双極の理創造   作:シモツキ

194 / 245
第百九十三話 近付くもう一度

 富士山の調査再開は、表向きには富士山の状態確認と安全確保…つまりは調査という最大且つ最たる目的を伏せる形で行われるらしい。この件において協会は、本気で、徹底的に、不都合は隠してしまうつもりらしい。…作戦決行日が近付く昨日、俺はそれを聞いた。

 

「ふ……ッ!はッ…!」

 

 その俺が今日…というか今しているのは、双統殿内での鍛錬。作戦への参加を決めたからやってる、って訳じゃないが…それでもやっぱ、鍛錬一つ一つに熱が入る。

 この作戦の事や、協会の選択を、それがどうした、とは思わない。俺は自分を碌な性格じゃない奴だと思っているが、そこまで捻じ曲がっちゃいない。…だが、それはそれ、これはこれ。割り切りではなく、あくまで普通の判断として、俺は決行日に備えて努力を重ねる。自分の為にも、周りの為にも。

 

(…けど、こうも本気で隠そうとしてきてるってなると、自分が知ってる事柄も疑わしくなってくるな……)

 

 直刀を握り、ステップや跳躍も交えながら何度も素振りを行う中、俺の思考に浮かぶのは疑念。

 妃乃や宗元さん達を信用していない訳じゃない。だが立ち位置こそ特殊とはいえ、一霊装者に過ぎない俺は全ての情報を、一切の嘘偽りなく伝えられているのかと考えると…残念ながら、「もしも…」と俺は考えてしまう。それに宗元さんから聞いたなら別だが、妃乃からの場合は…こういう事も、あり得る。妃乃もまた、真実の全てを知らされている訳じゃないという事が。

 だがこれは、考えてどうにかなる問題でもない。むしろ自分自身の不安を煽るだけで、考えれば考える程思考が悪い方に加速していってしまう事もあり得る。だから俺は、思考が深くなってしまう前に切り上げ、改めて鍛錬に集中。

 

「……ふー…」

 

 それから数十分後、鍛錬を終わりにした俺はゆっくりと息を吐き出し、水分補給。今日やった事を振り返り、気になった点、改善が必要だと思った点をそれぞれもう一度だけ確認し…今度こそ、本当に鍛錬終了。少しトレーニングルーム内で休憩し、呼吸を整え、それから帰ろうとして…そこでよく見知った顔が、トレーニングルームへと入ってきた。

 

「お、茅章」

「あ、悠弥君。もしかして今…って……」

「あー…そういや、前にも似たような事あったなぁ……」

 

 途中まで言葉を言いかけて、そこから何かに気付いた様子を見せる茅章。それを見て俺も、少し前に似たような…というか、ほぼ同じシチュエーションがあった事を思い出す。…んまぁ、あったからって何か起こる訳でもないが…。

 

「悠弥君、訓練は順調?」

「まぁな。茅章こそ、あれからまた強くなったか?」

「どうかなぁ…なってると良いんだけど…」

 

 そう言いながら、茅章は自分じゃあまり分からないんだよね、とばかりに肩を竦める。確かに○○走におけるタイムや球技における得点率等、はっきりと数字で現れる事なら向上してるかどうかも分かるが、戦闘能力…それも個人で鍛錬をしてる範囲じゃ、強くなったかどうかを判断するのは難しい。俺の場合はそれでも『過去の自分』という比較対象を内側に持っているから比べて考える事も出来るが、茅章はほんと聞かれても…って感じなんだろう。武器からして使ってる人は少なそうだし。

 

「……そういや、茅章。最近、結構大きめの任務を控えてたりするか?」

「え?…いや、特にそんな感じの任務はないけど…どうして?」

「や、俺も少し前からちったぁ真面目に協会の一員してるからな。何か大規模な任務でもあれば、一緒になる事もあるのかもな…って思っただけだ」

「そっか。じゃあ、その内あるといいね。…って、これをあるといいね、って言うのは不味いかな…護衛とかならともかく、戦闘なんて無い方が良いものだし…」

「ただの雑談だし、そこまで気にする必要もないと思うけどな」

 

 続けて軽く会話を交わし、それなりに言葉のキャッチボールをしたところで、俺は例の作戦に関して質問。するとやはり茅章は呼ばれていないらしく、それが分かった時点で俺は考えておいた言葉で返答。

 別に茅章が弱いとは言わない。霊力の糸なんて明らかに使うのが難しそうなのを前の模擬戦の時は上手く操っていたと思うし、勘の域を出ないがまだまだ茅章には伸び代だってあると思う。だが、上手さと強さは関係こそあってもイコールで結べるものではなく、実戦で求められるのは将来性ではなく現時点の力。少数精鋭で事に当たるって事なら、そういう判断になるのも普通だろう。

 

「…ところで、さ、悠弥君…」

「ん?」

「…顕人君、元気…?」

 

 こちらから振った話が済むと、そこで数秒茅章は沈黙。その沈黙は話す内容がなくなってしまった、というより何かを考えている、迷っている時の沈黙で……その後茅章が口にしたのは、御道の名前。表情に浮かんでいるのは、心配な気持ち。

 

「…安心しろ、御道は元気だ。普通に学校にも来てるし、会話もこれまで通りにしてる」

「そうなんだ…良かった、それなら一安心…かな」

「…心配なら、会って直接話すのが一番だと思うぞ?」

「あはは、だよね…でもその、メッセージだけじゃ本当に元気か分からなかったから、下手に会って余計気落ちさせちゃったりするのも悪いかな、って……」

「御道もそこまで柔な精神はしてねぇよ。…まぁ、堪えてたのは事実みたいだがな………」

 

 根っからの気を遣う精神と、それ故に迷って行動に移せない部分がある、何とも茅章らしい理由を聞いて、今度は俺は肩を竦める。

 普段はそこまで意思の強さを感じない、どちらかと言えば周りを優先するタイプの御道だが、一度俺は御道の本気を、本気の意思を見た事がある。あの時はぶっちゃけ口喧嘩になってただけだが…強い意思は、十分に感じた。

 だがそんな御道だからこそ、こっちの世界へ目一杯の思いを傾けていたあいつだからこそ、堪えない訳ないだろう。そして、俺や茅章に出来る事といえば……

 

「…茅章、あまり気にしないでやってくれるか?気にするなってか、そういう雰囲気を出さないようにってか……」

「うん、分かってるよ悠弥君。変に気を遣われるのは、そっちの方が辛いもんね」

「そういうこった」

 

 霊装者としての力を取り戻す事、或いはそれに繋がる事を出来るなら別だが、そうじゃないならむしろ失った事を引き摺らせるだけ、思い出させるだけ。単純な話だが…だったらそんな事よりかは、霊装者関係ない話を自然として、これまでのように時々どっか行ったりする方が、まだ気持ちは晴れるだろう。……まぁ、もう失った直後じゃねぇから、気持ちが晴れるってよりはまた落ち込ませないようにする為、って感じになるけどな。

 

「さて…いきなり関連の邪魔して悪かったな、茅章」

「ううん、こっちこそ答えてくれてありがとね。…よし、今日も頑張ろう…!」

 

 気合いを入れる茅章の声を耳にしながら、俺はトレーニングルームを後に。前の様に模擬戦の提案を…とも思ったが、前と違って今回はこの後もやる事がある。

 

(茅章が心配してた事、御道に電話で……伝えるのは、悪手か。それこそ、御道は気を遣うだろうしな…)

 

 思い付くままに取り出した携帯を、逡巡の後ポケットへ仕舞う。連絡しときゃ茅章が今後電話したり、或いは直接会った時に多少なりとも楽だろうが…その為に御道が気を遣うんじゃ本末転倒。そもそもこういう気配りは俺の柄でもないんだから、慣れない事はしない方が賢明だろう。

 

「ってか、御道は言わずもがな、茅章だって俺よりは社交性高そうだもんな……」

 

 誰が誰にどんな気の回し方をしようとしてんだ、と自嘲しつつ、俺は園咲さんに会う為技術開発部へと向かう、今からするのは、作戦に向けた装備の各種点検で…これが、さっき挙げたこれからしなくちゃいけない事。…移動シーン…は、カットで良いよな。別に特筆する程の事もねぇし。

 

「失礼します」

「うん、時間通りだね悠弥君」

 

 いつものように部屋へと入ると、園咲さんからの第一声も大体普段と同じもの。道中もだが、ここも特に描写するようなシーンは……

 

「…って、あれ?俺、予定よりそこそこ早く来た気が……」

「うん?…あぁ、言われてみると確かにそうだね。…言い直した方がいいかな?」

「い、いやいいです…多分それ、凄く無駄な時間になるので……」

 

…なくもないが、やっぱり掘り下げる程のシーンでもなかった。園咲さんの何かズレてる感が見えた以外は、ほんと薬にも毒にもならないだろう。

 

「…で、早速ですがお願い出来ますか?」

「当然、私もそういう話を受けているからね。…けど、急いだ方がいいのかな?」

 

 作戦当日に間に合わなくちゃ、話にならない。だがまだそれは明日明後日の話ではなく、ならば急ぐ必要もない。そう思って俺は頷き、装備一式を園咲さんへ。後は園咲さんに点検と必要であらば修理をしてもらうだけで…即ちもう、ここで俺にやる事はない。

 

「ふむ…うん。使用頻度が少ない火器は勿論として、近接戦用の二振りの磨耗が少ないのは流石と言ったところだね。もう少しかっちりとした点検をするまでは下手な事は言えないけど、これなら時間もそうかからないだろう」

「…まあ、他の霊装者に比べれば、俺は実戦の頻度が少ないでしょうからね」

「だとしても、だよ。技術や経験に裏付けられた霊装者の武器には、自然とそれが浮かび上がる。武器を見れば使い手が分かる、とはよく言ったものさ」

 

 そう言いながらも、着々と園咲さんは点検を続ける。今のところはまだ道具を何も使わない、目視と手の感覚だけで点検をしているが、その内道具も使った本格的な点検に移ってくのだろう。

 そして、渡した以上もう俺にやる事はなく、このまま帰ってしまっても問題はない。だが俺には、彼女…俺や妃乃達とは、全くの別方向で霊力や霊装者の事をよく知る園咲さんへと、一つ訊いてみたい事がある。だから出て行こうとはしなかったし…本格的な点検へ入る前に訊いておこうと思い、俺は言う。

 

「…園咲さん。霊装者の力って…結局のところ、何なんでしょうね…元々超常的な、普通の人間からすればあり得ない力とはいえ…外部からの力で、消えるなんて事あるんでしょうか……」

「…それは、先日の件に纏わる話かい?」

 

 ふっと顔を上げ、こちらを見てきた園咲さんに俺は首肯。訊いちゃいないが…多分園咲さんも、色々と知っているのだろう。そして確認はしていないが、別に今はそれでも良い。

 

「…どうだろうね。ただ事実として、実際に失っている者がいる。しかもそれが、同じ現象を受けた者に共通する事例だとすれば…その時点でもう、信じる信じないの領域ではないだろう」

「事実として、ですか…」

「実際に起こった事は、覆りようがないからね。けれど君は、たったそれだけの話が聞きたい訳じゃないと見た。…あくまで私の、決して専門ではない身の個人的見解でも、聞くかい?」

「話してくれるのなら、是非」

 

 この話を園咲さんへとしたのは、彼女が技術者…霊装者の力を戦う為のものではなく、研究の対象としているから。俺や妃乃とは全く違う視点から霊装者と付き合っている園咲さんの考えを、聞いてみたいと思ったから。

 佇まいを正し、園咲さんを見つめる俺。園咲さんも、手にしていたライフルを下ろし…俺の方へと向き直る。

 

「霊装者の力と、その消失。それに関して私は、前々から気になっている事があるんだ。…悠弥感、霊装者の力…霊力は、どこからどう生み出されるものなのか知っているかい?」

「へ?…それは、俺達霊装者の体内で……」

「うん、それはその通りだ。でもそれなら、霊力は身体のどこで生まれる?」

 

 霊力は、身体の中から湧いてくるもの。これは疑うまでもない。感覚として、それが事実である事は恐らく全ての霊装者が知っていて…だが俺は、考えた事がなかった。霊力が体内で生まれるのは事実だろうが…体内っていうのは、あくまで全体の総称でしかない。体内で生成されるって認識でも間違っちゃいないだろうが、考えてみればそれはあまりにもざっくりとし過ぎだ。

 

「…………」

「生命活動の核となる心臓か、身体の司令塔である脳か、エネルギー吸収を行う胃や腸か…今あげた部位のどこかとは限らないし、どこか一ヶ所だけで生み出されているとも限らない。体力の様に、明確に『どこか』で生成されている訳じゃないという可能性もあるだろう。勿論、それを探る為に検査や研究は続けられている訳だが…こうして話している事からも分かる通り、未だはっきりとしていないよが現状なんだ」

 

 体内で生まれているのは間違いない。だが、どこからかなのかが分からない。普通に霊装者して活動する分には、気に留める事もない話が園咲さんによって展開され…それは続く。

 

「そしてもう一つ。そもそも霊装者としての力、才能は、一体どうやって遺伝してるのだと思う?」

「…血、とか……?」

「血…即ち遺伝子よるものだという事なら、それは一理あるね。実際私も、その可能性は高いと思っている。だけどそもそも、霊装者の力は普通の人間にはない。厳密に言えば、霊力自体は人なら誰しもあるものだが…霊装者とそうでない人間との間には、個人差の範疇を遥かに超えた、大きな差がある。そしてもしDNAに、塩基配列に霊装者としての部分が組み込まれているのなら、個人差を超える差を作り出すだけの要素が入っているのだとしたら…私達霊装者と普通の人々とを、果たして同じ種族と言えるんだろうか」

 

 霊装者と、そうでない普通の人間。多くの霊力を持ち、それを扱う事の出来る人間と、霊力がある事を認識すらも出来ない人間。そして、その才の遺伝。これまで俺は、霊力や霊装者の力をただ何となくあるもの、霊装者にとっては自然なものだという程度にしか考えていなかったが……もしそうだとしたら、園咲さんの言う通り、厳密には違うのだとしたら…結局霊装者とは、本当に何なのだろうか。霊力とは、一体どういうものだろうか。

 

「…すまない、悠弥君。ここまで話しておいて今更だが、君の疑問からは随分と離れてしまったようだ」

「あ…い、いえ…それはそれで、かなり考えさせられる内容だったので……」

「そう言ってもらえると助かるよ。…じゃあ、話を戻すとして…もしも霊力が人の身体に根付いた、臓器や感覚器官と同じような身体の機能の一つであるのなら、消えるというのはやはり不可解だ。霊力を生み出す力、制御する力が駄目になったという事であればまだ理解は出来るが…機能不全と消滅は、全く違う。雲泥の差だ」

「機能不全も消滅…そこにまだ、残っているかいないかの違い……」

「そういう事さ、悠弥君。…だが、そもそも霊力は超常の力だ。富士で発生したのも、正しく超常以外の何物でもない光。であれは、理解の及ばない事が起きても、私達の尺度では異常でしかない事も……本当は、至って普通の事なのかもしれない。ただ、それ私達が普通だと思えないだけで…ね」

 

 おかしさは確かにある。だがそれは、霊装者という立場から、現代の霊装者が持つ認識から作り上げられた尺度で見た場合であって、それが真理とは限らない。そんな結論で以って、園咲さんは俺の曖昧な質問から始まった話を締め括り……

 

「……うん、我ながら話が理路整然としたいなさ過ぎる。これでは纏まっていない思考をそのまま口にしたのと大差がないようなものだ」

「え?」

「申し訳ない悠弥君。これでは曲がりなりにも研究を担う者としての面目が立たない。だから、もう一度改めて説明をさせてほしい」

「えっ?」

「なに、そう時間は取らせない。ただ長々も知識をひけらかすのではなく、要点を纏めて話すのもまた研究者として必要な事だからね」

「……おおぅ…」

 

 どこかで変なスイッチが入ったのか、それとも天然(?)さが妙な炸裂をしたのか、謎の意地と拘りを見せてくる園咲さん。まさかの流れに俺が戸惑う中、園咲さんは完全に「説明し直す」表情へと変わっており……結局俺は、何とも難解な話を今一度聞く事になるのだった…。

 

 

 

 

「…なんか、凄ぇタメになる話を聞いた…気がする……」

 

 開発部を後にし、後は帰るだけという状態で協会の廊下を歩く。

 何故か火が付き、がっつり話してくれた園咲さんに不満はない。学びになったのは事実で、そもそも求めたのは俺なんだから。…とはいえまぁ、不勉強な俺の頭には中々に負担の大きい話だった訳で……有り体に言おう。…疲れた。

 

(…でも実際、どこに霊装者としての核があるんだろうな…或いは、どこかにじゃなくて一人一人の存在そのものに、霊装者の力は宿っているのか……)

 

 結局はっきりとした答えは得られなかった。強いて言えば、園咲さんの考えからすれば富士での出来事は決してあり得ない事じゃない、との事だが…それだって、園咲さんの中での推測に過ぎない。

 だがそもそも、はっきりした答えを求めていたかといえば、答えは否。ただ訊きたかった、知りたかったというのが俺の意思で……

 

「……ん?」

 

 そんな思考をしながら歩く中、ふと俺が見つけたのはある人物。バルコニーらしき場所に立ち、手に紙コップを持っているその男性は……多分、初見。

 

「…うん?…ああ、君か」

「(えっ?)……あ、ど、どうも…」

 

 うーん?初見な筈だが、どっかで見た事あるよなぁ…どこだ?てか、知り合いだったか?…とかなんとか思いながら眺めていると、俺の視線に気付いたのか、男性は振り向き…そしてなんと、話しかけてくる。しかも何やら、この人は俺を知っている様子。…不味い、こうなると逃げられない……。

 

(…つか、この声もどっかで聞いたような……)

「先月は悪かった。君も家族も驚いただろう」

「え、あー…はは……」

 

 話し掛けられた時点でもう逃げられないような状態だったが、バルコニーからこっちに来られてしまった事でいよいよ俺は逃げようがない。

 しかし、本当にこの人は誰なんだろうか。こうなるともう、むしろこの人が俺を誰かと勘違いして話し掛けてきただけとかじゃないだろうか。

 

「…それと、例の作戦は君も参加してくれるらしいな。協会としては助かるが…それは、君の本心か?」

「…それは、どういう意味で…?」

「言葉通りの意味だ。君の事情はそれなりに聞いている。霊装者である事を極力避けていた事も知っている。その君が、ここまで自ら関わろうとする理由を、聞いておきたいと思っただけさ」

 

 そう、思っていた俺だが…次に発された問いにより、その可能性はほぼ消滅。口振りからして、その内容からして…この人が話しているのは、千嵜悠弥()以外にあり得ない。

 そして…それを訊くこの男性の目は、本気だ。切っ掛けは、偶々会ったからなんだろうが…話のネタなどではなく、真剣に俺の本心を訊いている。ならば、相手が誰なのか未だに分かっていなかったとしても…いやまぁ、分からんならさっさと訊くのが誠意だろうが…ともかく、適当な答えを返す訳にはいかない。

 

「…えぇ、本心ですよ。けど別に、複雑な話じゃないです。…これまでは、関わらない事が、距離を取る事が、自分にとって…自分の求めるものにとって、必要だと思っていた。けれど今は、今俺が出来る事に全力を尽くすのが、後ろではなく前に突き進む事が、本当に必要な事だと思っている…ただ、それだけです」

「…そうか。…強いな、君は」

「俺が強いとすれば、それは俺の周りの人間のおかげですよ」

 

 誰なんだかよく分かっていない相手にするには些か恥ずかしい話でもあるが…俺は言った。俺の本心を。今の俺にとって、譲れない意思を。

 それをこの人が、どう思ったかは分からない。だがまあ、これをどう思ってくれようが構わない。あくまでこれは、俺の意思で…誰に何を言われようが、変えるつもりなんざねぇんだからな。

 

「ありがとう。君との会話はこれで二度目だが、今回も得るものはあった」

「そ、そうですか…(駄目だ、全く分からん…でもほんと、この声は知ってるんだよな…マジでどこだっけ…?)」

「さて…それじゃあ俺は行くとしよう。何かあれば訪ねてくるといい。今の答えは勿論だが、先日の件もまだ何も返していないからな」

「は、はぁ……」

「まあ、何もなければそれでもいいさ。…今後共、妃乃を宜しく頼む」

 

 そうして会話は終わり、男性は紙コップの中身を飲み干した後に立ち去っていく。この場に残るのは俺と、紙コップの中に入っていたらしいコーヒーの匂いと、結局解決していない疑問。

 まさか、本当に最後まで分からず終いになるとは思わなかった。取り敢えず乗り切る事は出来たが、こうなると逆に誰だったのか気になってしまう。だがあの人の手掛かりなんて、今や先月の件とやらと、俺についてよく知ってるって事と、後はまぁ妃乃を呼び捨てに出来る立場ってだけで……

 

(……って、んん?先月…俺を知ってる…これで二度目…妃乃を宜しく…それに、声だけは確かに知ってるって……)

 

 

 

 

「…いやあの人、妃乃の父親じゃね!?恭士さんなんじゃねぇの!?」

 

──時既に遅し。今気付いても後の祭り。バラバラだったピースが繋がり、一つになって……けれどすっきりどころか、どうしたら良いのか分からない気持ちになってしまう俺だった。…いや、うん…そりゃ確かに分からんわ…だって、電話で一回話しただけの人だもん……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。