双極の理創造   作:シモツキ

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第二百四十一話 思いの果て

 ただ勝つだけなら、この場での勝利だけに目をやるなら、別の戦い方もあった。でも俺にとって、ここでの戦いは過程の一つに過ぎず、全体としては更に重要な目的があったから、分の悪い賭けもする必要があった。そして、それと同じように…或いはそれ以上に、俺は千嵜と全身全霊で、血湧き肉躍るような戦いをしたかった。今ここにあるシチュエーションに対し、俺の心は魅入られていた。だからこそ俺は、全力でぶつかっていき……この目で、この身体で、再認識した。千嵜悠耶という霊装者の…男の、強さを。

 最後の激突で、俺は悉く装備を破壊され、落ちていく。一番最後に明暗を分けたのは、蹴りでの敗北。魔人との戦いで脚を痛めた事が押し負けた結果に繋がってしまった。俺も俺で、かなり削りはしたが…どっちが優勢かなんて明白。ただ、何というか…落ちていく今、俺の心の中には充足感もあって……そんな中でだった。限りなく白い、全てを飲み込まん程の純白の光が、地から放たれ空を貫いたのは。

 

(あれ、は……)

 

 膨大な光の奔流、光芒の柱を見て、俺が思い出すのはあの日の事。俺が霊装者としての力を失った…その時にも目にした光。一瞬、またあれが起こるのかと思い…でもすぐに、気付く。確かに今見えている光と、あの時の光は似ている。近いものも、何となく感じる。けど、違うと。似ていても、同一ではないと。

 

「がふ……っ!」

「……っ、ぅ…!」

 

 墜落した俺は身体を叩き付けられ、全身に痛みが走る。幸運にも、落ちた場所は比較的柔らかく、多分全身骨折とか脊髄損傷みたいな事にはなっていない…と思う。

 その俺に続いて、千嵜も落下。けど俺よりは減速出来たらしく、降りた直後に蹌踉めき転倒こそしていたが、千嵜は着地が出来ていた。

 ただ今は、それより気になる事がある。意識が、白い光に引き寄せられる。

 

「…熾天の、聖宝……」

 

 聞こえたのは、千嵜の呟き。茫然とするような声で、千嵜はそう言い…俺も理解する。その言葉の、この光の意味を。奔流の中にぼんやりと見える…より強く輝く『何か』の事を。

 

(くっ…確保、を…それが無理なら、せめて……)

 

 痛む身体を、何とか起き上がらせようとする。元々の目的は聖宝の奪取で、それが出来なきゃ勝利にはならない。ただ、今の聖宝を…富士での霊装者同士や霊装者と魔人の戦いにより恐らく完成状態となった聖宝を運べるのかどうかは分からず、もし無理ならせめて、俺の手で奇跡を起こしたい。俺や賛同してくれた皆にとって価値ある何かを起こさなきゃ、この戦いの意味がない。

 どうやって?…なんて考えなかった。今の装備の状態じゃもう飛べないし、それじゃあ届く訳がない。もっと言えば、触れれば聖宝は奇跡を起こせるのか、それとも何か条件があるのかだって知らないし…だけど俺は、ここまでしてきた事を、皆の思いを無駄にはしたくない。その思いだけで、身体を動かし……次の瞬間、インカム越しに声が届く。

 

「──御道顕人クン。君は本当に…本当に、素晴らしい。僕も、それなりに色々な事があった人生だが……君に出会えた事、君と友になれた事は、僕にとって最上位級の喜びだよ」

「……え…?…ウェイン、さん…?」

 

 確かに聞こえた、ウェインさんの声。互いの「好き」を語り合ったあの時と同じような、愉快さを隠し切れていない声音。その声に、俺は……困惑した。ウェインさんがいきなり何でこんな事を言い出すのか、何故このタイミングなのかも分からず…次の瞬間、空を赤い光が駆け抜ける。

 

「……!…今のは……」

 

 高さと、赤光が目立ち過ぎている事が原因ではっきりとは見えなかったけど…それは、ゼリアさんだった。先程俺の支援をしてくれたゼリアさんが、夜空を駆けて光芒の下へと向かっていく。

 そのゼリアさんが抱えていたのは、誰かしらの人。俺の位置からじゃ、誰かは見えなかったものの…状況からして、ウェインさんに違いない。

 

「…その上で、顕人クン。君には謝っておくよ」

「謝、る…?」

「うん。僕は世界征服が成された後の世界を見たいと思っていた。これは本心だし、その為に君に協力したのも嘘じゃない。…だけど、僕にはもう一つ、何としても果たしたい目的があって…その為に君を、この戦いを……利用させて、もらったからね」

「……──っ!」

 

 発された声、伝えられた言葉に、俺は息を呑む。想像もしなかった…なんて事はない。具合的にこうだ、っていうのはなくても、ウェインさんになんらかの意図が…俺への協力には、同じ夢を、憧れを持つ相手だからって事以外の理由もあるんだろうと、じゃなきゃそっちの方が不自然だろうと思ってはいたものの、それでもいざ本人から言われると、心が揺さぶられたような感じになる。

 一方千嵜も、今は行動する事なく光芒を…ゼリアさんを見つめていた。驚いているだけか、それとも千嵜なりに思うところがあるのか…何れにせよゼリアさんは誰にも邪魔される事なく、光芒と聖宝へ向かって飛んでいく。

 

「…ウェイン、さんも…聖宝を……?」

「そういう事さ。けど、求めているのは僕じゃない。そして、聖宝が持つ奇跡の力…これも正確に言えば、その力を目的としている訳でもない」

「なら、何を……」

 

 騙された、裏切られた…そんな感情は、ない。ただ、俺は知りたくて…ウェインさんの果たさんとしている事を、真実を知りたくて、行動する事も忘れてただ尋ねる。

 そうしている内に、ゼリアさんは光芒の間近まで近付いていた。そして光芒は、聖宝らしき輝きも、ゼリアさん達の存在に呼応するように光を増す。

 

「それを説明するのは難しくてね…ただ、敢えて言うなら──悲願、だよ。彼女の、ゼリアの…ね」

 

 その悲願を叶えさせる事が、僕のもう一つの目的なんだ。…ウェインさんの声は、そう言っていた。直接は言わずとも、そう感じ取れた。

 

「聖宝の持つ、奇跡の力。だがそれは、ゼリアの求める…聖宝本来の意義からすれば、副次的なものに過ぎない。そして…ゼリアは何かを得ようとしている訳じゃない。得るんじゃなくて…取り戻そうと、しているのさ。…そうだろう?ゼリア」

 

 最後の一言は、俺ではなくゼリアさんへと向けられたもの。今の言葉に対し、ゼリアさんはなんと答えたのか。それとも、答えず無言だったのか。それは分からないけど、今の話はどこか現実味がない、自分も関わっている事柄の話ではないように感じられて……最後にウェインさんは、言う。

 

「…暫くの間、お別れだ顕人クン。僕は本当に、君と出会えて良かった。だからこそ、感謝と隠していたお詫びを込めて、僕から贈り物をさせてもらおう。──いつかまた、再び会う日を楽しみにしているよ」

「……っ!ウェインさん…!」

 

 次の瞬間、更に強まる白い光。眩いばかりの、混じり気ない閃光。お別れ、いつかまた…突然そんな事を言われたって分からず、分かる訳がなく…だけど言葉と光から、これが一時的だとしても『最後』なんだって事だけは分かり、気付けば俺はウェインさんを呼んでいた。俺にとっては最も奇妙で、非日常に憧れる御道顕人にとってはきっと一番の理解者でもあった友、ウェイン・アスラリウスという人の名前を俺は呼び……全てが光に、包まれる。包まれ、何も見えなくなり……光が収まった時、聖宝と光の柱、ウェインさんとゼリアさん…全てが消えてなくなっていた。

 

(…光に、飲み込まれた…?…いや、でも……)

「……っ…そうだ、間違いねぇ…今のは…今の、光は……」

 

 消えたという事実に対し、一体何が…と回る思考。推理には程遠い、ただの想像に過ぎない思考ばかりが浮かんでいき、一方で千嵜は何か確信を持っている様子。

…俺は、どうしたら良いのだろうか。まだ千嵜は近くにいる。けどもし聖宝がもうないのなら…作戦は、この戦いは、失敗以外の何物でもない。今の、この場での戦いだけじゃなく、これから先の事においても、もう俺達は……

 

「…………ぁ…」

 

──そう、思っている時だった。何かをした訳じゃない、確かめた訳でもない…それでもふっと身体の奥から、身体の芯から浮かんだ感覚。確かにある、ここにある…そんな実感が、確信が俺を包み…笑みが、浮かぶ。

 

(……ありがとうございます、ウェインさん)

 

 これがそうなんだと、ウェインさんからの贈り物なんだと、直感的に理解した。 同時にはっきり、それの存在を認識した事で、胸の奥から湧き上がるのはさっきの熱。燃え上がり、燃え盛り…だけどまだ燃え尽きてはいない、燃やし切ってはいない思い。

 

「──まだだ、千嵜…」

「……っ!?…御道、お前……」

 

 全身に力を込め、思いで力を振り絞り、俺は立ち上がる。積極的に戦う為の武器はなく…それでも残った一振りの刃を手に、立って千嵜と向かい合う。

 

「俺はまだ負けてねぇ…勝負も、俺の物語もまだ終わっちゃいねぇ…だから…最後まで付き合ってもらうぜ、千嵜……ッ!」

 

 物語の様な非日常の世界に行きたい。そこで、主人公の様な経験をしてみたい。俺の夢は少しずつ叶って、辛い事や大変な事もあって、一度は道を完全に失った。それでも進み続けた先である今に、ここに…俺は千嵜と正対する形で、存在している。

 今の俺が、憧れた姿なのかは分からない。そもそも俺の夢や憧れは漠然としていて、はっきりこうだって言える事は何もない。だけど…あぁ、間違いない。この思いだけは、心の中で燃える感情だけは、全てが本当で全てが真実。だから俺は、この燃え盛る感情を…全身全霊を尽くし、最後まで貫きたいという思いを力に変えて……刃を、俺自身の力で輝かせる。

 

 

 

 

 聖宝の奇跡は、起こされた。広がっていく光の中で、俺は直感的に理解した。一度、同じように奇跡を起こした…奇跡を与えられたからこそ、思考関係なしに感じ取れた。

 完全に想定外な存在によって、引き出された奇跡の行使。一体何が…どんな奇跡を起こしたのかは分からず、けど俺には確かめる術がなく、何をどうすればいいか分からない。緊急事態と想定外が重なった今、ただ成り行きを眺めるなんて訳にはいかないが、ならばこうすれば、と言えるものも何一つなく……そんな中で、御道が立ち上がる。まだ消えていない闘志…執念とすら言えるような感情を纏い、俺と相対するように立つ。

 

「…取り戻したって、言うのかよ…その光を、霊力を……」

 

 疲労とダメージで見るからにボロボロ。だというのに心だけは一切欠けず…それどころか、ここに来て今までで最大級にまで燃え盛っているような立ち姿に、俺は息を呑む。そんな御道が手にする短刀、その短刀が帯びているのは……()の光。ここまでの赤い霊力とは違う…失われ、もうない筈の御道の力。

 それだけでも、俺の心は揺さぶられていた。だが、御道の短剣は更にショックを…どう表現すれば良いのか分からない思いを湧き上がらせる。

 

(……っ…ふざけんなよ、御道…なんで今、それを出してくるんだ…それは、その武器は…)

 

 なんて事ない、普通の短刀。性能だって、特筆する程じゃあないだろう一振り。だとしても、俺はやり切れない気持ちを抑えられない。その気持ちを、飲み込めない。だって……それは、俺が御道に貸した短刀なのだから。あの日…魔王を何とか撤退させ、柄にもなく語った言葉と共に渡した、死ぬなって思いを込めた一振りなのだから。

 もしも、皮肉としてわざと今出したのなら……いや、違う。御道はそういう事をする男じゃない。つまり今、こうして今、俺が渡した短刀を手に、御道が俺と決着を付けようとしているのは偶然であって……あぁ、くそ…糞食らえだ…!こんなふざけた運命が、あって堪るか……ッ!

 

「…そこまで、かよ…そこまでして、お前は……ッ!」

「…悪い、かよ…悪いとは、言わせねぇよ…やっと俺は、辿り着けたんだ…だったら、最後まで…最後の最後まで力を出し切って、走り切らなきゃ……ずっと後悔が、残る事になる…もう俺は、道の半ばで終わりたくなんかないんだよ…ッ!」

「……っ…」

 

 仮に運命なんてものがあるのなら、これが運命だって言うなら、そんなものに縛られるなんざ真っ平御免だ。そう思って、御道には御道の信念があると知っている上で、俺は言った。もうこれ以上の戦いに意味はないと、そう続けようとした。

 だが…言い切るより先に返ってきたのは、一言一言に力を込めた、心そのものを燃やしているような御道の言葉。剥き出しの思い。御道の言う理想、望み、一度失い味わった苦しみ…その全てを引っくるめたような思いを、俺は否定する事なんか出来なかった。

 それと同時に、理解した。御道の一番根っこにある武器は、霊力量ではなく、この思いだと。貫こうとする意思、理想に届こうと伸ばし続ける手……俺に一瞬敗北を思わせたのも、その心の力であると。──そして、これは止まらない。止まるとすればそれは、燃やし切った時か…思いの器である身体が、完全に潰れてしまった時だけだ。

 

「……御道。今まで、ありがとな」

「…何だよ、いきなり……」

「言いたくなったんだよ。御道には何かと世話になったし……何も気にせず、お気楽に馬鹿話や暇潰しをする…そんな俺の憧れを叶えてくれたのは、お前だったからな」

「…なら、こっちこそありがとう千嵜。俺は千嵜に、俺にはない…ただの日常にはないものを感じていたけど…結局のところ、そういうの関係なしに、普通に雑談したりゲームしたりするのが、毎日楽しかった」

 

 自分でもよく分からない心の揺らぎ、それが言葉となって口から出る。普段ならば言えやしない、考えもしない言葉は、御道に伝わり…御道からも、同じような言葉を返された。それを俺は…ただ真っ直ぐに、受け取った。

 最後に残った刀を、託された一振りを構える。両手で持ち、御道を見据える。

 

「…またいつか、普通に話そうぜ。面倒な事は何にも考えず…普通に、よ」

「あぁ、そうだね。日常も霊装者も関係ない…俺等にとっての、普通で…さ」

 

 最後に交わしたのは、何気ない約束。わざわざするまでもないような…だからこそ、これまではしていなかった、する必要もなかった、一つの約束。

 そして輝く、二つの刀。刀と短刀…強く輝く刀と、鈍く光る短刀。相手を見据え、力を込め、理想を信じ…地を蹴る。地を借り、互いに肉薄し──俺は刃を、振り抜いた。

 

「……あぁ…やっぱり強ぇや、千嵜は…」

「…馬鹿、野郎が…馬鹿野郎が……ッ!」

 

 砕け、宙を舞い、落ちる破片。粉々となった、短刀の欠片。それが落ち、先端が地へと刺さったところで……御道は、崩れ落ちた。…斬り裂いた俺の、その背後で。

 勝利の高揚も、死ぬ事なく切り抜けられた安堵感も、そんなものは一切ない。あるのは、吐き出したくなるようなやるせなさと……これで終わりにするもんか、最後まで振り回されるだけであって堪るかという、争う気持ち。あぁ、そうだ。このまま斬って、敵になった友を殺して、それで終わりなんざ…絶対に、認めねぇ…ッ!

 

「死なせるかよ…人間同士で争って、勝とうが負けようが傷と悲しみばかりが残るなんて…誰も望んじゃいねぇんだよ……ッ!」

 

 刀を手放し、倒れた御道を担ぎ上げる。傷は深い、深いがまだ御道に息はある。だったら諦めねぇ、諦めていい筈がねぇ。

 もう飛ぶ事は出来ない。御道の状態を考えれば、大跳躍を繰り返して運ぶのも不味い。あまりにも悪い状況。だとしてもと、このまま終わらせるものかと、俺は動き出そうとし……そこに降り立つ、二対の翼。

 

「悠耶!さっきの光って、まさか……──え…?」

「…あ、ぁ…そんな…顕人君…顕人君ッ!!」

 

 妃乃と綾袮。降りると同時に駆け寄ってきた二人は、まず光の事を訊こうとし…俺が抱えている存在に気付く。気付いて妃乃は絶句し、綾袮は真っ青な顔で叫びを上げた。顕人の、名前を呼んだ。

 

「……ッ!落ち着け綾袮!まだ御道は死んじゃいねぇ!だから、揺らすな…!」

「ぁ……そう、なの…?顕人君は、まだ……」

 

 思わず怒鳴ってしまった俺だが、それではっとした綾袮は顕人の胸元に触れ、まだ鼓動がある事に気付いて涙を流す。危機的状況である事には変わりないが…それでも、まだ生きてるだけでも良かったと、そんな感情を溢れさせるように。

 

(…ここまで思ってくれる相手泣かせて、何やってんだお前は…!これが、お前のしたかった、なりたかった姿なのかよ……ッ!)

 

 やるせなさは、御道への怒りにも変わっていく。俺は御道の理想、願いを否定する気はない。だが、人として…男して今、俺は御道をぶん殴りたい。既にぶった斬ってるだろ、って気もするが…それ位の怒りが、俺にはあった。どこの誰かも知らない相手ならどうだって良いが、御道だからこそ「ふざけんな」って言ってやりたかった。

 それと同時に、より大きなもの、広い世界への怒りも浮かぶ。御道のやった事は、御道の責任だ。御道がこうなったのも、自業自得だ。…けど、だとしても…元を辿れば、協会にだって非があるんだ。さっき見えた、あの赤い光…あれがBORGのゼリア・レイアードのものなら、やはり御道や離反した霊装者達に力を与え、それにより戦いへ駆り立てたバックの存在として、そのBORGが関わっているんだ。そしてこの組織はどちらも、ただこの戦いが終わるだけじゃ、きっと変わらない。BORGは責任追及出来るか怪しいだろうし、協会は確かに戦力的な意味でのダメージはあるが…聖宝が消えた以上、離反側も立ち行かなくなって終わりだ。…心底胸糞悪い、そんな終わり方があるだけだ。

 

「…悠耶君、顕人君はわたしが運ぶ…絶対に死なせないんだから…これでさよならなんて、そんなの絶対嫌なんだから……ッ!」

「…ああ、御道の事は任せる。飛べる綾袮の方が速いし確実だろうからな」

 

 頷き俺が御道を託せば、綾袮は即座に飛び上がる。…敵になったとはいえ、元仲間。尚且つ綾袮が運び込んで来たとなれば、治療を受ける事そのものに問題はないだろう。

 その御道を見送り、それから妃乃の事を見やる。妃乃の方は、すぐに行動を起こさない辺り…撃破か撃退かは分からないにせよ、魔人には勝利出来たって事かもしれない。

 

「…他の離反者の方は、どうなったんだ?」

「富士山まで辿り着いた相手は、全員鎮圧済みよ。…こうなったらもう、勝利でも何でもないけどね……」

 

 そうだろうな、と妃乃の言葉に返す。詰まる所、これは聖宝を賭けた戦いだ。そして、その聖宝を使われてしまったとなれば、御道達には負けてなくても、敗北である事は変わりない。

 俺達は、守り切る事が出来なかった。御道達も、得る事が出来なかった。恐らく聖宝は使われ…その使用者は、どこに消えたのか分からない。それが今ある、今分かる…この戦いの、結果。

 

「…なぁ、妃乃…これで、こんな事になって……一体誰が、満足するんだよ…」

 

 こんな事、妃乃に訊いたって仕方がない事は分かっている。それどころか、協会の上層部の人間である妃乃に訊くのは、皮肉の様な意味合いになってしまうのも理解している。

 それでも俺は、訊かずにはいられなかった。ちゃんと意味がある…価値のある戦いであったと、誰かに証明してほしかった。でなければ……あまりにも、やるせないから。

 

 

 

 

 そうして、富士山は静かになっていく。妃乃の言う通り、富士での戦いは終わり……輸送部隊側での戦闘も、形の上では協会が勝利で終わったという情報が入ってきたのは、それからすぐの事だった。


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