戦い。この戦いでの被害は決して小さくなく、魔王の存在やその強さは協会を震撼させるものだったが……それでも、その時の俺達はただ、戦闘が終わった事、生き延びられた事に安堵しゆっくりと肩の力を抜くのだった。


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