月が変わり、数日が過ぎ……新年度が、高校最後の一年が始まった。…まぁ、留年しなきゃ高校は三年だし、最初でも最後でもない一年は二年の一回だけだから、最後っつってもな…って感じだが。
「お兄ちゃん、もう受験まで一年もなくなっちゃったね」
「言うな緋奈。家族にまで受験の事を言われるなんて苦痛過ぎる…」
「いや、むしろ家族は言って当然の相手だと思うんだけど……」
朝っぱらから、そして話が始まった直後から気の滅入るような事を言われて、早速俺のテンションはダウン。くぅ…よく「受験出来るだけ幸せ」とか、「世の中には勉強したくても出来ない人がいる」とか言ってくる奴がいるが、違うからな!?そういう苦しみと、勉強の辛さや受験の大変さはそもそも違うベクトルだから、その『恵まれない環境の人達』も勉強や受験を強いられたらそれはそれで苦痛を感じるんだからな!?
「…うん、ほんと…平和な時代もそれはそれで大変だなんて、前は知らなかったよ……」
「え、何が?いきなり何を言ってるの?」
「気にするな、こっちの話だ…」
と、朝からしょうもない思考で頭を働かせつつ、緋奈と共に学校へと向かう俺。掲示板に張り出されてるクラス表を見て、新たなクラスとクラスメイトを知る…などという事はなく、緋奈と別れた後は離任式後に説明されたクラスへと直行。えーっと、俺の席は……っと。
「あ、おはよー千嵜くん」
「そういや、千嵜もまた一緒だったわね。…っていうか、よくよく考えたら三年連続同じじゃない?」
「…おう、おはよう」
席を探していた俺へと声を掛けてきたのは、昨年度も同じクラスだった女子二人。一昨年かぁ、俺は一昨年のクラスメイトなんてイマイチ覚えてねぇな…と思いつつ挨拶を返すと、二人は二人の会話に戻る。
「…ふぅん。改めて見ると、一年前より明らかに社交性上がってるわよね」
「うおっ…な、なんだ妃乃か……」
自分の座るべき席を発見し、そこに腰を下ろそうとした瞬間、今度は俺の背後から声。振り向けば…ってか声でもう分かってはいたが、それは俺や緋奈より先に家を出た、腕を組んで軽くにやっとしている妃乃だった。
「なんだとは失礼ね。一応賞賛してあげたのに」
「ならいきなり背後から声かけんなっての…後それは賞賛とは言わん、性格の悪い発言って言うんだ」
「え、どこが?…っていうのは、流石に冗談として…実際、一年前なら想像もしない事だったでしょ?こうして私が、話し掛けてくるのも含めて、ね」
「…まぁ、な」
想像もしないとまで言うのかよ…と言い返したいところだが、ほんと実際、一年前の俺なら想像はしていなかった。クラスメイトへの興味だって、ほぼゼロだった。けど、今はもう…違う。
「まあ、それでも世間一般からすればまだ交友関係は狭いでしょうし、その交友関係の中でも基本は受け身だって事も事実だけどね」
「あーはいはいそうですねー。…てか、なんで妃乃がここにいんの?」
「なんでって…同じクラスだからに決まってるでしょうが…」
「…そうだっけ?」
「いや私が同級生かどうか位は覚えてなさいよ…!っていうか、忘れる…!?」
「なんだ、ちゃんと聞いて覚えておいてほしかったのか?」
「うぐっ…そ、そんなんじゃないわよ馬鹿…!」
すっとぼけた感じの態度を見せると、小声ながらも怒りの声をぶつけてくる妃乃。本当は聞いてたし覚えてもいたが…なんか厳しめの事を色々言われたし、そのお返しである。
(…まあ、別クラスだと何かある時一々そのクラスまで行かにゃならんし、同じで助かったってとこか。んで、他に同じクラスと言えば……)
「…おはよ、二人共」
俺は誰がどのクラスなのかをちゃんと覚えておくタイプ…などでは勿論なく、妃乃とは特殊な間柄故に、意識せずとも覚えていたってだけの事。
けど別に、他は誰も覚えてないって訳でもない。別の理由で覚えていたり、或いは偶々記憶に残っていたりする人も多少はいる訳で……その面々を思い起こそうとした瞬間、また俺は声をかけられた。馴染み深い、よく知るその声に俺は振り向き…挨拶を返す。
「よう、御道」
「……おはよう、顕人」
何だかんだ縁があるというか、何というか。…御道顕人。高一の時…即ち接し辛そう感全開だった筈の頃の俺に話しかけ、あまつさえ男友達になってしまった物好きな彼もまた、もう一年一緒のクラスらしい。
*
新年度最初の日である今日は授業もなく、やるべき事も午前で終了。正午を回る前に下校となり…俺は鞄を持ち上げる。
「なんか、えらい久し振りに学校来た気がする…」
「そうか?実際にゃ半月位だろ?」
「まあ、そうなんだけど…」
千嵜の言う通り、実際にはそこまで久し振りって訳じゃない。でも俺が言っているのは、感覚の話。春休み…というか年明け以降は色々とあり過ぎて、何だか感覚がズレているような感じがする。
「凄いよねぇ。わたしなんて、この倍は休みでも良いって思ってるのに」
「全くだ。もっとがっつり休ませてほしいよな」
「…貴女達、長期休暇が終わる度にそれ言ってない…?」
そんな事を俺が考える中、綾袮を皮切りに三人が軽く会話を展開。それは去年度までもよく見た…というより、去年度と全く変わっていない光景。
(…四人全体、今年度も同じクラスって…まあまあ凄い偶然だよな……)
うちは一学年何十クラスもあるようなマンモス校ではないから、こうなるのは別にあり得ない程の事じゃない。他にも二年の時と同じクラスの人はちらほらいるし、普通に偶然で済むレベルの事。けどこういうピンポイントな偶然は、やっぱり珍しさを感じる訳で……これ、偶然だよね…?協会が何か手を回して…とかじゃないよね……?
「…さて、折角半日で終わりなんだから、さっさと帰るとするか。緋奈…は確か、友達と昼食食べるって言ってたな……」
「そういえば緋奈ちゃんって、夏休み明けの時もそうしてたわよね。あの時は確か…うっ……」
「…妃乃?どしたの、急に苦虫を噛み潰したような顔して」
「な、何でもないわ……」
きょとんとした顔で小首を傾げる綾袮に、目を逸らす妃乃さん。そして千嵜はといえば、何か思い出したような顔をした後にやーっとしていて…うん、その時何かあったんだろうな、こりゃ…。
「…ま、いいや。わたし達も帰ろっか」
「あ、うん。…っと、そうだ綾袮。結局昼に何食べたいか決めた?」
「あ"……考えるの自体忘れてた…」
「えぇー……」
という訳で、話しながら俺達はクラスの外へ。なんか慣れ過ぎて忘れそうにもなるけど、こういう同居が分かる発言は周りとか声量とかに気を付けなきゃいけないんだったな…とかなんとか考えながら綾袮の発言に呆れていると、何やら物珍しそうな視線が一つ。
「…御道、春休みの間に何かあったか?」
「え……?」
「…………」
「呼び方だよ呼び方。前はさん付けしてたよな?」
「あ、あぁそれね…まあ何というか、ふとした会話の結果から…かな…」
何気なくその視線の主、千嵜の方へと顔を向けると、発されたのは一瞬どきりとする言葉。俺は驚き、千嵜の隣にいた妃乃さんはほんの僅かに表情を曇らせ…けれどそこに続いた言葉は、俺の想像していた内容とは全く違うものだった。
けどまあ確かに、それだって変化は変化。あの時は酷い目に遭ったな…と思いつつ言葉を返すと、そこまで深い興味ではなかったのか、それだけの答えで千嵜は納得。
「あれは…うん、愉快な出来事だったねぇ。顕人君らしいといえばそうだけど、まさかさん付けが……」
「な、何で当人がぼかそうとした事を言おうとするの…!?何そのさらりとした鬼畜…!」
「え?今のは言えっていうパスだったんじゃないの?」
「な訳あるか!ほら、綾袮は会話に参加しなくていいからお昼を考える!」
「あ、顕人君こそまあまあ酷い事をさらっと言うね…」
そこへ暴露しようとした綾袮の凶行を何とか食い止め、俺達は校舎の外へ。まだ風は少し冷たいけれど日は暖かく、その風に飛ばされた桜の花びらがちらほらと落ちる。
「もうすぐ一年経つってのに、そっちはやり取りが殆ど変わってないな…」
「…それはお互い様じゃない?というか、だったら千嵜は何か変わったと?」
「ああ変わったさ。どういう弄りをすれば反応が良くて、逆にどんな事を言うと身の危険があるかがもう粗方分かったからな」
「分かったからな、じゃないっての…後私が手を出す事なんて、滅多にないでしょうが……」
「は、はは…(やっぱこっちもあんまり変わってないじゃないか……)」
何食わぬ顔で千嵜が弄り(又は煽り)、妃乃さんがそれに突っ込む或いは言い返すという、もう何度見たか分からないお決まりの流れを展開されて、思わず俺は苦笑い。けどまあそれでも、何となくだけど前に比べると千嵜の弄りにはより相手の人となりを知り、分かった上でやってる感じがあって…ほんと、人って変われば変わるものだと思う。
(…変わるもの、変わらないもの。変えたもの、変わってしまったもの…こうしてるだけなら前と同じようでも、そんな事はないんだよな……)
去年度までと変わらない、愉快な会話。だけど、みなそれぞ日々の中で変わっているものはあるだろうし…何より俺は、この一年で俺の新たな根幹の一つとなっていたものを、失ってしまった。そしてそれは、他の事にも影響を及ぼす程に大きなもので……
「…あの、妃乃さん」
「……!…何、かしら…」
俺は千嵜と言い合いを続けていた妃乃さんへ向けて呼び掛ける。その瞬間、妃乃さんはぴくりと肩を震わせて…取り繕うような表情で、言葉を返す。
感じていた。妃乃さんが、俺に対して気不味さを抱いている事は。…当然だ。立ち位置や俺との関係性は違うとはいえ、妃乃さんもまた「知っていた上で黙っていた」側の一人で、尚且つ真面目で責任感のある人なんだから。そんな妃乃さんなら、綾袮さんと同じように、今の俺に対する負い目や申し訳なさを感じていたとしても、それは何もおかしな事じゃない。
だからこそ、俺は言う。少なくとも俺は、このまま負い目を感じ続けていてほしい…とは思っていないから。
「綾袮にも似たような話はしたけど…こういう気不味さは、お互い本意じゃないだろうからさ。だから、気にしないでとは言わないけど…あまり、変に意識し過ぎないで。出来る範囲でいいからさ」
「…それは、気遣い?それとも……」
「本心だよ。こういう普段の生活だって、俺は楽しいと思ってるから」
分かっているだろうから、一からは言わない。千嵜からは怪訝な、綾袮さんからは真剣な眼差しを受けながら、俺は妃乃さんへと伝える。今俺が思っている事を、正直に。
それを聞いた妃乃さんは、一度口を閉じた。黙り、立ち止まり、俯いたまま考えて…それから、言う。
「分かったわ。貴方がそういうなら、私もそうする。…だけど、一つだけ言わせて頂戴。……悪かったわ」
「…うん。俺も別に、気にしてない…とは言わないよ」
謝罪としては端的な、けれど様々な思いがあった上での一言だと分かる、妃乃さんの言葉。それに俺は頷いて…少しだけ目を逸らして、言葉を返した。
言わないし、言えない。もう過ぎた事だけど、過ぎた事なんだから…とは捉えられない。それもまた、俺の本心で…この気持ちは今も、心の中で燻っている。
「…なぁ、御道、妃乃…それは……」
前の…綾袮の時は良くも悪くも空気を読まないラフィーネがいたし、綾袮自身の性格もあったおかげで、割とすんなり元の雰囲気に戻る事が出来た。でもその時とは状況も面子も違う今、話が付いたからといってすぐに元通りとはいかず……そこで千嵜が声を上げる。
けれどそれは、空気を和らげる為のものじゃない。恐らくは純粋な疑問として、真面目な問いとして、千嵜はこの会話の意味を訪ねかけ……丁度その時、妃乃さんの、携帯が鳴った。
「っと、ちょっと待って。…えぇ、えぇ……って事は、悪い方の想定が当たった訳ね…いいわ、そっちはそのまま続けて頂戴」
ジェスチャーと共に千嵜を止めた妃乃さんは、少し離れて電話を受ける。こちらに背を向けているから表情は分からないし、当然相手の声も聞こえないけど…妃乃さんの返答だけで、どんな電話なのかは想像が付く。
「…妃乃、今のって…」
「えぇ。複数部隊で少しずつ追い詰めてた、足の速い魔物の群れの一部に逃げられたらしいわ。暫定的な部隊で連携が不十分だったのが要因ね…」
「場所は?準備してた部隊だけで何とかなるって?」
「厳しいでしょうね。だから、その逃げた一部をこれから叩きに行くわ。手伝ってくれる?」
同じく察した様子の綾袮は妃乃さんと言葉を交わし、最後の問いにはこくんと首肯。妃乃さんにだけ連絡が来たって事は、恐らく時宮家の派閥中心で進めていた作戦なんだろうけど…この二人に関しては、そういう要素は関係なし。
流れるように進んだ、二人のやり取り。けれど驚く事に、妃乃さんからの問いに対しては、千嵜もまたすぐに首肯を返していた。
「妃乃、俺にも何か出来る事はあるか?」
「そうね…悠弥は後詰めをお願い。私と綾袮で十分何とかなると思うけど、曲がりなりにも部隊を強行突破するような魔物相手なら、念の為の備えをしておいた方がいいもの」
「あいよ」
これまでは積極的な戦闘をしようとしていなかった、出来る限り戦闘から…霊装者である事から避けていた千嵜には似つかわしくない、能動的な協力の意思。それをいきなり目にすれば…勿論驚く。
けど、そういう事もあるだろう。千嵜の事だから、何かしら考えあっての事なんだろう。…驚きはしたけど、すぐに俺は思い直した。…それもまた、一つの変化なんだろうと思って。
「…そっか。じゃあ、皆…頑張って」
「…うん」
「……?…御道はいいのか?いや、勿論御道は装備が揃ってこそ長所を発揮出来るタイプだろうけどよ……」
「…千嵜は、知らないの…?」
何もない…というには勿体ない程賑やかな日常の中には、今も変わらず俺の居場所がある。だけどもう、俺が夢見ていた非日常の中には居場所がない。少なくとも今の俺に、戦う為の力はない。だから、こういう時は送り出す事しか出来ないと、既に俺は分かっていて…だけど、千嵜は知らなかったらしい。先程から怪訝な顔をしていた時点で、起きた事の全部は知らないんだろうと思っていたけど…そっか、それも知らなかったんだ…。
「…御道、それは……」
「大丈夫、ちゃんと言える事だから」
何か察してくれたのか、躊躇いの表情を見せる千嵜。だけど俺にとってはもう、これは口に出すのを躊躇うような事じゃない。吹っ切れてなんかいないけど、もう受け止めてはいる事だから。
そうして俺は、千崎に話した。今の俺は、もう霊装者ではない事を。
「……っ…そう、だったのか…」
「…悪いね、これから戦闘に出るって時に、こんな気の重くなるような事言って…」
「い、いや気にすんな。それより俺こそ気の利いた言葉一つ……」
「そっちこそ、気にしないでよ。それより、早く行かないと不味いんじゃないの?」
バツが悪そうに話す千嵜の言葉を遮って、俺は綾袮達に視線を送る。すると二人はその通りだと言うように頷いて、千嵜もまたすぐに表情を引き締める。
その後、三人は討伐の為行動開始。小さくなっていく三人の後ろ姿を俺は見送り…見えなくなったところで、小さく一つ溜め息を漏らす。
「…ちょっと前までは俺も一緒に行って、一緒に戦っていたのにな……」
少し前まで、確かにそこに俺はいた。だけど今は、もういない。近い内に、こういう事が起きるだろうっていうのは、十分予想出来ていた事で…それでもやっぱり、辛い。惜しさが、悔しさが、胸の中で重く渦巻く。それは、抱えているだけでも辛い事で……だから俺は、ぽつりと呟く。
「…ねぇ、慧瑠。これからも、こういう事が続くのかな。ただの人間として、見送るしか出来ない事が…これからの俺の、当たり前なのかな……」
投げかけるように、呟いた言葉。ある存在を名指しして、呼び掛けた声。…だけどそれに、返事はない。俺には何も、返ってこない。
分かってる。慧瑠ももう、いないんだから。感じる為の力がないんだから。けれど…それを分かっていても尚、あの日以来……俺は慧瑠に、時折一人語り掛けるようになっていた。
*
なりふり構わず、必死の思いで、死に物狂いで。そう表現する他ない程の勢いで翼をはためかせ、逃げ去ろうとする最後の魔物。だがその両翼を飛翔する二つの刃が根元から斬り裂き、逃げる魔物を撃ち落とす。
俺に翼はないから予想でしかないが、両翼を根元から斬り落とされるってのは、腕や脚を斬り落とされるのと同じ位の重傷だろう。それを背後からやられて、尚且つ翼を失った事で姿勢を立て直す事も出来ないまま地面に直撃したとなれば……そりゃあ、生き絶えるってもんだ。
「ふー、お疲れ妃乃」
「えぇ。悪かったわね、手伝わせちゃって」
「悠弥君もお疲れー」
「おう。つっても、俺は何もしてないけどな」
絶命した魔物の消滅を確認した後綾袮は得物を鞘へと戻し、まず妃乃へ、続いて俺に声をかける。
今言った通り、俺は何もしていない。後詰めとして、逃げようとするなら後ろから強襲を…と思っていたが、妃乃が来る前言っていたように、妃乃と綾袮の二人で何とかなってしまっていた。…別に良いんだがな。戦わずに済むなら、それに越した事はねぇし。
「んで、本体…っていうか、元々作戦に出てた方の部隊はどうなんだ?」
「そっちも既に大勢は決まったらしいわ。もう同じ事はない筈よ」
「なら良かった。んじゃ、帰るか」
「わたしは顕人君に連絡しよっと」
普通その場の判断で作戦に参加したんなら、終わったからって即帰宅…なんて出来ないもんだが、幸いそこが妃乃が上手い事片付けてくれる。って訳で俺達は家に向かって歩き出し、途中で綾袮と別れ…特に何かするでもなく、静かに帰路を進む。
(……もう、霊装者じゃない、か…)
御道からその話を聞いた時、すぐには飲み込む事が出来なかった。そんな事があるのか、って時点で大き過ぎる衝撃だったし、御道の霊装者としての自分にかける思いの強さも知っていたからこそ、気の利いた言葉なんて返せなかった。
自分が霊装者じゃなくなる。そんな事、考えた事もなかった。それこそ転生でもしない限り、霊装者の力とは一生付き合ってくもんだと思っていたから。
同時に俺は考える。もし俺もそうなったら、どうするだろうか。前の俺なら、その方がありがたいと思っただろうが……
「…あれが、妃乃を迷わせていた事の一端なんだな」
「…そうよ。顕人も、富士での作戦で光に飲まれた他の霊装者も……何人もの人が、霊装者の力を失った。しかも、それは……」
「…あぁ、うん。分からんが、分かる」
遮るように言葉を発し、俺は頷く。俺は読心術なんて使えねぇから、当然予想でしかないが…この件に対し、人としては不誠実な事を、けれど組織としては妥当性のある事を、協会はしたんだろう。それに、妃乃や綾袮も加担していたんだろう。…ったく…宗元さんよ、いい歳した爺さんにもなって、なーに孫娘の心に陰差してるんすかね…。…って、あの時あのまま大人になる事を実質拒否して、一人やり直しをさせてもらった俺が言える事でもねぇか…。
「…それを知って、どう?私の事、侮蔑する…?」
「どうだろうな。全容を聞くまでは、するかもしれないししないかもしれないとしか言えねぇよ」
「…ここで全部を聞かずとも、『しない』って答えてくれるような事はしないのね…」
「しねぇよ。それとも何か?妃乃は俺に、気を遣った言葉をかけられる方がいいのか?」
「それは…そうじゃ、ないけど……」
しおらしく…って程じゃないか、妃乃の声音は小さくなる。けど…俺は前に話をした時、ちゃんと妃乃なりに答えを出せたように見えた。だからこそ、俺は気なんか使わず…言葉を続ける。
「なら、そんな事はしないし、判断も全部聞くまではしないさ。それに…妃乃はそう簡単にへこたれたり挫けたらしない。それだけの意思が、妃乃にはある。…そうだろ?」
「悠弥……。…えぇ、そうね…分かってるじゃない」
「そりゃまぁ、な」
別に、大した事は言っていない。簡単に言えば、気を遣わなきゃいけない程弱くなんてないだろ?…って言っただけの事。だがそれでも…或いは下手な気なんか使わなかったからこそ、妃乃には感じるものがあったようで、こくりと一つ頷いた後妃乃はにやりと笑みを浮かべる。そしてそれを見て、俺もほんの少しだが口角を上げる。
あぁ、そうだ。こういう強さこそ、気丈さこそ、妃乃らしいってもんだ。しおらしい妃乃もそれはそれで悪くないが、やっぱり妃乃と言えばこうでないと。
(…って、何考えてんだ俺は……)
何故か勢い余って変な事を考えてしまった俺だが、まあそれはそれ、これはこれ。中途半端にする気はねぇし、帰ったらちゃんと聞くとして……やはり、思う。
嘗ての俺なら、霊装者の力なんて手放したいと考えただろう。緋奈に関しても、共に失う事が出来ればそれで良いと、迷いなく考えただろう。だがもう、今は違う。今は…失いたくない。失う訳にはいかない。だって、そうだろう?今の俺には……もっと沢山、守りたいものがあるんだから。
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