双極の理創造   作:シモツキ

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第二百五話 新たな務め

「…よし。これでやっと完治だな」

 

 普段の生活に戻り、ある程度の時間が過ぎたある日。俺は家の洗面台の前で額のガーゼを取り、怪我の状態を…完治した事を確認する。

 これは、富士山での魔人との戦闘中に負った怪我。霊装者(実用性を考えるとその組織)にゃ現代医学が馬鹿らしく思うような、大怪我だろうと急速に回復へ向かわせられる技術がある…が、それは同時に失敗する可能性も、失敗した場合のリスクもある治療。つまり普通の手術同様、やらなきゃ損…なんていう代物ではなく、この額の怪我含め俺はどこも重傷じゃなかったからこそ、その治療は行わず自然治癒に任せる、という判断をする事となった。…まぁ、そうした場合入院しなきゃいけない、その期間が長くなる…的な要素があったらまた別の選択もしていただろうが、ぶっにゃけ頭の怪我、それも額の怪我なら生活する上じゃ全く困らない。せいぜい顔や頭を洗う時厄介な位で他はほぼ支障がなかったから、俺もその提案をされた際にすぐ頷いた。

 

「ふー…何だかんだ言っても、やっぱ身体は資本だよなぁ」

 

 とはいえ、一切合切影響の出ない怪我なんて、それこそ擦り傷位しかない。それだって少しは痛かったり、治りかけの時は痒くなったりして時に悩ませてくるんだから、怪我なく健康でいられるっていうのは素晴らしい事だと俺思う。

 

「…さて」

 

 その後、軽ーく髪を整えた俺は脱衣所を出てリビングへ。中に入り、待っていた妃乃へ準備が出来た事を伝える。

 

「…ん、ちゃんと治ったみたいね。良かったじゃない」

「おかげさまでな。もう、すぐ行くか?」

「そう…ね。まだ少し時間があるけど、問題がなければもう行きましょ」

「あいよ」

 

 軽やかにソファから立ち上がった妃乃の言葉に俺は首肯。行く、というのは双統殿で、行くのは俺が呼ばれたから。妃乃から俺に伝えてお終い…という形を取らないって事は、まあそれなりに重要な話なんだろう。

 

「行ってらっしゃい、二人共。今日は、遅くなりそうなの?」

「ううん、夜までには帰ってくる筈よ。そんなに幾つもの事を話したり、会議したりする訳じゃないもの」

 

 そうして俺と妃乃が玄関に出ると、緋奈が見送りに来てくれる。その緋奈からの「行ってらっしゃい」に言葉を返し、俺と妃乃は家の外へ。…に、しても…今日は遅くなりそうなの?、に夜までには帰ってくる筈、か……。

 

「…何よ、悠弥。ちょっと口角上がってるけど、何か面白い事でもあったの?」

「いや、今さっきのやり取り、親子とか夫婦みたいだなと思ってよ」

「へ?……あー…うん。言われてみると、確かに……」

 

 家庭環境の賜物か責任感が強く面倒見も中々良い妃乃と、皆さんご存知我が可愛い妹である緋奈は、互いの性質もあって時々姉妹の様なやり取りをしている事がある。けど今のは姉妹というより親子や夫婦っぽいやり取りで…それがさらっと出てきたら、そりゃふふっともするだろう。

 

「…ん?いや、待てよ…もし緋奈が娘だったら…うん、それもそれで悪くない……」

「何変な妄想してるのよ…幾ら緋奈ちゃんでも、そんな事言ったら呆れ……って、私と緋奈ちゃんのやり取りが親子みたいで、悠弥がもしも緋奈ちゃんの親だったらって、それって……」

「…うん?妃乃?妃乃さーん?」

 

 緋奈は滅茶苦茶可愛い妹だが、もしも娘だったらと考えると…やっぱり可愛い。絶対可愛い。

…とか何とか考えている俺に対し、妃乃は呆れ顔。とはいえこれに関しては呆れても当然っちゃ当然だから、俺も文句は言わずに想像を中断し…たところで、今度は急に妃乃の方が何やらぶつぶつと言い出した。そして何度か呼び掛けると、妃乃は我に返ったようにはっとなり……

 

「ぅ、あ……べ、別にそんな想像なんかしてないんだから!してないんだからねっ!」

「…は、はい……?」

 

 何か、言葉を叩き付けるように言ってきた挙句、一人でさっさと歩き出してしまうのだった。…えぇぇ……?

 

 

 

 

 家を出てから数十分。目的地の双統殿へと到着した俺達は、現在廊下を歩行中。

 

「そういえば悠弥、晶仔博士がまたテストに付き合ってほしいって言ってたわよ」

「あ、おう。んじゃま、それに関して今日話だけは聞いてみるか」

 

 会話しながら廊下を進む。ほんと慣れというのは凄いもので、前はまだ多少なりとも緊張していた気がするが、今やどこを通っても全然緊張なんかしない。…まあ、「どこを」であって、「誰と会っても」ではないが。

 

「……ん?こっちじゃないのか?」

 

 いつものように、廊下の十字路をそのまま進もうとした俺。だが妃乃はそこで角を曲がり、俺の問いにも首を振って否定する。

 

「今日はお祖父様忙しいの。だから呼んだのは、お母様とお父様よ」

「そうだったのか。ま、相手が誰でも関係な…くはねぇか、流石に……」

 

 よく知らない相手なら誰だって関係ないが、宗元さんはよく知っている相手だし、妃乃の両親もしっかり会話を交わした事のある相手。であれば、何だって良いやって気持ちにはならないし…うん、ちょっと緊張してきたな。妃乃がいる状態で由美乃と会うのは初めてだし、恭士さんも前の時は任務中で色々特殊な状況だったし…。

 

「さ、ここよ。お母様、お父様、失礼します」

「(うおっ、もうか…)失礼します…」

 

 頭の中でぶつくさ考えていたらもう到着。すぐに妃乃はノックし中へと入ったから、俺も続かない訳にはいかない。え、ええぃ!気にすんな俺、よくよく考えたら俺、そもそもこういう事で緊張するタイプじゃないんだから!変に意識するから緊張感抱いてるだけなんだよ!……多分!

 という思考を働かせてながら、部屋の中へと入った俺。執務室らしきこの部屋には、当然恭士さんと由美乃さんがいて……

 

「ふふ、いらっしゃい悠弥くん。丁度お茶を淹れたところなの。君もどう?」

「え?…あ、じゃあ、頂きます…」

 

…なんかすっごい普通の事を、普通に友達の家に遊びに来たみたいな事を、開口一番で言われてしまった。あんまりにも自然に言われたものだから、戸惑いつつも頼んでしまった。

 

「お母様……」

「由美乃……」

「あら、二人共どうかした?立場はどうあれこっちから呼んだんだから、お茶を出すのは当然でしょ?」

「い、いやそうですけども……」

 

 呆れ顔の時宮父娘。一方の由美乃さんは、あっけらかんと言葉を返す。…うん、分かるぞ妃乃。そういう事じゃないないんだよな…。

 

「…ごほん。悪いな悠弥君。本来なら、父が話す予定だったが……」

「いえ、それは別に……」

「…まあ、そもそもここまで呼び出して話す必要があるかどうかも怪しい事だがな。面倒だとは思うが、そういうものだと思ってほしい」

「お、お父様もそんなはっきりと言わないで下さい…」

(あ、この口振りだと妃乃も似たような事を思ってはいるんだな…)

 

 恭士さんも協会でかなりの立場にいる筈なのに、そんな事を言ってしまうのか。或いはそれだけの立場にあるからこそ、さらりと言えてしまうのか。まあ何れにせよ、そこを掘り下げても仕方ない。

 

「…えぇと、それで話というのは……」

「あぁ、だが順を追って話そう。まずは、君にも見てもらった地下の存在だが……やはりあれは、聖宝の前段階、聖宝となり得るものである可能性が高い」

「……!…やっぱり、ですか。…けど、なり得る…?」

「聖宝が顕現する条件や手順は、まだはっきりしていない部分も多い。だから、確証はない…って事よ。熱いから火傷には気を付けてね」

「あ、どうも…」

 

 促されて妃乃と共にソファへと座った俺の中に浮かぶ、一つの疑問。それに応えてくれたのは由美乃さんで、応えつつ淹れたお茶を出してくれる。…美味いな、このお茶……。

 

「今由美乃も言ったが、あそこからどのようにして聖宝なるのか、本当にそうなるのか、そこもまだはっきりとはしていない。そして故に、下手に手出しをする事も出来ない」

「つまり、移動させたりも出来ないって事よ。…まぁ、あの環境、あの場所でなくちゃ形成が進まないのなら、どっちにしろ動かせないけどね…」

「…って、事は何かあっても…いや、何かあった時に備えて場所を移す事も出来ない、と……?」

 

 反対側のソファに座る恭士さんの説明と妃乃からの補足を受けて俺が言うと、この場の三人全員が頷く。

 動かせない事による問題は、色々あるだろう。何かをする時、毎回富士のあの地下空間まで行かなければならないし、研究やら情報収集やらも、やるんだったらあの場で行う以外ない。何より問題なのが崩落やら何やらの危機が迫った場合で、動かせない以上、危機に気付くのが遅れてしまえば、もうどうしようもなくなる。

 ただそれでも、自然現象が原因となる危機は、用心と周辺の調査を徹底しておけば、事前に察知する事もある程度は出来る。予め分かれば、それなりに対策も打てる事だろう。だがその危機が自然現象によるものではなく、魔物によるものだった場合、事前に察知するのは自然現象の場合よりも遥かに難しく、そして……

 

「…あの魔人の最後の一手で、他の魔人に場所が伝わっている可能性がある……」

「そういう事だ。そして聖宝に関する知識のある魔人ならば…まあまず、狙ってくるだろう。聖宝を我が物とする為に、人間や他の魔人に聖宝を与えない為に」

 

 自分が利益を得る為、不利益を被らないようにする為に、魔人があの場を狙ってくるかもしれない。ある程度推測が入っているとはいえ、それは十分あり得る事で…だから段々と、見えてきた。この話の、今後の展開が。

 

「…だから、あの場に駐留する戦力を増やす…そういう訳ですか」

「ああ。厳密には、富士の支部に戦力を回す、だがな。それがいつまでになるか分からない以上、問題も多いが…やらない訳にはいかない」

 

 確かに、それはそうだと思う。聖宝が顕現し、万が一にもそれが魔人の手に渡ったら、一体何をするか分かったもんじゃない。残念、魔人には使えませんでした!…ってなる可能性もまぁあるが、それは単にかもしれないってだけの話。いつまでもその体制で続けるかどうかはともかくとして、一先ずは(今もいるらしい)駐留の戦力を増やし、防備を固めている間に別の案を考えるのがベターな判断ってものだろう。

 ここまでを言い終えて、恭士さんは湯呑みを口へと向けて運ぶ。まだ前提となる説明が終わった段階だが、本題はどんな話か…ってのはもう分かっている。それへどんな回答をするかはまた別として、取り敢えず本題としてはこの追加戦力の一員として俺を……

 

「…で、だ。先の一件で多少なりとも戦力が減っている中で、更に戦力を新たに割くとなれば、これ以上に余裕のある霊装者を遊ばせている訳にはいかない。だから今後は、これまで以上に君に動いてもらう事、或いはここ双統殿で有事に備えて待機してもらう事が増えるとは思うが、その事を念頭に入れておいてほしい」

「……へっ?…あ…は、はい。そういう事でしたら、勿論…」

 

……と、思ったけど違った。これに纏わる話ではあったけど、俺が思っているのとは違っていた。…そっちだったかぁ…。

 

(いや、まぁ…考えてみりゃ、そっちの可能性も普通にあったわ…ほんと、わざわざそれだけの為に呼ばれたなら、「えぇー……」って感じだが……)

 

 長期の出張的任務と、これまでより忙しくなると思うぞって話なら、後者の方がずっと良い。だってまだ高校生だもん。仕事に生きるのはもっと先…いや、出来る限り避けて生きたいものである。

 って訳で、前者じゃなかった事自体はありがたいんだが、後者だと思っていた分、俺がまず感じたのは拍子抜けだって思い。というか大概の人は、この流れなら後者だと思うんじゃないだろうか。

 

「…意外そうな顔だな。違う事を言われる、指示されると思ったか?」

「あー…っと、はい。正直に言うと、そうです」

「まあ、だろうな。…今のはあくまで、本題の入り口だ。より重要なのは、ここからの話だ」

 

 軽く笑い、恭士さんは話を続ける。ここからだ、と言われた俺は相槌を打つように頷き、そのままの姿勢で恭士さんの言葉を待つ。

 

「今言った通り、協会の戦力は低下している。加えて霊装者の力が消失する現象がある…それ自体が、各員の士気に悪い影響を与えているのも事実だ。今のところは空気の問題に留まっているが、その内パフォーマンスや任務そのものへの意欲が低下してしまう可能性もゼロではないだろう。…富士の真実を知れば、ゼロではない、どころじゃ済まないだろうが…」

「…………」

「…ともかく、聖宝絡みで今後大きな戦いが起こる事もあり得る中で、今の状況を放置するのは得策ではない。だからまず、オレと由美乃は、暫く行動の拠点を富士の支部に移す。宮空の二人、紗希と深介も同様だ。これは指揮を取る責任者、両家からの戦力という実務的な意味もあるが、同時に俺達が行く事で多少なりとも士気に良い影響が起きるのを期待しているという面もある」

「ふふ、そんな言い方しなくても良いのに。あなたはあなたが思っている以上に、支持と信頼をされてるのよ?」

「であればそれに越した事はないんだが、な。…次に、妃乃にはこちらに残り、これまで通りに活動してもらう。協会は問題なく機能している、不安を抱く必要はないと示す為にな。そしてその上で…君だ。予言された霊装者の一人という立場を持ち、去年の魔王戦において真正面から立ち向かい、今は実力も伸ばしつつある君が妃乃と共にその力を発揮する事で、協会全体の士気を上げる。若い世代が頑張っているのなら、とな」

 

 一つ一つ重ねられる説明を、俺は口を挟む事なく最後まで聞く。ここで終わりかどうかはともかくとして、ここまで話した恭士さんは湯呑みからお茶を一口飲み、その間に俺は説明を整理。

 要は、俺に一個人としての活躍ではなく、旗手的な効果を期待しているらしい。単なる「数」の上での戦力だけでなく、それ以上のもの…集団の、組織への影響を期待し見込んでいるらしい。

 んまぁ、分かる。俺のしてきた事を箇条書きの様にしてみれば、先の富士での行動含め、確かにぴったりな人材だと思う。自分で言うのもアレだが、実際実力もそれなりにはあるから、祭り上げられていた存在が簡単にやられて、逆に士気がどん底まで落ちる…って危険も、そこまで高くはないだろう。…だが……

 

「…俺、そういうのに向いてますかね…今更言ったってどうにもなりませんけど、そういう事なら、御道の方がずっとも向いてたかと……」

「言うと思った。別に上手く振る舞えって事じゃないわ。そもそも毎回大規模な部隊で動く訳じゃないんだし、少数のところで普通に任務をこなす以上の事を何度もしたら、悪目立ちするだけじゃない」

「そういう事よ、悠弥くん。でも悠弥くんなら、その気になれば付いてない事なんてないと思うわ。だって悠弥くんは、昔の恭士さんと似ていて……」

「止めろ、脱線させるな由美乃…由美乃の言葉はともかく、今妃乃の言った通り、特別何かをする必要はない。それに、話す内容には個人差があるが、他にも何人か同様の話を倒す予定の霊装者もいる。あくまで君や妃乃任せではなく、若い『世代』が頑張っている、という形が理想だからな」

 

 やる前から無理だと決め付けるのはどうかと思うが、重要な事なら向いてる人間がやった方が良いとも思う。そう考えていた俺ではあったが、どうも俺一人が妃乃の横に立ち、先導するように動く…みたいなレベルではないらしく、であれば俺も一安心。…因みに額を押さえ、呆れ声で脱線させるなと言われた由美乃さんは、「そういう反応するあなたも素敵…」とかなんとか言っていた。…深くは考えないでおこう。

 

「…とまあ、ここまでが君に頼みたい事、君にしてもらう事だ。何か質問は?」

「いや、特には。…けど、ここまで…という事は……」

「悪いな、面倒だろうがもう少し話は続く。だが、ここからは聞くだけでいい。残りは今後の推測と、起こり得る懸念事項を頭に入れておいてほしいというだけの話だからな」

 

 そうしてその後話されたのは、最も可能性のある「別の魔人や魔物の襲来」や、聖宝の状態次第で想定している体制は幾らでも変わるという事。これに加え、細々とした話も幾つかあり…そして、最後に言われた。聖宝を狙ってくるのは、決して魔人だけではないという事を。

 それは、何らおかしな話じゃない。凡ゆる願いを叶えられるとされている、実際に未来への転生という奇跡を引き起こしている聖宝が再び現れるかもしれないと知れば、誰だって手に入れたいと思うだろう。霊装者組織同士の力関係、実際の関係性はよく知らないが、どんな兵器、どんな戦力よりも強大な存在となり得る聖宝を協会の管理下に置かせたくない…それを理由で動いてくる組織がある事だって、十分考えられる。勿論、そういう厄介事を避ける為に協会は聖宝の情報を隠してるだろうが…絶対に漏れない情報なんて、そうそうない。

 

(…折角、世界大戦なんて冗談じゃねぇ規模の戦いが過去のものになったんだ。なのに人と人の争いの歴史にまた一ページ増やすとか、あって堪るか……)

 

 戦争の悲惨さを語るつもりなんざないが、戦争なんてゲームとかサブカルだけで十分だ。あれは間違いなく、架空のものとして楽しむのに留めておくべきで、実際にやるようなもんじゃ絶対にない。…と、俺が思ったところで何か変わる訳でもなく、戦争してまで手に入れようとする程、聖宝に価値があるのかよといえば……ああ、そりゃあるだろうさ。どんな願いも叶えられるってのは…計り知れない価値がある。

 

「これまでの事からして、魔人同士が協力関係を作ってる可能性は高い。って事は、集団…組織としての考えも持ってるだろうし、そうなるとこれまでより手薄になるここ双統殿を狙ってくる事も…って、悠耶聞いてる?」

「…なあ、妃乃」

 

 話が終わり、部屋を出たのが数十秒前。廊下を歩きながら妃乃はこれからの事について話していて、俺も頭の中で考え事をしつつ聞いてはいたが…聞いてるかどうか尋ねられたところで、逆に俺から言う。一度足を止め、しっかりと妃乃に向き合って。

 

「魔人にせよ、何にせよ、襲われて良い事なんざ一つもねぇ。けど、俺にそれ自体を防ぐ力なんてものもない。だからせめて、襲われた時その被害を減らせるよう、少しでも何とかなるよう、俺なりに出来る事はするつもりだ」

「…そうね。私だって、協会の中じゃそれなりに力があるけど、何でも出来る訳じゃない。…だから、頑張るのよね。それでも、出来る範囲で理想や最善に近付ける為に」

 

 良い案でも問題提起でもない、別に妃乃へ言う必要もない、ただの意思表示。今俺がしたのは、そういうもので…だが妃乃は頷き、言葉を返してくれた。妃乃の意思を、俺へと表明してくれた。

 出来る事をする。これは当たり前だが…大切な事だ。出来ない事は頑張っても出来ない、出来ないから出来ないって言われるもんだし、けど出来る事を積み重ねる事で、出来なかった事も出来るようになるかもしれないんだから。どんな目標だろうと、出来る事から始めなきゃ、そこにゃ辿り着けねぇんだから。

 さっきは向いてるかどうか怪しいみたいに言いはしたが、実際向いてないかもしれねぇが、それはまた別の話。向いてるなら良いし、向いてないなら向いてないなりに、頑張りゃ良いだけだ。少なくとも、そうすれば後悔する可能性は減る。取り越し苦労に終わっても、それならそれで呆れ笑いで終わらせられる。そして、そして、後悔の可能性が減る方が、呆れ笑いで終わる方がずっと良いと思いながら、俺も妃乃の言葉へ強く頷きを返すのだった。


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