双極の理創造   作:シモツキ

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第二百三十七話 そして、彼と彼は向かい合う

 少数の戦力で守る協会と、それより更に少ない戦力で突破及び奪取を図る離反勢力。そこに強襲を仕掛けた、複数の魔人。霊峰富士と呼ばれ、実際に霊装者の世界においては特異な地とされているここで、聖宝を中心とした三陣営が激突し、鎬を削る。それぞれの目的、それぞれの意思を持った者達が、それを貫き、果たす為に動き、戦い…また一つ、富士に人影が現れる。

 

「到着しました。…かなり、状態が進んでいますね。これならば、或いは……」

 

 戦場となっている地点からは離れた、人気のない麓。そこに現れた人影は富士を見上げ、目を細めながら小さく呟く。

 

「えぇ、可能性は十分にあるかと。…勿論、期待しています。その瞬間の為に、これまで私は月日を重ねてきたのですから。…これでも、私も気が逸っているのです」

 

 その人影は、一つ。しかし発する言葉は間違いなく他者へ向けた、会話の為の言葉であり、そこに応答があるのは明白。

 

「…どうでしょうね。何事もなければ協会の優位は揺らがないでしょうが…断言は出来ない程度には、結果が覆る可能性もあるのでしょう。……分かっています、貴方の期待を台無しにするような行動を取るつもりはありません。ここまできて、貴方の機嫌を損ねたくはありませんから」

 

 流石に麓から、戦闘の動きが見える筈はない。しかしその者は見上げながら目を細め、言葉を紡ぎ……次の瞬間、もう一つの人影が、インカム越しに話していた相手もそこへと姿を現わす。

 

「いよいよ、か…ふふ、君と出会ってからの日々は、長いようで短いものだった。そして今、その日々の先で、僕の友が君の…僕と君の大望を現実のものとしかけている。──嗚呼、感謝してもし切れないよ」

「その瞬間が訪れるまで…訪れてくれるまでは、果たされるかどうかも分からないままですが、ね。…まあ、期待するとしましょう。彼に、今ここで戦う者達に」

 

 交わされるのは、静かなやり取り。どちらも声を張る事はなく、落ち着いた声音で言葉を交わし…しかし後から来た者は、その表情に笑みを浮かべる。その容姿、その外見には不釣り合いな程の純粋さを、子供らしさを感じさせる笑みを。

 彼等の大望を、他の者が知る由はない。そしてその大望は、今繰り広げられている戦いにおいては完全に異物であり……されどもそれを気にする事はなく、迷いもなく、彼等はその大望が果たされる瞬間へ向かおうとしていた。

 

「さぁ…見せてくれ、顕人君。君の物語の大一番を。僕と君が夢見る世界、それを本気で叶えようとする、君の果てを」

 

 

 

 

 俺はこれまで、複数の魔人と戦ってきた。どの魔人も例外なく強く、驚異的な力を持ち…自分がまともに戦えば、単独で戦闘をしようものなら、まず勝てないと思ってきた。

 それが間違っているとは思わない。魔人はそういうもので、単独で互角以上にやり合える綾袮や妃乃さんの方が特殊なんだと聞いているし…実際綾袮や妃乃さんの強さは、段違いなんだから。

 普通一人じゃ勝てないし、一人で戦うべきじゃないのが魔人。それが事実で、それが常識。…だとしても、そんな事実や常識が俺を守ってくれる訳じゃない。無茶だろうが何だろうが…そうなってしまえば、やるしかない。

 

「こん、にゃろぉッ!」

 

 地上からの、四門同時砲撃。自画自賛にはなるけど、全てを同じ相手に放てば結構な威力になる攻撃。けどそれを、魔人は難なく対処する。腕を振るう、ただそれだけで砲撃を消し去り、そのまま俺に突っ込んでくる。

 

(やっぱり、威力は関係ないのか…ッ!)

 

 迫る魔人に対し、俺は後ろに跳んで距離を取る。尚且つそこから射撃を仕掛け、近付かせない事を最優先に。魔人の方も、油断はしていない…少なくとも真面目に戦うつもりはあるようで、旋回するように走りながら詰め寄る隙を伺ってくる。

 この魔人の能力は、対象を問答無用で消し去る…というので間違いない。先の砲撃も消し去った事からして、高火力で強行突破…というのも通じないか、通じるにしても俺の出せる火力じゃ困難だと考える他ない。そして何より、問答無用で消し去るのなら…近付かれるのは、絶対にアウト。どの程度かまでは分からないものの、触れた対象ではなく一定範囲の物を消滅させているようだから、最悪近付かれた時点で死が確定してしまう。

 

「けど、どうしようもない訳じゃ…ねぇ……ッ!」

 

 走っての回避を続ける中で、不意に向きを変え、俺に突進してくる魔人。二丁による射撃を腕を交差させ、靄を纏う事で防ぐのならばと俺は数ある木の内一つに砲撃。幹を抉る事で木を倒し、それで突進の妨害を図る。

 少し前にあの霊装者へやったのと同じ要領の、妨害作戦。あの時、あの霊装者は回避に転じたけど…魔人は止まらない。一瞬で自分の邪魔となる部分を消し、突進を続ける。まるで止まらないその様子は恐ろしく…だけどこれで、また一つ分かった。

 

(この魔人の能力…多分、短いスパンでの連続使用は出来ないタイプだな…ッ!)

 

 断定までするのは危険だろう。けど魔人はここまで、能力の連続使用を行っていない。連続で…というか、発動させっ放しにして、俺の攻撃は全て消してしまえば接近も楽な筈なのに、防御が容易だったり、回避しても動きのロスが殆どない攻撃に対しては、能力を使わず対処している。連続で使えない能力なのか、やれるけど連続使用は負担が大き過ぎるからやらないのか、そこまでは分からないにしろ…わざわざ回避や防御をしてまで能力の使用を散発的なものに留めてるって事は、そうする理由がきっとある。怖いのは、そう思わせる為のブラフ、って線だけど……そんなブラフかける位なら、さっさと連続使用で近付いた方が、楽だし確実性も高い筈だ…!

 

「…しぶとい」

「……ッ!」

 

 推力最大で真上に、空に逃げると、魔人はその場で俺を見上げてくる。それと共に、一言発し…次の瞬間、大跳躍で一気に距離を詰めてくる。地を踏み締め、膝を深く曲げての跳躍に、咄嗟に俺は脚回りのユニットの砲を開いて迎撃するも、それを防御させる事で近距離までの接近は阻めたものの、ひやりとさせられた事は事実。

 あぁ、そうだ。仮に俺の見立てが正しかったとしても、最低でどの程度のスパンがあるか分からないんじゃ、こっちも仕掛けるに仕掛けられない。それに連続使用は出来ないっていうのは、能力の欠点であって、魔人の弱点じゃない。その隙を突いても決して「倒し易くなる」訳じゃない以上…能力の性質が分かったとしても、強敵である事は変わらない。

 

(だとしても、やるしかない…だとしても、俺は……!)

 

 空中で防御する魔人に向けて、攻勢をかける。ライフルと砲、それぞれを同時ではなくバラバラに、次々と放ちながら自分の高度を落としていく。

 

「狙いはなんだ…ッ!聖宝を狙って、あの魔人を囮にしたのか……ッ!」

「そんな問いに、答えるとでも?」

 

 少しでも意識を分散させてやろうと、攻撃に続いて言葉もぶつける。でも、これは失敗。にべもなくやり取りを拒否してくるんじゃ、ぶつけたって意味は……まあなくはないだろうけど、心理戦を仕掛けられる程の情報がないんだから旨味は薄い。

 高い連射性を持つ右のライフル。威力と連射性のバランスがいい左のライフル。それに威力重視の砲の内、飛行に回していない二門。それ等をバラバラに、防御の突破より攻撃が途切れないようにする事を重視しながら撃つのを続け…その上で、見計らう。勝負を仕掛ける瞬間を。

 

「…ふぅ、ん」

 

 強行突破も後退もせず、魔人は防御に徹している。ひょっとすると、魔人も同じように、仕掛けるタイミングを探っているのかもしれない。だとすればこれは、お互い自分の望む状態へ相手を持っていけるかどうかの戦いで……

 

「こうすれば、防御するしかないと思ってるんだ。…甘いね」

「な……ッ!」

 

 淡々と、ただ思っている事を言っただけのような言葉が聞こえた次の瞬間、突然に魔人は攻撃に転じる。防御を解き、突っ込んできて…射撃が身体を掠めるも、まるで止まらない。躊躇う素振りすらもない。

 これは不味いと、俺は全力で引き撃ちに移る。強引に距離を詰めようとしてこられると、こっちが不利になるんだから。

 

(まさか、こっちが見抜いた事を見抜かれた…?…いや、まだそうとは限らない……!)

 

 見抜かれたからこその発言にも聞こえるけど、「絶え間ない攻撃をしていれば防御するしかない」という発想に対して「甘い」と言っているだけなら、まだ気付いていない体でのプランも立てられる。上手くいくかどうかはともかく、色々な案があるだけでも心的な余裕はかなり違う。

 

「…もし、聖宝を狙ってるんだとしたら…残念だったな…ッ!聖宝はとっくに運び出されて、今はもうずっと遠くだ……ッ!」

「なら、どうしてここにいる?何もないなら、何故人間同士で争いを?」

「……っ…」

 

 仕掛けるチャンスは待ってても来るとは限らない。隙はこっちも動かなくちゃそう簡単には生まれない。だから俺は今一度、今度は質問ではなく、こっちから情報をぶつける事で揺さぶりをかける。

 けど、結果は空振り。形としては訊き返してきているものの…声音で分かる。これはハッタリだと、魔人は俺が動揺させようとしている事を理解している。厳密に言えば、この目で確かめてない以上は絶対聖宝が運び出されてはいない、と断言する事は出来ないけど…今重要なのは魔人が揺さぶりにかかるかどうかであり、この魔人は微塵もかかる気配がなかった。

 

「それにしても、本当にしぶとい…強くもないのに、弱くもない…」

(くっ…調子が狂う……)

 

 上空に出れば、咄嗟の時に利用出来るものがなくなる。かといって木々の頂点よりも低い位置で引き撃ちをすると、どうしても背後を気を付けなきゃいけない分一気に距離を取る事は出来ない。そんな中で下を選んだ俺は、とにかく一定以上の距離は取り続けるようにしながら引き撃ちを続け、どうも熱を感じない…言葉にしろ戦いにしろ、どうも淡々としている魔人の言動に振り回されないよう自分へと言い聞かせながら、ならば何なら隙を作れる、どうしたら勝負を仕掛けられるのかと頭を全力で回転させる。

 こっちからの全力攻撃?…駄目だ。能力抜きにした防御をある程度のチャージで貫ける位じゃないと、耐えられて終わってしまう。ならば、今は絶える事を優先して、さっきの霊装者や、千嵜達が来るのを待つ?…それも駄目だ。敵の敵は味方だけど、共通の敵がいなくなった後は、結局また戦う事になるんだから。だったらいっそ、わざと隙を見せて、能力を使わせて、そこからカウンター……っていうのは最早論外だ。隙を見せても能力無しで倒しに来るかもしれないし、一つ目と同じで「能力抜きでも」って問題もあるし、そもそもわざと使わせるのリスクが高過ぎる。カウンターの為に使わせて、でも避け切れずに喰らいましたじゃ話にならない。

 

「…ふ……ッ!」

「……っ!木を、足場に……ッ!」

 

 木を背にし、突進してきたところで俺は左へ。あわよくばぶつかってほしいと思ったものの、案の定ぶつかる訳もなく、むしろ魔人は木を足場にする事で一気に方向転換。一度着地する形になっていた俺は目一杯地を蹴ってその場を離れ…次の瞬間、魔人の能力で地面が抉れる。一瞬でも遅れていた場合の事は…考えたくない。

 どの案も、上手くいく気がしない。そうなると、残る案は後一つ。能力云々の事は考えず…どこかのタイミングで、完全に想定外であろう瞬間に引き撃ちから猛攻に移る事で、不意を突くって作戦だけ。

 

「…へっ、上等じゃねぇか……」

 

 それだって、リスクはある。完璧な作戦にゃ程遠い、作戦と呼べるかすら分からない単純な事。

 だとしても、恐れはない。むしろ、これでいい。だって物語の主人公、ヒーローならば、それが普通なのだから。分の悪い賭けや、一か八かの勝負に望み、そこから勝利を捥ぎ取るのが、俺の夢見る存在なんだから。…って、それだと「ならカウンター作戦でも良いじゃないか」って話になっちゃうな。まあ、主人公やヒーローに必要なのはここぞって時の覚悟や勇気であって、闇雲に危険を冒す事、蛮勇を振るう事じゃないって事だ。

 

(これで失敗して、逆転の何かも起こらず終わるなら、結局俺は主人公の器じゃなかったって事だ。…勝負と、いこうじゃねぇか……!)

 

 これは、自分との戦い?…いいや違う、可能性との、運命との戦いだ。この魔人を介して…俺は世界に証明する。俺の、在り方を。

 

「まだ、逃げる気?」

「俺の問いには答えようとしなかったのに、自分も訊いてくるのか、よ…ッ!」

 

 向こうが木を足場に使うのなら、と俺も木の幹を蹴り、それで不規則な方向転換をしながら撃つ。撃ちながら、一定以上の距離を取りながら同時にやってるものだから、自分でも方向転換の角度を制御し切れていないけど…そのおかげで、不規則さが生まれてる。動きの先を読まれず、さっきより安定して距離を取れている。

 

「そこだッ!」

 

 一度だけ、四門全てを攻撃に回し、同時砲撃をかける。それは当然、隙あらば反撃し、倒すつもりだと示すもので…だけど、問題ない。全力で逃げる訳でもなく、かといって仕掛ける訳でもなく、半端に距離を取り続けるだけの方が、余程俺の目論見を勘付かれ易い。それに……

 

「だから……無駄だよ」

(やっぱり、来た……ッ!)

 

 放った砲撃は、一点…とまでは言わずとも、魔人の上半身を狙って集中させた。故に魔人の能力によって完全に消され……主推進器全てが砲撃に回った結果、大きくスピードが落ちた俺に魔人が迫る。魔人との距離が詰まり、飛び蹴りが近付き……辛うじて俺は、またすぐ側の木を蹴る事で…今度は踏み台にするのではなく、本当に蹴って反動を受ける事で、何とか魔人の肉薄と攻撃を躱す。

 ズキリと痛む足首。変な体勢から木の幹を蹴り付けたんだから当然の事で、しかもそこから木の枝のある場所に突っ込み、後頭部や首に引っかかれるような感覚が走る。…でも、躱せた。痛いし、足の方は痛いで済むかどうかも分からないけど……ここからだ…ッ!

 

「ぐ、ぅ……ッ!」

「へぇ、避けるんだ。でも……」

 

 俺は落下する。ただ驚いただけのような魔人の声を聞きながら、地上に落ちる。姿勢を崩し、隙を晒した状態で、ピンチに陥った……そのフリをする。

 直感を研ぎ澄ます。神経を張り詰める。次に俺が狙うのは、タイミングが命。望む効果を得る為には、早くても遅くてもいけない。ギリギリのギリギリ、本当に寸前という瞬間を狙って…全感覚を、フル稼働させる。

 慧瑠には頼れない。説明する余裕のない今、俺は自分を、信じるのみ。

 

(まだだ、まだ…まだ…まだ……)

 

 少しずつ近付く地上。ただの落下なのに「少しずつ」と感じるのは、きっとアドレナリンか何かが出ているから。落ちるなら落ちるでいい。もうこの際、その位のダメージは受けてやるさ。そんな思考さえ、今の俺の中にはあった。

 まだ違う。まだ耐えろ。逃げた方が良いと主張する声を押さえ付け、感覚を信じて俺は待つ。自分なりに重ねてきた努力と経験、それが支える感覚に判断を任せ、力を抜き……そして、心が叫ぶ。身体に走る。今だ、行けという本能の指示が。

 

「……ッ、ぁぁぁぁああああッ!」

 

 それは、身体が地へと落ちる寸前。手を伸ばせば絶対に触れる、そう思える距離まで落ちた瞬間に俺はスラスター全てを点火し、今の姿勢のまま、スライドするように前へと移る。

 直後、俺のいた…俺が落ちる筈だった場所に突き刺さったのは、魔人のフットスタンプ。後一歩遅ければ直撃していたし、後少しでも早ければ立て直す余力があったと見抜かれてしまう…そう思ったからこそ、俺はこのタイミングで避けた。死に物狂いで、もがくようにして運良く避けられただけと思わせる為に、この瞬間での回避を選んだ。

 避け切った俺は噴射を切り、地上で前転。回り切ると同時に身体を跳ね上げ、さっき木を蹴ったのとは逆の足で踏み切り、今一度飛ぶ。手を伸ばし、比較的大きな木に手を引っ掛けて、その裏側へと回り込む。

 

「…先輩、まさか……いや、何でもないっす。先輩の思う通りにやれば…まあ、上手くいくかどうかはともかく、後悔はしないと思いますから」

 

 動作の最中で聞こえた、慧瑠の言葉。初めその声音には、俺に無茶するなと言うような雰囲気があって…でも、俺が慧瑠を見つめた瞬間、ほんの一瞬見つめ返した瞬間、何かを感じ取ったように、俺の背を押すようなものへと言葉の続きを変えてくれた。

 

(後悔、ね…そうさ、俺は……ッ!)

 

 誇りや思いは、時に命よりも重い…そんな考えがある。逆に、どんな思いも命あってこそのものだって考えもある。価値観の話とすれば、どっちが正しいじゃなく、状況やその人次第って話で……俺なら後者だ。後者だが、命を守る為なら思いを捨てても良いって訳じゃなく…むしろ逆。俺はもう、俺の思いを諦めたり、妥協したりする事はしないと決めている。だからこそ、俺は命を落とせない。命がなくちゃ、理想は果たせないんだから。望む世界で生きる事が望みな以上、思いと命、その両方を俺は手放す訳にはいかない。

 そしてこれが、思いと命、両方を持って進む為の選択。手を引っ掛けた事で一気に旋回をかけた俺は、木の裏側に入っても尚加速を止めず……反対側から再び魔人の前へと躍り出る。

 距離を取る事に専念し、隙を見つけたように撃ち、カウンターされ落下し、辛うじて追撃は避け、尻尾を巻いて逃げる……そんな一連の「溜め」の末の、油断を誘っての全力突進。乾坤一擲、出し惜しみなしの攻撃に転じて魔人を……

 

「……ッ!」

「んな……ッ!?」

 

 次の瞬間、木の裏から飛び出した俺を待っていたのは、驚愕だった。魔人がこちらに向かって、次の攻撃を仕掛けようとする…その魔人に真っ向から突っ込むという状況だった。

 一瞬、読まれていたのかと、魔人の方が一枚上手だったのかと思った。…が、違う。声こそ出していないものの…魔人もまた、目を見開いている。飛び出してきた俺に対して…確かに、驚いている。

 驚愕する魔人を見て、俺は理解した。単に魔人は即時の追撃をしようとしていただけで、俺の反撃は読めていなかったのだと。互いに相手の次の行動を読み切れず…その結果の今なんだと。

 

(こうなりゃもう、やるしかねぇ……ッ!)

 

 想定外且つ、攻撃を受けるかもしれない危険な状況。けど今からじゃ回避行動も取れないし…チャンスである事もまた事実。最大の懸念は、魔人がもう能力を使える状態かどうかで…けどそんなのは分からないし、考えている余裕はない。

 俺が選んだのは、自分で引き込んだ可能性、千載一遇のチャンスに賭ける事。射撃でも刺突でも、何ならタックルだって良い。とにかく当ててみせる。当てて、この戦いを切り抜けてみせる。その覚悟を胸に、その意思を勇気に、俺はそのまま真っ直ぐに突っ込み……

 

 

 

 

 

 

──その、次の瞬間だった。研ぎ澄まされた槍の様な、凄まじい力を感じる赤い閃光が、魔人を真横から吹き飛ばしたのは。

 

「……は…?」

 

 目の前を駆け抜けていった光芒に、俺は呆気に取られる。吹き飛んだ…今の一撃でやられたのか、それとも防御し跳ね飛ばされただけなのかも分からない魔人の姿を確認する事もせず…その場で止まってしまった。…あまりにも、予想外過ぎる事のせいで。

 今の閃光が、霊力のビーム…それも今の俺が扱うものと同じ種類だって事は理解している。…けど、だったら味方の誰かが援護してくれたって事だろうか?状況的にはそれが考えられるものの…魔人を一発で吹っ飛ばす程の攻撃を、出来る味方がいただろうか。それに今の攻撃は、死角からとはいえ完全に気付かれていなかったし、そういう意味でも今の攻撃を放った人物の実力は……

 

「──さぁ、先へ。ウェインもそれを、期待しています」

「……っ!」

 

 不意に届いた、一つの通信。インカム越しに聞こえたその声で、俺は全てを理解し…飛翔する。富士の夜空へ舞い上がる。

 

(…もう少しだ…後、少しで……)

 

 じんわりと感じる痛みを思考から押し退け、後僅かな道を進む。綾袮に茅章、上嶋さん達に千嵜と妃乃さん、それに魔人にも阻まれ、それでも潰える事はなかった道を。

 まだ、防衛戦力がいるかもしれない。さっきの霊装者が戻ってくるかもだし、下手すりゃ別の魔人と遭遇する事だってまだあり得る。だとしても俺は進むのを止める気はないし、何とだって戦ってやる。そんな思いのままに、空を駆け……背後からの弾丸で、俺は振り向く。

 

「…………」

 

 その一発は、俺の近くへ飛び立つも当たる事なく離れていく。外れた射撃を見て、俺がただ振り返ったのは…それが気付かせる為の、初めから当てる気なんかない射撃であると、すぐに分かったから。

 警戒こそすれど、武器は一切構える事なく振り向いた俺。振り向き俺が目にした相手も…構えてはいない。今の一発を撃ったのであろうライフルを下げて…俺を見る。

 

「…追い付いたぜ、御道」

 

 静かな声と、落ち着いた瞳。彼の目が…千嵜の目が俺を見やり、俺も千嵜の事を見返す。

 千嵜悠耶。二年前、俺が何も知らないままに知り合った、霊装者となる前からの友。俺と共に、予言の霊装者とされた一人。その千嵜と…俺とは何もかも違う道を、人生を歩んできた友と……俺は、真正面から向かい合う。


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