双極の理創造   作:シモツキ

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第百五十六話 やるのはやっぱり

 二十四日。クリスマスイブであり、クリスマスパーティーの当日。その日に今俺がいるのは、双統殿。

 別に、緊急の事情が出来たって訳じゃない。パーティーは予定通りに行う。なら何故ここにいるかと言えば…それは勿論、依未を迎えに来たから。

 

「依未ー、準備出来てるかー?」

 

 依未の部屋の前に到着した俺は、ノックをした後早速依未へ呼びかける。普通ならその前に言うべき事があるが…まぁ、双統殿着いた時点で一回連絡入れてるし大丈夫だろ。

 と、思って待っていると、十数秒後に扉がオープン。いつものように顔だけ出して、依未は俺の方を見てくる。

 

「…………」

「……ん?何かあるのか?」

「いや…今日は特に文句が無かったから……」

「なら普通に『準備出来てる』とか言えばいいじゃねぇか…なんで文句出てこなかったからって言葉に詰まるんだよ……」

 

 こっちを見たまま何も言わないもんだから、何かあるのかと思ったら…返ってきたのは想像以上にしょうもない理由。いや確かに、毎回依未が不機嫌そうに出てくるかどっちかが煽るかがスタートになってる気はするが…だからって、ねぇ…?

 

「…まぁ、いいや。で、準備出来てるのか?まだなら待つぞ」

「出来てるわよ、そもそも招かれる側のあたしはそんなに荷物もないし…。…でも、その……」

「……?」

「…ちょ、ちょっと来て……!」

「うぉ……っ!?」

 

 何か言いたげな表情をしたかと思えば、いきなり俺の腕を引っ張って部屋の中へと連れ込む依未。まさかそんな事をされるなんて思っていなかった俺は、引かれるままに部屋の中へ。

 ビビった。そりゃあもうびっくりしたし、何なら何かヤバい事でもされるのかと不安にもなった。だが、引き込まれた部屋の中で俺を待っていたのは……

 

「……ど、どう…かしら…」

 

──明るい赤の布地に、見るからに柔らかそうな白の毛があしらわれたトップスと、赤ベースで黒のアクセントが入ったミニスカート。そして上下とは対照的に真っ黒なニーハイで身を包んだ、所謂サンタ風の衣装を纏って少し恥ずかしそうにしている、篠夜依未ただ一人だった。

 

「…ど、どうって……」

「…………」

「…そりゃ…似合ってる、と…思うが……」

「……っ…ほ、ほんとに…?」

「あ、あぁ…」

 

 ちょっと…いやかなり状況が分からず混乱するも、依未の目は俺に回答を要求している。だから戸惑いながらも答えると、依未は更に顔を赤らめ、けれど消して嫌そうではない表情を浮かべる。

 今のは嘘じゃない。日光と縁が薄い依未の肌と衣装の赤は互いに引き立て合ってる感じがするし、まぁぶっちゃけた表現をすれば…可愛いと思う。衣装のおかげで明るい印象も抱くから、そういう点でも悪くない。

 けれど俺の戸惑いは、似合う云々とは全くもって別の話。そして依未の様子を見る限り……依未はそれに、気付いていない。

 

「そ、それなら良かったわ…うん、良かった…」

 

 もごもごと、何やら一人呟く依未。なんかもうこの時点で、訊いたら碌な目に遭わないような気がしてならないが…多分これは、そのままにした場合も碌な事にならないと思う。だから俺は意を決し……言う。

 

「……あのー、さ…依未…」

「…何?」

「…なんで、サンタの衣装着てんの…?」

「へ……?」

 

 その瞬間、訊いた瞬間依未は硬直。でも俺だって意味分からないままだから、数秒間は沈黙が支配。

 

「…今日、って…クリスマスパーティー、よね…?」

「そう、だが……?」

「…クリスマスパーティーって、こういう格好するものじゃないの…?」

「…そうなの……?」

「…………」

「…………」

「……な…なんで言ってくれなかったのよ馬鹿ぁああああああッ!!」

「えぇぇぇぇッ!?いやいやいやいや俺知らねぇし!依未がそんな格好するだなんて俺今さっき知ったばかりなんですがッ!?」

 

 呆然とした顔で訊いてくる依未に俺も戸惑いながら回答すると、依未は再び沈黙。そして依未は震え出し…次の瞬間、真っ赤な顔で依未はキレた。それはもう、理不尽極まりない文句を言って。

 

「じゃ、じゃあ何!?あたしは無意味にこんな格好して、あんたに見せたって事になるの!?」

「い、いやまぁそうなるな…」

「〜〜〜〜ッッ!う、うぅ…うぅぅぅぅううぅッ!!」

「ちょおッ!?こ、こんな狭い所で暴れるなっての!危ないから!マジ危ないからぁッ!」

 

 気持ちは分かる。俺だって依未の立場なら、恥ずかしさで暴れ出したくもなるだろう。けれどだからって、普通の家でいう玄関部分で暴れられたら溜ったものじゃない。

 という訳で俺も焦りながら、一先ず廊下へエスケープ。即座に扉を閉める事で依未を隔離し、その状態でとにかく依未が落ち着くのを待つ。で、数分後……

 

「うぅぅ…もうやだ、折角の日にこんな目に遭うなんて……」

「だからこれは依未の勘違いだろうが…てか、元から時々コスプレしてんじゃん……」

「うっ…そ、それとこれとは別の話よ……!」

 

 漸く落ち着き着替えた依未は、ネガティヴ思考全開になっていた。…まぁ、今回は仕方ない。

 

「…けど、依未も今日の事を、『折角の日』って思ってくれてたんだな」

「あ…それ、は……」

「ん?違うのか?」

「ち、違わない…けど……」

「なら良いじゃねぇか。そう思ってくれるなら俺も誘った甲斐があるし、緋奈だって喜ぶだろうよ」

 

 けれど何にせよ、依未はわざわざ衣装を用意する位には今日の事を楽しみにしていてくれた。それは疑いようのない事実で、落ち込んだのもその証左。…そうだよな…折角の日なんだから、明るい気持ちでいきたいよな。

 

「…よし。この件はもう終わりにしようぜ。依未だって、いつまでも話したくはないだろ?」

「な…何よ、急に……」

「勘違いはさっさと過去の事にしちまおうぜってこった。ほらほら、早く行かねぇとパーティーの時間が減っちまうぞー?」

「何その喋り方…キモっ……」

「うっ…と、とにかく話は今言った通りだ。…どうするよ?依未」

 

 ストレートな悪態で軽く傷付きながらも、俺は三度目の問い掛けを口にし依未を見る。

 捻くれている依未だが、考え方はしっかりしてるし、俺の言いたい事はちゃんと伝わっている筈。だからそれ以上は言わず、黙って依未を見つめていると…依未は少し目を逸らしながらも、言う。

 

「…い、行くわよ…妃乃様達に待たせるのは悪いし……」

「はいよ。じゃ、行くか」

 

 依未からの答えに頷き、俺は先んじてまた廊下へ。そこに数十秒後、依未も出てきて…俺は依未と共に、自宅へと向かうのだった。

 

 

 

 

「帰ったぞー…って、こりゃまた本格的なの用意したな……」

 

 帰宅しリビングの扉を開けた俺の目にまず飛び込んできたのは、部屋の中で段違いの存在感を放つモミの木。元々屋内に飾る用なのか、大きさこそタンスや冷蔵庫程度だが…とにかく特別な物感が半端ない。

 

「お帰り悠耶。どう?中々悪くないツリーでしょ?」

「まぁ、それはそうだが…(こっちも楽しみにしてたんだなぁ…)」

「いらっしゃい、依未さん。ありがとね、今日は来てくれて」

「こ、こっちこそ…招いてくれた事、感謝するわ…」

 

 今のやり取りから分かる通り、このツリーを用意したのは妃乃。なんつーか…偶に妃乃は子供っぽくなるよな。生まれ育った環境が特殊故になんだろうけど。

 まあ、それはともかく俺たちが来た事で早速パーティー開始。既に準備してあった据え置き型ゲームとTVの前に座り、俺達はそれぞれコントローラーを持つ。

 

「さて…前やった時は全員で戦ってたし、今回は一戦毎に組み合わせ変えてタッグマッチでもしてみるか?」

「いいんじゃないかな?なら取り敢えず最初の組み合わせは…シンプルに1Pと2P、3Pと4Pとか?」

「それでいいと思うわ。どうせこの人数なら組み方は三パターンしかないし、どの組み合わせでも複数回はやるだろうしね」

 

 快諾を受けて2対2スタイルが決定し、すぐに対戦ゲームが幕を開ける。

 ジャンルは対戦型アクションゲーム、最初の相方は隣のコントローラーを手に取った依未。…ふーむ……。

 

「依未、自爆特攻は任せた」

「えぇ、ってそんなの了承する訳ないでしょうが…!」

「向こうは早速仲間割れしてるわね…こっちは上手く連携しましょ」

「ですね。お兄ちゃん、依未さん、口論してるなら二人纏めて倒しちゃうよ?」

 

 こっちは冗談半分で軽く弄ってただけなのに、そこに二人は容赦無く強襲。仕方なくこっちも迎撃するも、半端に弄ったところだったからか向こう程上手く連携が効かない。…うん、これはあれだ。やっちまったパターンだわ。

 

「くそう…悪かった依未。だからせめて、ここは俺に任せて先に行けぇッ!」

「悠耶……って、これそういうゲームじゃないから」

「ですよねー。…あ、やられた」

 

 普段は優しさに溢れる、でもゲームの対戦においては普通に容赦してくれない緋奈にコンボ攻撃を叩き込まれ、俺のキャラクターは脱落。一進一退の攻防ならともかく、かなり押され気味だったが為に緋奈妃乃組のキャラクターはどちらもあまりダメージを受けておらず、その後善戦するも依未も脱落。二人ともやられた事で、第一戦目は俺と依未の敗北で幕を下ろす。

 

「ふぅ。勝ちましたね、妃乃さん」

「完勝ね。まぁ、あっちが序盤不仲起こした結果だからあんまり爽快感はないけど…」

「ぐっ…い、言ってくれるじゃないか妃乃……」

「けど、妃乃様の言う通りでしょ。誰かさんがいきなりあんな事言わなきゃ、また違ったんでしょうけども」

「いやでもほら、俺が依未に『よし、力を合わせて頑張ろうぜ!』とか言ったらそれはそれで調子狂うだろ?」

「調子狂うどころかあんたの体調が心配になるわね」

「だろ?…ってそこまでかよ…」

 

 disりが完全に平常運転な辺り、やはりもうサンタコスの事は引き摺ってない様子の依未。それは良い事だが、この相変わらず生意気な娘の鼻を明かしてやりたいというのもまた事実。そしてそんな思いを抱きながら、俺は同じゲームの第二戦へ。

 

「悠耶。ここは冷静に、協力していきましょ。貴方だって、連敗はしたくないでしょう?」

「そりゃあ、な。同じ轍を踏むのも馬鹿馬鹿しいし…ここは一つ、やってやろうじゃねぇか」

 

 二戦目の相方は妃乃で、相手は緋奈と依未の年下コンビ。今答えた通り連敗は避けたいところだし、実戦におけるコミュニケーションに慣れている妃乃ならゲーム中の意思疎通も上手くいく筈。

 そう、戦いの経験という意味では、俺達の側に圧倒的なアドバンテージがあるのだ。…とか、始まる前までは思ってたんだが……

 

「あ、悪い妃乃!」

「だから何度邪魔するのよ!…ってあぁっ!?」

「ぬぉっ!?じゃ、邪魔なら妃乃こそ散々してるじゃねぇか!こうなったらいっそ一人で……」

「ごめんねお兄ちゃん。よっと」

「…おおぅ……」

 

 実際にやってみた結果、全然上手くいかなかった。意思疎通自体は狙い通りに出来たが、どうも癖やらやりたい事やらが被っているのか、連携するつもりはあるのに足を引っ張り合う形となってしまった。

 

「…………」

「…………」

「……あれよね。実戦だったらこんな二次元的な戦いはしないし、もっと色んな動きをするものね」

「だな。楽しい事は間違いないが、やっぱりゲームはゲームであって、実戦とはかけ離れてるよな」

「…なんていうか…基本頼りになる年上の人がしょうもない負け惜しみを言うって……」

「う、うん…凄く、見てられないよね……」

 

 うんうん、とお互い頷き納得し合う俺達二人。何やら年下組が失礼な事を言っていたが、俺と妃乃の実力がこのゲームじゃ発揮し切れなかった事は紛れもない事実だろう(因みに依未が「頼りになる」と言っていたが、そこを指摘したら真顔で「え?それは妃乃様にしか掛かってないけど?」と返された。…全く、依未も素直じゃないなぁあっはっは)。

 で、一周目の最後は俺と緋奈の兄妹コンビで勝利した。ん?描写はゼロかって?残念ながら無いのさ、何せ特に見所も笑い所もなく、普通に俺達が勝っただけだったからな。…いや、ほんと…シンプルに戦って、シンプルに勝敗が決しただけですわ…。

 

「ふー…流石に貴方達二人の連携が一番強いわね」

「当たり前だ。何せ兄妹だからな」

「あはは…まあ、ずっと一緒にいるんだもんね」

 

 数十分後。出てくるアイテムを変えたり特殊ルールを付けたりする事で変化を付けて何周か回したところで、一つ目のゲームを終了。今妃乃が言った通り、やはり一番の勝率を誇ったのは俺と緋奈の兄妹コンビで、俺としては大満足の結果。惜しむべくは、もっと色んな組み合わせでやってみたかったってところだが…ま、それは仕方ないわな。

 

「…やっぱり、あそこはもう少し弱攻撃でダメージを蓄積させてからの方が良かったかしら…いやでも、あの場面からなら一度わざと攻撃を外して……」

「…依未ちゃんはまだやりたい?」

「うぇっ!?あ、だ、大丈夫です…!い、今のは独り言なので…!」

「いや独り言なのは分かってるけど…まあ、そういう事なら次はこれね」

 

 唯一コントローラーを持ったままだった依未に声をかける妃乃。案の定その途端に依未はテンパり、妃乃はそれを見て苦笑いし…その後、机に一つの箱を置く。

 そこに入っているのは、あるパーティー用の玩具。当然箱には商品名やらイラストやらも載っていて、それを見た依未は目を丸くする。

 

「これ、って……」

「えぇ。緋奈ちゃんが提案してくれたんだけど…依未ちゃんもこれをやるのは初めてじゃない?」

「は、はい…という事は、妃乃様も……」

「そうよ。だってこれ、それこそこういう機会でもなきゃ目にする事自体ほぼ無いし」

 

 そんなやり取りをしながら妃乃は箱を開け、中の物を…犬の目を覚まさないようにして骨を取るあの玩具をセッティング。…確かにこれ、家で一人でやったって虚しいだけだもんなぁ…。

 

「…誰からやります?」

「それはまぁ、悠耶でしょ。男なんだから」

「何だその理由…まぁいいか。なら俺から時計回りで、負けた人はなんか罰ゲームな」

『え?ちょっ……』

「よし、まずは成功っと」

 

 さらりとゲームに罰ゲームを付加し、三人が俺の方へ振り返っている内にゲームスタート。悠々と俺は一本取り、ターンを左隣の緋奈へと渡す。

 

「ま、待ちなさいよ悠耶!貴方、勝手に変なルールを付けるんじゃ……」

「勝手に俺からにしようとした妃乃がそれ言うか?」

「うっ…ひゃ、百歩譲って私は良いにしても、二人はどう思うかしらね…」

「確かにそれはそうだな。…緋奈、俺は別に無茶苦茶な罰ゲームを用意してやろうだなんて思ってない。賑やかに楽しくやれるのが一番だって思ってる。だから…賛成、してくれるか?」

「お兄ちゃん…うん、そういう事ならわたしは良いよ」

 

 緋奈へと向き直り、真剣な表情と声音で俺は訴える。その二つで緋奈の心を叩き、ぽんと肩に置いた手で後押し。すると緋奈は、俺の言葉へ答えるようにこっちをじっと見つめ…それからこくりも頷いてくれた。…ふっ…計算通りだぜ。

 

「な、なんて姑息な…でも、そういう手を使ってる時点で底は見えてるわね」

「…底、か…言われてみればその通りだな」

「…へ……?…や、やけに潔いわね…」

「そりゃあそうさ、楽しくやれるのが一番なんだからよ。だから、依未が『もし罰ゲームを受ける事になったら…』って考えると不安で不安でしょうがなくて、楽しめないってなら俺は素直に取り下げるさ」

「な……っ!?べ、別にあたしは不安なんかじゃ…!」

「でも、緋奈は賛成してくれたし妃乃だって反対は取り下げたんだ。にも関わらず反対するって事はつまり…って、こんな事言うのは野暮か。けど安心しろよ依未。何も言わなくたって、俺はそれ位察して……」

「だ…だから不安じゃないって言ってるでしょ!?い、いいわよ!あたしも賛成だっての!っていうか、そもそもあたしは反対なんかしてないんですけど!?」

「じゃ、問題なしだな」

「えぇないわよ全然構わな……は…っ!?」

 

 真っ赤な顔で思いっ切り賛成した末、愕然とした顔になる依未。だがもう言質は取ってあり、確認の言葉にも依未は同意してしまっている。そして、ここで撤回するのは恥の上塗りそのものな行為。それが分かっているからこそ、依未はそれ以上何も言わず…ってか何も言えず、罰ゲームの採用は正式な決定となった。

 

「…くっ…まさか、完全にやり込められるなんて……」

「すみません妃乃様…あたしが迂闊なばっかりに……」

「…気にする必要はないわ。迂闊だったのは、私もだもの……」

「いや…ほんとにキツい罰ゲームを用意するつもりはないからな…?」

 

…うん、まぁなんか俺が極悪非道な罠で三人を嵌めたみたいな雰囲気になっちまったが…気にしないでおこう。

 

「こほん。じゃ、改めて…緋奈の番だぞ」

「そうだね。よし……」

 

 玩具の前に立った緋奈は、俺よりもゆっくりと、正に慎重派って感じで骨を掴んで枠の外へ。クリアしたところでふぅ…と一息吐いて、正面の位置を妃乃と変わる。

 妃乃も緋奈同様慎重に、だが危なげなく成功。一周目最後となる依未は…まぁぶっちゃけかなりおっかなびっくりだったが、取り敢えず抜き取った事で再び俺の番へ。

 

(…一回目は会話の流れのままぱぱっと抜いちまったが…静かな中だと、流石に少し緊張するな……)

 

 こういうゲームの常として、ゲームが軌道に乗ると途端に緊張感ある雰囲気となる。当たり前というか、最低でも取る瞬間は静かじゃなきゃ台無しになるんだから当然の事なんだが、空気は個々人の心にも干渉するもの。…まあ尤も、この程度で手元が狂う俺じゃないが。

 

「……っ…っと、と…セーフ…」

「これ、結構集中力を鍛える事が出来るかもね…はい」

「…む、む……」

 

 二周目も全員失敗する事なく、雰囲気も深まりながら三周目へ。割とまだ余裕のある妃乃に、緊張しながらも楽しんでいるのが伝わってくる緋奈に、一人だけビビり度の違う依未と、ゲームに対するスタンスも様々。抜き取る瞬間のスリルは勿論、三者三様の反応を見るのも中々愉快て、案外面白いんだって事を俺は実感。だから俺は、次第に思い始めた。もしかするとこれは、罰ゲーム無しで十分楽しめるんじゃないかって。

 だがそれは…その事件は、緋奈も慣れ始めた四周目に起こった。

 

「よ、っと。はい、依未ちゃん」

「は、はい……」

 

 変わらずの安定感で妃乃が取って、依未の番に。毎回かなり緊張しながらやってる依未は元々体力がないのもあって一人見るからに消耗しており、パフォーマンスにも影響しそうな様子。

 そして実際、俺の見立ては的中。依未は一本を摘んで持ち上げるところまでは上手くいったものの、詰めが甘かったのか骨の端が別の骨を押してしまい……押されたその骨は、隙間で傾き音を鳴らす。

 

「ひゃああぁぁぁぁぁぁッ!?」

「なッ、ちょっ……!?」

 

 その瞬間、目を見開きがばりと口を開けながら吠える犬。どういう感じになるかは分かっていても、やはり豹変と共に咆哮を上げられれば驚くもので、俺達は揃ってびくりと肩を震わせる。

 とはいえそれは普通の反応。ただびっくりしただけの話だったんだが…そういうレベルじゃ済まなかったのが当人の依未。吠えられた瞬間依未は本物の犬に飛びかかられたのかって位の悲鳴を上げ……俺の方に飛び込んできた。

 勿論それは狙ったものじゃなく、反射的な飛び退き。当然飛び退いた先に俺がいる事なんて分かっている筈もなく、まさか飛んでくるなるなんて思ってなかった俺も避ける事が出来ずに直撃。こっちもこっちで反射的に受け止めようとはしたが、人一人の質量を身構え無しにキャッチし切れる筈もなく……依未諸共、背中から転倒。

 

「わ……ッ!?」

「ちょ、ちょっと!?二人共大丈夫!?」

「い…ったぁ……」

「う、ぅ…って、あ…ご、ごめん悠耶──」

 

 頭と背中に鈍い痛みが走る中、真っ先に聞こえてきたのは緋奈と妃乃の声。続いて依未の狼狽した声、それに謝罪の言葉も聞こえてきて、俺はそれに取り敢えず「大丈夫だ」と言おうとしたが……次の瞬間、俺も依未も気付く。咄嗟に受け止めようとした俺の両腕は依未のお腹周りに回っていて、俺が寝転がったまま後ろから依未を抱き締めているような体勢になっている事に。

 柔らかでほっそりとした依未のお腹。俺の顔にかかっているのは、シャンプーの良い匂いがする依未の髪。白くシミのない依未の頬もすぐ側にあって…っ違う違う!何この状況で惚けてんだよ俺ぇ…ッ!

 

「……あ、そ…そのだな依未、これは……」

「……っ…ぁ、ぅ…!」

「……!ま、待て待て依未!悪かった!でもこれはわざとじゃ……」

「うにゃあぁぁぁぁああああああっ!!」

「うぇぇぇぇっ!?」

 

 起き上がろうとした事で半分だけ見えている依未の顔。その顔がかぁっと真っ赤に染まり、ぶん殴られるかヘッドバットでもされるかと思った俺は慌てて弁明の言葉を口にするも、予想に反して依未は猫みたいな奇声を上げながら再び飛び退く。

 ホールドしたままの俺の腕を一瞬で弾き返す程の勢いで飛び退いた依未は、そのまま飛び込むようにベットの裏へ。…え、えぇー……?

 

「…あー…えと、依未……?」

「来んなッ!来たら蹴り飛ばすわよ馬鹿ッ!」

「お、おう…マジですまん……」

「……っ…べ、別に怒ってる訳じゃないわよ…!そ、そもそもこれは…あたしが、あんたの方に飛んだ事で起きた事なんだから……」

「そ、そうか…大丈夫か……?」

「大丈夫な訳ないでしょうが!…うぅぅ……」

 

 どうしたらいいか分からない俺の言葉に、烈火の如き声音で答えるソファ…じゃなくて、その裏の依未。まさかここまでの事になるとは思わなかったが…事故とはいえ、異性に抱き締められる形になったんだ。それによって生まれる動揺が分からないような俺じゃない。

 

「…この場合…ど、どうしたらいいんだ…?」

「どうって……」

「それは自分で考えなさいよ、馬鹿」

「ひ、妃乃までそれ言うか…?」

 

 けれどどうすればいいかは分からず、俺が頼ったのは女子二人。だが緋奈はよく分からない表情をしていて、妃乃に至っては少々不愉快そうな顔。…いやうん、分かるよ?兄が自分より年下の女の子抱く場面見せられた妹や、訳あって同居してる同い年の異性が、抱えている事情を知っていて気にもかけていた年下の女の子を抱く姿を見せられた女子が、にこやかにアドバイスくれる訳ないって事は。でもさ…俺だよ?人付き合いに難がある事を自覚してる千嵜悠耶だよ?その俺に、一人で考えろってのは流石にちょっと無茶じゃないかい?

 

「…えっと…その、えー……取り敢えず、罰ゲームは無しにする…?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

『……それは、まぁ…うん…』

 

 本当に分からず、無い頭で必死に考えて捻り出した言葉を口にする俺。それがベストじゃないって事は分かってる。なんか違う気もしている。それでも何もしないのは一番駄目だと思って、俺は言葉を捻り出した。

 その結果、訪れる数秒の沈黙。何とも言えない怖さから緋奈や妃乃の方を見れず、ただひたすらにソファだけを見つめる俺。すると、沈黙の後ゆっくりと依未が、ソファから頭と目だけをこちら側に出し……形容し難い雰囲気の中で、罰ゲームは廃止となるのだった。


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