双極の理創造   作:シモツキ

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第百八十一話 調査は続く

 言うまでもないとは思うけど、富士山は広大だ。結構な人数が参加しているとはいえその広大さはとても一日で探索し切れるレベルじゃなく、加えて環境だってかなり過酷。だから調査任務は一日中行う…なんて事はせず、決められた活動時間を超えたら進捗状況に関わらずその日は終了、場所や部隊の消耗具合によっては一度支部まで戻って休むという規則で進められている。

 ここでいう消耗というのは、勿論まず第一に身体の事。同時に精神的な消耗も各部隊の長は意識しているんだろうし…その上でもう一つ、状況次第で大きく消耗するものがある。…弾薬や破損紛失した武装という、戦う為の消耗が。

 

「はぁああああぁぁぁぁッ!」

 

 両足でしっかりと雪原を踏み締め、二丁のライフルと二門の砲、合わせて四門の火器による砲火を魔物へ叩き込む。

 二日目の午後。俺の所属している部隊は結構な規模の魔物の群れから強襲を受け、今も全力の迎撃戦が繰り広げられている。

 

(あの時よりは少ないんだろうけど…流石に骨が折れる…!)

 

 撃って、撃って、位置を変えて、また撃って。とにかくこっちへ来ようとする魔物と、味方を襲おうとしている魔物と、隙を晒している魔物を手当たり次第に撃っていく。

 まあまあ数がいるだけあって、割と当たりはする。けれど富士山に住む魔物は強い個体も多く、ライフルの射撃は立て続けに何発も当てられないと撃破に繋がらない。砲による攻撃の方は流石に一発で重傷ないし致命傷を与える事が出来るけど、こっちは連射が効かない上に射角もライフル程自由じゃないから、やっぱり基本はライフルになる。

…いや、この表現は少し間違ってる。ライフルと砲、それぞれの性能はあくまで俺が使った場合。俺よりもっと霊力付加が上手い人なら実体弾の、収束が上手い人なら純霊力弾の威力や貫徹能力が上がるだろうし、操作が得意な人ならただ撃つ以外の事もやっている筈。俺だって努力して霊力量以外も向上してるとは思うけど…やっぱりこういう場面になると、よく分かる。俺の戦い方は、霊力量によるごり押しなんだと。

 

「しまっ、抜けられた…ッ!」

「くッ……そ、がぁああああぁッ!」

「おぉう…って、驚いてる場合じゃねぇ……!」

 

 不意に聞こえた歯噛みするような声と、視界の端を飛んでいく、羽根の生えたカブトガニの様な魔物。その魔物は味方の一人へ突っ込み、構えていた火器を破壊し…けれど破壊されたその人はキレたような声を上げ、拳で硬そうな魔物を殴打。二発、三発と殴り付け…堪らず魔物が離れたところで、俺はそいつに向かって砲撃。直撃はしなかったものの掠った事で魔物はよろけ、別の人の一撃によってがくりと絶命。俺はそれを確認すると同時に雪原を蹴り、火器を破壊された味方の下へ。

 

「大丈夫ですか!?」

「あぁ、なんか思わずボコっちまった…。…けど、これじゃもう撃てねぇな……」

「……なら、これを使って下さい」

 

 肩を竦めつつ、砲身が完全にひしゃげた火器を見て顔をしかめる彼。その彼へと、マガジン諸共俺は実弾ライフルを差し出し渡す。

 

「いや、これを使ってって…そりゃ、あんたはまだそっちのライフルがあるだろうが……」

「大丈夫です。策はあります」

「策?…いや、そうだな。だったら親切心として受け取るさ、助かる…!」

 

 こくりと頷き、口角を軽く釣り上げてライフルのグリップを握った彼は、立ち上がりざまに引き金を引いて三点バースト。その三発で的確に接近してこようとしてきた魔物の眉間を撃ち抜いて、にっと更に口角を上げる。その姿を見て、俺も自然と口角を上げ……次の瞬間、俺は跳ぶ。クラウチングスタートの様に、真っ直ぐ前へ。

 

「あぁ!?おまっ、策って……」

「最終的な判断は各々に任せる、そう言ってましたから…ッ!」

 

 驚く彼へ言葉を飛ばしつつ、スラスターを吹かして更に前進。ここだと思った位置まで進み、下半身を前に振り出すようにして強引な着地を行った俺は、そこで改めて砲火を開く。

 それは、つい先程部隊長が言った言葉。乱戦になりつつある状況の中で、陣形はあくまで上手く戦う為の手段だと、その手段に固執し満足に立ち回れなくなるのなら、陣形はなんの意味もないのだと、そう言って自ら最前線へと向かっていった。

 勿論、その真意は「好きに動いていい」なんて短慮なものではないと分かっている。ただ言われた通りに動くのではなく、自分で見て、自分で考え、その上で行動しろって事なんだと…少なくとも、俺はそう捉えている。

 

(やっぱり、こっちの方が戦い易い……!)

 

 砲とライフルの集中砲火を前方へ撃ち込んだ後、再度俺は跳んで移動。ホバーの如く高くは飛ばず、滑るようにして動きながら射撃を続ける。

 動き回る分、射撃と飛行の両方に意識を割く分、どうしたって命中精度は劣ってくる。けどそもそも、俺の強みは正確無比な射撃なんかじゃない。とにかく長く攻撃し続けられる事、動き続けられる事で……霊力を垂れ流すような戦い方でなくちゃ、俺は力を発揮し切れない。

 

「いッ……っらぁッ!」

 

 引き撃ちの最中で木の枝が引っかかり、目のすぐ側に痛みが走る。後ろに目がある訳でも特異な空間認識能力を持っている訳でもない俺が、山中で撃ちまくりながら四方八方に動けばこういう事も自然と起こる。むしろ木の幹に背中からぶつかってひっくり返るとかにならなかった分、まだ幸運とすら言えるんだから。

 一体、また一体と倒していき、僅かな合間で深呼吸。空いた左手に拳銃を抜き放ち、再び射撃を敵へとばら撒く。何発外れたって良い、何発かかったって良い、そういう事気にしなくて良いのが俺の強みだ…ッ!

 

(…ちっ、流石に一人で動きゃ狙われ易くもなるか…ッ!纏めて返り討ち…っていければ格好良いところだけど、ここは一旦回避に徹して……)

「──位置取りがまだ甘いな」

「……!」

 

 半円状に広がり、揃って俺へと敵意に満ちた眼光を向けてくる魔物達。流石に処理が追い付かないと思った俺は、一度意識を回避だけに向けようとして……次の瞬間、俺の視界の外から放たれた片手斧が、左から二番目の魔物の首を撥ね飛ばす。

 それを放ったのは、部隊長。片手斧の後を追うように飛び込んだ部隊長は飛び膝蹴りで別の魔物も蹴り飛ばすと、片手斧を回収しつつも左手のサブマシンガンで残りの魔物を牽制し、俺が立っている場所まで後退。

 

「今のような立ち回りをするのであれば、もっと大きく動く事だ。そうすれば、敵の視界から外れてその分動き易くなる」

「あ、は、はい!」

「…体力は?」

「…た、体力?」

「まだやれるか、という事だ」

「あっ…や、やれます!」

「なら、俺が奴等を引き付ける。そこを狙って一気に叩け」

「……っ!分かりました…!」

 

 言うが早いか、行動を再開する部隊長。返事をしながら俺も雪原を蹴り、初日に俺がやったように…俺以上に鋭い動きで派手に注意を引き付ける部隊長を追う。

 何故、俺にこの話を持ちかけたのかは分からない。俺の能力を買ってくれたのかもしれないし、俺を一人で立ち回らせるのは危ないという気遣いからかもしれない。…でも何にせよ、俺は頼まれた。その役目を任された。であればその役目に、全力を尽くすのみ…!

 

「よ、っと…喰らえッ!」

 

 俺に注意が移っちゃいけないからある程度の距離を保ちつつ、邪魔となる魔物を両手の火器で適宜迎撃。その間も砲には霊力を充填し、部隊長の指示に合わせて砲撃。二門の砲で複数の魔物を纏めて灼き、すぐにその場を離脱する。

 

「まだ出力は上げられるか!?」

「出来ます!」

「なら、今撃った位置にいつでも行ける場所で動け!後は分かるな!」

 

 その言葉と共に、一発の弾が雪原へ着弾。その意味を理解した俺は(こっちを見てはいなかったが)小さく頷き、砲へ再充電を開始しながら素早く移動。

 右のライフルで魔物を誘導し、左の拳銃で偏差射撃を当て、止まったところで改めてライフルのフルオートで仕留める。俺は勿論他の味方も部隊長の動きによって立ち回りがし易くなり、若干ながら撃破の速度が上がっていく。そして……

 

「…今だッ!やれッ!」

「了解ッ!吹き飛び、やがれッ!」

 

 待っていた指示が飛んだ瞬間、俺は身体を捻りながら指定された地点へ着地。両足でしっかりと踏み締め、狙う先…部隊長がその動きで密集させた何体ものモンスターを見据え、最大まで霊力を充填させた砲撃を発射。輝く二条の霊力光が戦場を駆け抜け……密集した魔物全てを貫く。

 

「良くやった、流石だ。…総員、既に戦況はこちらへと傾いている。一気に決めるぞ!」

『了解!』

 

 最大出力の光芒に、何体も纏めて撃ち抜かれた事に、一瞬ながら動きが止まる魔物達。その瞬間を見逃さずに部隊長は全体へと指示を飛ばし、それに返ってくるのは味方からの覇気ある呼応。

 この時俺は気付かなかったが、俺のこの一撃は、何体だろうと関係ないとばかりに駆け抜けた砲撃は、部隊長の大立ち回りと共に味方の士気を引き上げていた。一切意図をしていなかったところで、俺は刀一郎さんの言う影響力を発揮していた。そしてそれに俺が気付くのは、戦闘が終わってから暫くした後、顔馴染みの面々から戦闘中の俺に関して聞いた時。

 

「ふー……よし…ッ!」

 

 一度力を抜くように息を吐き、それからエンジンを掛け直すようにして再集中。流石に最大まで出力するとなれば操作の方にも多くの意識が割かれる訳で、少なからず疲労を感じているところだけど…まだ戦いは終わってない。安全が確認出来るまでは、気を抜いちゃいけない。

 そうして俺達は戦いを続け、最終的には魔物側の残存戦力が散り散りに逃げ出した事で戦闘終了。無事…とは言えないレベルでこっちも消耗し、命に別状がないレベルで大きな怪我を負った人も何人かいたけど、とにかく勝利で戦いは終わった。そして戦闘終了後、被害状況を確認した部隊長は一時撤退の判断を下し…俺の所属する部隊は、一旦支部まで戻る事になるのだった。

 

 

 

 

「ふぃー……」

 

 シャワーを浴びてすっきりとし、支部内の自販機で温かい飲み物を飲んでほっと一息。支部に到着後、俺達部隊は明日の朝まで休息という、自由時間に突入した。勿論待機という形だから支部の外に出る訳にはいかないし、何かあったらすぐに再集合もする訳だけど…流石にここでなら、思いっ切り油断をする事も出来る。

 

「先輩、よくその飲み物飲んでますよねぇ。好きなんっすか?」

「好きっていうか…まぁ、そうだね。食に関しては冒険せず、美味しいと分かっているものを選ぶタチだ、ってのもあるんだけどさ」

「戦いではがっつり冒険するのにっすか」

「うっ…しょ、食に関してはって言ったじゃん……」

 

 慧瑠から「へー、ふーん……」みたいな顔で言葉を返され、軽くたじたじとなってしまう俺。食事と戦闘は全く違うし、俺が求めるものも違うんだから、真逆だったとしても何らおかしくはないんだけど…そう言われると、やっぱり弱い。

 

「ま、いっすよ別に。それより先輩、怪我の方は大丈夫っすか?」

「あ、うん。怪我って言っても擦り傷切り傷だけだからね」

「擦り傷切り傷だと思って油断するのは良くないっすよ?かの東川十蔵も、死因は切り傷の化膿が広がった事だったんすから」

「ひ、東川十蔵…?」

「あれ、知らないっすか?昔は結構有名だったんすけど……」

「そ、そうなんだ…歴史の教科書に載る程じゃないけど、当時は有名だった人とかかな……」

「まぁ、自分が今適当に考えた人物っすけどね」

「いや架空の人物かい!なら知らんわ!」

 

 真顔で言うもんだから俺は「そういう人がいたのか…」と本気で思ったというのに、なんとそれは慧瑠の作り話。まぁもしかすると東川十蔵という名を持つ人物は、どこかに実在していたのかもしれないけど……少なくとも、慧瑠が口にしたのは慧瑠が想像の話。知る由がねぇ…!

 

「ふっ、見事に騙されましたね先輩。自分、結構演技派でしょう?」

「演技派でしょう?じゃねぇし…まあ確かに、考えてみればずっと慧瑠は学生の振りをしていた訳…むぐっ」

「突然っすけど、お喋りは一旦止めておくっすよー。じゃないと、彼女に先輩が空気か何かへ話しかけてると思われるっすからね」

(彼女……?)

 

 突然突き出された手によって塞がれた俺の口。続けて発された言葉の意味が気になって振り返ると、そこにはこちらへと歩いてきている綾袮の姿。

 

「やっほー、顕人君。今日はここで待機になるんだってね」

「あ、あぁ…助かったよ、慧瑠」

「いえいえ、自分は気の利く後輩系魔人っすから」

 

 小声で俺が慧瑠へと感謝を伝えると、綾袮は俺が座っている椅子の右隣へと座る。そして、慧瑠がいるのは俺の左隣で……ちょっとだけど、ドキドキする。

 

「…綾袮も、今日はここにいるの?」

「今日はっていうか、わたしは基本ここにいて、何かあったら動くって形だよ。妃乃もそうだし、会議室にいるおかー様とか妃乃のおとー様とかもそう。まあとにかく、お偉いさんは後方でどっしり構えてるのだー」

「でも、何かあれば全力で駆け付けるんだよね?」

「そりゃそうだよ。その為に体力温存してるんだから」

 

 どうだ、羨ましいだろ…みたいな声音で言う綾袮だけど、俺は知っている。綾袮は本当に調査を行う俺達皆の事を考えてくれていて、我が身可愛さや自分が楽したいから…なんて理由では決してないんだと。

 上嶋さんや今回の部隊長もそうだけど、霊装者はこうして『人』を大切にしてくれる指揮官が多い。これが本当にそうなのか、それとも偶々俺が関わる人にそういう傾向があったってだけなのかは分からないけど…やっぱりそういう人達が多いと、組織そのものも信頼出来る。…まあ、だからって別に疑念を抱いてる訳でもないけど。

 

「…で、どう?わたしがいなくても、ちゃんとやれてる?」

「な、何その保護者的質問…。…大丈夫だよ、ちゃんとやれてる。それに、綾袮がいない場で任務を行うのは何も今回が初めてじゃないし」

「あ…うん、言われてみればそうだったね…。というか、わたしと別れて任務をするのって……」

「一時的に上嶋さんの部隊に入って戦ったのが、一番最初だね」

「だ、だよねー…はは……」

 

 余程うっかりしていたのか、後頭部を掻きつつ自嘲的な苦笑いを浮かべる綾袮。けど今言った春先の件は勿論の事、学校内を調査する際の警戒任務であったり、先日の任務中の別行動だったりと綾袮不在で俺が動く事はこれまでに複数回あった訳だし、それ等全てを忘れてる…というのは、流石に少し違和感がある。…もしかして、疲れてるのかな…ここにいるって言ったって、のんびりしてる訳じゃないだろうし…。

 

「…綾袮こそ、どう?有益な調査結果は上がってきた?」

「え?…うーん…それはちょっと言えない、かな」

「そっか…」

「でも、まだ調査は続いてるって事は…分かるよね?」

 

 疲れてるのかどうかを探ろうと、今度は俺の方から質問。返ってきた答えからは疲れてるかどうかが分からなかったし、質問そのものへの回答も伏せられたようなものだけど…まだ調査が続いているという事は、少なくともまだ、調査を終えると判断出来るような結果は得られてないって事なんだろう。

 

「…………」

「…………」

「…ね、顕人君」

 

 そこで一度会話が途切れ、訪れたのは静寂。いつもはぽんぽん話題を出してくる綾袮が、今は静かで……その数秒後、静かに綾袮は口を開く。

 

「もう作戦の最中だし、無理に止めても顕人君のいる部隊が困るだけだから引き止めはしないけどさ…無理と無茶、それに危ない事はしちゃ駄目だよ?」

「…分かってる。いつもその事は頭の隅に……」

「本当に分かってる?…顕人君の部隊の中で、結構な大怪我を負った人がいたよね?その人は、油断してた?危険な行動を取ってたりした?」

「…それは……」

 

 俺の言葉を遮り、身体ごとこちらを向いて俺を見つめる綾袮は、真剣そのもの。その瞳で、発された問いで、俺は言葉に詰まってしまう。

 その人は、油断していたか。危険な事をしたか。…答えはNOだ。俺も一部始終を見ていた訳じゃないけど…少なくともその人に、大怪我を負って当然な動きや判断はなかったと思う。そして、綾袮が伝えたいのも……つまりは、そういう事。

 

「気を付けてたって、万全の態勢を整えたって、どうにもならない時はあるの。何が起こるか分からないのが、戦場…ううん、こっちの世界なの。…それに、何も戦いだけじゃない。富士山は……」

「…環境も厳しくて危険?」

「…ぁ…そ、そう。仮に九死に一生を得ても、環境にとどめを刺される…なんて事が普通にあり得るんだから、気を付けるだけじゃ駄目なの。気を付け過ぎる位じゃなきゃ……」

「…ごめんね、綾袮。もし俺が支援に専念する、後方から撃ってるだけの霊装者なら…ここまで心配は、かけてなかったよね」

 

 一瞬見せた、奇妙な間。俺の言葉に綾袮は首肯していたけど、何となくそこには違和感があって…だけどそれより今は、言わなくちゃいけない事がある。伝えなくちゃならない思いがある。そう思ったから、俺はその違和感を一度頭の隅へと押しやり…言う。

 

「そ、そういう意味じゃないよ…?ただ……」

「うん、分かってる。だけどね綾袮、俺には信念が…夢が、あるんだ。絶対に譲れない、曲げられない思いがあるんだ。だから多分…これからも俺は、綾袮に心配をさせる。不安にも、させちゃうと思う。…そう思うから、俺は強くなりたいんだよ。俺は俺の在り方を曲げられないから…その分、折れないだけの強さを掴まなくちゃって、いつもいつも思ってる。…それが俺の答えだよ、綾袮」

 

 かけるのは、安心させる為の言葉じゃない。気休めの嘘を吐く事だけって出来るけど…そういう事は、したくない。本気で思ってくれる綾袮の為にも、俺自身の為にも。

 俺がしたのは、俺の意思の表明。それを言ったって何かが変わる訳じゃない、ただ俺の思いを示したってだけの事。…だけど……

 

「…うん、そうだよね…知ってた、知ってたよ顕人君。君の、思いの強さは。それがあるから、どんな時でも臆さずに、どんなピンチでも挫けなかったんだって…わたしは知ってた、筈なのになぁ……」

「…ほんとに、ごめんね」

「ううん、わたしこそごめんね。この話、何回も何回もぶり返して。…ほんと、何でだろうね…戦場に出れば誰だって危険なのに、顕人君がちゃんと気を付けてるって事も分かってるのに…君の事が、特別心配になっちゃうのは……」

 

 天井を見上げ、ぽつりと静かに呟く綾袮。何故俺が特別心配になるかなんて、それこそ俺には知る由もないけど……その表情に、陰りはない。

 

「…けど、顕人君がそう言うなら、わたしだってしつこーく、何度だって言っちゃうよ?心配なのが、わたしの正直な気持ちだもん」

「うん、それは受け入れるよ。じゃないとフェアじゃないから、ね」

「宜しい!…じゃあ、今日はベットでゆっくり寝られるんだから、明日からの為にちゃんと休むんだよ?どんなに注意したって、どうにもならない事はあるけど…コンディションが良ければ避けられる危険だって、沢山あるんだから」

「了解。…っと、そうだ綾袮。さっき……」

 

 俺ははっきりと言った。これが俺の意思だと。暗に伝えた。心配しなくて済むよう、強くなる気はあるけど…心配かけない為に、綾袮の思う「こうすれば」には従えないと。だから、綾袮にだって言い返す権利があるし…俺が俺の思いを貫くのなら、綾袮が綾袮の心配を貫くのだって、肯定されて然るべき事。俺と綾袮は、同居人やクラスメイトとしては対等であり…霊装者としては、俺が尊敬する大先輩なんだから。

 それから綾袮は一度にっと笑い、その後俺にちゃんと休むよう言ってくる。それを受けた俺はまず頷き、次にさっき保留にした違和感について訊こうとした……その時だった。

 

「…っと、ごめん顕人君。ちょっと電話出るね」

「あ、うん。どうぞどうぞ」

「何だろ、何か進展でもあったのかな。もしも……え…?」

 

 もしもし。その言葉を言いかけたところで、電話を持ったまま固まる綾袮。出る前に立ち上がって離れたから、今いる位置からだと表情がよく見えないけど…雰囲気だけで分かる。何か、想定外の事が起こったのだと。

 

「…綾袮…?何か、あったの…?」

「…うん。顕人君、君は待機……ううん、急いで出る準備をして。場合によっては、わたしに……」

 

 電話を切り、振り向いた綾袮の表情は真剣そのもの。その表情の時点で、何かが…それも相当な事が起こっているのがほぼ確定的。そして次の瞬間、綾袮の後を追うようにして……支部内へと、緊急事態を告げる放送が入る。


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