双極の理創造   作:シモツキ

22 / 245
第二十一話 無茶苦茶と現実的の境界

「…すいません、宗元さん。突然の事で時間取らせてしまって」

「気にするな。…というかお前、ちゃんとアポ取り出来る様になったんだな」

「お、俺だって十数年普通に生活すればそれ位の知識付きますよ…」

 

時宮に頼んだ、宗元さんへの伝言。それを時宮は早速実行してくれて、なんと頼んだ翌日に宗元さんと話す場を得る事が出来た。……ほんと、時宮にも宗元さんにも感謝しねぇとな…。

 

「それもそうか……それはさておき、話は妃乃から聞いた。妹はその後変わりないか?」

「えぇ、昨日は多少ふらふらしていましたが、今日の朝にはもう普段通りの様子に戻ってました」

「ならば、一先ずは安心という事か。…坊…悠弥、お前も災難が続くな…」

「そうっすね……一人、本来の人生から逃げてのうのうと生きる事を望んだバチ、ですかね…」

 

俯きながら、そう呟く。俺が今の俺になる前の知り合いであり恩人でもある宗元さんの前だからか、俺はついそんな自虐を口にしていた。

それを聞いて、はぁ……と溜め息を漏らしながら立ち上がる宗元さん。宗元さんはそのまま俺の前まで来て……

 

「……んな訳あるか、馬鹿」

「痛ぁっ!?」

 

……俺の頭にチョップをかました。脳天へ向けて、しかも結構な威力で。

 

「な、何すんだ宗元さん!?痛ぇだろ!…じゃなくて痛いじゃないですか!」

「お前が馬鹿な事を言うからだ。要はお前が馬鹿だからだ」

「なんつー正統性のない理由だ!……ちょっとは俺の気持ち察して下さいよ…」

「なんだ、同情してほしかったのか?」

「それは……」

 

正直に言えば、そういう気持ちが少なからずあった。…が、それを口にするのは憚れる。だってそりゃ、そんな事口にするのは恥ずいだろうが…。

言うに言えず結果口籠ってしまった俺。そんな俺を見た宗元さんは、再び溜め息を吐いて…今度は俺の肩に手を置く。

 

「…お前は俺の、軍上層部の命令に従って、組織と国の為に戦ったんだ。理由はどうあれ、自分のやれる限りの事をしたんだ。その結果生き残る事が出来て、願いを叶えるチャンスを手にする事も出来たんだから、バチも何もあるかよ。手前が手前で得た権利を行使して何が悪いってんだよ、それが分かってねぇからお前は馬鹿なんだ」

「……ありがとうございます、宗元さん…」

「気にするな。出来の悪い元部下に、恩師として少し話をしてやっただけだ」

「…あんた、俺の事を出来の悪いだの自分の事を恩師だと思ってるだの思ってたのか…」

「お前に色々教えてやったのも、お前が手のかかる奴だったのも事実だろう?後、目上の人をあんたって呼ぶんじゃねぇと昔言っただろうが」

「へいへい……感謝してますよ、昔も…今も」

 

徹底して宗元さんは俺を小馬鹿にした様な声音だったが……気付けば、俺は少し気が晴れていた。そしてそれは、宗元さんが気を回してこんな話にしてくれたからに違いない。だから、俺は思う。本当に、この人には頭が上がらないと。

 

「……話を戻そう…と、言うより本題に入るとしようか。…何故今心変わりした?」

「…魔物襲撃後に決めた事です、それだけで理由は分かるんじゃないですか?」

「妹の事、か…だが聞きたいのはそこじゃない。そこより突っ込んだ、具体的な部分だ」

「ですよね、まぁそんな難しい事じゃないですよ。ただちょっと、取引をしたいってだけです」

「…取引、だと?」

 

椅子へと戻った宗元さんは、俺の言葉に怪訝な表情を浮かべる。…宗元さんの事だから、その表情には「俺相手に取引とは、偉くなったもんじゃねぇか」って感情も含まれてるんだろうなぁ……。

 

「えぇ、取引です。俺が所属する代わりに、緋奈には検査も勧誘もしないでほしい…そんだけの話ですよ」

「…それを受け入れるかどうかはともかく…お前はそれでいいのか?所属すれば、またお前は戦いに身を投じる事となるぞ?」

「所属しなくても戦いに身を投じる羽目になったんですがね…緋奈を守る為にそれが必要なら、兄として覚悟を決めますよ。あぁそれと、あくまで俺は所属するだけです。戦力が足りない時は幾らでも使ってくれて構いませんし、どうしても出向かなきゃいけない用事には出向しますが、基本はこれまで通り俺は緋奈と生活させてもらいます。不躾ですが、これは妥協しませんよ?」

「そうか……その気持ちは察しよう。俺も昔は指揮官、現在は協会の長…そして、今は子供も孫もいる身だからな。家族や仲間を守る為になりふり構わない覚悟も、無理を通そうとする感情も手に取る様に分かる」

 

背もたれに背を預け(凄ぇ座り心地良さそうだな、あの社長とかが座ってそうな椅子…)、宗元さんはゆっくりと頷いた。頷いて……

 

「……だが、それは即ちお前一人で妹と守るという事だと分かっているのか?確かにお前であれば便宜を図るのもやぶさかではない上、多少の特別扱いは予言された霊装者という事で許容されよう。しかしだ悠弥、こちらから関与せずにお前の妹を守るというのは出来ないぞ?難易度自体もそうだが、今も昔も霊装者は有り余っている訳ではない。その中で、所属すらしていない者を守る為に人員を割き続けるのは…はっきり言って、無理だ」

「分かってます。俺一人で守るというのも、承知の上です」

「一人で出来る事などたかが知れている。…それが分からないお前じゃないだろう?」

「一人では難しくても、やるしかないんです」

「間違った精神論はなにも生まないぞ?」

「最後に勝負を分けるのは精神…覚悟や決意だ、とも昔言ってましたよね」

「……強情だな、お前も」

「後悔はしたくありませんから」

 

強情。確かに自分でもそう思う。けど結局、譲っちゃいけない部分を譲ったらどんな結果に転がっても満足出来ないのが道理だって、少なくとも俺はそうなんだって知っている。それに、前提として後悔しない結果を望んではいるが…妥協して後悔するのと妥協せずに後悔するのなら、後者の方が良いしな。

そこで俺と宗元さんの会話は一旦途切れる。そこから宗元さんは暫く考え込む様な様子を見せて…人を呼んだ。

 

「…妃乃、入ってきなさい」

「はい、お祖父様」

 

宗元さんが少し声を貼ると、俺の背後の扉が開いて時宮が入ってくる。…ここに入るまで時宮と一緒にいたが…時宮はずっと部屋の前で待機してたのか…。

 

「話の流れは分かっておるな?」

「はい、悠弥の意思は聞いていましたし、今のやり取りに関しても扉越しに聞いていました」

「うむ。ならば妃乃、妃乃は彼の言う事についてどう思う。話してみなさい」

「…分かりました」

 

背筋を伸ばした姿勢のまま首肯する時宮。その後時宮は真横にいる俺ですら微かに聞こえる程度の大きさの吐息を漏らして…口を開く。

 

「……正直、彼の考えは甘いと言わざるを得ません。理想は理想、現実は現実、彼もそれを踏まえて考えてはいる様ですが…それでも、お祖父様の言う通り一人で出来る事などたかが知れているというのが真理だと思います」

「……っ…甘いってお前な、俺だって本気で考えて、その上で……」

「──しかし、私個人としては彼を応援したいとも思っています」

「……へ…?」

 

時宮は職務の一環として話しているのか、淡々とした声音で俺の意思を否定してくる。時宮の言っている事は間違ってはいないと思いつつも、やっぱり淡々と否定されるのは不愉快なもので、つい反論しようとした俺だったが……途中から、時宮の言葉の内容が変わった。相変わらず言い方は淡々としているが…否定が、肯定に変わった。

 

「私はお祖父様程ではありませんが、彼と…悠弥とこれまで言葉を交わしてきました。悠弥は無愛想で気遣いが出来ず、おまけに捻くれていますが……妹への思いも、覚悟の強さも本物です。悠弥は本当に命をかけて、そしてその上で自身の命を犠牲とする事なく妹を…今ある大切なものを守ろうとしてします。……そんな彼を、私は一人の人として手助けしたいと思いました。私の出来る限りの協力をしたいと思いました。ですからお祖父様、どうか悠弥の意思を尊重するご決断を宜しくお願いします」

「時宮……」

 

そう言って時宮は頭を下げた。ただでさえ俺は時宮に色々迷惑をかけているのに、俺の為に宗元さんに頭を下げてくれた。そんな時宮に、俺はなんて言えばいいか分からなくなる。

そしてそれは宗元さんもだった様で、それまで纏っていた威厳の様なもの(若干アウトローの威圧感っぽいのも混じっているが)が薄まって年相応の老人っぽい感じになっていた。……ただのお爺ちゃんっぽくなってたのはほんの一瞬だったけど。

 

「……妃乃、その言葉に嘘偽りは?」

「ありません。私は本心でもって、悠弥の応援をする所存です」

「そう、か……」

 

ぼかしも誤魔化しもせず、はっきりと言い切った時宮。宗元さんはそれを聞き届けた後、後頭部をかいて立ち上がる。その後俺の前に再び来て……

 

「悠弥……テメェいつ俺の孫娘をたぶらかしやがったッ!」

『えぇぇぇぇええええええッ!?』

 

何故かとんでもねぇ思考の跳躍をしてきた!しかも俺の胸ぐら掴んできやがった!訳が分からねぇ!

 

「ちょっ、宗元さん!?それ勘違いですから!明らかにいき過ぎてますから!」

「あ"?何が勘違いだってんだよ青二才が!それともアレか、たぶらかし程度じゃ飽き足らずに自分の女にしたってか?だとしたらぶっ殺すぞ!?」

「だからしてねぇって!つか幾ら不真面目な俺でもそこまで下衆じゃねぇわ!」

「そ、そうですよお祖父様様!私が悠弥の「妃乃は黙ってなさい!」はい!…って早い!それ普通私がそこそこ話した後に言う封殺文句ですよね!?今のところ私まだなにも示せてませんけど!?」

「とにかく黙ってなさい!それとテメェは表に出ろ!数十年ぶりに模擬戦だ模擬戦!ルールに則って叩きのめしてやるわッ!」

「も、模擬戦って馬鹿じゃねぇの!?予言された霊装者と協会のツートップの一角が突然模擬戦したら大混乱必死だろうが!あー、もう!よく考えてみろ宗元さん!俺が時宮にそういう意味で相手される訳がねぇだろッ!」

「あ、それはそうだな」

「認めんのかよコンチクショウめッ!」

 

遺憾ながら、大変遺憾ながら切り札(という名の自虐)を切った事でなんとか宗元さんは納得してくれた。……くそう…

 

「俺だって、俺だって少しはいい面してるだろ…」

「自分で言うんじゃないわよ自分で…でもお疲れ様、悠弥…」

「あぁ…時宮こそ変な勘違いされて大変だったな…」

 

互いに顔を見合わせて溜め息を漏らす俺と時宮。…恐らく、俺と時宮がここまで同じ気持ちを抱いたのは今が初めてだろう。

それから十数秒後、宗元さんは椅子に戻って何事も無かったかの様な表情を見せる。それに対しては文句の一つも言いたくなったが…今回は触れないでおく。君子危うきに近寄らず、ってな。

 

「内容はともかく…妃乃の意思は理解した。最後にもう一度確認するが、妃乃はあくまで悠弥を応援するつもり、という事だな?」

「はい、間違いありません」

「…分かった。ふむ……」

 

顎に手を当て、考え事を始める宗元さん。それを俺達二人は無言でただ待つ。一体どの部分に考えを巡らせているのか、どこまで俺の願いを聞き入れてくれるのか、それ等が一切分からないままとにかく待つ。

そうして待つ事約数分。ふと宗元さんは天井を見上げて…数秒後に下ろす。下ろされ見える様になった宗元さんの顔は、少し企みのありそうな笑みが浮かんでいた。

 

「そういえば、妃乃…話によると、妃乃は悠弥に装備を渡していたそうじゃないか」

「うっ……は、はい…ナイフを渡しました…」

「…所属していない者に渡すのは、立場関係なくご法度という事は、分かっているだろうな?」

「…勿論です……」

 

痛いところを突かれた、と言わんばかりに声から覇気の消え去った時宮。恐らく今時宮はバツの悪い心持ちになっているんだろうが…それは時宮だけではない。このやり取りを聞いた瞬間、俺もまたバツの悪い心境になった。だって、それは紛れもなく俺のせいだから。

 

「ま、待った宗元さん。何でこのタイミングで言ったのかは知りませんが…それに関して責められるべきは俺です。時宮は俺を案じて渡してくれただけで、時宮に悪気はない筈です」

「それ位分かっている。だが、理由はどうあれ事実は変わらん。相手の身を案じている場合は例外、なんて条項もない以上違反は違反だ」

「そりゃ、そうかもしれませんが…そのおかげで俺も緋奈も無事だったんです。それもまた事実でしょう?」

「結果的には、な。結果を無視する訳じゃないが…終わり良ければ全て良し、が簡単にまかり通る様な組織が組織としてきちんと成り立つと思うか?」

「ですが……」

「…いいのよ悠弥。お祖父様の言う通り、私が違反をした事には変わらないんだから」

 

食い下がろうする俺を止めたのは、他でもない時宮。時宮は自分の非を早くも(もしかしたら言われる前からずっと)認めていたのか、反論も弁明もせずにただ俺と宗元さんのやり取りを聞いていた。それに俺は…ほんの少しながら、不快感を抱く。

勿論、潔いのは美徳だと思う。言い分だって、俺と宗元さんなら宗元さんの方が正当性はある。…けど、時宮は善意でしてくれた事なのに、そのおかげで二人も救われたのに、それが悪い事だったんだと簡単に認めてしまっているのが嫌だった。……いや…、

 

(…それだけじゃ、ねぇか……)

 

不快感の理由は、それだけじゃない。時宮にそういう事をさせてしまった俺自身にも、孫娘に対しあくまで組織の長として判断を下そうとしている宗元さんにも嫌な気分を抱いていた。…でも、俺はともかく…時宮と宗元さんは別段間違ってる訳でも我が儘って訳でもないんだよ、な……。

 

「…申し訳ありませんでした、お祖父様」

「……なにも釈明せず、でよいのか?」

「はい、処分もきちんと受けるつもりです」

「…分かった。では、話をまとめるとしよう」

「まとめる?まとめるも何も、俺の件と時宮の件は全く違うんですけど…」

「反論は聞く、だからまずは聞け」

 

宗元さんの中ではもうまとめ終わってるのか、俺の言葉を制する。そうして俺が閉口したのを確認すると、宗元さんはまたさっきの含みある笑みを浮かべて…口を開いた。

 

「まず、本題の悠弥と妹の件だが……喜べ悠弥。お前の要求は全部飲んでやる」

「…………」

「…………」

「……へっ?……ま、マジっすか…?」

「なんだ、不満なのか?」

「い、いいいえ!不満なんて滅相もない!満足も満足、大満足です!ありがとうございます!」

「感謝しろよ、悠弥。……だが、お前にとってこれは楽じゃない選択だ。それは分かっているな?」

「……はい、重々承知です」

 

声のトーンを落とし、鋭い眼光で俺を見る宗元さんにしっかりと頷く。自分の我が儘で会話の場を用意してもらい、こちらから要求を持ちかけるなんて大それた真似をしたのだから、後になって『やっぱ大変だから止める』なんて絶対に言えない。そんな事は組織としても問題あるだろうし…何より、時宮と宗元さんの厚意に泥を塗る真似なんざ、俺自身が俺を許せなくなるからな。

 

「きちんとこっちから呼び出した時は来るんだぞ?…それと、要求は全部飲むが…一つ、条件を付けさせてもらう」

「条件……?」

「あぁそうだ。…で、次は妃乃だが……妃乃、お前は処罰としてある特務に就きなさい」

「え…い、いやお祖父様。その特務というのは謹んでお受け致しますが…この流れならば、先に条件の開示を行うのが先では…?」

「勿論。その特務というのは、ある人物と協力した護衛任務…それも、住み込みのだ」

「ですから、私の件より条件開示…………」

 

 

『……ん?』

 

何故か噛み合わない会話に、時宮は再度疑問を……言いかけたところで、俺諸共それとは別の疑問符を浮かべる。俺の事と時宮の事とは別の話……じゃない気がしてきたぞ…まさか、これは……。

 

「流石にこう言えば察するか……その通り、結論はそうだ。────悠弥、お前の要求に対する条件は、妃乃の特務を受け入れる事だ。そして妃乃、お前の任務対象は…千嵜兄妹だ。以上」

 

以上。その言葉で宗元さんは言いきった。で、そう言われた俺達は…取り敢えず顔を見合わせる。

 

「…だってよ。って事は、時宮はうちに来るって事になるのか?」

「そうなるわね。お祖父様の事だから、貴方と緋奈ちゃんの両方を助けろって事じゃないかしら」

「あー、やっぱ粋な事するな宗元さんは」

「当たり前よ、お祖父様は偉大な方だもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!?』

 

俺と時宮、本日二度目の大絶叫。理由は……言うまでもねぇよ!

 

「しょ、正気か宗元さん!ってか言ってる意味が分かってんのか!?」

「当然だ、まだボケるものか」

「なら尚更アウトだ!俺未成年の男だぞ!?時宮未成年の女だぞ!?」

「悠弥、お前は本当に碌でもない事をする様な奴じゃないだろう?」

「さっきと言ってる事違ぇ!そう思ってんならなんでさっきキレたんだよ!?…って今話すべきはそれでもねぇ!」

 

これでもか、と声を張り上げて俺は突っ込む。なんというかもう、この場においては突っ込むという選択肢しかなかった。

 

「ギャーギャー騒がしい奴め…俺が面白そうだから、みたいな理由で決めたと思ってるのか?お前はともかく、妃乃は自分の孫娘だぞ?」

「だとしても突然過ぎますお祖父様…説明はしてくれますよね…?」

「無論。まず、悠弥側の理由だが…こっちは単純、立場や関係性から妃乃が適任…という事だ」

「適任、ですか…そりゃまあ、一応とはいえ時宮は俺と緋奈の両方と面識ありますし、時宮ならかなり行動に自由が効いているんでしょうけど……」

 

一人で守る、と決めたとはいえ手助けがあるならそれはありがたいし、その手助けが時宮であるのなら心強い。…そこんとこは別にいいが……

 

「……護衛はつける前提なんですか?」

「つける前提だ。予言の霊装者且つ特異な存在であるお前も、その妹も貴重な存在だからな」

「…緋奈に霊装者としての道を期待しないで下さい」

「分かってる、別にこちら側に差し向けようとする気はないさ」

「ならいいですけど…いや納得した訳でもないですが…」

 

俺としてはまだ反論もあったが…宗元さんは既に俺から時宮に目を移していた。…これだとなんか言っても聞いてもらえないんだろうな……。

 

「…私側の理由は、なんですか?」

「うむ。妃乃、お前にはもう少し俗な部分を大切にしてほしいのだ」

「……あの、仰る意味が分からないのですが…」

「妃乃は些か協会に…権威ある立場に染まり過ぎている。過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ」

「…それは、私が権威を乱用する事を危惧しているのですか?」

「そういう訳ではない。お前は真面目で誠実、指導者としての才もあるだろう。しかし…それだけでは良いリーダーにはなれても最高のリーダーにはなれぬ」

 

宗元さんの言葉を要約すると、宗元さんは時宮に協会の外の空気を吸って、『時宮家の孫娘』という視点以外も豊かにしてほしい…というもの。それは俺も分からんでもないが…当の時宮はそうじゃない模様。

 

「…仰る事は分かります。しかし、私は現に高校と一人暮らしでそれなりに外の世界を見てきています。…まだ、足りませんか?」

「足りていればこんな事は言わない。宮空の孫の様に、良くも悪くも我が強いならともかく…妃乃は周りに合わせる事も求められた役割をこなす事も出来過ぎる。その点においては真逆な悠弥が、今の妃乃にとっては良い影響となる…そう考えたのだよ」

「……そう、ですか…」

「真逆って…俺も時宮もいまいち納得出来てないんですが、それでも進める気ですか?」

「進める気だ。むしろ逆に聞くが…拒否出来るのか?」

『うっ……』

 

俺と時宮、同時に声を詰まらせる。宗元さんの言う通り、処罰は謹んで受けると言った時宮は勿論、後付けながら条件を飲む事を理由に要求を受け入れてもらう俺もまた拒否は出来ない立場にあったのだった。……宗元さんアンタ、さっきの笑みはそれだったのか…。

 

「…意地が悪いですよ、宗元さん…」

「意地悪でやってる訳じゃない。…それに、分かっているだろう?俺は無理そうな事を命じる様な人間ではない、と」

「そりゃそうですが……はぁ…時宮、嫌なものはきちんと嫌だと言うべきだと思うぞ…?」

「…いや、処罰は受けるって言ったもの。…これも、受け入れる事にするわ」

「……確かに権威ある人間としての意識が強過ぎるみたいですね、時宮は…」

「そういう事だ。……馬鹿な真似はするなよ、悠弥」

「分かってますよ…宗元さんの家族に馬鹿な真似をする様な恩知らずじゃないですから、俺は」

 

──こうして、会話はまとまった。全然丸く収まってはいないが……まぁ、結論が出たって意味では成り立つだろう。……さて、これから色々大変そうだな…。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。