双極の理創造   作:シモツキ

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第百九十八話 乾坤一擲の先

 約一年ぶりの、身体を伸ばす能力を持った魔人との遭遇。逃げる訳にはいかない、何もせずただ状況が好転するのを待つ訳にもいかない中で、選んだ戦闘。そして決して有利とは言えない戦いの中で、危険を承知で…それでも行った、一か八かの賭けの策。そしてその賭けに俺は成功し…千載一遇のチャンスが生まれた。

 渾身の力を込めて、振り抜いた直刀。余計となる一切の思考を廃し、ただ全力で一撃叩き込む事だけを考えていた、頭と心。その一撃は、その一太刀は、俺が思い描いたのと寸分違わない軌道を描き……奴の身体を、確かに捉える。

 

「はぁッ…はぁッ……──ッ!」

 

 特別身体に負担がかかるような、体力を根こそぎ持っていかれるような動きはしていない。けれど息が上がっている。緊張感に、自殺行為も甚だしい策の実行に、身体は良くても精神がひっくり返りそうな程の負荷を感じ…結果気付けば、俺は荒い息をしていた。

 けど、それでも…俺には見えている。目の前に立つ、強大な魔人。その腹部へ、確かに…俺の振り抜いた直刀が、深々と斬り込んでいる事が。

 

(や、やった…ッ!…けど、浅い…ッ!これじゃ重傷でも、致命傷じゃ……)

「…ァ…ぐッ…ぁぁああああああッ!!」

「がぁ……ッ!?」

 

 勘違いでも何でもない、確かに魔人へと突き刺さった一撃。だがぎりぎりで、ほんの僅かでも身体を動かすのが間に合ったのか、食い込んだ位置は俺が考えていたよりも浅く…恐らくまだ、奴は終わりじゃない。これで終わりには、なってくれない。

 左手でも掴み、もっと深くへ押し込むか。それとも別の武器を抜き、首か頭にでももう一撃与えるか。致命傷でないと気付いた俺は、すぐに次やるべき事を考え…だがそれを実行するよりも早く、魔人は咆哮を上げた。唸りの様な叫びを上げ、直刀諸共弾かれる。

 防御のしようがなかった俺は胸元に腕を喰らってしまい、肺の中の空気を全て吐き出してしまう。それでも歯を食い縛り、苦痛を堪えて奴を見やる。

 

「ぅが、ぎッ……やって、くれ…ましたね……」

 

 斬られた胴を左手で押さえ、怒りの籠った瞳で俺を睨んでくる魔人。…あぁ、不味い。これは不味い。間違いなく、今の奴は大きなダメージを負っているが…まだ、戦意は消えていない。

 

「…こちとら、無意味に死ぬリスクを背負ってまで賭けに出たんだ…これ位の成果、出でもらわなきゃ困るんだよ…」

「…確、かに…理解の出来ない、愚かしいにも程がある…だからこそ、全く読めない策でした…それに、関しては…えぇ、賞賛しますよ……」

 

 先程までの、丁寧な口調をしていても尚感じられるような、強大な雰囲気はない。今は底が見える、間違いなく弱っている。だが…それはつまり、奴ももうなりふり構っては来ないだろうという事。同じ策はもう通用しない。俺が見ていたものなんて二の次で、殺す事を最優先にしてくると見て間違いない。

 有利になったのか、それともより深刻な危機に陥ったのか。どっちなのかは分からない。だが…やる事は、一つ。

 

(このまま決める…ここで、決める……ッ!)

 

 直刀を両手で握り、全身に力を込め直して奴を見据える。結局のところ、やる事は変わっていない。奴を撃破ないし撃退出来るか、奴にやられるか…そう考えりゃ、やはり状況は全くの同じ。

 

「…ですが…後悔、する事ですね…これさえなければ、私は本当に悪いようにはしないつもりだったもいうのに…貴方は自ら、助かる可能性を捨ててしまったという訳です…」

「悪いようにしないったって、結局生殺与奪権をテメェに渡しちまうんじゃ、良いもクソもあるかってんだ。…テメェこそ、退かねぇのかよ」

「まさか…。一体何を理由に、私が退くとでも…?」

 

 この重傷を負っても尚、俺一人なら勝てる。…奴は、そう思っているらしい。だが、退く気なんざないのは俺も同じ事。

 俺は直刀を構えたまま、魔人は左手で押さえたまま、数秒間の制止と沈黙。凍るように寒い富士山の中でありながらも、俺の背には一粒の汗が流れ落ち……次の瞬間、俺の方が先に動く。

 

「これでッ!」

「温い……ッ!」

 

 最短距離、即ち真っ直ぐに突っ込んでいっての、速攻の斬り上げ。だがそれを魔人はサイドステップで回避し、そこから杭のように蹴りを突き出す。その鋭い蹴りを俺が直刀で受けると、すぐに走る重い衝撃。奴は脚を伸ばし、逆脚で雪原を踏み締める事によって、それこそ本当に杭打ちが如き攻撃を俺へと仕掛けてくる。

 ならばと俺は上半身の力を抜き、わざとそのまま押されて横転。受け身を取り、その勢いを利用する事によってそこから俺は後転に移行し、立ち上がりながら腹へと刺突。避けられれば追い、捌かれても攻撃を続け、とにかく戦闘の手を緩めない。

 

「このしつこさ…対応を強いて、傷に負荷を掛け続けようという魂胆ですか…」

「卑怯な攻め方だってか…ッ!」

「いいえ、されど…だから温いと、言っているでしょう…ッ!」

 

 都合の悪い事に、或いは危機的状況を前に自然とそうなっているのか、奴の思考は至って冷静。それでも対応を強いれている以上、見抜かれたところで関係ないとまた俺は直刀を突き出し…だがその直前に腕を伸ばしていた魔人は木の枝を掴み、そこへ跳ぶ事によって回避する。

 木から木へ、伸ばした手を利用して飛び回る魔人。その姿は何ともアクロバティックで、気を抜けばその動きに翻弄されてしまいそうになる。…だが、狙われてるのは俺一人。だったら……

 

(タイミングさえ合えば、どうとでもなる……ッ!)

 

 奴を目で追う事には必死にならず、それよりも考える。どこから襲われるかではなく、奴ならどこから仕掛けたいかを。考え、神経も研ぎ澄ませ、ただその瞬間だけを待ち…本能が今だと叫んだ瞬間、ここならと思った方向へ跳躍。僅かに回避が遅れた結果、飛来した飛び蹴りに左脚の太腿を浅く裂かれるも、俺はすぐに立て直して次なる攻撃に向かっていく。

 

「小賢しい…もの、です…ね…ッ!」

「生憎ごり押しってのが嫌いなもんだな…ッ!(ぐ…こっちも流石に、負担が無視出来なくなってきた…)」

 

 動きの鈍った今の奴なら、俺だって対応出来る。だがその反面、俺だって無傷じゃない。疲労もあって、もう万全な状態からはかなり離れている。どっちが先に力尽きるかで言えば、重傷の奴の方…だと思いたいが……早く決めた方が良い。

 一度距離を話しながら上昇し、左手で純霊力の一振りを抜剣。追う形で迫ってきた奴の右拳を右の直刀で弾き返し、そこから一気に急降下。叩き付けるように上から純霊力剣を振り下ろし、俺から見て左側へ避ける魔人を追い掛けるように右回転斬りを叩き込む。

 

「ふ、ふふっ……」

「何が、おかしいってんだ…!」

「貴方は今、ワタシを倒せると思っているのでしょう…?その認識を覆す瞬間を考えると…つい、笑ってしまうのですよ……ッ!」

 

 直刀による追撃を避けられ、逆に上を取った魔人から放たれる一発。その一撃を防ぐ中、魔人は怒り混じりの声を上げ……幾度となく魔人は上からの殴打を、連続の拳を打ち込んでくる。防御を削り取り、そのまま決めると言わんばかりに。

 跳べばすぐに刃が届く、けれど殴打によって届かない攻撃。だが分かる。もう奴にこれをやり続ける余裕はない。どこかで一度は途切れる。そして、狙うのなら…そこしかない。再びリスクを負う事になろうと、果たしてみせる。

 

「いい加減…貴方も、これで……ッ!」

「……ッ!」

 

 刀で受けて、剣で受けて、受けて、受けて、受けて受けて。訪れる筈のチャンスを信じ、俺はこの場に踏み留まった。踏み留まり、堪え、耐え抜いて…そうして放たれる、一層の力が込められた一発。それは交差させた二本で受けても尚、ひやりとする程のもので……それでも次の瞬間、その攻撃の直後に訪れる。攻撃後の、僅かな…だが十分な隙が。

 

(ここだッ、これで……ッ!)

 

 込めておいた霊力を解放し、一瞬で奴と同じ高さにまで飛び上がる俺。二振りの刃をどちらも掲げ、この二つで勝負を決めんとかかる。迷いなく、俺は決めにかかろうとして…だがその時、魔人もまた…動く。

 

「終わりだ、とでも…ッ!?」

「な……ッ!?」

 

 奴から見るのは初めてかもしれない、野蛮な笑み。その笑みが示すのは、これを奴が予期していたという事。俺の反撃を、誘っていたという事。

 それを証明するように、鋭くこちらへと身を翻す魔人。身体は既に、蹴りの体勢に入っている。やられる前にやる、そんな意思を、全身から感じる。

 だが俺ももう、止められやしない。止めたところで、そっから回避に転じようとしても間に合わない。だとすれば、今俺の取れる最善の手は…一か八か、このまま武器を払う事だけ。

 

(負けっかよ…こんなところで、俺は……ッ!)

 

 限界の更に上まで研ぎ澄まされる神経。フル回転し続ける頭。何より思いを叫ぶ心。そうだ、俺は負けない。やられはしない。やられても良い理由はどこにもないが…やられる訳にはいかない理由なら、今の俺には幾つもある。

 迫る蹴撃。迫る瞬間。俺の意識、全てがその瞬間へと注ぎ込まれ…そして俺は、()()()右手を振り下ろす。

 

「……っ、ぅッ!」

「な、ぁ……ッ!?」

 

 真っ直ぐ下へと向かう直刀。その先にあるのは振り出された魔人の脚。ただ振るうよりも短い、曲線ではなく直線を描いて俺は右手に持った直刀を振り下ろし……当たる寸前の蹴りと、直刀の柄尻を衝突させる。

 走る衝撃。目を見開く魔人。俺の右腕は弾き返され、肩にも強い負荷がかかるが…それは魔人も同じ事。蹴撃はそれ、俺の身体に当たる事はなく、俺も魔人も共に落ちる。

 

「ぐぁっ……って、呻いてる場合じゃねぇ…ッ!今度、こそ…ッ!」

「まだた…まだ、ワタシはァァ…ッ!」

 

 雪原で跳ねる身体を無理矢理にでも立ち上がらせ、前を見やる。

 そこでは奴もまた立っている。最早態度を取り繕う事もせず、剥き出しの敵意を俺に向け、唸りの様に俺へと声を上げている。

 もう、ここからはどうなるか分からない。ただ残る力を掻き集め、その力を尽くして戦うしかない。そして俺が、全身から送った力で雪原を蹴って跳ぼうとした……その時だった。何の前触れもなく、何の予兆もなく、不意に──大の大人でも普通はまともに振るう事も出来ないような、重厚な大剣が魔人の前へと飛来し深く突き刺さったのは。

 

「ぁ、え……?」

「新、手…?こんな、時に……ぐぅぅ…ッ!」

 

 あまりにも唐突で、目の前の事に精一杯で、一瞬訳が分からなかった。大剣の飛来に対し、意味不明としか思えなかった。

 だが俺より先に魔人が状況を理解した直後、空から魔人に降り注ぐ光芒。続けざまに弾丸も殺到し、聞こえていた魔人の呻きもすぐに掻き消されて分からなくなる。

 

(…あぁ、そうか……)

 

 降り注ぐ光芒は、霊力の光。それに気付いて、やっと俺も理解出来た。今起こっている事の正体を。これは楽観視など出来ないと、それを理由に期待していなかった可能性の一つである事を。

 

「悠弥!無事ッ!?」

「…妃乃……」

 

 相手は魔人だからか、雪煙で姿が全く見えなくなった後も空からの攻撃が続けられる最中、そんな言葉と共に降り立つ青い翼。その声を、その姿を見た瞬間、俺の中で疲労と安堵がどっと溢れ出す。

 

「良かった、無事…じゃないけど、とにかく間に合ったみたいね……」

「まぁ、何とかな…今、ここにいるのは……」

「えぇ、例の場所の調査メンバー…の、第一陣よ。彼等と、それに……」

 

 真正面に降り立った後、俺の姿を見て安心したような声を出す妃乃。俺も俺で内心がっつり安堵していたが、男の意地でそれを隠して代わりに疑問を口にすると、頷いてから妃乃は答える。

 と、その最中、雪煙の手前…突き刺さった大剣のすぐ側に着地する、一目で強者だと分かる男性。その男性は、大剣の柄を握った状態でふっとこちらへ振り向き…言う。

 

「…よくやった、悠弥君」

「……!」

 

 それは、その人物は、妃乃の父親、恭士さんだった。恭士さんは俺を見やり、たった一言そう言った。

 たかが一言、されど一言。よく通る、落ち着いた…それでいて頼もしさを感じさせる言葉を、恭士さんは俺へと投げかけ、それから片手で大剣を引き抜く。

 その状態で、空の味方へと発される声。指示に従い攻撃が中断されると、恭士さんは左手でも大剣の柄を掴み…一閃。大剣が真横に降り抜かれ、雪煙が吹き飛ぶ。

 

(…いない……?)

 

 視認を阻む雪煙が晴れた時、そこにあったのは対地攻撃によって露わとなった富士山の地面。穴の様に、その部分だけ積雪がなくなっていて……だが、そこに魔人の姿はない。

 撃破出来たのか。集中砲火をしこたま喰らい、もう生き絶えて消滅してしまったという事なのか。それとも…あの重傷でありながら、攻撃を避けて逃げ果せたという事なのか。

 

「…総員、警戒を厳に。奴を撃破出来たかどうかは定かではない。加えて、まだ伏兵が残っている可能性もある」

 

 恭士さんも俺と同じ考えなのか、姿を確認出来ないと分かった時点で警戒を指示。再びこちらを振り向くと、妃乃と無言のアイコンタクトを躱し、それからゆっくりと周囲を見回す。

 

「…妃乃、奴の気配は……」

「ないわね。けど、ないだけじゃ撃破出来たかどうかの判断材料にならないわ」

「だよな…。…この戦力差だ、仮に逃れてたとしても、撤退を選んでるとは思うが……」

 

 一先ず最悪の状況は去った。去ったがまだ、気は抜けない。そう思って俺も周囲を見回そうとすると…そこで感じる、気になる視線。何だと思ってそちらを向けば、俺を見ていたのはすぐ側の妃乃。

 

「…な、何だよ」

「…前もそうだったけど…悠弥って、魔人相手だと無茶するわよね…なんで何も言わなかったのよ……」

「前?…あ、あぁ倒した…ってか、あの後倒された魔人の時か…いや、別に俺は無茶したくてしてる訳じゃねぇよ。相手が相手なせいで、そうせざるを得なくなるだけで……」

 

 かなりのジト目と共に軽く文句を付けられた俺は、若干気圧されつつも反論。通信しなかった事に関しても俺なりの判断を伝え、ちゃんと考えての行動なのだと妃乃に弁明。それを聞いた妃乃は、まあ取り敢えず理解はしてくれたようだが…そうだとしても不満な様子。

 

「そういう事なら、まぁ強くは否定しないけど…それでも……」

「あぁ、無茶は無茶だ。それは分かってるし、出来る限りそうせずに済むよう善処する。それに……」

「それに…?」

「…別に、玉砕覚悟で…なんて考えちゃいねぇよ。俺が無茶するのは、あくまで死なない為だ。ちゃんと、帰る為だ」

 

 俺は俺で、最善の選択をしたと思っている。だが妃乃がただ俺を糾弾したいのではなく、俺の身を案じたからこそ言っているのだという事も伝わっている。だから俺は、妃乃からの指摘を受け止め…その上で、言った。死んでもいいからの無茶ではなく、命を取り零さない為の無茶なんだと。

 

「……なら、自分で言ったんだから、これからもそれはちゃんと守りなさいよ?」

「そりゃ勿論。男に二言は、じゃねぇかこれに関して覆すような事は……ん、ぁ…?」

「……!…ほら、言わんこっちゃない……」

 

 念押ししてくる妃乃へと言葉を返す最中、不意にぐらりと揺れた身体。反射的に俺は傾いた側へ足を突き、更に妃乃も俺の肩を掴んでくれたおかげで事なきを得たが…やっぱ流石に、魔人と戦った後ともなりゃこうなるか……。

 

「悪ぃ、ちょっと気が抜けた…」

「いや、それだけじゃないでしょ…私も少しは手当ての心得があるから、ここでやれるだけの事はするわよ」

 

 言うが早いか妃乃は俺に肩を貸し…というか俺の反応を待つ事なく肩を貸させ、半ば連行される形で俺は近くの木の根元へ。そこで止血され、包帯を巻かれ、次の行動に移るでは安静にしているようにと言われる。

 

「いい?普通なら支部まで戻って休ませるところだけど、地下を見たのが私と悠耶だけな以上、一緒に来てもらう可能性も十分あるわ。だからそうなるまで身体を楽にしてる事、分かった?」

「へいへい」

「はいは一回」

「いや俺はいとは……んまぁ、はい……」

 

 有無を言わせぬ…って程じゃないが、ぐだぐだ言うとそうなりそうな気配を感じた俺は、早期撤退が如く首肯。すると宜しい、とばかりに妃乃は表情を緩めて、周囲へ視線を走らせている恭士さんの方へと向かう。

 

(…あのまま、戦ってたら…どうなってたんだろうな……)

 

 精神が落ち着いてきた事で、思い出すように感じる痛み。頭は勿論だが、他にも傷は受けている。だがその一方、奴もまた重傷だった訳で……だからこそ、思う。もしかしたら、勝てていた可能性もあるんじゃないかと。その確率は決して高くない、負けていた可能性の方が恐らくは高いんだろうが…それでも、撃退どころか撃破出来ていた可能性はあったと思う。

 だからなんだ、という訳じゃない。それを誇示したいとも思わない。だがもし、それだけの力が今の俺にあるというのなら…ありがたい。それならもっと、俺は俺自身に期待出来る。

 

「…けどまぁ、今回の場合は状況が味方してくれたってのもあるか……」

 

 とはいえ、浮かれるのは良くない。運も実力の内だが、運が味方してくれる前提で考えるのは、やはり単なる楽観主義。攻撃を止める事を見越してのアレは、まあ駆け引きだからいいにしても…初手で声をかけずに仕掛けられていたら、奴が殺しても別にいいと考えていたら。その可能性を考慮せずただ結果だけ見て判断するのは…短絡的ってもんだ。

 

「…影も形もなく、結局どうなったかは分からない、か…。…仕方ない。第二陣と合流し次第、警戒探索班と例の場所の調査班に今の人員を組み直す。奴がどうなったか分からない以上、逃げ果せている可能性を常に念頭に置いておけ」

『了解』

 

 それから数分後、面々からの報告を聞いた恭士さんは、これからの行動を全体に伝える。そして第二陣到着まで警戒を続行するよう指示を出すと、その後恭士さんは俺の方へ。

 

「調子はどうだ、悠耶君」

「あ…はい、取り敢えずは大丈夫です。動けます」

「それなら良かった。…悪いね、悠耶君。妃乃から聞いているかもしれないが、調査中に外で何かあった時、調査は続けつつも妃乃に急行してもらう事もあり得る。だからそれに備えて、君にも来てほしいんだ」

「…分かってます。何もないのが一番ですが…その時は、任せて下さい」

 

 立ち上がろうとした俺を手で制した恭士さんの、必要以上に俺へと気を遣う事のない、指揮官としての判断の言葉。だが俺としては、そっちの方が心地良い。変な優遇も気遣いもなく…ただ一人の味方として、信頼される。それが嫌な訳がない。

 恭士さんからの言葉に了承を示しつつ、俺はここからの事を考える。勿論、生死不明な魔人の事を放置は出来ない。されどそもそも、俺達の目的は調査の方。魔人の対処はあくまで安全確保や障害の排除に当たるのであって、そっちに躍起になるというのは本末転倒。

 そして、待つ事十分弱。言っていた第二陣が到着し、戦力を再編し、漸く地下の調査が再開される。そこで何があるから分からない。期待したものがあるのか、見つけなければ良かった…なんていう結果になるのか、はてまたその両方か。…まあいずれにせよ、何か重大なものがあるんだろう。頭の隅で、そんな事を考えながら……俺は再び、地下へと向かう。


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