双極の理創造   作:シモツキ

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第二百九話 それが出来るとするならば

「うへぇー、つっかれたぁぁ……」

 

 妃乃の両親…いや、協会からの話を受けて以降、俺が魔物と戦う頻度は増した。士気高揚の為、って部分が印象に残り易いからうっかりしてると忘れそうだが、そもそもの理由はそっちではなく、減ってしまっている双統殿の戦力の補強。となれば呼ばれる、交戦する事になる機会も当然増える訳で、しかもここで効いてくるのが、俺…『千嵜悠弥』に期待されている役目。後方からの支援や援護じゃ意味はない…って事はないが、俺の出来る事、得手不得手の観点から言っても、役目を果たそうとするなら積極的に動くしかない。

 とはいえそれは仕方のない事。理解はしてるし、必要としていた実戦経験が向こうから来てくれる訳だから、今のところそこまでの不満はない。…が、不満はなかろうが疲れるものは疲れる訳で、今日もまた連携する事になった隊と共に魔物の討伐を終えた俺は、疲労を癒すべく部屋のソファに身体を預ける。

 

「……ちょっと、何我が物顔でソファに横になってるのよ。ここ、あたしの部屋なんだけど…?」

 

 ぐでーっとソファにうつ伏せとなり、顔だけは横を向いていると、足元の方から聞こえてくる声。えぇ、そうですが?ここはうちじゃなくて、双統殿にある依未の部屋ですが?

 

「太々しいにも程があるわね…!前々からデリカシーはなかったし、性格も悪いし、おまけに太々しいとか何よその最低三拍子…!」

「いや聞いた事ねぇよそんな三拍子…てか、依未こそ来て早々に態度キツくね…?…まあ、態度キツいのはいつも通りだが…」

「来て早々に人の部屋のソファへ寝っ転がるからでしょうが…ッ!」

 

 (立っているから)物理的に上から目線で文句をぶつけてくる依未。なんかもう殴ってきそうな勢いの依未だが…無理矢理俺をソファから落とすような事はしない。…まぁ、単に腕力とか体力的に無理だと思ったからだろうが。

 

「まあまあ、怒るなって。折角来たんだからよ」

「誰もあんたなんか呼んでないんですけど…!?」

「ん?じゃあ、歓迎してないと?」

「ふんっ。これが歓迎してるように見えるなら、休む前にまず眼科か精神科に行く事ね」

「そうか、じゃあ帰る」

「え……?」

 

 鼻を鳴らした後の、何とも依未らしい辛辣な言葉。だが、それを聞いた俺はすっと立ち上がり…これまでとは真逆の態度を見せて、部屋の出入り口の方へと向かう。

 するとこの反応は全くの予想外だったらしく、依未は鳩が豆鉄砲を食ったような顔に。狙った通りの様子を見せてくれた事で、内心俺はにやりとしつつも、「部屋主が歓迎してないなら仕方ないよな…」みたいな表情を作ってドアノブを掴む。そして俺は、そのまま扉を開けようとして……

 

「ちょ、ね、ねぇ…!…ぅ……べ、別に…別に帰れたまでは、言ってないでしょ…!?」

「んー?つまり、居ていいと?」

「……っ…か、勝手にすれば…?」

「あそう。じゃあ俺はやっぱり帰……」

「だぁーッ!あー、もうッ!居ていい、居ていいってのッ!」

 

 がしがしと両手で頭を掻き毟りながら、なんかもうブチギレた感じで依未は俺の滞在を許可。完璧に狙い通りとなった俺は心の中どころか実際の表情でもにやりと笑い、再びソファへと腰を下ろす。

 

「ぐぅぅ…ほんと、なんなのよあんたはぁぁ……!」

(…ほんと、良い反応するよなぁ……)

 

 駆け引き(?)に敗北した依未は俺を恨めしそうな瞳で見つつ、ぶつぶつ呟き表情を歪める。…こういう反応をするから、生意気で素直じゃない態度を取るからつい弄りたくなるんだし、なんならそこも可愛いんだが…気付いてないんだろうなぁ、依未は。改善されたら詰まらないから、俺も別に言う気はないし。

 

「…まあ、座れよ。立ち話もなんだしさ」

「あ、うん、それはそうね……って、だからなんでそんな我が物顔な訳!?え、何!?今日からここあんたの部屋になるの!?」

「そうなったらアレだな、本格的な整理整頓と不要物の撤去からスタートだ」

「現実的…!」

 

 とまぁ、一頻り楽しませてもらったところで取り敢えず俺は弄りを終了。こういうのは引き際が肝心。特に依未の場合は、前みたいにまた物理的に反撃してくる可能性があるからな。

 

「はぁ…なんでこんなのとのやり取りでこうも疲れなきゃならないのよ……」

「悪かったなこんなので。…それと、先週は悪かった。あんな、ドタキャンするような形になって」

「…だから、それは良いっての。指令無視してまで来られても、逆にこっちが気不味いし…」

 

 がっくりと肩を落としながら依未が座ったところで、俺は依未への謝罪を口に。

 先週は、依未も出掛ける用事があった。これまでののうに、呼ばれた俺は付いていくつもりだった。だが、そこに入ってきたのは協会の指令。その際も電話で謝りはしたが、やはり急にというのは心苦しく…今日依未の所へ来たのも、改めてちゃん謝りたかった…というのが、理由の一つ。

 

「近い内に必ず埋め合わせはする。だからまた、連絡してくれ」

「…あんたって、そういうところ律儀よね…性格的には、むしろ急用が入ったんだから仕方ないだろ、って言ってきそうな感じなのに…」

「…ま、これに関しちゃほんと大事な事だからな。他の事ならまだしも…依未に付き合うのは、出来る限り優先させたいんだよ」

 

 失礼な…と言いたいところだが、元々俺は人付き合いが雑だった事を考えれば、そう言われても仕方ない。

 だが、依未の外出、依未が自ら外に行こうとする時は、出来る限りその応援をしてやりたいっていうのが変わらない俺の本心。その思いで言葉を返すと、依未は胸の前で右手を握り、そのまま俺をじっと見つめる。

 

「悠弥…それ、って……」

「ああ、あの時約束したんだからな」

「……うん。そう、よね…」

 

 蔑ろには出来ない、したくない約束なんだから。…重ねる形で答えると依未はほんの少しだけ視線を落とし、何か心の中で反芻しているような表情を浮かべて小さく頷く。その時依は、安心したような、なのにどこか切なそうでもある表情を浮かべていて……だがそれに俺が触れるより早く、依未の表情は元に戻った。

 

「そういう事なら、延滞料もしっかりと上乗せしてもらわないとね」

「延滞料?…緋奈も一緒に連れてくるとか…?」

「えっ、ほんと?来てくれるの?」

「ま、まあ緋奈次第だけどな…」

 

 再び浮かぶ、小生意気な表情。だがその表情はまた俺が弄るまでもなく、緋奈の名前を出しただけで瓦解。途端に嬉しそうな、期待するような表情に変わって…うーんこれ、ひょっとすると俺は行かず、緋奈と二人になった方が喜ぶんじゃないのか…?…いや、そうはしないけども。

 

「ちゃんと緋奈ちゃんに訊きなさいよ?あ、後予定が空いてるかどうか分かるまでは、あたしの名前出さない事。緋奈ちゃん優しいから、あたしの名前出したら気を遣って自分の予定よりも優先しようとするかもだし…」

「へいへい、依未がそれで良いならそうしますよ」

「それと…もし今回と同じようにどうしても予定が合わなくなったら、その時もまた次で良いから。…あんたの負担を、増やしたくはないし…」

 

 妙な熱の籠った注文に対し、へいへいと軽く受け止める俺。まだ言い足りない様子の依未を見て、ほんとに緋奈は愛されてるな…と一瞬思った俺だったが、次なる言葉は他ならぬ俺を気遣ってくれたもの。

 理由はどうあれ、延期にさせてしまったのは俺の方。なのに依未は、俺の事を気にしてくれていて…だから俺は依未へ近付き、その頭を軽く撫でながら言う。

 

「ありがとな。けど…大丈夫だ。少なくとも、依未に付き合う事は、俺にとって負担でも何でもないんだからよ」

「…なに、勝手に撫でてんのよ…馬鹿……」

 

 自分から言い出した事だし、出掛ける時も大変なのなんて精々荷物持ち位だから、ってのもあるが…そんな事よりまず、俺は依未と出掛ける事に対し、負担を感じた事なんて一度もない。だから大丈夫だと伝えると、依未はまた文句を言ってきて…だがその顔には、照れのような感情が浮かんでいた。

 実際、完全に予定が被ってしまえば、どうしようもない。依未は気にしてくれてる訳だし、疲労が残るような事も避けたいと思う。…だが、絶対に有耶無耶にはしない。約束は守る。男として、年上として…頼ってもらえてるものとして、これは譲れない事だからな。

 

 

 

 

 あの後も、俺は自分が出来る範囲で話を聞いていった。何をするにも、ちゃんと力を失った人達の事を知らなきゃ、独り善がりで自己満足な行動にしかならないから。聞いて、話して、考えて…やっぱり多くの人が、仕方ないと受け入れつつも、失った力を惜しんでいるのだと、俺は理解した。突然に、訳も分からないままに、力を失ったのだという現実へと嘆きつつも、自然災害ならば仕方ない…と、諦めにも似た自分の心を納得させる為の言葉を、多くの人が持っていた。……きっと真実を知らされていない、多くの人が。

 だから、だからこそ俺は思った。嘘を嘘だと知っているのに、それを隠し続けるのは、俺が目指す在り方じゃない。そのままにして、見ない振りをして、それもしょうがない事とするのは…俺が望む、姿じゃない。

 勿論、真実を知る事が幸せに繋がるとは限らない。せっかく受け入れ、霊装者でない生活に馴染み初めてきたというタイミングで真実を知っても、再び心を掻き乱されるだけだ…ってなるかもしれない。秘匿とされていたものが明らかになる事で、俺には予想も付かない場所での問題が起こるって事もあり得る。…だけどそれを、何もしない理由にしちゃいけない。最終的に「やらない」という選択をするにしても、俺の出来る事を尽くした上で、独り善がりにならない答えとしてそれを選ぶようにしたい。そしてまだ…俺には、やれる事が残ってる。

 

「綾袮、ちょっといい?」

「ほぇ?」

 

 夜。夕飯を終えて、食器も片付けたところで、俺は綾袮の部屋へ行く。なんか毎回…とまでは言わずとも、結構な頻度で話がある時は夕飯の後な気がするけど、ゆっくり落ち着いて話がしたいってなると夕飯の後なんかが都合良いんだからそうなるのも当然の事。

 

「どしたの顕人君。…はっ、変な壺だったら買わないよ!?知り合いに紹介して会員を増やせば増やす程お金が増えるとかって話も興味ないよ!?」

「なんでいきなり怪しい商売やセミナーの紹介だとでも思った訳!?だ、騙されとらんわ!」

「騙されてる人はね、皆そう言うんだよ…」

「狡い返し方を…!」

 

 何とも狡い返しをしてくる綾袮。そう、これは凄く狡いのだ。否定しても今みたいな返しで騙されてるって事にされるし、肯定したら「ほらね?」で終わるという、どっちを選んでも相手の言う通りになってしまう姑息な返し。「屁理屈を言うな」とか、「言い返すのはそう思っている証拠」なんかと同じ、一見真っ当な事を言っているようで、その実言ったもん勝ちな卑怯論法……って、違う違う。何の話をしてるんだ俺は…。

 

「そうじゃなくて…これ、綾袮のじゃない?」

「え?あ、ほんだ。あれ、もしかして洗面台に置き忘れてた?」

「ご明察」

 

 呆れ気味に話を切り替え、俺が差し出したのは化粧水。さっき入れ替わる形で俺が洗面台の所に行って、その時見つけたからもしやと思ったんだけど…やっぱり綾袮のだった様子。

 

「綾袮も化粧水って使うんだね」

「え、ひどーい。化粧水なんて、身嗜みの基本だよ?化粧水、なんて名前してるけど、化粧関係なしに大切なものなんだよ?なのにその言い方…うぅ、綾袮さんはそのデリカシーのない発言にショックです…」

「え、あ、ごめん…別に綾袮を悪く言おうとした訳じゃ……」

「なーんてね。分かってるから大丈夫だよ顕人君。わたしも元々は、妃乃から『貴女は宮空家の人間として…ううん、家系関係なしに、女の子として最低限やるべき事を何も分かってないわ!』って駄目出しされてから気を付けるようになっただけだしねー」

 

 小石を蹴るようなジェスチャーをして傷付いたと言ってくる綾袮に、慌てて俺は謝罪を伝える。何気なく言ってしまったけど、確かに今のは失礼な発言で…だけど今のは、冗談半分だった様子。なーんてね、と苦笑い気味に言う綾袮の表情を見て俺はほっと一安心し……じゃない。だから、何を脱線してるんだ俺は…。

 

「(まぁ、今のは綾袮のせいでもあるけど…)…あー、綾袮?もう一つ、綾袮に話があるんだけど…」

「あ、そうなの?何々、水素水も置いてあった?」

「いやもう○○水の話はいいから…。…綾袮。深介さんや紗希さん…それに出来れば、刀一郎さんに話したい事があるんだ」

 

 綾袮とこういう雑談をするのはいつも楽しいけど、今はしなきゃいけない話がある。だから呆れ気味に突っ込んだ後、俺は真っ直ぐに綾袮の目を見つめ…本題を、切り出す。

…と、言っても既に目的までを言っている。俺から言いたい事は、頼みたい事は…ただ、これだけ。

 

「…それって、どういう話?聞かせてもらっても…いい?」

「勿論。綾袮にも、無関係な話じゃないからね」

 

 訊き返しの言葉がある事は、予想していた。いきなりこんな事を言えば…いや、いきなりじゃなかったとしても、こんな話をすればどういう事なのかは訊かれるに決まっている。だから俺は、しっかりと頷いて…隠す事なく、話す。俺が力を失った人達の為に、何か出来ないか探していた事を…その中で、力を失った何人もの霊装者と話した事を。

 

「…顕人、君…そんな事を……」

「うん。当人だけじゃなくて、その人と関係の深かった人達なんかとも可能な限り話して、色々聞いて、考えて…俺は、思ったんだよ。俺が、俺だけが、真実を知っている…それじゃあ、駄目だって」

「……っ!?…それ、って……」

 

 息を呑み、目を見開いた綾袮に首肯。何も言わず、だけど気付いた様子の綾袮に対し、頷きという形で肯定を示す。そうなのだと。俺はそうしたいと思っているんだと。

 

「…まあ、当然快く受け入れてはもらえないだろうね。それは分かってる。分かってるけど…『どうせ』を、やらない理由にはしたくないんだ。他の事ならまだしも…この件だけは、やれる限りの事をしたいから」

「…わたしとしては、あんまり…ううん、全然賛成出来ない…かな…。無理に決まってるって事もそうだけど…その考え方自体が、良い顔はされないと思う…」

 

 出来る事を、やれる限りの事をしたい。…俺のその思いを聞いた綾袮は、その表情を曇らせる。

 それも、分かっていた。そりゃそうだ。秘匿にしようとしてる事なんだから、良い顔されないに決まっている。…それでも、俺は…やらないという選択肢を、取りたくない。

 

「…無理にとは言わないよ。綾袮が乗り気になれないって事なら、綾袮から話を通す…って事はしなくてもいい。俺からは何も聞いてない、って事にしてくれても構わない」

「いや、それは…顕人君、わたしが言いたいのはそういう事じゃ……」

「…うん。ただ、無理強いはしない…ってだけだよ。無理言ってやってもらうんじゃ…結局は、俺がしたい事をしてるだけになっちゃうから」

 

 だけどそれは、俺の思い。人の意見を聞かず、誰かに無理強いをして、それで押し通したんじゃ、完全な本末転倒。それにそもそも、この件を…俺がしようとしている事を、力を失った人達には話していない。俺が言ったところで信憑性に欠けるって言うのもあるけど、力の消失に関わる真実を明かす…とかなんとか言っておきながら、刀一郎さん達を説得出来ず、ぬか喜びさせるだけに…ってなったら、それこそ俺がただやりたい事をやって、それで多くの人を振り回す以外の何物にもならないんだから。

 

(…いや、分かってる…分かっているさ……)

 

 そう。詰まるところ、どんなに理屈を捏ねようと、どこかしらで「俺がしたいだけ」の部分が出てきてしまう。力を失った人達に頼まれてやっている訳じゃない以上、「何かしなくては」という、俺の中から生まれた気持ちで動いている以上、その部分はどうやったって存在しているんだから。

 だからこそ…俺は間違えないようにしたい。完全な独り善がりになってしまわない為の、自分がしたいだけって部分があったとしても、それを意味のある行為にする為の、その境界線を。

 

「…ごめん、綾袮。急にこんな事言われても答えに困るだろうし、別に俺は答えを急がない。一旦保留にしてくれても構わないし、さっき言った通り聞かなかった事にしてくれても……」

「…ううん。聞かなかった事にはしないよ。それは、わたしを頼ってくれた顕人君に失礼だもん。だから…ちゃんと答えるね、顕人君」

 

 ふるふると首を横に振り、そうはしないと答える綾袮。それを聞いて、俺は少し反省した。失礼云々を言うなら、不要な…ともすれば綾袮を過小評価するような選択肢を提示してしまった俺の方こそ綾袮に悪いじゃないか、って。

 でも…そうだ。綾袮はそういう人だ。いつもはほんとにふざけてるけど、真剣な話になれば真っ直ぐで、誠実で、責任感もあるのが綾袮なんだ。だから俺は、綾袮の言葉に黙って頷き…綾袮も数秒間目を閉じた後に、ゆっくりと目を開いて言う。

 

「…いいよ、顕人君。もしも、顕人君が本気だって言うなら…絶対に気持ちは変わらないって言い切れるなら、わたしから話を通してみる」

「…いいの?」

「うん。…これは、わたしにも責任のある事だから」

 

 綾袮からの答えは、了承。話を通すという、俺からすればありがたい答えで…でも、続ける形で綾袮は言った。これは自分にも責任があるから、と。

 それは、秘匿にしていた結果、俺が力を失ってしまった事へ対する責任か。それとも、俺に真実を話した事への責任か。今の言葉だけじゃ、そのどちらなのかは分からない。

 

「…本当に、いいの?頼んだ俺が言うのも変な話だけど、そんな負い目からみたいな理由で……」

「うん。負い目はあるけど…それは、理由の一つだから。それだけが、理由じゃないから。顕人君が、心から…信念を持って言ってるなら、無下になんてしたくないもん」

 

 一体どっちの理由なのか。…俺はそれを訊かなかった。気にはなったけど…どっちであろうと、綾袮がちゃんと考えて、真剣に出してくれた答えである事は伝わってきたから。俺は本気で考えた事を綾袮に頼んで、綾袮もちゃんと考えた上での答えを出したなら…これ以上、どうこう言うような事は不要。

 

「…ありがとう、綾袮」

「お礼なんていいよ。…だけど、ほんとに…自分の事を考えるなら、顕人君のやろうとしてる事は、自分の首を締める以外の何物でもないよ」

「かも、しれないね。…でも、それが俺だよ。俺は俺の気持ちに、正直でありたい。霊装者……だった自分に、誇れる自分でありたいって思っているから」

 

 自分の立場を悪くする行為だと理解してても尚しようとするのは、ここで我が身可愛さに止めるような自分が、憧れた未来の先に立つ自分じゃないと分かっているから。

 危うく「元霊装者」である事を忘れかけていた俺は軌道修正をかけ、それから言い切る。それを…いや、俺からの話を聞き終えた綾袮は、俺との会話を振り返るように何度か頷き……でも俺がもう一度お礼を、今度は話を聞いてくれた事へのお礼を言って出ていこうとすると、少し慌てた様子で呼び止める。

 

「あ、ま、待って顕人君…!…その…もしかして、少し前から、今言ったみたいな事を考えたの…?」

「え?…それは、まぁ……」

 

 少し前、というのは曖昧な表現だけど、YESかNOかで言えば勿論YES。だから若干釈然としない気持ちを抱きつつも俺は綾袮の言葉を肯定し…それを聞いた綾袮は、一瞬ほっとした顔をしていた。その顔で、「そっか、そういう事ならきっと違う…」と呟き、でもすぐに複雑そうな顔となっていた。

 

(なんだろう…俺が前々からこの件を思い悩んでたんじゃ…とか、そういう事を気にしてるのかな……)

 

 部屋を出てからそう思った俺は、声をかけるかどうか悩む。でも結局、俺はも言わない事にした。何せさっきも思ったけど、これはこの場での結論の出た話なんだから。ならば一々言うより、さっぱり切り上げて気持ちを切り替えられるようにした方が良い…そう思ったから。

 綾袮が話を通してくれる事となった。でも、これはまだ通過点。俺が本当に頑張らなきゃいけないのはここから先…目的の為の準備じゃなく、目的を果たす為の話なんだ。


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