双極の理創造   作:シモツキ

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第二百二十話 降り注ぐ光

「はぁああああぁぁッ!」

「そんな攻撃が当たるかよッ!」

 

 上方を取り、全身の勢いを乗せて斬りかかる。それを避けられ、お返しだとばかりに放たれる殴打。それを最小限の動きで、斬りかかった際の勢いを用いてそのまま降下する事で避け返した俺は、振り向くと同時に次なる攻撃を奴へと…魔人へと仕掛ける。

 

「ちッ…鬱陶しい野郎だなテメェは……!」

 

 突き出した直刀の刺突を、右前腕で阻まれる。ならばとそこから直刀を上に滑らせ、刀と腕でせめぎ合う形を作る。

 魔人を発見し、木への射撃で味方に魔人の存在を伝えた後の戦闘開始から、少しの時間が経った。具体的に、何分経ったかは分からない。それを考える程の余裕はない。

 

(鬱陶しくて、結構…ッ!)

 

 せめぎ合う中、魔人の左腕が見せる貫手の構え。その瞬間に俺も拳銃へ持ち替えていた左手を振り、腰の辺りに向けて連続で撃つ。

 直後、直刀諸共押し切られて崩れる姿勢。魔人自体が反動で下がった事もあり、弾丸は全て空を切るだけ。とはいえそれでも、攻撃を潰したと思えば十分。

 

「こっちもこっちで…ウザいんだよッ!」

 

 距離の空いた魔人が魔物擬きを出そうとした直後、魔人を複数の射撃が襲う。邪魔された魔人は防いだ後に射撃が飛んできた方向、その一つへ目を向けるが、その時点ではもう射手全員が場所を動いており…その隙に、再び俺は接近する。近付き、斬撃を放つ。

 今俺は、こちらへと来てくれた味方からの援護を受けて魔人と戦っている。魔人の能力である魔物擬きの使用を徹底的に潰してもらい、逆に魔人がそちらへ目を向けた時はその隙を突いて俺が接近戦に持ち込むという、そんな戦い方で魔人と空中戦を繰り広げている。

 

「随分と、気が立ってるみたいじゃねぇ、かッ!」

「はっ、テメェ等みたいに強くもねぇ奴等に絡まれてんだ、イラつくに決まってんだろうがよッ!」

 

 右手の直刀を主体に、合間合間を縫う形で拳銃による攻撃も織り交ぜながら、魔人へと喰らい付く。だが無理はせず、強引な攻め方はしないで、味方の援護射撃にも思い切り頼る。

 結果、数ではこっちがかなり有利でありながら、今のところ大きなダメージは与えられていない。こっちも擦り傷程度で済んでいるとはいえ、魔人に負担を強いるような流れを作れていない以上、この戦闘での魔人の消耗もあまり期待は出来ない。

 つまり、今は魔人をこの場に押し留められてはいるものの、とても優勢とは言えない状況。…けど、それで良い。

 

(もう少しだ…ちゃんと情報が伝わっているなら、もう少しで……)

 

 再び刀と腕とでせめぎ合いになった際、今度は直刀の峰に拳銃のグリップの底を当てがう事で両腕の力を刀に乗せる。あくまで俺は全力なのだと(実際手抜きはしてないが)、このままの戦闘で倒そうとしてるのだと、そう思われるように本気で務める。

 

「…うん?ああ?…けどそういやテメェ、あいつを追い詰めた人間だったか?」

「あいつ…?…あの色々伸ばせる魔人か…!」

「そうだよあいつだよ。けどその割にゃ、大した力もねぇんだなぁオイッ!」

 

 続くせめぎ合いの中、不意に、思い出したように魔人が触れたのはあの時の戦闘。俺一人で「追い詰めた」と言える程にまで至っていたかどうかはともかく、どうやらこいつはその戦闘の情報も持っているらしい。

 そして次の瞬間、俺は魔人に押し切られる。先程とは違い、その場で腕を振り抜いて強引に俺の姿勢を崩す。

 

「手ぇ抜いてんのか?数で勝ってるからって余裕ぶっこいてんのか?…まあ、どうせ潰すんだからどうだっていいけどなぁッ!」

 

 体勢が崩れたところへ振り出される右脚の蹴り。何とか腕を交差させて防ぐものの、崩れた姿勢で衝撃を逃がせる筈もなく、大きく飛ばされる俺の身体。その最中、見えたのは次の攻撃の姿勢に入った魔人の姿。

 こっちの援護射撃はほんの一瞬間に合わず、俺に肉薄をかける魔人。何とか身体を捻り、防御をしようと動く俺。そうして靄を纏った手刀の斬っ先が、俺の胴へと狙いを定め……だがその直後、魔人を強烈な斬撃が襲う。

 

「……ッ!…漸く本命が登場、ってか…!」

 

 寸前で攻撃から防御に転じ、その靄を纏った腕で防いだ魔人は、奴を襲った攻撃…飛来した斬撃の下へと突進を掛ける。

 対する攻撃の発生源、斬撃の放ち手はこちらも怯む事なく空を駆け、両者は交錯。靄と蒼の光を散らしながらぶつかり、すれ違い……妃乃が、俺の前に舞い降りる。

 

「待たせたわね、悠弥。…見つけるなんて、中々やるじゃない」

「偶々閃いて、な。…来てくれて助かる」

 

 魔人に対し、妃乃や綾袮が来ない筈がない。…そう信じて、ここまで俺は時間を稼ぐ事、倒す事より無理しない事を優先してきた。勿論、必ず来るという保証はなかったが、来るにしてもどの程度時間がかかるかは分からなかったが……俺は、来る事に賭けてその賭けに勝った。だから笑みを浮かべ、妃乃の隣へと出て、構え直す。

 

「皆、ここは大丈夫だから魔物の迎撃に戻って頂戴!あくまで目的は守り切る事、ここで勝てても突破されたら意味はないわ!」

 

 集中砲火で魔人の邪魔をしていた味方への、妃乃の言葉。それを受けた味方は短い返答と共にこの場から離脱し…その後ろ姿を、魔人は追わない。

 

「ここは大丈夫?おいおいいいのかよ、もっと応援を呼んでくれ、って言わなくてもよぉ…」

「生憎こっちも四方八方の魔物に対応しなくちゃいけなくて、そんなに余裕がないのよ。だからあんたの相手は、私達だけでさせてもらうわ」

 

 追う必要はないと思ったのか、それとも妃乃に背中を向けるのは危険だと判断したのか、追わないどころか魔人は俺達以外を見もしない。

 だがそれならば、こっちも正面切っての戦闘に集中するまで。手数においては奴が数段上な以上、そうしてくれるのならむしろ好都合。

 

「そうかよ、だったら…呆気なく終わってくれるなよなァッ!」

 

 吠え、両手を前に突き出す魔人。その直後、突き出された両手から大型肉食獣の様な魔物擬きが現れ、それが翼も無しに突っ込んでくる。

 されど妃乃は、その魔物擬きへと得物を一閃。煌めく軌跡が空に描かれ、一撃で魔物擬きを両断。そこから合間無く妃乃は仕掛け、俺も妃乃の動きに続く。

 

「おらおらぁッ!その程度じゃねぇんだろ!?」

「ふん、絵に描いたような苛烈さね…ッ!」

 

 急接近からの刺突に対し、魔人は蹴りで攻撃を逸らすと同時に、足の甲と足首で天之瓊矛の柄を引っ掛けて妃乃を横へと投げ出させる。尚且つその反動で自分も逆側へと飛び、再び魔物擬きを…今度は小型を次々と出しては放つ。

 対する妃乃は即座に姿勢を立て直し、素早い斬撃で魔物擬きを迎撃。攻撃そのものだけでなく、斬撃の風圧でも魔物擬きを散らし、奴からの被弾を許さない。

 

「そこだ……ッ!」

「…っと、忘れてるとでも思ったか?」

「ちっ…忘れててくれた方が、不意打ちし易かったんだがな…ッ!」

 

 その間に俺は回り込み、背後から首に向けて一太刀…浴びせようとしたが、寸前で魔人は振り返り防御。今度はせめぎ合う間もなく魔人に弾かれ、俺は下がりながら舌打ちを漏らす。

 即座に返されたとはいえ、対応の為に妃乃へ対する攻撃は止んだ。振り返った事で、妃乃に背を向ける形となった。数秒とはいえ、それは妃乃ににとっては十分な隙で、再度接近をかけた妃乃は突き出すような横薙ぎを放つ。靄を纏った腕で防いだ魔人と、力比べの形に入る。

 これでいい。相手は強力な魔人で、妃乃もトップクラスの実力を持つ霊装者である以上、俺は妃乃の隙を埋める事、一瞬の隙や猶予を生み出す事に徹していれば……

 

(…いや、違う……!)

 

 その時俺の頭に浮かんでいたのは、ある種消極的な思考。自然とそういう考え方をしていた自分に気付き…俺は、その思考を頭の中から振り払う。

 確かにそれも、間違っちゃいない。 下手に出しゃばるより、ずっと堅実なサポートである事は間違いない。…だが俺は、 もう霊装者の力を取り戻したばかりの頃の俺じゃない。その時は、それが最善だったが…その時の俺は、とっくに終わっている。

 

「あの大太刀使いの餓鬼もそうだったが、人間風情が意気がったって所詮……」

「背中が、がら空きだッ!」

「……ッ!」

 

 何も言わなければ、もう一瞬反応は遅かったのかもしれない。だが俺は敢えて声を出した。声を出して斬りかかった。俺に反応させる為に。腕を片方離させる為に。

 

「テメェ……ッ!」

「押し切るわよ、悠弥ッ!」

「そのつもりだ…ッ!」

 

 一瞬前まで両腕で妃乃の攻撃を防いでいた魔人は、俺の攻撃と妃乃の攻撃、それぞれを片腕で阻む形となった。俺が、そう仕向けた。そして俺達は、左右から挟み込むようにして圧力を掛ける。二人がかりで、潰しにかかる。

 無論、声を出さなければ、防御なんてさせずに一撃与えられたかもしれない。だが寸前で気付いた魔人が、反射的に後ろ蹴りでカウンターしてきた可能性もある。それより前、一瞬早く気付かせたからこそ、魔人は対処しなくてはという思考の下、防御を図った。反射的な行動は得てして単純になりがちだが…なまじ思考を介するからこそ、失策を打ってしまうという事もある訳だ。

 

「押し切る、だぁ…?そのつもり、だぁ…?…舐めた事、抜かしてんじゃねぇ…ッ!」

『……ッ!』

 

 少しずつ崩れていく、魔人の防御姿勢。だが崩れ切る前に、魔人はギロリと俺達を睨め付け…次の瞬間、両腕の肘から先を完全に覆った靄から、百足の様な魔物擬きが現れ俺と妃乃の手にした武器に絡み付く。

 咄嗟に俺も妃乃も奴から離れ、刃から柄に、腕に絡み付こうとした魔物擬きを振り払った。結果飛行能力のないらしいその魔物擬きは、そのまま下へと落ちていき…されど魔人は、もう一瞬前までいた場所にいない。

 

「あんな程度で勝てるとでも思ったのか?調子乗ってんじゃねぇよ、人間風情がッ!」

「ち、ぃ……ッ!」

 

 直感を頼りに直刀を振り上げれば、刀は上空からの飛び蹴りと衝突。とはいえ勢いは向こうの方がずっと上で、俺は耐える間もなく吹き飛ばされる。

 直後、奴の正面に割って入ったのは妃乃。魔人のしようとしていた追撃を潰し、打撃を交えた槍捌きで激しい近接戦を繰り広げる。

 

「やっぱりあいつ、直情的なのは性格だけか…!」

 

 推進器を吹かし、逆噴射の様にする事で勢いを殺した俺は、次の切り口を考えながら魔人の繰り出す動きを見やる。

 普通に考えれば、天乃瓊矛で手脚の届かない距離から攻撃出来る妃乃が有利。だが魔人は攻撃の瞬間、手脚に魔物擬きを発生させる事により、そのリーチを伸ばしていた。そして活用する魔物擬きを次々と変える事により、リーチも攻撃の形状も頻繁に変化させ、妃乃の把握を拒んでいる。

……が、それでも妃乃は負けていない。妃乃も妃乃で翼による攻撃を織り交ぜ、互いに変幻自在な攻撃同士をぶつけて戦闘。どちらも手を替え品を替え…けれどほんの僅かに、魔人の殴打攻撃は遅い。

 

(よし、さっきのが多少なりとも効いてるな…なら……!)

 

 先の同時攻撃は、切り抜けられた。だが、その際の負荷は当然奴に残っている。故に、そこが付け入る隙となる。

 

「まずは……!」

 

 左手の武器をライフルに持ち替え、俺は魔人の側面へ。回り込む軌道のままに銃口を向け、連射しながら魔人へ突っ込む。

 当然魔人はそれに対処。最初は出した魔物擬きを盾にする事で防いでいたが、俺がそのまま突っ込んでいくと、今度は魔物擬きを妃乃に放つ事で妃乃に防御の対応をさせ、その隙に後方へ。

 既にスピードに乗っていた俺は、下がる魔人を追う事が出来ない。結果俺は、妃乃の真ん前を通り抜ける形となり…その瞬間、俺と妃乃は互いに視線を交わらせた。

 

「逃がさないわッ!」

「逃げる訳ねぇだろうがッ!」

 

 俺が駆け抜けた直後…いや、その寸前から動き出していた妃乃は、距離を詰める動きそのままに刺突。杭打ち機が如く得物を突き出し、魔人の胴の貫通を狙う。

 されど魔人は、再び魔物擬きを出して盾に。魔物擬きは出てきた直後に貫かれるも、妃乃の刺突はほんの僅かに速度が落ちた程度で…しかしその直後、魔人は妃乃の刺突を止める。その僅かな猶予で間に合わせ…真剣白刃取りの様に、両手で刃を挟んで押し留める。

 

「な……!?ち…ッ!」

 

 目を見開く妃乃。魔人の身体は揺らぎこそしたものの天之瓊矛がその手を押し退ける事はなく、にぃっと口角を上げた魔人は再び百足の様な魔物擬きを天之瓊矛に走らせる。

 対する妃乃は天之瓊矛から霊力を放ち、それによって魔物擬きを一瞬で灼く。だが靄に包まれた魔人の手まではダメージが通らず、魔人は今一度魔物擬きを準備。

 天之瓊矛を伝っての攻撃を避ける為には、霊力を放ち続けなければいけない。直接飛ばされれば、その防御も意味がない。…そんな状況で判断を強いられた妃乃が選んだのは、拡大した翼による攻撃。全身を包み込まんばかりに翼を拡大させ、防御ではなく攻撃によって切り抜けようと左右から魔人へ翼を打ち込む。

 

「これで……ッ!」

「はんっ…そいつが元々攻撃用じゃねぇ事は、とっくに見抜いてんだよッ!」

「そんな……っ!」

 

 蒼く、雄々しく、それでいて美しさもある霊力の翼。その翼が、左右の斜め上から、恐らくは視界の上方を殆ど覆うようにして魔人に迫り……けれど次の瞬間、その一対の翼は噛み砕かれる。魔人の背後から現れた、二体の魔物擬き…いや、魔物擬きですらないのかもしれない二つの顎によって、噛み砕かれて四散する…。

 聞こえたのは、息を詰まらせたような妃乃の声。翼が砕けた事で見えたのは、勝ちを確信したような魔人の笑み。…これで終わりだ。そんな言葉を言うかのように、魔人の口は開いて、そして……

 

「ここだぁああああぁぁぁぁぁぁッ!」

「ん、な……ッ!?」

 

 俺は魔人に、斬り込んだ。大上段の直刀で…今正に攻撃しようとしていた魔人の、真上から。

 両手で持った直刀の、全力の一撃。目を見開いた魔人は、それでも防御をしようとする。右腕を掲げ、左腕は前に滑らせ天之瓊矛の柄を掴む事で、両方の攻撃を止めようとする。

 だが如何に魔人であっても、片手で妃乃を押さえつつ片腕で防御し切れる筈がない。それだけの力があるなら、さっきも俺と妃乃を同時に押し返している筈。そして微々たる影響かもしれないが、その際の負荷で今の魔人は100%の腕力を出せない状態。だからこそ俺はここで、全力を込めた上段斬りを仕掛け……直刀と靄を纏った魔人の右腕が一瞬拮抗した直後、魔人の姿勢は大きく崩れる。魔人の身体が…がら空きとなる。

 

『喰らい(やがれ・なさい)ッ!』

 

 空中で魔人がよろめいた瞬間、それへ俺以上に早く反応した妃乃は、砕かれ再生し切っていない翼を羽ばたかせて猛進し、力尽くで魔人の左手を振り解く。そしてすれ違う瞬間天之瓊矛を鋭く突き出し、魔人の脇腹を抉り貫く。

 その妃乃が駆け抜ける中、俺も振り絞る勢いで力を込めて直刀を振り抜き、魔人の右の肩口へ一撃。刃で深く肩を斬り裂き、そのまま魔人の正面を下へと過ぎ去る。

 正面から後方へ抜けた妃乃と、上から下へと過ぎ去った俺。二つの霊力の光が空中で交差し、深い二つの傷口から血が溢れ…俺達二人は、同時に振り向く。

 

「…がッ、ぐっ…ぁぁぁぁァァアアアアッ!!」

 

 素早く反転したのは、反撃を警戒する為。加えて可能なら、更に攻撃を重ねる為。だが振り向いたその時、魔人は呻きを…続けて絶叫を空に響かせ、狂ったように全方位へ魔物擬きを放ってくる。

 先の顎と同じ…或いはそれ以上に魔物らしい形を持っていない、不完全なまま力が溢れ出しているかのような攻撃。それを前に俺も妃乃も一度下がる事を選択し、ある程度離れたところで構え直す。

 

「…やるじゃない、悠弥。期待通り…ううん、期待以上だったわ」

「そっちこそ、流石としか言いようがない陽動だったぜ?最後の演技を含めて、な」

 

 魔人の周囲を離れるとすぐに消えてしまう魔物擬き(の擬き)を見やりながら、俺はにっと口角を上げる。

 そう。これは全て、狙っていた事。妃乃の前を通り過ぎた時、俺はアイコンタクトで注意を引いてくれるよう頼んでいた。つまり、そこからの妃乃の動きは全て、俺の一撃へのアシストであり…恐らく翼による攻撃は、上に回った俺を隠す事も兼ねられていたんだと思う。

 完璧なまでの、魔人へ対するミスリード。それをアイコンタクトなんていう曖昧なもの一つでここまでやってくれた妃乃は、本当に流石以外の何物でもない。

 

(致命傷まで行ってるかは怪しいが、重傷なのは間違いねぇ。なら、奴が何かしてくる前に、このまま一気に……)

 

 重傷であろうと魔人は魔人。撃破出来たと確信を得られるまでは、気を抜く訳にはいかない。

 だが一方で、奴の動きが鈍くなるのも恐らく間違いない。ならば安全性を取って、近付く事なく射撃で削り切るのも一手だと、先の上段斬りを放つ為に腰へ戻しておいたライフルに手を掛け……た、その時だった。

 

「…ハァ…ハァ…は、ハハ…ハハハハハハハハハハッ!」

『……っ!?』

 

 噴き出すような魔物擬きの勢いが弱まると共に、小さくなっていった魔人の絶叫。それも収まり、荒い吐息だけになったと思った次の瞬間…再び魔人の声が響く。絶叫ではなく笑い声が、戦域の空に響き渡る。

 

「あいつ…急に、何を……」

「そうか…そうか、そうか…やってくれるじゃねぇか…やって、くれるじゃねぇかァアアアアアアァァッ!!」

『なぁ……ッ!?』

 

 狂ったか?いやまさか。…そんな思いから、思わず呟きを漏らした俺。そんな中、一頻り笑った魔人はゆらりとこちらに視線を合わせ、爛々と怒りを滾らせる瞳をこちらへ向け……怒号が轟いた直後、凄まじい勢いで魔物擬きが俺と妃乃に飛来した。

 

「まさか、さっきのでタガが外れたって言うの…!?」

「ちぃッ、なんつー物量だ…!」

 

 殺到する魔物擬きを前に、俺と妃乃は左右へ退避。すると多数の魔物擬き、多過ぎてぱっと見二本の黒い大蛇にしか見えないような魔物擬き達はそれぞれ俺と妃乃の方へと進路を変えて、逃がさないとばかりに追ってくる。

 決して速度は、これまで魔人が放ってきた魔物擬きと変わらない。…が、数が違い過ぎる。もうどう頑張ったって、刀やライフルじゃ捌き切れない。

 

「(くそっ…だが、奴が重傷な事には変わりない。落ち着いて狙うのが無理だってなら、これまで通り突っ込んで……)…って…おいおいマジかよ……」

 

 霊力の噴射全開で魔物擬きから逃げながら、俺が考えるのは勢いそのままの一撃離脱。仮にこれが妃乃の言う通り、タガが外れた結果だとしても、本体を倒せば魔物擬きも今のようにはいかない筈。

 そう考えて、魔人の方へと旋回しようとした俺だったが…その時見たのは、魔人の頭上に広がる…いや、頭上で蠢く靄の塊。大の大人でも余裕で包み込みそうな靄は、更にその大きさを増しており…何が起こるかは、何となく分かった。

 それは妃乃も感じ取っていたようで、魔物擬きを振り切り魔人に肉薄。だが魔人は手元から更に別の魔物擬き群を生み出し、それを三体目の大蛇の様にして迫る妃乃を追い払う。そして……

 

「理解しやがれ、人間共…テメェ等とのッ、格のッ、違いをなぁああああッ!!」

 

 靄が脈動したように見えた次の瞬間、その塊から溢れ出す魔物擬き。決壊したダムの様に、豪雨の中での濁流の様に、溢れ出した魔物擬きは押し寄せる。

 その先にあるのは、地下空間へと繋がる洞窟。即ち、絶対に守らなければいけない場所。防衛部隊は勿論の事、気付いた別の部隊も可能な限り射撃や砲撃を放つで一度はその猛攻を押し留めるものの、少しずつ迎撃は押されていく。瞬間瞬間で押し返す事はあるものの、物量の持続力に差があり過ぎる。

 

「…やらせるかよ…後一歩だってんだ、そこでおめおめ好き勝手なんかさせるかよ……ッ!」

 

 加えて地上にはまだ普通に魔物がいる分、この魔人の攻撃だけには対応出来ない。それが実情、紛れもない事実。

 ならどうする?諦めるか?…いいや、違う。結果論だが、こうなったのは俺と妃乃が奴に重傷を与えたからだ。敵を追い詰めた責任、ってのも変な話だが…関わっている以上、ただ眺めてるなんて選択肢は俺にはない。

 

「テメェの…相手は……ッ!」

 

 幸か不幸か、魔人の意識は狙う先と、今も飛び回りながら肉薄のチャンスを伺う妃乃へ多くが割かれている。つまり、今こそが仕掛ける機会。やるなら、今しかない。

 少しずつ飛行の軌道を変えていき、ここだと感じた瞬間に脚を振って方向転換。身体を魔人の方へと向けて、全速力で魔人へと駆ける。

 今の奴の状態からして、どうなるかなんて分からない。妃乃と同じように追い払われるかもしれないし、逆に魔人が反応し切れず呆気なく倒せてしまうかもしれない。だがどっちだとしても、どちらでもなかったとしても、それは結果だ。未来予知能力なんてない以上、動いて、自らその結果に辿り着くしか答えを知る事なんて出来ない。だからこそ、俺は飛ぶ。分からないが、結果を得る為に。そして絶対に、俺は勝って……

 

 

 

 

 

 

 

 

────そう、意思と信念を込めて宙を駆けた、魔人の下へ辿り着き、もう一度一撃浴びせようとした…その時だった。空から、赤い光が降り注ぎ……魔物擬きの濁流を、大きく削り取ったのは。

 

「え……?」

 

 完全にではない。それでも文字通り、濁流の何割かを薙ぎ払った赤い光芒。続く形で同じ色の光弾が、弾丸の連打が濁流を襲い、地上からの迎撃と合わさる事で大きく勢いを押し留めていく。

 援軍か。…確かに一瞬は、そう思った。だが、こんな援軍の話は全く知らないし、そもそも赤い光という時点で明らかにおかしい。だがそれ以上に…何故かは分からない、分からないが…激しく心が掻き乱される。

 だからか俺は、半ば無意識に顔を上げた。上空からの攻撃が続く中、引き付けられるように、視線をゆっくりと上げていった。そうして、完全に見上げた先…俺が見た先にいたのは……赤い霊力の光を空に散らし、頭にバイザーの様な装備を纏った、何かが違う霊装者の一団だった。


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