双極の理創造   作:シモツキ

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 前回は第百三十五話の筈が、間違って第百三十六話と表記してしまいました。ですが、内容は第百三十五話のもので間違いありません。間違えた事を謝罪します。


第二百三十六話 執念と再来

 千嵜と妃乃さん。厄介…なんて言葉じゃ片付けられない、勝ち目なんてほぼゼロの組と、真正面から相対する事になってしまった。切り抜けてやるって気持ちはあっても、それを実現する為の方法なんて思い付かない…言い切りはしたものの、比喩ではなく本当に肉を切らせて骨を断つ位の事をしなくちゃ突破出来ない、突破の可能性すら出てこないような状況に俺はあった。

 その中での、魔人の強襲。千嵜達にとっての敵である…でも俺の味方でもない、間違いなく俺の敵でもある第三者の強襲は…完全な、想定外。

 

「ちっ、やっぱり生きてやがったか…ッ!」

「ったりめーだ、テメェ等なんかにやられる訳がねェだろうがよぉッ!」

 

 最初のせめぎ合いから離れ、立て直す千嵜へと、即座に魔人は突っ込んでいく。突撃からの拳を千嵜は刀で受け、けれど勢いに身体が押されてしまう。

 反射的に、俺は援護する事を考えた。考えたし、それを思い直す気もなかったが…魔人の左右に現れた靄の塊から、先程迎撃したのと同じ魔物が、魔物擬きが襲い掛かってくる。左側の靄からは俺に向けて、右側の靄からは妃乃さんへ向けて。

 

(こいつは、あの時の…ッ!)

 

 両手の二丁で撃ち落とし、スラスターを吹かしてその場から移動しながら、俺は思い出す。この魔人は、俺も数度交戦した事のある、前の富士山での戦闘にも現れていた魔人で間違いない。

 

「見ろよこの傷痕…馬鹿な事をしたって思わせながら殺す為に、わざわざ残してやったんだよッ!」

「そら、随分と…人間らしい心理だこった…ッ!」

 

 再び魔人は千嵜を強引に突き飛ばす。そこから空気を蹴るように、凄まじい勢いで後退する千嵜へと追撃をかけようとし…そこへ妃乃さんが割って入る。迎撃もそこそこに魔物擬きを躱し、振り切った妃乃さんが横から魔人を斬り付ける。

 

「霊装者同士の戦闘に乗じて、奪取に失敗した聖宝を狙いに来たって訳…!?だったら残念だけど……」

「はぁ?さっき言っただろうがよ!オレの目的は…テメェ等に、この傷の礼をする事だってなぁッ!」

 

 靄を纏った腕で斬撃を受け止めた魔人は、そこから妃乃さんと数度攻防。その間に千嵜が立て直したのを見ると、上空へと飛び上がり、ここまで放ってきたのとは別の魔物擬きを、小さな蝙蝠の様な魔物擬きを大量に二人へけしかける。でも魔人自身は高みの見物…なんて事はせず、敵意剥き出しで向かっていく。礼をする為、恨みを晴らす為…それが真実だと思わせるには十分過ぎる程の勢いで以って。

 

「あの魔人……」

「…慧瑠?何か…ふッ!…おかしいの?」

「いえ、つくづく自分とは真逆だなぁと思っただけです。自分だったら、これ幸いとそのまま遠くに行くっすからね」

 

 横回転をしながら躱し、通り過ぎた魔物擬きを後ろから撃ったところで訊けば、返ってきたのは慧瑠らしい答え。確かに戦いを、人を傷付ける事を好まない慧瑠は、怪我を負おうと相手を撒けたなら仕返しよりそのまま離れる事を優先するだろうし、昔はそうやって生きてきたと慧瑠自身が言っていた。だとすれば、慧瑠に思うところがあっても、別に変な事はない。

 でも、それは今関係ない。あの魔人は明確な敵意を持って襲い掛かってきているんだから、一先ず休戦し、千嵜と妃乃さんの援護を……

 

(…いや、待て…あの魔人が、二人への仕返しを目的としてるなら…その上で、他の魔物や魔人もいるとしたら……)

 

 動き出そうとして、止まる。今最もやるべきは、援護し共にあの魔人を倒す事…それは、本当だろうか。

 現に、二人に比べて俺に放たれる魔物擬きの数は少ない。俺が魔人本体に仕掛けてないから、っていうのもあるだろうけど…二人は対しては本気で攻撃してるようなのに対して、俺には動きを妨害する程度の攻撃しか飛んできていない。つまり俺は、相手にされていない…或いは、されていても優先順位は恐らく低い。

 加えて、本当にあの魔人が私怨で戦っているとは限らない。嘘の可能性は勿論、仮にあの魔人自身はそうでも、別の魔人が聖宝目的で動いている可能性だって十分にある。

 

「おらどうしたぁッ!まさか今は調子悪いなんて言うんじゃねぇよなぁ?簡単に倒しちまったんじゃ、こっちの気が済まねぇんだからよぉッ!」

「んな事、知るか…よッ!」

 

 両手両脚を用いた打撃の連続に対し、千嵜は二刀流で対応。後退しながらも受け、凌ぎ、蹴り上げからの踵落としには刀二本を交差させた防御で受け止め…押し返すと同時に、千嵜を飛び越える形で妃乃さんが魔人へ突撃。懐へ飛び込む動きのままに刺突を放ち、腕で阻む魔人を更に押し飛ばす。

…やっぱり、魔人は二人を狙っている。少なくとも、それは間違いない。だったら……

 

「……ッ、今だ…!」

 

 まるで苦戦しているように、わざと向かってくる魔物擬きの対処に時間をかける俺。そうしつつも、向こうの戦いの動きを伺い…双方の距離が大きく開いたその瞬間に、俺は動く。

 スラスター全開で魔人の方へと向かいつつも、俺は上昇。同時にユニット各部の砲をフル展開し、完全に俺を二の次としている魔人へ向けて一斉発射。予想通り俺への警戒が甘くなっていた魔人は、攻撃として放とうとしていた魔物擬きを全て砲撃の方へと回し、ぶつける事で辛うじて防御。

 魔人の攻撃が潰れる中、俺は千嵜の方へと目をやり、返ってきた視線に小さく笑みを返し……その上で、魔人の上空を駆け抜ける。二人と魔人の戦い、そこに加勢するように見せかけて……この場を、突破する。

 

「なッ…御道ッ!」

「くっ、これ以上先には……ッ!」

「…おい…何背中見せてんだよぉおおおおッ!」

 

 こっちから笑みを見せた御道は勿論、妃乃さんも俺の行動に目を見開き、直後突破しようとしている事に気付いて、追い掛ける動きを見せる。けれど、更にその後ろから怒号が響き…二人から向けられた敵意が、消える。

──完全に、狙い通り。まずは魔人の動きを阻み、そこで一瞬加勢するような動きを見せる事で、突破への対処を遅らせる。遅れればその分、魔人の動きが間に合い易くなる訳で…二人を狙っている魔人に、その足止めを担ってもらう。それを狙っての行動で、確実性はない…というか、期待した通りの展開になる確証はなかったけど……作戦は、成功。

 

(けど、こうなると他にも魔人や…最悪魔王と出くわす可能性がある。最悪の場合、それ等と単独で戦わなきゃいけないとしたら……)

 

 もう木々を隠れ蓑にする事はせず、一直線に目標地点へと向かう。そうなる事、戦いになる可能性そのものは怖くない。でも、それで失敗する事だけは避けたい。だからもう隠れず…全力で、最速で俺は掴みに行く。

 

「後少しだ…後少しで、俺は……」

 

 緊張が…戦いに入ってからは、別の感情や感じる危機に埋もれていた、目的を果たせる…より正しく言えば、最終目標へ向けた大きな前進となり得る存在がもうすぐ手に入るかもしれないという緊張感が、身体の奥から昇ってくる。

 結局のところ、まだ俺達は「協会から離反した霊装者達」としか見られていないんだろう。協会ありきの見方しかされていないんだろう。けど、聖宝を手に入れてしまえば、状況は一変する。そこから、状況は一気に……

 

「…………」

 

……変わる。変わる事は、間違いない。でも、この瞬間俺の頭に過ぎったのは、上嶋さんの言葉。変わる状況、変わっていく世界…それは、果たして俺達の…俺の望む、俺の夢見たものになるだろうか。

 その疑念が、俺の足を止める事はない。なるかどうかも俺が決める事だ、そう考えている自分も確かにいる。けれどもし、本当に望まない形に、夢見たのとは違う世界になったとしたら、俺は……

 

「……っ!また…ッ!」

 

 戦いにおいては余計な…なんて言葉じゃ片付けられない思考を断ち切ったのは、長距離からの狙撃。反射的に俺はバレルロールをかける事で避け、反撃をかけようとしたものの、まだ遠い。多分まだこっちの攻撃は届かない距離で、ならばと俺は狙い辛い低高度、一度は止めた木々を遮蔽物にする形での前進に切り替えようとし…それが安直な判断だと、気付かされる。低空飛行に移った次の瞬間には、別の射撃をかけられた事で。

 

「ぐっ……ッ!(誘導された…!)」

 

 今度は先の狙撃程精度が良くなかった為に難なく避けられたけど、誘導されてしまったのは事実。不味いと思って移動しようとするも、すぐに突進してきた霊装者に距離を詰められ、純霊力の剣を辛うじて左のライフルの銃剣で受ける。

 幾ら何でも、さっきの狙撃をした人がもうここまで来たなんて事は考えられない。つまり、この人は別の霊装者…!

 

「悪いが、子供だろうと容赦はしない…ッ!」

(この人、強い…ッ!)

 

 距離を開け、火力で圧倒しようとする俺だけど、相手はそれを許してくれない。火器も剣を一つずつ構えた形で、射撃をかけつつ滑るように再度の接近を図ってくる。綾袮程のプレッシャーはないにしても…間違いなく、俺より強い。

 それだけでも、危ない状況。狙撃をしたもう一人がこっちに近付いてきてるなら、更に不味い状況になる。…でも、現実は違った。現実は…更に厄介な状況を、俺に向けて突き付ける。

 

「こ、の…ッ!」

「そうくるか、ならば…ッ!」

 

 次第に距離が詰まっていく中、これ以上後手に回る訳にはいかないと俺は発砲。けど狙いは相手の霊装者ではなく、俺と相手の間、その上方に伸びた木の枝で、それを撃ち抜く事によって相手の目の前に枝を落とす。

 これで相手が転倒でもしてくれれば御の字、そうでなくても動きが止まれば次の攻撃に移れる訳で…でも相手は、止まらない。即座に飛び退く事で、一度距離を離してしまうのと引き換えに俺の狙いを完全に潰し…その足で着地した、その時だった。

 

「…何?魔人だと?まさか、元から隙を伺って……おい、どうした!?おい!」

 

 聞こえてきたのは、恐らく通信でのやり取り。相手は多分、さっきの狙撃手か、同じ任務を遂行している霊装者で…でも今は、それよりももっと重要な事がある。

 

「……っ…くそ…ッ!」

 

 歯噛みと共に、俺を睨む霊装者。その顔には逡巡が浮かんでいて…次の瞬間、離脱。俺に背を向け、地下空間がある方向へと戻っていく。

…それは、俺にとって助かる選択肢だった。けど別に、「助かる」というのは、命拾いするみたいな意味じゃない。

 

(共闘…とはいかないだろうな。さっきそれを自分から捨てた手前、持ち掛けるのも筋が通らない。…だと、しても……!)

 

 後を追うように、俺も地を蹴り同じ方位へ。反転からの攻撃に移られても大丈夫なよう、あの霊装者とは距離を取った上で…俺も、同じ目的地へと向かう。

 さっき聞こえたのが全て真実なら、やっぱり他にも魔人が、聖宝狙いの敵がいたという事。そして魔人に聖宝を奪われるのは、自分達が奪取に失敗する事以上に避けなきゃいけない事であり、元味方の霊装者には…いや、そうでなかったとしても、俺はこの戦いの被害を、傷付く人を、少しでも減らしたいと思っている。自分達から仕掛けておいて何を身勝手な、と思われたとしても、俺はこのスタンスを撤回しようとは思わない。

 そしてさっきの瞬間、起こり得る最悪の選択肢として、あの霊装者が俺との戦闘を続行する、というのがあった。そうされると、魔人を止められない上、対魔人の負担は全て遭遇した誰かにかかってしまう訳で…だけどそれは、回避された。

 

「……っ!あの魔人は、確か……」

 

 気付いていないのか、それとも気付いた上で今は魔人の迎撃を優先しているのか、あの霊装者は一度も振り返る事なく飛び続け…その斜め後方に位置する俺の視界にも、現れた別の魔人が映る。

 ぐったりとして木にもたれかかる霊装者、その人物の前に立つのは、こちらも一度交戦した事のある魔人だった。今と同じく富士で…俺が力を失う前に戦った、消滅の力を使うあの魔人に違いない。

 

「貴様…ッ!」

 

 止まる事なく、一直線に突っ込んでいくあの霊装者。声が聞こえたのか、それとも気配か何かを感じたのか、魔人がこちらに振り向いた直後にその霊装者は射撃を撃ち込み…されど放たれた弾丸は、魔人が跳躍した事によって空を切る。ただ躱しただけでなく、魔人は捻りを加えた跳躍で山なりにその霊装者へと接近をかける。

 対する霊装者は、射撃を続行。初めこそ完全に避けられていた射撃は、距離が縮まっていく事で少しずつ迫り…遂に、完全に弾丸の軌道が近付く魔人の姿を捉えた。……が、次の瞬間弾丸は消滅。直撃コースに乗っていた弾が、魔人が片手を振り出した瞬間に消滅し…そのままその手がその人へ迫る。

 

「……っ!」

 

 だけどそれを、その霊装者は避けた。弾丸が消滅した時点で、射撃を止めると同時に横へと飛び退いていて…そこからは先程の俺の様に、距離を取る引き撃ちで攻撃を続ける。

 やはり、あの人は実力者。単純な能力だけじゃなくて、瞬時の判断やそれに基づく対応からも、その実力が見て取れる。…だったら、ここは……

 

「こっちだ、魔人ッ!」

「……!?お前、何の……」

「それよりまずはその人を!早くッ!」

 

 一歩遅れて辿り着いた俺は、わざと大声を上げ、同じくわざと射撃をばら撒く。魔人がこちらへ視線を移したところで四門の砲による同時砲撃を放ち、魔人の意識を引き付ける。

 俺の言葉と行動に、霊装者は驚愕していた。何のつもりだ、多分そんな感じの言葉を言おうとして…でも俺がまくし立てると、その人は立ち止まった後に一つ頷き、そこから反転。味方の霊装者の元へ近付き、武器を仕舞い、担ぎ上げて離脱に動く。

 

(良かった、あの人が味方を大事にする人で……)

 

 この場から離れていく後ろ姿に、俺は内心で安堵の籠った吐息を漏らす。ここまでの言動、見て取れた性格から、こうなれば味方の命を優先するとは思っていたけど…半分以上はただの期待。そうであってほしいという希望を込めた選択で…俺は賭けに勝った。今ならまだ、やられた霊装者も助かるかもしれないし…これで暫くは、あの霊装者に邪魔をされない。

 

「…お前は、どこかで……いや、それはどうだっていい。今すぐ立ち去るなら、見逃そう。けど、邪魔をするなら……」

「先に言う、立ち去る気は無い…ッ!」

 

 言い切る前に俺は答え、そのまま火器での攻撃を続行。上昇をかけながら、上から射撃と砲撃を撃ち込む。

 さっきの行動は狙い通りになったとはいえ、結果今あるのは魔人に対する一対一の状況。これは間違いなく不利であり…だとしても、やるしかない。それもただ耐えるのではなく、撒くのでもなく…聖宝を手に入れる為の、勝つ為の戦いを。

 

 

 

 

 諦めない事、挫けない事、自分の意思を貫き通す事。それは大切な事だ。常にそうしてたら日々疲れてしょうがないだろうが、ここぞって時にその精神を発揮出来る人間は、強いし頼りになると思う。

 だが、それはあくまで味方か、全く関わりのない相手の場合の話だ。当たり前っちゃ当たり前だが…敵がそんな精神を持ち合わせていると、厄介ったらありゃしない。

 

「くっ、こいつ…単純な力なら、そこまで変わってない筈なのに……ッ!」

「気持ちの変化ってやつだろうな…ッ!」

 

 大小様々な魔物擬きを放っては仕掛け、仕掛けは放ち、休みなく攻撃を続けてくる魔人。俺も妃乃も攻撃を捌き、凌ぎ、反撃のチャンスを伺ってはいるが…その瞬間は、そう簡単には訪れない。

 今妃乃が言った通り、魔人の能力そのものが前より格段に向上している、って感じはない。つまり、今と状況は違えど相手は一度倒す直前までいった魔人な訳で…されど、明らかに前とは違う。前と違って、出し惜しみがない。俺の事も妃乃の事も…見下してはいても、敵に対する侮りが一切今の魔人にはない。…まさか、こんな形であの時取り逃がしたツケを払う事になるとはな…!

 

「もっと来いよ…手ぇ抜いてっとぶっ殺すぞッ!」

「手抜きしてようがしてまいが、テメェは殺す気だろうがよ…ッ!」

 

 突っ込んできた魔人の手刀と、正面から斬り結ぶ。何とか左に受け流し、妃乃の反撃に繋げたが、魔人も靄を纏った両腕で防いで、お返しの魔物擬きをけしかけてくる。

 勝ち目がない…って訳じゃない。こっちも出し惜しみなしで戦えば、もっと攻め立てる事も出来る。だが、ここで全力を使い果たす訳にはいかない。こいつも厄介な敵ではあるが…本来止めるべき、倒すべき敵じゃねぇんだから。

 

(…けど、温存をした結果こっちが戦闘不能になるだとか、ここで時間がかかった結果、聖宝を御道か誰かに奪われたとかじゃ洒落にならねぇ。それに…相手は魔人だ、アレを使うにゃ十分な相手じゃねぇか…!)

 

 押し返し、追撃をかける妃乃の斬撃を両腕で捌きながら、魔人はサマーソルトのように妃乃を蹴り上げる。その脚からは魔物擬きの顎門が現れ、その蹴りの攻撃範囲を拡大する。妃乃はそれを、素早く下がる事で回避するが…連撃は、止まる。

 そこで俺は、牽制の射撃をかけながら突進。ギリギリの距離までフルオートで弾丸を撃ち込み…勢いそのままに、直刀を振り出す。

 

「はっ、そうだよ…本気で、全力で、死に物狂いで来やがれ人間ッ!その上でオレがッ、ぶっ倒してやるからよぉおおッ!」

「さっきから、いちいち、勝手な事を……言ってんじゃ、ねぇッ!」

 

 数秒の間直刀と手刀でせめぎ合い、互いに押し出すように離れる。直後に妃乃が突進からの刺突をかけ、防御こそされるものの姿勢を崩し、そこは俺が再び切り込む。肉薄し、振り上げた直刀を振り下ろす……そう見せかけて、肩から突っ込む。姿勢の崩れた状態から、強引に再度防御姿勢を取ったからこそ、俺はタックルを浴びせて後ろに飛ばす。

 

「……ッ、テメェ…!」

「これで……ッ!」

 

 今度こそ、本当に姿勢を崩す魔人。当然タックルをかました俺も姿勢は崩れ、再び距離も離れている。…だが、いける。ただ追撃するんじゃ立て直しの分、相手にも時間を与えてしまうが…あれなら、いける。

 相手を見据える。先の事を、次の動きを、はっきりとイメージする。目指すはただ一つ、奴を倒して御道を──

 

「チェストぉおおおおおおぉぉッ!」

『……ッ!』

 

 その、次の瞬間だった。全く予想外の声と共に……飛び込んできた綾袮が、魔人に大太刀の一撃を叩き込んだのは。

 全くもっての予想外。攻撃どころか、綾袮の存在そのものが想定外そのもので……だが、魔人は吹っ飛ぶ。斜めに地面へ落ちていって…幾本もの木の枝がへし折れる音が、周囲に響く。

 

「あ…綾袮!?」

「ふー…いきなりごめんね!」

「へ?…あ、いや…まぁ、うん……」

 

 驚きのままの声を妃乃が上げる中、大太刀を振り抜いた体勢から身体を戻した綾袮は、あっけらかんと俺に言う。一先ず俺は頷くが……いや、マジでどゆ事…?

 

「ちょっ…なんで貴女がここに……」

「おじー様に言われて、ね。けどまさか、魔人なんて…おじー様の勘、ドンピシャじゃん……」

 

 今の回答だけじゃ、よく分からない。…が、取り敢えずこっちに来るよう指示された事、それが綾袮のおじー様の勘だって事だけは理解出来た。…あれ?よく分かんねぇと思ったが、割と理解に必要な事は今の発言だけで揃ってね…?

 

(…まあ、何にせよ…結果的には、万々歳か……)

 

 仕掛けようとした瞬間に現れた綾袮。ある意味俺は攻撃のチャンスを奪われた訳だが…俺より実力のある綾袮の一撃が強かに入ったんだから、むしろこれは好都合。これで撃破出来たのなら本当に御の字で、そうでなくてもそれなり以上のダメージが……

 

「く、くくっ…そうだ、もっとだ…数だろうと、力だろうと…ありったけ出してこいよ人間…全部ぶっ潰して、捻り潰してやるからよぉ……!」

「……っ…まさか、受ける直前で魔物擬きを…」

 

 聞こえた声。隠し切れない驚愕。目を凝らせば、自分に引っかかる木の枝を振り払いながら、こちらへ依然敵意に満ち溢れた瞳を向ける魔人がいて……その傷は、浅い。今綾袮が言った通り、まるで何かを盾代わりにしたとしか思えない程傷が浅く……次の瞬間、全員が驚愕する中で真っ先に動いたのは、妃乃だった。

 

「…悠耶!貴方は顕人を追いなさいッ!」

「……!…追うって…そりゃ確かに、妃乃と綾袮なら大丈夫だと思うが……」

「そうよ、だから行って!行って…止めるのよッ!」

 

…それが、どういう意図によるものなのかは分からない。この様子じゃ三人がかりでもまだ時間がかかりそうで、二人で連携するなら妃乃と綾袮が組むのが一番だからっていう、合理的判断で俺に追えと言ったのか、それとも別の理由、別の思いで俺に御道を追わせようと…或いは追わせてくれようとしているのか。それを判断するには、あまりにも情報が少なく…だが妃乃の真剣さは、本気は、今の言葉だけで十分過ぎる程に伝わってきた。

 俺は頷く。分かったと、言葉ではなく行動で返し、反転する。そして追おうとする俺に、不意に妃乃が投げ渡してきたのは……布に包まれた、あの刀剣。

 

「これは……」

 

 訳が分からず困惑する俺だが、その俺に妃乃は頷く。任せたとも、信じてるとも言っているように見える顔で、そんな風に思える瞳で。

 だから俺は、それ以上の事は言わずに追走を開始する。妃乃と綾袮が迫り来る魔物擬きを斬り払う中、先に行った御道を追って空を進む。

 分からないが、それでも妃乃は俺に行けと言ったんだ。俺に託したんだ。だったら俺は、その思いに応えるだけだ。思いに応えて…俺が、御道を…止める……ッ!


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