双極の理創造   作:シモツキ

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第二百十三話 既に動き始めた歯車

「……あれで、良かったので?」

 

 ガラス越しに見える、広い夜景。グラスを手にその夜景を眺めるウェインへと、背後からゼリアが声をかける。

 

「あぁ。焦って青いまま果実を採っても、それで満足のいく味は得られない。十分に成すべき事をしたのなら、後は下手に手を出さず熟すのを待つのが最善だろう?」

 

 振り返る事なく、ウェインは返す。再び顕人と、じっくりゆっくりと話した事を思い返しながら、口元に笑みを浮かべて続ける。

 

「それに、僕は彼の選択、彼の行動、彼の歩む道を見たいんだ。だから僕は、道の提示や進む為の力は用意しても、決定にまでは口を出さない。いつ、どの道を、どのように進むのかは、彼自身に委ねてこそ…僕の心は、満たされるんだよ」

「…まあ、貴方自身がそう思うのなら良いですが…それで当てが外れたとしても、自業自得というものです」

「分かっているとも。もしそうなってしまったら悲しいが…確実性ばかりを選んでいては、真の成功なんて得られないものだからね」

 

 彼の表情に浮かぶ薄い笑み。嬉しそうな…しかしそれでいて得体の知れないその笑みを浮かべるウェインが思い出しているのは、顕人との会話。交わしたやり取りと、そこでの思い。

 再び会話し、彼の思いを聞き、そしてウェイン自身も明かした。自らの抱く理想を。顕人へと向けた期待を。

 されどその結果、その場で顕人は答えを出さなかった。出さなかったが、ウェインはそれに対する不満などない。内容が内容故に、聞いたその場で答えを出す事など端からウェインは考えておらず…その上で、感じる事が出来たのだから。示した道へ対する、顕人からの可能性を。

 

(友の選択を、答えを待つ。これもまた新鮮な気分だ。……顕人クン、君は何を選ぶ。何を選び…どれだけのものを、僕に見せてくれるんだい?)

 

 都合良くいく保証はない。それどころか既に、ウェインは幾つかの事柄を顕人へと明かしてしまっている。それでも不安や懸念などなく、期待と答えへの興味が渦巻くのだから、全く同士というものは良いものだ、とウェインは心の中で密かに呟く。

 そうしてウェインは、グラスを口へと向けて傾け…小さく吐息を漏らすのだった。

 

「……ところでゼリア、君はまだ食べるのかい?」

「ええ。貴方は少食ですね、ウェイン」

「…淡々と食べ続ける君からすれば、大概の人間がそうだろうね…」

 

 

 

 

 期待されている役目の関係上、いつも味方の顔ぶれは変わる。勿論妃乃という、変わらない味方もいるが、逆に言えば変わらないのは妃乃だけ。…まあそもそも、昨年度までは妃乃以外と戦闘に出る事も、実戦をする事自体も少なかった訳だが。

 ともかく顔ぶれは毎回変わる。それ自体は、前にも似た感じで触れた気がするが…毎回変化するが故に、意外な巡り合わせになる事も…偶に起きる。

 

「悠弥君、準備出来たよ!」

「あいよッ!」

 

 埠頭での、高機動低空空中戦。蝙蝠と蛇が合体し、大きくなったかのような複数の魔物を追い立てる。素早く、且つ同種同士だからか連携してくるこの魔物達は厄介で、中々仕留める事は出来ない。有利か不利かで言えば有利なものの、無数のコンテナによって作られた十字路を右に左にと逃げる事で、鬼ごっこがずっと続いてしまっている。

 そんな中で聞こえたのは、茅章の声。茅章からの合図を受け取った俺は、攻撃二の次で逃げ続けている魔物へと突進。案の定無理な突進では魔物への攻撃に移れず、左側から迫られた魔物群は右側の道へと逃げたものの…そちらへ向かわせる事こそが俺の狙い。

 

「よぉし、一気に追い立てるぞ!場所間違えるなよッ!」

 

 次に聞こえたのは、上嶋さんからの指示。俺が上昇し、コンテナに邪魔されない高さから移動する中、味方が次々と仕掛けていき、誘導していく。ある地点へと、追い立てていく。そして……

 

「逃がさない……ッ!」

 

 恐らくはこちらの意図に気付きもしていないであろう魔物群。その魔物群がある地点を通った瞬間…通ろうとした瞬間、茅章による罠が作動する。コンテナとコンテナの間に緩んだ状態で仕掛けられていた糸が霊力を帯び、その状態で引き絞られる事によって魔物群を絡め取る。

 それだけでも十分なダメージ。加えた絡め取られてしまえば、速度も数も全くの無意味。茅章の仕掛けに掛かった時点で…結果はもう、決まったも同然。

 

「……!引っ掛かった奴等のトドメはこっちで刺す!悠弥!逃げた一体頼めるか!?」

「そのつもりです…ッ!」

 

 仕掛けられた罠で一網打尽…と一瞬は思った俺ながら、魔物同士がぶつかる事で一体だけ仕掛けに掛かり切らず、泡を食ったように離脱。だがその魔物が逃げた先は上であり…同じく高度を上げていた俺にとっては、むしろ向こうからこちらへ来てくれるようなもの。

 どうも高度を上げての飛行は向いていないのか、見るからに速度の落ちていく魔物。その魔物を見据えた俺は、直刀を構えた状態で力を込め…それを爆発させるようにして、一気に肉薄。すれ違いざまに刃を振るい……一刀の下、逃げる魔物を斬り伏せる。

 手にあったのは、確かに芯で捉えた感覚。振り返れば魔物は、顔から胴の中程までが捌かれた(というか俺が捌いた)、間違いなく致命傷の状態となっており…残りの魔物も、上嶋さん達の攻撃によって例外なく絶命をさせられていた。つまり…これにて、戦闘終了。

 

「ふー…お疲れさん、茅章」

「悠弥君こそお疲れ様。やっぱり、流石の動きだね」

「茅章こそ、ばっちりな仕掛けだったじゃねぇか。助かったぜ」

 

 張っていた糸を回収し終えた茅章に話し掛ける。ちょこまか逃げ回る今回の魔物(しかもやたらめったら撃ってコンテナや施設を壊す訳にはいかない)に対しては、罠を仕掛けて機動力を奪うのが最適だった訳で、糸という性質上開けた場所では上手く機能しないとはいえ、茅章の即席で罠を作れる力は本当に心強い。

 そんな茅章に罠を用意してもらい、その間の時間稼ぎと誘導を俺…それに上嶋さんの部隊で担い、今の通りの一網打尽に持っていったのが今回の作戦。つまり、何かっていうと…期せずして、今回は知っている相手ばっかりだったのである。そして妃乃は今回、別件でいないのであった。

 

「お疲れお疲れ。悠弥、最後はお前に任せちまって悪かったな。出来れば俺が対処したかったんだが…」

「や、場所とタイミング的にも俺が一番対応し易かった訳ですし、気にしないで下さい」

「うん?そうか…茅章の方も、責任の重い役目を担ってくれた事、今回のリーダーとして感謝させてくれ」

「い、いえそんな!僕は僕の出来る事をしただけなので……」

「くーっ…最近の若者は謙虚だよなぁ。実際に楽じゃねぇ役目を任されて、しかもそれを十分にこなしたんだから、もっと自慢気になったっていいのによ」

「いや、私達も世間一般じゃまだ十分若者でしょうが。何年長者ぶってるんだか…」

「良いじゃねぇか別に、二人よりは年長者なんだからよ」

 

 別に、特別感謝されるような事じゃない。それが合理的な判断で、戦闘中のものとなれば当然の事で、少なくとも俺にとっては一喜一憂する程のものではなかった。茅章の反応も、茅章の性格からすれば普通のもので…何というか、これを謙虚と称されても反応に困る。部隊の…えぇと、杉野唯さん…だったか?…に突っ込まれた後の反応を見る限り、冗談半分っていうか、「別にそこまで遜らなくたっていいんだぞ?」…という表現なのかもしれないが…ともかく俺が謙虚ってのを千嵜や妃乃辺りが聞いたら、すぐに否定してくるだろう。

 

「年長者、ねぇ。仕掛けの提案は彼だったし、そこからの作戦立案も後輩二人が主導だったように見えたんだけど、年長者ねぇ…?」

「うぐっ…俺は自主自立、一人一人の自らやろうとする意思を尊重するタイプなんだよ…!……多分」

「最後の最後で本音漏れてるぞー」

「うっせ、てかそれを言うならお前等だって似たようなもんじゃねぇか。全く、先輩が聞いて呆れる…」

『(あんた・隊長)がそれを言うな』

(なんだこりゃ…漫才か?漫才を見せられているのか…?)

「は、はは…愉快な人達だね…」

 

 似たような事を思っていたらしい、茅章の言葉に俺は同意。確かに愉快な人達だろう。…よく言えば、だが。勿論、味方としては普通に頼もしくもあったが。

 

「ごほんっ。…まぁ、実際茅章が発案して、二人が主導で作戦を立てたっていうのは事実だ。だから…よくやってくれた。ほんとにありがとな」

「あ…は、はい!僕こそ、色々と勉強になりました!」

「…同じく、こちらこそありがとうございました」

「おう。んじゃ、戻るとするか。もう気配はないとはいえ、油断だけはするなよ?」

 

 兎にも角にも、任務は達成したのだから後は協会に戻るだけ。なんか今の上嶋さんの台詞は、微妙に厄介な敵が出てくるフラグになりそうな気もしたが…アニメや漫画じゃないんだから、それっぽい発言一つ一つが律儀にフラグ化する筈もない。……え、わざと小説は外したのかって?…いいんだよ、そういうのは気にしなくて。

 

(…しっかし、今回の場合は俺の意味があったのかねぇ……)

 

 始めに言っておけば、これは結果論だ。毎回人が変わるんだから、こういうパターンもまああり得なくはないとは理解している。だがその上で、俺は思った。今回の面子は、俺の存在が士気高揚に繋がらない…というか、俺がいなくても良いモチベーションを維持していたんじゃないのか、と。

 素直で実直で向上心の強い茅章にしろ、軽い調子なようでしっかりと味方を気遣い、隊長としての手腕を発揮している上嶋さんにしろ、今回の面々は元から精神に安定性がある、周りの状況にあまり左右されず力を発揮出来る…みたいな感じの人ばかりだと思う。勿論、大規模戦闘で相当押されているだとか、去年の魔王強襲の様に、全く想像も付かなかった自体に見舞われるとかになれば、そうもいかないだろうが…それは誰だって同じ事。俺が言いたいのは、そこまでの事態じゃない…今の、全体として起こり得る「なんとなく悪い雰囲気」で士気が下がる様な人達じゃないって事で…まあでも、そりゃありがたい事か。少なくとも、協会にとっては。

 

「悠弥君、戻った後はどうするの?」

「ま、取り敢えずは妃乃と合流だな。妃乃の用事がまだまだかかりそうってなら、先に帰るか別の事するか考えるが」

「そっか。…………」

「……茅章?なんか考え事か?」

 

 帰る道中、軽い会話の後にふと考え込むような表情を浮かべる茅章。何か悩みか、困っている事でもあるのかと思って訊くと…茅章は軽く、肩を竦める…。

 

「別に、考え事って程のものでもないよ。ただちょっと、もっと攻撃面…糸そのものの切断力とか破壊力を向上させられれば、ただ捕まえるだけじゃなくて、そのまま切り裂く事も出来るんじゃないかな…って」

「あぁ…(それ、実際やったら普通に倒すのとは比べ物にならない位グロい光景に…ってのは、置いとくとして…)…まあ、出来ない事はないだろうな。けど、無理に目指す必要もないと思うぞ?そもそもの性質として、糸は剣や銃みたいに戦闘特化の武器じゃない…ってか、普通は武器にならないものだしよ」

 

 あぁ、やはり茅章の向上心は凄い。今の言葉で、自然とそんな思いを抱く。俺もまぁ、そこそこは向上心を持って鍛錬もしているが…過去があったり、去年一年で色々と経験してきたからこその俺と違って、茅章にそこまでの経緯はない筈。動機も前に聞いた通り、俺や御道への…身近な存在への憧れなんだろう。それだけ…って言うと、茅章に失礼だが…特別な覚悟がある訳でもない、面倒になれば手を抜けてしまう中でも、余念無く向上心を持ち続けるというのは…間違いなく、凄い事だ。

 とはいえ、手放しで応援するのは違う。努力ってのは、ただがむしゃらに頑張るって事ではない。

 

「攻撃面も強いに越した事はないが、やっぱ糸は柔軟性、霊力を通していない状態での低視認性、それに収束させるか分散させるかを選べる対応力の高さが持ち味だろ?そっちが伸び悩んでるとかならともかく、そうじゃないならそっちを伸ばす方が良いと俺は思うな。…まぁ、これについては俺以外からも意見を貰った方が良いと思うが…」

「うーん…そうか、確かにそれも一理あるよね…うん。ありがとう、悠弥君。言われた通り、他の人にも訊いてもう少し考えてみるよ」

「ああ、頑張れよ」

 

 こくりと一つ頷いた茅章の、感謝の言葉。それに俺は、その意気だ…っていう含みも込めて、頑張れよ、という言葉を返す。

…なんて、偉そうな事を言った俺だが、俺だって自分に対する課題は多い。人に教える事で自分もより上達するって事もあるが、それよりまずは自分自身、頭を捻って努力もして、それで向上していくべきだ。

 

「…また今度、都合が合う日にでも手合わせするか?っていうか、相手になってくれるか?」

「え?も、勿論だよ!こっちこそ宜しくお願いします!」

「よし、決まりだな」

 

 そうして今回の任務も終わる。つつがなく、こちら側の完全勝利で。現状、俺へ期待された役目をどこまでこなせているかは分からないが…今後も、やれるだけはやってみよう。

 

 

 

 

 双統殿に戻り、決めていた場所へ向かうと、そこにはもう妃乃がいた。どうやら、今日は妃乃の用事の方が先に済んだらしい。

 

「今来たところか?」

「えぇ、まあそんなところ…って、開口一番何決め付けてくるのよ…普通それ、貴方が『待たせて申し訳ない』って感じの発言をした時に、私が返しとして使う言葉でしょ……」

 

 当たり前だが、早速肩を落とす妃乃。しかしこの場合、任務だったんだから仮に待たせたとしてもそれは仕方のない事。…まあ、それはそうとして、待っていたなら「悪い」とでもつもりだったが…。

 

「…ま、別にいいけど。それより、今回はどうだった?その様子じゃ、今回も順調だったんでしょうけどね」

「おかげさまでな。今回は味方も味方だった分、多少時間はかかったが楽なもんだったよ」

「へぇ?…あぁ、そっか。そういえば今日は、知り合いが多いって言ってたわね」

 

 話しながら、廊下を歩く。実際実力もそうだが、知り合いか否かってのはかなり大きい。そりゃ、知らん相手と知ってる相手とじゃ、大概は後者の方がずっと意思疎通し易いしな。

 

「妃乃こそ、今日はスムーズに用事が済んだんだな。まあ、何してたのかは知らないが」

「あぁ…うん、まぁね…」

(ん……?)

 

 返ってきた、微妙に歯切れの悪い反応に俺は少し違和感を覚える。

 少なくとも俺は、返答し辛いような質問はしていない。というか、厳密に言えば質問の形ですらないし、現に妃乃は俺より先に来ていた訳だから、その通りだと肯定するだけの場面だった筈。にも関わらず、歯切れが悪くなったのは何故か。…何か、その用事とやらで言い辛い事でもあるのか。

 

「…妃乃。今日の用事ってのを、訊いてもいいか?」

「…気になる?」

「それなりに、な」

 

 考えたって仕方ない。だから取り敢えず訊いてみて、拒否られたら素直に引き下がろうと思い、俺はそのまま妃乃へと尋ねる。

 すると返ってきたのは、然程嫌そうでもない回答。どうやら、絶対触れてほしくない…って程の事ではないらしい。

 

「…あれよ。例の件の報告と、それを踏まえての会議をしてたの」

「あぁ…けどその様子じゃ、内容はそんな芳しくなかったっぽいな」

「ううん、そうでもないわ。報告…っていうか、調査自体はしっかり進んでるし、今後の方針会議の方も……」

「…妃乃?」

 

 実りのある内容じゃなかったから歯切れも悪かったのか、と思った俺だが、妃乃はそうではないと言い…何故かその後、中途半端なところで止まる。急に何だと思って呼び掛ければ、今度はツインテールを揺らしながら周囲を見回し…次の瞬間、俺はある通路へと引き込まれる。その先にはお手洗いしかない、人影のない通路へ。

 

「えっ…いや、ちょっ…妃乃さん……!?」

「な、何よそんな驚いた顔して。確かにいきなり引っ張りはしないけど、何もそこまで……」

「…妃乃。俺は妃乃を、大事な相手だと思っているし、尊敬もしてる。魅力だって、十分どころか十二分にあると思う。…けどな、だからこそ俺は、こんなよく分からん勢いでなんて……」

「へ?いや、何を言って……って、あ、あんたまさか…はぁ!?はぁぁぁぁッ!?」

 

 突然の引き込み、お手洗い、人気のない場所。そこからある事が思い付いた俺は、まさかとは思いつつも…もしそうならば、なあなあになんかしちゃいけないと、はっきり俺の意思を言おうとする。

 だが、それを伝えようとしている最中、怪訝な顔をしてた妃乃の顔はある時一気に赤くなり…次の瞬間、大音量の「はぁ!?」が俺へと返ってくる。

 

「ばっ、馬鹿じゃないの!?バッカじゃないの!?はぁぁッ!?」

「う、五月蝿い五月蝿い…!いきなりそんな大音量の声出すなよ…!後、勘違いだってんならそりゃ妃乃のせいだからな…!?」

 

 いきなり引き込んだかと思えば、今度は酷くシンプルな罵詈雑言をぶつけてきやがる妃乃。分かる。確かにこんな勘違いされたら、そりゃ恥ずいし憤慨もしたくなるだろう。…けど、これ妃乃のせいだからな!?俺はむしろいきなり訳分からん事されて、状況から意味深さを感じさせられた側だからな!?

 

「な、何よ!あんな事言っておいて、私に責任なすり付ける……」

「…………」

「……ごめんなさい、今回は私が悪かったです…」

 

 だがそんな俺の反論は意にも介さず、烈火の如く妃乃は怒り……続けるかと思いきや、何かに気付いたように横を…お手洗いの方を向き、掴んだままの手首を見て、俺の方へ視線を戻し……自分で自分にショックを受けたような顔をして、項垂れたまま謝るのだった。

 

「ったく…で、結局そうじゃないならなんなんだ?」

「う…た、単に誰かに聞かれる危険性を考慮しただけよ…」

「なら、ここじゃ不味いからこっち来て、とか言えばよくね…?」

「うぐっ……」

 

 何も言い返してこない辺り、それが思い付かなかったらしい。それに対して「何やってんだかなぁ…」と思う俺だが、取り敢えず今は言わないでおく。反省はしているようだし…今は変に責めると、また爆発しそうだしな。

 

「…まあ、それは良い。それよりも、本題を聞かせてくれ」

「…そ、そうね。なら、まず調査の方だけど…聖宝、その完成には、霊装者の力である霊力や、魔物や魔人の持つ力…便宜的に言うなら魔力かしらね。…が、更に必要だって分かったわ」

 

 俺も妃乃も気を取り直し、する筈だった話に戻る。聖宝の完成に必要なもの…それはかなり重要な情報で、それを明らかにする事が出来たというのなら、調査としてはかなりの進展……

 

「…って、ちょっと待て…今、『更に』って言ったよな?という事は、やっはり……」

「えぇ。あの時力を失った霊装者、その霊力は…恐らくその殆ど、或いは全部が、聖宝の糧になったんだと思うわ」

「……っ…なんで、そんな事が…」

「それは今も調査中よ。富士山という土地に、そういう性質があるのか、それとも別の理由なのか……」

 

 そう予想出来る要素はあった。だが、それが調査によってはっきりしたとなると、やはり思うところがある。俺自身は被害を受けていなくても、勝手に力を奪われるなんて、その力を疎んじていた人以外は不幸以外の何物でもない。

 

「そして、もう一つ。力の吸収は、あの光以外からでも行われる事も分かったわ。富士山では発生した霊力や魔力は、自然と聖宝の糧として吸収されるみたいね。…と言っても、そっちは意識しても気付かない位、ほんの少しずつしか吸収されないみたいだけど」

「…つまり、富士山での戦闘行為は、聖宝の完成においてはプラスな訳か。けど、単に霊力を吸収させるだけなら、戦闘じゃなくて単なる訓練でも…と、思ったが、一人二人でやるんじゃ途方もねぇし、集団でやると魔物をおびき寄せちまうだけか……」

「…………」

「……妃乃?」

 

 ふと案が一つ思い付いたが、それを実行するのはリスクが大きい。そう思って言うのを止めた俺だが、いつの間にやら妃乃は神妙な顔。

 

「…ねぇ、悠弥。この件は、どうしても受け身に回るしかなくて、完成までは仮に襲撃に勝てても、それで解決にはならない…って話、前にしたわよね?」

「あぁ、したな。けど、なんで急に……」

「…その状況を、大きく変えられる方法があったとしたら、どうする?」

「え……?」

 

 そう言いながら、更に深まる神妙な表情。そんな方法があるのか。聞いた瞬間そう思った俺は、反射的に訊き返し…だが、今し方聞いた話が頭をよぎる。

 聖宝は、富士で発生した霊力や魔力を糧にする。そしてそれ等が発生する状況と言えば、勿論戦闘。それを前置きとした上で、それが分かった状態で、大きく変える方法なんてものが出てきたとしたら。

 そんな思考が、俺の頭の中をよぎり…その答え合わせをするように、妃乃は…言う。

 

「──わざと戦闘を引き起こす。聖宝を朝に、敢えて魔物や魔人を誘い出して、大戦力での迎撃を行い、膨大な量の霊力や魔力を発生させる事で、聖宝を完成させる。…そんな案が、今日の会議で出て…それを行う方向での作戦立案と調整をしていく事が、決定されたわ」


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