双極の理創造   作:シモツキ

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第百六十八話 終われば後は

 あれから、俺達を包囲しようとしていた魔物の群れの方も、無事挟撃によって撃破された。流石に殲滅とはいかず、大勢がほぼ決まった時点で何割かには逃げられたらしいけど…何も討伐を目的に来た訳じゃないし、逆転からの敗北を喫した以上、少なくとも群れとしては暫く守りに入るだろうと綾袮さんも言っていた。

 そしてその後は特筆する事もなく、また群れで大規模な襲撃をしようとする魔物の一群へ甚大な被害を与えられたという事で、上々の成果と共に富士山探索任務は終了。無事……ではないけど俺達は下山し、今は支部に戻っている。

 

(うっ…ちょっと染みる……)

「これで良し、と。君、他に痛い所や違和感のある場所はないかな?」

「えっ…と、ない…です。はい」

「うん、それなら痛みが引くまでは安静にする事。消毒したとはいえ絶対大丈夫とは限らないし、傷口が熱を持ったりいつまでも痛みが引かなかったりした場合は、すぐにまた診てもらうように。いいね?」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 白衣を着た、中年…と思われる男性医師の方に、座ったまま頭を下げる俺。ここは支部内の医務室で、俺は今回の戦闘で負った切り傷や打撲、その他軽傷と言っていい程度の怪我の手当てを受けていた。

 

「良かったっすね先輩。骨折とか靭帯損傷とかの重傷にはなってなくて」

「全くだよ。強襲を受けた時には何人か結構酷い怪我を負ってたし、この幸運には感謝しないと……」

「…ま、骨の一本でも折ってた方が、先輩には良い薬になっていたかもしれませんけどね」

「うっ…き、厳しい事言うね……」

 

 医務室を出て廊下を歩いていると、隣を歩く慧瑠が話しかけてくる。かけられた言葉は割と普通…というか、状況的によくあるものだったけど、その後発されたのは中々毒のある指摘。普段とは違う意味で容赦のない発言に俺が振り向くと、慧瑠は真面目な顔付きで更に俺へと言葉を返す。

 

「厳しい事言うね、じゃないですよ。先輩、分かってるんっすか?先輩は自分がいなかったら、少なくとも一度は諸に攻撃受けてるんですからね?気持ちの話じゃなく、本当に戦力として自分を計上した上での判断なら良いっすけど、先輩がそんな事考えてたとは思えないですし」

「それは、その…ごめんなさい……」

「はぁ…自分には理解出来ないっすねー。あんな危険な策を提案するだけならまだしも、自分からその役回りを引き受ける…というか、速攻で始めるなんて」

「それはほら、一刻を争う事態だったし、頑張ってるのは他の皆…特に分隊の人達も同じな訳だし……」

「なら、尚更理解出来ないっす。他の誰かが頑張ってようが自分の状態には関係ないですし、綾袮さん以外は今日会ったばかりの相手でしょう?…それともこれが、魔人と人間の違いっすかね……」

 

 慧瑠が怒るのは当然の事で、慧瑠に助けられたのも事実。でも俺だってそうした理由はある訳で、それを説明しようとするも…返ってきたのは淡白な答えと、その後のどこか遠くを見るような瞳。

 悲しそうな感じはない。諦めてる感じもない。ただ、そういうものだと、そういうものなんだと事実を口にしているだけのようで、だけどそれに俺自身がどこか、寂しさのようなものを感じて……

 

「……それは、違うよ。慧瑠の言うのと、同じように考える人はいるだろうし…魔人だから冷たいとか、情が薄いとかじゃないと思う」

 

 気付けば俺は、慧瑠の言葉に返していた。そんな事はないよという、俺の気持ちを。

 それを聞いた慧瑠は、こちらを振り向く。振り向いた慧瑠は目を丸くしていて…その目で俺を見たまま言う。

 

「先輩……自分、冷たいとかは言ってないっすよ?」

「あ…う、それは……」

「わー、先輩酷いっすー。自分の事、無意識に冷たい奴だと思ってたんですねー」

「な、ち、違うよ!?今のは取り敢えずそれっぽい言葉を並べただけで、他意も裏の意図も一切合切ないからね!?」

 

 口元に手を当て、わざとらしく言ってくる慧瑠に俺はテンパり、慌てて弁明。まさかこんな返しがくるとは思っていなくて、完全に不意を突かれてしまった。うぅ…でも確かに、冷たいとか情が薄いとかは余計だった……。

 

「分かり易いですねぇ先輩は…そういうつもりじゃなかったんだ、ってさらりと返せば良いものを……」

「俺だってそれが出来るならそうしてるよ…。…でもほんと、それは一人一人の違いであって、人間だの魔人だのの話じゃないと思う。それに、さ…もう一つ、意識はしてなかったけど、無意識下にはあったんだろうな…って理由があるんだよ、俺には」

「…無意識下の、っすか?」

「うん。俺の中には、こうでありたいって姿…理想像、って言えば良いのかな?…があって、それに反したくはないんだよ。それに反したら、俺は理想から…夢から遠ざかってしまうって、いつも思ってるから」

 

 だから今日も、その理想に近付く為に、裏切らない為に動いたんだ。…そう、心の中で付け加える。

 いつだってそうだ。俺の行動原理には、俺の中の理想がある。俺はなりたい自分の為に戦っている。合理性なんかなくたって、無茶や無謀、時には愚かな選択だって…その道に、その先に自分の理想があるのなら、これからも俺はするだろう。そしてそれを、後悔だってしない筈だ。

 

「……そう言われたら、自分もこれ以上は言えないっすかねぇ…」

「え、そう?我ながら、主張としては全然強くないと思ったんだけど……」

「かもっすね。けど……あの時自分を助けたのも、理由の一つはそれでしょう?」

 

 そう言って立ち止まる慧瑠。反射的に振り向いた俺を見つめる慧瑠は、まるで俺の心を見透かしているような表情をしていて……そんな慧瑠に、俺はなんて返せば良いのか分からなかった。

 

「だったら自分は、先輩はそういう人なんだと思って行動するだけっす。自分は、そういう先輩のおかげで今ここにいて、先輩と一緒にいられるんですからね」

「慧瑠……」

「どうです?良い後輩でしょう?ま、実際には自分の方がずっと長く生きてるっすけど」

「はは…うん、そうだね。俺も、慧瑠がいつも側にいてくれて心強いよ」

「そう言ってくれると、何だか温かい気持ちになるっす…。…けど、心強い…っすか……」

「……慧瑠?」

 

 肯定してくれる事。これまでと今を、良いと思ってもらえる事。それは凄く嬉しい事で、その嬉しさもあって俺は慧瑠に笑いかける。すると慧瑠は、少しだけ口角を上げた柔らかな表情と共に右手を胸の前で握って……それからふと、柔らかな表情ば何かを考え込むような顔へと変わる。

 

「…元々、考えてはいた事なんっすけどね…。先輩、自分の物理的な干渉能力って、どこまであると思います?」

「物理的な…って、物を持ったり、何かを食べたり…って事?」

「そういう事っす。自分は認識されてこそいませんが、先輩の脳が作り出してる幻…って訳じゃ勿論ないっすからね。だから自分は……」

 

 再び真面目な顔となり、含みのある問いをかけてくる慧瑠。よく分からず俺が訊き返すと、慧瑠は自分の考えを口にしようとして……けれどそれは、廊下の先から聞こえてきた声に阻まれる。

 

「お、いたいた。おーい、怪我は大丈夫だったかー?」

 

 それに反応して前を向くと、声をかけてきた男性…それに、共に戦ったあの数人が揃ってこちらへと駆け寄ってくる。

 大丈夫だったかという問いに首肯を返すと、各々安心したような表情を浮かべる皆。そういう皆も全員が無傷って訳じゃないけど…幸いな事に、俺より酷い怪我をした人はいない。

 

「ふー、危ねぇ危ねぇ。帰る前に見つけられて良かったぜ」

「……?俺に何か用が…?」

「何かって…冷たい事言うなよー。俺達はもう、一緒に苦難を乗り越えた仲だろ?」

「お前、相変わらず人との距離の詰め方が雑だよなぁ…。悪いな、馴れ馴れしくて」

「あ、いや…言ってる事はその通りですし…」

「だよな?くーっ、あの状況で颯爽と時間稼ぎを買って出て、あんな奴相手に正面から空中戦をやるなんて、ほんと俺等とは経験が違ぇなぁ…!」

 

 ぐいぐいとくる一人の言葉に、他の人は苦笑い。俺も正直ちょっと苦笑というか、どうしたものか…という反応になって……それから、思い出す。俺は彼等に、きちんと言っておかなくてはいけない話がある事を。

 

「…あの…ちょっと聞いてくれませ…いや、少し聞いてくれないかな…?」

『……?』

 

 言葉の途中で敬語から向こうと同じようにタメ口に切り替え、俺は静かに話を切り出す。皆が浮かべているのは不思議そうな表情で、でも全員が俺の次の言葉を待ってくれている。

 だから俺は全員を見回し、伝え始める。俺の、これまでの戦いの事を。魔王と戦った事も、魔人と何度も合間見え、一度はその撃破の場にもいた事も、全て事実ではあるけど…そこでは決して、賞賛されるような活躍はしてないんだと。大体はとにかく必死で戦ってたか、本当にただその場にいただけかのどちらかでしかなかったと。口を挟まず聞いてくれる皆に向けて、真摯に、真剣に。

 話している間、恥ずかしさや負い目はなかった。分かってほしい、理解してほしいという思いだけが話している間俺の心の中にあって……その気持ちは、話し合えた瞬間安堵の感情へと変わる。

 

「……だから、俺は別に凄くなんてないんだよ。…いや、魔王と曲がりなりにも戦って、その上で生き残ってる時点で凄いのかもしれないけど…それでも俺は、皆の思ってるような霊装者じゃない」

 

 そう締め括った俺は、皆の方をじっと見つめる。謙遜は美徳だけど、自分に対する過小評価は時に嫌味にもなるものだ、と自分に対して言い聞かせながら。

 言えたから、最後まで言い切る事が出来たから、安心している。でも同時に、緊張もしている。だって、俺は自分の手で皆の想像する『御道顕人』を崩したんだから。もしも期待してくれていたのなら、それを裏切ったんだから。それは例え俺の責任でなくとも、俺の事なんだからどうしても気になって……

 

「そうか、そうだったのか……」

「確かに、俺等が聞いたのはどっかで盛られた話っぽいな…。…けど……」

「あぁ、それでも十分凄くね?」

「……そ、そう?」

 

 それでも十分凄い。…その言葉が出てきた瞬間、何だか俺は狐につままれたような気分になった。そう思ってくれるのは、勿論嬉しいし安心もしたけど…それ以上に、拍子抜けだった。

 

「だって、俺等はそもそも魔人と戦った事もないんだぜ?」

「あっ…と、それは…巡り合わせというか、運というか……」

「運も実力の内って言うしなー。…それにさ、君は今日、一人で時間稼ぎを買って出て、あの魔物相手に怯まず突っ込んで行ったろ?あれもやっぱ俺達からしたら凄いし、だから俺達も負けてられない…って思ったんだよ。だよね?」

「そうそう。オレだったら、絶対あんな真似出来ないね!」

「いや、偉そうに言う事じゃないだろそれ…」

 

 賑やかに話を進める皆の表情は、全員が楽しげ。そこに俺への気遣いや周りに合わせてる感じはなくて……だから俺も、つい吹き出す。あぁ、全く要らん心配をしてしまったなぁ…と。

 

「んぉ?どったよ、急に吹き出して」

「あぁいや…何というか、良い人達だよね。皆」

「ははっ、そりゃそうだろ。魔物は毎回容赦無しに襲ってくるんだから、仲間同士で協力しなきゃやってらんないっての」

「…だね。ありがと、今日は。皆が協力してくれたおかげで…俺、凄ぇ心強かった」

「だろだろ?俺達もお前の姿に鼓舞されたようなもんだし…普段いる場所は違ぇけどよ、お互いまた共闘するって時は協力し合おうぜ?」

「あぁ、勿論!」

 

 俺は、まだまだ強いなんて言える霊装者じゃない。それは皆も多分同じ。だけど、そんな事なんて関係なしに、皆の存在は心強かった。呼応してくれる人がいる、共に戦ってくれようとする人がいる…今日会ったばかりの人がそうしてくれたからこそ、綾袮さん達が力を貸してくれるのとは違う心強さがあった。

 次に共闘する事になるのが、いつかは分からない。ずっと先なのかもしれない。でも、そうなった時は…もっと強くなって、盛られた話に負けない位の霊装者になっていたい。…協力し合おうという言葉に力強く頷きながら、俺はそう思っていた。

 

 

 

 

 そうして数時間後。綾袮さんが明日も朝から用事があるという事でそのまま帰る事になった俺達は支部を後にし、行きと同じ交通手段で帰ってきた。

 

「ふぁ、ぁ……」

「お疲れ様、顕人君。もう眠い?」

「や、欠伸は出たけど眠気的にはそれ程…って感じかな。綾袮さんこそ大変だね。今日もあれだけ動いて、その上で明日も朝から用事なんて」

「でしょー?って訳で、おぶって〜」

「い、いやそれはちょっと……」

 

 一度双統殿に寄った俺と綾袮さんが、今歩いているのは家近くの住宅街。女の子をおんぶという行為に思わず俺が目を逸らして頬を掻くと、からかっていたのか綾袮さんはにまにまと笑う。…ぐっ…綾袮さんまで狙ってそういう事してくるのか…。

 

「へへー、顕人君は分かり易いなぁ。さっきは男の子、って感じのやり取りしてたのに」

「それとこれとは話が…って、ん?さっきって…もしかして、見てたの…?」

「見てたっていうか、見かけただね。男の子同士仲良くしてたから、綾袮さんは声をかけずに立ち去ったのだー」

「あ、そうなの…んまぁ、向こうから友好的に接してくれた訳だしね…」

「それに顕人君も友好的な態度を取ったから、ああして打ち解けられたんだと思うよ?…ふぅ、ただいまーっと」

 

 支部での事を話していたところで、俺達は家の前へと到着。先に玄関へ行った綾袮さんに続いて、俺も家の中へと入る。

 

「お帰り、顕人」

「綾袮さんもお帰りなさい」

「うん、ただいま二人共(…ん……?)」

 

 靴を脱いでいたところでリビングから出てきたラフィーネさんに、遅れて出てくるフォリンさん。出迎えてくれた二人に俺は声を返し…たところで、何となく俺は違和感を覚える。

 何が、と言われたら困る。どこに、と言われても上手く答えられない。ただ何となく、何かが普段と違うような気がして…うーん、何だろ……?

 

「疲れた疲れた〜、顕人君ご飯ー…って、あ…今日夕飯どうするの?まさか今から作るんじゃないよね?」

「いやいやまさか。二人に買っておいてって頼んだよ。ラフィーネさん、フォリンさん、何買ってきたの?」

「ふふっ、それは見てのお楽しみですよ」

『……?』

 

 今日は帰るのが遅くなる、或いは泊まり込みになる事も容易に想像出来たから、二人には買い物を頼んでおいた。で、何を買ってきたのか訊いてみると、フォリンさんは含みを持たせた笑みを浮かべる。

 ラフィーネさんはともかく、フォリンさんは我が家の良識人担当なんだから、妙な物は買ってきてない筈。けどその口振りには本当に何か特別な物を買ってきたって感じがあって、何なんだろうと小首を傾げる俺達二人。という訳で手洗いうがいをした後、リビングに入ると…食卓に置かれていたのはおにぎりと味噌汁、おかず数品という至って普通な食べ物を数々。でもそれは、ただの食べ物じゃ……ない。

 

「え…これって……」

「はい。今日のお夕飯は、私達で作りました」

 

 お惣菜か、お弁当か、ひょっとしたら出前か何かか。そんなところを想像していた俺にとって、どう見ても家で作った感じの料理が並んでいるというのは意外な光景。驚いて俺が振り向くと、頷いたフォリンさんはにこりと笑う。

 

「…って事は、少し前に『帰る時連絡してほしい』ってメッセージが来たのも……」

「折角作った以上、温かい状態で食べてほしいですからね。お味噌汁は鍋で温め直して、おにぎりは頃合いを見計らって…」

「わたしが握った。どう?凄い?」

 

 引き継ぐ形でラフィーネさんが俺へと答え、それから自慢気に胸を張る。

 ふふんと澄まし顔をしているラフィーネさんと、にこにこしてきるフォリンさんの様子を見て、そこで遂に俺は気付く。違和感の正体は、二人がそれを隠していた事だって。実際に見てもらうまでは隠したいけど、早く自分達で作ったんだって事を伝えたい。その気持ちがほんのちょっぴり雰囲気に現れて、それで俺は違和感を覚えていたんだって。

 

「そっか…そっかそっか、そうだったんだ……」

「やけに同じ言葉を連呼していますね顕人さん…」

「あ、あはは…ありがと、二人共。びっくりしたし…こうして作って待ってくれてるのって、嬉しいよね」

 

 実家にいた時は、普通の事。でもこっちの家ではいつも俺が作るか買ってくるかで、強いて言えばフォリンさんが手伝ってくれる位で、誰かに全部作ってもらうなんてほぼ初めての経験。だから嬉しさだけじゃなく、上手く言葉に出来ない感情も俺の中で湧いてきて…なんだか自然に頬も緩む。

 

「そっか。顕人が嬉しいなら、わたしも嬉しい」

「う…そういう言い方されると、少し照れるな……」

「そう?…まあいいや。それじゃあ…ん」

「……?」

「んっ」

「…え、いや…何……?」

 

 普通は躊躇ったり遠回しに言ったりするような事でもラフィーネさんはストレートに言えちゃうもんだから、逆にこっちが照れてしまう。…というのはいいにしても、その後何を思ったのか俺に近付いてきて、ちょこんと俯くラフィーネさん。訳が分からず見ていると、ラフィーネさんは少し背伸びをするけど…やっぱり何の事かさっぱり分からない。

 だから戸惑いながら俺が聞くと、一度俺の方を見たラフィーネさんは少しむっとした顔になり……

 

「…撫でて。頑張った、ご褒美に」

「あ、あー……そして、えぇー…。頑張ったって…一応言っておくけど、俺は毎日三食作ってるんだからね…?」

「…それはそうだった」

「でしょ?だから感謝はするけど、それを言っちゃうと俺も……」

「うん。だからこれからは、わたしも顕人撫でる」

「お、おおぅ…そうきますか……」

「…撫でられるの、やだ?」

「やだというか何というか…ごめん、やっぱ撫でるわ…」

 

 ラフィーネさんの言う事は、筋が通ってる。そしてラフィーネさんの事だから、毎食必ず撫でてくれるだろう。でも思春期男子にとって歳下の女の子から撫でられるなんて、羞恥心爆発必至の行為な訳で…半ばそれを回避すべく、俺はラフィーネさんの頭を撫でた。…勿論、いざやるとなったらちゃんとラフィーネさんへの感謝の気持ちを込めながら。

 

「…こんな感じで良い?」

「ん…満足した。またその内やろうと思う」

「そうだね、手伝ってくれるなら大歓迎だよ。…じゃ、次。フォリンさんも」

「え?…わ、私も良いんですか…?」

「うぇ?あ、あれ?違った?てっきりクリスマスの時と同じ流れで、フォリンさんも来るのかと……」

「あ、い、いえ…実を言うと、私もそのつもりだったんですが…まさか、顕人さんの方から言ってもらえるとは思っていなくて……」

 

 つい流れに任せるようにして言った言葉が招いた、これまた何とも言い難い雰囲気。今更取り消せないし、取り消すつもりもないけれど、お互い意外な展開になった事で躊躇いというか、変な気恥ずかしさが生まれてしまって、結果撫でもさっきよりぎこちないものとなってしまう。しかもその間、フォリンさんは恥ずかしさからか頬を染めていたもので……うん、勢いで何かを言ったりするのは良くないねっ!ほんと、考えて喋るべきだねっ!

 

「わー、先輩照れと恥ずかしさが混じった顔してるっすねぇ」

「う、うっせ…(…って、ん?さっきから綾袮さん、やけに静かな気が……)」

 

 茶々を入れる事も小ボケを挟んでくる事もなく、普段からすれば妙に静かな綾袮さん。おかしいなと思って見てみると、何やら綾袮さんは考え込んでいるというか…何か、さっきのラフィーネさんとはまた違う風にむっとしているような感じ。

 

「…綾袮さん?何かあった…?」

「…被った……」

「被った?」

「おにぎりは、わたしが……って…あ、な、何でもないよ!というか、折角温かいんだから早く食べようよ!」

「うーん…?…まぁ、それに関しては俺も同意だけど……」

 

 ぽつりと一言呟いた後、どうも誤魔化してる感のある答えを口にした綾袮さんだけど、俺が追求するより先に彼女は先へと着いてしまう。

 そんなに誤魔化したい事なのか、それとも本当にお腹がぺこぺこで待っていられないのか。でもまぁ、話したい事は積極的に話すのが綾袮さんだし、その綾袮さんが誤魔化したって事は詮索しない方がいいのかなと俺も思い、同じように自分の席へ。

 

「それではどうぞ、召し上がれ」

「早く食べてみて」

「そうさせてもらうよ。じゃ…頂きます」

 

 二人の言葉に応じるように、俺は自分の箸を手に。食前の挨拶をし、まずは(一回箸持っちゃったけど)ラフィーネさんの作ってくれたおにぎりを手に。口まで運んで、中の具材を想像しつつ…ぱくりと一口。

 それから十数分、雑談をしながら遅くなった夕飯を食べ進める俺達。味に関して言えば、凄く美味しい!…って訳じゃないけども、それを言ったら俺だってまだ上手なんてレベルじゃないし、本当に一番嬉しいのは二人が作って待っていてくれた事。そういう場所で生活している、そういう人達と繋がりを持てている…それが嬉しくて、だから今日は良い夕食の時間を過ごす事が出来たと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って感じかな。徒党を組むだけの知性があるなら暫くは回復を優先させるだろうし、大丈夫だと思うよ」

「了解です。綾袮様、この度は部下を守って頂けた事、誠に感謝致します」

「ううん、守ったなんて事はないよ。わたしが一人で何とかしたんじゃなくて、皆と協力して切り抜けたんだから」

「はは、それを聞けば皆喜ぶでしょう。…して、例の件は……」

「…うん。今回は建前…って言っても、これも重要な事だけど…があったから、ルートから外れた位置の事は殆ど調べられなかったけど……」

「…………」

「…やっぱり、当たってほしくない推測が当たってるかもしれないみたいだね。もう少し調査が必要だけど…こっちでも、警戒を強めておいて」

「はっ。何かありましたら、その都度連絡させて頂きます」

 

 数刻前。顕人が手当てを受けていた時間。支部の支部長室では、綾袮と支部長が人知れずそんな会話を交わしていた。


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