双極の理創造   作:シモツキ

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第百六十一話 年末は実家で

「前回で漸くクリスマス編が終わったと思ったら、今回はもう年末年始編だよっ!」

「いきなり何!?そしてどこへ向けて言ってんの!?」

 

 十二月末。単なる月の終わりではなく、一年の終わりという特別な時期。そんな中のある日……突如として綾袮さんは、奇声を上げた。

 

「ちょっとー、奇声って表現は酷くない?わたしちゃんと言葉を発してたよ?」

「その内容が奇抜過ぎるんだよ…」

「でも、これって第一話からメタ発言とかパロディネタとか出てくるような作品じゃん」

「だとしてもだよ…!そうだとしても、突っ込み不在でメタネタやパロネタが処理されないまま流れるとかアウトに決まってるでしょうが…」

 

 開幕からフルスロットルでぶっ込んでくる綾袮さんに、俺は辟易。…うん、まぁ…俺も開幕とか普通にメタい事言ってるけど…仕方ない仕方ない。だって、発端は綾袮さんだし。

 

「…フォリン、二人は何を話してるの?」

「さぁ?でもこの件に深く突っ込むのは止めておきましょう」

「ん、分かった」

 

 背後から聞こえてくる、ロサイアーズ姉妹のやり取り。それは一見、普通の会話なようだけど…さぁと言いつつ深く突っ込むのを避けてたり、説明になってない返答で即納得してる辺り、二人も実は分かってるな…?

 

「(まぁ、いいけど…)…で、もう準備は済んでるの?」

「もっちろん。このわたしがやるべき事を疎かにしてボケに走ると「思う」…おおぅ、即答どころかフライングで答えが返ってきたよ…ほら、ちゃんと出来てるよー…?」

 

 そう言って綾袮さんは荷物の入った鞄を持ち上げる。尚且つ傍らにはキャリーケースも置いてあって、確かに準備は済んでいる様子。だから俺は納得し、綾袮さんに向き直る。

 今は年末。つまり、普通は実家に帰って家族と過ごす時期。で、その普通は綾袮さん…というか霊装者にも該当する訳で、ついさっきまで綾袮さんはその準備を行っていた。

 

「なんか、久し振りに帰る感じだなぁ…双統殿にはしょっちゅう行ってるし、向こうに泊まる事もちょくちょくあるのに……」

「それは綾袮さんが今自分で言った通り、『帰る』じゃなくて『行く』、って感覚だったからじゃない?」

「あー…言われてみるとそうかもね。顕人君、何かあったらすぐ連絡してよ?二人がいるとはいえ、わたしも年末年始の行事で忙しかったりもするんだから」

「…忙しいのに、連絡してなの?」

「忙しいからこそ、だよ。忙しいと、普段なら気付ける事も気付けなくなっちゃうからね」

 

 一瞬忙しい事から抜け出す口実に…なんて思った俺だけど、話してくれた理由は至ってまともなもの。純粋に俺の身を案じてくれていた訳だから、俺は心の中で謝りながらその言葉にしっかりと頷いた。

 

「宜しい。じゃあ、次に会う時は……」

「うん、次は新年──」

「法廷だねッ!」

「なんでッ!?」

 

 びしりっ、と謎の宣戦布告をしてリビングから出ていく綾袮さん。でも流石にこれを最後の言葉にするのは嫌だったのか、すぐにまた扉を開いて、「じゃあね皆。一年間…じゃないけど、今年はありがと」と今度こそ挨拶。それを受けた俺達も玄関に行って、三人で出ていく綾袮さんを見送る。

 

(…いやはや全く…夏も冬もいつでも綾袮さんはブレないなぁ……)

 

 見送ってからの数秒後、自然と浮かぶのは苦笑い。一体何をどうしたらあの全体的に落ち着いてる感じの家庭環境で、こんな賑やかな性格になるんだろうとか思いつつも、俺はくるりと振り返る。

 

「さて、それじゃあ俺達もそろそろ行こうか。戸締り確認してくるから、二人も荷物の確認しておいて」

「うん。顕人のも見ておく?」

「俺の荷物は物色しなくて結構です」

 

 自然な感じで差し込まれた発言にさらりと返しつつ、俺は家の中を回る。

 当然年末なんだから、ちょくちょく帰ってる俺だって帰るし、家でゆっくりするつもり。だがその旨を電話した際、何故か段々話が逸れていき、何と最終的に「イギリスから来た二人の子もうちに来てもらったらどう?二人もそっちの家に残るんじゃ心細いでしょう?」…という話になってしまった。しかも、経歴から考えれば心細くも何ともないだろうなぁ…と思いつつその場で二人に聞いたら、うちに来てみたいとか言われてしまった。しかもしかもこれを綾袮さんに話したところ、「そっちの方が何かと安心出来るし、良いんじゃないかな?」と返され、完全に決定事項となってしまった。詰まる所…ラフィーネさんとフォリンさんが、うちの実家に泊まるのである。

 

(…まぁ、良いけどね…後になってからだけど、母さんからは文化祭で二人の姿を見かけたって話も聞いてるし……)

 

 男として緊張するところはあるけど、もう家から出るところなんだから今更考えたって仕方ない。という訳で確認を終えた俺はリビングに戻り、荷物を持って、二人と共に家の外へ。

 

「これでよし、と。んじゃ、行きますか」

『おー』

 

 鍵を閉めて振り向くと、返ってきたのは何とも緩い感じの声。その声にまた俺は苦笑いし……帰省するべく、家を後にするのだった。

 

 

 

 

 元々自動車や公共交通機関を使わなくても行ける距離にある、俺の実家。そこそこの頻度で帰ってるから、久し振りって感じはあんまりないけど……それでもとにかく、俺は実家に帰ってくる。

 

「ほほぅ、ここが先輩の実家ですか。中々趣のあるご自宅ですね」

「え、そう?」

「いや、適当に言ってみただけっす。そもそも自分、人の言う『趣』自体いまいち分かりませんし」

「なら何故言ったし…」

 

 軽い感じで上げられ即落とされるという、全然嬉しくない経験を家の前でする事となった俺。家出る時は姿がなかったから、「まさか…」って思ったけど、やっぱ普通に付いて来ていた様子。

 

「……?顕人さん、何か言いました?」

「いや、何でもない」

 

 フォリンさんからの問いに肩を竦めて誤魔化し、俺は敷地の中へ。そのまま進んで、玄関の扉に手を掛け、いつものようにその戸を開く。

 

「ただいま〜」

「…あ、お帰り。それに…二人共、いらっしゃい」

「…お邪魔します」

「数日間、お世話になります」

 

 中に入って数秒後、リビングの扉が開いてそこから母さんが姿を現す。その母さんを見て、ラフィーネさんとフォリンさんはぺこりも頭を下げ…母さんは目を丸くする。

 

「…母さん?」

「…何でもないわ。さ、上がって頂戴」

 

 何だろうと思って呼んでみると、我に返った様子の母さんは二人をリビングへと案内。…うん、ちょっと緊張するな…。

 

「…これが、顕人の……」

「やはり、向こうより色々と使われている感じがありますね…」

 

 手を洗い、勧められた食卓の席に二人は座ると、母さんがお茶を淹れている間にそんな事を口にする。

 確かに改めて見ると、家具も壁も向こうの家より年季…じゃないけど、使われてるって雰囲気がある。まだ使われ始めて数年の家と、俺が生まれる前から使われてる家なんだから、そこに差があるのは当然だけど。

 

「顕人ー、ちょっとそこの棚から紅茶用のスプーン取ってくれる?」

「え?あー、はいはい」

 

 二人につられて俺もリビングの中を見回していると、そこで母さんからかけられる声。それを受けてスプーンを取りに行くと、すぐ近くで紅茶を淹れる母さんから次なる声が。

 

「…話には聞いていたけど…二人共、凄く日本語が流暢じゃない」

「(あぁ、だからさっき驚いてたのか…)うん、霊装者の世界じゃ日本語が重く見られてるんだってさ。だからって誰でも話せる訳じゃないらしいけど…」

 

 流暢に日本語を話せるなんて俺からしたらもう今更な話だけど、確かに母さんからすれば驚くのも当然の事。だから簡単に説明つつ、俺は「そういえば初めて二人と会った時もこんな会話したなぁ…俺は訊いた側だったけど」なんて事を思い出す。

 それから紅茶は食卓へ運ばれ、二人はそれを飲んで一息。俺も俺で淹れてもらった紅茶へと口をつけ、二人と母さんのやり取りを眺める。

 

「ごめんなさいね、こんな広くもない家に呼んじゃって」

「いえ。私達も顕人さんの家には来てみたかったので、呼んでくれてありがたいです」

「そう?そう言ってくれると助かるわ。…えぇと、それで…貴女が妹で、貴女が姉…なんだっけ?」

「そう。フォリンは、わたしの妹」

「そうなのね。ふふっ、うちは息子一人だから、姉妹の二人が少し羨ましいわ」

 

 

「…………」

 

 俺の母親は、どちらかと言えば社交的で他人と話す事も気兼ねなく出来る人物だと思う。ってかそんな感じに思ってた。でも流石に今回は初めて話す相手だし、日本語が通じるとはいえ外国人相手なんだから、適宜俺が間に入る必要もあると思ってたんだけど…なんかすっごい、普通に話が盛り上がってるんですが…。え、何これ?何この予想以上の手持ち無沙汰……。

 

「蚊帳の外っすねぇ、先輩。また自分と出掛けます?」

「そんな悲しい理由で出掛けてたまるか…母さーん、一旦二人を部屋に案内したいんだけど……」

「…っと、そうだった。二人共、布団で大丈夫…なのよね?」

「大丈夫。わたしもフォリンも、大体の所で寝られる」

「気を回した振りして、体良く蚊帳の外状態を解消する…強かですねぇ、先輩」

「うん、褒める体でがっつり弄るのは止めようか慧瑠」

 

 威圧を込めた笑みで慧瑠を黙らせた俺は(って言っても俺がそんな威圧感ある顔出来る訳ないし、黙ってくれた…が正しい表現だけども)、二人をリビングから客間に案内。そこで同じく移動させてきた荷物を置いてもらって、布団の敷き方を説明する。

 

「…って感じで、しまう時は三つ折りにしてね。まあ、何か分からなければその都度呼んでくれていいんだけどさ」

「大丈夫ですよ、流石に私達もこれ位は分かります」

「はは、それもそうか…」

「それもそうです。…しかし…気さくなお方ですね、顕人さんのお母さんは」

 

 布団の話から移る形で、フォリンさんが口にしたのは母さんの事。それはラフィーネさんも思っていたようで、フォリンさんの言葉に軽く頷く。

 

「まぁ、ね。俺も母さんとは結構冗談言い合ったりもしてるし」

「親と、ですか…。…少し、羨ましいです…」

 

 そこはかとなく気恥ずかしくて頬を掻きつつ答えると、フォリンさんは意外そうな顔をして……それから彼女が浮かべたのは、儚げな表情。

 その顔と声で、俺は思い出した。フォリンさんとラフィーネさん…二人は幼い頃に孤児になった事、それにフォリンさんは両親の顔ももう殆ど覚えていないって事を。

 

「…ごめん、フォリンさん。配慮が足りなかった…」

「え…?…あ…わ、私こそすみません…!私、そんなつもりじゃなくて…ほんとにただ、そう思っただけで……」

 

 自然と口を衝いて出た謝罪に対し、フォリンさんもまた慌てて謝罪を返してくる。表情からして、ほんとに他意なんてない…思った事をそのまま口にしただけなんだろう。でも、それが分かってもお互い謝った事で「そういう空気」は出来てしまって、その空気の解消は難しいもの。

…と、思っていたけど…そんな気不味い空気の中で、ラフィーネさんが口を開く。

 

「顕人のお母さん、顕人に似てる」

「…そ、そう…?」

「そう。話し易いところとか、笑った時の感じとか……後、何となく普通な感じがあるとことか」

「へ、へぇ…まあ、俺の母さんな訳だからね……」

 

 急にラフィーネさんが言い出した、俺と母さんの似ている部分。三つ目で軽くダメージを受けた俺だけど、ラフィーネさんの事だから他意はない筈。だってラフィーネさん、俺を弄る時はもっとがっつりしてくるし。…でも、そういう事じゃないのなら……

 

「…………」

「…………」

「……?」

「いや、『……?』…じゃなくてだね…もしかして、気を遣って話を振ってくれた?」

 

 俺からの問いに、こくんと頷くラフィーネさん。…あぁ、やっぱりそういう事だったのね…続きのない単発で変な空気になっちゃった辺り、ラフィーネさんらしいな……。

 

「…うん、まぁその…さ。浅い付き合いでもないんだから、母さん…それにその内帰ってくると思う父さんの事は、親戚の人だとでも思ってよ。二人も、それを嫌だとは思わないだろうしさ」

「…はい。顕人さんがそう言ってくれるのなら、出来るかどうかは分かりませんが…お言葉に甘えようと思います。……でも、義理の両親だと…とは言わないんですね?」

「な……ッ!?そ、それは…いや、ほら…」

 

 何はともあれ、気遣ってくれたラフィーネさんの気持ちを蔑ろになんてしたくないから、頬を掻きつつ俺が提案すると、きっと俺と同じ気持ちだったフォリンさんは、さっきのラフィーネさんのように首肯。抽象的な言葉ではなく、具体的な事を言ったのも良かったのか、それによって空気は改善され、俺も俺で一安心。

……と思いきや、そこに続けてフォリンさんが言ってきたのは、含みのある…というか、含みしか感じられない際どい言葉。不意を突く形で発された言葉に俺は狼狽えてしまい、それを見ていたラフィーネさんもまた口を開き……

 

「ところで顕人。さっきの『いや』と『…じゃなくてだね』の間の部分って、どうやって発音してるの?」

 

 全っ然今の流れと関係のない、天然100%の質問を俺に向けてしてくるのだった。…みーんなブレないよね、うちの面子って…。

 

 

 

 

 よく帰っているから積もる話なんてなく、元々冬休み中という事もあって、それから夕飯まで俺はのんびりと過ごした。母さんが作ってくれるから夕飯も俺がやる必要はなく、丁度出来上がったところで父さんが帰宅。夕食は五人で食卓を囲む事となり、お馴染みのようでも新鮮なようでもある空気の中で食事を取った。

 

「ふぃー…ちょっと暑い……」

 

 で、今俺がいるのは脱衣所。今し方風呂から出たところで、風呂場内でも拭いた身体を軽く拭いてから寝巻きに着替える。さてと、冷蔵庫の中に何か飲み物はあったかな……

 

「…これも、顕人?」

「そうよ。これは地域の餅つき大会で撮った写真ね。えーっと…そうそう、確か小学二年生の時よ」

「ふふっ、この頃の顕人さんも可愛らしいですね。特に幼稚園の頃なんて、普通に女の子にも見えますし」

「でしょう?今も男らしいかと言われると微妙だし、まだこの頃の顕人がどこかに残っているのかもしれないわ」

「え、ちょっ…おぉおおおおおおいッ!?」

 

 扉を開けた瞬間、はっきりと聞こえるようになった声。それはラフィーネさん、フォリンさん、母さんによる何とも賑やかなもので……テーブルの上で開かれていたのは、俺の写真が収められたアルバム。

 そこまで認識した時点で、俺は冷静さを失った。理由は…説明するまでもないでしょうッ!?

 

「…いや、急にどうしたの。そんな江頭さんみたいな声出して」

「そりゃ出すよッ!な、なに人のアルバム勝手に見てんの!?」

「息子のアルバムなのに?」

「思春期の息子のアルバムだからだよッ!と、父さんも何で止めてくれないのさ!」

「いや…悪い。でもお前…この状況で止められると思うか…?」

「そ…それはそうかもしれないけどさ…!」

 

 速攻でアルバムを引ったくった俺は、それを胸元に抱えながら猛抗議。夕刊を読んでいた父さんにも訴えるけど、何とも言えない感じの視線と声で返されてしまう。ぐ、ぐぬぬぅ……!

 

「と、とにかくこのアルバム見るの禁止!絶対禁止!」

『えー』

「えー、じゃない!二人だっていざ自分がそういう側になったら恥ずかしいでしょ!?」

「仕方ないわねぇ…じゃ、こっちのアルバムを……」

「二冊目!?そ、それも禁止!」

「だったらこれで……」

「何で三冊もあるの!?そこまで写真撮ってたっけ!?」

「残念でした、これは顕人関係ないアルバムよ」

「さ、三段オチなんか要らんわ!二人には伝わってないと思うよ!?」

 

 まさかのボケで母さんから弄られた俺は、もう風呂上がりの暑さなんか忘れて全力で突っ込み。え、何!?こうなる事を予期して関係ないアルバムまで持ってきたの!?怖っ!だとしたら母さん最早予知能力者じゃん!身内にも未来が見える人がいたって事になっちゃうじゃん!

 とか何とか考えながら、俺はそれ以上のやり取りには応じずアルバムを持ってリビングから退室。自分の部屋の押し入れを開け、そこに仕舞ってあった毛布の下へと突っ込み隠す。

 

「…はぁぁ…酷い辱めに遭った……」

「災難でしたね、先輩。自分は何がそこまで嫌なのかよく分からないですけど」

「人は自分の写真…特に小さい頃の物を見られるのは恥ずかしいものなんだよ……」

「いやでも、ほんとに可愛かったっすよ?ちらっとしか見えなかったっすけど」

「そういう問題じゃないんだって!後慧瑠まで見てたの!?」

「だからちらっと見えただけですって。先輩、気が立ち過ぎっすよ…」

「う…それは、すまん……」

 

 軽く呆れ気味の慧瑠に指摘され、流石に俺も冷静に。…うん、まぁ確かに慧瑠にまで勢いのまま食ってかかるのは違うよな…。

 

(…ふぅ…てか、そうだ…何か飲み物……)

 

 落ち着いた事で疲れと共に喉の渇きを思い出し、俺は再びリビングへ。さっき一騒動あった訳だけど、母さんはさっぱりした性格をしてるし、二人だってこの件をいつまでも引っ張ろうとは思ってない筈。つまり俺が…ってか俺も普段通りにしていれば、何らかにする事はない。

 そう思いながら、到着したリビング前で扉を開けようとした…その時だった。

 

「…お二人共。私達は、お二人に謝罪しなければならない事があります」

 

 開く寸前に扉の向こうから聞こえてきたのは、フォリンさんの神妙な声。それが聞こえた瞬間、俺は動きを止める。

 

「…それは、どういう事かな」

「どこまで話して良いのかは分からないので、具体的な事は言えません。ですが、夏に顕人さんが大怪我を負ったのは…私と、ラフィーネの責任です」

 

 落ち着いた声音で訊き返す父さんの言葉に、フォリンさんは静かに…けれどはっきりとした声で答える。続けて二人の、謝罪の言葉も聞こえてくる。

 驚いた。でも確かにそうだ。俺が入院していた時、父さんも母さんも何度も来てくれたけど、その時二人は協会に拘束されていたんだから。二人の口から説明する機会も謝る機会もなかったのは当然だし…幼くして孤児になった二人は、ひょっとしたら親に謝罪という事自体、うちに来る事が決まるまで思い付かなかったのかもしれない。

 

「…それは、事故か何かなの?それとも……」

「…先程言った通り、具体的な事は言えません。でも……」

「…顕人は、守ってくれた。わたしとフォリンを…わたし達を、わたし達の未来を」

「…そう。貴女達が言えるのは、それだけ?」

 

 母さんの言った言葉には誰も返さず、聞こえてくるのは暖房の音だけ。けれど恐らく、二人はそれに無言で首肯したんだろう。根拠はないけれど、そんな気がする。そして、その沈黙は数秒続いて…また、母さんの声が聞こえる。

 

「だったら…誇りに思わなきゃ、ね」

「ああ。全く、あの時はどれだけ心配かけさせるんだと思ったが…まさか、そんな事をしていたなんてな」

「…あ、あの…そんなも何も、私達は……」

「分かっているよ。我々は、何が起こったのかは何も知らない。でも、君達二人の…二人の人の未来を守ったんだ。だったらそれは、親として誇らしいものなんだよ」

「…いいの?それで…わたし達がいなければ、顕人は……」

「いいのよ、ラフィーネちゃん。それにフォリンちゃんも。二人は知らないと思うけど、顕人はこれまで電話で何度も二人の話をしてくれたのよ?いつも楽しそうに話してくれていたし、さっきだって二人に遠慮するような素振りはなかった。…それだけ信頼を顕人は二人に持ってるんだから…そんな二人を怒ろうだなんて、思わないわ」

「加えてこの件は、協会からも謝罪を受けている。どうも大人の思惑が絡んでいるようだし…謝ってくれたんだから、それだけでいいんだ。君達はまだ子供で、きちんと反省している子供の行いは許すのが、大人ってものだからね」

 

 戸惑う二人を諭すように、優しい声音で父さんと母さんは気持ちを話し、怒っていない事、許すという事を二人に伝える。

 何か、凄い事を言っている訳じゃない。父さんも母さんも、きっと今思っている事を口にしただけ。けれど何故か響く。自分に向けられた言葉じゃなくても、心の中へ染み込んでいく。…父さん、母さん……。

 

「…そういう訳だから、二人はのびのびと過ごしてくれればいいよ。勿論、二人は客人だけど…近所に住んでる知り合い、或いは親戚の人とでも思ってくれて構わないからね」

『…………』

「…うん?何か、意味が分からなかったかな?」

「あ、いえ…そうではなくて……」

「…今の言葉、顕人も言ってた。二人の事は、親戚の人と思えばいいって」

「ふふ、なんだそういう事ね。顕人と同じ事を言ってらしいわよ?」

「い、言われなくても聞こえてるさ…まぁ、親子だからな……」

「…うん。二人からは、顕人と同じ優しさを感じる」

「ですね。それでは、改めて…数日間、宜しくお願いします」

 

 そうして、俺がいない中での会話は終わる。勿論そこからはずっと無言…なんて事はなく、ちらほら雑談は聞こえてきたけど、取り敢えず今の話はお終い。…あぁ、全く……

 

(…中に入り辛い話、聞いちゃったなぁ……)

 

 タイミングが悪いというか、俺が途中で入ってきたらどうするつもりだったんだというか、色々言いたい事や思うところはある。だけど、扉のすぐ近くの壁に背を預けている俺の口元には……自然と、小さな笑みが浮かんでいるのだった。

 

 

 

 

「……てか、さっむ…ヤベぇ、折角風呂入ったのにもう身体冷えちゃったじゃん…」

「そりゃ、今は冬真っ盛りですからね。何を今更言ってるんすか?」

「…返す言葉もないよ……」


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