「あぁ、元気にやってるよ。ってか先週帰ったじゃん、数日で体調悪くなる程俺身体弱くないよ…うん、うん分かってる。……はいよ、じゃあまたちょこちょこ帰るし、心配しなくて大丈夫だよ。じゃあね」
携帯を耳から離し、通話終了のボタンを押す。通話時間は…まぁ、そこそこいう感じ。
「今の、おかーさんから?」
「そう、いつも通り何か困ってたりしないかって電話」
携帯をしまったところで声をかけてきたのは勿論綾袮さん。誰から?…ではなくおかーさんから?…と訊いてきてる辺り、しれっと俺の電話内容を聞いていたらしい。…まぁ、勝手に聞かれるのは今回が初めてじゃないし、そこまで聞かれて恥ずかしい話をしている訳じゃないからいいけど…。
「やっぱそうなんだ。ちょいちょい電話してくれてるし、いいおかーさんじゃん」
「まぁ、ね。俺が実家に居た頃はもっと適当な感じの人だったし、最近心配性になった気がするけど…」
「一人息子が家を出たんだから、心配するのは当たり前じゃないかな?それに心配性ってなら顕人君のおかーさんっぽいし」
「……それは俺が心配性だって言ってる?」
「逆に訊くけど顕人君は自分が心配性じゃないと思ってる?」
「ですよね…うーむ、俺の心配性は母さん譲りなのか…?」
俺の両親はどっちも心配性じゃないと思ってたし、どちらかと言えば俺は父親似だと思っていたが…今日の事を考えると、俺の予想は外れてるのかもしれない。……まぁ、別にだからなんだって話だけど。
それはさておき…と俺はリビングのソファに腰を下ろす。かかってきた電話という『後回しにする』がかなり難しい案件が発生して、しかもその相手が俺の事を気にかけてくれてる母親という事で一旦電話を優先した訳だけど……元々俺は綾袮さんに話があると言われてリビングにきていた。で、母さんとの電話は終わったんだから本題に戻ろうとするのは当然の話。
「じゃ、綾袮さんどうぞ」
「うん。……で、なんの話だっけ?」
「えぇ……なんの話も何も、俺はまだ何にも聞いてないんだけど…」
「うーん…じゃ、最近あった爆笑&抱腹絶倒必至の出来事について話そっか。最初は顕人君ね!」
「ハードル高っ!そしてズルい!自分で提案したくせに先に相手に言わせようとするとか超ズルいね!…ってそうじゃなくて、それ今考えた奴でしょ。用事もないのに呼んだの?」
そんなハードルの高い話なんて出来ないから…じゃなくてふざけてる事が見え見えだったから乗らずに指摘する俺。…こう言ってからふと「ただ俺と話したかっただけとか?」…なんて思っちゃったりしたが、そんな恋する乙女みたいな感情を綾袮さんが俺に抱いている訳もなし。大方本題は覚えてるけどその前にちょっとふざけたかっただけなんだろうな。
「ごめんごめん、えーとね。結論から言うと魔人絡みの件だよ」
「あぁ…何か進展があったの?」
「あったよ。顕人君は魔人が複数いるのかも、って話は知ってるんだっけ?」
「知ってるよ、ちょっと前に千嵜から聞いたし」
ちゃんと話してくれるモードになった綾袮さんに俺も一安心。聞いた、というより千嵜と話してる中で偶々話題として出てきたというのが正確な表現だけど…ま、そこを気にする綾袮さんじゃないよね。
「なら話が早くて助かるよ。最近…というか昨日、妃乃と悠弥君が戦ったのとは別の魔人っぽい奴が確認されてね、魔人複数説がかなり有力なものになったんだ」
「へぇ…有力?まだ断定は出来てないの?」
「うん。発見されたのは恐らく魔人だろうって奴で、表現乃達みたいに交戦して確証を得た訳じゃないみたいだからね。…で、魔人が複数の場合は結構大きな作戦になるんだよ」
「まぁ、そりゃそうだね。それで?」
「もし作戦が実行されるとなった時…顕人君、協会から戦えって言われたら戦える?」
「……え、俺が?」
綾袮さんから言われたのは肯定か否定で答えられる、英語で言えば『Do you〜』や『Are you〜』系統の質問。けれど俺は肯定でも否定でもなければそもそも回答ではない、質問返しをしてしまった。…いや、だって…そんな突然魔人との戦いの話をされても…てか前似た様な話がした時は逃げろって言われたのに、戦えるかどうかなんて……
「…あ、戦うって言っても顕人君の場合は魔人じゃなくて取り巻きや邪魔してくる魔物とだよ?」
「な、なんだ魔物か…それは先に言ってくれないと困るよ……」
「てへ、言い忘れちゃった。…魔人が単体ならともかく複数ってなると魔人に従う魔物の数も中々多くなるだろうし、そうなると対魔人部隊の他に魔物担当の部隊が必要になるだろうからね。そういう部隊を編成する事になって、そこに顕人君が呼ばれた場合戦えそうか…って質問だよ」
「それを何故あんな端折って言っちゃうかなぁ…」
「てへっ☆」
片目を瞑ってぺろっと舌を出す綾袮さんは、どう見ても反省してなきゃこのミスを今後に活かす気もなさそうだけど…可愛いからいいや。…で、質問については…うーん……。
「…そういう命令が来たら、戦うかな。命令ならどんな内容でも従う…なんてつもりはさらさらないけど、それならどうしても嫌って言うだけの理由はないし」
「そっか…うん、まぁ顕人君ならそう言う気はしてたかな。それならほんとに呼ばれたとしても大丈夫そうだね」
「……という事は、綾袮さんは俺が拒否した場合の事を想定して話を振ってきたの?」
「えぐざくとりー!その通りだよ、顕人君」
「うわ、ネイティブ発音する気ゼロのエグザクトリーがきた…」
俺もそんなにネイティブっぽくはなっていないし、直後にセルフで和訳してくれたからお互い意味が伝わってるけど、活字媒体な以上はやっぱりちゃんと『exactly』って言うか、ルビでその通りって付けていっそパロネタにするとかした方がいいんじゃないだろうか。…一体俺は何を言ってるのかかなり謎なのは置いとくとして。
「……というかさ、俺がその露払いに呼ばれる可能性ってそんなにあるの?まだ俺は協会全体で見ればぺーぺーだよね?」
「あー…それはだね、えー…その…」
「…………」
「…わたし、形式上部下兼教え子の顕人君が目覚ましい成長をしてるからって調子に乗って、おかー様やおとー様、それに協会の中でも仲良い人達に顕人君の実績を喋りまくっちゃいまして…しかもちょっと誇張表現までしたものだから、もしかすると協会側は過剰な評価を顕人君にしちゃってるかもしれないのです…」
「……やってくれたね、綾袮さん…」
「ごめんなさい…」
自主的に正座(ソファの上でだけど)をする綾袮さん。多少の事は「てへっ☆」で済ませちゃう綾袮さんも、これは流石に反省してるみたいだった。……全くもう…。
「…こういう洒落にならない事は、その反省を今後は活かす様にしてよね」
「…許してくれるの?」
「許すっていうか、不可逆の事はもうしょうがないからね。皆に話した事は嘘でしたー、って訂正するのも今度は綾袮さんの信用を落とす事になっちゃうでしょ?」
「ま、まさかわたしのせいで身の丈に合わない事やらされるかもしれないのにわたしの事気遣ってくれるなんて……うぅ、顕人君の懐の深さはプライスレスだよ…」
「はは、人の良さを売りにしてる顕人さんですからね…」
「いやほんと顕人君の懐の深さは感動だよ、わたしの中で顕人君の株が爆上がりする位には…」
「そ、そう…」
なんか褒められてるっぽいし、株が爆上がりしてるならそりゃ嬉しいけど…最悪のパターンを想定するとそんなんじゃ割に合わないし、かといって綾袮さんを責めたいかって言われるとそういう訳ではないしでとにかく反応に困る心境の俺だった。…ほんと、今後はこういう事がない様にしてほしい。
「…それで、話はそれだけなの?」
「あ、うん。後は課題を写させてくれたらそれでお終いだよ」
「はいよ、ちょっと待ってな……って写させないよ!?何しれっと写させてもらおうとしてんの!?」
「ちぇっ…」
「あ、危ねぇ…あんまりにも違和感無く言うもんだから乗せられかけた…」
真面目でしっかりした話から一転。危機感も何もない、クラスメイトとの会話のお手本みたいな事柄だった。額に手を当て綾袮さんの狡猾さに辟易としている俺に対し、綾袮さんは軽く唸りながら俺を見つめてくる。
「うー…写させてよ〜顕人君」
「駄目です。解くの手伝ってならともかく写させる事はしません」
「学校じゃ写させてあげてるじゃん…」
「いやほら、学校はもうタイムリミットが近いから…」
「なら学校で言えばいいんだね!?わたし写させてもらうからね!?」
「なんで写させてもらう側がそんなに高圧的なの……はぁ、やっぱいいや…」
「え……が、学校でも駄目なの…?」
「逆、ノート持ってくるから好きに写しなさい…」
「ほんと!?やったぁ!」
俺が了承した瞬間にぱぁと笑みを浮かべて喜びを露わにした綾袮さん。この子ほんとに俺と同年齢なのかなぁ…と内心マジで思いつつノートを取ってきた俺は、子犬なら尻尾をぶんぶん振ってそうな状態の綾袮さんにノートを渡す。
そこから数分後。綾袮さんは真面目に真剣にノート写しをしていた。
「いやー、ほんと助かるよ顕人君。最近妃乃に頼り過ぎてキレられかけてたから、安心して頼れる相手を探してたところだったんだよね」
「あそう…俺は時宮さんの代わりですか……」
「ノンノン顕人君、そこはポジティヴシンキングしなきゃ。わたしにとっては姉妹同然の妃乃の代役なんて、それこそ顕人君位しか出来ない事なんだよ?」
「と言いつつ俺が断ったら学校で他の友達に頼むつもりだったんでしょ?」
「断られちゃったらそうするしかなかったね、うん」
「…ほんと自分でやる気はないのね、綾袮さんは…」
綾袮さんの反応は大方予想通りだったけど…この予想は裏切ってほしかった。予想通りという事はつまり綾袮さんらしい反応だったって訳だけど、色々としょうもな過ぎて最早注意する気にもなれない。…戦いの時は凛々しく頼もしいのに、ほんとオンオフが激しいよね…。
…なんて俺が呆れる中、綾袮さんはここにきて予想外の質問を口にする。
「……話変わるけどさ、顕人君って彼女いないの?」
「へ……?」
「彼女だよ彼女。付き合ってる人はいないのかって……あ…ご、ごめんね顕人君。わたしは別に同性愛を否定した訳じゃ…」
「いやいやいやいや!今の『へ…………?』は異性に興味ないのになんでそんな質問すんの?的な意味じゃなくて単にされるとは思ってもみなかった質問されたからってだけだよ!?早とちりだからねそれは!」
俺の反応から斜め上の解釈をしてしまった綾袮さんに慌ててていせを入れる。い、今のはどう考えたって心外だぞって返答じゃないでしょ…どんな解釈してんの綾袮さん…。
「あ、そうなんだ…びっくりしたぁ…」
「びっくりしたのはこっちだっての…で、彼女いないのかって?」
「そだよ、答えたくない?」
「いや、別に…いませんよ、彼女は」
脱線しかけた話を本線に戻した(本線って言える程の話でもないけど)後、ソファに座り直しながら少し雑に返す俺。別段彼女欲しい!誰かと付き合いたい!…と思ってる訳じゃないけど…嬉々として言える様な事でもないからね、彼女いないなんて。
「ふぅん…それはちょっと意外かな」
「…意外?俺がプレイボーイだと思ってたって事?」
「ううん。そうじゃなくて、顕人君なら彼女さんいてもおかしくないだろうなぁって思ってたの」
「へ、へぇ……そうなの…?」
今度は一体何を言い出すのか…と思いつつ追及した結果、返ってきたのはなんか俺を評価してるっぽい言葉だった。それに興味半分更なる評価への期待半分で更に訊く俺。
「自分じゃ分かってないと思うけど…顕人君って女の子から見ても容姿は悪くないと思うし、雰囲気も実際の言動も良い意味で優男って感じだし、話してて楽しいって思える…そんな感じなんだよ、顕人君は」
「ほ、ほぅ…(な、なにこれ嬉しい反面恥ずい!こうも真っ向から褒められると恥ずい!)」
「……けど彼女いないんだよね?って事はわたしの知らない部分で大きなマイナス要素作ってるのかもしれないね」
「……おおぅ…」
男として褒められるという、恥ずかしいながらも気分のいい展開に気を良くしていたというのに…最後の最後で突き落とされてしまった。持ち上げといて落っことされるという、ただ悪く言われるのよりもずっとダメージの大きい一撃を思いもよらぬ瞬間にぶち当てられてしまった。…綾袮さんは狙ってやった訳じゃないんだろうけど…顕人さん、超ショックです……。
「うーん……あ、何なら今度わたしがモテない理由調査してあげよっか?わたしはあんましないけど、うちのクラスにも恋バナが好きな子っているし」
「い、いやいいよ…っていうか何気なく彼女いないからモテないに変えるの止めて、それはかなり意味変わるからマジで止めて…」
「という事は、顕人君にもモテたい欲求はあるんだね?」
「何故そうなる…ただまぁ少なくともモテたくない、って思う男は滅多にいないだろうね。積極的にアプローチされるとか他の男から妬まれるとかになってくるとまた別だろうけど」
よっぽど捻くれてない限りは好意を向けられて嫌な気持ちになったりはしないし、好意を抱かれるだけなら何のデメリットもない(妬まれるなり何なりは好意自体から発生してる訳じゃないからね)んだから、色欲ゼロ!…なんて奴以外はきっとそう思ってるだろう。…と、俺は思う。あくまで個人の感想です。
「そっかそっかぁ…うん、総評すると顕人君には特筆する様な恋愛話や恋愛観念はないって事かな」
「事かな、じゃねぇよ。何訊くだけ訊いといて失礼な結論だしてんだ…」
「でも特筆する様な事ないってのは事実でしょ?」
「う…それはそうだけど…だ、だったらそんな結論出す綾袮さん自身は俺をどう思ってる訳よ?」
「え……?」
「…………あ…」
綾袮さんがふざけるのもその内容が失礼だったりするのもいつも通りで、ただちょっといつもより酷いなぁと思ったからつい言い返してしまった俺。それもいつも通りだったが為に適当なチョイスで言ってしまった俺。その結果……とんでもない爆弾発言になってしまった。
端的に言えば「お前個人はどう思ってんの?」という、疑問が話の中心になっている際にはよくある返しのパターンの一つ。だが、今回の場合はよくある返し、なんかで済む様な話じゃない。だって、今回においてその返しは……『俺の事、好き?』と訊いていると言っても過言じゃないのだから。
「な……なな、な……」
「な、な……?」
「……何言ってんの顕人君!?馬鹿じゃないの!?あ、顕人君が何考えるのか知らないけど、わたしは別になんとも思ってなんかないんだからね!?」
「え…あ……そ、そう…」
「あ…ち、違うよ!?なんとも思ってないって別に顕人君がどうでもいいとか君に何の感情も抱いてないとかそういう意味じゃないから!」
「…つ、つまり…?」
「つまり?…え、えーと…あ、アレだよ!そうアレ!」
「アレ…?……あ、あぁアレか!アレね!」
「そうそうアレ!アレったらアレだよ!」
「アレだったのかぁ、それならよかったぜ!」
「…………」
「…………」
『……なんだこれ…』
二人、揃ってがっくりと肩を落とす。時間にすれば一分にも満たない様な、短いやり取りだったけど……異様に疲れた…。
「…なんか、ごめん……」
「こ、こっちこそごめんね…」
ぐったり状態のままお互い謝る。……そして、気不味い雰囲気に。
「…………」
「……あ、あのさ顕人君…」
「な、何でしょう…?」
「その…嫌いじゃないからね?今細かい事言うとまた変な感じになっちゃうから言わないけど…でも、嫌いなんかじゃないからね?」
「…ありがと、綾袮さん」
「……うん」
そこから綾袮さんは黙って課題写しに集中し、俺も暫く黙り込む。それはまだ気不味さが残っているというのもあるけど……それ以上に、何というか今は変に言葉を発しない方が良さそうな気がした。第一変な事言ったせいでテンパった訳だしね。
(…嫌いじゃない、か)
所々俺と書き方を変えて、写してませんよ工作を行う綾袮さんを眺める。嫌いじゃない、という表現を使うのは出来る限り相手を傷付けずに事を済ませたい…要は上手い事誤魔化したい時か、素直に言うのは恥ずかしいけど相手を落ち込ませたり嫌われてると思ってほしくなかったりする時に妥協案として選ぶかの2パターンが多い(気がする)けれど、多分綾袮さんはそういう意図で言ったんじゃない。前者はともかく後者には期待したいって思わなくもないけど、そこまで俺は自信過剰でも自己評価が高くもない。ただ、そもそも綾袮さんは気不味くなったからって正直に答えなきゃいけない道理はないし、変な感じになる事を避けたいなら何も言わないでおくのがベストな筈。なのにわざわざ『嫌いじゃない』なんて口にしたのだから……きっとそういう事なのだろう。密かに恋してるとか、もっと親しい仲になりたいとかじゃなくて、普通に、そういう事なんだと思う。
「……自分でもよく分かってないんだよな、これが」
「……?何が?」
「何でもない。貸した結果持って行き忘れて明日未提出になるとか嫌だし早めに終わらせてよ?」
「それなら、顕人君が写しもやってくれると「やりません」だよね〜。後ちょっとで終わるから、悪いけどもう少しだけ待ってね」
「はいはい」
いつもふざけててちょっと子供っぽい、そんな綾袮さんの明るい表情を見て俺は思う。──綾袮さんの『嫌いじゃない』は嫌いじゃない、と。