双極の理創造   作:シモツキ

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第十七話 唐突の初陣

「う、む、む……」

 

スコープ越しに見る、今では見慣れたトレーニングルームの的。ダーゲットサイトの中央に的を捉え、ゆっくりと息を吐きながら……引き金を引く。

 

「おー、そこそこいいじゃん。もしかしたら顕人君は近接格闘より射撃の方が得意かもね」

 

と、そういうのは俺の上司兼教師兼同居人の綾袮さん。今日は綾袮さんも訓練をしようと思ったのか、大太刀を携えていた。

 

「どうだろうね。俺個人としては、どっちもいけるタイプになりたいんだけど…」

「なら鍛錬あるのみだね。どんなに霊力量や霊力の扱いに長けてたとしても、戦闘技術がなきゃ活かせる訳ないしさ」

 

素振りしながら言った綾袮さんの言葉に、俺は心の中でそうだよなぁ…と返す。どんなに切れ味の良い剣があったって当たらなければ意味がないし、どんなに攻撃範囲の広い砲台があったって使い方が分からなければ役立せる事は出来ない。…そんなの、当たり前の話なんだよね。

 

「…ところで、綾袮さんは銃を使わないの?」

「銃?…あー、まぁ使わないね。一応拳銃は緊急用として携帯してるけど、あくまで緊急用だし」

「拳銃携行してたんだ…銃より太刀の方が得意なの?」

 

これまでにも何度か綾袮さんは俺と一緒に訓練をした事があったけど…いつも大太刀を使っていたし、初めて魔物を見た時も綾袮さんは大太刀だけで戦っていた。…けど、霊装者の武器使用頻度は一般的に『遠隔武器>近接武器』、と聞き及んでいる。…俺にとって一番よく知る霊装者がそれに該当しないなら、俺はそれを信じていいんだろうか?

…と、俺が思っていると、綾袮さんは自身の事について説明を始めてくれる。

 

「得意、っていうか…わたしにとっては下手に銃を使うより、天之尾羽張一本で戦う方が強いし楽なんだよ」

「…それを得意って言うんじゃないの?」

「うーん…えとね、まず第一に銃…火器は威力や速度の上限が決まってるんだよ。これはサブカル好きの顕人君には分かるんじゃない?」

「まぁ、そりゃ……」

 

そう言われた俺は取り敢えず首肯。

武器には大きく分けて、剣や槌の様に使用者の力や技術の強化装置・増幅装置としての機能を持つタイプと、銃やボウガン、戦車やミサイルの様に運用方法さえ知っていれば常に一定の性能を発揮するタイプの二つがある。後者は扱うのに必要最低限の力や技術さえあれば誰でも同じ効果を発揮出来る、武器の技術水準次第では普通の人間の域を超える力を発揮する…という利点があるけど、逆に言えば子供が使っても筋肉隆々の大人が使っても同じ結果しか出せないという欠点も存在する。だから、常識的なレベルの事しか出来ない機械武器より、あくまでメインは使用者の能力である原始的な武器の方がサブカル業界(特に異能物や異世界物)では脚光を浴びやすいんだけど……霊装者が使う銃器に関しては、近接武器と同様に霊力付加をしているのだから…

 

「…霊力次第で火器も上限が上がったりしないの?」

「しないよ?…っていうか、あ…もしかして顕人君、銃器全体に霊力付加してると思ってる?」

「…違うの?」

「違う違う、付加してるのはあくまで弾丸と一部の機材だけだよ。全体付加しても、精密機械の部分と上手く噛み合わなくて思った様に性能を発揮出来ない…って大分前に研究成果が出てるらしいからね」

「そうだったんだ…初耳だよ」

「じゃあ、いい勉強になったね。……で、もう一つ理由があるんだけど…顕人君、霊装者の一般装備は二種類あるのを覚えてる?」

「特殊な素材を使った刃や弾丸に霊力を付加させるタイプと、刃や弾丸をまるごと霊力で構成するタイプ…だよね?」

 

使用難度や霊力燃費等の面に長ける付加武装と、威力(斬れ味)や速度等の面に長ける収束武装。まだまだ未熟な俺は今のところ付加武装しか使った事無かったけど…種類と大まかな特性については綾袮さんから教えてもらっていた。…説明はほんとに大まかで、実際にはもっと特性や違いがあるんだろうけど。

 

「そう。…けど実は、霊装者の武器はもう一種類あるんだ」

「もう一種類…?」

「それがこれ、一般の付加武装とは違って完全に特殊な素材…あ、付加武装とは別の素材ね…を使った武器だよ。このタイプは付加武装は勿論、収束武装とも一線を画するポテンシャルがあるからわたしはこれ一本で戦ってるの。敵が遠いなら距離を詰めるなり斬撃飛ばすなりすれはいいしね」

 

これ、と言いながら綾袮さんは俺に天之尾羽張を見せる。今の説明だと他とはどう違うのかさっぱりだけど…思い返してみると、俺がこれまでに使っていた武器と綾袮さんのそれでは、刀身からの蒼い光の質が違っていた様に思える。…けど、それなら……

 

「…そのタイプの武器を量産するのは駄目なの?量産されてないって事は何かしら理由があるんだろうけど…」

「そうだねぇ…収束武器以上に使いこなすのが難しいとか、普通の霊装者じゃポテンシャルを引き出しきれないとか色々あるけど……一番はやっぱりその素材が超希少だからかな。宮空家に代々伝わる天之尾羽張含めても、協会全体で二桁に満たない数しか保有してない位なんだ」

「そんな少ないんだ…」

 

日本内の組織である協会でも9つ以下となると、世界全体でも恐らくは3桁いくかどうか。…その内の一つを専用武器として与えられてる綾袮さんって、やっぱ凄いんだなぁ…。

 

「ちょっと長くなっちゃったけど…お分かり頂けたかな?」

「えーっと…スーパー霊装者とスーパー武器の組み合わせが最強。余計な物は必要なし。…って事だよね?」

「そのとーり!理解が早いどころかわたしへの褒めも忘れてない辺り、先生は嬉しいぞ!」

「喜んで頂けたなら幸いっすよ、先生」

 

軽いノリで言ってみたら、軽いノリで返ってきた。家でのノリを、ライフルと大太刀を携えた状態でも滞りなくやっちゃう辺り、俺と綾袮さんは相変わらずである。

因みに、あの後…顕人覗き事件&綾袮暴行事件の後、俺と綾袮さんは無事和解した。だが、俺はあの光景を今も鮮明に覚えている。つまり…俺は記憶を飛ばしたのではなく、『今後ネタにしたりはしない』という約束で和解へと持ち込んだのだ!……まぁ、そこに持っていくまでにそこそこの回数叩かれたんだけどね。というか、妥協案を提案したのがそこそこ叩かれた後だからこそ、叩いた事が綾袮さん側のハンデになって和解へと持っていけた面もあるし。

 

「さ、そろそろ訓練に戻ろうか顕人君。息抜きはもう出来たでしょ?」

「ま、ね」

 

そうして俺は射撃練習に、綾袮さんは近接格闘練習にそれぞれ戻る。精密射撃練習の前は弾幕形成の練習をしていて、既に結構な量俺は霊力を消費していたけど…ありがたい事に俺の霊力貯蔵量(と単位時間当たりの生成量)はデータ通りずば抜けてるらしく、ガス欠を起こす気配は微塵も感じられない。集中力やスタミナは当然別だから、幾らでも訓練が出来るって事はないけど…それでも霊力を気にしなくていいのは助かるな。

……と、俺が思っていたところ、綾袮さんの携帯が着信音を鳴らした。

 

「はいはーい。…え、そうなの?ほうほう…」

 

電話に出て相手の話を聞いている綾袮さん。音が通話の邪魔になっちゃいけないかなと思って射撃練習を止めると、綾袮さんはわたしに片手拝みで礼を表した後……何故か、俺を見ながら通話を続ける。

 

「うーん…ま、絶対駄目とは言わないけど…もう少し後がベターじゃない?」

「……?」

「うん、うん…あー、でもそっか…そりゃ勿論わたしがいるから大丈夫、そこは心配ないって。けどそうなると…それもそうかなぁ…」

 

言うまでもなく相手の声は聞こえないし、綾袮さんも名詞をあんまり口にしないせいで何の話だかさっぱり分からないけど……どことなく俺が関わってそうな気はする。大部分は俺の方を見ているからだけど…そうでなくとも、今綾袮さんといるのは俺な訳だし。

 

「……分かった、そうするよ。どうやって進めるかはわたしの自由でいいよね?…うん、それじゃあ任せて…っていや、任されて?…まあいいや、ばいばーい」

「えぇと…電話終わった?」

「うん。…顕人君、君に一つビックニュースがあります」

「ビックニュース?」

 

携帯をしまった綾袮さんは、いまいち考えている事の読めない表情を浮かべた。……何だろう、嫌な予感がする…。

 

「でれでれでれでれでれでれでれでれ、でんっ!」

「……え、何?ぼうけんのしょが消えたの?」

「違うよ、ドラムロールだよ。読んでる人には分からないかもしれないけど、顕人君はリズムで分かるでしょ?」

「メタいなぁ…パロってる俺が言える立場でもないけど」

「こほん、じゃあ改めて…でれでれでれでれでれでれでれでれ、でんっ!」

(そっからなんだ…何だろう、試験とかでもするのかな……)

 

 

 

 

 

 

「顕人君、今から実戦訓練をする事になりましたっ!頑張ろうね!」

「…………は?」

 

 

 

 

日が暮れた事もあり、人気の無くなったとある港。その一箇所…所謂埠頭と呼ばれる場所に、それは……魔物は、いた。

 

「…………」

「周りに人も、他の魔物の姿も無しっと…うん、これなら大丈夫だね」

 

灯台の踊り場から魔物を見下ろす俺と綾袮さん。綾袮さんは前に魔物を倒した時と同様コートと羽織の中間の様なものを着ていて、俺は俺で霊装者用戦闘服兼制服のコート(所属時に寸法を測ってもらった)を着用している。…そう、綾袮さんだけでなく、俺自身も戦う為の装いを纏っている。

 

「…………」

「これは…緊張してるね、顕人君」

「…そりゃそうだよ…俺初陣だよ…?」

「まぁそうだよねぇ…でも安心して、あの魔物はかなり雑魚の方だから」

 

ここが港だからか、魔物は蟹とザリガニと蠍を混ぜた様な…とにかく二つの鋏が特徴的な姿をしている。……少なくとも、チュートリアルや物語の最序盤で出てくる様な魔物には見えない。

 

「…ほんとに雑魚?」

「ほんとほんと。そこそこの探知能力と結構な魔物遭遇経験があると、発見した魔物がどれ位の強さなのか分かるんだよ。で、今いるアレはわたしの経験の中でもトップクラスに弱いね」

「…外見的には中の上位っぽく見えるんだけど…」

「あー、普通の魔物はあんまり見た目と強さは関係してないよ?前に一回ぬいぐるみみたいな奴いたけど、そいつは前に顕人君が遭遇した奴の数倍は強かったし」

「ぬいぐるみみたいな奴がか…あいつ、遠距離攻撃してくると思う?」

「うーん…多分してこないんじゃない?そこまでは探知出来ないから、わたしの推測に過ぎないけど」

「そっか…まぁ、攻撃される前に一気に倒せばいいだけの話だよね…」

 

言うまでもなく、俺は滅茶苦茶緊張している。上手く倒せるか不安だし、襲ってくると思うと怖いし、上手く出来ずに綾袮さんのおんぶに抱っことなってしまったら恥ずかしい。けど、前から覚悟はしていた。そういう世界で、そういう事をする仕事なんだから…自分で望んで選んだんだから、その時はきっちりやろうと心に決めていた。

ふぅ…とゆっくり息を吐いて、コートの腰回りに当たる部位に下げられているキーホルダーサイズのライフルに触れる。

 

「……よし」

「よーく狙うんだよ?で、撃とうと思ったらわたしに言ってね」

 

俺の手が触れ、霊力が流れた瞬間本来のサイズへと戻るライフル。原理は例の如くざっくりとした説明のせいでよく分からなかったものの…霊力と特殊素材との反応を利用した、一時的な物質の圧縮によるものらしい。初めて霊装者としての綾袮さんを見た時、綾袮さんはどこからか大太刀を出したりしまったりしていた様に見えたけど…勿論、それもこれと同じ技術である。

 

(セミオート…いや、あんまり格好はつかないけど、フルオートで削りきった方が確実か…)

 

射撃のモードを切り替え、踊り場の上から狙い撃つ体勢に入る。本来フルオート射撃はスコープを覗いての射撃…精密射撃には向かないが、霊装者は身体能力強化によって強引にライフルを押さえる事で、ある程度狙いのブレを抑える事が出来る。そしてフルオートならば、初撃着弾後セミオートとは比べ物にならない速度で二発目以降を撃ち込む事も出来る。勿論いつでもフルオートの方がいいという訳ではないけど…100mにも満たない距離で、そこそこの性能のあるライフルで、相手も比較的弱いのであれば…フルオートで一気に仕留めてしまうのが一番だと俺は思った。

訓練の時の様に狙いを定め、引き金に指を添える。さぁ、後は撃つだけ……。

 

「…撃つよ、綾袮さん」

「OK。じゃ、5秒間魔物を狙い続けてくれる?」

「へ?5秒間…?」

 

言われた通り撃つ事を伝えると、綾袮さんは俺へ謎の指示を出してきた。それに対して「何故に?」という疑問を抱きつつも、取り敢えず俺は指示通り捕捉継続。スコープの中心に魔物を捉え続ける。

そして……

 

「…5秒、経ったよ?」

「経ったね。じゃ、狙撃は中止!降りて白兵戦で戦おうか」

「了か……何故に?」

 

新たなる指示に、今度こそ俺はスコープから顔を上げて訊き返す。理由は…言うまでもない。

 

「何故って…遠距離から気付かれる前に一方的に撃破、じゃ実戦訓練としては薄過ぎるからだよ。無駄ではないけど…折角かなり弱めの魔物がいるんだから、出来る限り経験しておいてほしいし」

「それは…言いたい事は分かるけどさ、普通倒せる時に確実に倒すべきじゃないの?これを言ったら実戦訓練そのものの否定になっちゃうけど」

「そこは心配ないよ、万が一失敗しても、その時はわたしがフォローに入るからさ」

「…なんかそれ、悪いフラグが立ちそうなんだけど…」

「ネガティヴ思考は良くないよ、顕人君。…大丈夫、わたしの命に懸けても君は守るから」

 

綾袮さんはそんな事を…女の子を守る主人公みたいな事を、俺に向かって真顔で言ってのけた。これはもう完全に男女の立場逆転で、俺としては恥ずかしい様な情けない様な…でもどこか安心出来る様な、不思議な気分に。…ったくもう…仕方ない、そう言われたら俺もやるしか……

 

「…それに、わたしでもどうにもならないレベルの魔物だった場合はここから狙撃しても避けられるか弾かれるかだからね」

「なんでそういう余計な事言うかなぁ……」

 

折角強気になりそうだったのに、気持ちの腰を折られてしまった。……まぁでも、こっちの方が綾袮さんらしいけどね。

 

「…じゃあ、もしもの時は頼むよ?」

「もっちろん。さ、顕人君」

「あいよ」

 

ライフルを持ち直し、跳躍。一足飛びに踊り場から空中へと身を移した俺は、即座に(コートの)背部に備えられたスラスターを点火しゆっくりと着地。音を立てない様に細心の注意を払いつつ、魔物の背面へと回る。

 

(流石に正面から仕掛けろ…とは言わないよね?)

 

…と思いながら空中に待機する綾袮さんへと目を向けると、彼女は俺の言いたい事を理解しこくりと頷いてくれた。…さて、ならば後はフルオートをセミオートに戻して……。

 

「……さぁ、戦闘開始だ…」

 

──俺は、引き金を引いた。

 

 

 

 

「……っ…こ、の…ッ!」

 

二つの鋏を振り上げ、飛びかかる様に襲いかかってくる魔物。それを俺は大きく左に飛ぶ事で避け、射撃で反撃…しようとするも、跳び過ぎた事で着地時にバランスが崩れて反撃失敗。弾丸は魔物の斜め上を飛び去ってしまう。

 

「くっそ…落ち着け、落ち着け俺……!」

 

バックステップで距離を取りながら、自分で自分に言い聞かせる。綾袮さんの言う通りその魔物は雑魚な方らしく、動きは見えるしある程度ではあるものの行動パターンも分かってきた。どうも見た目通り身体は外殻に覆われているらしく、一発二発じゃ致命傷まで持っていけないものの……正直なところ、勝てそうな気がした。

でも……

 

(なんで…なんで上手くいかないんだ……ッ!)

 

攻撃は外れる。回避は出来るものの跳び過ぎる。移動はワンテンポ遅れて攻撃に繋がらない。…さっきからずっと、こんな調子だった。頭ではどう動けばいいのか分かってるのに、イメージ出来ているのに、それをきちんと形に出来なかった。

だからといって、魔物は手を抜いてくれたりはしない。魔物からすれば俺は外敵兼標的でしかないんだから、全力で殺しにかかってくるに決まってる。

 

(やっぱり、距離を開けたまま少しずつでもダメージを与えるべきか…?いや、むしろ確実に当てる為には接近を…いっそ、ライフルじゃなくて近接格闘で倒すという手も……)

「……っ!顕人君ッ!」

「え…?…な……ッ!」

 

それまで魔物に気取られない様無言を貫いていた綾袮さんが、突如俺の名前を呼んだ。俺はその時、名前を呼ばれて初めて俺の意識が思考にいき過ぎていた事、そしてその間に魔物に急接近されていた事に気付く。

突き出される魔物の鋏。咄嗟に俺は後ろに下がろうとして…転倒。しかし不幸中の幸いにもそのおかげで魔物の鋏は俺の頭上で空振りし、たかがでは済まされない頭部を失わずに済んだ。しかしそれは単に一撃避けられたというだけの話。魔物にはそこから鋏を振り下ろすという選択肢も、もう片方の鋏を突き出すという選択肢も存在する。対して俺はすっ転んでて、おまけにライフルは落としてしまっている。──有り体に言って、これは絶体絶命だった。

 

「……っ…!顕人君そこ動かないでッ!」

 

魔物を見上げる俺の視界の端に、抜刀した綾袮さんの姿が映る。蒼い光を帯びる大太刀と、同じく蒼い光を放つ翼は夜の空に輝き絵画の様な美しさを感じさせ、それを見ているだけである種の安心感すら覚える。あぁ、確かに綾袮さんの実力を考えれば万が一の事があっても大丈夫だと綾袮さん自身が思っていてもおかしくない。そう、一瞬俺は絶体絶命と思ったけど、綾袮さんが守ってくれるならそんな心配は……

 

「……ぁ…」

 

────そんな心配は?その後、俺はなんて続けようとした?……そんな心配は無い、そう俺は続けようとしたのか?……それで、いいのか?俺は、それで満足なのか?

…そんな訳ないじゃないか。遂にやってきた初陣で、実力を上手く発揮出来ずに勝てそうな相手に負けて、最終的に初めての時と同じ様に綾袮さんに助けられて……そんな展開が、満足いく訳ないじゃないか。そんなものを、望んでいた訳ないじゃないか。こんな事の為に、この道を歩み始めたんじゃ…こんな事の為に、父さんと母さんは背中を押してくれたんじゃ…俺の夢は、こんなものじゃ……無いッ!

 

「…ぁぁぁぁああああああああッ!!」

 

俺の中の何かが爆発すると同時にスラスターを全開噴射。魔物の鋏振り下ろしが俺を捉えるよりも先に懐へと入り込み、スラスターの勢いを一切緩めないまま魔物の腹部らしき部位へと飛び蹴りを叩き込む。

どすん、という衝撃と共に魔物の身体がくの字に曲がり、ほんの1m程度ながらその身体が宙に上がる。それを確認した俺は再度スラスターを吹かし、手を伸ばしながら一気に後退。そして俺の手の先にあるのは……先程落とした、メインウェポンであるライフル。

 

「これが…俺のッ!戦い方だぁぁああああああッ!」

 

ライフルを左手で掴み、そこから地面へ踏み込んだ右脚を軸に方向転換。同時に腰のホルスターに下げた拳銃(こちらも霊力仕様)も引き抜き、ライフルと拳銃の二丁で同時斉射を浴びせる。

 

(そうだ…有り余る霊力を最大限に活かす事、それが一番の勝ち筋に決まってるじゃないか…!)

 

両手の火器を絶える事なく引き続け、その状態でスラスターを駆動させる事で戦場となった港を飛び回る。それに対する魔物は、俺が一気呵成の勢いで攻勢に出た事…そして俺が飛び回る事によって四方八方から弾丸を受ける羽目になった事で防戦一方になっていた。

本来は両手で撃つべきライフルを片手で使ってる上、飛び回っているせいで結構な数の弾丸が外れてしまっている。けど、それまでに比べれば確実に有効打を与えられていた。そしてこれを実現させているのは……俺の霊力貯蔵量の多さに他ならない。普通なら無駄が多くてまずやれない、リターンよりリスクが大きくなってしまう策を躊躇いなく扱える…それが俺の強みだった。

撃って撃って撃ちまくる俺。魔物の動きが段々と弱々しくなってきても攻勢を緩めず、霊力ではなく弾薬が尽きるまで撃ち続けた。

 

「弾切れ…!?だったら…これで、決める…ッ!」

 

霊力を流しても、引き金を引いても反応の無くなった二丁の銃を投げ捨て腰裏のナイフを抜剣。そこから一直線に魔物へと突進し、刃を下に両手で持ったナイフを頭部へとうち下ろす。

既に弾痕だらけになっていた魔物は俺の突進に対して何のアクションも起こさず、ナイフもまたすんなりと根元まで突き刺さった。魔物の上で荒い息を吐く俺と、ナイフが突き刺さった瞬間ぴくりとだけ動いた魔物。そして、俺がナイフを引き抜いた時……魔物は、消滅を始めるのだった。

 

「はぁ…はぁ…や、やった……」

 

よろよろと魔物の上から降り、上を見上げて呼吸を整えようとする俺。するとそれに合わせてきたかの様にそれまで感じなかった疲労が俺の身体へと襲いかかり、俺はどっかりとその場に座り込んでしまった。…まぁ、初陣でこれだけやったんだからそりゃそうだよね…落ち着くまではちょっと動かないかなぁ──

 

「顕人君おめでとーっ!」

「わぁぁっ!?」

 

……前言撤回。動かないと思ってたけど動けた。具体的にはその場から跳び上がれた。…というか、後ろからびっくりさせられた。

 

「ちょっ…な、何すんのさ綾袮さん…!」

「何って…顕人君の勝利を衝撃と共に祝ってあげようとしただけだよ?」

「衝撃は要らんわ!むしろ静かに優しく祝ってほしかったわ!こちとら疲労困憊だぞ!?」

「おおぅ、疲労と戦闘後の高揚感が合わさって中々におっかないテンションになってるね…でも凄いよ顕人君。途中ヤバいと思ったけど…これだけ動けるなら大したものだよ」

「…そう?ならまぁ、その賞賛は素直に受け取るけど…」

「うんうん。勿論反省点はあるけど…取り敢えずは大勝利と言っても過言じゃないね!」

 

なんだか勝利の余韻に水を差された気分になったけど…綾袮さんがいつもの元気と明るさ全開で祝ってくれてるんだと考えると、それは正直悪い気はしない。何なら俺よりずっと凄い霊装者に褒められて嬉しい、なんて気持ちも少なからずある位だった。…てか、戦闘後の高揚感か…確かに、言われてみるとなんか浮わついた気分かもね……。

 

 

こうして、俺の初陣戦闘は終わった。綾袮さんの言う通り反省点はあると思うけど…無事、勝って終わる事が出来た。勝利を、生還を手にする事が出来た。

俺は、この戦いを忘れないと思う。霊装者としての俺の、憧れの世界の日々の大きな一歩となった、この戦いを。


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