双極の理創造   作:シモツキ

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第三十話 攻防、そしてその後に

夕暮れに染まる山の中腹。特筆する程高くもなく観光名所という訳でもないこの山は、普段静かで閑散としているのだが…この時ばかりはその限りではない。……突然現れた魔人との激突は、今も尚続いている。

 

「ちっ、距離感狂うなおい…!」

「無理に攻めるんじゃないわよ悠弥!」

「分ぁってるよ!」

 

短刀を逆手に持ち、木を足場に三角飛びからの斬り下ろしをかける俺。魔人はそれをバックステップで避け、手刀による突きの構えを見せたが、俺に合わせてタイミングをずらした突撃を時宮が仕掛けた事により、魔人は防御を余儀なくされる。

 

「真上がガラ空きですよ…っとッ!」

「そうはいきませんよ?」

「うおぉぉッ!?」

 

時宮と魔人の接触を確認した俺は跳躍。空中で回転をかけ、勢いを付けた状態で再び斬り下ろしを敢行したが……その瞬間、魔人は首を伸ばして頭突きを放ってきた。……ろくろ首かお前はッ!

 

「どうです?中々どうして便利な能力でしょう?」

「うわ頭が降ってきた!?き、気持ち悪い攻撃するんじゃないわよ!」

「能力を使えという旨の発言をしたのは貴女ではありませんか」

 

頭突きで俺を弾いた魔人は首を引き戻…すだけではなく、引き戻しと同時に前方へ振るって十分に勢いの乗ったヘッドバットを時宮に打ち込んだ。無論、多少奇をてらった程度の攻撃を受ける時宮じゃないが…なまじ見た目は普通の人間風な分、身体的ダメージはゼロでも精神の方にダメージは入った様子だった。

 

「ただ伸びるだけなら的が大きくなってありがたいんだが…この速度は厄介だな…」

「えぇ、しかも単なる遠隔攻撃と違って身体の一部だから、遠心力も乗るわ途中で起動変わるわで最早遠隔操作端末よ…後キモいし」

「瞬間瞬間で言えば超人気漫画の主人公みたいな見た目なんだけどな」

 

弾かれた俺は着地し、魔人から見て後ろに跳んだ時宮と合流。対する魔人は追撃の構えを取らず、様子見だと言いたげに目を細めて俺達を見ていた。どうも魔人は倒せるなら倒そう、ではなくあくまで威力偵察だという事を徹底するつもりらしい。

 

「…このまま戦って勝てると思うか?」

「多分、勝てるでしょうね。骨の一本位はもってかれるようもしれないけど」

「そりゃ困るな、包帯巻いて済む程度の怪我に留めねぇと緋奈に怪しまれる」

「怪しまれるだけならともかく、心配されたら心苦しいわね。さて、どうしたものかしら…」

 

一般人にとって骨折は大怪我で、霊装者にとっても決して『軽傷』なんて言えるレベルの怪我ではないが…命のやり取りをしている以上、命に別状のない怪我ならそこそこマシって評価になるのはある意味当然の話。とはいえ実際は骨折だって十分怖いんだが…その発言をする際、時宮は眉一つ動かしていなかった。この女、相当肝が座ってやがる…なんてな。

まぁそれはそうとして、大怪我しない為にもこれ以上無策で戦う訳にはいかない。初見の強敵相手に戦いながら策を練るというのも中々キツい話だが…緋奈に心配かけるのに比べりゃずっとマシだ…!

 

「…いや、待てよ……?」

「…何か浮かびそう?」

「あぁ。あいつ、威力偵察って言ったよな?威力偵察っつー事は、本格的な攻勢をかけるのは今とは別で、今ここで大きな怪我を負うのは不本意だって事だよな?だったら…」

「あぁ、そういう事。作戦なんて呼べるものじゃないけど…その考え、乗ったわ!」

 

俺が言い切る前に結論を理解した様子の時宮は、一瞬俺の方へと顔を向け、飛翔した。その時の時宮は……勝気な笑みを浮かべていた。

空へと舞い上がった時宮と地を蹴った俺は、地上と空から同時に仕掛けた。対する魔人は後ろへ跳び、両腕をそれぞれ俺達に放つ。

 

『甘いッ!』

「……っ…!」

 

射程の長いパイルバンカーが如く迫る、魔人の手刀。それはかなりの速度を持つ一撃だが…単発ならば避けられないレベルではない。だから俺はタイミングを図った後斜め前に跳ぶ事で避け、時宮に至っては回避と同時に膝蹴りを腕へと打ち込んだ。

身体を伸ばすという能力は、その性質上軌道修正や腕ならば相手の捕縛、頭ならば擬似的な知覚の拡張が可能などと地味な割に応用が利く。故に下手な遠隔攻撃より油断ならないが…そもそもの話として身体を伸ばしているのだから、厳密に言うと長距離攻撃ではあっても遠隔攻撃とは言えない。攻撃と身体が一体化しているという事はつまり……攻撃に対する迎撃がそのまま伸ばした本人へのダメージになるという訳である。そしてその弱点に、俺と時宮は早くも気付いていた。

 

「あんたの威力偵察…手伝ってあげようじゃないッ!」

「そうきましたか…!」

 

膝蹴りの衝撃で若干よろける魔人へ向け、猛烈な勢いで空中から突進をかける時宮。その一撃はそれまで以上に素早く、鋭い。

だが勿論、それは時宮がこれまで手を抜いていた訳ではない。それは単なる本気と全力の違い。長距離走でスタートと同時に全力疾走をする奴がいないのと同じで、本気であっても全力ではないという状態は得てしてありふれているのである。そして、今は本気ながら全力ではないという状態から本気且つ全力という状態に移行したという、ただそれだけの話。

 

「悠弥、上手く合わせなさいよ!」

「あいよ!」

 

時宮はランスチャージが如く高速で突っ込み、数撃で切り上げ離脱と再突進を繰り返す。時宮が離れた瞬間を魔人は狙うが、それは俺が許さない。突進に合わせて引き、離脱と同時に攻め込む事で魔人の邪魔をし続ける。まともに戦ったら今の俺は魔人に押し切られるだろうが…今魔人は時宮の突進対応にリソースの多くを割かれ、且つ俺は数瞬の時間稼ぎに専念する事によって魔人と渡り合っていた。

 

「あんたが負けるとすれば、それは私達相手に単独で威力偵察をしにきた考えの甘さのせいよッ!」

 

何度も何度も突撃と離脱を繰り返す時宮だが、スピードが落ちる様子は一切なく、それどころか突撃の度に加速している様な気すら起こさせる。そんな時宮に合わせるのは些か以上に難しいが…確かに俺が俺の中に残していた戦闘の勘が、時宮に合わせるだけの力を与えてくれた。

本人が言った通り魔人のその性格は生来らしく、どれだけ仕掛けても表情から余裕が消える事は無い。ただそれでも俺と時宮の波状攻撃は少しずつ魔人の防御を崩していき、攻撃のチャンスを与えない事で実質的に能力を封殺していた。そして……

 

「もらっ…たぁぁぁぁああああああッ!」

 

獲物を狙う燕の様な急降下。しかしそれは激突の直前ほんの僅かに逸れ…否、時宮が能力も膂力もフル稼働させる事で逸らし、魔人の防御を掻い潜って右の肩を斬り裂いた。

斬り裂かれた右肩から血飛沫を上げる魔人。時宮は即振り向いて更なる攻撃を与えようとしたが…魔人の跳躍の方がコンマ一秒早かった。

 

「ぐっ……まさか、直撃を受けてしまうとは…」

「返しの一撃で仕留めるつもりだったんだけどね…ダメージを一発目だけに留めるなんてやるじゃない」

 

肩を押さえて歯噛みする魔人と、穂先に付いた血を払う時宮。…さっきからずっと魔人に対して余裕の表情だの言動だの言ってきた俺達だが、時宮も時宮で殆ど表情に焦燥や恐怖が現れる事はなかった。…まだ余裕あるってのかよ時宮……。

 

「貴女程の実力者に言って頂けるのは嬉しい限りですよ…本当に大したものです。霊装者が皆貴女の様な力を有しているのなら、我々魔物や魔人はたまったものではありません」

「だろうな…俺みたいな中の下位の奴からすりゃ、テメェ並の魔人だらけっつーのも恐ろしいけどよ」

「ご謙遜を。確かに貴方の霊装者としての能力はそこそこかもしれませんが…判断力、引きの良さ、経験に裏打ちされたであろう動き、それ等全てが戦士としては相当なものですよ」

「よく見てやがるな…テメェほんとは表面上だけじゃなくて内心でも余裕だったんじゃねぇのか…?」

 

戦いにおいてどれだけ多くのものをどれだけ細かく見る事が出来るかは、元々の才能も関係するが…それ以上に場数を踏んでいるか否か、余裕を持って戦えているかどうかが結果に作用する。で、奴はと言えば……ほんと油断ならねぇ魔人だな…。

 

「さて、何はともあれこの傷では戦闘能力も大きく落ちてしまう事ですし、この辺りでワタシはお暇するとしましょうか」

「あら、私達がそれを許すとでも思ってるの?」

「まさか、ですので全力で逃げさせて頂きますよ。ここでやられては威力偵察が完全に無駄となってしまいますし、何よりワタシも命を落とすのは惜しいですからね」

「なら最初っから現れるんじゃ…ないわよッ!」

 

自身の言葉を言い切る前に跳躍し、逃げる前に魔人を横薙ぎにしてやろうとした時宮。その速さは相変わらずで、しかも狙ったのは怪我のせいで防御が難しいであろう右側(時宮から見ると左側)。そんな端から見ても当たった、と思える程に一手先を取っていた時宮だったが……時宮の振るった大槍は、虚しく空を斬るだけだった。

 

「え……?」

 

それは、信じられない…という思いの乗った言葉。しかしそれは恐らく、攻撃が外れた事に対してではない。恐らく時宮は…もし俺が時宮の立場なら、驚くのは避けられた事ではなく……魔人が、いつの間にか何十mも離れた場所にいた事だろう。

 

「嘘…瞬間移動した……!?」

「出来ればこれは温存しておきたかったのですがね…本当にワタシだけで来たのは失策です」

「……っ!悠弥!魔人は今何したの!?貴方には何が見えた!?」

「な、何って…多分時宮と変わらねぇよ!俺にだって瞬間移動した様にしか見えなかった!」

「そんな馬鹿な…奴は能力を複数持ってるっていうの…!?」

「さぁ、それはどうでしょうね。…ではまた、お二人と相見える時を楽しみにしていますよ」

「ちっ……また瞬間移動しやがった…!」

 

今度は俺達が動くより早く瞬間移動…らしき能力を使い消えた魔人。一気に目視不能な距離まで逃げたのか、それとも林や岩陰に隠れたのかは分からないが……消えてしまったのではもう追撃のしようがない。少なくとも、然程優秀ではない俺の探知能力ではどうにもならない状態だった。

 

「……駄目ね、これは完全に逃げられたわ…折角一撃浴びせたのに…!」

 

取り敢えずこの場を乗り切れればいいやと思っていた俺と違い、時宮は可能であれば仕留める気だったのか、悔しそうな表情を浮かべる。…こっちが逃げたならともかく、形としては返り討ちにした様なもんなのに…。

 

「…探すのか?」

「いや、これじゃ探したって無駄になるだけよ…はぁ……」

「ま、いいじゃねぇか。たった二人で追い返せたなら上々だし、目立った怪我もせずに済んだろ?……俺はちょっと背中が不安だが…」

「あ……そうよ、悠弥は木にぶち当たったじゃない。背中大丈夫なの?」

 

狙っていた訳じゃないが…俺の背中の件は、時宮の消化不良だった気持ちを鎮めるのに成功した。

 

「んまぁ、大丈夫だろ。少し痛むし良くて痣、悪くて打撲位にはなってるかもしれないが…その程度なら言い訳出来るしな。ベターなところは階段踏み外したとか背中にボールが当たったとかだが…俺の場合は時宮に蹴られたとかでも信憑性あったりするんじゃね?」

「あのねぇ…私が大丈夫か訊いたのは緋奈ちゃんにバレないかどうかじゃなくて、貴方の身体そのものについてよ」

「え…そ、そうなんすか?」

「なんでちょっと敬語混じったのよ…ほら後ろ向きなさい後ろ」

 

時宮に心配されるなんて思ってもみなかった…とかではなく、単に緋奈に対してどう誤魔化すかを考えていたから思い至らなかった俺は、時宮にそう言われてつい意外だって反応を露わにしてしまった。するとそれが理由かどうかは分からないものの、俺は時宮に後ろを向く様指示される。…で、言われた通り回れ右したら……何故か背中を触られた。

 

「……時宮さん?」

「何よ」

「それはこっちの台詞…なんか氣でも送ろうとんの?」

「な訳ないでしょ、私何師よ…触診よ触診。…ふむ、取り敢えず出血はなさそうだけど…ここは痛い?」

「あ、あー…そんな痛くないかな」

「じゃあちょっとは痛いの?分かり辛いから痛いか痛くないか言って頂戴」

「痛くないっす」

「ならここは?」

「そこは…痛いな。けど『ちょっ、痛い痛い痛い!』みたいなレベルじゃなくて、『あー、痛いな』位だ」

「だったらまぁ、急いで病院行く必要はなさそうね。けど今のは所詮素人目の判断だから、腫れてきたり数日経っても痛みが引かなかったらちゃんと病院行かなきゃ駄目よ?」

「お、おう……」

 

ぺたぺたと触られる事数十秒。触診により多分大丈夫だと分かったが……ちょっと、いやかなり何とも言えない気持ちになった。いや、だって普段俺への態度がキツい時宮だぜ?さっきまで高潔な女性武人みたいな雰囲気纏ってたんだぜ?しかも一応服越しとはいえ、俺は背中をぺたぺた触られたんだからな?……まぁそりゃ、時宮は結構優しい奴だっての分かってたし、魔人と遭遇する直前の会話でも再確認出来てた訳だが…。

 

「……調子狂うなぁ、ほんと…」

「調子狂う?何?まさかこの歳して病院行くの怖いとか?」

「あーそれだそれ。うむ、やはり時宮は俺を軽く舐めてやがる感じの方がしっくりくるわ」

「は、はぁ……?」

「そして調子に乗った結果俺にやり込められて、悔しそうに俯きながらも自らの中に生まれた嗜虐心に悶える姿が似合ってるよな」

「はぁ!?似合ってるよな、じゃないわよ!何やその事実無根の妄想は!私がいつそんな即堕ち系ヒロインみたいな姿晒したってのよ!?馬鹿じゃないの!?」

「即堕ち系って…よく知ってたなそんなワード…」

「う、うっさい!なんなのよ急に!」

「さ、もうここに用は無いし帰るぞー」

「聞きなさいよ!?あーもう!これなら背中心配しなきゃよかったわよ!」

 

結局何とも言えない気持ちを上手く整理出来なかった俺は、時宮の軽口に乗っていつも通りの失礼なボケをかますのだった。我ながらいい性格してんなぁとは思うが、それが俺なんだから仕方ないよな。それに何とも言えない気持ちになったのは時宮側にも責任あるし。

ぽてぽてと先に歩いているとその内時宮も追い付いてきて(追い付いたところで時宮の方見たら睨まれた)、俺達二人は揃って下山。その途中戦闘になれば文字通りのお荷物にしかならない為置いといた買い物袋を拾い、大分別件で遅くなってしまった下校を再開するのだった。

 

「……ん?なんか違和感が……あぁっ!?」

「な、何!?魔物が出たの!?それともどこか別の場所怪我してたとか!?」

「よく見たら豚肉のハムが無い!くそう、獣か何かにパクられた!」

「そんな事!?いやそれは損失だけど…そんな事!?」

 

 

 

 

それから数十分後、無事帰宅した俺達はまず緋奈への言い訳からスタートした。

 

「えへへ、お野菜が安かったからスーパーで長い事時間使っちゃった」

「お兄ちゃん、キモい」

「悠弥、キモい」

「じょ、冗談に対してマジトーンのキモいは止めて…ほんと研ぎたての包丁並みに鋭いから止めて…こほん。まぁちょっと帰りがけに新しく出来たらしい店発見してな。そこで結構時間潰しちまったんだよ、すまん」

「ふーん…遅くなるなら電話かメールしてよね。妃乃さんも」

「そうね、ごめんなさい緋奈ちゃん」

 

年上二人が年下(しかも俺にとっては妹)に注意されるというそこそこメンタルにくる展開だが…まぁしょうがない。上手く誤魔化す為には余計な事は言わないのが吉で、何より俺からすればこれ位日常茶飯事なのだから。……因みに、新しく出来た店というのは真実(若者はまあまず行かない様な骨董品屋だが)なのでここからバレるという事はまずない。というか、その店を見つけたからこそ誤魔化しに採用したのである。

 

「分かってくれればいいんです。お兄ちゃんは結構言ってもしょうがないんですけど、ね」

「え…俺緋奈の言う事聞いてあげない事あったっけ?」

「あるから言ってるんだけど?」

「うっ……それはあれだ、何者かの陰謀だ…」

「だとしたらそれはかなりどうでもいい陰謀だね…」

「悠弥、折角こうして気にかけてくれる妹がいるんだから言う事は聞いてあげなさいよね。じゃ、私はご飯の下準備に取り掛かるから」

 

緋奈に同調した時宮にまで注意され、俺はなんだかいたたまれない気分に。…むぅ、二人きりの状態から女が一人増えたせいで、どうも家の中じゃ立場が悪いな…だからって頼れる大黒柱になれる自信は無いが。

下校後のルーチンをこなした後にリビングに行き、ソファにどっかりと座ってテレビを点ける俺。面白い番組やってねぇなぁと思いながらチャンネルを回していると……

 

「…お兄ちゃんってさ、最近ちょっと出掛ける頻度高くなったよね?」

 

ソファの後ろから、緋奈に声をかけられた。俺がそれに反応して振り返ると、緋奈はソファの背に肘をかけ、前屈みの姿勢で頬杖をついていた。

 

「…そうか?」

「そうだよ。しかも夜に数時間出掛けてる事も時々あるし」

「あー…それはほら、時宮がここに住む事になったおかげで、夜出掛け易くなったからだよ。緋奈一人にしておくのと時宮も家に居るのとじゃ結構違うからな」

「ふぅん…でもさ、数時間出掛ける時って割と時宮さんと一緒の事多いよね?…それは、どういう事なの?」

「それは、だな…」

 

勤めて普段通りの顔で受け答えをしていた俺だが…追求と受けた事と墓穴を掘ってしまった事で表情には出さなかったものの動揺し、目を逸らしてしまった。…そんな事をすれば、緋奈が抱いた疑惑を濃くさせてしまうと分かっているのに。

 

「…お兄ちゃん、何か隠してない?隠してるんじゃないの?」

「……そう思うか…?」

「そうなんじゃないのかな…とは思ってる。例えば…時宮さんと怪しいお店に行ってるとか、ね」

「なっ……違うわ馬鹿。なんで俺が時宮とそういう店に行かにゃならんのだ…」

「でもほら、時宮さん可愛いし綺麗だし」

「だとしてもそういう事にはなってねぇよ。てか、そんな店に連れて行こうとしたら絶対ボコられる…」

「そっかそっか。じゃあまず一つ安心かな」

 

内心焦りつつあった俺への更なる言葉。しかしそれは的外れもいいところだった。…そりゃ、時宮に魅力を感じないと言ったら嘘になるが…そういう関係でもなけりゃ、そんな店に行った事もないんだからな。

とはいえ、安心はまだ出来ない。今の言葉は緋奈にとって小手調べの様で、まだその表情から疑いの色は晴れていない。…ちょっとこれは、誤魔化すのも大変かもな…。

 

「…ね、話してよお兄ちゃん」

「だから、話す程の事もないんだよ。冴えない男の俺がなんか特筆するべき様な事を夜な夜なしてると思うか?」

「お兄ちゃんは言う程冴えない男じゃないからしてると思う」

「へ……あ、えと…お兄ちゃん、緋奈にそう言ってもらえて嬉しいです…」

「じゃあ話してよ、ね?」

「…お兄ちゃん、緋奈が結構したたかになって複雑です…」

 

相手が喜ぶ様な事を言って、それに乗ってきた相手に上手い事話させようとする話術を仕掛けてきた事に、俺は本当に複雑な気持ちだった。…今日は複雑になったり何とも言えなくなったり忙しいな…。

 

「……どうしても話せない?」

「…………」

「…もう、しょうがないな…じゃあさ、確認だけど…時宮さん、というか誰かと妙な関係になってるとかではないんだね?」

「それは、断言出来る」

「なら今はそれで納得するよ。…うん、お兄ちゃんが普段通りいつものお兄ちゃんでいるなら、それでいいから。わたしは」

「……緋奈?」

「あ、お兄ちゃんわたし録画した番組みたいんだけどいい?駄目なら別のテレビ使うけど」

「あ、あぁ構わないぞ。どうせ見たい番組がある訳じゃないしな」

 

俺がそう言うや否や、緋奈はいつもの可愛い妹になって話も終わった。ほんの一瞬、最後に緋奈は毎日一緒にいる俺でもまず見ない様な瞳を…瞳の奥に暗い陰りのある様な目をしていたが、それも見間違いかと思う程すぐに消えて、俺は一先ず安堵したが…同時に誤魔化し続ける事の大変さも痛感した。何としても隠し通したいなら、もっと入念に、徹底的に誤魔化していかなきゃ駄目だって事か…。半分位は自業自得だが、少し前に比べて色々考えなきゃいけない事が増えたもんだな……。


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