双極の理創造   作:シモツキ

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第百七十四話 正対し知る

 時が経つのは早いもので、もう今年度も終盤。まだ一ヶ月以上あると言っても、十二ヶ月ある内の一ヶ月と少しなら、それはもうどう考えたって終盤以外の何物でもない。

 

「えぇと、これ…は一昨年のか。こっちじゃなくて……」

「御道、お前志望校もう決めてる?」

「や、まだ…って言うか、まだちゃんと絞ってもいない…」

「だよなぁ…はー、まだ三年になってもいないのに気が重い……」

 

 生徒会室のパソコンで四月にやった入学式の資料を確認していると、同じ役員の一人からそんな話を投げ掛けられた。

 俺も、受験の事を考えると気が重い。特に志望校の話なんて、気が重過ぎる。というか、志望校の話で気が重くならない人なんて、滅多にいないんじゃないだろうか。…って考えてると余計気が重くなるし、この思考は早々に止めよう…。

 

「…………」

 

 一度パソコンから目を離し、ぐるりと生徒会室の中を見回す。

 生徒会本部。実権なんかありゃしないけど、一応は学校の生徒の代表と言える立場で、形だけで言えば企業で言う経営陣、政府で言えば内閣に該当しそうな集まり。いやほんと、実際にはそう表現するだけで悲しくなってくる位権限なんてものはないんだけど…まあとにかく、リーダー的な立場にある組織である事は間違いない。

 そしてその長、生徒会長は生徒全体の長でもある。だけど正直、今の生徒会長にカリスマ性があるかと言えば…微妙なところ。

 

(まぁ、親しみ易いし率先して動く人だし、同じ役員として信頼出来る人物だけど)

 

 会長に悪いな…と思って心の声でフォローしつつ、俺はぼんやりと思考を続ける。

 全くカリスマ性がないって訳じゃない。そもそもカリスマなんて漠然とした言葉だし、親しみ易さもカリスマ性の一つになり得る。ただでも、多くの人が何となくのイメージで考える『生徒会長像』からはやや離れているのが今の会長で…だけど確かに、会長はこれまでしっかりと務めを果たしてきた。間違いなく、生徒の代表をしてきていた。

 

「…決まった形なんてない、つまりはそういう事だよな……」

「うん?何がだ?」

「あ、ごめん。独り言だから気にしないで」

 

 そうぽつりと呟きながら、そして聞かれたその言葉を誤魔化しながら、俺は思考を結論付ける。

 何故こんな事を考えたかと言えば、それは先日刀一郎さんに言われた、俺の言動が士気の向上に繋がった…という言葉を思い出したから。どうしても俺には、俺が周りにそんな影響を与えたんだっていう実感がなくて…でも、頭では分かっている。生徒会長と同じように、「○○らしい」の○○に該当するかどうがが、絶対条件じゃないって事は。勇猛な姿を見る事で鼓舞される人もいれば、逆に情けない姿を見る事で自分が頑張らなくては…という思考に繋がる人もいて、結局のところ人それぞれなんだという事は。

 

(…でもだとしたら、俺はなんだろう。圧倒的な実力がある訳じゃない、弁が立つ訳でもない…だとしたら、一体俺は……)

「…先輩、何か困ってるんっすか?さっきからずっと手が止まってるっすよ」

「…あ…っと、指摘ありがと慧瑠」

「いえいえー。…こうしてると、自分がまだ普通に存在してた頃を思い出しますねぇ。と言っても、まだ半年も経ってないっすけど」

「…そうだね」

 

 結論付けたのにまだ続く思考を止めたのは、横から覗き込んできた慧瑠。続く感慨深そうな言葉に俺も一つ頷いて、自分がやるべき仕事を再開。

 俺の言動の内、具体的には何が士気の向上に繋がったのか、俺のどんな部分が良かったのか、それは分からない。

 だからこそ、確かめたい。確かめて、それも俺の力にしたい。……まぁ、今はそれより目の前の仕事を片付けなきゃいけないんだけどね。

 

 

 

 

 今日も双統殿で鍛錬。平日だからあまりがっつりとは出来ないが、そもそも努力ってのは積み重ね。そういう才能がない限り急いだってすぐには実力は付かないし、逆に続けていれば方向性が間違ってなきゃ誰だってそれなりに成長する。…つか、そうじゃなきゃやってらんねぇよな。

 

「一年前の…いや、半年位前の俺が今の俺を見たらどう思うかねぇ……」

 

 前の俺はあんなに頑なだったのに、今じゃ誰に言われるでもなく、自分から霊装者としての能力を高めようとしている。人は変わるものとはいえ、やっぱ嘗ての俺なら驚くんじゃないだろうか。血迷ったか…とか言うかもしれない。

…というのはまぁどうでもいいとして、当然向かうのはトレーニングルーム。長くやる気はないし、全体的に軽く流すか、それとも何か一つに絞るか俺は考えていて…そこで、見知った顔を発見する。

 

「ん?…あ、茅章」

「え?あっ、悠耶君。ここで会うなんて珍しいね」

「ま、そうだな。…もしかして、今から訓練か?」

「うん。…もしかして、悠耶君も?」

 

 訊き返してくる茅章の言葉に、俺は首肯。先日の御道といい今日といい、よくタイミングが合うなぁ。

 

「そっかぁ…そういえば僕、悠耶君が戦う姿を近くで見た事なかったかも。元旦のあれは、戦いなんてものじゃなかったし…」

「言われてみるとそうだな…。…ふむ……」

「…悠耶君?」

「…茅章。ちょっと相談なんだが……」

 

 茅章とも知り合ってから結構経ったが、確かに霊装者として関わった事は殆どない。…まぁ、そもそも俺自身が霊装者としての活動をあまりしてこなかったんだから当然だが。

 それはさておき、茅章の声音に混じっていたのは興味の感情。それを感じた俺は少し考え…ある頼みを、口にした。そして、十数分後……

 

「…よし。悠耶君、準備出来たよ…!」

 

 場所は移ってトレーニングルーム。先日の御道と綾袮の様に、俺と茅章は向かい合っていた。

 

「…悪いな、付き合わせて」

「もう、さっきも良いって言ったでしょ?それに…きっとこれは、僕にとっても価値のある経験になると思うから」

 

 見れば分かる通り、俺が茅章に頼んだのは模擬戦の相手。訓練と実戦は違う以上、ただひたすらに練習したって足りないものがある訳で…それを補うべく、俺は茅章に頼み込んだ。

 快諾してくれて、しかも積極性まで見せてくれる茅章は、もう良い人以外に表現のしようがない。これはもう、今度は何か茅章の頼みを聞かざるを得ないだろう。いやむしろ、聞いてあげたいという気分ですらある。

 

「…なら、合図はどうする?コインの代わりに小銭か何かを投げてみるか?」

「…悠耶君は、どうするのが良い?」

「俺はなんだって良いさ。何なら、もう始まってるって事でも構わない」

「そっか…じゃあ……」

 

 感謝している。けどそれはそれ、模擬戦は模擬戦。その思いで俺は意識を切り替え、茅章を見やると、茅章も小さく息を吐き…仄かに青く発光する無数の糸が、茅章の周囲に漂い始める。

 

(そういや、茅章の武器はそうなんだったな……)

 

 直接見るのは初めてだが、話は御道から聞いた事がある。だから驚きはしないが…何というかやはり、独特だなと思う。

 向こうはもう構えた状態。距離的にも、いつ攻撃が飛んできてもおかしくない。そんな状態で、互いに動かないまま数秒が経ち……俺が先に動き出す。

 

「先手は、貰った…ッ!」

 

 武器を抜かずに床を蹴り、目を見開く茅章へと肉薄。それと同時に右手を腰に下げた直刀へと当て、本来のサイズに戻しながら抜き放ち斬る。

 形としては、居合の様なもの。なんちゃって居合もいいところだが、インパクトは十分にあった筈。実際茅章は後退るようにして一歩下がり…されど刃は、集まった糸によって絡め取られた。

 

「いきなり、容赦ないね…!」

「手を抜いたら、模擬戦する意味ないからな…ッ!」

 

 俺からの斬撃を防ぎながら、茅章は防御に使っているのとは別の糸の束で左右から反撃。直刀を引き抜くようにして後ろに跳ぶ事で回避した俺は、空いている左手で拳銃を抜いて射撃を三発。元々これで決めるつもりなんてない射撃だったが、それ等は全て網の様に展開された糸によって阻まれてしまう。

 

「今度はこっちから行くよッ!」

 

 そう言いながら、何本かを束ねる事で細い縄の様になった糸を打ち込んでくる茅章。最初の攻撃で分かっていた事だが糸の強度はかなり高く、振るった直刀は糸の束を斬り裂く事なく横へと弾く。

 次々打ち込まれる幾つもの糸の束を、直刀と拳銃で続けて迎撃。今のところ、糸の動きを見切れてはいるが…まだ慣れない。

 

(結構多彩だな…攻防一体、ってとこか……)

 

 時に束ね、時に分離し、更に状況に応じて束ねた物同士で束ねる、或いは網目状に組み合わせる事によって、逐次形状を変えながら攻撃と防御の両方を担う糸。一本一本は細い糸に霊力を籠められるようにした技術も凄いものだが、感心するべきはそれを扱う茅章の技能。

 当たり前だが、霊力を籠めたからって糸は勝手に動く訳じゃない。配置や組み換え、動かす軌道と操作一つ一つを茅章が一人でやっている訳で、それには相当な集中力と霊力のコントロールが必要だという事を考えれば、茅章の努力は計り知れない。

 勿論、普通は糸を武器に…なんて想像もしないだろうから、茅章の才能に合わせた武器を探していった結果だろう。勧められた可能性が高いだろう。…だがだとしても…凄いものは、凄いんだよな…ッ!

 

「反撃は、させない…ッ!」

 

 何度目かの迎撃を果たした瞬間、俺と茅章との間の空間が開ける。その隙を逃すまいと俺は突進をかけるが、周囲で伸びたままになっていた複数の糸の束が一斉に内側、つまりは俺の方へと迫る。

 それはさながら、閉じていく傘の骨。無理をすれば一か八か刃が届くかもしれない距離だが、そういう危ない賭けはここぞという時に行うもの。だから俺は身体を捻って、束と束の隙間から離脱。着地と同時に床を蹴り、そこで改めて攻撃を仕掛ける。

 

「やっぱり届かない、か…ッ!」

 

 今度は接近に成功したものの、一度回避行動を取った分茅章には余裕が生まれ、振るった直刀は糸によって阻まれる。力を込め続ければ茅章に当たる事も出来るかもしれないが…まぁ、それを茅章が黙って見ている訳がない。

 それから俺は、何度かヒットアンドアウェイを敢行。攻撃を凌ぎながら何度も接近と離脱を繰り返すのは中々に体力のいる事で、しかも少しずつ茅章が俺の速度に慣れてきたのか、攻撃の精度も上がってきている。…けど、これでいい。何も焦る事はない。

 

「強いね、流石悠耶君…!けど、僕も負けないよ…ッ!」

「そうこなくっちゃ、な…ッ!」

 

 上体を逸らす事で糸の束による横薙ぎを避け、背後へ回り込もうとした俺。だがそうはさせないとばかりに茅章もその場で鋭くターンし、刺突の如く二つの糸の束を打ち出してきた。

 所詮糸。されど糸。何度も仕掛け、何度も攻撃と防御を引き出す事によって糸の強さを十分に知る事が出来た俺は、舐めてかかれば正に絡め取られる事をよーく分かっている。だから迫り来る束二つに対し、俺が取ったのは直刀によるフルスイング。二つを続けて捉えられる軌道で直刀を思い切り振り抜き、力技で糸の狙いを逸らさせる。

 

「からの…ここだッ!」

「……っ!」

 

 振り抜いた事で、大きく捻られた俺の身体。その状態から俺は身体を逆側…つまりは本来の体勢となる側へ改めて振るい、その動きの中で左腕を伸ばす。

 その先にあるのは、持ったままの拳銃。このまま動けば、途中で銃口は茅章の方を向く。そしてその事は俺の発した声で理解したのか、茅章は即座に防御体勢を取り……次の瞬間、俺は放つ。

 左手より飛んでいく、一つの物体。だがそれは、銃弾ではない。俺の左手より放たれたのは……拳銃そのもの。

 

「えっ……?」

「──際有りだ、茅章」

「な……ッ!?」

 

 飛んだのは銃弾ではなく拳銃。撃ち出される弾ではなく、発射装置そのもの。しかも茅章が展開した糸の防御を掠める事もなく明後日の方向へと飛んでいくそれに、茅章は呆気に取られた表情となり……その時点で、俺は殆ど勝利を確信した。

 茅章が拳銃の飛んでいく先に気を取られている間に踏み込んだ俺は、下段から両手で持った直刀を一閃。咄嗟に茅章は防御を下側へ集中させようとするが…もう遅い。

 

「……っ…!」

「おっと」

 

 完全に崩れる糸の防御。がら空きとなった事で茅章は腰に手を…恐らくは拳銃かナイフ辺りを抜こうとしたが、それより先に俺は左手でもう一本の刀を抜刀。純霊力の刀の斬っ先を茅章の胸元へと向け……模擬戦は、終了する。

 

「……っ、はぁあぁ……」

「…大丈夫か?茅章」

「う、うん…ちょっと緊張が解けて、力が抜けちゃっただけ…」

 

 息を止めていたかのように大きく息を吐き、すとんと尻餅を突く茅章。その反応に少し不安になった俺だが…単に身体が弛緩しただけの様子。

 二振りの刀を仕舞い、差し出す右手。掴んだ茅章を引っ張り上げると、茅章は恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「あはは…まんまと騙されちゃったなぁ……」

 

 そう。拳銃をすっ飛ばした俺だが、別にすっぽ抜けた訳じゃない。あれはわざと。茅章の注意を逸らす為にやった、陽動の一手。こういう意外な、一見ミスかふざけているかに思えるような行動程、相手の意表を突けるもので…特にこういう策は、真面目な奴程効果がある。

 だが勿論、それだけじゃ足りない。隙は作れるが、勝利を確信出来る程にはならない。だからこそ、俺は何度もヒットアンドアウェイを仕掛け…確かめた。糸の長所と短所を。どういう使い方をするのに長けていて、逆にどういう攻撃には弱いのかを。

 

「…やっぱ、衝撃には弱いんだな」

「…うん、結局の所糸だからね。僕が直接両端を持ってる訳でもないし」

 

 そう言って、茅章は肩を竦める。その反応からして、俺が突いた弱点に関しても、茅章は認識していた様子。

 攻防一体の糸の弱点。それは今茅章が言った通り、如何に霊力によって強化されていようと、糸は糸だって事。とにかく軽く、それ故に吹っ飛ばされ易いって事。これが普通の武器なら、咄嗟の反応になっても力を込める事である程度は耐えられるだろうが…茅章はこれを、霊力で動かしている。腕の振りに合わせて動かしている事もあるが、糸の性質上、一ヶ所だけ持っていたって衝撃になんか耐えられない。

 だからこその、拳銃の投擲。それで意識を逸らして、咄嗟の行動じゃ間に合わない状況を作り上げ…後は、さっきの通り。

 

「…はー…やっぱり強いね。完敗だよ…」

「茅章も中々のものだと思うけどな。ぶっちゃけ霊装者として勝ったってより、作戦で勝ったって感じだし」

「ありがとう、悠耶君。…でも、本気じゃなかったよね?」

「……?いや、そんな事は……」

「あるよ。悠耶君、ライフルの方は使ってなかったじゃん」

 

 俺の言葉を遮る形で、茅章は言葉を続ける。それと同時に、俺の腰…縮小させたままのライフルへと、視線を向ける。

 

「…それを言うなら、茅章もだろ?」

「僕は糸との併用が難しい…というか、射撃にしても近接格闘にしても、下手に別の武器を使うと邪魔になり兼ねないからだよ。けど悠耶君は、最初からライフルを使わず拳銃を使ったよね?それは……」

「あー…いや、ほんとに本気じゃなかったなんて事はないって。確かにライフルじゃなくて拳銃を選んだけど、それは俺が近接戦を選びがちっていうか、そういうタイプなんだよ、俺は」

 

 言いたい事は分かる。そう判断するのも理解出来る。だがそうじゃない。それはあくまで勘違いだ。そんな思いから、俺は頬を掻きつつ否定する。

 好きなものは真っ先に食べるタイプと、少しずつ食べるタイプと、最後まで残してから食べるタイプがあるように、人には誰しも『自分はこうする』ってものがある。それは戦闘においても言える事で、俺は近接戦を主体においた戦術を立てる。必要なら近付かずに遠距離戦に徹する事もあるが、そうじゃない場合は基本的に近接戦をメインにして、射撃は近接戦ありきで考える事が多いってのが、俺って人間。今回の模擬戦でも射撃は牽制や迎撃中心の使い方しかしなかったから、取り回しの良い拳銃を選んだってだけの事。

 だがまあ普通は、遠距離戦を主体にする。わざわざ相手に近付いて戦うなんて、よっぽど実力があるか、よっぽど射撃が苦手かじゃなきゃ、メリットよりもリスクの方が大きいんだから。もしも御道みたいに共闘した事があれば、俺はそういう人間なんだって実際に見て分かってもらえてたんだろうが…そうじゃないんだから仕方ない。

 

「…って訳で、敢えてライフルを使わなかった訳じゃないんだよ。そっちの方が戦い易いってだけなんだ」

「…そう、なんだ……ごめんね?なんか、疑うような事言っちゃって……」

「気にすんな。俺は気にしてないからさ」

 

 離れる場面が何度もあったのに、拳銃ばかりを使ってライフルは使わなかった。そんなの普通に考えたら「わざと」だと思えるし、それ抜きにも茅章へ怒ろうだなんて俺は思わない。

 俺の返しを受けても、最初茅章は浮かない顔だった。だがそれから茅章は一度顔を下に向け…次に顔が見えた時、そこには穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「…うん。どっちにしろ、僕は悠耶君には敵わない。一歩じゃなくて、二歩も三歩も悠耶君は先にいる。それが事実だもんね」

「や…それに関しても、俺は……」

「ううん、良いんだって。悠耶君や顕人君が凄い事は知ってるし…その方が、頑張ろうって思えるから」

 

 人間、成長していくと段々素直さが無くなっていく。素直でいる事が恥ずかしいとか、得の為に小賢しくなっていくとか、捻くれてしまうとかで元々あった素直さが薄れていく。個人差はあれど、大概はそういうものだ。

 だが、茅章は違う。茅章からは、そういう事のない真っ直ぐな素直さを感じる。無邪気って訳じゃなく、前に話を聞いた限りじゃ色々悩みも抱えてきた過去があり…それでも茅章は、捻くれたり歪んだりしていない。そしてそれはきっと…茅章が、心の強い人間だからだろう。物事を真っ直ぐに見て、素直に受け止められる…それは間違いなく、誇れる強さだ。

 

「…負けてられないな」

「え?負けてられないって…誰に?」

「茅章にだよ」

「……?僕…?」

 

 案の定分かっていない様子の茅章を見て、俺はふっと軽く笑う。そりゃ勿論、説明すれば伝わるだろうが…捻くれ者の俺に、それをするだけの勇気はない。だって、なんかちょっとこれを話すのは恥ずいからな。

 霊装者となったその時からずっと努力を重ね、力を伸ばし続けてきた御道。大概の人は手放してしまう物を持ち続けている、それが出来る強さのある茅章。数少ない俺の男友達は、両方真っ直ぐと前に進んでいて…だからこそ、思う。今のままがいい、それ以外は知った事か…そんな考えは、俺なりの覚悟を持った意思だったとはいえ…きっと、後ろ向きの思考だったんだろうと。恥じはしないが…やはり、俺ももう前までの考え方に戻るつもりは、ない。

 

「…さて、今日はこれだけにしておくか」

「あ、そうなの?」

「帰ってからもやる事あるし、明日も普通に学校だからな」

「まぁ、そうだよね。じゃあ僕も今日はこれで終わりにしようかな。…思った以上に、疲れちゃったし」

「緊張すると、実際に動いた以上に疲れるもんなー」

 

 時間はそれ程長くなかったが、価値ある時間を過ごす事が出来た。そう判断して俺は切り上げ、茅章も呼応。という訳で俺達はトレーニングルームを出て、俺は軽く汗もかいたしシャワーにでも……

 

「…………」

「…あれ?どうしたの、悠耶君」

「…な、なぁ…茅章は、シャワー…浴びてくのか……?」

「え?…うん、そのつもりだけど……」

 

 次の瞬間、ぴたりと止まる俺の足取り。振り向いて訊いてくる茅章に対し、俺はおずおすと質問を返す。そして返ってきたのは…肯定の言葉。

 俺はシャワーを浴びようと思っていた。茅章もそのつもりらしい。という事はつまり、俺達は同じシャワー室を、同時に使う事になる。なるに決まっている。

 だが、待ってほしい。だからなんだというのだろうか。別に何か問題がある訳じゃない。茅章は本人も言う通り男で、同性が同じシャワー室を使うというのは至って普通な、どこにでもある事。そう、そうだ。何もおかしくない。何も変に思う事はない。何も、何も、何も……ッ!

 

 

 

 

 

 

「……そうか。じゃ、俺は少し寄るところがあるからここからは別だな。今日はありがとう茅章。またな」

「あ、う、うん。またね、悠耶君……」

 

……頭じゃ分かっている。理解してる。だけど出来ない事って…何か、目の当たりにするのは避けたい事って…あるよな……。


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