双極の理創造   作:シモツキ

217 / 245
第二百十六話 進む針、近付く時

 段々と、例の作戦の決行日が近付いてくる。…が、この表現は正しくない。何せこの作戦…魔物や魔人を誘き寄せ、それを迎撃する事によって聖宝の完成を狙うこのプランは、魔物や魔人が実際に攻めてこなきゃ進まない…つまり、開戦は向こう次第なんだから。

 つまりそれは、向こう次第で長期間待つ事にもなり得るもいう事。争いにおいて、相手が動くまで待つ事になるのは別段珍しくもないが…珍しかろうとそうでなかろうと、それが大変な事には変わりない。

 

「このポイントでの待機、ね…」

 

 タブレット端末に表示された地図の情報とマーカーを見て、俺は呟く。

 今俺がいるのは、家のリビング。その端末を使い、妃乃から作戦に関する具体的な説明を受けていた。

 

「…遠くない?」

「そうね。けど別にこれは…っていうか貴方は、最初から戦う人員じゃないのよ。悠弥の役目は、魔人側の戦力が想定以上だった場合や不測の事態が起こった際の予備戦力兼、双統殿に何かあった時に備えた防衛戦力なんだから」

「ああ、だからこんな中途半端な位置な訳か」

「そこは中間、って言いなさいよ…中途半端なのは否定しないけど…」

 

 指定された場所について、俺は妃乃と言葉を交わす。中間、と言っても富士山と双統殿、どっちもかなり離れていてすぐには辿り着けない距離だが…地理的な問題は、もう仕方ないとしか言いようがない。だから流石に文句も言わない。

 と、いうやり取りからも分かる通り…この作戦、俺も関わる事になった。今の説明を聞く限りじゃ、何もせず終わる事もありそうだが。

 

「で、一応言っておくとこの時私達は別行動になるわ。まあ、悠弥と同じ役目を担う人は他にもいるから、貴方は単独行動にはならないけど」

「(って事は、妃乃は単独行動なのか…)…妃乃、一つ確認したい事がある」

「何かしら?」

「俺個人の役目の方だ。…この作戦でも、それは意識されているのか?」

 

 配置の意図と狙いが分かったところで、俺は妃乃に対して問う。

 俺個人の役目。それは即ち、双統殿全体の意識と士気を向上させる、その為の要因の一つとなる…というもの。要はここ最近していた活動って事で…その問いに対して、妃乃は頷く。

 

「えぇ、そうよ。というかこの配置は、それを意識した上でのものよ」

「待機なのにか?」

「なのに、よ。考えてみなさい。富士山にしても、双統殿にしても、悠弥が向かった場合、そっちに元々いた人からすれば、悠弥は『増援』として映るでしょ?厄介な状況や想定外の事態に陥った中、増援として現れてくれる存在…それは、士気の向上にはもってこいの要素だもの」

「…まぁ、そりゃ確かにな。そこまで想定してるってなると、戦いを演出の場か何かと思ってるのか、って言いたくなるけどな…」

「いや、言いたくなるも何も、言ってるじゃない…」

 

 呆れ気味に「言ってるじゃない」と返してきた妃乃だが、表情から察するに俺の言葉を否定する気はないんだろう。

 だが俺も、理解はしている。戦いの事をよく理解しないまま、或いは軽く見て上手く活用してやろうとする奴は大概碌な事にならないが、ちゃんと理解した上で「使えるものは何でも使う」のスタンスで活用した場合、確かに戦場の緊迫感は有用となる。今ある状況に対し、最大限活用しようとした結果としてのこれなら…別段、反対する必要もないだろう。

 

「…ああ、そうだ。一応訊くが、万が一迎撃し切れない場合…あの地下を制圧、又は仮に聖宝が完成して、それを奪取されそうになった場合はどうするんだ?まさか、負ける訳ないから想定もしてない…なんて事はないだろ?」

「勿論。何もしても守らなきゃいけないものだけど…そうなった場合は、危険を承知で破壊を試みるしかないわね。何が起こるか分からないけど、魔人の手に渡ろうものなら、間違いなく最悪の形で使われるでしょうし」

「無理に壊そうとした結果、世界中を巻き込む程の爆発が起こったりして……」

「ちょっ…え、縁起でもない事言うんじゃないわよ…!ぜ、絶対ないとは言い切れない事なんだから…!」

 

 つい魔が差して禄でもない事を言ってみれば、妃乃は顔を引きつらせて突っ込んでくる。

 実際ほんとに、絶対ないとは言い切れないだろう。何せ転生を実現させちまうだけの力があるんだからな。

 

「悪い悪い。んじゃ、悪いついでにもう一ついいか?」

「何よ、悪いついでって…で、何?」

「…緋奈から、何か話をされたか?」

 

 切り出し方こそ軽くふざけたが、それから俺は表情を引き締め、至って真面目なトーンで訊く。

 こんな問いをするのは、当然その可能性があると思ったから。そんな話を、緋奈としたから。そして俺の問いを聞いた妃乃もまた、真面目な顔になり……頷く。

 

「…されたわ。自分にも、何か出来る事があればしたいって」

「なら、その返答は……」

「…ある、って返したわ。あったし、緋奈ちゃんも真剣だったから…その『出来る事』を、頼もうと思ってる」

「……!」

 

 それを聞いた瞬間、心臓が締め付けられるような感覚を抱く。理由なんか、考えるまでもない。理由なんて、一つしかない。

 ふざけるな。…前の俺なら、そう憤慨していた事だろう。だが今の俺は、前の俺じゃない。駆け登る衝動を押さえ、自分を律し、何とか冷静さを保って、訊く事が出来る。妃乃に対して、もう一歩訊く。

 

「…なぁ、妃乃…だったら、その頼もうと思ってる事ってのは……」

「…安心しなさい。頼むのは、双統殿での雑用よ。今回の作戦は長くなる可能性が高い分、ほんとに人手不足だからね」

「……っ…な、なんだ雑用か…それを先に言えよ妃乃…」

 

 緊張の糸が切れ、解き放たれたように広がる安堵感。妃乃がすぐには言わず、返答と内容を分けて言う形を取ったものだから、やたらと緊張してしまった。くっ…もしもわざと分けて言ってたんだとしたら、何かでお返ししてやるからな……。

 

「私は普通に質問に合った回答をしただけじゃない。……けど、双統殿内にいる事になるからこそ、余計にそっちが襲われた場合は全力で迎撃しなくちゃいけないわよ?最終的にはそれが良い結果に繋がったとはいえ、勝手に出撃した誰かさん達みたいなケースもあり得るんだから」

「うっ…そ、そうだな……」

 

 にやり、と冗談めかした妃乃の言葉に、俺は同意しつつも目を逸らす。いやむしろ、同意せざるを得ないからこそ反論出来ずに目を逸らした。緋奈はそんな事しない、と言いたいところだが…ずっと生活を共にしている、俺の実の妹だもんなぁ…。ぐぐぐ、緋奈が妹である事が仇になる瞬間が来ようとは……。

 

「…ま、でも富士山と違って双統殿は今すぐ狙われるような状況にある訳じゃないし、過剰に心配する必要もないけどね。というか、緋奈ちゃんの事気にして精彩を欠いたら、それこそ本末転倒よ?」

「あぁ、分かってるよ。…確認だが、双統殿の防備はあくまで『普段ならいる、或いはすぐ駆け付けられる戦力の多くが富士にいるからこそ、普段以上に気を引き締めておかないといけない』…ってだけの話だよな?」

「そうよ。去年魔王に強襲された時と少なからず共通する要素があるから、双統殿の防備にも意識が割かれてるってだけの事。…そういう前例があるからこそ、気を付けなきゃいけないって話でもあるけどね」

 

 そうして取り敢えず説明は終了。迎撃戦の中で、俺が出る幕があるのか、あるとしたらそれは富士山と双統殿とどっちなのか、緋奈の身に危険が及ばないか…色々気になる事も多いが、そういうのは始まらない限り、その状況にならない限りは分からないもの。ならば妃乃も言った通り、神経質になって逆に精彩を欠く…なんて事にならないよう、程々に捉えておく方が賢明だろう。

 

「さて、じゃあもう終わりだけど…場所の確認、しておく?勿論当日は各々現地に…なんて事にはならないけど、するんだったら付き合うわよ?」

「そうだな…予め見ときゃ色々考えられるし、そうするか」

 

 幸い今日は時間もあるし、勝敗は戦う前に決まってる…なんて言葉もある通り(その真偽は置いとくとして)、下見や下準備はしておくに越した事はない。そう考えて俺は頷き、妃乃と共に指定されたポイントへと一度行ってみるのだった。

…何もせず終わるかもしれないとはいえ、俺は関わる事を、やる事を選んだ。下見だって、その一つだ。やれる事、出来る事を精一杯やる…俺はそう、決めたのだから。

 

 

 

 

 下見はあくまで下見。それ以上でもそれ以下でもない。だから下見は何一つとして滞りなく、つつがなく終わった。

 そしてその後用事があるという事で、俺達は双統殿に寄る事に。勿論俺は用事なんてないから、先に帰ったって良いんだが…下見という用事に付き合ってもらいながら、「じゃあ俺先帰るわ」というのは不義理というもの。だから俺は双統殿で待つ事に決め…けど特にやる事もないから、現在俺はぶらぶらとしている。

 

「ほんと、広いなここは……」

 

 行く当てもなく、気分だけで廊下を歩いたり階段を上り下りしている俺。

 ほんとに双統殿は広い。多分もう少し小さくても協会本部としては問題なく機能するんだろうなぁと思う程に広く、そのせいで前は迷うような事もあった…ような気がする。んまぁ、そんだけ広いおかげで、ただぶらつくだけでも時間潰しになっている訳だが。

 

(鍛錬…は、ここじゃなきゃやれないようなのをやるとすると、準備やら片付けやらで時間を喰うし、依未に会いに行く…と、弄るのが楽しくてうっかり長時間留まっちまう可能性あるんだよな。一応来たし、帰る前に顔出す位はするとしても……)

「おっと、すまないね」

「うおっ…!…あ、こっちこそすみませ……あれ?園咲さん?」

 

 とはいえ、時間までずーっと歩くだけというのは幾ら何でも虚し過ぎる。そう思って歩きながら考えていた俺だが、そのせいで注意力が落ちていたらしく、廊下の角で危うくタイミングの合った人とぶつかりかけてしまう自体に。幸い回避は出来たが、言葉を返す形で俺もその相手へ謝罪をし……たところで、気が付いた。その相手というのが、園咲であった事に。

 

「うん?ああ、奇遇だね悠弥君。今日は何か用事かい?」

「あーいえ、用事があるのは妃乃の方で、俺は時間を潰してる最中です」

「ほぅ。…ふふ、棚から牡丹餅とはこういう事を言うのかもしれないな…」

「はい…?」

 

 何やら含みのある、それはもう分かり易く「何かありますよ」感のある言葉を発する園咲さん。当然そんな発言をされれば気になる訳で、俺は一先ず訊き返す。

 

「いやなに、暫く前に君へ試作品のテストをしてもらっただろう?その内の一つに、改良を繰り返していてね。それがつい昨日一定の段階まで進み、また私以外の誰かにテストをしてほしいと思っていたところで……」

「…そこで俺と遭遇した、って訳ですね。暇を持て余している真っ最中の俺に」

「そういう事さ。…どうだろうか、悠弥君」

 

 どうだろうか、と俺は協力を求められた。当然上下関係がある訳じゃないから(まあ園咲さんの方が間違いなく偉いが)、そこに強制力はないが…その改良品というのは、ぶっちゃけ気になる。それに俺は今言った通り、暇を持て余していた訳で……

 

「…分かりました。妃乃の用事が終わるまでの間でしたら、協力します」

「ありがとう悠弥君。君ならそう言ってくれると思っていたよ」

 

 妃乃の用事が終わるまでの間、俺はその改良型のテストに付き合う事にするのだった。

 

「…これは……」

 

 トレーニングルームへと移り、俺が見たのは細長い武器…らしき何か。細長いと言ってもそれなりのサイズや厚みはあって、同じ形の物が全部で五つ。

 もしこれが初めて見る物なら、何の武器なのかさっぱり分からなかった事だろう。だが、俺には分かる。多少外見は変わっているものの…これには、覚えがある。

 

「…園咲さん、これって遠隔操作のやつ…でしたよね?」

「その通り、これは個々が浮遊し使用者の意思によって移動や攻撃を行う遠隔操作端末…の、改良型だよ」

 

 やはり思った通り、これは先日俺が最後にテストしたアレらしい。…あの時は疲れたなぁ…かなり集中力を持ってかれたし、我ながらムキになってた気もするし…。

 

「…今回は、というか改良型は五基なんです?」

「そういう事だよ。数が半分になれば、運用の難度も半減…とはいかないにしても、十基の同時運用は難しいと前回はっきりしたからね」

「(いや、五基でもまだ難しいと思いますけど…?…ごほん)じゃあ、取り敢えず使ってみます。動かし方は、同じですか?」

「勿論。前より大分使い易くなっている筈だよ。色々な意味で、ね」

「……?」

 

 何やら含みのある言い方だな…と思いつつも、俺は五基の端末へと霊力を充填。十分な量を流せたところで、俺は前回の感覚を思い出し、それを再現するようにして意識を端末へ集中させる。

 

(お、お……?)

 

 大分使い易くなっている。その言葉を実感したのは、割とすぐだった。

 初めてと二度目じゃ、全然違う…というのを差し引いても、前回より明らかに起動が、浮き上がるのが速い。動き自体も前回と比較して滑らかで、それぞれを別方向へ動かす難易度も若干下がっているような気がする。…まぁ、これに至っては数が減って、意識として「前より楽そう」と思っているのも関係してるかもしれないが。

 

「よし…次は、攻撃を…って、へ……?」

 

 一通り動かした俺は、次に五基の内一基へと意識を集中させ、霊力によるビーム攻撃を試してみる。

……が、そこで端末の砲口から発生したのは、ビームはビームでも飛んでいく光ではなく、発生したまま留まっている青い光。しかしこれは不具合でも想定外の事態でもないらしく、俺が目を瞬かせている中、園咲さんは言う…。

 

「ふふ、驚いたかい悠弥君。そこが、最大の改良点さ」

「これが最大の改良点…つまり、砲台から突撃用の武器に変えた、と…?」

 

 攻撃として出力した霊力がその場に留まっていれば、それが弾丸ではなく刃なのだという事は分かる。そしてそうであれば…この思い切った改良には、俺は肯定的意見を示したい。

 使い易さでいえば、間違いなく今の方が上だろう。砲台の場合、近距離じゃない限り少し向きがズレるだけで外れてしまうという問題は、操作の難しい遠隔操作端末との相性が悪いが、突撃用の武器なら取り敢えず突っ込ませれば良い。何せ投擲武器じゃない分、途中の軌道修正が効くんだから。それに確か、端末の火力は然程高くなかった。それはある程度弾数を確保する為に火力はやや控えたって事なんだろうが、その点霊力刃は一発毎に消費する砲撃型より燃費で優れているからか、出力不足に感じない。つまり、ぶつけりゃちゃんとダメージを期待出来るという訳で…ここの差は、俺としてはかなりデカいものだと思う。

 無論、全てにおいて長けている訳ではない。突撃させるという事は破壊もされ易いという事で、見えない場所に攻撃を行う場合、見える位置から撃てばいい砲撃型と違って、突撃型だと端末自体も見えなくなってしまう欠点もある。ただ、それを踏まえても尚、こっちの方が使い易い仕様ではないのだろうか。

 

(…ま、結論を出すのはもう少し動かしてみてからだな…!)

 

 意識を操作の方へと戻し、刃を出力した端末を動かす。まずは真っ直ぐ突撃させ、そこから方向転換や、急加速なんかも試してみる。

 そうして、分かった。これは…思っていた以上に、使い易い。

 

「は、ははっ…こりゃ凄ぇ……!」

 

 元々俺は射撃より近接格闘の方が得意…ってかそっちに重点を置いている。それもあってか、本当に使い易い。勿論それは前のやつと比較した場合であって、難しいしやっぱり集中力を持ってかれる事には違いないが……今俺は、複数基に別方向からの同時攻撃や、時間差攻撃をかけさせる事が出来ていた。

 移動、攻撃、反撃を想定した回避行動と一連の流れを何度か行い、最後に俺は五基中四基をそれぞれの位置に配置してからの、逃げる敵を想像しての連続攻撃。一基ずつ放っていき、四基目も打ち込んだところで、俺は端末全てを引き戻して一旦操作を終わりにする。

 

「ふぃー……」

「…どうだったかな、悠弥君」

「どう、ですか……正直に言うなら…使えますよ、これは」

 

 腰を下ろして休憩していると、前回同様園咲さんがモニター室からやってくる。その園咲さんからの問いに対し、俺は口角を上げて返答。流石にやりはしないけど…気分的には、サムズアップもしたくなっている。

 

「まだ減速がし辛い点だとか、反応速度だとか、主兵装として自在に使うんだとしたら、物足りない部分は多いと思います。けど、ここだってタイミングで使う、奇襲や追撃用の装備だとしたら…本当に、今のままでも実戦投入可能なんじゃないでしょうか」

「ふふっ、まさかそこまで言ってくれるとは。であれば、この方向性での改良は間違っていなかったようだね」

「…あー…でも、人を選ぶ事はあるかなと思います。例えば妃乃みたいな近接戦を主体にする霊装者なら、距離に合わせて使い分ける事が出来るでしょうけど、射撃主体だと操作も狙いもややこしくなるでしょうし」

「うん、それは分かっているよ。特に端末を突撃させるこの仕様の場合、端末が自分の射線に入る問題もあるからね」

 

 話しながら、そういやそうだなぁ…と俺は考える。遠隔操作端末といえば、それを縦横無尽に動かし攻撃を仕掛けつつも、自身も積極的に射撃や近接攻撃を叩き込む…みたいなイメージがあるが、実際にそれをやるのは恐らく難し過ぎる。それこそ特殊な能力が必要なんじゃないかと思う程で、それがないなら遠隔操作端末は別の武器と…ではなく単独で使う、連携するにしても一斉掃射だとか自身と共に突撃をするだとかの、限られた形になるんだと思う。

 それでも尚、この特異な武器には価値がある。遠隔操作端末という、それ自体が持つインパクトも含めて。

 

「しかしそうか…限定的とはいえ、実戦でも使えるとまで言ってくれるか……ふふ、ふふふ…」

「う、嬉しそうですね園咲さん…」

「当然だよ悠弥君。発明は持っていれば嬉しいただのコレクションじゃない。いや、勿論作り出す事、発展させる事自体も面白いものだけどね?けれど発明は、使われるようになる事が本来のゴールであり、そこを目指しているものなんだ。そして今、これはそのゴールが見えるところまで来ている。となれば、嬉しいというものだよ悠弥君」

「あ、は、はい…そっすか……」

 

 思った以上にガチの語りをされて、何か圧倒されてしまった俺。その内容は普通に理解出来るものだし、研究者、技術者でなくても作っていたものが完成を見れば嬉しいのは当たり前だと俺も思うが…特別ハイテンションになる訳じゃない、なのに何故か圧倒される勢いで語られるというのは、ほんとになんと言ったらいいのかよく分からない感覚だった。

 

「……さて、ところでだ悠弥君」

「な、なんでしょう?」

「私の都合に付き合わせた結果なのだから、間に合わなかった場合は私が謝罪しようと思うが…そろそろではないのかい?」

「え?あ……」

 

 うっかり待ち合わせの事を忘れていた俺は、言われて初めて時間を確認。そしてもうかなりギリギリだという事に気付いて、急いで立ち上がる。

 

「す、すみません園咲さん。俺、これで……」

「うん、行きたまえ。それと今日の事も、その内お礼させてもらうよ」

「あ、はい。じゃ…!」

 

 別にいいですよとか、気にしないで下さいとか、そういう返しも特にしないまま俺はトレーニングルームを走って退室。んまぁ、少しでも遅れたら妃乃は滅茶苦茶起こる…って事はないが、時間を潰す為の事に集中し過ぎて元々の目的を忘れてたっていうのはあまりにも情けないし、それで遅れるというのは出来る限りさせたいというのが俺の心情。だからさっきみたいに誰かとぶつかったりしないよう速度は抑えつつ、けど軽く走る形で俺は廊下を進んでいき……

 

(…ん?今のは……)

 

 十字路をそのまま突っ切った際、視界の端…左側の通路の突き当たりに見えたのは、顕人…らしき人の姿。一瞬だったから確証はない、だがそんなような気がする人影。

 そういえば、少し前にも似たような事があった。あの時は結局分からなかったが、今回はどうなのか。それは少し気になる……が、それより今は待ち合わせが先決。そう考えて、俺は目的の場所に急ぐのだった。

 

 

 

 

 霊源協会の中心である双統殿には、当然各階に幾つもの監視カメラが設置されている。しかし全ての場所を網羅している訳ではなく、設置されていない部屋、カバーし切れない場所というのも、これまた当然のようにある。

 そんな、監視カメラには映らない場所の一角に…若い、そこそこの人数の人が集められていた。

 

「…で、なんだよ話って」

「というか、何でこんな場所に?」

 

 集まった面々は、皆がそれぞれ訝しげ。しかしそれも当然の事。話がしたいという理由で、分かり辛い…普段はあまり通らないような場所に呼ばれれば、変に思うのも当然の事。

 

「うん、悪いねこんなところで。…けど、重要な話なんだ。誰かに邪魔されたり、立ち聞きされたくない話だから…さ」

 

 そんな若者達へ向けて、彼等と向き合う形で立つ一人が言う。言いながら、廊下の先へ視線を走らせる。誰かいないか、来る者はいないかと鋭く確認する為に。

 落ち着いた…それでいてどこか独特の雰囲気があるその声と内容に、更に疑問を深める若者達。その彼等へ対して、彼等に…『元』霊装者である若者達へと、その一人は……少年は、告げる。

 

「…ねぇ、皆。今の状態に、この現状に、満足してる?これでいいと、思っている?今の在り方は、協会は、霊装者の社会は……間違ってると、思わない?」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。