双極の理創造   作:シモツキ

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エピローグ その先へ歩み続ける

 共に戦い、妃乃や綾袮達と辛うじて魔王を撃退した後のパーティー…その中で、バルコニーで会話を交わしたあの日を思い出すような、御道との屋上での会話。御道の割と無茶苦茶で、けど確かな意思…絶対に貫くんだという信念を感じる言葉を聞いて、俺の中でも道が…まだぼんやりとしたままだが、それでも俺の中で、俺の歩みたい道が見えてきて……だから、俺は確信した。俺がした事、俺が選んできた事は、間違いなんかじゃなかったと。ベストな正解には及ばずとも、堂々と前を向ける選択で…納得がいかない部分は、ここから取り返していけば良いんだと。

 今の俺は、ちょっとばかし肩書きがあるだけの、一介の霊装者に過ぎない。妃乃の力を借りる事が出来たって、それはあくまで妃乃の力。実力も、権力もまだまだ、俺という存在が持つ影響力もどの程度なのか具体的には分かってないってのが今の俺で…だがそれは、そんな事はどうだっていい。今はそうだというだけで、ならば伸ばしていけば、力を付けていけば良いだけなんだから。俺がそうしたいと思う限り、どんなに緩慢だとしても、歩み続ける事は出来るのだから。

 そして今日…恐らくこれから、転機を迎える。どんな転機になるか、誰にとっての転機になるかは…これから、決まる事だ。

 

「ふぅ…んじゃ、そろそろ行くとするか」

「あ、待ってお兄ちゃん。ちょっと襟がおかしくなってる」

「もう少し前髪整えておいた方が良いんじゃない?整えたところで焼け石に水でしょうけど、何もしないよりはマシでしょ」

 

 立ち上がり、部屋を出ようとしたところで、緋奈と依未に止められる。緋奈は優しく、依未は辛辣に、俺の身嗜みの乱れを指摘してくれる。

 

「っと、ありがとな緋奈。やっぱ緋奈は、俺にとって唯一無二の存在だよ」

「ふふっ、わたしもだよお兄ちゃん」

「依未も…まぁ、言ってくれた事には感謝する。って訳でお返しに言うが、依未はもう少し顔が見える髪型にした方が、可愛く見えるかもしれないぞ」

「んな……っ!?べ、別にそんなの求めてないし!求めてないしっ!」

 

 素直で優しい緋奈には感謝と愛情を、捻くれてるが優しい依未にはからかい混じりの感謝を返し、身嗜みを整えて今度こそ廊下へ。扉を閉める直前、軽く二人へ手を振ると、緋奈は微笑みながら、依未はちょっと悔しそうにしながらも手を振り返してくれて…何だかそれだけでも、気力が湧いたように思う。

 

(気力が必要になる事なんて、ないのが一番ではあるが……)

 

 心の中でそう呟きながら、廊下を進む。今俺がいるのは双統殿の中で…向かうのは、ある結論を下す為の場所。

 あれから、屋上で御道と話してから、暫くが経った。協会にとって落ち着かない、油断出来ない時間はあれからもまだ続いていて…それに終止符を打つのが、今日。今日の最終判断…最終判決で以って、一連の騒動は終わる。

 

「うん?おぉ、悠耶じゃねぇか」

「へ?あ、どうも…」

 

 俺も出席を求められた判決、その為の大部屋に入ろうとしたところで、俺は上嶋さんと遭遇。…あの時も富士山…ってか支部の方へ呼ばれてたし、この人実は協会から結構信頼されてるのか…まぁ、それを変だとは思わないが。

 

「お前も大変だな。まだ若いのに、こんな面倒な場にまで呼ばれちまって」

「いや、まぁ…それを言ったら、妃乃なんて毎日大変な訳ですし…」

「ま、そりゃそうだな。…さて、今日決まるのは顕人達の処分…だけで終わるのかねぇ…」

 

 適当な事を言ってるようにも、何かを知っている上で言っているようにも思える言葉を最後に、上嶋さんは離れていく。それを横目で見送りつつ、俺も部屋内を進んでいき…指定の席へと腰を下ろす。

 そう。これから決まるのは、御道を筆頭とする離反者の処分。それで協会は一先ずの決着を付けようとしていて……ただまぁ、どうするかはもう殆ど決まっているんだろう。あくまで形式的にやるだけであって…何もなければ、きっと淡々と進む。

 

(……妃乃)

 

 ゆっくり見回し、妃乃を見つける俺。数秒したところで妃乃も俺に気付いて、俺達は小さく頷き合う。

 この場において、俺に役目はない。多くの人と同様、出席する事、判決の瞬間を見届ける事が求められているのであって、そういう意味じゃぼーっとしていても問題ない。

 だが…俺は当事者として、ここにいる。その意思が俺にはあり……自分の道は、自分で決める覚悟もある。故に、俺は全身全霊を以って望む。これから先を左右する事にもなり得る…決着の瞬間へ。

 

 

 

 

 今日に至るまで、色々な聴取があった。何度も同じ話をする事になったり、長時間同じ場に拘束されたりもしたけど、むしろ俺は助かった。一日ですぐに終わらせるのではなく、時間をかけ、更にその間監視付きとはいえある程度は自由に行動出来たおかげで、改めて俺は多くの人と話す事が出来た。話が、出来た。これは俺にとっての幸運…僥倖と言っても過言じゃない。

 話が出来たし、じっくりと自分を振り返る事も出来たし、今現在の協会内の空気も分かった。そして、そういう事全部を引っくるめた上で…今俺は、ここにいる。

 

「……霊源協会に与えた被害、それに伴う多くの霊装者の重軽傷、動乱による他国の霊装者組織との緊張、そして熾天の聖宝の消失。離反した者達がもたらしたものは到底許容出来るものではなく、特にその扇動者となった御道顕人の罪は重い」

 

 淡々と読み上げられるのは、俺の行動の結果。行動によって生まれた、負の要素。読み上げるのは刀一郎さんであり…隣の時宮宗元さんを始め、協会上層部の多くの人が俺の前や左右にいる。見知った人もいて、静寂の中で刀一郎さんの言葉が続く。

 

「だが一方で、離反の直後、離反宣言の際に行ったのは我々の作戦の援護であり、彼等の行動がなかった場合、あの戦闘でより多くの被害が出ていた事は間違いない。御道顕人個人においては昨年の一体の魔王撃退に貢献したばかりか、複数度の魔人との戦闘や撃破に携わり、一度は魔王撃破にも至っている。他の者達も、離反までは霊源協会の一員として尽力していた事は間違いなく……またそもそもの問題として、彼等の離反には、他の霊装者組織の介入や、霊源協会の隠蔽体質や情報統制が一因となっている事も否めない」

 

 次に語られたのは、正の部分と、原因の追求。有り体に言えば、擁護意見であり…誰も口を挟まない。負の面、正の面、原因の面…全てをの部分を、この場にいる全ての人が肯定している。…勿論、表面的にはであって、全員が全てを『真実』だと思っている訳じゃないのだとしても。

 

「これ等は全て、過不足なく考慮されるべきであり、判決はこれ等を総合的に判断し下されるものとする。ここまでの事に、意見や異論のある者はいるだろうか」

 

 そう言って、刀一郎さんは周囲を見回す。意見の機会を作り、けどそこでは誰も何も言わず…完全に、ここまでの言葉が肯定される。そうして見回しを終えた刀一郎さんの目が、俺を向く。

 

「であれば、これより判決を下す。…その前に何か、言いたい事は?」

 

 首肯。小さく、少しだけ、刀一郎さんの問いに答え…俺は前へ。

 

「…では、まずは謝罪を。此度の私の、私達の行いにより、多くの方を傷付ける事になってしまいました。家族を、友を、街を守らんとする方々に、魔物や魔人…人に仇なす存在ではなく、同じ人との争いで傷を負うに至らせてしまった事…また人同士の争いという、殆どの方が望まないであろう戦いを招いてしまった事を、心よりお詫び申し上げます」

 

 一度言い切ってから振り向き、頭を下げる。ゆっくりと時間を取り、それから頭を上げる。

 俺に向けられていた視線は三つ。一つは、謝る位なら初めからするなという怒りの視線。一つは、どこまでが本心なのか…という淡々とした視線。そして、もう一つは…理解の視線。多くの人を傷付けた結果は否定すれども、動機や背景までは否定しないという、そんな視線。

…悪くない、上々じゃないか。向けられた視線に対し、俺はそう感じた。そう感じられたから…続ける。

 

「私自身、このような事が再び起こる事態は避けたいと思っています。あの戦いに関わった者、皆がそう感じているのではないかと思います。そして、その為に必要な事であるのなら、私はどのような罰でも受けましょう」

 

 戦いの中で、俺は満たされていた。夢見た世界で、全力を尽くせていると感じていた。けどそれは、俺が求めていたのは、俺の中にある理想であって、人同士が争う事でも、傷付け合う事でもない。だから本当に、こんな事はもうあってほしくない。それだけは誰もが思っていると、そう信じている。

 嗚呼、でも…ここまでは前置きだ。助走だ。準備段階だ。真に言うべき事、俺が掲げる事はここからなのだと、大きく一つ深呼吸し……始める。俺の、決着の為の…最後の戦いを。

 

「──ですが、もしもこれで私を罰し、離反した私達を断罪し、形だけの改善を謳うと言うのなら……私は断言する。いつの日かまた、同じような事は起きると。組織としても世界としても一定の成熟を迎えた今の時代だからこそ、能動的な変革を協会自ら進めなければ、再び革命を起こさんとする者が現れると。そして…もしその者が、その者達が、私を望むとならば…今一度私は戦おう。そしてその時こそ……私は、世界を変える」

 

──その瞬間、空気が凍り付いた。真空状態にでもなったかのように、ぴたりと全ての音が消え……俺が部屋の奥、二人の長が座る場所に近付こうとした事で、控えていた数人が、武装していた霊装者が俺を取り押さえようと動いた。動き……そして、巻き起こる乱入。

 

『な……ッ!?』

「…それ以上、顕人に近付かないで」

「全く…もうこれで、貴方以外頼れるものがなくなってしましました。まぁ、別に構いませんが…責任は取って下さいね?」

 

 俺が取り押さえられる寸前に、割って入った二人の霊装者。ラフィーネとフォリン、二人の存在に皆が目を見開き…そこから更に驚く。二人が纏っているのは、最低限の装備ではなくフル装備…それも、協会の物とは違う装備である事に。

 静かにラフィーネは牽制し、フォリンは肩を竦めて俺を見やる。それを受けた俺は「勿論」と軽く…けど本気で頷き、改めてもう一歩前へ。

 

「何人か、殆ど動かずに体勢だけは整えている人がいるっすね。…ここからは、一切隙を見せず、主導権を握り続ける事が必須っすよ」

「…うん。慧瑠もありがとう」

 

 いえいえ、自分と先輩は一連托生ですからねー…と軽い調子で答えながらも、目だけは鋭く周囲を警戒し続ける、し続けてくれる慧瑠。

 皆、こんな馬鹿げた事に協力してくれている。ならばこそ、俺は貫かなきゃいけない。力になってくれる皆の気持ちを、背負わなきゃいけない。…けど、それは重くない。俺にとってはその重みが、心地良い。

 

「あいつ、虎視眈々とこのタイミングを狙っていたのか…!」

「結果への謝罪はする、けど行動した事を間違いだったとは思ってない、って事…?…確かに、否定し切れる事じゃない、けど……」

「ちっ…どんな理由があってもこれは明らかな造反だ!警護部隊を……」

「待って、今下手に刺激する方が危険じゃないかしら。……どうやら、積極的に仕掛ける気はなさそうだもの」

「…どういう事…?この空気…何か、おかしい……」

 

 蜂の巣をつついたような状況となっている大部屋内。パニックになって逃げようとしたり、衝動的な行動に出たりする人がほぼいないのは、出席している人達が皆それなりの立場や経験を持っているからだろうけど…それだけじゃ、ない。これが狙いだったのかと憤る人もいれば、どこか迷いを感じさせる言葉を漏らす人もいて、この状況を収めようとする人もいれば、それを制止する人もいて……一貫していない。俺は思想的な意味で再び反乱の兆しを見せ、ラフィーネとフォリンが『俺を守る形で』威嚇をしてすらいるのに、俺に対する見方が複数ここに存在している。

 

「…大それた事をするね、君は」

(…園咲さん……)

 

 四方八方からの声が聞こえる中、不意に聞こえたのは覚えのある声。ちらりとそちらを見れば、そこにいたのは園咲さんであり…彼女の存在に、ここで初めて気付く俺。園咲さんは、俺の視線に気付いたようだけど、それ以上何かを言う事はなく…ただじっと、こちらを見ている。口を出すのではなく、最後まで見させてもらう…そう、俺へと伝えるように。

 

「…全員、落ち着きなさい。ここは、騒ぐ為の場じゃないわ」

「顕人君…それは君が、今も尚協会に敵対し、武力による変化を望んでいるという事かな?それとも何か、違う意図があっての発言かな?」

 

 そうして俺が次の行動、次の言葉を発するタイミングを見計らう中、決して大きくはない…されどよく通る、重みのある声が一言で騒ぎを鎮静化させた。それは紗希さんの声であり…続く形で、隣に座る深介さんが俺に問いを投げかける。

 心を、真意を見定めるような、二人の視線。俺の狙いを察して乗ってくれたのか、それとも何か考えがあり、その為の誘いなのか…何れにせよ、ここだと思った俺は、その問いに答える形で次なる言葉をはっきりと紡ぐ。

 

「勿論、武力による変化を望んでいる…訳ではありません。武力は手段…それも最終手段ですから。しかし、私はそれを辞さない。力は悪ではなく、誰が、どのように行使するかなのだから。そして…私は私の行いを、正しいと信じている。故に、私は正義を成すのみです」

 

 全く、我ながら本当に高慢な発言だと思う。でも、本気だ。無茶苦茶な事を言ってる自覚はあるが、嘘や出任せでは一切ない。これが俺の、本心だから。本気の本心、そのものだから。

 でも…これは賭けだ。今の言葉は、ここまでの言葉とは毛色が違う。俺のスタンスを、在り方をはっきりと示す事で、ここにいる人達の…俺に対する周りのスタンスも明確になる一方、俺に一定の理解を示してくれていた人が、離れてしまう危険性もある。

 

(さあ、どう動く。誰が、どうする…)

 

 堂々と言いはしたものの、緊張する。数秒後には、こんな賭けをしなきゃよかったと後悔する展開が待っているかもしれないんだから、余裕でいられる訳がない。

 次に動くのは誰か。その人は、俺を是とするか非とするか。どんな意思を持って動くのか。緊張で口が乾きそうになるのを感じながら、俺は次なる動きを待ち……一つの声が、発せられた。

 

「──随分と、自信があるみたいだな。その、御道顕人が掲げる正義ってもんに」

「……っ…!」

 

 一触即発の空気の中、何の躊躇いもなく前に…俺の正面に現れる一人の霊装者。その、どこか深みを感じさせる声の主は……千嵜。彼の存在に俺は息を呑み、何とか緊張を飲み込み見やる。

 千嵜もいる事は、出席している事は謝罪後に視線を受ける中で気付いていた。けどまさか、ここで動くなんて思ってもおらず…当然俺以外の視線も、千嵜の下へ。

 

「…あるさ、勿論だ。己が掲げる正しさ一つ信じられないものに、世界を変えられなどするものか」

「なら、その正しさはどう証明する。誰が証明する。確かに、自分の正しさも信じられない人間が、世界を変えるなんざ無理だろうが…自分だけが信じる正しさに、一体どれ程の価値があるって話だ」

(…千嵜……)

 

 普段なら絶対こんな場に出てこようとしないというのに、千嵜の言葉からは落ち着きが感じられる。俺の様に内心緊張してるのかもだが、それを感じさせない立ち振る舞いを見せている。

 そんな千嵜の姿に、俺は落ち着き以外ももう一つ…あるものを感じた。それはただの思い違いかもしれないが…信じるだけの価値はある。

 

「証明、か…ならばそれこそ、今ここで『過ち』とされている反逆行為こそが証明だ。あれは、個人ではなく、曲がりなりにも『組織』としての行動となった。直接の行動に出た者以外にも、賛同や共感を抱く者が確かにいた。誰にも通用しない、自分が信じるのみの正しさであれ程の事が起こるものか」

「どうだろうな。確かに、御道顕人へ、離反へ協力する人間は何人もいた。協会全体からすれば一部でも、一部の者の行い…なんて言葉じゃ恐らく片付けられない程度にはな。だがそれは、お前の言う正しさの証明とは言い切れない。協力する方が都合良いというだけで、違う本心を抱いていた者がいてもおかしくない筈だ。違うか?」

 

 返答へ、千嵜は鋭く切り返してくる。いてもおかしくない、はいなくてもおかしくないだが…それは言葉遊びであって、そんな返しをしたところで俺の説得力には繋がらない。

 ここでの無言は望ましくない…けど、半端に返せば答えに窮している事を晒すだけ。穴のある反論をしてしまえば、無言以上に印象が悪くなる。そう思い一度俺が黙ると、千嵜は続ける。ただそれは、次に出てきたのは、追い討ちをかけると言うより、返答のタイミングを与えず、話を変えているような…そんな風に思わせる言葉。

 

「それに何より、根本的な部分が御道の主張には抜け落ちている。自ら変革しないなら、と言っていたが…だったら御道は、お前はそれをただ見ているだけか?自分は傍観しておきながら、いざ変わらなければ正義の名の下革命を…っていうのは、あまりにも勝手が過ぎるんじゃないのか?」

 

 筋の通った、千嵜の主張。相手に何か求めながら自分は何もせず、結果求めたものが得られないと相手を糾弾し力に訴えるというのは、身勝手が過ぎる。そして…この主張で、俺は確信した。千嵜の考えている事を、千嵜の真意を。

 ならば俺も踏み込むだけ。最高のお膳立てを受け止め…俺は、言い放つ。

 

「あぁ、そうだ、その通りだ。あの時と今とは違う。知らず、分からず、それ故に見過ごしてきたこれまでとは違い、私は…そして皆が、今は真実を認識している。これまでの在り方を理解しようとも、手放しで是とする事など出来ないと、多くの者が思っている。であれば、する事など決まっている。自分の力の届く限り、一歩一歩、目の前の事柄に向き合い積み重ねていくのみだ。正義を為す事に、世界をより良くしようとする事に…資格など、要らないのだから」

 

 そこまで言って、言い切って、これを俺は返答とした。この言葉を答えとして、聞いている人全員に示した。

 答えとしては、何とも抽象的。けどこれで良い。俺が示したいのは具体的なプランでも、明確なビジョンでもなく、俺のスタンスと、可能性なのだから。具体的に言った事が出来そうじゃなく、何となく出来そう、何かを変えられそう…俺が求めているのはそういうイメージであり、そういうイメージの為には、抽象的な表現の方が適している。

…既に、中心は俺と千嵜になっている。協会の負の面を正さんとする俺と、俺を見定める千嵜という構図が出来上がっている。そういう雰囲気に、流れになったのであり、したのであり……ここからの後一歩も、決まる。

 

「──無茶苦茶だね。言いたい事を言ってるだけ。でも…いいんじゃないかな。危険性のある劇薬だとしても、劇薬だって下手に処理しようとしたり、触れないようにしておくよりは、いっそ使ってただ危険なだけの劇薬なのか、確かな効果もあるものなのか見定めた方が、霊源協会の…未来の為になるかもしれないよ?」

「…綾袮……」

「それに…立場が変われば考えも変わる。そうじゃない?」

 

 歩き、俺達の前に現れるのは綾袮。小さく笑い…でも瞳は宮空の人間である事を思わせる、静かに落ち着いた色を見せて、語る。俺を肯定する旨の言葉を。

 ぴくり、と眉を動かした紗希さんに対しては、振り向きながら言葉を返す。今は不穏分子であっても、敢えて体制に取り込む事で、考え方を…不穏な部分を変えられるかもしれない、と。その言葉によって、綾袮はただ俺を支持する訳じゃないのだと、わざと全員に聞こえるような声量にする事で示す。

 

「どう?この件に関しては、各国の組織からも注目されている。霊装者発祥の地として、強国としての立場を誇示する霊源協会にとって取るべき選択は…それに見合ったものだと、わたしは思うよ」

「…だったら、そういう事であるならこそ、厳しい判断が必要かもしれないわね。既に霊源協会は付け入る隙を晒している以上、判断は威厳を保てるものじゃなきゃいけない。…今の協会に変革が必要だとしても…道を誤れば、その先にあるのは変化じゃなくて衰退よ」

 

 どう?…その問い掛けに呼応し、妃乃さんも立つ。俺を…より正確に言えば、一連の騒動の中核である存在の価値を肯定する綾袮の言葉に対し、釘を刺す。それと共に千嵜の近くへ移り…俺の近くに立つ綾袮と対照的な姿勢を見せる。

 

「それに…判断を下すのはあくまで私達。離反し、これまでの在り方を糾弾し、力での革命を求めた末に敗れた者へ、協会はどうするのか。それ自体に、大きな意味が生まれるのは間違いないわ。だからこそ…この判断に生半可なものは相応しくない。そうでしょう?」

「…ああ、そうだな。これは我々にとっての一大事の終結であると同時に、始まりともなる。その一歩目が、行先を定める」

「…御義父様、刀一郎様。それを踏まえた判断を、どうかお願いします」

 

 妃乃さんが視線を向けたのは、部屋の正面。その一角に座る二人…妃乃さんのご両親である恭士さんと由美乃さんは、数秒妃乃さんを見つめた後にそれぞれ言葉を口にする。

…完全に、流れは確立された。俺一人が言っていたなら戯言と一蹴されていたような事も、綾袮や妃乃さんが、宮空と時宮両家の人間が次々と関わった事で、本来ならば脱線扱いだったような流れが本線に変わった。

 最高だ。これは俺が想定した、求めた流れを超える、天が味方をしたとでも言うべき程の状況で……

 

「ふ、ふふ…ふふふふ……判決を下す場を劇場にしたか。一体どこまで画策していたのかは知らないが…大したものじゃねぇか」

 

 激しくはない、ただ愉快だと言うように零れる笑い声。それと共に、その笑い声の主、宗元さんは口角を上げ…対して俺は、ひやりとする。隠し切れるとは思っていなかったものの…劇場にしたと、俺の目論見を見抜いたような発言をされた事で、心に再び緊張が走る。

 あぁ、そうだ。その通りだ。結局のところ、決めるのはトップの二人。どんなに流れを作ろうと、変えようと……それは変わらない。

 

「…随分と面白そうだな」

「いや何、若者はいつの時代も非常識を貫き通し、凝り固まった現状を変えるものだなと思っただけだ。…俺達が若造だった頃と、同じようにな」

「……ふん」

「…で、どうする気だ?この場は自分に任せてほしい、それが自分の責務だって言ったのはそっちだろ?」

 

 全体には聞かせるつもりのないらしい、俺の位置からじゃギリギリ聞こえるかどうか位の会話。刀一郎さんと宗元さんは、そんな声量で言葉を交わし…視線が、俺を見据える。まずは刀一郎さんの、続いて宗元さんの、鋭い視線が。

 

「…それがお前の意思が、御道顕人」

「……えぇ、嘘偽りない私の意思です」

「自身なら霊源協会を、霊装者の世界を変えられると…自らが正しいのであると、故に行いもまた正しかったのであると、そう言い切れるか。敗北し、道が潰えた今も尚、それは揺らがないと言うか」

「言い切れるからこそ、本気でそう思っているからこそ、私はこの場で宣言しました。それに…私は潰えたなどとは思っていません。私の道は、まだ続いている。私の意思は、まだ貫かれている。故に…今一度言います。霊源協会が変わらないと言うのなら、戦いは繰り返される。更に多くの痛みや悲しみを協会は抱く事になる。そして、変われないのであれば、私が変える。私の信念で以って、私と志を同じくする人々の決意で以って…何より正義の名の下で、私が正す」

 

 緊張する。身体に変な力が入って、平常心がどこかに行ってしまいそうになる。それを何とか繋ぎ止め、気力を集めて向けられた視線と対峙し…堂々と、はっきりと、言ってのける。言葉を返す。俺は俺の信ずる、俺の道を行くと。協会を、霊装者の世界を正し、変えていくと。

 

「…そうか。そこまでの信念が、覚悟が、揺るがぬ意思があるのなら、それを踏まえた判決を下すとしよう。ただ……」

 

 小さく息を吐くように、刀一郎さんはそうかと言った。その声はどこか納得したような…ここまでよく言ったものだと評価するような響きがあって、一瞬俺は上手くいったかと、押し切ったのかと思った。

 けどその直後、刀一郎さんは立ち上がる。立ち上がり、俺の前まで来て、ぽんぽんと軽く肩を叩く。そして、訳が分からず俺が反応に遅れる中、刀一郎さんは少しだけ顔を近付け……

 

 

 

 

 

 

「──変革の、革命の果てにあるのは討つ事だ。その覚悟があるのなら、必要だと思うのなら、この首を狙ってみるがいい。だが……そう簡単に、獲れると思うなよ?」

『……──ッ!!』

 

 ただ、言葉を言っただけ。言葉を投げかけられただけ。だと言うのに…その言葉を聞いた瞬間、そこに現れる刀一郎さんの『本気』に直面した瞬間……崩れ落ちて、しまいそうだった。喉元に刃を突き付けられる…なんてものじゃない、全身へ紙一重で止められた状況の刃を向けられているような、恐怖以外の何物でもない感情が俺の心身を支配していた。

 思い出すのは、あの時の…俺がラフィーネとフォリンを守る為、真実を捻じ曲げた時の事。あの時も同じような事があって…けれど今は、それ以上。側から見れば、軽く声をかけられただけなんだろうけど…俺からすれば、物理的な攻撃を受けた方がマシと思う程の威圧感でしかなかった。

 しかもそれは、俺だけじゃない。俺の前にいたラフィーネとフォリンは肩を震わせ、隣の綾袮も表情から血の気が引いている。…あぁ、そうだ。俺は、俺達は、思い知らされた。俺や皆と刀一郎さんの間にある、圧倒的な差を。俺達じゃ、刀一郎さんに…勝てないんだって事を。

 

「…はっ、相変わらず容赦ねぇな。けどまぁ…覚えとけ。お前の…いや、お前達がしてるのは…そういう事なんだよ」

『……っ…!』

 

 言うべき事は言った、というように刀一郎さんが戻っていく中、今度は宗元さんが座ったままの姿勢で話す。さっきの刀一郎さんと違い、決して威圧感はなく…されど、言葉と目付きだけで、この人の本気もあれと同等なんだと俺達へ思わせながら。

 そしてそれは、千嵜や妃乃さんにも向けられていた。俺に味方した訳ではない二人も含めて言い…二人も、息を呑んでいた。

 

「双方、矛を収めよ。ここは断じて、武力で物事を決める場ではない」

 

 置かれていた手が離れると同時に、宗元さんが言葉を発する。その声で、一瞬躊躇った後護衛の霊装者達が武器を下ろし…ラフィーネとフォリンもそれに応じる。

 

「…さて。では改めて、判決を下すとしよう。随分荒れてしまったが…他に何か、意見のある者は?」

 

 元いた場所へ戻った刀一郎さんからの呼び掛け。やはりそれに手や声を上げる者はいない。俺も、もうない。ないし…まだ、さっきまでの調査を取り戻せる気がしない。

 

「お前達も、それで良いか?」

「こっちは問題ないんだとよ」

 

 振り向いた刀一郎さんは、身内含む協会の中核陣にも問い掛ける。こっち…時宮家を中心とする側の確認は済んでいると、宗元さんが言葉を返す。その後に刀一郎さんは視線で確認していき…目線を、前へ。

 

「…ならば、これより判決を下す。この判決は最終決定であり、私宮空刀一郎と、時宮宗元の合意の上のものである。……一連の騒動に纏わる関係者及び、その中心人物である御道顕人、彼等の行為を──」

 

 厳かな声と、静かな空気。既にやれる事は尽くした。天が、色んな人が味方をしてくれた。ならば後は、最後まで真っ直ぐに向かい合うのみ。そして、俺が自らの足で、堂々と立って向かい合う中……判決が、下される。

 

 

 

 

 

 

 

 

──どこまでも広がるような空と大地。そこにあるのは、見渡す限りの自然。人の痕跡、人類の文明らしきものがまるで見受けられない…自然そのままの環境。

 しかし、ただの自然ではない。巨大な木々に、一見未知の様にも思える動物。そんな存在達が、さも当然の様に地上の一風景となっている中へ…一組の男女が、降り立つ。

 

「…圧巻、だね。あぁ…予想以上だ」

 

 彼方まで見渡せるような高地、その崖へと降り立った彼は、広がる風景に感嘆の声を漏らす。

 現代に生きる者からすれば、驚いて当然の風景。しかし、その隣に立つ彼女は…違った。

 

「ああ、嗚呼…漸く、漸くここまで行き着いた。漸く…()()()()()()()()()()()()

 

 表現の上では、同じ感嘆。しかし彼の声が驚きによるものに対し…彼女の声音に籠るのは、歓喜の感情。普段は感情を殆ど感じさせない彼女が深く笑みを浮かべ、頬には興奮の色すら灯し…身を震わせる。胸中で思いを溢れさせる。

 

「しかしまあ、思い返してみても信じ難いよ。まさか熾天の聖宝が…どんな願いも叶えられるなんていう、如何にもな規格外の存在が……まさか君の為の、君達『本来の霊装者』が残したものだったとはね」

「えぇ。聖宝は本来、やり直す為のもの。潰えた未来を取り戻す為のもの。その為の力を持ってすれば、流用すれば、大概の事は出来るというだけです」

「ああ、そのようだね。しかし…それだけの存在を創り出せる技術があるなら、仮に聖宝に力が溜まるまで待たなければならないにしろ、出現場所を固定する事も出来たんじゃないのかい?」

「完成させるより早く、終わりの時を迎えてしまったが故の事です。そしてその結果、紛い物が増えていった。紛い物風情が幅を効かせるせいで、こうも時間がかかってしまうとは……」

「…僕も、その紛い物の一人なんだけど、ね」

「ふっ…貴方は紛い物中の紛い物でしょう?でなければ、貴方の力など借りていませんよ?」

 

 にやり、とからかうように笑う彼女を見て、彼は多少ながら目を見開く。彼女が笑みを浮かべながら、こんな調子で冗談を言う事など、滅多にないどころかこれまでに数度あったかどうか。しかし、だからこそその笑みは、言葉は、彼女の喜びを証明しているのであり……彼もまた、笑みを浮かべる。彼女の行く末への興味と、彼女自身への期待の笑みを。

 

「さて…僕は君との約束を果たした。君をここまで導いた。だから…ゼリア。ここからは、見せてもらうよ?君の道を…君の言う、真の世界を」

「では、最後までついてきてもらいましょうか。ここは終着点ではなく、出発点です。紛い物風情の貴方が、ここまでついてきたのですから…途中で降りる事は、許しませんよ?ウェイン」

 

 悪意など微塵もない、ある種純粋でもありながら、同時にどこか異様さを感じさせる笑み。その笑みと共に彼は彼女の頬に触れ……飾らない微笑みと共に、彼女は翼を広げる。青でも、赤でもない……白の翼を。

 浮かんだ表情が表すのは大望か、それとも執念か。それを問う者などいない、()()()()()で、再生が始まる。

 

(ここからだ…本当に面白くなるのは、見たかった世界が見られるのは、この道の果てだ。……顕人クン、いつかまた会おうじゃないか。それぞれが思い描いた夢の果て…それを語り合えるのを、楽しみにしているよ)

 

 これより行われるのは、滅びを拒絶し、その先の誕生を否定し、異なる未来を望む道。霊装者であって霊装者でない、最後の始祖による始祖の再興。それが望みし未来に繋がるのか、未来を生きる者達に影響を及ぼす事になるのかどうか、及ぼすとしたらそれはどんな在り方なのか──それはまだ、誰にも分からない。

 

 

 

 

 双統殿から外部へ出る為の地下通路。複数ある内の一つ、中核である両家のみが知る緊急用通路から、四人の姿が現れた。

 

「ふー、まさかこんな形でここを通る事になるなんてね」

「まあ、ある意味緊急的な使い方でしょ。…こういう形で通るとは、ってのには同意だけど……」

 

 初めに出入り口用の建物から外に出たのは、妃乃とあやね。二人に続く形で出てきた残りの二人は…悠耶と顕人。

 

「……ありがとう、皆」

「…なんだよ、藪から棒に」

 

 四人が緊急用通路から出てきたのは、妃乃と綾袮、それぞれの両親からの指示。結果はどうあれ、顕人…それに彼等は大きな火種となりかねない状態であり、それを避ける為に迅速な退避をとこの通路を使うよう言ったのだ。ロサイアーズ姉妹も別の通路から退避しているのであり…完全出たところで、顕人が口にしたのは感謝の言葉。

 一瞬の間を置き、なんだと悠耶が返す。内心では分かっていたが…その上で、彼は訊き返した。

 

「元々俺なりに根回し…なんて程じゃないにしろ、色々手を打っていたとはいえ、ここまでの結果を得られたのは、皆のおかげだ。皆がそれぞれに乗ってくれて、流れを、話の中核となる部分が変わるようにしてくれたからこそ、俺は望む以上の結果を掴めた。だから…皆には、感謝しかないよ」

「ふふん、ばっちり感謝してよね!…って、言いたいところだけど…要らないよ、感謝は。今日わたしがした事は…わたしが望んだ事だから」

「望んだ事、ね…そういう意味じゃ、私も時宮…ううん、私自身が必要だと思った事をしたまでよ。協会が今なら買われるのは、事実だもの」

「俺は……」

 

 強い思いの…想いの籠った瞳を綾袮は浮かべ、妃乃は振り返って双統殿を見やる。そして悠耶も何か言いかけるが、一度言葉が止まり…怪訝な表情で三人が見る事数秒。ゆっくりと思考を纏め直したように、改めて悠耶は言う。

 

「…俺はこれまでも、今も、これからも…俺の関わってきたものを、何一つ手放すものかって決めたんだ。世の中は願った通りにも、都合良くいくもんじゃねぇ。それでも、やらねぇ言い訳や諦める理由にはしないって…あくまで俺の理想を貫き続ける。…ただ、それだけだ」

「そっか……なら俺も、示すさ。皆の選択、皆の行動…それが正しいものだったと、俺の全てを以って証明する。俺は理想の先へ、届いてみせる」

 

 それは、あの時の…悠耶と顕人が屋上で交わした言葉の、続きとでも言うべきものだった。悠耶が口にしていなかった、彼の望みであり…それを聞いた顕人は、今一度答えた。自身の望みを、自身が目指す理想への道を。

 

「…顕人って、ほんとキャラ変わったわね……」

「こう、眠れる部分が目覚めた感はあるよね。…けど、それを言うなら今の悠耶君だって同じじゃない?」

 

 相容れている訳ではない。だが、互いを理解し合ったようなやり取りを交わす二人を、妃乃と綾袮は肩を竦めながら眺めていた。妃乃は顕人を、綾袮は悠耶をそれぞれ変わったと評し…しかし妃乃も綾袮も、共に住む相手に対して内心では思っていた。一見変わったようだけど、変わった部分もあるけど…根っこの部分は変わっていないと。自分のよく知る、日々を共に過ごす彼と、変わらないままだと。

 取り敢えず双統殿を出たとはいえ、街中では落ち着かない。それにそもそもここに留まる理由もないのだからと、一度会話が途切れたところで四人は帰ろうとまた歩き始め…しかしそこで悠耶と顕人、それぞれの携帯がほぼ同時に鳴った。

 

「ん?茅章から…?」

 

 画面を見やり、着信の相手が茅章だと知った悠耶は、人気のない場所に移りつつ、さて何だろうかと思いながら電話に出る。繋がり、悠耶の方から先に声を発すると、緊張の滲む声が携帯越しに返ってくる。

 

「ゆ、悠耶君。なんかさっきから、双統殿の中に変なざわつきが広がってるんだけど…もう、話は終わったんだよね…?…どう、なったの……?」

「どう、か…。まあ、結論から言えば……顕人が勝利をもぎ取った、ってところだな」

 

 ったく、ほんとに御道は一々周りに心配をかけてやがる…と、若干自分の事を棚に上げつつ、悠耶は茅章の問いへ答える。ほんの少しだが口角を上げ…半ば冗談めかして言う。

 この件は多数の要素が複雑に絡んでおり、単純な加害被害の関係が成立しない。加えて現在教会は戦力が低下しており、その穴を埋める事は急務である。そして何より、離反者への処罰は次なる潜在的離反者の呼び水になりかねず、逆に離反者の存在が彼等を利用し教会を害そうとする存在を炙り出す餌にもなり得る事から、十分に警戒及び観察の上で、御道顕人及び離反した者全員への直接的な処罰は保留とし、今後の動向次第とする。──これが、最終的な判決だった。条件付きとはいえ、実質的な不問という結論を、顕人は協会から掴み取っていた。されど、これが全会一致の結論である筈もなく…そういう意味でも、彼等は早々に退散をする必要があったのだった。

 

「そ、そっか…!…良かったぁ…なんか、やっと落ち着ける気がするよ……」

「茅章にそんな気苦労をさせるなんざ、ほんとに御道はしょうもないやつだな…。…まあ、そういう事だから……」

「うん、また今度食事にでも行こうよ。電話でも良いけど、顕人君には直接言いたい事がまだ色々あるし」

 

 さらりと、しかしほんのり意気込むように言う茅章の口振りに、悠耶は軽く驚いた。驚いてから、茅章も変わったものだよなと思い…そうだな、と言葉を返した。

 そうして悠耶が見やる先、同じく通話をする顕人の表情は…彼よりも、かなり固い。

 

「全く、本当によくここまで引っ掻き回したものだ。保留という形にはしたが…暫くは、周辺に気を付けるべきであろうな」

「で、ですよね…分かってます……」

 

 何故電話を…とばかりの表情を見せる顕人は低姿勢。しかし通話の相手は先程駆け引きを行った宮空刀一郎その人なのだから、低姿勢になるのも無理からぬ話。

 初めからそのつもりで望んだ先程はともかく、完全に気が緩んでいたところで、彼と真っ向からぶつかれる精神力は顕人にない。されどそれを刀一郎は見抜いている様子で…小さく、笑う。

 

「ところで顕人よ、あの姉妹といい綾袮といい、あれだけ部の悪い賭けだというのに、ああも迷いなくお前の側に立つ者がいるとはな。…愚直で誠実な人間だと思っていたが、思想面でも、色事の面でも、どうやら私の見立ては間違っていたようだ」

「なっ…!?あ、いやっ…それは、その……」

「ふっ、別に責めている訳ではない。綾袮とて、もうただの子供ではないのだからな。…だが、そのまま進むのであれば、決して自分を曲げない事だ。自分自身すら安定していない者が、何人も繋ぎ止めておく事など出来るものか」

「……へ…?…それ、って……」

「なに、気にするな。ただ私にも、若い頃があったというだけの話だ」

 

 突然変わった話の流れに動揺し、答え方次第では別の意味で宮空家がまるっと敵になるという窮地(?)に顕人は大慌て。しかし幸いにも、彼が思ったような流れになる事はなく…それどころか思ってもみない発言に、顕人は茫然。その顕人へ、含みのある答えを返し…それから用は済んだとばかりに、刀一郎からの通話は終わった。

 ある意味、顕人へ対する肯定の言葉。だが当の本人からすれば、全く付いていけない話となってしまったのは、火を見るよりも明らかだった。

 

「顕人君、今のっておじー様からだよね?結構慌ててたけど…大丈夫…?」

「あ、う、うん!大丈夫大丈夫!ある意味心強いし!頼るのは絶対違うけど、心強いような気がしないでもないしっ!」

「えぇ…?声裏返ってるし、発言の内容も何か変だよ…?…ま、いいや。これぞ顕人君って感じだしね♪」

「そ、そっか…いやこんなテンパった姿で『これぞ』と思われても嬉しくないんだけど…!?…って、あ、綾袮……!?」

 

 大ごとの後という事もあり、心配そうにしていた綾袮だったが、どうやら危険な何かではないと分かった事で、表情が緩む。そして綾袮は顕人に近付き…そのままにひひと笑いながら、彼の腕へ迷いなく抱き着く。

 

「ちょっ、綾袮!?貴女何をして……」

「ふふん、色々あったからねー。っていうか…この際だから訊くけど、そっちはどうなの?妃乃だって、悠耶君となんだかんだでかなり仲良くなってるでしょ?」

「うぇっ!?な、なんでここで私に振るのよ!?」

「いや、そりゃ妃乃と話してるんだから、振るとしたら妃乃でしょ…で、どうなのどうなの?実際のところどうなのかは分からないけど、世の中何があるか分からないよ?…ほんと、いつ信じられないような事が起こるか分からないんだから……」

「あ、う、うん…確かにそれはそうね……」

 

 素っ頓狂な声を上げた妃乃に、綾袮は半眼を見せた…のも束の間、流れるように綾袮の表情は暗くなっていく。言うまでもなく自爆なのだが、その居た堪れない表情に思わず妃乃は同情的に。

 

「…こほん。そういう訳で、何か想いがあるなら伝えておいた方がいいよー?ほらほら、勢いでGO!」

「うわっ、ちょっと!?や、止めなさいって…きゃっ……!」

「……!…っとと……」

 

 ぱっと顕人から離れた綾袮は、にやにやとしながら妃乃を押す。それに対抗する妃乃だったか、強めに押し返した拍子に自身も姿勢を崩してしまい…そこで咄嗟に妃乃の肩を支えたのは悠耶。当然二人は密着寸前の距離となり…かぁっと妃乃の顔は赤く染まる。

 

「ぅ…あ、えと…その……」

「あー…別に、綾袮の話に乗る必要はないと思うぞ?どうせ冗談半分なんだ、『思いならあるわ、これからも宜しく

〜』位で適当に流しちまったって……」

「…ま、待って……」

「うん…?」

「…綾袮のおふざけに乗せられるのは、不服だけど…適当に流すのも、嫌…なのよ…。他の話ならいいけど、これだけは…適当に、流すのは……」

 

 しどろもどろな妃乃に頬を掻きつつ、適当に流してしまえば…と言った悠耶だったが、それは嫌なのだと妃乃が返す。

 そんな風に言われてしまえば、悠耶も平然とはしていられない。慌てこそしないものの、彼も言葉に詰まってしまう。

 

「わ、私は…私も……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめ、妃乃は見つめる。悠耶もまた、表情に緊張を滲ませながら黙り込み、どんどんと雰囲気が作られていく。そして呆気に取られていた顕人や、まさか本当にこうなるとは…と実は驚いていた綾袮が見守る中、妃乃は震える唇を開き……

 

「……って、なんでこんな所で言わなきゃいけないのよッ!?」

「いやそれを俺に言うなよ!?止めたからな!?俺一回止めたからな!?」

 

……やはり妃乃は、妃乃だった。開かれた口より発せられたのは、ある意味最も彼女らしい…そんな風な言葉だった。

 叩き付けられるような言葉に、悠耶は抗議ばりの突っ込みを返し…しかしその後、笑う。妃乃らしいじゃないかと笑い…不満そうだった妃乃もまた、悠耶の笑みを見て頬を膨らませつつも怒りを収める。

 

「まぁ確かに、なんでこんな所で感はあるよね…普通に俺達も見てる訳だし」

「あはは、それもそうだね。…後が怖いし、早めに謝っておこうかな…」

「そうするといいよ。それと……俺はちゃんと、覚えてるから。ちゃんと受け止めたつもりだし…それで終わらせるつもりもないから」

「ふぇっ…!?…ゃ、あっ…い、今そういう事言わなくても良いんだけどな〜っ!」

 

 さて、それを見ていた二人はといえば、二人揃って苦笑い。しかしただ苦笑していただけではなく…ふっと真面目な顔をした顕人は、綾袮に言う。離反の後に、綾袮やラフィーネ、フォリンと過ごした日の事を忘れていないと。あれをただの過去にするつもりはないのだと。真剣そのものなその言葉に、完全に不意を突かれるような形となった綾袮は、先程の妃乃の様にみるみる顔が赤くなり、それから誤魔化すように言葉を返した。…因みにこの際、綾袮の中では今になって抱き着いた事への恥ずかしさが浮かんできたのだが…それはまた、別の話。

 

「うぅ…は、早く帰ろっ!早く帰ってゆっくりしようよ、うん!出来れば物語としても後一話早く終わってたら、同じ作者さんの新作とタイミングがあって良い感じになってただろうけど、まあともかく早く帰ろう!」

「最後の最後で何を言ってる訳!?…綾袮が変な話に持っていかなくちゃ、電話が終わった時点で普通に帰ってたわよ、もう…」

「はは…でもま、今度こそ帰ろうか。俺達の、家に」

「そうだな。さっさと帰るとしようぜ、妃乃」

 

 羞恥心を振り払うように綾袮が先頭を歩き、呆れながらも妃乃が続く。再び苦笑いをした後、柔らかい表情で顕人が綾袮へと声を掛け、悠耶もいつもの調子で、そうする事が今の自分達の『普通』であるように妃乃へ向けて呼び掛ける。二人の青年の言葉に、二人の少女は振り向いて、こくりと頷いて…四人は、二組は、帰っていく。彼等の住まう家に、彼等の日常に。

 

 

 

 

 

 

 

 

──二人の理想は、まるで違うものだった。何もかも違う二人故に、目指す先も違っていた。されど偶然二人の道は交わり、繋がりが生まれ、それぞれに…或いは共通してより多くの繋がりを紡いでいき、数多くの経験も経て、二人はそれぞれの道を進んでいった。

 果てしなく続く、理想への道。その道の中では、苦難も、挫折もあるだろう。進む事を断念したくなるような何かも、あるかもしれない。しかし二人は知っている。貫く思いの力強さを、誰かと手を取り合い、共に進む事の心強さを。だから、止まらない。だから、進み続け、理想への歩みを創り続ける。千嵜悠耶、御道顕人…数多の人が生きる、一人一人の道を歩むこの世界で、明日もまた、これからもまた、二人の物語は……二人の、双極の理創造は────続いていく。




 最終話でも書きましたが、ここまで、最後までこの作品にお付き合い頂けた事を、本当に嬉しく思います。私が描きたかった、その為の作品を読んで下さった方、読み続けて下さった方がいる…それだけでも、本当に誇らしいものです。
 この通り、物語としては一先ず終了ですが、最後にあとがきを丸々一話として投稿するつもりです。ただただ私が語るだけの話となりますが、もし宜しければ、あとがきも読んでみて下さい。

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