双極の理創造   作:シモツキ

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第百七十三話 示された提案

 自分の事、緋奈の事、今の俺が大切だと思う人達の事…再びの始まりとなってから色々経験して、俺の中での思いも少しずつ変わっていって、必要な時に必要なだけの強さがなくて、そのせいで後悔するような事になるのは嫌だという自分の気持ちに気付いてから、俺は鍛錬をするようになった。普段の日課となっている筋トレではない、霊装者としての鍛錬を、昔の様に再び始める事にした。

 

「今日は、どうすっかな…っと」

 

 双統殿の廊下を歩きながら、今日行うメニューをざっくりと構築する俺。

 鍛錬を初めてから、そこそこ(つってもまだ一ヶ月弱だが)経った。筋トレと違って当然霊装者としての鍛錬の多くは家の中や敷地内じゃ出来ないから、鍛錬の際はこうして双統殿に訪れている。

 

「一番の問題は、感覚なんだよなぁ……」

 

 闇雲にただ練習を重ねたって、基礎以上のものは身に付かない。必要なのは目的…つまりは「どうなりたいか」で、一先ず当面の目標は嘗ての俺に追い付く事。自分で言うのもなんだが、嘗ての俺はそれなりに手練れの霊装者だった(筈だ)から、それを目標にするのは悪くない筈。

 だが目標にすると言っても、対象は嘗ての俺自身。具体的な技術や数値ではなく、感覚や記憶を頼りとする訳だが、記憶や精神は同じでも身体や能力は嘗てとは別。そしてそのせいで、どうしても抱いてしまうのが違和感。

 鍛錬そのものには問題ない。道のりは長そうだが、一歩一歩進んではいる。けれどやっぱり、しっくりこない感じは抜け切らない。

 

(靴を買い換えた時とか進学して通学路が変わった時みたいに、自然に慣れていってくれるといいんだが……)

 

 そんな事を考えつつ、俺が入ったのはトレーニングルームに繋がる休憩所。特に何かするでもなく、俺はそこを素通ししようとして…ふと気付く。備え付けられたモニターに、よく知る人物二人が映っている事に。

 

「…なんだ、御道達も来てたのか……」

 

 それは、この先で行われているであろう訓練の光景。映っているのは、御道と綾袮。今は模擬戦形式で訓練をしている最中なのか、二人はトレーニングルーム内を飛び回る。

 

(…相変わらず、派手なもんだな……)

 

 ひらひらと軽快に飛ぶ綾袮に対し、御道は次々と射撃を撃ち込む。両手のライフルは勿論の事、背負った砲を好きあらば放ち、更に綾袮へと追い縋るべく霊力を吹かすその姿はとにかく豪快。力任せの動き方…って訳じゃないが、技術や戦法よりもまずはその霊力を惜しまない戦い方が印象に残る。

 出し惜しみなしの攻撃なだけあって、その火力は大したもの。だが綾袮はその砲火をすり抜け、光弾を斬り裂き、巧みに御道の攻撃を凌ぐ。今のところは回避と防御に徹しているが……恐らく、攻勢に出ようと思えば出られるのだろう。

 

「妃乃もだが…ほんと、半端ない実力だな……」

 

 嘗ての俺には、霊装者としての能力しかなかった。宗元さんや部隊の皆に良くしてもらって、今となっては良い人達に恵まれたって思える事も沢山あったが、それでも俺は戦い以外能のないような人間だった。

 対して綾袮や妃乃は、それぞれ宮空、時宮の娘としての立場がある。多くの事を学び、経験しなきゃいけなかっただろうし、今は普通に学生としても生活している。にも関わらず、他の追随を許さない程の実力があるんだ。そりゃ勿論、最高クラスの才能を持つ家系に生まれたからってのもあるだろうが…一体どれだけの時間を、どれだけの日々をその両家の人間として費やしてきたのか。昔よりずっと平和な現代でさえ、それ程の事をしてきた…或いはさせられてきた二人は、自分の歩んできた人生をどう思っているのだろうか。妃乃は、時宮の人間として生まれた事を誇りに思っているらしいが、果たしてそれは本当なのか。…気付けば俺は、随分と飛躍した思考をしていて……その間に、戦況は変わっていた。

 

「…そう動くか……」

 

 先程までとは打って変わって、真正面から弾幕を突破し肉薄をかける綾袮。ある程度迫られたところで追い払うのは無理だと判断したのか、御道は左のライフルを手放し純霊力の片手剣を抜く。そして振るわれた大太刀と片手剣が激突し、火花の様に片手剣の刀身を形成している霊力が散る。

 無理だと判断してからの思い切りの良さは、悪くない。だが曲がりなりにも大太刀一本で魔王と『戦闘』が出来る程の力を持つ綾袮から仕掛けられた近接戦に乗るのは、どうだろうか。実際最初のせめぎ合いこそそれなりの形にはなっていたものの、そこからは完全に翻弄されている上、綾袮は上手く立ち回る事によって一度も御道に撃たせていない。

 接近戦となっていた間、綾袮が致命傷を負わせられたであろう場面が何度もあった。されどあくまで稽古だからか、その全てを綾袮は斬るふりをするかそもそも何もしないかで終わらせて、戦いを続行。そうしてある時、両者の距離が多少ながら開き…そこで御道は、大きく跳ぶ。

 

(…確かに、強くなってんだな……)

 

 後方へ跳び上がりながら御道は片手剣を拳銃に持ち替え、四門での重遠隔攻撃を再開。圧倒的な霊力量を活かした「撃ちまくる」戦い方を眺めながら、俺は思う。

 妃乃は、その内俺が御道に抜かされるかもと言っていた。あれは冗談混じりというか、俺を煽る意図が含まれている発言だったんだろうが…今の俺は、この弾幕を凌ぎ切れるだろうか。綾袮の様な正面突破は無理だとしても、何とか攻略する事が、今の俺に出来るだろうか。

 

「…全く…俺も随分と怠慢なもんだ」

 

 色々とイレギュラーな俺と違って、四月の時点で御道は完全な素人だった。霊力量が飛び抜けていると言っても、訓練なしでそれを活かす事なんて出来ない。そして今の御道には、その結果が…俺が何もしてこなかった間の努力の成果が表れている。

 無論、成長速度は人それぞれだ。だが、俺は見つめなくちゃいけないだろう。積み重ねてきた御道と、過去の経験や知識に胡座をかいていた俺の間にある、確かな差を。実力ではない、使ってきた時間という差を。

 

「……さて」

 

 その後も御道は善戦していたが、最終的には背後を取られてからの軽いチョップで決着となり、模擬戦形式の訓練は終了。ふぅ、と軽く吐息を漏らすだけの綾袮に対し、御道は疲労困憊で、そこからも二人の実力差が伺える。で、そこまで見たところで俺はモニターの前から離れ、休憩所からルームの中へ。

 

「…って意味じゃ確かに悪くないけど、遠距離に比べたら全然脅威を感じられないし、やっぱりただ斬り結ぶだけじゃ……って、あれ?悠耶君?」

「よぅ、結構ハードな訓練してんだな」

「師匠として、顕人君のやる気に応えない訳にはいかないからねー。悠耶君も訓練?」

「そういうこった」

 

 気付いた綾袮からの言葉に応えつつ、俺は手に馴染んだ直刀を抜く。軽く構え、霊力を流し、その通り具合で今日の自分の調子を確認。

 

「…千嵜…あんまり霊装者としての活動は、しないんじゃ…ないっけ…?」

「俺にも色々あんだよ。つか人間なんだから、いつまでも同じ考えな訳あるか」

「あ、それもそうか…」

「へぇ、なら悠耶君の相手もしてあげよっか?」

「遠慮するよ。良い経験にはなりそうだが、うちには『なんで私の協力は断る癖に、綾袮には一発で協力してもらってんのよ!』…って言ってきそうなお嬢様がいるもんでね」

「あー、そうだったね。そういうとこは結構意地張るタイプだし」

 

 今日も問題ない事を確認した後俺が鍛錬を始めると、少ししてから御道の方も訓練再開。今度は先程の結果から見えた問題を改善していく事が目的のようで、お互い淡々とトレーニングを繰り返す。

 

「…………」

 

 御道は真面目というか、どちらかと言えば素直なタイプだ。そりゃ、俺の知らない面も当然あるだろうが、変に捻くれず目の前の事へ真剣にぶつかる性格だってのは、恐らく間違いないだろう。

 だからこそ、分からない。俺よりずっと真っ当な精神をしているであろう御道だからこそ…分からないんだ。あの日、依未の見た予言の意味が…俺と御道が、敵対しているように見えたその意味が。

 

 

 

 

 前に比べて、綾袮さんとの訓練はハードになっているような気がする。…というか、間違いなくなっている。現に、千嵜もハードだと思ったみたいだし。

 けれど同時に、充実感もある。少しずつでも、強くなれている実感がある。それがあるから、強くなれた、前に進めたという感覚がいつも疲労で滅入りそうになる気持ちを凌駕してくれるから、俺はここまで一度も訓練を嫌だと思った事はない。

 

「ふー…お待たせ、綾袮さん」

 

 訓練終了後、シャワーを浴びた俺は待っていてくれた綾袮さんと合流。

 模擬戦以外でもかなり動いた俺と違って、綾袮さんは見ているだけの時間も結構あったとはいえ、模擬戦中は綾袮さんだってそれなりに動いていた筈。でもシャワーを浴びる必要がない位、全然汗をかいてないんだとか。…凄いなぁ、ほんと……。

 

「はい、顕人君」

「わ、ありがと。悪いね、待たせただけじゃなくて飲み物まで」

「んーん、これ位どうって事ないよ。待ってる間はやる事もなかったしさ」

「けど、わざわざ用意してくれた事には変わりないでしょ?だからやっぱり、ありがとうだよ」

「そ、そう?…そう言うなら、素直にありがとうは貰っておこうかな…」

 

 何気なく俺が重ねて感謝を伝えると、綾袮さんはちょっぴり頬を赤くして、つんつんと両手の人差し指を突き合わせる。その漫画やアニメじゃ時々出てくる仕草を実際にやってる綾袮さんの姿は、ついついじっと見てしまいたくなる位には可愛らしさがあって…けれどその仕草を始めた数秒後、はっとした顔をした綾袮さんはぷるぷると首を左右に振る。

 

「そ、それより顕人君、今回言った事はちゃんと覚えてる?身体だけじゃなくて、頭にもちゃんと叩き込まなきゃ真に『成長した』とは言えないんだからね?」

「あ、うん…。…そういえば…綾袮さんは、普段訓練とかしてる?俺の指導に時間を取られちゃって…とかになってない?」

 

 若干あたふたしながらも、話を訓練の事に戻す綾袮さん。困惑しつつも一先ずそれに頷いたところで、ふと俺は綾袮さんの事が気になった。

 元から訓練なんてしてない…って事はないと思う。学業はともかく、霊装者の事に関しては本当に真面目なんだから。でも思い返せば訓練らしい訓練をしている姿を見た事がないし、もしかしたら今は俺がその時間を取ってしまっているのかもしれない。…そんな不安を抱いて訊いた俺だけど…綾袮さんはそれを否定。

 

「大丈夫だよ、顕人君。ちゃんと自分の事をする時間は取ってるから」

「って事は、訓練が出来てるんだよね?」

「…それはどうでしょう?」

「え、な、何故にここではぐらかしを…?」

 

 全く意味の分からないタイミングではぐらかされ俺は頭に疑問符が浮かびまくるも、綾袮さんは教えてくれない。ぐぐぐ…しまった嵌められた…多分これ、綾袮さんに乗せられる形でからかわれたパターンだ……。

 

「…はぁ…まあ、問題ないなら良いけどさ……」

 

 結局分からないまま廊下を歩く事数分。粘ってどうにかなる感じもなかったから俺は諦めて……っと、着信だ。

 

「…へぇ、やるなぁ……」

「どれどれ…おー、確かにやるねぇ」

「うん、何さらっと人の携帯の画面見てんの?」

「大丈夫大丈夫、見ちゃ不味そうな画像とか動画開いてる時は見ないって」

「許可なく見るなって言ってるの!」

 

 送り主は富士の任務で仲良くなった内の一人で、内容は趣味のトランプタワーで新記録を出せたという、単なる雑談のメッセージ(と、タワーの画像)。綾袮さんからすれば、「これは大丈夫な気がしたから見たんだよー」って事なんだろうけど…ちゃんと叱らないからこういう事するのかなぁ…。…って、俺は保護者か……。

 

「にしても、こうやってちょくちょく連絡取り合ってるの?」

「ちょくちょくって程じゃないけど…まぁね。折角交流が出来た訳だし」

 

 携帯一つでぱぱっとやり取り出来るんだから、便利なものだよなぁ…と思いつつ賞賛のメッセージを送り、携帯をポケットはしまう俺。…そうだ、富士と言えば……。

 

「そういえばさ綾袮さん、富士山での儀式ってどうなったの?もうやった?」

「やったよ。ほら、少し前にわたしが家を空けた日あったでしょ?」

「あぁ、あの日か…。言ってくれればいいのに……」

「あれ?言ってないっけ?」

「言ってないって」

「えー、言ったと思うけどなー」

 

 いつの間にやら終わっていたらしい例の儀式。まだならともかく、終わっているのであればもう話す事もない訳で、締めも何とも緩い感じに。強いて言えば、撃退した魔物の群れが今どうなっているかは気になるけど…ちゃんと儀式が出来たって事は、それもやっぱり問題ないんだと思う。

 そんな事を考えている内に、俺達は地下通路へ降りられるエレベーターの前に到着。そこで下降のボタンを押そうとして…再び鳴り出す着信音。でも今度は俺じゃない。

 

「っと、ちょっと待っててね」

 

 俺から少し離れつつ、綾袮さんは携帯を手に。距離的には、耳を澄ませば辛うじて聞こえそうな気もするけれど、それをやったらさっきの綾袮さんと五十歩百歩。だから聞いてしまわないよう逆に意識を張りながら待っていると、すぐに綾袮さんは戻ってきた。

 

「…早いね」

「まあ、ね。それで、なんだけど…ごめん、顕人君!今から一緒に、おじー様の所に来てくれる…?」

「…呼び出しの電話だったの?」

「呼び出しの電話だったの…」

 

 非なんてないのに申し訳なさそうにする綾袮さんに肩を竦めて、俺はそのお願いに首肯。確かに急な呼び出しは気分の良いものじゃないけれど、綾袮さんに申し訳なさそうな顔をされたら断れないし、そもそも呼び出し主は組織のトップ。つまりどっちにしろ俺に拒否するなんて選択肢はなく……くるりと方向転換した俺達は、刀一郎さんの執務室へ。

 

「来たよー、おじー様」

「失礼します」

 

 例の如く家族である綾袮さんはラフに、そうじゃない俺は緊張感を持って中に入る。

 執務室の中にいたのは、刀一郎さん一人。ぱっと見で厳格そうに感じるのも、いつも通り。

 

「ああ、急に呼び出してすまないな」

「ほんとだよ。家族なんだから、そんなの気にしないでよ…って、言いたいところだけど…そういう、ちょっとした用事じゃないんでしょ?」

 

 少しだけトーンを落とした綾袮さんの言葉に、刀一郎さんは首肯。実際のところ、俺もそうなんだろうなと思っていた。だって、俺も呼ばれてるんだから。

 

「…顕人。先日の任務はご苦労だった。想定外の事態に対して行った、作戦続行に適した判断、それは私も評価している」

「あ、は、はい。恐縮です」

「だが一方で、無茶な行動であった事も否めない。…勝算はあったのか?」

「…いえ、正直勝算はあまりありませんでした。運良く協力を得られた結果、何とか成功させられた…それだけです」

「運良く、か…」

「…え、と……」

 

 元々の目的は撃破ではなく時間稼ぎ。けれど刀一郎さんの言う『勝算』というのは、成功させられる見込みがあったのか、出来ると感じていたのかって事。それ位は分かるから正直に俺が答えると、刀一郎さんは何か含みのある声音で呟き…けれどそれに続く言葉はない。

 

「おじー様、用事ってそれじゃないよね?…それとももしかして、それと関係がある事なの…?」

「そういう事だ。綾袮、あれについて彼に何か話したか?」

「え?…ううん、話してないけど……」

「ならば良い。…顕人、君にはある調査に参加してもらいたいと思っている」

「……!?」

「ある、調査…ですか…?」

 

 俺から綾袮さんへちらりと移る、刀一郎さんの視線。何も聞いていない俺は当然、「あれ」が何なのかなんて分からないし気になるけど、それに対する言及より先に、刀一郎さんの口から発されたのは調査という言葉。

 それを聞いた瞬間、綾袮さんはぴくりと肩を震わせた。その反応からして、どうやらその調査というのは綾袮さんも知っている事らしい。

 

「今話した、富士の調査だ。編成中の部隊に、私は君を組み込む事を考えている」

「…それは、その…任務とあらば、尽力致します…」

「…相変わらず固いな。何故自分が?…と思うのであれば訊けば良い。何も考えずただ従うのが良い人間だとは、お前も思ってはいないのだろう?」

「では…その点について、お聞かせ願えるでしょうか」

 

 任務であれば、従わない訳にはいかない。無論、慧瑠の時みたいな事は、もう二度としない…とは言い切れないけど、基本的には従うつもり。俺はそういう人間で、理由を訊いてもいいのかという迷いもあったから、訊きはしなかったけど…むしろそれは不味かったようで、軽く呆れられてしまう。

 ただでも、訊いても良いという言葉は貰った。だから素直にその理由を問うと、刀一郎さんは頷く。

 

「私がお前を参加させようとしている理由は、お前の…予言された霊装者、その意味を確かめる事だ。予言された霊装者は、一体何をもたらすのか。存在する事そのものに意味があるのか、それとも何かを成すという事なのか、そもそもお前やもう一人…千嵜悠耶がもたらすのは、協会にとって利なのか害なのか。これまでは、その時が来れば自ずと分かると思っていたが…昨年の魔王強襲を始めとして、この一年は何かと予想外の事が起こってきた。故に、何かまだ潜んでいるのであれば、それが顕在化する前に突き止めたい。そう思っての選択だ。…まあ尤も、これに関しては杞憂で終わる可能性もあるが」

「…自分が、何故予言の霊装者なのか。それは、私も突き止められるものなら突き止めたいと思っていました」

「当然の思いだな。…同時に、お前の存在は任務に参加する者の士気に良い影響を与えると私は見ている。現に、富士の戦闘ではお前の行動に感化された者が現れ、その結果任務の成功に繋がったのだからな」

「…お…私が、士気に……?」

「少なくとも、私やあの場の代理指揮官はそう見ている」

 

 一つ目の理由は、普通に理解出来るもの。この調査任務で、判明するなんて保証はないだろうけど…そもそも証明とは、物事を積み重ねていかなくちゃ出来ないものなんだから。

 でも、二つ目の理由には驚いた。俺が士気向上に繋がってるなんて思ってなかったから。皆が優しさで、応えてくれただけだと思っていたから。けど、そうだとしたら…予言の霊装者だとか、魔王と戦った事があるとか、そういう俺自身が直接見せたり話したりした訳じゃないものも含めての効果だとしても、俺にそれだけの力があるとしたら……

 

「ちょ、ちょっと待ってよおじー様!顕人君をって…それ、重要な調査だよね…?不測の事態だって、起こり得るんだよね…?そこに顕人君をだなんて……」

「危険だ、と言うのか?だが危険なのは、誰しも同じ事だ。よもや、他の霊装者であれば多少危険に遭っても構わないと言うのではないだろうな?」

「ち、違うよ…!そうじゃなくて、危険な部分もあるからこそ、まだ霊装者になって一年も経ってない顕人君を参加させるのは、顕人君にも周りにも危険が及ぶっていうか……そ、そもそも顕人君にメリットはないよね?予言に関しても、直接何かプラスになる訳じゃ……」

「いいや。重要な作戦であるからこそ、そこで務めを果たす事は、彼自身の評価に繋がる。…綾袮も知らない訳ではないだろう?綾袮から目をかけられているも同然な彼の事を、快く思わない者もいる事を」

「…それは……」

 

 不意に発された綾袮さんの言葉によって、一度途切れる俺の思考。理由は…恐らくはその調査が大変な、危険もある任務だからだろうけれど、俺が調査に参加する事を止めようとしていて、けれど刀一郎さんからの言葉に綾袮さんは口籠ってしまう。

 俺を快く思わない者もいる。…それは初耳だった。でも、あまり驚きはない。俺自身、優遇…というか、色々良くしてもらってるとは思っていたから。それに、具体的な事がよく分かっていないにも関わらず、予言の霊装者だからってだけで現トップの孫娘といつも行動してるだなんて、反感を持たれても仕方ないんだから。

 

「無論、そう思う人間の中には、誤解や偏見で彼を評価している者もいるだろう。だがなんであろうと百聞は一見にしかず、実績で証明するのが最も確実な方法だ。違うか?綾袮よ」

「…そう、だけど…その通りだけど、でも……」

「…ならば、本人の意思を聞こう。綾袮も、彼の意思を無視して主張する気はないだろう?私とて、やる気もない者をこの任務に参加させるつもりなどない」

 

 叱るではない、窘めるような声音で刀一郎さんから説き伏せられて、語気の弱まる綾袮さん。そこから刀一郎さんは俺へと視線を向けてきて、その目で俺に問いてくる。その気があるのか、それともないのかと。

 横からは、綾袮さんの視線も感じる。二人からの視線で、少し緊張してしまう。だけど、意思は…俺がどうしたいかは、もう決まっている。

 

「…私は…その調査に、参加したいと…参加させてほしいと、思っています」

「……っ…顕人君、分かってる…?…ううん違う、この調査の事はさっき聞いたばかりだもん、危険かどうかも分かってないんだよ…なのにそんな、この場ですぐ決めるなんて……」

「大丈夫だよ、綾袮さん。確かに、綾袮さんからすれば俺はまだ不安な事が多いんだろうけど…自分の限界は、分かってる。自分の欠点も、富士の任務でまた一つ理解した。だから無理はしないし、出来ない事をやろうとはしない。…これでも綾袮さんにここまで鍛えてもらってきたんだから、少し位は期待してほしいな」

「…してるよ、顕人君には期待してる…してる、けど……」

 

 申し訳ない。…そんな気持ちはあった。綾袮さんが、俺の身を案じてくれてる事は伝わってきたから。

 でも俺は、頑張りたい。予言の霊装者である意味を知りたいし、士気の向上に繋がる力があるならそれも伸ばしたいし、証明もしたい。俺がどうこうじゃなくて、綾袮さんの為に「俺は依怙贔屓されているだけ」ではないと示したい。その思いがあるから、向き直った俺は穏やかな気持ちで綾袮さんへ伝えて…再び視線を奥へ戻す。

 

「…刀一郎さん。私は、自分が出来る事をする。それで、良いですよね?」

「当然だ、出来ん事をさせようとは思っていない。…それが、お前の意思で間違いないな?」

「はい」

「であれば、詳細は追って伝えよう」

 

 低く威厳のある刀一郎さんの言葉に、俺はしっかりと首肯。それをもって、刀一郎さんの中で俺が参加する事は決定。俺の中でも、参加するという意思は固まっている。

 ちらりと見た綾袮さんの顔は、やっぱり曇っていた。少なくとも、手放しに応援してくれるような心境じゃないようだった。

 でもそれは、仕方のない事。だからせめて、少しでも綾袮さんの心配が拭えるよう…これからも、俺は訓練を頑張りたい。綾袮さんが安心出来るよう、もっともっと強くなりたい。


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