双極の理創造   作:シモツキ

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第百六十六話 先手の迎撃

「んー…ま、こんなもんか。緋奈、妃乃、ご飯出来たぞー」

 

 週末の昼。昼食が完成したところで、共に住む二人を呼ぶ俺。特筆する事のない、至って普通の千嵜家。

 

「……?お兄ちゃん、妃乃さんなら今日は出掛けてるよ?」

「へ?……あ、しまったそうだった…」

 

…と思ったが、前言撤回。今日の千嵜家は、俺と緋奈の二人きりだった。

 

「うっかりしてたなぁ…普通に三人分作っちまった……」

 

 出来上がったばかりで湯気を立てる昼食を前に、どうしたものかと呟く俺。

 今日の昼食は、かき揚げうどん。かき揚げはまだしも、うどんはもうつゆが入ってしまっている以上、このまま置いておく事は出来ない。

 

「あー…やっちゃったね……」

「…お隣さんにお裾分けするか…?」

「出来上がったかき揚げうどん一杯をいきなり持ってこられたら、お隣さんかなり困惑すると思うよ…?」

「だよなぁ…依未を呼んでも来る頃にゃ伸びてるだろうし、食べるしかないか……」

 

 出来る事なら誰かに食べてもらいたいところだが、何にせよ『伸びる』という問題がある以上どうにもならない。という訳で俺は諦め、少しでも伸びるのを防ぐ為に麺を別の皿へと移して台所から食卓へ。ほんとにタイミングが悪い(一番悪いのは忘れてた俺だが)なぁ…なんて思いつつ、緋奈と昼食を食べ始める。

 

「わたしも少し手伝うよ。半分…は無理だと思うけど」

「あぁ、助かる…。…何か、儀式絡みの準備だっけ?」

「うん、そう言ってたね」

 

 先に自分の分を片付けながら、向かい合って俺達は話す。因みにもう一人分のうどんは、丁度俺と緋奈の間。

 

「儀式、ねぇ……」

「…何か思うところあるの?」

「や、まぁ…霊装者だけに関わらず、儀式って色んな集団が、色んな場所でやるだろ?でも大概それってやらなきゃいけない訳じゃなくて、所謂『伝統』だからやってるってだけなんだろうなぁ…なんて思っただけだ」

「それは…うーん、そうなのかも?一括りに出来るものじゃないと思うけど…」

「んまぁその通りなんだがな。ただほら、その儀式ってのは富士山でやるらしいし、まだ寒い中でわざわざ富士山行って、そこでやるのが必要不可欠でもない儀式だったら俺はやってらんないなぁ…」

 

 別に伝統としての儀式を馬鹿にするつもりはない。たとえやってもやらなくても何も変わらない行為だとしても、そこに参加する人の思いにおいては意味がある事もあり得るんだから。けど思いの観点で言うのなら、俺は御免だなぁってだけで…逆に妃乃なんかは、実益がなくても伝統として真摯に行うような気がする。…何となくだけど。

 

「…でもさ、それで言ったら前に行った初詣もそうじゃない?初詣だって寒かったし、お詣りで必ず神様にお願い事が届くかどうかなんて分からない…というかそもそもどこかの次元と違って、わたし達の考えるような神様がいるかどうかも分からないし、お賽銭を投げ入れてる分明確な損だってある訳でしょ?」

「そりゃ…あれだ。緋奈の着物姿を見られるっていう、多大なプラスがあったからな」

「最初の時点では、着物着るなんてわたしもお兄ちゃんも知らなかったよね?」

「…むぅ…妹の癖に穴を論破しようなんざ、生意気だぞ緋奈!」

「あ、お兄ちゃん酷い!それはモラハラならぬシスハラ…ってお兄ちゃん!?わたしの丼に麺を入れるのは反則じゃない!?」

「ふっへっへ、戻したっていいんだぜ?俺の丼に移してもいいんだぜ?自分の食べてるうどんの汁に入った麺を、俺に食べさせられるならなぁ!」

「気持ち悪い!その発想はシンプルに気持ち悪いよッ!?」

 

 にやりと悪い笑みを浮かべて、ドン引きする緋奈をからかう俺。一瞬ここから更に「食べられないか?仕方ないなぁ、なら俺が麺も汁も全部頂いてやろう」…みたいな事を言うのも考えたが、流石にそれはキモ過ぎる。という訳で俺はキモ兄貴ムーブを適当なところで切り上げて、まだ皿にある残りの麺を全てこちらへ。変な目で見てくる緋奈を余所に、一杯強のうどんを食べ進める。

 

(まあでも実際、緋奈の言う通りだよな。人って案外、「そういうものだから」…で納得しちまうもんだし)

 

 良い悪いではなく、それが俺含めた世の大多数の人の性質。自分との関係の濃淡で意識が変わるのも人の性。何れにせよ、関わってる訳でもない事にケチ付けたって角が立つだけなんだから、この話はこの場で終わりにしておこう。…うどんを啜りながら、そんな事を思う俺だった。

……にしても、本気で嫌がる緋奈も…中々悪くないなぁ…。

 

 

 

 

 物事なんて、感覚の鋭い人にとっては徐々にでも、そうじゃない人には突然変わったように感じるもの。天災なんかがその分かり易い例で、人からすれば急に来たって思える事でも、動物は事前に察知していたりする。

 そして俺は、間違いなくそうじゃない側。だから早々に気付く事はなく……『それ』を知ったのは、突然の事だった。

 

「…全員、進むスピードはそのままで聞いてくれるかな」

 

 出発してからかれこれ数時間。何度か休憩を挟んだ後のある時不意に、綾袮さんは言った。結構な数の魔物が俺達を包囲しようとしてると。

 

「何人かは気付いてるよね?分かる人は、分かる範囲で教えてくれる?その方が正確性が上がるからね」

 

 気付かれている事を気取らせない為、止まったり構えたりはしない。ただ緊張感は一瞬で高まり、ぴりぴりした空気が俺達を包む。

 やり取りを聞く限り、魔物は半円状に展開している様子。そこから更に包囲しようとしているらしく、少しずつ距離を詰めているんだとか。

 

(…飛べるとはいえ、囲まれたらこっちが不利…って事は、包囲が完成する前に抜け出す…?それとも、こっちから打って出る……?)

 

 俺自身も神経を張り詰めながら、ここからの動きを考える。まさかこのまま何もしないなんて事はないだろうし、包囲を完成させない事が重要になる筈。

 そう俺が考えている間、確認を取った綾袮さんも顎に指を置いた格好で考えていて…数十秒後、再び全員に向けて声を発する。

 

「…皆。まだ魔物の総数は分からないけど、多分数はあっちの方が上。だから正面からやり合ってもこっちの負担が大きくなるだけだし…まずは、二手に分かれるよ」

 

 落ち着いた、指揮官としての雰囲気を纏う綾袮さん。移動速度の維持は徹底したまま、綾袮さんは作戦を話し始める。

 作戦はこう。最初に綾袮さんと今いる中でも手練れのメンバーで少数精鋭の分隊を組み、反転して魔物へと突撃。それに対応する形で半円状に展開した魔物が綾袮さん達を挟み込もうとしてきたら、残った本体も距離を詰めて攻撃開始。その攻撃で統率が乱れた瞬間に綾袮さん達は魔物の群れから抜け出し、逆にこっちが挟撃をかける。数で劣るこっちが二手に分かれるの?…と、最初は思った俺だけど…確かにその作戦が上手くいけば、向こうの集団としての強みを挫く事が出来る。

 無論、魔物が分隊を挟み込もうとする保証はない。向こうも戦力を分ける可能性がある。だからこそ、それをさせない為に突撃する分隊は魔物達にとっての『脅威』にならなくてはならないと綾袮さんは言った。

 

「…概要はこんなところだよ。何か意見、質問はある?」

「…あ、あの…飛んで、空から仕掛ける…というのは駄目なんですか…?」

「向こうに飛べる個体がどれだけいるか分からないし、数で劣ってる場合は木が障害物として便利に使えるからね。加えて突撃部隊は『手出しが出来ない』って状態になるのも駄目なんだよ。諦めて残った方を狙おう…って動きをされたら作戦が崩れちゃうし」

 

 質問を口にした人の事を思ってか、少し声音に朗らかさを戻した綾袮さんは、最後に一つ肩を竦める。それ以降は質問もなく、全会一致でこの作戦を行うと決定。続けて分隊の選出に入り、綾袮さんは何人かに声をかけていく。

 

「後一人…君、頼めるかな?」

「は、はい!全力を尽くします!」

 

 手早く進められるメンバーの選出。こちらも特に意見はなく……そのメンバーの中に、俺は選ばれていない。

 でも、その理由は分かる。選ばれたのは、全員じゃないけど比較的経験豊富そうな人達だし…前に言われた通り、俺は自分から突撃するよりも中・長距離から火力支援をする方が能力的に向いているから。となればこの作戦では、突撃部隊が抜け出し易いよう外から高火力を叩き込む役目の方が適切な筈。

 

「…よし。それじゃあ善は急げ、早速行動開始するよ。準備は良い?」

 

 そう言って綾袮さんは天之尾羽張を抜き放ち、最後尾へ。分隊に指名された人達もその後に続き、俺達は道を開ける。

 そして最後に一度、こちらを振り向いた綾袮さん。その視線には、「安心して」という意思が籠っていて……だけど、俺は気付いた。俺の方を見た瞬間、綾袮さんはほんの少しだけ頬を緩めて、「こっちは任せたよ?」…という視線を送ってくれた事に。

 だから俺は、その視線と気持ちの両方は答えるように、大きく一つ頷いた。それに対する返答はなかったけど…ちゃんと俺からの答えは通った。そんな気がする。

 

「…行くよッ!」

 

 鋭い掛け声と共に、綾袮さんは雪原を蹴る。跳ぶと同時に翼を展開し、後に続く味方の為に先陣を切る。そうしてものの数秒で、部隊は二つのチームに分かれた。

 

「…全員、突撃部隊が無事に切り抜けられるかどうかは、私達の攻撃にかかってるわ。いつでも全力を出せるようにしておきなさい」

 

 綾袮さんからこっちの部隊の指揮を任された人の言葉に、全員声は上げずに首肯。俺も各武器を稼動状態に移行し、二丁のライフルのグリップを握る。

 ここからは、待つ時間。魔物の、突撃部隊の動きを待ち、綾袮さんからの合図で俺達も攻撃を仕掛ける手筈。…ここで焦っちゃいけない。焦って魔物群が突撃部隊を挟み込み、集中攻撃をかける前に仕掛けてしまったら、魔物を側面や後方から叩くという事が出来なくなってしまうんだから。

 

「…なぁ…お前はこれまで、こうして待つって事はあったか…?」

「え……?」

「俺、支部とか作戦範囲外で待つ事はともかく、こういう形で待つってのは初めてでさ……」

 

 数分後、どう動くかをイメージしていたところで、また俺は声をかけられる。それは、さっき声をかけてきた内の一人で、他にも何人かが俺の方を見やっている。

 一瞬それに、俺はなんと答えればいいか分からなかった。でも、心に思っている事はある。そして俺は、ここで含蓄のある言葉を言えるような人間じゃない。なら…小難しく考えたって、意味ないよな。

 

「…俺もないですよ。けど…綾袮さんが、果てしなく強い事はよく知っています。だから…大丈夫ですよ。俺達も、突撃部隊も」

「…だよ、な…あぁ、勇敢に向かっていった仲間を信じなくて、何を信じるんだって話だよな…!」

 

 そう思って口にした俺の言葉は彼の心に響いたようで、彼はにっと笑みを浮かべながら拳を握る。

 それを聞いて、俺自身も思った。その通りだ。仲間を信じる事、それは自分を信じる事…何にしたって、まずはそれが大切だよなって。

 

(…そうだ、いざ撃つって時に手がかじかんだりしないようにしないと……)

 

 二丁のライフルを腰に引っ掛け直した俺は嵌めていた手袋を取り、その手を自分の首筋へ。冷えた手が触れた事でひやりと寒気が走るも、代わりにじんわりとした熱が指へと伝わっていく。…指先が寒い時って、こういう事するよね。…え、やらない?

 

「…………」

 

 突撃部隊が向かった直後はちらほらと会話が聞こえてきていたものの、時間経過でその声も消えていく。時間が経てば経つ程綾袮さんからの合図が来る瞬間が近付いてくるんだから、緊張しない訳がない。

 策が上手くいけば、挟撃を受ける形になる魔物は慌てて本来の力が発揮出来なくなる筈。そうなれば一方的に次々と撃破出来る可能性もある訳で、それを実現する為今綾袮さん達は頑張っている。

 でも挟撃が不完全になってしまえば、それ相応の反撃がくる。そうなれば数の差も響いてくるから、不安になるし緊張もする。…でも、それで良いんだ。この状況は、緊張して当たり前なんだから。

 

「…とにかく、俺のやる事は変わらない。いつもの通り、俺が出来る事に、全力を注いで……」

 

 口にするのは、自分を落ち着かせる言葉であり、同時に鼓舞もする言葉。いつ合図が来るかは分からないけど、もうそう遠くはない筈。もう少しで、俺の戦いも始まる筈。──そう、思ってた時だった。

 

「……!先輩、後方上空ッ!」

「……ッ!?」

 

 突如耳に届いた、慧瑠の鋭く通る言葉。その声に弾かれるように振り向いた瞬間……俺は見た。翼を広げ、こちらへと迫り来る巨大な一体の魔物の姿を。

 

「な……ッ!?」

 

 全長よりもありそうな一対の翼に、鋭い牙の並ぶ顔。がっしりとした胴体に、武器の様な鉤爪の生えた脚。一言で言うなら、ドラゴン…それもワイバーンとでも言うべき、現実じゃ絶対に目にする事のないような存在。唯一違和感があるとすれば、翼は皮膜ではなく鳥の様な羽根で覆われている事で……そんな魔物が、空からこちらへ突っ込んできた。

 殆ど条件反射的に、後ろは大きく跳躍する俺。同時に俺は声を上げるも、全員がその存在を認識するよりも早く魔物は雪原へ衝突し、周囲に激しく雪煙が舞う。

 

「(別働隊!?後ろの群れとは関係ない個体!?…いや、それより今は…ッ!)み、皆さん大丈夫ですかッ!?」

 

 俺達を囲もうとしていた魔物の群れは、綾袮さん達が引き付けている筈。にも関わらず襲ってきた魔物に強い疑問が浮かび上がるも、今はその理由を考えている場合じゃない。

 

「ぐっ…何だよッ、こいつ……ッ!」

「負傷した人は下がってッ!この個体、並の魔物じゃないわッ!」

 

 雪煙を吹き飛ばしながら魔物が飛び上がる中、味方の声も聞こえてくる。その中には指揮を任された女性の声もあって、続けざまに魔物へと向けて上がる射撃。

 

「あの女性、中々鋭いっすねぇ。…先輩、この魔物は相当強いっすよ?流石に魔人程じゃないですけど、まともにやり合うのはお勧めしないっす」

「だとしても、この状況で戦わない訳にはいかねぇよ…ッ!」

 

 対空射撃に続くように、俺も振り出した二門の砲で空へと砲撃。けれど見られていたのか単にタイミングが悪かったのかは分からないものの、更に上昇をかけた魔物には避けられ、光芒は何もない空を駆け抜けていく。

 

「なら…ってうぉぉッ!?」

 

 向こうが上空へ向かうのなら、こちらも空に上がるだけ。そう思って俺が飛び上がろうとした瞬間、魔物は空で大きく羽ばたき、生み出された烈風が叩き付けられる。

 再び雪煙が巻き上がり、奪われる視界。魔物がいるのは空とはいえ、誤射の危険がある以上こちらは不用意に攻撃出来ず、気を付けろという声だけが飛ぶ。

 

「なッ…ぐあぁぁぁぁッ!」

「……っ!こいつ、知性まで…ッ!」

 

 神経を張り詰める中、近くで聞こえた叫び声と、飛んでいく二つの影。一つは魔物で、もう一つは魔物に吹き飛ばされた一人の味方。魔物は空からではなく、横から突進をかけていて…それで気付いた。奴はこっちの裏をかくため、敢えて一度低空まで降りてから突進かけたんだって。

 それを理解した俺は、一撃離脱の如く再び空へ上がる魔物へとライフルでの射撃をかけながら歯噛み。何発かは当たっている筈なのに魔物の動きが鈍るような様子はなく、こうなると嫌でも分かる。この魔物は、本当に強いんだって。

 

(…でも、この状況は多勢に無勢。落ち着いて戦えば、十分に勝機はある…!)

 

 流石にビビった。見た目の威圧感も凄い。だけど所詮奴は一体で、しかも巨大な分狙いそのものは付け易い。となれば少しずつ、人数を活かして堅実に立ち回ればダメージを蓄積させる事で倒せる可能性はある筈で……

 

「……っ!?そんな、このタイミングで…!?」

 

 けれど、状況がそれを許してくれない。戦況は、こっちの都合で動いてくれたりなんかしない。

 距離を取るべく皆が散らばって展開する中、聞こえた指揮官代行の声。耳に入ってきたのは、本当に今の言葉だけだったけど…反射的に俺は察した。綾袮さんから、当初の作戦の合図が来たんだって。

 

「くっ…ほんとにタイミングが悪過ぎる…ッ!」

 

 地上からの攻撃の大半を自在に飛び回る事で回避し、隙あらば烈風を放ち、魔物は立て直そうとするこちらを荒らす。やはりタフなのか、散発的に当たる攻撃は全く意にも介していない。

 ついさっき、俺は思った。強いけど、勝てない相手じゃないと。それは今も変わっていない。だけど、今はもう状況が違う。今は突撃をかけた綾袮さん達の支援の為、そして挟撃する為に向こうの群れへと攻撃をかけなきゃいけなくて、けどそれをこの魔物が黙って見ている訳がない。背を向ければ、間違いなく後ろから襲ってくる。

 そして、ここから更に戦力を二分する訳にもいかない。特に向こうへ向かう戦力はそのまま綾袮さん達の命に直結する以上、間違っても戦力を削っちゃいけない。…つまり……

 

(…詰ん、でる……?)

 

 すぐには倒せない。無視は出来ず、戦力を二分する事も出来ず、だけど向こうへは一刻も早く行かなきゃいけない。危険を覚悟で向こうへ行っても、背後からの攻撃で大きな被害を受ければ挟撃すらも叶わなくなる。…それが、今の状況。どうにもならない、手詰まりの戦況。

 

「こうなったら…総員、全力でもってあいつを倒すわよッ!一秒でも早く、奴をッ!」

 

 合図が来たという事が全体に伝わり、指揮官代行さんが声を張り上げる。

 確かにこの状況で一番現実的なのは、速攻で奴を倒す事。それが出来るなら苦労しないけど、そうしなきゃどうにもならない。綾袮さん達が持ち堪えてくれる事に賭けるしかない。

 あぁ、そうだ。そうしなきゃ、それしか、この場で取れる手段なんか……

 

(…いや、違う…もう一つ、方法は……ある…!)

 

 その瞬間、ふっと頭に浮かんだ可能性。これなら確実に…なんて言えない、だけど上手くいけば、即座に綾袮さん達の方へと向かえる一つの手段。

 危険はある。俺の見込みが甘いだけかもしれない。でも…綾袮さんは言ってくれたんだ。頼りにするって。頼むって。だったら……迷う事なんて、ない…ッ!

 

「…ぅ、ぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

「な……ッ!?先輩!?」

 

 上空の魔物が背を向けた瞬間、俺は装備のスラスター全てを点火。腹からの雄叫びと共に全力噴射で飛び上がり、同時に四万全てを魔物の背に。フルオートの実弾と光弾、それに二条の光芒を叩き込み、真っ直ぐに魔物へ襲いかかる。

 

「ぐぅッ…!こ、のぉおおぉっ!」

 

 寸前のところで気付いた魔物は反転し、俺の攻撃を避けつつ逆に烈風を放ってくる。ギリギリで避け切れなかった俺は実弾ライフルを左手から弾かれてしまうも、そんな事じゃ物怖じしない。だって俺は、魔人に魔王、それにゼリアさんと、もっともっと強い相手とこれまで何度も戦ってきたんだから。勝てなくても、負けただけでも、それは確かに俺の中で経験になっているんだから。

 ライフルを吹き飛ばされた次の瞬間には、純霊力刃の片手剣を抜剣。肉薄からの横薙ぎを放ち、避けた魔物をライフルと砲で追い立てる。

 

「き、君は何をしてるの!?今接近戦は……」

「奴はッ、俺が抑えますッ!だからその間に、皆さんは向こうへ行って下さいッ!」

 

 そう。これが、俺の掴もうとする可能性。戦力を二分するのではなく、極僅かな戦力だけで足止めすれば、元々の作戦通りに挟撃が出来る。

 足止めなら、無理して倒す必要はない。本隊に余裕が出来て、こっちに戦力を回してくれるまで耐えれば、それで良いんだから。勿論これだって、言う程楽な事じゃないけど…どうせ完璧な手なんてないなら、頑張ってくれてる綾袮さん達を最優先にしたいに決まってるじゃないか…ッ!

 

「無茶よ!この場は私が預かっている以上、そんな事はさせられ……」

「無茶じゃ、ありませんッ!」

 

 分かってる。俺が今してるのは勝手な事で、傍から見たら無茶そのものなんだから。

 でも、俺は本気だ。本気でこの策を貫くつもりで……本気で、耐え抜くつもりだ。捨て石になんて、絶対ならないんだ。その思いを、その意思を込めて、俺は叫んだ。トリガーは引きっ放しで、スラスターもフル稼動させながら。そして、旋回する魔物が唸りを上げながらこちらを向き、翼を広げて突進しようとしてきたその時、別方向から射撃が走る。

 

「だったら……俺等も、助太刀するぜッ!」

 

 それは、数人の男性の攻撃。さっき俺に話しかけてきた、彼等の声。驚く俺に、その中の一人が見せてきたのは……にっとした笑顔とサムズアップ。

 

「あ、貴方達まで…あー、もうッ!いいわよ!だったら、貴方達の策に乗ってあげるッ!だけどそれなら…絶対に、持ち堪えてみせなさいッ!」

『了解ッ!』

 

 数人とはいえ、あろう事か俺へ同調してしまった味方がいた事に対しキレる指揮官代行さん。だけど彼女がそこから続けたのは、この場を任せるという言葉。それが嬉しくて、でも同時に勝手な行動で困らせてしまった事が申し訳なくて、ならばせめてと俺は返答。助太刀に入ってくれた数人と共に、腹からの声でその指示に応える。

 彼女を先頭に、突撃部隊が向かった方向へと飛び去っていく皆。それを追おうとした魔物の進路上へと砲撃を撃ち込み、俺は空で構え直す。

 

「…無茶苦茶っすよ先輩…自分の声、聞いてます?」

「ごめん、慧瑠…でも、ちゃんと聞こえてるよ」

「聞いた上でこれっすか…まぁ、こうなった以上仕方ないですし…付き合いますよ、先輩」

「…ありがと、慧瑠」

 

 呆れた声で、でも少しだけ微笑んでくれた慧瑠に感謝の言葉を返し、俺は上昇。魔物と同じ高度にまで上がって……そして俺は、吠える。

 

「行かせねぇよ…絶対になッ!」


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