双極の理創造   作:シモツキ

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第二百二十五話 この繋がりは、途切れはしない

 三人が誘いに答えてくれた事で実現した、三人とのデート。まずはゲームセンターで遊び、次に和食の料理屋で昼食を取った。そこではお腹は勿論の事、ある意味胸も一杯になった。

 そして、昼食を取った定食屋を後にしたのが数十分前。俺達は、俺が提案した次の目的地へと辿り着き……先に言おう。非常に、非常に癒されていた。

 

「にゃー、にゃにゃ〜。これが欲しいのかにゃ〜?」

「わっ、わわっ。もう、くすぐったいですよぉ…ふふっ」

「…もふもふ……」

 

……正直、活字だけだと分からないと思う。少なくとも、俺なら分からない。何か如何わしい事でもしているのか、と思ってしまう。けど勿論、如何わしい店じゃない。至って健全な店にいる。

 俺達が今いるのは、とある猫カフェ。猫が沢山いて、その猫と触れ合える店。つまり…綾袮達は今、その猫達と戯れていた。

 

「ほーれほーれ、猫ちゃん頑張るにゃ〜」

 

 語尾ににゃを付け、明らかに楽しんでいる綾袮は今、猫じゃらしを使って猫と遊び中。左右に振ったり高く上げたりして巧みに掴もうとしてくる猫を躱し、ノリノリで猫と遊んでいる。…言うまでもなく可愛い。にゃーにゃー言ったり、ちょっと猫をからかってる感じに時々悪戯っぽい笑みを浮かべるのがとても可愛い。

 その綾袮と対照的なのが、ぎゅっと猫を抱いたラフィーネ。ある時波長が合ったかのように一匹の黒猫が近付いてきて、やはり波長が合うのか抱き上げられてもその猫は静かていて、ラフィーネは猫の抱き心地を堪能している。…こっちも可愛い。ラフィーネはちょっと猫っぽいところあるし、猫とのツーショットでダブルに可愛い。

 そんな二人とは逆に、フォリンは受動的。…と、いうよりいつしか猫の方から積極的に群がってきていて、フォリンは全部の猫に対応し切れていない。さっきから脚やお腹、脇腹なんかを猫にテシテシされていて……これがまた可愛い。翻弄されちゃってるのも良いし、困った声を出しつつも嬉しそうなのがやっぱり可愛い。

 

(……なんか俺、今日は可愛いってばっかり思ってんな…)

 

 そこでふと、同じ事ばっかり考えている事に気付いた俺は軽く自嘲。けど実際、可愛いんだから仕方ない。それに表現としては同じ「可愛い」でも、毎回その可愛さは違っていて……って、落ち着け落ち着け。俺は一体何を考えているんだ…。

 

「……うん?」

 

 自分の変な思考を振り払うように頭を軽く振っていると、近付いてきたのは一匹の白猫。俺がその白猫を見ると、猫の方も丸い目で俺を見つめ返してきて…何気なく俺は、右手を差し出してみた。すると猫は、みゃ〜と小さく泣いてから、差し出した俺の指を舐めてきて……うーむ、綾袮達へさっきから可愛い可愛いと思っていた俺だが、普通に猫も可愛い。愛らしい。

 

「おー…よしよし。…ん?ここかな?ここが好きなのかな?」

 

 舐め続けている猫の頭を逆の手で撫でると、猫はぶるぶるっと身体を震わせる。けど、気に食わなかったのかと思い、今度は額の辺りを指先で軽くなぞると、今度は心地良さそうに目を細め、額をこちらに向けてくる。

 やっぱりここが好きらしい。猫は気紛れだなんて言うけど、こんな風にもっと撫でてほしそうにする姿は、気紛れどころかむしろ素直。そしてそんな反応をされたら、もっとしてあげようと思わない筈がなく……

 

『……ふふふっ』

「……はっ…!」

 

 うっかり俺は、俺が三人を見ていたように、三人も俺を見てくる可能性を失念していた。俺が気付いた時にはもう遅く…三人は生温かい目で、俺を見ていた。

 

「い、いやっ、これはその…ね、猫カフェだし…!猫カフェで猫と戯れるのは、至って普通の行為だし…!」

「…顕人、わたし達は見ていただけ」

「そうだよー顕人君。急に慌てちゃってどうかしたのー?」

「ぐっ…な、何でもないよ…何でも……」

 

 思わず言い訳しようとした俺だったけど、それは悪手。乗り切るどころか逆にドツボに嵌まってしまい、余計恥ずかしくなる羽目に。しかも何が辛いって、この場合俺が自爆しただけだから、怒る事も出来やしない…。

 

「…ま、それはともかく顕人君が猫カフェって言った時は驚いたけど、実際来てみたら大当たりだったね。はー、癒されるぅぅ……」

「ん、同感。これは定期的に来たくなる」

「確かに猫に囲まれるのは、他の娯楽にはない魅力が…きゃっ、わわ…っ!?だ、だから何故私にはこんなにも猫が…!?」

 

 ただ、幸い(?)なのは三人にそこまで追求弄りをする気がなかった事で、すぐにまた三人の興味は猫の方へ。今度は綾袮がさっきのラフィーネの様に猫の一匹を抱っこし抱き締め、ラフィーネは近くで丸くなっている猫の頭や背中をのんびりと撫で、何故か俺達の中でも断トツで猫に人気なフォリンは猫に飛びかかられて目を白黒。俺がさっきまで撫でていた白猫も、「なーぅ」と鳴きながらまた俺の方を見ていて…さっきの赤っ恥を「まぁいいや」と思える程、癒される空間がここにはあった。

 

 

 

 

 心が洗われるようだった猫カフェでの時間を満喫し終えた俺達は、今現在街中を歩いている真っ最中。

 ここまでは基本、行く場所を俺がある程度決めていたり、決めていないにしてもどうするかの話を主導していたりして、一応は俺がリードを…リード?…ま、まあとにかく、誘った側らしい事をしてきた…と思う。

 でも、決めていた通りに進めるだけっていうのもどうなんだろう。そう思って俺はその旨を伝え、けど三人もすぐに「これをしたい」っていうのは出せなかった事で、取り敢えず今は歩いている。

 

「…こうやって、四人で街の中を歩く事も久し振りな気がするよね」

「言われてみると、そうですね。最近してなかった、というかする場面がそもそも少なかった、って事だと思いますが…」

 

 まぁ、そりゃそうだよなぁ…とフォリンの返しに俺は頷く。同じ家で毎日会っていたんだから、何か特別な理由でもない限りわざわざ全員で街に出る事なんてないし、日常な買い物で四人も必要になる程多くの物を買ったりもしないから、ほんと四人で出掛ける…って事自体がこれまでもあまりなかった。

 

「って、いうか…それを言い出したら、何かのついでとか帰りとかで街を歩く事はあっても、人数関係なく最初からこういう感じに街を歩いたりする事自体、あんまりなくなかった?」

「それもそうか…まあほら、出掛けなくても同じ家にいる相手と、わざわざ外に出る理由って?…って話になるし…」

 

 身も蓋もない話だけどなぁ…と思いつつ言った俺だけど、それを聞いた皆は「あー」という表情をしていて、割と納得してくれた様子。…うん、そうだ。こうしてわざわざ、出掛ける事自体を目的にするとなったら…それこそ、デート位しかないと思う。

 

「…ところで、何か思い付いた?それともいっそ、ウィンドウショッピング……あ」

『……?』

「あ、いや…昼食の時の話じゃないけど、ウィンドウショッピングって和製英語…日本で勝手に作られた言葉なんじゃないかと思ってさ」

「それなら大丈夫。その言葉は、普通にある」

 

 ウィンドウショッピング…そのまま訳したら「窓の買い物」になりそうだし、これは所謂和製英語なんじゃ…と思った俺だけど、なんと普通にあるらしい。…言語って、奥が深いなぁ…。

 

「ふむ…えぇ、いいと思いますよ。明確な目的は決めず、のんびり歩くのも素敵だと思いますから」

「まあ、わたし達だとそれぞれ興味の引かれるものが結構違って、暇になる時間が多くなったりする可能性も……」

「…綾袮?」

「…ね、ラフィーネ、フォリン」

 

 それはともかく、フォリンはいいと言ってくれた。一方綾袮は、ウィンドウショッピングにした場合に起こり得る事を口にし……ている最中、不意に止まる。いきなり止まって、なんだ?…と俺が話しかけると、二人を読んで内緒話に。

 

「…えっと、あのー…皆さーん…?」

 

 目を盗んでこっそりと…とかじゃない、がっつりした内緒話。突然蚊帳の外にされた俺は呼びかけるも、全然反応が返ってこない。

 で、その状態が続く事数十秒。バレて白い目で見られるのも嫌だなぁ、と思って俺が聞き耳も立てずに待っていると、三人はくるりと振り向き…言う。

 

「顕人君。あそこの自販機で飲み物とか買ってていいから、ちょっとここで待っててくれるかな?」

「へ?ま、待っててって何故……あ、ちょっ…!」

 

 伝えるべき事は伝えた、とばかりに立ち去ってしまう三人。俺は完全に置いてけぼり状態で、心の中に吹くのは木枯らし。

 

(待って、どゆ事…?これ、一応デートだよね…?三人も、取り敢えずそういう体でここまで付き合ってくれてたんだよね……?)

 

 誘いを拒否されても仕方ない、とは思っていたけど、こんな途中で、いきなり置いてかれるのは想定外も想定外。これがまた地味にショックで、俺は飲み物を買いに行く事も出来ず…というか、喉乾いてなかったからそれで時間を潰す事も出来ず、ただただその場に立ち竦むばかり。

 これは俺が悪かったのだろうか。悪いとしたら、それはどこなのだろうか。ぽつんと待つ中、俺はそんな事ばかりを考えていて……そうして体感数十分(実際どうなのかは不明)もの間放置された末、漸く三人が戻ってくる。

 

「お待たせー、顕人君。…あれ…なんか、顕人君の場所が全然変わってないような……」

「あぁ、うん…ただただここで待ってたからね……」

「えぇぇ…?数十秒程度で私達が戻ってきたならともかく、今までずっとですか……?」

「いや、だって…ねぇ……」

 

 なんでそんな事を…とばかりの目で見られる俺だけど、こっちからしたら全く訳が分からないまま置いていかれたんだから、のんびり気楽に待てる訳がないでしょうが…って話。でも恐らくは出ているのであろう、俺の哀愁を全く三人が気付いていないようだったので、三人に文句を言うのは止めた。…別に、喧嘩したい訳でもないしね。

 

「…で、三人は一体何をしに行ったの…?」

「それは秘密」

「え、何故に…?某一つの言葉しか言っちゃいけなちコーナー的な返しだった事も含め、何故に…?」

「まあまあ、ここは秘密で納得してよ顕人君。後でちゃんと教えてあげるからさ」

「今じゃ駄目なの?」

「今より後の方が良いんです」

 

 いきなり放置された挙句、理由もすぐには教えてもらえないらしい。…なんかほんとに酷い事されてる気がしてきたけど、どうも三人の雰囲気からして、ただの意地悪や悪意によるものじゃないように思える。

 勿論、実際のところはどうか分からない。でも…そう感じられたんだから、今はそれを信じよう。俺はそれを、信じたい。

 

「…なら、後でちゃんと教えてよ?」

『はーい』

 

 やっぱり何かプラスの気持ちがありそうな三人を見て、俺は軽く肩を竦める。ほんと、何をしてきたんだろうか。

 そして、その後俺達はウィンドウショッピングを行った。ウィンドウショッピングというか、四人で散歩しつつ、気になるものがあったらちょっと見る…という程度だったけど、これはこれで楽しかった。楽しかったし…三人が楽しんでくれてたなら、行動としてはあまり中身のない時間だったとしても、俺は良い時間だったと思える。

 

 

 

 

 訳が分からないまま置いてかれた後の、散歩の様なデート。そこでは一応は本来の目的であるウィンドウショッピングっぽい事もしたけど、それ以外にも入った事のない路地を覗いてみたり、駅の前でやっていたちょっとしたライブを少しの間眺めたり、休憩も兼ねてカップの中にソフトクリームとたい焼きの入ったスイーツを買って食べたりと、色々な場所を回ってみた。その後も、デート…っぽいかどうかはともかく、皆で楽しいと思える時間を過ごした。

 充実していた。本当に可愛くて、個性的で、しかも俺の事を悪しからず思ってくれてる三人とデートが出来て、本当に本当に楽しかった。…だけど、時間は永遠じゃない。少しずつでも、時間は過ぎていって……気付けばもう、夕暮れだった。

 

「わー…!…なんていうか、じーんとくる光景だね…」

「ん、分かる。何か、引き込まれる」

 

 最後に訪れたのは、街外れの高台。観光スポット…って程じゃないのであろう、けどその高さもあって、見晴らしはまあまあ良いような場所。その場所から見える光景は、沈みつつある夕陽でほんのりと紅くなっていて……俺も思う。これには、心が引き付けられる、って。

 

「夕暮れに染まる街は、普段から見ているものなのに…場所が変わるだけで、印象も大きく変わるものですね…」

「場所もだけど、改めて…というか、見ようとして見てるかどうかもあるんだろうね。普段見てるって言っても、それは見てるというより、視界に映ってるだけ…って感じでしょ?」

「あー、それってあるよね。普段は何気なく見てたり、普通に話してたりしたものが、心の状態一つで大きく違って見えたり、逆に特別だって思ってたものが、何かを知った事で、急に冷めちゃったり…あるでしょ?そういう事」

 

 俺の言葉に頷く綾袮だったけど、最後は逆に訊いてくる。同意から、逆質問に内容が変わる。

 街と同じように、夕陽に照らされている綾袮の顔。夕日に照らされ、逆側は影になっているからか、綾袮の顔は普段よりも大人びて見えて…でも、すぐに気付く。すぐに感じる。そう思えたのは、何も夕陽のせいだけじゃないと。

 

「…ね、顕人君。今日一日、どうだった?」

「え?…それ、立場的に俺の台詞……」

「あ、それもそっか。ごめんごめん」

 

 このデートは、俺が誘ったもの。多様性が尊重される今の時代にはそぐわないのかもしれないけど、感覚としても、こういう質問は男からするもの…のような気がする。だからそれをさらっと言われた俺がぽかんとすると、綾袮は苦笑いし…改めて、視線で俺に訊いてくる。今の問いへ対する答えを。

 

「…そりゃ、楽しかったさ。最高に楽しかった。俺は今幸せだって、そう言い切れる位…楽しいデートだった」

「そっか、それなら良かったよ。それならわたし達も、一安心だもんね」

「…じゃあ、綾袮達は?三人は、どうだった?」

 

 その問いへ、俺は答える。隠す理由も、必要もないから、楽しかったと正直に伝える。すると三人は、ほっとしたような顔をしていて…そりゃそうだよなと、俺も思った。誘われた側だって、相手がどう思ってるかは気になるに決まってる。

 でもそれだけじゃ、皆の心は分からない。だから俺も、三人に訊く。三人の顔を見回すようにして訊くと、三人は一度目を見合わせて…言う。

 

「そんなの…わたし達だって、楽しかったに決まってるじゃん」

「正直、ただのお出掛けとどう違うのかは分からない。でも…楽しかった。凄く、凄く、楽しかった」

「三人同時に誘われた時は、唖然としましたけど…今なら言えます。来て、良かった…って」

 

 返ってきたのは、言葉と笑顔。楽しかった、良かったって言葉と、優しい笑み。……ほっとした。まずはほっとして…それから嬉しかった。さっきの時点で、俺の心は充足してたけど…今は、それ以上に満たされている。

 

「…ありがとう、三人共。俺の願いに、応えてくれて」

「違いますよ、顕人さん。私達は、顕人さんに応える為に来たんじゃなくて…私達が会いたかったから、来たんです」

「…綾袮、そろそろ」

「うん、そうだね。顕人君、手を出してくれるかな?」

 

 伝えたい、伝えなくては…そう思って発した感謝の言葉は、フォリンがゆっくりと首を横に振って、柔らかな表情を浮かべて、そうじゃないと否定する。

 それからラフィーネの言葉を受けて、俺の前へと出てくる綾袮。なんだろうか、そう思って俺が手を差し出すと、綾袮は両手を俺の差し出した右手に重ねて…その手が離れた時、俺の右手に置かれていたのは一つのお守り。

 

「…これ、って……」

「ほら、わたし達が一度別れた場所の近くって、小さい神社があるでしょ?だからそこで買ったんだ。顕人君は…ほんとに、ほんとに危なっかしいから」

「…そ、っか…はは、駄目だなぁ俺は…結局いつも、皆に心配をかけちゃってる…。…でも、うん…ありが……」

 

 思いもしなかった「お守り」という存在に俺は驚き顔を上げると、綾袮は言う。真剣な、でも優しさを感じる顔で、これは危なっかしい俺へのお守りだと。ラフィーネやフォリンも、綾袮と同じ瞳で俺を見ていて…抱いたのは、嬉しさと情けなさ。嬉しいけど、やっぱり俺は心配を…怒りでも恨みでもなく、心配をかけてしまうんだなと、どうしてもそんな情けなさが過ぎる。

 だけどそれはそれ、これはこれ。ちゃんと嬉しく感じた事を伝えようと思い、俺はもう一度、さっきとは違う感謝を伝え……

 

「…え、家内安全…?」

 

……なんか違くね?…と思った。じゃあ何が良いんだ、って言われたら俺もぱっとは出てこないけど、恐らく綾袮達が想像している事に対して、家内安全は些かずれているような気がする。…なんて、何気無く俺はそう思った。思ったし、訊き返すような声音で口にもしていた。…けど…次の綾袮の言葉で、俺は全てを理解する。

 

「家内安全だよ?だって顕人君はわたしの…わたし達の、大切な家族だもん」

「……──っっ!」

「それにこれ、お守りそのものは普通の…いや、お守りを普通とか言うのもアレかもだけど…とにかく神社で売ってたやつそのままじゃなくて、わたし達三人の思いと霊力を込めてるからね。付与出来る素材じゃないから霊力は完全な素通りかもだけど…それでもわたし達の思いは詰まってるお守りなんだから、大切にしなきゃ駄目なんだからね!」

 

 家内安全は違うだろう。…そう思った自分を、俺は殴り付けたくなった。わざとそういう捉え方をした訳じゃないけど……それでも、何を考えてるんだお前はと大声で言ってやりたくなった。

 ちょっと茶目っ気を込めた、綾袮のウィンク。それは夕陽で視界が効き辛くなっている今でも一切霞まない程、強く明るく輝いていて……俺は空を、真上を見上げる。みあげて、ゆっくりと息を吐く。

……涙が、出そうだった。お守りを手で包むと、本当にそこに込められた三人の思いが…俺を家族だと思ってくれてるその思いが伝わってくるようで、込み上げてくる思いの前じゃこんな誤魔化しをするので精一杯だった。

 

(…あぁ、くっそ…恵まれてるよ、本当に恵まれてるんだよ俺は…やっぱり、やっぱり俺は…三人が、皆が…大好きだ……っ!)

 

 心が揺らいでしまいそうだった。いや…揺らいでいた。やっぱり止めようって、俺にはこんなにも幸せな居場所があるんだからって、この三人を悲しませるなんて絶対駄目だって…心の中から、そんな叫び声が響いた。その思いは、その気持ちは、全く間違ってなんかいないって、頭も心も確信していた。……──でも。

 

「…ありがとう、皆。これがあれば、きっと大丈夫な気がするよ。……たとえ誰と、戦う事になったとしても」

 

 俺は、答える。俺を思ってくれる、皆への感謝と…これから先の、俺の意思を。俺はもう、霊源協会の霊装者ではないんだと。

 

「…顕人、君……」

「…朝は、デートだから…って答えなくてごめん。けど…今なら、話すよ。皆の訊きたい事、全部」

 

 曇る綾袮の表情を視界の中に捉えながら、三人に向けて言う。…初めから、三人の問いには答える気だった。でもまずは、三人との時間を過ごしたくて…だから俺は、今言った。

 

「…なら、顕人。顕人は…わたし達の、敵?」

 

 初めに問いてきたのはラフィーネ。それは初めから、核心に迫ろうとするような問いで……それに俺は、答える。

 

「俺の目的は、今の霊装者世界を変える事。その為に力を貸してくれる人、同じ志を持ってくれる人は味方だろうし…そういう意味では、俺の目的の邪魔をする人は敵になるだろうね」

「…顕人。わたしが言いたいのは、そういう事じゃない」

「そっか、ごめんね。…けど…ならラフィーネが言いたいのは、どういう事?」

「決まっている。…その目的に、顕人が目指す場所に、わたしは…わたし達は、必要?」

 

 あぁ…やっぱりそうか、そういう事か。…俺の目をじっと見て答えるラフィーネの言葉は、頭の片隅で俺が思っていた通りのもので…同時に少し、安心した。ラフィーネらしい、一切飾る事なく真っ直ぐな…俺には勿体ない位の、純粋な思いを今も持ってくれていたから。

 これが、頼もしいかどうかという問いなら、勿論肯定する。けど、必要かどうかなら…それがラフィーネが確かめたい事なら……

 

「…俺はラフィーネに、ラフィーネとフォリンには、自分がしたいと思う…そう思える選択をしてほしい。ただ、それだけだよ」

「…訊いた内容と、合ってるようで合ってない…」

「わざとだよ、ラフィーネ。…けど、これが俺の正直な答えだ。正直な、本心だ」

「…なら、良い。それで…それが、良い」

 

 今の答えを、どう受け取ったのか。それは分からないけど…ラフィーネは、こくりと頷いた。いつもと同じ、淡白な表情で…でもその瞳には、はっきりとした思いを灯らせて。

 

「…私も、いいですか?」

「勿論」

「では…顕人さん、貴方の力は…貴方の、ものですか?それとも、ゼリア・レイアードに…BORGに関わる力ですか?」

 

 ラフィーネと入れ替わるように、フォリンが俺の前に来る。じっと見つめて言う。

 

「……同じ夢を、持ってたんだよ。ウェインさんは、俺と」

「ゆ…夢、ですか…?…つまり、世界を変えるというのは……」

「あぁ、そっちじゃないよ。それにそもそも、世界を変えるっていうのは、目的であって夢じゃない。…もっと抽象的で、空想的で、子供っぽい…そういうものなんだよ、俺やウェインさんの抱いている夢は」

 

 物語への、創作の世界への憧れ。きっと普通の人は、それに「架空の話だから」…と折り合いを付け、諦めてしまう思いを、夢としてずっと俺は諦めていなかった。そして、より具体的な方向性は違えど、ウェインさんもそうで…この共通点があったからこそ、今俺は行動出来ている。憧れを語り合える相手であり、恩人でもある…俺にとってウェインさんは、そういう存在と言えるだろう。

 また俺は、訊かれた通りには答えていない。ただでもこれで…伝わっては、いると思う。

 

「…私には、理解が出来ません…顕人さんは、彼等に…ゼリアに一度殺されかけているんですよ…?なのに、どうして……」

「だとしてもそこに、俺の掴みたいものがあった。取り戻したいものがあった。…それ位にさ、俺にとっては大切だったんだよ」

「…分かりません…そんな説明じゃ、分かりませんよ…!顕人さん、貴方の選ぶ道は、貴方の自由です。それを止める権利は、私にはありません…でも、私は…私は……っ!」

「…大丈夫だよ、フォリン。俺はフォリンとの…二人との約束を、交わした言葉を忘れてなんかいない。都合の良い事を、なんて思うかもしれないけど…俺は他の全てを捨てて、諦めて、この道を選んだ…なんてつもりは、微塵もないから」

 

 その言葉と共に、俺はフォリンの頭を撫でる。撫でられたフォリンは、ぴくりと肩を震わせて…けれどそのまま、俺に撫でられる。

 

「…ラフィーネ」

「…ん」

 

 更に俺はラフィーネを手招き。何となく察した様子のラフィーネは、何も言わずにフォリンの隣に来て…逆の手で、俺はラフィーネの事も撫でる。

 色々な理由で忘れがちだけど、俺は二人より年上だ。情けない年上だけど、今も見習える年上らしさなんてないだろうけど…それでも、今位は年上らしい事をしたい。

 

「俺は俺の道を選んだ。この道を進む事に躊躇いはないし、その為になら誰とだって戦う。幾らでも戦う。それに俺は、自分が間違ってても…だなんて思わない。むしろ俺は本気で、俺自身を信じてる。……でもさ、その俺が信じてる俺っていうのは、皆と過ごした時間を含めての俺なんだよ。霊装者に目覚めてから今までの時間で、大きく変わった…のかもしれない俺を、俺は信じてるんだよ。だから…俺は俺を、裏切らない。俺が心から大切だって思ってる二人の事も、二人と交わした言葉も…今の俺の柱となってるものは、絶対に全部裏切らないよ」

 

 今の言葉で、分かってもらえるだろうか。こんな一方的な言葉で、納得してもらえるだろうか。…分からない、分からないけど…建前の言葉や、もっと理解を得られるような言葉を選ぶって事はしなかった。…俺は俺を裏切らないと、俺の道を進む事を躊躇わないと…そう言ったばかりなんだから。

 

「…なら、約束です…絶対に、絶対に…裏切ったりなんて、しないで下さいね……?」

 

 そうして、実際よりも長く感じる時間が経ち…フォリンは言った。きっとそれが、今フォリンが俺に向けてくれてる思いなんだろう。

 心配をかけて、相談もせずに決めて、立ち止まるつもりもない事を示した俺と、それでもまだ「約束」を交わそうとしてくれるフォリン。…ならば、やっぱり俺は裏切っちゃいけない。フォリンを、ラフィーネを……この二人を。

 

「……顕人君」

 

 撫で終え、俺は手を離す。ラフィーネは俺に頷き、俺も頷きを返し…二人は俺の前を空けた。

 そこへ、綾袮が再び歩んでくる。さっきは俺に、お守りを渡してくれた綾袮は…今一度、俺を見つめる。

 俺もまた、綾袮を見つめる。綾袮は何を言うのだろうか。…分からないけど…どんな内容であれ、俺は俺の思いを返す。それが、誠意ってものであり……皆に対し、真っ直ぐ向き合うって事だから。


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