双極の理創造   作:シモツキ

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第二百六話 不安な元気

「顕人、甘い。その程度見え透いている」

「く……っ!けど、それならこっちも……」

「それだって、予想済み」

「んな……っ!?」

 

 遠距離から着実に距離を詰めつつ放たれる攻撃。避けはすれども、距離が近付くにつれ攻撃は俺が移動しようとした先へ、置かれる形で繰り出されるようになっていく。キツい、でも距離が近付く事で当て易くなったのは俺も同じ。ならば押し切られる前に、積極的にこちらも仕掛けようと攻撃に移った俺だったが、その先にすらも攻撃を置かれる。完全に動きを読まれている。

 追い詰められていた。手玉に取られていた。そして打開の策を考える余裕すら与えられず、肉薄からの一撃で以って屠られる。……ゲームの、中で。

 

「うっそぉ…ラフィーネさん、いつの間にここまで……」

「ふふん、伊達にやり込んでない」

 

 バトルが終わり、画面に映るのはラフィーネが操作していたキャラの勝利ポーズ。まさか負けるとは思っていなかった俺が肩を落としつつ視線を向けると、ラフィーネは自慢げに鼻を鳴らす。…伊達にやり込んでないって…ラフィーネ、もう完全にゲーマーじゃん……。

 

「…にしても、ほんと凄いね…ここまで読んでくるなんて……」

「相手の得意な事、苦手な事、癖や傾向を見抜く力…それはゲームも実戦も変わらない。それに顕人とはもう何回もやってるから、大体分かってる」

「…流石だよ、ほんと…色々な意味で……」

 

 今俺は負けた訳だが、操作技術で大きく劣ってた…訳じゃないと思う。それでも手玉に取られてしまったのは、偏に動きを、次どうするかの思考を読まれてしまったから。…実際に軍の訓練の一環として、FPSを…なんて話は聞いた事あるけど、戦闘経験やその勘をフルに活かしてゲームっていうのは、凄くてもシュール感が否めないよ…。…まぁ、それに関しては去年のクリスマスイブにも似たような事があったけど……。

 

「二人共、そろそろ休憩してはどうです?」

「あー…そだね。ありがと、フォリン」

「フォリン、わたし勝った。次はフォリンもやる?」

「ふふっ、おめでとうございますラフィーネ。私は…いえ、今日は見てるだけにしておきますね」

「ん、分かった。やりたくなったら言って。いつでも代わる」

 

 と、そんな事を考えていたところでふわりと感じたのは紅茶の匂い。その良い香りと共に台所からフォリンがこちらへやってきて、紅茶をテーブルに置いてくれる。…フォリンはほんと良い子っていうか、順調に女子力が高くなっていってるよね…ラフィーネ、姉として思いっ切り遅れを取ってるけどそこは大丈夫なの…?

 

「問題ない。代わりにわたしは地の文を読む技術を身に付けた」

「そんなメタい技術身に付けてどうするの!?釣り合わないよ!?確かにある意味貴重な技術だけど、絶対釣り合わないからね!?」

「…という、冗談を言ってみただけ」

「冗談かい……(…けど、地の文読む技術は本物という……)」

 

 にやり、とほんの少し…いつもと同じ、見慣れていなきゃ気付かないレベルの小さな笑みを口元に浮かべて、冗談だと言葉を返してくるラフィーネ。…これ、ほんとに冗談かな…ネタの内容が独特過ぎて、冗談だと言われても反応に困るよ……。

 

「…ふぅ…あ、そうだ。洗面台のタオル、もう補充しないと替えが……」

「それなら先程私が補充しましたよ。丁度ない事に気が付いたので」

「…………(くぅ…!言わないけど、言わないけど思いはするよ!フォリン、フォリンは絶対良いお嫁さんに……)」

「ふふふ、お嫁さんにしてくれるのなら大歓迎ですよ?」

「読まないでよ!?そういう思考は特に読まないでよぉぉッ!?」

 

 そんなラフィーネとは対照的に、フォリンは本当に気が効く子。助かるし、その気遣いに心だって癒される。……こういう弄りさえなければねっ!なんで姉妹揃って人の心読んでくるかなぁ!?

 

「はぁぁ…なんで休憩って事なのに、さっきよりもより疲れなくちゃいけないのさ……」

「お、これはあれっすか?自分も乗ってもう一段階疲れさせた方がいいっすか?」

「止めて、ほんとに疲れちゃうから止めて……」

「本気でそう思うなら、わざわざ思いっ切り反応しなければいいだけだと思いますけどねー」

 

 さっきは紅茶を飲んだ事によるほっこりとした溜め息が出て、今は遠慮なく弄られた事に対するげんなりとした溜め息が出て。そして慧瑠が乗ってこようとした事で、更に俺はがっくりげんなり。…慧瑠、確かにスルーしたら適当にあしらえば、そりゃ疲れずには済むけど…それじゃ、詰まらないじゃないか…。

 

「…あれ?そういえばラフィーネ、前と違う人物を使ってるんですね」

「うん。顕人を相手にする時は、こっちの方が上手くいく。顕人は咄嗟の判断が必要になると上に跳ぶ癖があるから、対空性能の高さが重要」

「は、はぁ…ほんとにやり込んでますね、ラフィーネ……」

 

 まさかここまでになるとは、とばかりに苦笑いを浮かべるフォリンに対し、ラフィーネはやっぱりふんすと自慢げ。ただ何にせよラフィーネが充実した気持ちでいる事が嬉しいみたいで、フォリンの苦笑いは次第に穏やかな微笑みへと変わり、それを見たラフィーネもまた、しまいならではのそっくりな微笑みを表情に浮かべる。

 何でもない…というには少々濃密過ぎる気もするけど、それでも特異ではない、そんな日常の中にある穏やかな幸せ。二人の微笑みを生み出しているのは、そんな環境とそこから生まれてくる思い。その二人の微笑みを見ていると、俺も何だか心の中が温かくなり……けれど同時に、思う。…ああ、やっぱり俺が求めている世界と、二人が求めている世界は、違うんだなって。前から分かっていた事を、今この時に改めて感じる。

 

(隣の芝は青く見える…とも、違うんだよな…)

 

 人は自分にはないもの、自分とは違う環境の人を羨ましく思うもので、その際には多かれ少なかれ理想が、自分にとって都合の良い想像が入り込む。だからいざ立場や環境が変わった時、理想とは違う現実を目の当たりにして落ち込むものだけど、二人の場合は違う。もう半年以上、今の生活を続けているけど二人は今も楽しんでいて…そしてそれは、俺も同じ。戦いの痛み、苦しみ、上手くいかない現実に何度もぶつかって…それでも尚、俺の気持ちは変わっていない。

 じゃあ、何が違うのか。…それはきっと、思いの強さだ。良くない現状への言い訳や、軽い気持ちでの理想として違う自分、違う環境を望んだのなら、どんな環境でも結局は不満を持つんだろうけど…俺や二人は違う。俺や二人は、本気で望んでいたんだから。

 

「…あのさ、二人は……」

「……?」

「何です?」

「…いや、何でもない」

 

 浮かんだ問いを俺は口にしようとして…でも、止める。きょとんとしている二人に軽く謝り、それからまた紅茶を一口。

 二人は今、幸せ?…俺はそう、訊こうとした。その問いが頭に浮かんで…けどこんなのは、訊くまでもない。もしそうじゃなかったのなら…俺が頑張るまでだ。もっともっと、頑張るまでだ。…だって、約束したんだから。

 あぁ、そうだ。俺は俺の夢を諦めない為に、憧れをもう一度掴む為に、力を取り戻した。でも忘れちゃいけない。今の俺は、他にも大切なものがあるんだって事を。

 

「…変なの」

「ですね。…あ、でも…思い返してみると、前から顕人さんは時々変になる傾向が……」

「…確かに……」

「おいこら…冗談めいて言うならまだしも、真剣な表情でそういうやり取りはしないでくれる…?」

 

 特筆する点もない、普通の休みの午後、その一幕。だけど、そんな日常の一幕だからこそ…俺は感じていた。今もここには、二人にとっての自然な幸せがあると、それも俺にとっては大切だと思えるものなんだという事を。

 

 

 

 

 あれから暫くして、綾袮が家に帰ってきた。その頃俺も夕飯の支度を開始して、いつものように全員で食事。それも終わり、俺が食器を片付けてるところで…不意に綾袮が言ってきた。

 

「なんかここのところ、わたし出番が少ない!」

「…えぇぇ……?」

 

……不意に、言ってきた。これを突然、何の脈絡もなく…いきなりぶっ込んできた。

 

「…ラフィーネもそうだったんだけど、最近はメタ発言が流行ってるの…?」

「最近も何も、元から偶にあったじゃん。何なら第一話で、初っ端から初のメタ発言を行ったのは顕人君じゃん」

「い、いやまぁそうだけども…」

 

 思いっ切り困惑した俺は取り敢えず言葉を返したものの、返ってきたのはぐうの音も出ない回答。…うん、確かにそうだった…そうでした……。

 

「…でもさ綾袮、少ないも何も数話前に普通に登場してるよね…?」

「あんなちょっとの登場じゃわたしは満足しないよ!冗談も少ししか言えなかったし!」

「あれで少し、なんだ…ハングリー精神凄まじいね……」

 

 良い悪いは別として、綾袮は今日も今日とて元気。そしてその綾袮に引っ張られて、俺もかなりメタ発言をしてしまっている。…き、気を付けよう、うん……。

 

「…で、それなら俺にどうしろと?話し相手になって、的な?」

「うんうん。あ、でも出番確保出来るなら、それ以外でも大歓迎かなー」

「じゃあ、俺が拭いた食器を棚に「おっと、そういえばわたしやる事があるんだった。顕人君またねー!」そんなに嫌!?直後に掌返しをする位手伝いは嫌だと!?」

「あっはは、なーんてね」

 

 思わず俺が全力の突っ込みで言葉を返すと、綾袮は愉快そうに笑った後、普通に片付けをしてくれる。…助かる、それは助かるけども……はぁ…。

 

「…で、結局本当の理由は?」

「本当の理由?」

「…え、まさか本当にただ出番が欲しかっただけ…?」

「ふっふっふ……っていうのは、冗談で…うん、ほんとは顕人君と、少し話がしたかったんだ。本当は、っていうか一番の理由は、だけどね」

 

 そう言って肩を竦める綾袮は、いつもの朗らかな笑みを浮かべていて…でも、その瞳に灯るのは真剣な色。

 であればここまでの冗談は、あまり深く考えず、肩の力を抜いてほしい…っていう意図があったのかもしれない。…まあ、言葉通りの思いもあったんだろうけども。

 

「最近、調子はどう?」

「え?…まぁ、良い方だけど…久し振りに会った親戚とか友達みたいな事言うね…」

「あはは、言われてみると確かにそうかも。…けどそっか、良い方か…まあまあとか、悪くはないみたいな表現はしないんだね」

 

 何とも漠然とした、取り敢えず何か訊こう、って考えた時に出てくるような質問に俺が呆れ笑いをしつつ答えると、綾袮も苦笑いをし…それから俺の答えを振り返るように、独り言にも聞こえるような言い方で言う。

 良い方、というのは何となく浮かんだ言葉で、この言葉にした理由もこれと言ってない。でも…言われてみると、俺はこれまでこういう系統の質問をされた時、今綾袮が挙げたような返し方をしていたような、そんな気がする。

 それに気付くと同時に、不味い…とも思った。まあまあや悪くないと比べて、良い方って表現は、多少なりとも前向き且つ明るい返答であると思う。そしてこれ単体ならなんて事ないけど…それでも、最近俺に何かあった、良い事があったんだって考える切っ掛け位には、なるかもしれない。…勿論、俺の考え過ぎかもしれないけど。

 

「…もしかして、まだ心配してる?というか、心配させちゃってる…?」

「ううん。心配してない…って言ったら嘘になるけど、変に気遣ってる訳じゃないよ。それに…ちょっと情けない話でもあるけど、ここのところは忙しくもあって、そんなに余裕がある日ばっかりでもなかったから、ね」

「あぁ…そっか」

 

 その言葉と共に、言葉通り少し情けなさそうに肩を竦める綾袮。その返しを受けて、それもそうだと考え直す。

 忘れていた訳じゃない。綾袮はそういう立場にある身だし、再調査を含む富士の件を考えれば、そりゃ忙しいに決まってる。それに、綾袮は俺と一つも変わらない女の子。その子が、きっと大の大人でも大変な務めを果たして、しかも同居人の事を毎日気遣うなんて……

 

「…情けないのは、俺の方だよ」

「え?」

「男がいつまでも、過ぎた事で心配かけさせてるんじゃないって話だよ。ごめん、いきなりこんな事言って」

「あ、う、うん…それは別に、良いけど……」

 

 自分自身への呆れ声を出した俺は、それから表情を引き締める。

 ああ、全く情けない。綾袮に泣いてほしくない、これまで通りの綾袮でいてほしい…そんな思いはあっても、俺は綾袮の苦労や忙しさまでは考える事が出来ていなかった。そもそもそこにまで、考えが行き着いていなかった。今だから分かるけど…本当に力を失ってからの俺は、酷いものだったと思う。自分で分かってる、思ってる以上に、力を失う前の、もっと言えば霊装者になる前の俺からも…その時の俺は、離れていたんだ。

 

「…でも、本当にもう大丈夫だよ綾袮。俺は今、やろうと思ってる事も、やらなきゃと感じてる事もある。ちゃんと…前を、向けているから」

「顕人君…。……うん、そうみたいだね。うんうん、だったら心配は本当に必要ないみたいだし…話した甲斐も、あるってものだね!」

 

 変に勘繰られるのは不味いから、言動には気を付けなきゃいけない。…それはきちんと分かってる上で、俺ははっきりと言った。本当に今は、もう大丈夫だって。勿論、まだ力の事は隠すつもりだけど…隠す為じゃなくて、安心してもらう為に、綾袮にも「もう大丈夫なんだな」って思ってほしかったから。

 そしてそれを聞いた綾袮は、まずゆっくりと頷いて…それから元気に溢れた表情で、もう一度頷き笑ってくれた。俺が見たいと思う、その笑顔で。

 

「よーし、それじゃあ安心もした事だし、チョコでも食べよっかな!」

「ん?まぁ、それは好きにすれば良い…ってそれ俺のだから!俺が買って仕舞っておいたやつだからね!?」

 

 しれっと俺のチョコを取り出した綾袮に突っ込みを入れると、綾袮は「てへっ♪」とばかりに舌を出してチョコを戻す。それは反省してる様子も悪びれてる様子もない、何とも太々しい反応で……だけど可愛いんだよなぁ、くそう…!

 

「…あ、でも顕人君。何かあったり、身体に違和感を覚えたりしたら、些細な事でも言ってね?」

「分かってるよ、綾袮。綾袮も、俺に何か出来る事があれば言ってくれて構わないからね?」

「それなら、宿題代行サービス……」

「残念ながら、現在当店では取り扱っておりません」

「そんなー!」

 

 わざと丁寧な言い方で拒否ると、綾袮も綾袮でオーバーなリアクションをし…それからお互い、にやっと軽く笑い合う。

 俺は俺で隠し事をしているし、綾袮も綾袮で大変だろうし、俺も綾袮も今は対する不満がない…って事は、多分ないと思う。…でも…それでも、俺も綾袮も今は元気だ。それだけあっても仕方ないけど…元気である事、元気でいられる事、それは大事だって…俺は思う。

 

 

 

 

 顕人君が霊装者の力を失ってから、そこそこの時間が経った。最初は本当に、本当に傷付いていた顕人君も、少しずつ元気を取り戻してくれて、安心した。顕人君は、わたしに泣いてほしくないと言ってくれたけど…わたしだって、顕人君には笑顔でいてほしいから。

 少しずつ元気を取り戻してくれた顕人君だけど、それでもやっぱり、その顔に浮かぶ笑顔は違った。作り笑いじゃないけど…何かが欠けてしまったような、そんな笑顔を浮かべる時が何度もあった。

 

(…見間違い、なんかじゃない…本当に顕人君は、どこか悲しそうな笑顔だった、筈なのに……)

 

 だけど、今は違う。昨日見た笑顔も、ついさっき話した時の笑顔も…心からのだって分かる、本当に安心出来る笑顔だった。わたしが顕人君にしてほしいと思った、そんな顔だった。

 でも、わたしはその事を、心の底からは喜べない。勿論、嬉しくはある。またそういう笑顔が出来るようになったんだから、嬉しいに決まってる。…けど、どうして?どうして急に、また顕人君はそんな笑顔が出来るようになったの?何ヶ月も、何年も経って、やっとそこまで回復したって事なら分かるけど…そうじゃない。少し前から、急に顕人君はそうなった。…それが気になるから、どうしても「良かった」じゃ済ませられないから…わたしは今日、顕人君と話した。その理由を、手掛かりだけでも探す為に。

 

「…やっぱり、何かあった…のかなぁ……」

 

 はっきりこれだ!…って思うようなものは、感じられなかった。心が読めたら楽だけど、幾ら霊装者だって、そんな事は出来ない。

 その上で感じたのは、感じられたのは…何かが変わってるって事。単純に元気になったってだけじゃなくて、意識というか、なんというか…もっと深いところが、変わってる気がする。さっき口にした、調子に関する表現もそうだけど…顕人君にとって霊装者としての力は、本当にかけがえのないものだった筈。なのにそれを、「過ぎた事」だなんて…おかしいとまでは言わなくても、感じる違和感は拭えない。

 それに結局、分からない。何かあったのかもしれないけど、その何かが分からない。今の顕人君はただの人と変わらない筈だから、何かあったとしてもそれは日常の範囲の事で…その中で、顕人君の心を埋める、本当の笑顔を取り戻せるような事なんて……

 

「……はっ!まさか…彼女…!?」

 

 ぱっとわたしの頭に浮かんだのは、そんな可能性。恋をすると世界が変わって見えるって言うし、愛なら顕人君の気持ちを埋められる…の、かもしれない。それに、顕人君はモテる…訳じゃないと思うけど、優しいし面白いし一緒にいて楽しいと思える男の子だから、彼女が出来たとしても…別に、おかしくはない。

 

「これは…ちょっとしたら、ひょっとするかもしれないですぞー?」

 

 色恋沙汰かな!?まさかの本当にそういう事かな!?…と思うと、何だか変にテンションが上がるわたし(あ、因みに説明忘れてたけど、今いるのは自分の部屋だよー)。もしもそうなら色々訊いてみたいし、一体誰が彼女さんなのかも凄く気になる。

 まあ、正直言えば、絶対そうとは限らない。でも、これなら納得が行くのも事実。…彼女、かぁ…本当にそうだったらやっぱりびっくりだけど、そういう事なら一安心だよね。無理して空元気出してるとか、ヤケになって言ってるとかじゃなくて、本当に心から元気になったなら…それが彼女さんが出来たからで、顕人君の悲しみを埋められる位の、素敵な彼女さんと出会えたなら……

 

「…………」

 

 さっきまでは、盛り上がっていた気持ち。だけどそれが、段々沈んでいく。落ち込むように、心から元気が無くなっていく。

 どうして?……どうしてかは、分からない。分からないけど…顕人君に彼女がいて、その人が顕人君を笑顔にしてるんだと思うと、心の中がきゅっとなって、切なくなった。それは顕人君にとって幸せな事で、だったらわたしとしても嬉しい事な筈なのに…わたしの心は、全然喜べていなかった。

 

(…そもそも、確定じゃないんだよね…うん、そうだよ…まだ別に、彼女さんが出来たって決まった訳じゃ…ないんだから…)

 

 それからわたしは思い直す。そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないって。そう思うと、少しだけ心が楽になって…違うよね、そうじゃないよねって、わたしの心は思い始める。

 もし違うってなると、疑問は一つ前に後戻り。結局何があったのか分からないまま。逆に思った通りなら、全然問題ない事だし、安心も出来る筈。その筈の事。…あぁ、なのに…だけど…それでもわたしは、思っていた。顕人君に彼女が出来たから…そのおかげで、笑顔を取り戻せて、前も向けるようになった……そういう事では、あってほしくないと。


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