双極の理創造   作:シモツキ

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第二百三十二話 決戦の始まり

 偽移送作戦、その行動は至って単純。熾天の聖宝を双統殿へと移動させると見せかけ、聖宝を狙う勢力を誘き寄せ、迎撃によって撃破するだけ。目論見や準備の段階は複雑でも、想定される戦闘の内容は、ただ襲ってくる敵を迎撃するのみというもの。

 それは、移送護衛の部隊も、地下空間周辺での待機…本当の意味での、聖宝防衛部隊も、対して変わらない。

 これは、ただの小競り合いで終わるのか、それとも決戦になれのか…それを知る由もない俺は、ただ全力を尽くすまで。それ以上でも、それ以外でもなく…全身全霊で、果たすべき事全てを果たす。

 

「悠耶。始めに言っておくけど…今回の作戦で貴方は、前と同じかそれ以上に、重要な戦力として見られてる。…その意味は、分かるわよね?」

「ああ、分かってる。その言葉の意味も、ここに立つって事の意味もな」

 

 富士での待機、建前上は「聖宝の移送によって起こり得る事態の警戒と調査」…という事で防衛拠点跡地(大半は撤収済み)に身を置く中、真剣な眼差しの妃乃によって、そんな言葉をかけられる。当然俺は、それに首肯し…それからふと、ある事に関して訊き返した。

 

「…その『見られてる』ってのは、協会としての認識か?」

「え?…まぁ、そうだけど…それがどうかしたの?」

「別に、だからなんだって訳じゃないさ。…ただ、妃乃個人はどう思っているのか、それが少し気になっただけだ」

 

 そう言って、俺も妃乃へと視線を向ける。問いの形は取らなかったが…察しが悪かったりはしない妃乃なら、今の言葉の意図は分かる筈。そんな思いで見ていると、妃乃は一度ほんのりと顔を赤くしてから目を逸らし…だが俺へと視線を戻して、言う。

 

「…私だって、期待してるし信頼もしてるわ。悠耶は…仲間として、心強いって思ってる」

「…ありがとな、妃乃。だったら俺は、その期待と信頼に応えてみせるさ」

 

 恐らくは感じていたのだろう恥じらいや照れ臭さを飲み込んで、返してくれた期待と信頼。それは俺にとって、嬉しいものでも、光栄なものでもあり…けれど何より、思う。その期待と信頼には、応えなくてはと。

 

「その言葉、信じるわよ。…ところで悠耶、その装備は……」

「この戦いは、譲れないものが多いからな。やれる限りの事は、しておきたかったんだよ」

 

 立場が変わり、今度は妃乃が俺に質問。その問いに俺は答え…もう一つ、妃乃に尋ねる。

 

「それで言ったら、あれは作戦に関係あるものなのか?」

「あれは…まあ、おまじないみたいなものよ。勿論選択肢の一つとして、必要なら使う事もあるだろうけど、ね」

 

 あれというのは、サラシの様な布で包まれた一振りの刀剣。それが今、地下空間で安置されるように置いてあり…妃乃の回答からして、戦闘にも使える儀礼用の物、って辺りなのだろうかと考える俺。

 まあでも、それはどうだって良い。これに関しては、ただ気になっただけだから。そういうもんならそういうもんだと片付けて…集中するとしようじゃないか。俺の役目を、目的を果たす為に。

 

(さぁ、いつでも来やがれ…じゃあ、駄目なんだが……来るなら来いよ、御道)

 

 作戦的には、来ない方が良い。こっちに強奪部隊が来るって事は、移送が偽りだって事がバレちまってる訳だから。だがその上で、俺は自分を奮い立てる。奮い立て…そして、待つ。もしもあり得るのだとしたら……御道とぶつかる、その瞬間を。

 

 

 

 

 聖宝を移送するという情報は、得ていた。実際に、その作戦が行われるのも、恐らく間違いない。けど、本当に運ぶかどうかは、全くの別。疑わしいどころか、本当は移送なんてしないんじゃないかと思う気持ちの方が強い。

 けど、確証はない。分かり易く疑わしいからこそ、裏の裏をかいて、逆に移送するのかもしれない。どうせ嘘だろと思わせ、安全に移動させる事こそが真の目的という事もあり得る。

 もしも移送が本当の事で、双統殿に運ばれてしまったら、手出しは今より難しくなる。こっちが手をこまねいていればいる程、どこか別の組織が動いて強奪してしまう可能性も高くなるし、ずっと動きが無しじゃこっちの士気も下がっていく。つまり、怪しくても動かざるを得ない状況がそこにはあって……俺は、俺達は選んだ。…ならば、その策略に乗ってやろうと。乗った上で、それを覆してやろうと。

 

「御道顕人。聖宝の移送車と思しき車両が、第二地点を通過しました。間もなく第三…そして第四地点にも到達するでしょう」

「了解です」

 

 インカムから聞こえるのは、ゼリアさんからの連絡。すぐに俺は全員へ伝え…少しでも緊張を和らげようと、大きく一つ深呼吸。

 第四地点。そこを通過した瞬間に、こっちは全力で強襲をかける。戦力の出し惜しみも、分散もしない。物量差は歴然な以上、全力でぶつからなきゃまず成功の可能性すら出てこない。

 そして、これから俺達が仕掛けるのは、移送車両。疑わしくともこっちをまず狙うのは、こちらは移動する対象であり、もし仮に富士山の方へ仕掛け、そっちがもう空だった場合、まんまと移送する時間を与えてしまう事になるから。

 

(…見える限りじゃ、人の姿もない…今更だけど、ほんとに凄いものだ……)

 

 今は夜間とはいえ、それを加味しても人影がない。その理由として挙がるのは二つ。一つは協会が、政治方面から上手く人払いをしているというもので…もう一つが、霊装者の…非日常側の性質そのもの。霊装者も魔物も、力を解放すると普通の人を遠ざける性質が…或いは普通の人の方が、霊装者や魔物を認識しない方向で動こうとする性質があって、霊装者は勿論魔物の事すら人間社会で一切騒ぎになっていないのは、これが理由。

…こうなっていてくれて、助かった。協会側もだろうけど…俺だって、関係ない一般の人達を巻き込みたくない。極力じゃなくて、絶対に誰一人として傷付けたくない。目的の為なら、犠牲も許容する…そんなのは、俺が理想とひている姿じゃない。

 

「まだ来ないの…?こっちは早くやりたくてうずうずしてるのに……」

「漸くやってやれる…間違ってんのはどっちなのかって、やっと示してやれるんだ…」

 

 聞こえてくるのは、昂り混じりな皆の声。好戦的な…剥き出しの刃の様な感情を露わにする皆から、躊躇いの気持ちは感じられない。

 やっぱり、おかしい。間違いなく、皆の精神には何か変調が起きている。しかもそれは、霊装者として…この紅い結晶を用いる度に、よりはっきりして言っているような気がする。けど俺には、同じように用いてる俺には、少なくとも自分で分かる範囲じゃ何もなく…あの時ゼリアさんの言った言葉も、一理ある。皆は自分で選んでここにいるのであり、変だからと言って俺が止めるのは、正しい事だろうか。勧誘したのは…切っ掛けを与えたのは俺なのに、その俺が皆の思いを邪魔する事が、正しいと言えるのだろうか。

 

「…先輩、表情が硬くなってますよ」

「へ…?…あ…はは、みたいだね……」

 

 思考の海に落ちかけていた俺を呼んだのは、隣に現れていた慧瑠。その言葉で我に返った俺が、自嘲気味に苦笑いをすると…真面目な顔で、慧瑠は言う。

 

「…今ならまだ、引き返せますよ?」

「…引き返す…?…いや、そんなのもう……」

「いいや、引き返せますよ。元通りの日々には、無理でしょうが…投げ出す事なら、簡単です。…先輩には、自分がいるっすからね」

 

 そんな選択肢ある訳ないと、考えもしなかった事を言われ、俺は困惑。でも…投げ出すだけなら、確かにそうだ。今の慧瑠がどこまで本来の力を使えるのかは分からないけど…避け、隠れる事においては、慧瑠の力は右に出る者がいない程なんだから。

 そして投げ出してしまえば、楽だろう。これが一番楽なのは明白だ。…でも……

 

「…ありがとう、慧瑠。けど、俺は引き返さないし、投げ出しもしない。…だってこれは、俺が望んだ事なんだから。望んで、自分の意思で走ってる道を…途中で投げ出したりなんてして堪るもんか」

 

 それは違う。根本的に間違っている。確かに今、俺は自分の行動がもたらしたもの…その中で生まれた、望まなかったものを目の当たりにはしてるけど、後悔はしていない。責任は感じているし、これもこのままでいいとは思ってないけど、自分の道を否定したいとは微塵も思わない。

 

「…ま、そうっすよね。そんな感じの返答がくると思ってました」

「あ、そうなの…。…ほんとありがと、気を遣ってくれて」

「いえいえ。先輩あっての自分っすからねー」

 

 軽い調子でそう答え、慧瑠はふわりと下がっていく。それを俺は追わずに…気持ちを、切り替える。戦いへと、照準を合わせる。

 多分慧瑠は、こうやって気持ちを切り替えられるよう、声をかけてくれたんだろう。きっとそうだ。慧瑠はマイペースに見えて、その実いつも俺を気遣ってくれているんだから。

 

「…皆、少し良いかな?」

 

 気持ちを切り替え、小さく息を吐き、インカムを用いて全員に呼び掛ける。作戦や行動は、もう確認を終えている。だからこれから言うのは、ただの言葉。ただ俺が、皆へと伝えたいだけの思い。

 

「この戦いに勝ち、聖宝を手に入れられれば、一気に変わる。霊源協会から離反した一部の霊装者から、聖宝を…唯一無二であり、絶対でもある存在を有する勢力へと変わる。何が起こるかも分からないまま、知らされないまま協会を信じて戦い、結果道を閉ざされた俺達が、何もかもをひっくり返す事になるんだ」

 

 俺と皆は、完全に同じ境遇という訳じゃない。俺は皆より早く本当の事を知っていて、そこから再起する機会も得られた。それは、その理由を一言に纏めるなら、やっぱり『縁』や『繋がり』であり、良い方面でも悪い方面でも他者と結んだ関係こそが、今俺をここまで導いている。そう思うからこそ、俺は続ける。こうして繋がりを持った、皆に向けて。

 

「だから、皆には信念を、自分の思う道を貫いてほしい。怒りとか、復讐とかじゃなく…胸を張れる意思で、皆に力を貸してほしい」

 

 言いたい思いを言い切って、俺は通信を終える。いきなり何を言い出すんだと、困惑されたかもしれない。でも、困惑されたとしてもいい。俺は伝えたかった、ただそれだけだから。

 あぁ、そうだ。これは仕返しの為に、協会へ後悔をさせる為にしている事じゃない。俺にとっては夢、憧れ、理想…望む俺自身となり、望む自分で在り続けられる世界を作る事こそが目的であり、信念であり、それが正義。絶対的な、俺の正しさ。そしてそれぞれに形や方向性は違えど、皆も同じように信念を、諦められなかった思いを持っている筈で…それを忘れなければ、貫ければ、きっと変調も乗り越えられる。…そう、信じたい。

 

「…当然だ。貫こうじゃねーか、俺達の正しさを」

「そうね。ここまで来て、やってやるって思いを無駄になんか出来るもんですか」

 

 インカムから、或いは直接聞こえる形で、返答の思いが返ってくる。その言葉に頷いて、俺は意識を研ぎ澄ます。恐らくは、成功より失敗の可能性の方が高いこの作戦で…それでも可能性を、掴み取る為に。

 

「第三地点を超えました。…準備は、宜しいですね?」

 

 再び聞こえたゼリアさんの声。第三地点を超えた、それが聞こえた数十秒後……遂にそれが、視界に映る。

 

「……さあ、始めるよ。総員…攻撃開始!」

 

 路上を走る、数台の大型車両。一台以外は…いや、もしかするも全てがダミーで、空には護衛の部隊も見えている。それ等を確認したところで…俺は、始動の合図を出す。

 何も恐れる事はない。時は来た、心も完全に決まっている。ならば後は…全身全霊で突き進むまで。

 

「やってやる、やってやるさ!」

「どれに乗ってるか分からないなら、全部確かめるまでよ…!」

「逃がしはしない……ッ!」

 

 味方が次々と飛び立ち、夜空に赤い光が灯もり始める。俺も地面を蹴るようにして飛び上がり、そのまま高度を上げていく。

 けど、俺が向かうのは車両でも、護衛部隊でもない。俺は高く、高く昇っていき……俺の新たな装備、その背中に備える四基の大型スラスターを可動させる。斜め十字をつくるように動かし、その状態で一気に霊力を流し込み…空に、巨大な十字を描く。

 

「聞け、全ての霊装者よ!正義は私に、我々にある!我々が望むのは支配でも、混乱でも、復讐でもない!自由であり、真実であり、己の心の中にある信念を貫ける世界こそが、我々の望み、我々が目指すものだ!同じ世界を志すのなら、正しくより良い未来を願うのなら、道を開けよ!」

 

 赤い霊力の光を、二対四枚の翼が如く夜空に広げ、俺は声を轟かせる。これは私利私欲を満たす為だけに襲う、無法者の襲撃ではないのだと、正義は自分達にこそあるのだと示す為に、わざと目立ち、わざと俺の存在を意識させる。

 これは、建前じゃない。自分の、自分達の行動を正当化する為の方便でもない。…当然だ。俺は、正しい事を言っているだけなのだから。

 

「……ッ!」

 

 とはいえ当然、本当にこれで道を開けてくれるとは思っていない。道を開ける霊装者は勿論、こちら側に付いてくれる人もまた存在せず…お返しとして放たれたのは、長距離攻撃。光芒は回避した私のすぐ側を駆け抜けていき、これを皮切りにするようにして、双方の激突が幕を開ける。

 

「……すぅ…はぁ…──ッ!」

 

 緊張で、不安で、心臓が早鐘を打つ。それを落ち着かせるように、俺は大きく深呼吸をし……迷いや躊躇いが鎌首をもたげる前に、両手の火器と、砲との兼用でもあるスラスター四基を前へと向ける。

 そして、発射。六門で同時に放ち、霊力の光芒を戦場へと撃ち込む。撃ち下ろす形となった光弾や光芒は、狙った通りの位置へと伸びて……一発たりとも誰かを傷付ける事がないまま、全弾避けられ虚空に消えた。

 

「よし…ッ!」

 

 完全な空振り。狙った部隊の連携を崩す事には成功したけど、撃破はゼロ。けど、それで良い。それも含めて、狙い通り。

 もう既に、何人も車両に向けて切り込んでいる。四基を元々の、通常の推進器としての形態に戻した俺も、その後を追うように突撃を始める。

 

「馬鹿な事は止めろ!君達の言う事にも、同情の余地はある!だがどんな理由があろうとも、これは単なる反逆だ!許される事じゃない!」

「許すか否かは、私が決める事だ…ッ!」

 

 迎撃の為上昇してくる協会の霊装者に対し、両手の火器を用いて牽制。幾ら対多数戦…手数や面制圧能力を必要とする戦いが比較的得意だと言っても、囲まれてしまえば対処し切れない訳で、そうならない為俺は空で動き回る。

 その最中、投げ掛けられる糾弾の声。それを言っているのは、俺より一回り歳上らしい霊装者で、味方の援護を受けながら俺に接近を仕掛けてくる。援護射撃でこっちも狙い撃ちし辛いとはいえ、俺の攻撃をしっかりと避けている辺り、相手の実力は侮れない。

 

(この人に接近戦をされたら厄介だ…だから……ッ!)

 

 引き撃ちをかける俺と、そのまま距離を詰めてこようとする相手。ならばと俺は四基の大型スラスターの内二基を動かし、肩越しに砲撃。相手は確実に避ける為か速度を落とし…見立て通り、余裕を持った動きで避ける。

 けれどそのおかげで、俺には余裕が出来た。そして俺はその余裕を活かし、推力最大。即座に二基を戻し、真っ直ぐ真正面へ…相手の霊装者へと突っ込んでいく。

 恐らくは咄嗟の判断で、相手は防御する事を選択。対する俺は、フルスロットルのまま肉薄を仕掛け……身を、躱す。軌道をずらし、相手の真正面から逸れ…すれ違う。

 

「……!しまっ……!」

「これで…ッ!」

 

 駆け抜けた直後、してやられたとばかりの声が聞こえた。けどもう遅い。俺の狙いは、こうして躱す事であり…俺が銃口を向けるのは、援護射撃をしていた後衛の一人。

 後衛と言っても、そう距離は離れていない。十分射程圏内であり、相手は面食らっている。明らかに反応が遅れ、動きが俺に追い付いていない。だから俺は躊躇う事なく右手の火器、連射型の霊力ライフルの引き金を引き……相手の持っていた、両手持ちのライフルを撃ち抜いた。

 

「先輩、上!すぐ側っす!」

「了、解ッ!」

「何……ッ!?」

 

 撃たれた衝撃で相手の手から落ちていくライフル。直後に聞こえたのは慧瑠の声であり…その声に従って、俺はオーバーヘッドキック。後方回転で上下が逆さまになった瞬間、援護射撃をしていたもう一人…今は上から俺に強襲しようとしていた霊装者の身体へと蹴りが直撃し、そのまま俺は蹴り飛ばす。

 二人の内、片方の携行火器を破壊し、片方を蹴り飛ばして、最初の霊装者が蹴られた味方を受け止めている間に俺は三人の相手を振り切る。

 

「慧瑠、ありがと。助かった…!」

「自分ももう腹は決めてますからね。最大限支援するっすよ」

 

 再び両手の火器で牽制を、敢えて分かり易く避け易い…それ故に回避を誘発出来る射撃を仕掛ける事で道を開き、車両に向けて突っ込んでいく。回避から鋭く反撃に転じる相手や、そもそも射角の外にいる相手に対しては面制圧の攻撃をかけ、足止めしつつ距離を取る。

 

(よし、やれる…圧倒は出来なくても、目的は果たせる…ッ!)

 

 今俺は、部隊を組まずに戦っている。それなりに強くはなれたとはいえ、俺以上の実力を持つ霊装者なんてこの場に何人もいるだろうし、普通なら大立ち回りをする前に押し切られる。…けど、今俺はそうなっていない。押し切られる事なく…元々は味方であった協会の霊装者達に対しても、装備のみの破壊や打撃だけで立ち回れている。

 それが出来ている理由は二つ。一つは、慧瑠がサポートしてくれているから。単に死角もカバーしてくれるだけじゃない、傍から見れば見えている筈のない、気付かれる訳のない位置からの攻撃へ的確に対応出来るというのはかなりのアドバンテージで…慧瑠がいてくれるから、俺は見えている範囲の対処に専念が出来る。相手の想定を超えられる事と、死角を気にしなくて良いと思えるのは…本当に、強い。

 

「先輩、また来るっすよ…!しかも今度は……」

「段々マークされるようになってきたか…だったら、ここで……ッ!」

 

 言うが早いか、何本もの光芒、何発もの弾丸が周囲に飛ぶ。今のところは無事だけど、既に何発も掠めてはいる。…けど、怖じる事はない。気持ちが昂ぶっているおかげで、危ないとは思っても怖いとは思わない。ちゃんと、視界の中にあるものが見えている。

 一度攻撃を止め、真上に向けて飛び上がる俺。上空への道を射撃で塞がれる前に、可能な限り高度を上げ…次の瞬間、俺は足を振り上げる。振り上げ、推力の向きも変える事で宙返りをし……全身に纏う装備、その全てのハッチを開放する。

 これまでの、協会で使われている装備は、基本的に武器一つ一つを身に付けるだけだった。それに対し、今俺が…俺達が装備しているのは、謂わばパワードスーツ。全身の各部に纏う重武装であり…その内の俺の装備、そこに備えられているのは、幾つもの砲門。集中力をフル稼働させる事で、眼下へ一気に狙いを付け……充填しておいた霊力で以って、全ての砲から一斉に放つ。

 

『……ッ!』

 

 それは俺が知る限り、一人の霊装者が一度に放つ事はまずないような光芒の幕。相手の霊装者は皆ぎょっとした様子で回避に移り…俺はそのまま砲撃を続行。派手に撃ち、その後も激しく飛び回る事で、視線を…注目を集める。

 これが、もう一つの理由。格段に伸びたこの対多数戦能力が、手数で薙ぎ払う事の出来るこの装備が、今の俺の立ち回りを実現させている。当然メリットばかりでなく、デメリットもある装備ではあるけど…今重要なのは、俺がすべき立ち回りを実現させてくれてるという事。単独で飛び回り、重火力で目立ち…味方の為、味方の前進の為に、全力で注意を引くという役目を。

 

(もっと、もっとだ…もっと引き付け、もっと俺の存在を印象付けて、そして……ッ!)

 

 今の戦い方が、ずっと続く訳がない。霊力は膨大でも、体力や集中力は、もっとずっと前に尽きるんだから。それが尽きてしまえば、まともに戦えず…仮に戦えたとしても、直撃はさせずに注意だけを引き続けるという「俺の戦い」はきっと、出来なくなるのだから。

 だかそれは、今より後の事。そうなってしまっても尚、目的や目標が果たされていないのなら、その時点でもう作戦は失敗。即ち考えるべきは、そうなった場合ではなく…そうならないようにする事のみ。

 先ではなく、今。今の先にある未来の為に、聖宝の奪取という目的を果たす為に、手始めの目標へと向けて……俺は、全力を尽くす。


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