双極の理創造   作:シモツキ

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第三十七話 退けない思い

警護部隊隊長がやられて以降で唯一、曲がりなりにも近接格闘戦を行えていた千嵜。その千嵜が俺や他の霊装者に比べると狙われ易い事は容易に想像出来て、もしそうならば出来うる限りの援護をしようと思っていた俺だけど…戦線に復帰した千嵜には、むしろ(忠告という形で)助けられてしまった。その上それだけならまだしも、俺は魔人に千嵜が猛攻を受ける中で何もする事が出来なかった。正しくは出来たけど役に立たなかった、だけど…結局は同じ事。頑張ったけど無理だったなんて、それは言い訳にしかならないのだから。

また俺は意味を持たせる事なく失敗してしまうのか。不遜にも参戦し、無謀にも突進を仕掛け、今も一瞬でも隙を作らせようと動いたのに、それすらも叶わないと言うのか。勿論俺が大きな何かを成せるなんて思っていないのに、自分で言うのもアレだが多くは望んでいないというのに、それでも何も得られないと言うのか。

畜生、畜生、畜生…ッ!…そう、心の中で悪態を叫ぶ。歯を食い縛って、引き金を引いて、しかし何も変わらない状況なまた悪態を吐いて、最後には思いを抑えきれずに声を上げそうになって…………その瞬間に、綾袮さんと時宮さんが現れた。

 

「…貴様達は…そうか、貴様達がここの中核戦力という事か」

「ふふん、見る目があるねぇ魔人っぽい奴。そう、このわたしこそ双統殿のエースオブエース、宮空綾袮さんだよ!」

「ちょっと、エースオブエース言うなら私の名前も上げなさいよね。あいつに私が貴女より格下だって思われたらどうするのよ」

「え、そうじゃないの?」

「…今この場でそうじゃない事証明してあげましょうか?」

「あははー、敵を前にして何言ってるのかなー妃乃は」

「…………」

「ちょっ、マジな目は止めてよ…冗談だって……」

 

武器を構え、魔人と向き合う綾袮さんと時宮さん。二人の会話は戦場にはびっくりする程似つかわしくない、普段の二人のものだけど…魔人は一見隙だらけな二人にまるで攻め込む様子を見せない。そしてそれが、攻め込まないのではなく二人が攻め込ませないでいるという事位、俺にも理解出来ている。

 

「ったく…この場で行動可能な全員に命令するわ!奴は私達が相手するから貴方達は負傷者の救助に当たりなさい!今ならまだ助かる人も大勢いる筈よ!」

「わたしからも同じ命令を出すよ!それと今は緊急事態なんだから派閥は一旦忘れる事!わたし達は派閥は違えど仲間なんだからね!」

「……っ…り、了解!」

「妃乃様、綾袮様、ご武運を!」

 

雑談が一息ついたところで二人は味方に指示を飛ばす。思わぬ、しかし最高の援軍に呆気にとられていた味方もその言葉を受けて行動を再開し、それまで崩れ切っていた組織的な動きも復活する。

戦列から離れ負傷した霊装者の救助を始める周囲の味方。周囲と同じく驚いていた俺もその動きを見て我に返り、負傷者救助に参加する。

 

「確か、俺がいたのは……」

 

下降し、俺が飛翔する直前にいた場所へと向かう。もしまだ救助されていないならその場所には先程俺が言葉を交わした人がいる筈で、あの人が負っていたのはどう見ても軽傷ではない。…動揺してたしあの人自身救助より撃破を優先してほしそうだったとはいえ、目の前にいる怪我人を放置なんて碌な事してないな、さっきの俺…。

 

「……いたッ!」

 

倒れている彼の数m前で着地し、すぐ隣へと駆け寄る。その人の下には血溜まりが出来ており、俺の言葉に対する反応も無くて一瞬血の気が引いたが…手首に指を当てると、脈動を感じる事が出来た。脈があるなら、まだ死んじゃいないって事だよね…ふぅ、それなら一安心……

 

「…って安心してる場合じゃねぇよ…!」

 

一先ず生きてるとはいえ、医者じゃなくても今の彼が相当ヤバい状態だって事は一目で分かっている。え、ええとここから俺はどうすれば…ええい、取り敢えず救助活動中の味方に着いていくしかないか…!

 

「放置してしまいすいません。きっと助かります、だからもう少し耐えて下さい…!」

 

意識のないこの人には恐らく聞こえていないのだろうけど、願いも込めてそう言葉をかける。そうして俺は他の霊装者の後を追って彼を双統殿の中へと送り届け、そこから指示を受けてまた別の人の救助に向かうのだった。

 

 

 

 

救助というのは普通、一人に対して複数人で行うもの。その最たる理由が一人で人を運ぶ事の難しさによるものだけど…霊力によって身体能力を強化出来る霊装者は違う。未成年でも大の大人を安定して運ぶ事が出来る為に、霊装者による救助はその中にまともな救助訓練を受けていない者(例えば俺とか)がいるにも関わらず、かなり素早く進められた。

 

「この周辺には…もういないか…」

 

指示された場所を一通り探し終え、自分の中で結論を出す俺。これが正式な作戦での救助なら作戦参加者の名簿と照らし合わせて誰がまだ確認出来ていないか分かるんだろうけど…それは無い物ねだりというもの。だからここにはおれの見立て通りもういないのだと信じるしかない。

 

「…………」

 

空を見上げれば、そこでは二人と魔人が激突している。これまでは警護部隊隊長さんや千嵜が相手の時に多少見せるだけだったその実力を遺憾無く発揮する魔人と、二人がかりとはいえその魔人を相手に一歩も引かない戦闘を繰り広げる二人の様子は本当に別次元の域で、遠くで見ているだけでも圧倒されてしまう。…これが本来の力だって言うなら…そりゃ、俺なんて敵としての認識すらまともにされないに決まってるよな…。

 

「…………」

 

弱い事は仕方ない。まだまだ俺は勉強中訓練中の身で、現状得意と言えるのが霊力量に物を言わせたごり押しのみなんだから、洗練された技術と能力を持つ相手には敵いっこないって最初から分かっている。…けど、それが分かっていたって……

 

「────綾袮さんっ!」

「え?この声って…あ、顕人君!?あれ!?なんて君が出てるの!?」

 

……気付けば、魔人と対峙する二人の方へと向かっていた。あろう事か俺は、救助活動ではなく…戦闘に参加しようとしていた。

 

「それは…そうすべきだと思ったからだよ!そう思ったから参戦して…今もここにいる!」

「え、あ、うん…きょ、今日はいつになくハイテンションモードだね…」

 

そう、今の俺は少しテンションが上がっている。…と、いうより何かスイッチが入ったんだと思う。だって、虚しいじゃないか。何度も意味のある行動をしようとして失敗して、状況に振り回されて、意気込んで出てきた癖にこのザマで、それで『もうこの二人が来たから大丈夫だ』…なんて思って戦列を離れるなんて、虚しくて虚しくてしょうがない。夢を諦められないから無謀な戦いを挑んで、望んだ未来へ進む為に霊装者になったというのに。初陣の時、自分のなりたい姿を再認識した筈なのに。それなのに、ここまで情けないだけの結果を作ってフェードアウトなんて……出来ない。出来る訳がない。出来る筈がない。

 

「綾袮さん、時宮さん。邪魔はしないって約束する。だから俺に支援射撃をさせてほしい」

「はぁ!?…顕人、貴方何言ってるのか分かってるの?」

「分かってる。身の程知らずな事言ってるってのも理解してる。…でも、頼む…俺にも戦わせてくれ」

「それは身の程を理解してる人の言葉じゃないでしょ…止めておきなさい。貴方の…いいえ、普通の霊装者の出る幕じゃないわ」

「…………」

「それは聞けないって顔してるわね…はぁ、綾袮。貴女からも何か言って頂戴。というか私より先に綾袮が説得しなさいよ…」

 

千嵜とは違う、上の立場の人間としての雰囲気で時宮さんは俺へと下がるよう言ってくる。端からすれば正しいのは時宮さんの方で、俺自身理性的な部分では救助に回るべきだと分かってはいるが…首を縦に振ろうとは微塵も思わなかった。

そんな俺の心持ちを察したのか、時宮さんは綾袮さんにバトンタッチ。……けど、そこで綾袮さんが口にしたのは意外な言葉だった。

 

「わたし?うーん……じゃあ顕人君、邪魔になったら蹴っ飛ばすかもしれないけど、それでもいい?」

「……っ!も、勿論…勿論それで構わない!」

「ちょっ、綾袮!?貴女ここにいるのを許す気!?」

「いやほら、今の姿見れば分かると思うけど、顕人君って偶に凄い大胆な事するんだよ。だから大胆な事しそうな感じなら、目の届く範囲に居てもらった方が何とかなるかなーって…」

「な、何よその理由は…理由も貴女がそんな事言うのも意外なんだけど……」

 

綾袮さんが参戦に対し肯定的な意見を述べた事に歓喜する俺だったが…理由は完全に困った子にたいする対応の類いだった。……けど、それだって構わない。それに綾袮さんが俺に対して保護者としての考えも持ってるって事は、少しだけど分かっていたから。

 

「とにかく、わたしと妃乃で上手く立ち回ればいいんだよ。わたし達なら何とかなるって」

「貴女ねぇ…はぁ、だったら顕人。貴方は役に立たなくてもいいから邪魔にだけはならないで頂戴。キツい事を言うようだけど、今の貴方の実力なんて高が知れてるんだから」

「…無理言ってごめん」

「謝る位なら素直に下がってなさいっての…じゃ、救助は一通り出来たみたいだしこれからは本格的に奴の討伐を狙っていくわよ」

「……だったら、俺にも加勢させてくれや」

「だからなんでこの戦いに参加したがる奴がいるのよ……って、悠耶!?あ、貴方何してるのよ!?」

 

辟易とした表情を浮かべる時宮さんは、気持ちを切り替える様に頭を振るい……先程俺が声を上げた際の綾袮さんが如く、素っ頓狂な声を発した。その原因は…言うまでもなく千嵜に、救助活動中は一度も姿を見る事の無かった千嵜にある。

 

「何って見りゃ分かるだろ。俺は物事に優先順位を付けるが、優先順位が低いものは全部無視するって訳じゃないからな」

「貴方の信条なんか訊いてないわよ!それにその包帯…大丈夫なの…?」

「無事じゃないが、大丈夫だ。戦えないのに最前線に出てくる程俺は馬鹿じゃねぇよ」

 

そう言って千嵜は刀を抜き、その斬っ先を魔人に向ける。魔人の方といえば、何を考えているのか俺達が会話している間、何故か一度も攻撃をする素振りも気配も見せてこない。それはありがたい事ではあるけど…同時に不気味も感じてしまう。

 

「でもさ悠弥君、悠弥君は今軽傷とは言え手負いでしょ?ちゃんと力発揮出来る?」

「大丈夫だ、宗元さんに万全じゃない時でも最善を尽くせるよう指導は受けてるからな。…それに、俺はこの馬鹿のフォローに徹するつもりだ。そっちも御道に誰か着いてた方が気が楽だろ?」

「…それは、そうね…悠弥にしては結構ちゃんとした事言うじゃない」

「え…あの、俺ってそういう扱い…?」

『そうだけど?』

「ですよねー……でも、俺は退かないよ。分かっていても、俺は戦う」

「もう言わなくても分かってるって…じゃ、悠弥君。顕人君を頼むね」

 

ふわり、と霊力の翼を軽くはためかせて俺と千嵜から離れる綾袮さんと時宮さん。二人は空中に鎮座する魔人へと近付き、それぞれの得物を構え直す。

再び張り詰めていく雰囲気。一触即発の空気が、俺達を包んでいく。

 

「作戦会議は終わったか、力ある霊装者」

「作戦会議なんて大したものじゃないわよ。しかしそっちも話してる間ずっと待ってくれるなんて、随分と余裕があるのね」

「ふん、気を抜いている様に見せかけいつでも迎撃出来る体勢を作っておいてよく言う…」

「あちゃー、バレてたみたいだね。やっぱこいつ、魔人以上の存在かも。だからさ…」

 

 

「──久し振りに二人で頑張ろっか、ヒメ」

「──そうね。いくわよ、アヤ」

 

 

 

 

霊源協会を率いる両家の子息である、時宮と宮空。二人…特に時宮の方は本物の実力者だと既に重々承知だったし、この二人なら奴に対抗出来るんじゃないかとも思っていた。……が、はっきり言って今の状況は予想外だった。

魔人らしき奴は靄を纏わせた殴打と蹴り、それに靄自体を放つ事で隙のない攻防を作り上げている。それは常人はおろか、霊装者ですらまともに対応出来ない程熾烈で苛烈な動きなのだが…二人はそれに対応していた。俺の様にギリギリ致命傷を避けるでもなく、あの隊長の様に全力全開で何とか喰らい付くでもなく、完全に拮抗した戦闘を繰り広げていた。

恐らくだが、時宮と宮空の両方が個々では奴に及ばないのだと思う。にも関わらず拮抗しているのは、一重に二人の連携能力が生み出しているもの。一方が正面から攻め込んだ時にはもう一方が側面から回り込み、一方が引けばもう一方が割って入り、時には同時に時にはバラバラに動き回る。それはまるで二人ではなく一人で戦っているかの様で、連携の乱れは微塵も見受けられない。一糸乱れぬ動き、という言葉はこの二人の為にあるんじゃないか…そう思ってしまう程、二人の連携は卓越していた。

 

(……凄ぇ…)

 

集団戦において連携は必須とも言える要素。まともな戦士や軍人ならば連携の訓練は受けているし、連携能力は意識するだけである程度伸びるもの。…とはいえここまでハイレベルの連携を見るのは始めてだった。最早芸術と言っても差し支えない程の連携能力は、見ていて惚れ惚れしてしまう。しかもそれをするのが個人でもトップエース級の二人なのだから、敵からすればこれは脅威以外の何物でもない。

……だが、その敵は現在二人と拮抗している。これだけの力を持ってしても、あの敵を押し切る段階には至っていない。…という事は、やはり……

 

「…魔王級、なのか…?」

「……魔王?…え、何その更なる上位存在的なやつは…」

「あぁ?……あ、知らないのか…」

 

俺としては独り言のつもりだったが…どうも御道には聞こえていたらしい。…そりゃ、隣にいるんだし聞こえたっておかしくはないが…。

 

「…魔王っつーのは、今御道が言った通りの存在だ。魔人以上の強さと脅威度を持ち、発見報告なんざ一生に一度聞くかどうかレベルの怪物…それが魔王だ」

「じゃあ…いるかもしれない複数の魔人の一体って、まさかこいつ…?」

「かもな。ぶっちゃけ魔王は滅茶苦茶強い魔人の通称みたいなもんで魔物と魔人みたいなはっきりとした区別がある訳じゃねぇし、その可能性は十分にある。……まぁ、それもこの戦いを無事乗り切ってからじゃねぇと確かめようがないけどな」

「…あの綾袮さんと時宮さんでも負けるかもしれないって言いたい訳…?」

「少なくとも、安心出来る状況じゃねぇな…」

 

あからさまに無理をしている様子はないとはいえ、二人共本気で戦っているのは確実。それに考えてみればこの二人は作戦領域からここへと文字通りぶっ飛んできた身なのだから疲労していない筈がなく、もしかしたら向こうで既に少なからず戦闘をしてきている可能性もあるのだから、それを踏まえて『今拮抗しているのだからまあ大丈夫だろう』…なんて思考をする様な楽観的頭脳を俺は持ち合わせちゃいない。本気の様子、連戦という形…という要素は魔人…ではなく魔王にも該当するからそういう意味じゃ対等かもしれないが…魔王に『対等の条件』じゃキツ過ぎる。

 

(…なら、どうする?勝てないかもしれないなら…どうする?)

 

逃げるという選択肢は……無い。魔王に目を付けられている以上逃げたって無駄だろうし、自分だけ助かろうとする様な下衆にはなれない。何よりここには友人やら恩人やらがいるんだから、逃げるなんざ無いというか論外の話だ。……で、そうなりゃまず思い浮かぶのは俺が援護に入る事だが…接近戦主体の俺が行っても御道以上の邪魔になってしまうのが関の山。だとしたら…やっぱ、これしかないよな…。

 

「…御道、どのタイミングで撃つかは俺が指示する。奴が二人の連携を突破してきたら確実に一瞬は俺が止める。だからお前は、射撃に集中しろ。ミスや反撃の事の備えは二の次でいい」

「え……?」

「お前二人の力になりたいんだろ?…俺だって勝率を上げる方法があるならそれに尽力するし、今の出来る最大最高の策がこれなんだ。……だから頼む、手伝ってくれ御道」

 

身体はおろか目線すら御道に向ける事はせず、巻き起こっている攻防へと意識を集中しながらの…要はものを頼む態度としては0点の言葉。…………だが、

 

「……分かった。千嵜…頼むよ」

「…おう」

 

俺の提案に対し、御道の返答はいつも通りのものだった。いつも通りの、御道らしい返答。……ったく、お人好しは戦場でも変わらないんだな…。

若きトップエース二人が戻った事で、更に苛烈さを増した双統殿前での戦闘。その結末がどうなるのかは……まだ、分からない。


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