双極の理創造   作:シモツキ

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第百八十話 娘不在の中で

 例の任務で妃乃は早朝から出掛け、今日の朝食は緋奈と二人。一人いない事を除けば普段通りの食事を終え、片付け、今はリビングの掃除が終わった直後。

 

「ふー…早速やる事がなくなったなぁ……」

 

 掃除と言っても隅から隅までをがっつりやった訳じゃなく、単に掃除機をかけただけ。そういう意味じゃ窓や家具を拭くって事も出来るが…大掃除でもなし、普段の掃除でそこまでやろうって気にはならない。

 

「お兄ちゃん、ティッシュ箱の買い置きってまだあったっけ?」

「ティッシュ箱は…あー、ないかもな。今すぐ必要か?」

「ううん、取り敢えず必要になったら別の部屋の使うから大丈夫」

 

 さてどうしようかと思っていると、質問と共に緋奈が入室。ティッシュ箱か…トイレットペーパーもだけど、一度にセットで買えるからついつい買い忘れがちなんだよなぁ…。

 

「…………」

「……?どうしたの、お兄ちゃん」

「いや…今日は日差しも暖かいし、緋奈を膝に乗せてのんびりするのもいいかなぁ…と」

「わたしは猫じゃないよお兄ちゃん…」

「今なら喉を撫でるのは勿論、猫じゃらしで遊んでやってもいいし、何なら猫缶も好きなだけあげるぞ?」

「わー、二つ目以降が全然嬉しくない。特に最後のは全力で遠慮したくなるね」

(あ、一つ目は良いのか…可愛いやつめ)

 

 我ながら下らない事を言っているなぁ…とは思うが、こういうやり取りが出来るのも仲が良いからこそ。そして返答を聞いたところで俺の脳裏に浮かんだのは、猫耳の生えた緋奈の姿。もしも緋奈に猫耳があったら、少し…いやかなり可愛い。間違いなく可愛い。尻尾もあったら更に可愛い。

 残念ながら普通の人間は勿論、霊装者であっても猫耳を生やす事なんて出来ないが、コスプレグッズとかを使えば別。だからって猫耳カチューシャを付けるよう頼んだらまあ恐らく俺が変な趣味に目覚めたと誤解されるだろうが、それを差し引いてもやってくれるのなら価値はある……と、本当に下らない思考をしていたその時、家のインターホンが音を鳴らす。

 

「ん?朝早く…って程じゃないが、どちら様だ…?」

 

 何か知っているか、と視線で緋奈に訊くと、緋奈は首を横に振って否定。妃乃であれば何か注文していればその旨を伝えてくれるだろうし、となると考えられるのは回覧板か、何かの勧誘か、或いは近くで工事をやるという報告辺り。

 まあ何にせよ、出てみれば分かる。そう思って玄関まで移動し、扉を開けると…そこにいたのは、見知らぬ女性。

 

「こんにちは。…って言うには、まだ少し早いかしら…」

「え?…あー…まあ、少しだけ早いかと……」

 

 俺と目の合った女性は、普通に挨拶を…と思いきや、いきなり自分の発言に対して疑問を提示。何か訊かれるような形になった俺が反射的に意見を返すと、女性は頬に手を当て「やっぱりそうよねぇ…」と一つ首肯。…って、いやいや違う……。

 

「…あの、どちら様ですか…?」

「あぁ、ごめんなさいね。わたしは時宮由美乃。妃乃ちゃんが、いつもお世話になってるわ」

「はぁ…あ、千嵜悠耶です。こちらこそ兄妹共々妃乃さんにはお世話になってます……」

 

 にこりと穏やかそうな表情を浮かべ、誰なのか名乗ってくれた女性…もとい、時宮由美乃さん。有名人じゃない限り普通は名前を聞いたってどちら様感は拭えないものだが、同居人の親となれば別。

 ははぁ、妃乃の母親だったのか。道理で顔付きが妃乃と似てる訳だ。そしてそうなると、この人は宗元さんの実の娘又は義理の娘でもある女性……

 

「…って、妃乃の母親ぁああああぁぁぁぁッ!!?」

「えぇ。急に来た事、それに一年近く挨拶しなかった事も謝らせて頂戴、悠耶くん」

 

 玄関で、しかも客人の前という状況でありながらも、気付けば上げてしまっていた叫び。まるでコントみたいな反応だが…それ位驚いたんだから、そうなってしまう程にさらりと言われたのだから、それはもう仕方ない。というか…マジで訳が分からない。え、何?どゆ事?一体何がどうしたら、いきなり妃乃の母親が、妃乃が不在にしてる時に訪れんの……?

 

「お、お兄ちゃん!?急に大声上げてどうしたの!?」

「あら?お兄ちゃん…って事は、貴女が妹の緋奈ちゃんね。うふふ、資料で見た通り可愛いわ」

「うぇっ?…あ、えっと……」

 

 俺の叫びを近距離で聞いている筈なのに由美乃さんは動じない一方、当たり前だが緋奈は驚いた顔でリビングからこちらへと飛び出してくる。

 そんな緋奈に対しても、由美乃さんの言動は変わらず。突然可愛いなんて言われた緋奈は当然の様に困惑し、ゆっくりと視線を俺の方へ。

 その視線に籠っているのは、この人誰…?…という疑問。だから俺もその視線に目を合わせ、まだ整理が追い付かない思考を一旦脇に置いて…言った。この人は、妃乃のお母さんだと。

 

 

 

 

「日当たりの良いお家ね。妃乃ちゃんも、いつもはここで食事をしているのかしら?」

 

 全くもって想像の出来なかった人物の来訪から数分後。俺は由美乃さんへとお茶を出し、由美乃さんは食卓の椅子に座ってリビングをぐるりと見回していた。

 

「そ、そうですね…因みにそこが、いつも妃乃…さんの座っている所です…」

「まあ、そうなの?じゃあ、二人はそっち?」

「え、えぇ……」

「へぇ、こういう形で食べてるの…うん、ちょっとだけど思い浮かぶわ」

 

 両手を合わせて反応したかと思えば、今度は想像を巡らせる由美乃さん。今のところ感じた印象では…全然妃乃と似ていない。似ていないというか、綾袮とは別ベクトルで対照的な、何ともマイルドでふんわりとした感じ。

 

(顔は似てるのに、性格は全然違うんだな…緋奈とお袋だってそんなに性格似てる訳じゃないから、別におかしくはないが……)

「それじゃあ、ご飯の準備は?妃乃ちゃんは真面目で責任感が強いから、もしかして全部一人でやっちゃってたり?」

「や、そんな事は…食事は基本俺と妃乃さんが当番制で作ってて、他の家事は大概三人で分担してるって感じですね……」

「二人で…ああそうそう、そういえば前に妃乃ちゃん、貴方は結構家事が出来る人だって言ってたわ。それに他の家事も皆でやってるなんて…二人共、偉い偉い」

 

 次々繰り出される質問に答えていると、再び由美乃さんは笑みを浮かべて、何やら俺達を褒めてくれる。…が、未だに俺も緋奈もまだ状況を飲み込み切れていない訳で…そんな状態で褒められても、なんて返せば良いのか分からない。

 

「あ、あのー由美乃さん…」

「なぁに、悠耶くん」

「由美乃さんは、どうしてここに…?」

 

 訊きたい事、気になる事は色々とある。だがまずはっきりとさせておきたいのは、この訪問の理由。ここをはっきりさせない限りは、気になっちゃって他の話なんざ出来る訳がない。

 という訳で若干その雰囲気に押されながらも俺がおずおずと問い掛けると、由美乃さんは右手の人差し指を頬へ。その状態で数秒考え…言う。

 

「そうねぇ、簡潔に言うなら……来てみたかった、から?」

「……はい?」

「まだ玄関とリビングしか見ていないけど、ちゃんと整理整頓がされてて、けど生活感は伝わってくるわ。家事の話もそうだけど、悠耶くんも緋奈ちゃんもしっかり者なのね」

『あ、ありがとうございま…す……?』

 

 漠然とした答えに思わず俺は訊き返したものの、何故かスルーされて、或いは訊き返したという意図が伝わらなくて、普通に続く由美乃さんの評価。二度目の褒め言葉に俺と緋奈は顔を見合わせ、同時に釈然としないながらも一先ずお礼を……って、そうじゃねぇ…!

 

「い、いやあの由美乃さん。来てみたかった、というのは…?」

「だから、ここによ。…妃乃ちゃんが住む、妃乃ちゃんが毎日生活している、この家にね」

 

 変な焦りを感じつつも、改めて問い掛けてみた俺。されどやはり、由美乃さんの返答には具体性が足りず…けど、今度は分かった。由美乃さんは、一体何を知りたくて来たのかが。

 

「って事で、他の部屋も見せてもらえるかしら?あ、勿論嫌なら無理しなくていいのよ?二人共、思春期だものね」

「(うわ、そういう言われ方するとむしろ断り辛い…)…えぇと、俺は構わないですけど…緋奈はどうする?」

「わ、わたしも大丈夫。…あ、大丈夫です」

 

 これで断ったら何か思春期的に隠したい物があるみたいじゃないか、と内心思いつつ俺は首肯。緋奈も俺の言葉に頷き、それから由美乃さんを見て言い直す。

 となれば後は妃乃だが…その妃乃はいないし、由美乃さんは母親。妃乃の母親ならまぁ変な事はしないだろうと俺は判断し…それから暫しの案内タイム。

 

「…で、ここが妃乃さんの部屋なんですが……」

「うーん…実の娘とはいえ勝手に入るのは妃乃ちゃんに悪いし、ここはまた別の機会にするわ。それと悠耶くん、妃乃ちゃんの事は普段通りに呼んでくれればいいわ」

「あ…はい、じゃあ……」

 

 案内と言ってもうちは至って普通の一軒家であり、そう多くの時間はかからない。由美乃さんも全ての部屋に興味抱くという事はなく、最後に妃乃の部屋の案内(この通り入りはしなかったが)をして一先ず終了。トイレや風呂場の案内はしなかったが、まぁそこは泊まる訳でもないなら要らないだろう。…と、泊まる訳じゃないよな……?

 

「悠耶くん、思ったより質素な部屋をしてるのね。今の男の子って、皆そうなの?」

「いや、そんな事は…多分ないと思います。俺あんま他人の部屋入った事ないので、保証は出来ませんが……」

「大丈夫よ、気になっただけだから。逆に緋奈ちゃんは、女の子らしい部屋だったわね。わたし、結構素敵な部屋だと思ったわ」

「そ、そうですか…?」

 

 リビングへと戻る道中、由美乃さんが口にする感想。普通の一軒家の案内なんて面白いのだろうかと思っていた俺だが、どうやら由美乃さん的には楽しめた様子。…というか由美乃さーん、そう言われても緋奈は反応に困ると思いますよー…?…やっぱこの人、結構マイペースなのかもしれん……。

 

「ふぅ…っと、そうだ。今更だけど、二人は今日用事があったりするのかしら?あるならそっちを優先して頂戴ね」

「あぁいや、暇なので大丈夫です(って事は、まだ何かあるのか…?)」

「そう?それなら……もし良かったら、色々と話を聞かせてくれる?最近妃乃ちゃんとあった事とか、妃乃ちゃんが来た事で変わった事とか、妃乃ちゃん関係なしでも貴方達の事とか…何でもいいから、わたしに教えて」

 

 再び由美乃さんは普段妃乃が使っている席へと座り、俺と緋奈もそれぞれの定位置へと腰を下ろしたところで、由美乃さんが発した次なる質問。

 その問いは、由美乃さんがここへ来た理由が分かった時点で、訊かれるだろうなとは思っていた。ここでの妃乃の日々を知りたかったのなら、当然エピソードも訊いてくるだろうな、と。

 けどだからといって、話す内容を決めていたりとかはしない。だってそういう系統の質問はされるだろうなとは思っていたが、具体的にどう訊かれるかまでは分かる訳がないんだから。

 

「あー、っと…やっぱり、家の中での出来事の方がいいですかね…?」

「ううん、外での事でも良いけど……もしかして悠耶くん、妃乃ちゃんとデートしてたり?」

「ぶぅぅッ!?し、してませんよ!?そりゃ買い物とかで一緒に外行く事はありますけど、デートって……いや緋奈まで『え……?』って顔するなよ!?俺が切り出した話じゃないからな!?」

 

 にやっと口角を上げた由美乃さんによる驚きの返しにより、思いっ切りテンパってしまう俺。ふ、普通母親が娘とデートしたかなんて訊くか!?いや母と娘の普通なんて知らねぇけど!知らねぇけど多分これ普通じゃねぇよなぁ!?少なくともさらりと訊くような事じゃねぇ……!

 

「ふふふっ、冗談よ悠耶くん。…でも、うん…その反応は……」

「な、何ですか……」

「ううん、何でもないわ。でも一緒に買い物に行ったりはするのね」

「…ええ、まぁ…妃乃と買い物に行く頻度は、緋奈の方が多いですけどね…」

「そうなのね。じゃあ、買い物中の妃乃ちゃんはどんな感じ?」

「買い物中の妃乃さんですか?…買い物中と言えば……」

 

 思い出すようにして緋奈が話し出し、一旦俺は聞き役に。由美乃さんは緋奈の話を興味津々で聞いていて、緋奈がネタ切れになったところで俺が交代。…と、言っても俺の中にはそんな買い物時のエピソードなんてなく、買い物中の妃乃における一番の印象と言えば……

 

「…妃乃、基本的に買い物の感性は俺達と同じっていうか、やけに庶民的なんですよね…。…あ、も、勿論良い意味でですよ?」

「い、いやお兄ちゃん、そのフォローだとむしろ誤魔化してる感が……」

「え、マジ……?」

「気にしなくても良いわ、二人共。妃乃ちゃんが庶民的なのは、多分わたしの影響だもの」

『へ?』

 

 言った時点では気付かなかったものの、確かに言われてみると取り繕ってる感が否めない。そう気付いて「しまった…」と思った俺だったが、それに関する由美乃さんの返答は意外なもの。驚いて俺達が振り向くと、由美乃さんはこくりと頷く。

 

「わたしは時宮の家に嫁いだ側なのよ。わたしの実家も代々霊装者だしそれなりに裕福だけど、それも『普通』の範疇に収まる位でね。で、恭士さん…妃乃ちゃんのお父さんは『子育てはお前の方が向いている。だからオレはお前の考えに従うさ』って言ってくれて、周りも理解してくれたから、わたしは自分がされた通りに妃乃ちゃんを育ててきたの。勿論、時宮家の娘としての教育はまた別だけどね」

「そういう事だったんですか…あ、じゃあ家事全般が出来るのも……」

「今は多様性の時代だけど、それでも家事が出来る女の子は素敵に見えるでしょ?」

 

 続く疑問を口にした緋奈に答えつつ、ぱちんと俺に向けてウインクを一つする由美乃さん。今度はこっちへ飛んできた反応に困る言動に何とも言えない表情しか返せなかった俺だが、というかとても高校生の娘がいるとは思えない程若々しい女性(しかも妃乃の母親だけあって、普通に美人)からのウインクなんてどんな反応をすれば良いのかさっぱりだが、由美乃さんは気にしていない様子で会話が続く。

 

「…って事があって、わたし本当にびっくりしちゃいました。ほんと妃乃さんは凄いっていうか、わたしと一歳しか違わないなんて信じられないというか……」

「ふふっ、妃乃ちゃんが今の話を聞いたらきっと喜ぶわ。妃乃ちゃん、緋奈ちゃんの事を気に入ってるみたいだもの」

「そ、そうなんですか?」

「そうなのよ。緋奈ちゃんの事も、悠耶くんの事も、ね」

 

 時折そのマイペースさに翻弄はされるものの、ふんわりとした性格で楽しそうに聞いてくれるからか、由美乃さんに対して緋奈は買い物の事以外も色々と話す。

 そうして由美乃さんの口から発された、以外な言葉。妃乃が緋奈の事を気に入っているのは、普段のやり取りを見ていれば普通に納得出来る事だが…俺もとは思わなかった。何だかんだバレンタインに手作りショコラをくれる位には、同居人として悪しからず思ってくれてるんだろうとは思っていたが…まさか、気に入られていたとは。

 

「…って、それは勝手に言っていい事なんですか…?」

「本当の事だもの、大丈夫よ〜。…でもほんと、妃乃ちゃんの気持ちが分かるわ。緋奈ちゃんは、良い子だって事がもう十分に伝わってきたし…悠耶くんは、とっても素敵な男の子だもの…」

『…え、っと…あの、由美乃さん…?』

 

 噛み締めるようにして口にした俺への評価に、思わずハモってしまう俺達二人。緋奈への評価は普通だったのに、俺に対しては何か違う。娘の同居人へ対するものとしては些か熱がおかしいというか、上手くは言えないものの…何か、不味いような気がしてくる。

 

「……?何かしら?」

「(うぅん?…戻った…なんだったんだ…?)あ、いや…何でもないです……」

「そう?だったら……っと、ごめんなさい。少し待っていてもらえる?」

 

 すぐに元に戻った由美乃さんに俺が困惑していると、そこで鳴り出す着信音。その音の発生源は由美乃さんの携帯で、席を立った由美乃さんは少し離れてから着信に応答。

 

「どうしたの、あなた。…え、今?ほら、前に言ったでしょう?折角の機会だから、千嵜家に来てるのよ。……えぇそう、だって妃乃ちゃん恥ずかしがるじゃない。それに親として、ちゃんと会うのも大切でしょ?」

 

 和やかな顔で由美乃さんが話す相手は、「あなた」って呼び方からして多分夫。妃乃の父親で、確か恭士さんって名前の人。

 

「…お兄ちゃん、由美乃さんって、夫婦仲が良さそうだね」

「…みたいだな」

 

 小声でそう話し掛けてくる緋奈の言葉に、俺は首肯。勿論聞こえているのは由美乃さんの声だけだが…その声と表情だけで、夫婦仲が良好だった事は伝わってくる。そしてマイペースな性格は俺達が緊張しないよう演じてくれてただけなのか、恭士さんと話す由美乃さんは至って普通……

 

「そう、そうなのよ〜。悠耶くん、確かに明るいタイプの子じゃないけど、ちょっと斜に構えてる感じとか、家族を大事にしてる部分はあなたと似てて、よく見ると目元とか立ち振る舞いもあなたを思わせる感じがあって、それに服の上からだからしっかりとは分からないけど、多分鍛えてもいて……ど、どうしようあなた。わたしちょっと、悠耶くんにときめいてるかも…!」

『ぶ……ッ!?』

 

……じゃなかったよオイィイイイイイイ!?ちょっ…由美乃さん何言ってらっしゃるの!?貴女既婚者ですよねぇ!?今電話してる相手、夫さんですよねぇ!?だ、誰にときめいてんの!?そして誰にその報告してんの!?俺同居してるクラスメイトの義父になるとか、流石に勘弁なんですけどぉおおおおおおぉぉぉぉッ!?

 

「うぇっ!?あ、ち、違うの!そういう事じゃなくて…うん、うん……あぅ、ごめんなさい…」

 

 これはヤバい、色んな意味でアウト過ぎる。そう思っていた矢先、わたわたと慌てる由美乃さん。暫く何かを言われていると、段々由美乃さんはしゅんとしていき、最後には何ともしおらしい感じに。…何を言われたのかは分からないが……まぁそりゃ、怒られるだろうよ…。

 

「…え、悠耶くんに…?うん…渡せばいいの?それで…はぅっ……」

(…う、うん…?)

 

 その後も恭士さんの説教(?)は続き、しかも何やら俺に代わってくれと言ったのか、由美乃さんは俺へと携帯を手渡してくる。…そしてその直前、何かを言われたっぽい由美乃さんは奇妙な声と共に頬を赤らめたが……うん、まぁ、なんというか…これは触れない方が良さそうだ…。

 

「…え、と…代わりました、千嵜悠耶です…」

「あー…うちの由美乃がすまんね、悠耶君。俺の事は、由美乃や妃乃から聞いてるか?」

「あ、いや、殆ど何も……」

「そうか…まぁ、別にいいか。君も別に、俺に興味はないだろう?」

「…まぁ、ぶっちゃけ」

 

 由美乃さんとは打って変わってあっさりとした、うだうだ話す事でもねぇよな…という雰囲気を感じる、恭士さんの声。確かに俺と恭士さんは人としての方向性が似ているのか、たった二言聞いただけで俺の中には感じるものがあり…つい、雑な返しをしてしまった。

 だがそれに恭士さんは怒る事もなく、ふっと鼻で笑うだけ。俺の返しには特に言及もせず、言葉を続ける。

 

「由美乃には俺がしっかりと言っておくから、さっきの事は気にしなくていい。というか、気にされても困る。忘れろとは言わないが、頭の隅の隅にでも仕舞っておいてくれ」

「その件は、ほんとにそうさせてもらいます…」

「あぁ。…さて、取り敢えずこれさえ言えればいい訳だが……」

「…恭士さん?」

「…悠耶君。俺は時々、妃乃から君への不満を聞いている。しかもかなり、容赦のない言い方でね」

「え、えぇー……」

 

 数秒間の沈黙の後、不意に恭士さんが言い出したのは全然嬉しくない情報。不満の一つや二つは言われてたっておかしくないが、そんな事急に言われても困る訳で、しかもそんな事を言ってくる理由も分からない。

 

「…だが、勘違いはしないでくれ。妃乃は、人の陰口を言うような子じゃない。親の贔屓目がないとは言い切れんが…妃乃は他の人間なら肩が凝ってしまいそうな程でも普通にこなせる位の、根っからの真面目な性格だからな」

「…その妃乃が愚痴を漏らすって、俺相当不満を抱かせてるんじゃ……」

「いいや、逆だ」

「逆…?」

 

 次なる言葉から推測される結論に、流石にちょっとショックを受ける俺。だが、それを恭士さんは否定する。そうではないと、逆なんだと。

 

「妃乃は人の陰口を叩かない。陰で人を悪く言って、それでストレスを発散するのを是としないのが妃乃だ。その妃乃が、容赦なく不満を漏らせるのは…それだけ君という人間に対して、遠慮無しに何でも言えてしまう程に気を許しているからに決まっているさ」

「……っ…妃乃が、俺を……」

「…まぁ、それも俺の主観に過ぎないがな。だが、俺の言葉を、妃乃を少しでも信じてくれるのなら…これからも、妃乃と良い付き合いをしていってほしい」

「……はい。俺も、妃乃の事は…信用、してますから」

「ふっ、そうか。由美乃は斜に構えてるなんて言ってたし、妃乃も捻くれてるなんて言っていたが…案外、素直なんだな」

「…捻くれてる奴だって、偶には真っ直ぐになりますよ」

「はは、そりゃそうだな。今は俺も任務中で長話は出来ないが、いつかまた改めて挨拶をさせてもらうよ」

 

 最後に軽く愉快そうに笑って、それから真面目な感じに戻って、恭士さんとの会話は終了。会話に入ると同時に台所まで移動していた俺が戻り、由美乃さんに携帯を返すと、再び由美乃さんは恭士さんとの会話に入り……その間、俺は考える。

 妃乃は俺に、強く気を許している。本人が言った通り、それは恭士さんの主観だが…同時にそれは、父親の言葉。そして俺は、その恭士さんの言葉に信じ得るだけのものがあると感じている。

…いや、違うな。確かに、そう感じてる部分もあるが…俺は、それを信じたいんだ。妃乃が俺に気を許している…それが事実であると、本当であると。

 

「うぅ、恭士さん相変わらず容赦ない…でも、そんなところも素敵……」

「ゆ、由美乃さん…?」

「…こ、こほん。何でもないわ、緋奈ちゃん。それと…出来る事ならもう少し話していたかったし、折角だからお昼はわたしが作ってあげようとも思っていたけど…わたしもお仕事が出来ちゃったから、今日はこれでお暇するわ。来るのも帰るのも急で、本当にごめんなさいね」

 

 先程の通話の中で仕事に関する話も出たのか、由美乃さんは帰るとの事。帰り支度を整えた由美乃さんはそれから何故か俺を呼び、俺は由美乃さんと共に廊下の方へ。

 

「…な、何です?」

「悠耶くん。こんな事、親から言われても困っちゃうかもしれないけど…これからも、妃乃ちゃんと仲良くしてあげてね」

「え?」

 

 一体今度は何だろうか。さっきのトンデモ発言もあり、内心身構えていた俺だが…由美乃さんが口にしたのは、予想とは全然違う言葉。それと同時に、恭士さんとも似た言葉。…仲良くしてあげて、って……

 

「…その、由美乃さん…」

「何かしら、悠耶くん」

「俺、恭士さんにも同じような事を言われました」

「まあ、それは何だか嬉しいわ」

「…由美乃さんも恭士さんも、俺を高く評価してくれているなら光栄です。お二人は妃乃の両親ですし、宗元さんの子でもあるんですから。…けど…こんなひと時のやり取りだけで、娘をだなんて…そこまで言えるものなんですか…?そこまで俺は、信用に値する人間だって見えました…?」

 

 不信感を抱いている訳じゃない。けど俺は、昨日まで妃乃の両親の事を名前すら知らなかったし、今日だって話したのは専ら妃乃の事。なのに何故由美乃さんも、その話すらしてない恭士さんまで俺にそう言ってくれるのか、どうしても俺は分からなかった。

 そんな俺に対して、由美乃さんはじっと見つめる。俺の瞳を見つめ返し…それからまた、笑う。

 

「そんなの、簡単よ。悠耶くんの事は、妃乃ちゃんが心から信頼してる。可愛い愛娘が、時宮の人間として立派に成長してる妃乃が信頼してる相手ってだけで、貴方は十分信じるに値する人物なのよ。そしてそれを、今日確かめられたから言うの。妃乃ちゃんを、今後も宜しくね…って」

「……それが、親ってもの…ですか…」

「そうよ。勿論、わたしは妃乃ちゃん抜きにも君の事を信用してるけどね」

 

 穏やかな、優しげな、由美乃さんの答え。娘が信じてるから信じてる、そんな単純明快な理由で……だけどそれが心からの言葉だからか、俺は素直に納得する事が出来た。或いは…俺自身も妃乃の事を信用も信頼もしているから、その妃乃の両親の言う事なら…と思っているのかもしれない。

 

「…で、どう?妃乃ちゃんと、これからも仲良くしてくれる?」

「…はい。こっちこそ、これからも宜しくお願いします」

「えぇ、勿論。…あ、そうだ悠耶くん。ちょっと携帯、いい?」

「はい?…まぁ、いいですけど…」

 

 改めて訊かれた問いに、俺ははっきりしっかりと首肯。それから求められた通り俺が携帯を差し出すと、由美乃さんは受け取った俺の携帯に加えて自身の携帯も何か操作し……戻ってきた時、俺の携帯には由美乃さんの携帯番号が登録されていた。

 

…………。

 

「……あ、あの…これは……」

「何か困った事があったら、連絡頂戴。それに妃乃ちゃん絡みで困った時も、連絡してくれれば相談に乗ったり、妃乃ちゃんの弱点を教えてあげたりしてあげるわ」

「…いや、それは…色んな意味で、いいんですか…?」

「だから、言ったでしょ?妃乃ちゃんが信頼している貴方なら、って」

 

 からかっているとか、試しているとかじゃなく、本当に素でやっている。そうとしか思えない態度で返され、的確な返しも一切浮かばず、結局クラスメイト(同居中)の母親の携帯番号をゲットしてしまった俺。…なんかもう、なんて言ったらいいのか分からん……。

 

「それじゃあ、またねぇ二人共。それか今度はうちにいらっしゃい。二人の事なら、いつでも大歓迎よ」

 

 そうして我が家を去っていく由美乃さんと、それを見送る俺達二人。恭士さんに怒られてる最中を除けば、由美乃さんは徹頭徹尾ふんわりとした人だったし、接し易くても掴み切れない…そんな印象が心に残る。

 でも、やはり…妃乃の母親である由美乃さん、父親である恭士さんと話して、少しでも人となりを知って、二人の妃乃に対する思いにも触れて……俺は思うのだった。やっぱり、家族って良いな…と。


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