双極の理創造   作:シモツキ

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第二百四十二話(最終話) 二つの理想

 俺は戦った。夢見た世界で、理想の為に、憧れた世界で在り続ける為に、全身全霊で、思いを燃やして、戦い抜いた。

 後悔はない。何もない。俺がもっと強く、賢く、より多くの力があれば、もっと上手く立ち回れたのかもしれないけど…俺は最後まで、最後の瞬間まで、俺の思いの向くままに戦い、進み続ける事が出来たのだから。

 そして、進み続けた先にあったのは…俺が掴もうとした世界じゃない。俺が作ろうとした、作り変えようとした、非日常の果てじゃない。分かってる、もう理解している。俺はそこに、辿り着いていないって。…でも、だけど…だったら俺は、幸せじゃないんだろうか。夢破れてしまったのだろうか。辿り着けなかった俺に残ったものは、俺は────。

 

 

 

 

 目が覚めると、初めに見えたのは白い天井。何となく見覚えのある天井で…それが昨年お世話になった施設の天井だと気付いた次の瞬間には、俺は全てを理解していた。

 

「……あぁ、そっか…俺は、負けたんだな…」

 

 上半身を起こすと共に、ぽつり、と呟く言葉。口にする事で、よりはっきりと認識する。自分の敗北を、俺は目指した場所に辿り着けなかったんだという事を。

 負けたのは、残念だと思う。けど同時に、俺の中には穏やかな気持ちもあって…直後、俺の身体に衝撃が走る。

 

「…顕人、君…?顕人君ッ!」

「顕人……っ!」

「え?ぐぇぇっ!」

 

 挟撃でもされたのか、と思わせる斜め左右からの(ほぼ)同時衝撃。それを諸に喰らった俺はひっくり返り…でも、文句は言わなかった。

 

「良かった…目が覚めて良かったよぉぉ……!」

「顕人、遅い…目を覚ますのが、遅過ぎる……!」

「顕人さん、貴方は…本当に本当に、心配をかけ過ぎです……!」

「綾袮、ラフィーネ…それにフォリンも…って、ちょおぉッ!?ぐふぅぅッ!」

 

 俺に抱き着いたまま、みるみる瞳に浮かんだ涙を流す綾袮とラフィーネ、二人の表情。そんなものを見たら、文句なんて言える訳がない。そして、ラフィーネの隣にいたフォリンは、位置の関係で動けずその場に留まった…と思いきや、俺がいるベットに乗り、真正面から飛び付いてくる。…文句は言わないけど、二連続は流石にちょっとキツい。

 そして、少しだけ視線を上げれば、そこには慧瑠の姿もあって…ほっとしたような表情をする慧瑠を見て、俺は実感した。辿り着けないまま終わって…でも、過去に戻ってきたんだって。

 

「…あの、皆…心配かけたのは俺だし、それについての反応には何も言わないけど…す、少し楽な姿勢をさせてくれませんかね…?」

「…ぁ…そ、そうだよ皆…!顕人君の傷はまだ塞がってないんだから、安静にさせてあげないと…!」

(そんな相手に軽めのタックルをかましたの…!?)

 

 すぐに気付いて退いてくれる…のはいいものの、今の自分の状態を聞いて俺は戦慄。こ、怖っ…下手すりゃこれで傷が開いて大惨事になってたんじゃないの…!?

 

「……でも、俺は…どうして、ここに…?」

「それは……うん。…今から、ゆっくり話すよ。まずは顕人君にも、今の状況を分かっていてもらいたいし」

 

 気を取り直し、思考も切り替えて尋ねる俺。すると綾袮は、少しだけ考えるような間の後、頷いて答えてくれる。教えてくれる。俺があの時…最後に千㟢に負けてから、一体何があったのかを。

 

「……負け、か…そりゃ、そうだよな…」

 

 説明の中で、俺は知る。負けたのは俺一人じゃなく、個人としての俺の道だけでなく、離反側全体としてもそうなのだと。そしてその決め手になったのが、俺の敗北…倒れた俺の存在が、全体に知れ渡った事だったんだと。

 これは、仕方のない事でもある。俺が先頭に立ち、旗として…大義を示す者として立ち回っていた以上、俺が負ければ一気に瓦解するのは当然。無理に組織としての形を作っていた、強引にでも組織としての機能させる為の手段としてそういう手を使っていたなら、そのリスクは必ず付いて回るものなんだから。

 よく言えば俺が中核になっていた、悪く言えばちゃんとした組織作りをしていなかった結果の、敗北。けど、理由はもう一つあって……

 

「…皆、戻ってたよ。無くなってた筈の…本来の、霊装者としての力が」

 

 あの時確かに戻った、本来の力。それは俺だけじゃなく、皆だったようで…これは詐欺で例えるなら、争ってる途中に何故か奪われたお金が手元に戻ってきていたようなもの。だからって騙された事を即許す事は出来ずとも、大元の部分が元に戻ったのであれば怒りにブレーキがかかるだろうし、それと俺の敗北が重なる事で、優勢な協会に牙を向け続ける価値を見出せなくなって投降した…そういう事だと、俺は思う。

 

「…皆は今、どうしてるの?」

「怪我がなかったり軽傷で済んでる人は、双統殿で監視中だよ。どんな事情、経緯があっても…協会にも非があるとしても、何もなしに『じゃあこれまで通りで』とはいかないし…皆多かれ少なかれ、精神に変調が起きてるみたいだから、ね…。その検査を含めての処置だよ」

「…………」

 

 やはり、そうなのか。精神に対する言及をされた事で、俺はそう感じた。

 変調の事もそうだけど、これからの事だって気になる。協会は皆を、離反した者をこれからどうするつもりなのか。…いや、違う。こういう表現じゃ他人事の様になるけど、他人事なんかじゃない。むしろ俺は首謀者であり…他人どころか、最たる当事者なんだから。

 

「…なら綾袮、俺は……」

「…それよりまず、怪我を治そうよ。大丈夫、協会だって怪我人を放っておく程非道じゃないから」

「…そう、だね」

 

 俺の身を案じてくれているのか、それとも話を逸らそうとしたのか、或いはその両方か。何れにせよ、綾袮に俺が言いかけた事を答えてくれる気配はなく…だから、そうしようと俺も気持ちを切り替えた。これから俺がどうなるかは分からないし、どうするかもまだ決められていない。でも何にしても、まずは身体を治すところから。じゃなきゃ、何も出来やしない。

 

「顕人さん、貴方は数日間寝続けていたんですよ?もっとご自身の事を第一に考えるべきです」

「す、数日も…?…そう、だったんだ……」

「顕人、酷い顔色なのにやり切った表情をしてた。…だから、不安だった。このまま目を覚まさないのかもって、不安になって……」

「ラフィーネ……」

 

 そう言って視線を落とすラフィーネ。やり切った…本当にそうかどうかはともかく、俺は全力を尽くせたし、充足感もあった。だから、そういう表情をしてたとしてもおかしくないし…本当に、本当に皆へ心配をかけていたんだなと痛感する。

 

「…俺は、欲張りなのかな…」

「顕人さん…?」

「俺には、俺を思ってくれる人がいる。俺を応援してくれる親もいて、周りの環境にも満足してる。それだけでも十分幸せだって、楽しいって思えるのに、それ以上を…それとは全く違う望みすらも果たそうとした俺は、やっぱり欲張りだったのかって…そんな事、思っちゃってさ…」

 

 呟いたのは、一度ケリを付けた迷い。欲張りだろうとなんだろうと、俺は俺の夢を追う…そう結論付けた迷いが、今一度俺の思考に浮かんでいた。

 いや…迷いって言葉は、もう相応しくない。既に決着はつき、結果は決まった後なんだから。故にこれは迷いじゃなく…自嘲であり、振り返り。間違っていたとは思わないけど、やり直せたとしても間違いなく俺は同じ選択をするけど…それでも俺は何となく思い、呟いていた。

 

「…どう、なんでしょうね。欲張りかもしれませんが…私は望むものを全て得ようとする事自体、間違いだとは思いません。むしろ私だって…大切に思うものは、全て守りたいですし、手に入れたいです。勿論、出来るかどうかはまた別ですが…私はそう、思います」

「…顕人は、欲張り、嫌?欲張りは、悪い事?…わたしら、そうは思わない。したいのなら、そうすれば良い。その方が、きっと後悔しない。…多分」

「多分、って…締まらないなぁ……」

 

 珍しく、ラフィーネも持論の様なものを…と思いきや、最後の一言で一気に台無し。でもまあ、こういう話の時は、多分とかでお茶を濁したくなるのも分かる訳で…自然と、苦笑が受かぶ。

 そうだな。確かに、何が一番後悔しないかで言えば、それはやっぱり全部掴もうとする事だ。大切に思うものは、全て守りたい…それは欲張りじゃなくて、普通の事でもあると思う。そして何より…今の俺が、証明だ。今の俺は負けたし、もっと上手くやれたらって思う部分もあるけど…やっぱり、してきた事に後悔はない。

 

「…綾袮。治療は、すぐ受けられるの?」

「あ、うん。戦いは終わったけど、一連の事態全部が終わった訳じゃないし…早く全部片付ける為にも、顕人君には早く元気になってもらわないと、っていうのが協会としての見解だからね」

「ま、そうだよね…分かった」

 

 どう片付けるのかは分からない。分からないけど、恐らく何もしなければ、俺にとって明るい終わり方にはならないだろう。だとしても、霊装者ならではの治療は受けて損する訳でもないし(というか多分拒否権ないだろうし)、俺は綾袮に向けて頷く。

 立ち上がり、部屋を出て行こうとする綾袮。一度は普通に見送ろうとした俺は、だけど途中で綾袮を呼び止め、ラフィーネとフォリンも呼んで……言った。

 

「綾袮。ラフィーネ。フォリン。──ただいま」

 

 全く、俺は身勝手な人間だ。それに関しては、多分三人共…慧瑠も入れるなら四人共思う事だろう。だけどこれが今の俺だ。俺なんだ。それを変える気はないし、その分問題や障害には全力でぶつかる。自分の責任として、向かい合う。…決意って程じゃない、ただ自分の意思を確かめるような言葉を、俺は心の中で呟き…そんな中で、三人は言ってくれた。…お帰り、と。

 

 

 

 

 何かが終わる時は、いつだって呆気ない。…とは限らないか。盛大に、凄惨に、或いは大団円で終わる事だってあるだろうし。…ごほん。

 ともかく、物事の規模と終わり方は、比例しない。やたら長く続いたのにあっさり終わったり、逆に小規模だったのに終わりだけ凄まじかったりするような事も、往々にあり……今回だってそうだ。協会からの離反、別組織の存在、魔人の介入、そして聖宝の顕現…内部抗争なんてレベルで終わる気がしない、もっと大規模な戦争にまで発展してもおかしくない程の要素、要因がありながらも、終わり方は酷く呆気なかった。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんってば」

「はいはい、本日もお兄ちゃんは営業中ですよ〜」

「…シンプルに気持ち悪……」

「酷ぇ……」

 

 呼び掛けられ、のろのろとリビングのソファから身体を起こす俺。するといきなり来ていた依未から辛辣な言葉をぶつけられ、シンプルに俺もダメージを受ける。

 

「あぁ、悪かったわね。つい本音が出ちゃって」

「悪いと言いつつ追撃してるんじゃねぇか…緋奈からも何か言ってやってくれ」

「…いや、今はわたしも依未ちゃんに賛成かな……」

「え"……?」

 

 まさかの返しに、俺は戦慄。そ、そんな…緋奈すら気持ち悪いって思ってたのか…?…あ、どうしよう立ち直れそうにない。なんなら気分も悪くなってきたような……。

 

「だってお兄ちゃん、あれからずっと腑抜けてる感じなんだもん。活力は元からあんまり感じないけど、それにしても…だよ」

「あ、そ、そういう…てか緋奈、緋奈もしれっと追撃するの止めてくれ…」

 

 結局ちょっと悪口を言われたが、言葉通り気持ち悪いと思われてた訳じゃないと分かって安堵。それと同時に、俺は緋奈や依未から見て、腑抜けてる感じだったんだって事を認識する。……依未もそういう意図で気持ち悪いって言ってたのなら、だが…。

 

「…別に、腑抜けてた訳じゃねぇよ。ただ…色々、もやもやしてる事があってな」

「…富士での戦いの事?」

「そういうこった。ま、俺の頭で考えたってしゃあねぇ事かもしれないけどよ」

 

 依未の問いに趣向を返し、ソファに深く背を預ける。考えたってしゃあないなら、気持ち切り替えて普通に生活した方が有意義そうな気もするが…生憎俺の思考や精神はそこまで単純じゃなく、そうしたいとも思わない。

 

「ただいま…って、今日も腑抜けた顔してるわね」

「妃乃まで言うのかよ…てか、そんなに腑抜けてるように見えるか…?」

『見える』

「お、おぅ…流石にちょっと、気を付けるわ…」

 

 帰ってくるや否やの悪口を言われ、しかも訊いたら全員に真顔でそうだと返され、俺は意気消沈。

 ただまぁ、こうも言われるって事は、それだけ俺が酷い状態だったんだろう。そう考えて俺は、意識を切り替え…というか、意識的にしゃきっとしようと思い、ソファに座り直す。

 

「…で、どうもやもやしてるのよ。負けた訳でもなければ新たな戦いの火種になった訳じゃないし、彼だって一命を取り留めたんでしょ?まぁ、完全勝利とは言えないけど…あんたが気にする事なんてある?」

「あるんだよ、それが。…ってか、依未は毎度辛辣な事言う割には、話になってくれようとするよな」

「うっ…こ、このままでいられると気持ち悪くて仕方がないから言ってるだけよ…!」

「はいはい、ありがとな〜依未」

「あっ、ちょっ…な、撫でるな馬鹿ぁ…!」

 

 滲み出る人の良さにほっこりしつつ俺が撫でれば、依未は顔を真っ赤にして(形だけ)抗議。何気なく撫でてしまった俺だが、緋奈も妃乃もほっこりとしており、暫しの間ゆるゆるな雰囲気が広がっていた。

…が、気を遣わせてしまったというのに、なあなあで流すのは依未に悪い。それに、緋奈や妃乃にも気にさせてしまってるだろうし……話すと、するか。

 

「…昔はな、組織の事とか、世界の事とかは考えちゃいなかった。気にしてなかったってより、そもそもそういう事を考えていなかった。けど…今は、違うんだよな。目の前の戦いに勝てりゃ、名前も人となりも知ってる仲間が無事なら、後の事は知らん…そう考えられた方が楽かもしれねぇけど、もうそこまで呑気には考えられない。…これで良かったのか…そう思ってるんだよ、今は」

 

 手を離し、小さく息を吐いてから語る。もやもやとしている思考を、気持ちを。別に凄い事は言っちゃいない、目の前の事以外も考えるっていう、大人なら当然の事だろうが…そんな思考が、曇った空の様に俺の心を覆っている。

 勿論、戦いの結果そのものはこれで良かったと思っている。依未の言う通り、あの場の戦い自体はベストじゃないにしろ、ベターな結果ではあった筈だ。…いや、むしろ悪くない結果だったからこそ、こういう思考になったのかもしれない。

 

「…言いたい事は分かるわ。分かる、っていうか……私も同じ気持ちよ。前にも似たような話をしたし、その時は納得出来る答えを見つけられたけど…今は、あの時と同じ答えじゃ飲み込み切れないもの…」

「だよな…悪い。妃乃だってそうたろうに、俺ばっかり腑抜けた姿してて…」

「別に良いわよ。それに…私は反感を持たれる側よ。分かっててわざとそうした、片棒を担いでいる人間よ。…だから、気の抜けた姿なんて見せられないの。そんな姿をしているのは…ただの責任逃れだって、思うから」

 

 だから自分は、普段通りにいるのだと妃乃は締め括る。その責任というのは、離反せず、不信感があってもおかしくない中で従ってくれた味方へ対してのものなのか、協会に犠牲を背負わされ、それ故に否を突き付けた離反者達へのものなのか、それとも両方に対してなのか。それは俺には、分からない。

 妃乃はよく、立場ある自分の責任を意識している。だが、それは本当に妃乃が背負うべき責任だろうか。心構えの話なら立派だが、まだ若い妃乃の持つ決定権は、どこまでのものなのだろうか。…それだって、俺には分からない。分かるのは、妃乃が俺と同じように、この終わり方を良しとはしていない事で…ただそれだけでも、意味はあるのだと思う。片棒を担いでいた側の妃乃にも、強く思うところがある…ただ、それだけでも。

 

「…妃乃様も、ですけど…苦労する考え方してるわね、悠耶は」

 

 数秒の空白と、その後に聞こえた別の声。苦労する考え方…そう評したのは依未で、どういう事かと俺が視線で訊けば、依未は「だってそうでしょ?」と言って返す。

 

「妃乃様は分かるわよ。自分でも言ってた通り、そういう立場にあるんだから。まあ、それを差し引いてもあたしは思うけど…ともかく妃乃様と違って、あんたは一介の霊装者でしょ?指揮官でもなければ、協会の舵取りに関わってる訳でもない、ちょっと立場が特殊なだけの戦闘員に過ぎないでしょ?違う?」

「や、それはそうだが…なんか反論したくなる言い方だな…」

「はいはい。…そういう指示を受ける立場、実際に行動をする役目なんだから、自分の範囲の外までごちゃごちゃ考える義務はないでしょって、あたしは思うけどね。妃乃様の言葉を借りるなら、悠耶には目の前の事以上に背負わなきゃいけない『責任』がないんだから」

 

 今俺が気にしている事は、俺が気にする事じゃない。何せそれだけの義務も責任もないんだからと依未は言う。途中、嫌な表現するな…とも思ったが、義務や責任…立場が上がり、より多くの情報に触れられ、自分の裁量で決められる事が増えるのと引き換えに、背負わなきゃいけないものも増える立場を強調する為に、それとの比較として、わざとそういう表現をしたのかもしれない。

 筋は通っている。妃乃と違って俺はこの事をどうこう考えなきゃいけない立場ではないんだから。けど、考える必要性の有無と、考えずにいられるかどうかは別で……

 

「…はぁ、あたしがわざわざ言ってあげてるのにまたごちゃごちゃ考えてるわね?」

「…分かる?」

「普段はしないような表情になってるんだから当たり前だっての。…悠耶自身が今の世界や社会を憂いてるなら好きにすればいいけど、そうでもないのに、責任も変える力もないのに、ただ悩みだけ抱えるだなんて、大損じゃない……」

「…大損、か…やっぱ依未、表面的な態度と性格以外は滅茶苦茶いいやつだよな」

「んなっ!?な、なんでそうなるのよ!?」

「いやだって、さっきは気持ち悪いから云々って言いつつ、今は俺の損得…ってか、普通に俺の事案じてくれてるじゃねぇか」

 

 これで素直なら文句なしと言うべきか、素直じゃないのが逆に味があると言うべきか。…まぁ、それはともかく…成る程な、と俺は思う。確かにそうなんだ。ただ「これで良かったのか」って思い悩むだけじゃ、俺の気持ちが滅入るだけで、つまりそれは損でしかないんだ。

 

「…わたしは、今のお兄ちゃんのままでもいいと思うけどね」

 

 また違う声が、一つ上がる。多分この中じゃ、一番霊装者の世界も在り方も知らない緋奈が、軽く表情を緩ませて…同時にどこか、穏やかに落ち着いた雰囲気で言う。

 

「だって、こういうのって考えようと思ってから考え始めるものじゃないでしょ?自然と浮かんで、自然と考えちゃうものだよね?だったら、病んじゃう位考えてる訳じゃない限り、変に考えないようにする方が、むしろストレスが溜まるんじゃないかな」

「…まぁ、それも一理あるわね。考えないでいるっていうのは、ある意味考えるより難しい事だし……」

「それに…何日も、何度も頭に浮かぶって事は、心の奥ではちゃんと考えたい、向き合いたいって思ってるんじゃないかって、わたしは思うな。お兄ちゃん、やるやらないがはっきりしてる分、やるって決めた事は些細でも何でも、いつも手を抜かずに向き合ってるでしょ?」

 

 確かに…と反応する妃乃へ小さく頷いて、俺に視線を戻して、緋奈は続けた。きっとこうなんだって、お兄ちゃんはこういう人だからって。それは、俺との付き合いが一番長い…正に年季が違う緋奈だからこそと思えるような言葉であり、だから説得力があった。基本緋奈は肯定する俺のスタンス抜きにも、そうかもしれないな、と思わせる雰囲気が緋奈の語りにはあった。

 

「…まぁ、だからってこれからも毎日うだうだされるのは、ちょっと…いやかなり嫌だけどね。…あ…も、勿論依未ちゃんの言葉を否定するつもりはないよ?単にわたしはそう思うってだけっていうか、言っておいてあれだけど、『考えない!』って意識的に決めた方が、楽になる可能性だってきっと……」

「うぇ?あ、う、ううん!いい、全然あたしの事なんて気にしなくていいから…!むしろあたしの考え程度と同列に語ってもらう事自体おこがましいっていうか…悠耶、参考にするならあたしじゃなくて緋奈ちゃんの考えにしなさいよね…!」

「お、おう…本人がそう言うなら、俺もそうさせて……」

 

 気を遣われた事で逆に変なスイッチが入ったのか、自分の意見を卑下してまで緋奈を推してくる依未。それに緋奈も目を白黒ととする中、若干気圧されつつも俺は了承しようとし……止める。

 

「…いや、そうはいかねぇよ。何であろうと、俺の事を案じて言ってくれた言葉を、相手を、蔑ろにする事は出来ない。それが依未の言葉なら、尚更だ」

「……っ…べ、別に…そんな事、思わなくても…いいのに…」

「いいや、思うね。…緋奈の言葉だって同じだ。俺の事を心から理解してくれた相手の言葉を、軽んじる事なんか絶対にしない。だから…緋奈の言う通り、ちゃんと考えて、向き合うさ。その上で、向き合ってもさっぱりだったら…その時は、依未に言われた通りこれ以上考える義務はねぇって、思考を頭から追い出すさ」

「お兄ちゃん…うん、そうだよ。それがいいよ」

 

 二人の意見は方向が逆。だとしても、どっちも俺を思ってくれる、俺が大切に思う相手の言葉だからこそ、俺はどっちも受け入れる。しっかり考えて、それから考えないようにすると決める。

 それと同時に、ふと思う。俺にとって二人は守りたい存在だが…振り返ってみると、二人に支えられ、見守られてもいたような気がする、と。

 

「…守って、守られて、支えて、支えられて……悪くないよな、そう言うのって」

「…えと、何が?」

「何でもねぇよ。…ほんとにいつも、ありがとな。緋奈、依未」

「…うん。こっちこそ、いつもありがとね」

「…あ、あたしこそ…ありがと……」

 

 自然に浮かぶ笑みと共に呟き、怪訝な顔をする緋奈に軽く答え…それから二人に感謝を伝える。二人からすれば唐突だろうが、俺にとっては意味も理由もある感謝で…二人はそれを受け取ってくれた。緋奈は微笑み、依未は少し恥ずかしそうにしながらも、感謝を返してくれた。…本当に…可愛いもんだ、緋奈も依未も。

 

「…………」

「…な、なんだよ」

「…べっつにー…?」

 

 何も解決してないのに、俺の心に流れるのは清々しい気分。そこで何となく視線を感じ、何だろうかと振り向いてみれば…凄まじくじとーっとした目で、何とも不満そうな表情で、妃乃が俺を見ていた。内心かなり驚きながらなんだと訊いたが、妃乃からははぐらかされてしまった。

 

「あー、っと…なにか、不味かったか…?」

「そんな事はないわよ。緋奈ちゃんや依未ちゃんには相当感謝してるのね〜、って思っただけ」

「そ、そうか…んじゃ、俺からもいいか?」

「…なに?」

 

 何か引っかかる…というか、本音を隠してる感がある言い方だが、本人がそう言うなら仕方ない。一先ず今はそういう事にしておこうと決め、俺は妃乃へ向き直る。そして…思いを、伝える。

 

「妃乃。俺は今回の戦いで、俺に出来る事をしようと思ってた。これまでもそうだったが…自分に出来る事を尽くせば、見えてくるものがあるんじゃないかと、やれる事を最後までやり切らなきゃ、どこかに悔いが残る筈だと、そう思って戦った。でも…いやだからこそ、今の俺の全力を出して、やれる事をやり切って、その結果『これで良かったのか』って思ってる事自体が、一つの答えなんじゃないかと思ってる。具体的にどういう意味だ、って訊かれたら上手く説明は出来ないんだが…全力の結果だから満足だ、やり切ったから悔いはない…そう思えては、いないって事だ」

「…うん」

「だから…ひょっとすると、これからの俺は、これまでとはまた少し変わるかもしれない。考える事、やる事、目標とする事…そういうものが、今までとはまた違ってくるかもしれない。或いは全く変わらないかも、分からない事を選ぶかもしれない。それがどうなるかは、俺自身もまだ分からないが…力を貸して、ほしいんだ。変わる場合でも、変わらない場合でも…俺は妃乃を、頼りにさせてほしい」

 

 長々と語った上で、心情を伝えた上で、俺は頼む。頼りたいと、力を貸してほしいと。これまでだって、色んな事で力を貸してもらっていたが…ここで、改めて頼む。

 

「…嫌だ、って言ったら?」

「妃乃はそんな事言わねぇだろ。頑固で、見栄っ張りで、自信家で…でも誠実で、他人思いで、誇りと責任を忘れない妃乃は、こんな頼まれ方をされて嫌だなんて言う訳がない。…だから俺は、妃乃を信頼してる。そんな妃乃だからこそ……これからは俺も、妃乃の力になる。妃乃の守りたいもの、貫きたい意思、叶えたい願い…何にだって、幾らだって、妃乃が望む限り手を貸すと約束するさ。……じゃなきゃ俺の望む事に…妃乃に、釣り合わないしな」

「……随分、気取った事を言うわね。あんまりそういうの、似合わないわよ?」

「うっせ、これでも気取った感じにならないよう努力はしたんだよ…」

 

 分かっちゃいたが、やはり指摘されると恥ずかしいもの。ちょっと頬が熱くなるのを感じながら、文句を付けるように言葉を返せば、妃乃はくすくすと小さな笑いを漏らす。

 そのおかげで、もっと恥ずかしくなる俺。若干のいたたまれなさも同時に感じる中、笑っていた妃乃はふぅ、と一つ吐息を吐いて…俺に向ける。真剣な眼差しを、本気の表情を。

 

「…私は、現状維持が出来ればそれで良いだなんて思わないわ。些細な事でも、困難な事でも、協会や霊装者の世界をより良く出来るなら、誰かを守る事に繋がるなら、私は努力を惜しまない。本気で力を貸すって言うなら、貴方に色々求めるかもしれないけど…付いてこれる?」

「付いていくさ。本気だから、な」

「なら…約束よ、悠耶。私はこれからも、これまで以上に、悠耶の力になり続ける。だから…悠耶も、私の力になり続けて頂戴。…信じてるから、悠耶の全部を」

 

 俺は、頷く。勿論だと、当然だと、俺からの信頼を目一杯に込めて。

 真面目で熱心な妃乃の事だから、努力を惜しまないっていうのは真実だろう。であれば、その妃乃に力を貸すのは楽な事じゃなく…だが、それで良い。それが良い。俺は妃乃の力になりたいとも思っているんだから。妃乃が頼ってくれるのなら、俺はその信頼に応えたいから。それに…油断すると頑張り過ぎかねない妃乃には、俺みたいにだらけてるやつがいた方が、良いかもしれないしな。

…今話したのは、これからの事。どうなるか分からないし、拍子抜けする程お互い何もない可能性だってあるが…それはその時考えれば良い。今大事なのは、互いに気持ちを確かめ合えた事と…この繋がりを、いつまでも持ち続けたいと思った事だ。

 

「……ズルいよね、妃乃さんって…」

「…ね…仕方ない事とはいえ、あたし達とは向けられてる思いが全く違うもの……」

 

 と、何か晴れ晴れした気持ちになっていたところで聞こえたのは、ネガティヴな気配の困る会話。ひそひそやり取りをしているせいではっきりとは聞こえなかったが…これは俺が悪いんだろうか。というか、俺が何かした方が良いのだろうか。

 

「…あ……そ、それと…悠耶と私が釣り合わないとか、そういう事は…な、ない事もない、って事もないんじゃないかしら…?うん、ほら…なんていうか、ほら……」

「えぇ…なんでいきなりややこしい上歯切れの悪い状態になってんだ……」

 

 しかも今度は妃乃が変な感じになり、辟易。…なんていうか…皆変わり者だよな。俺が他人の事言えるのか、って話だが。

 

(…まあでも…それ位の方が、楽しいよな)

 

 普通なのが悪い訳じゃないし、尖ってりゃ良いってもんでもないが、こうして皆と居られる今が、俺は好きだ。親父とお袋がどう思うかは分からないが…家族と居るこの家に、緋奈だけじゃなく、妃乃や依未もいる事が、俺にとっては心地良い。

 そして、それは何もここだけの、家だけの話じゃない。何だかんだ振り返れば、今は学校も悪くないし、協会も思うところは多いにしろ、必要な場所だと俺は思う。俺の周りの人間、環境、社会…色んなものを引っくるめた、今の自分を取り巻く世界を、俺は無くしたくないと思っている。だから……

 

「……よし。ちょっと俺、出掛けてくるわ」

「え…と、唐突ね……」

「少し、やりたい事があってな」

 

 我ながら確かに唐突だなぁとは思うが、何もただ散歩しにいく訳じゃない。まだはっきりと見えている訳じゃないが…これから俺がしにいくのは、これからの俺にとって大切になる、その最初の一歩となり得る事だ。

 ちゃんと説明した方が良いだろうかとも思ったが、三人共今の言葉で、言葉と顔で分かってくれたようで、それぞれ俺を見送ってくれる。…なんて表現すると、何だか仰々しくなるな。別に俺は、これから戦いに行くって訳でもねぇのに。

 

「それじゃ…行ってくる」

 

 リビングの扉を開けたところで足を止め、軽く振り返る俺。ちょっと出掛けてくるだけでも、顔を付き合わせてるなら、ちゃんとこういう事は言うもんだ。そう、俺は思っていて……そんな俺へと、予想通りで、至極当たり前で…だけど、だからこそ温かみのある一つの言葉が、返ってきた。──行ってらっしゃい、と。

 

 

 

 

 どこまでも広がっているように見える、どこまでも繋がっていそうに思える、青い空。本当はそんな事なくて、宇宙から見れば空なんてちっぽけなもので…それでも一人の人間である俺からすれば、果てしないものを感じる空間。

 これまでの人生で、空は数え切れない程に見上げている。呆れる程に、見飽きている。朝の空も、昼の空も、夕の空も夜の空も、全部見た事があって…それでも尚、見れば見るだけ広大さを心に抱かせる空の下で、屋上で、俺は千嵜といた。

 

「…よく、自分を殺しかけた相手と普通に二人きりになれるな」

「そりゃ、俺の望みに最後まで付き合ってくれた相手であり、俺を生かしてくれた相手でもあるからね」

 

 霊装者独自の治療は無事に完了。多少の疲労感はあるけど、身体は無事に治り、早ければ明日にも責任と…俺がしてきた結果や、敗北者としての事実と向き合わなきゃいけないって中で、千嵜が訪れた。

 俺と話をしたい、訪れた千嵜はそう言った。立場的に今俺は自由に出歩けないものの、綾袮が話を通してくれたおかげで、制限付きながら今の俺は、千嵜と二人だけで施設の屋上にいる。

 

「生かしてくれた相手って…物は言いよう、なんてレベルじゃねぇだろ…」

「けど実際、千嵜は俺にトドメを刺す事だって出来たんでしょ?…綾袮から、何があったかは聞いたよ」

「…俺は殺し屋になった覚えはねぇし、人を殺す趣味だってねぇよ。殺さずとも倒せるなら、無力化出来るならそうするし……無力化した相手を殺すのは、戦いじゃねぇ。それはただの、人殺しだ」

 

 聞いた話じゃ、千嵜は俺を運ぼうとしていたと言う。つまりそれは、生かそうとしていたって訳で…だから俺には、千嵜を恐れる理由も、千嵜を憎む理由もない。というか、聖宝を巡る戦いはこっちから仕掛けたんだから、憎むのに関しては全なお門違いってものだ。

 そんな俺の返しに思うところがあったのか、俺とは目を合わさないまま千嵜は言う。声に過去を…経験を感じさせる重みを籠らせて。

 

「…近い内に、協会に出頭するのか?」

「出頭…って表現になるかどうかは分からないけど、そつだね。…責任を取る、って言い方は、自分のやってきた事が間違ってたって認めるみたいだから嫌だけど…俺は俺が背負うべきをものを、投げ出すつもりなんてないから」

 

 問いに答えると、千嵜は「そうか…」とだけ言って口を閉ざす。俺も俺で何も言わず、少しの間互いに黙ったままの時間が続き……数十秒程したところで、再び千嵜が口を開いた。

 

「…御道は、どうなんだよ。こういう形になって、こういう形で終わって」

「…終わらせた張本人が、それ訊く?」

「まぁ、それはそうなんだが…。…別に、答えたくないなら答えないでいいさ。俺としても、訊きたかったから訊いただけ……」

「──満足、してるよ。こうなって、この形で終わって」

 

 半ば返答を遮る形で、俺が返した問いへの答え。それを聞いた千嵜は、驚いたように目を丸くし…まあそりゃそうだよなと思いつつ、俺は続ける。

 

「そら勿論、初めから負けるつもりだった…とかじゃないさ。本気で勝つつもりだったし、俺は霊装者の世界を変えるつもりだった。…いや、だったって言うと、なんかもう諦めてるっぽくなるけど…とにかく負ける前までの俺は、負けた後の事なんて考えてなかった。勝つ事しか、勝って貫く事しか、頭になかった」

「…今は、違うのか?」

「まぁ、ね。…充実してたんだよ、あの戦いは。ずっと憧れていたものが、焦がれていた世界が、千嵜との戦いの中にはあった。抱いていた使命感も、目的も、どうでも良い…とまでは思わないにしろ、他の何もかもが霞む程、俺の心を震わせる瞬間が…さ」

 

 思い出すと、今でも身体が熱くなる。自分の本質は、戦闘狂だったのか…そんな風に思ってしまう程、千嵜との戦いの中で俺は心から燃えていて……分かる。理解している。あんなにも俺の心が燃えていたのは…そこに、俺の夢や憧れが詰まっていたからだ。

 

「…反応に困るわ、んな事言われても」

「うん、我ながらそんな気はしてた…。……なんていうか…俺ははっきり、明確で具体的な終着点を持ってた訳じゃないんだよ。漠然とした憧れ、理想を追い掛けていて…でも、そうだよな…漠然とした事しか考えてないなら、仮にあの時勝ててたって、結局どこかで同じように終わってたよな、きっと……」

 

 屋上の柵に軽く背中を預けて、空を見上げながらそう呟く。本気だったし、全力だった。どこまでもとことんやってやると…全身全霊で、望む世界を作ってやると思っていた。でも…考えてみれば本当に、行き当たりばったりだった。短期の目標はまだしも、最終的な目標があやふやだから、長期的な視点での計画なんて立てれなかったし……俺は俺が力を取り戻して以降ずっと、自分で思っていた以上に感情が先行していたのかもしれない。だから、その結果あやふやなまま進んでしまったんだとしたら…負けるべくして負けたのかも、ね…。

 

(…いや、それだけじゃ…ないよな……)

 

 俺は、俺自身の事は信じていた。迷いも後悔もなかった。だけど…同調してくれた皆の事は、これで良かっただなんて思えていない。全力で走っている間は、今はまず走らないと、走り続けないとと思えても…それは考えを脇に置いているだけ。飲み込んだ訳でも、納得した訳でもない思いを抱えたままじゃ、結局どこかで進めなくなっていた事だろう。…あぁ、本当に…まだまだなんだなぁ、俺は……。

 

「…じゃあ、あれか。ある意味燃え尽きたってか」

「そんな感じだよ。漠然としたものを追い掛けていたから、全てを注ぎたいと思えるような戦いに、全身全霊を懸ける事が出来て…全身全霊で戦えたからこそ、惜しいなとは思っても、後悔はない。…ああ、いや……」

「……?」

「…ちょっとだけ、これで良かったって部分もあるんだよ。少しだけ、ね」

 

 怪訝な顔をする千嵜に、軽く肩を竦めてみせる。…千嵜には負けてほしくなかった。俺の前を行く、俺が目指す存在の一人だったからこそ、まだ俺には負けないでほしいって思いもあった……なんて、本人にゃあ言えないわな。

 

「よく分からないな……けど、そうか…御道はこの結果に…今に、満足してるんだな…」

「果たせなかった事はあったとしても、やり切る事が出来て、取り戻せたものもあって…今もここには、俺には大切なものが残っていてくれたからね。……けど、諦めた訳じゃないよ」

 

 心配でもしてくれていたのか、それとも自分自身で何か思うところがあったのか、千嵜は呟くような声で言う。それに俺は、肯定を示す言葉で返し…その上で、言い切る。柵から離れ、千嵜の方を向き、諦めてなんかいないと告げる。

 

「俺は負けた。俺は俺の望む世界を作れなかった。けど、まだ立ち止まっちゃいない。諦めちゃいない。いつかは必ず、今度こそは必ず、辿り着いてやる。憧れに辿り着いて…その先にまで、届いてやる。今は満足出来てるからこそ…これが、これからの俺の願いであり……理想だ」

 

 まだ諦めてなかったのかと言われれば、そうだと返す。どれだけ無謀な事か分かっただろと言われれば、だからこそだと言ってやる。無謀だからこそ、良いんじゃないか。無茶を、無理を、無謀を覆して、理想に届いてこそ…ヒーローであり、主人公ってものなんだから。

 まだすぐには辿り着けないにしても、もう俺の中では始まっている。出来る事も、必要な事も、これまでよりも見えている。そしてもし、今の俺の夢が、俺だけのものじゃないのなら…共に戦ってくれた皆や、今後味方になってくれるかもしれない誰かが、同じように望むというのなら…尚更今度こそ、行き着いてやる。今度は俺だけじゃない…望む者全ての満足を、俺が掴み取ってやる。

 これはその、意思表示だ。未来への宣言だ。そしてこれを聞くのは、非日常に憧れた俺が、初めて会った…本当は非日常側にいた存在であった、千嵜だ。…これ以上ない、この宣言にとって相応しい相手じゃないか。

 

「……なんて、ね。ともかくこれが、今の俺だよ。満足したから、その上でっていう……」

「…ふっ、はは…ははははははははっ!」

「え…ちょっ、え……?」

 

 実際格好良いかどうかはともかく、少し格好付けてしまった。そう感じて、いつもの調子で閉めようとしたところで、突如千嵜は笑い始める。

 あまりに唐突な、千嵜の笑い声。何が面白いのか分からない俺は困惑し、何ならちょっと引き、どうしたものかと言葉に詰まり…一頻り笑った千嵜が、次に浮かべていたのは不敵な表情。

 

「あぁ、そうだな…そうだよな。選ぶ事も、進む道も、誰かに与えられるもんじゃない。今ある選択肢の中から決めなきゃいけないってもんでもねぇし…選んだらそれで終わりって訳でもねぇ。当然だよな。それが人生ってもんなんだから」

「いや、あの…それっぽい事言ってる中悪いんだけど、何を言ってんだか全然分からん……」

「今のは無駄にデカい独り言だ、気にすんな。…礼を言うよ、御道。御道のおかげで、やっと俺も見えてきた。これで良かったかどうかなんて、迷う事じゃねぇんだ。違うなって思ったら、その時変えていけば…自分がこうだって思う道に向きを変えれば良いだけなんだ。世の中にゃしがらみが多いが…自分の向きと、目指したい未来は、自分の思い一つで幾らでも貫けるんだから、な」

 

 独り言と言いつつも、大いに千嵜が語る言葉。ともすればそれは抽象的で、何を言っているのか分からないもので…けど、俺には分かる。頭での理解は出来なくても…心がそれに納得している。

 千嵜は俺に語りかけている。そうだろ?御道と言うように。だから、俺も頷く。そうだ、と言葉に返すように。

 

「中々熱いってか、青臭い事言うじゃんか」

「老け込むにはまだ早いからな。…お前の進む道は、多分また色んな相手とぶつかるぞ?俺だって、俺の道の邪魔をするなら……もう一度、お前に満足のいく負けをくれてやるよ」

「構わないよ。色んな相手とぶつかるなら、それ以上に味方を増やせば良いだけだし…言ったろ?俺は憧れの先を行くって」

 

 そう言って、互いに口角を吊り上げる。半分は本気で、半分はふざけて、俺と千嵜は煽り合う。

 また敵となるか、それとも味方となるか。そんな事は分からない。だって、未来の事だから。分からないのが、未知なのが…可能性に溢れているのが、未来だから。

 

「だったら…辿り着いて、超えてみろよ。御道の望みを、想像する理想を。もしそれが俺にとって相容れないものなら容赦はしねぇし……俺の道と重なるってなら、協力もしてやるさ」

「勿論だよ。俺は理想の先に届いてやる、更に先を創造してやる。千嵜こそ、どんな理想があるのかは知らないけど…俺とは対極かもしれないけど……見せてよ、貫いてみせなよ、千嵜の理想を」

 

 向かい合い、言葉を紡ぐ。意思を、決意を、ぶつけ合う。富士山では、力と共にぶつけ合った思いを…今は、心だけで。

 これから俺の進む道は、間違いなく前途多難だ。そもそもまず、結構な危機に直面してるし…その後も苦労続きだろう。だとしても俺は止まらない。俺は諦めない。俺には夢が、憧れが、理想があるし…様々な形で俺を支えてくれる、力になってくれる人がいるんだから。そして、それはきっと千嵜も同じだ。俺と同じように、予言の霊装者とされた…俺とは真逆の「これまで」を歩んできた千嵜も、同じなんだ。だからこそ…俺と千嵜の関係は、俺と千嵜の、それぞれの道と共に…なんだかんだで続いていくんだろう。

 空を、見上げる。茜色に染まる空を、現実なのに幻想的な夕焼け空を。これまでにも、本当に色んな事があった。これからも、色んな事がある。良い事も悪い事も、楽しい事も辛い事も、希望も絶望も、数え切れない程にある。そんな日々を、そんな過去と、今と、未来を、この空の下で──この世界で、俺達は紡いでいく。




 タイトルの通り、今回の話が本作の最終話となります。ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。
 ただ、まだエピローグとあとがきをそれぞれ一話ずつ投稿する予定です。今話が最終話でありますが、そこまでお付き合い下さると幸いです。

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