双極の理創造   作:シモツキ

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第百五十四話 ドギマギのパーティー

「ハッピークリスマースっ!……あれっ、これなんかおかしいかな?」

 

 ぱんっ、と弾けるパーティー用クラッカーと共に、これまた弾ける元気一杯な綾袮さんの声。…それが、今日の…クリスマス(イブ)パーティーの、始まりの合図だった。

 

「や、まぁ…変な感じはするけど、それは言わない方がグダらなかったんじゃない?」

「え、グダっちゃった?」

「ちょっとね」

「おおぅ…わたしとした事が、なんたるミスを……」

 

 自分から自分の発言に水を差してしまった綾袮さんは、その旨を聞いて軽くしょんぼり。でも今は気分が舞い上がっているからか、すぐさま表情に笑顔が戻る。

 

「…ま、いっか。皆ー、飲んでるかなー?」

「いや飲んでない飲んでない。まだ食事の時間じゃないし、そもそも全員未成年だっての」

「えー、自分は違うっすよー?違うというか、年齢の概念自体がないんですけども」

「そーね。皆、まずはクラッカーのゴミを回収しようか」

「ちょっ、自分への対応雑じゃないっすか?酷いっすよせんぱーい」

 

 綾袮さんのボケに突っ込み、慧瑠の絡みを軽く流して、俺はそれぞれのクラッカーから出た紙を回収。あー、揺らすな揺らすな。というか慧瑠、周りの目を気にして俺が反応躊躇ってるのを分かった上で絡んできてるだろ……。

 

「ただ音を鳴らして紙を散らしてるだけなのに、何故かちょっと楽しいですよねこれ」

「あ、フォリンさんもそう思う?」

「えぇ。…まぁ、もっと無慈悲な破裂音なら、これまで何度も立ててきましたけどね……」

「あ、お、おぅ……フォリンさん、ブラックジョークのつもりならそれはちょっと重過ぎる…」

「で、ですよね…すみません、私も言ってから『あ、これはないな』と思いました……」

 

 何とも気の重くなる発言と、完全に冗談のチョイスを間違えてバツの悪そうな顔をしているフォリンさん。フォリンさんも内心テンションが上がってて、つい普段は言わないような冗談を言いたくなったんだとしたら可愛らしいものだけど、その結果出てきたネタが重過ぎて俺は軽くげんなり状態。で、気分を変えようとラフィーネさんの方を見ると……

 

「…強く引き過ぎた……」

 

 不発状態のクラッカーと、抜けた紐を持ってずーんとしていた。具体的にはどういう失敗で不発になったのか分からないけど、どうやら引き方に問題があった(とラフィーネさんは見ている)らしい。…どんまい、ラフィーネさん……。

 

「え、えーっと…よし!早速だけど、総当たり戦のゲーム勝負といこうじゃないか!」

「あ、そ、そうだね!ふふん、負けないよー!」

 

 各々ミスって下がりかけている(綾袮さんは既に回復してるけど)テンションを何とかすべく、俺は皆に向けて提案。するとすぐに綾袮さんが乗ってくれて、予定通り最初はゲームで勝負する流れに。二人も首肯をしてくれたから、すぐに俺達はゲーム開始。

 

「……!流石フォリンさん…ゲームでも射撃が上手い…!」

「ゲームと言えど、駆け引きは駆け引きですからね…!」

「良い勝負だねぇ。でも……」

「…両方遠くから撃ってるんじゃ、地味……」

 

 まずは某大乱闘ゲームからで、今は俺とフォリンさんが対戦中。むむ、確かに地味と言えば地味…それに、正直この距離じゃ手数もフォリンさんのキャラの方が上…ならば……ッ!

 

「お、果敢ですねぇ先輩。…そうやって時々見せる大胆さ、自分は凄く素敵だと思いますよ」

「うぇっ!?……あっ…」

「貰いましたッ!」

 

 射撃を止め、一気に接近をかけようとした俺。けれどその瞬間、後ろから近付いてきた慧瑠に耳元で囁かれてしまい、思わず俺は操作ミス。そこをフォリンさんに突かれて、一気に俺のキャラは倒されてしまう。

 

「ふぅ。私の勝ちですね、顕人さん」

「フォリン、おめでと」

「ふふ、駄目っすよ〜先輩。戦いの中で、そんな簡単に狼狽えちゃ」

「狼狽えちゃ、じゃねぇ…!こっちは真剣勝負……」

「……?顕人、どうかしたの?」

「うっ…な、何でもないよー、何でも。いやぁ、所詮は敗北かぁ…(くそう…やってくれたな慧瑠…!)」

 

 タチの悪い悪戯に当然俺は文句を言いかけるも、ラフィーネさんに訊かれた事で慌てて軌道修正。誤魔化すしかない俺を、慧瑠は愉快そうに眺めていて…全く、こちとら二重の意味でドキッとしたんだぞこら…!

 

「じゃ、次はわたし達だね。悪いけど、手は抜かないよラフィーネ!」

「それはこっちの台詞。綾袮に負けるつもりはない」

 

 ともかく決着は決着な訳で、次の勝負は今やっていなかった二人。そこからは予定通り総当たり戦(と言っても四人だから一人三戦だけど)を行なっていって、最終的に勝者となったのは……今や完全にゲーマーであるラフィーネさん。

 

「これが、わたしの実力」

「ふふっ、流石ですラフィーネ」

「むむぅ、勝てると思ったのになぁ…。…でも、確かに強かったよね、ラフィーネさん」

「だね。ただまぁ強かったというか、一人だけ一切ネタ行動もロマン技もしなかったというか……」

「それは本人の自由なんだから、わたし達がどうこう言う事でもないんじゃない?」

「…ま、そうだよね。おめでとう、ラフィーネさん」

 

 綾袮さんの言う通り、プレイスタイルは個人の自由で、俺の発言も結局のところ単なる負け惜しみ。ならこれ以上言っても自分が悲しくなるだけだよなと俺はラフィーネさんを祝福し、ラフィーネさんもご満悦そうに頬を緩める。

…とまぁ、これだけなら良かったんだけど…何やら綾袮さんもまた、含みありげに笑みを浮かべる。

 

「よぉし、それじゃあ勝ったラフィーネには、顕人君からご褒美だね!」

「え、何それ?俺聞いてないんだけど…」

「それはそうだよ。だってさっき三人で決めた事だもん」

「あぁそっか…いや俺が関わる事を俺抜きで決めないでくれる!?」

 

 さも当然のように勝手な事を言う綾袮さんに、思わず俺はノリ突っ込み。酷くね!?シンプルに酷くね!?

 

「まあまあ落ち着いてよ顕人君。その場ですぐ出来て、負担にもならない事じゃなきゃ駄目って事にはしたからさ」

「うん、それより俺はその話に俺を混ぜるとか、もっと公正公平なルールにしてほしかったんだけど……」

「…顕人は、わたしへのご褒美…嫌?」

「うっ…それはその、嫌…って訳じゃないけど……」

 

 こんな話、多少配慮はされているとしても不服じゃない訳がない。こんな無茶苦茶に乗るもんか!…と突っ撥ねてやりたいところだけど……ラフィーネさんの純朴そうな目で、ほんのりと表情に悲しそうな色を浮かべながら「嫌?」なんて言われてしまったら、そうだと返せる筈がない。そして上手く乗り切る手段を考えようにも、ラフィーネさんはそんな顔でずっと俺を見つめてくる訳で……結局俺は、ご褒美をあげる事を了承してしまった。…くそう…。

 

「…なら、何をすればいいの?」

「んと…じゃあ、撫でて」

「な、撫でる?…撫でるって…頭を…?」

「うん。…他に、どこか撫でたいの?」

「い、いやそういう訳じゃ…こらそこにやにやすんな!邪な事なんか考えてないからね!?」

 

 若干身構えていた俺に対し、ラフィーネさんが言ってきたのは意外な要求。それに俺が戸惑っていると、綾袮さんと慧瑠が「わー、へんたーい」みたいな視線を向けてきて、更に俺は慌てる羽目に。で、軽く慌てた十数秒後……

 

「…えぇと、じゃあ……」

「……ん…♪」

 

 俺は求められた通りに、正面からラフィーネさんを撫でていた。

 決して上手い訳でもないであろう俺の撫でで、気持ち良さそうにするラフィーネさん。皆の視線がある中で、こんな事をするってのも恥ずかしいけど…それ以上に俺の頭を占めるのは、数日前俺の部屋でラフィーネさんを撫でた時の事。あの時と変わらぬ柔らかさがあって、でも今は撫でられているとラフィーネさんが分かっていて、その上でラフィーネさんは嬉しそうで……あぁぁヤベぇ!顔あっつ!ラフィーネさんの顔直視出来ないんですけど…!?

 

「…ふぅ。満足した、ありがと顕人」

「そ、そう…そりゃ良かった……」

「ふふふ、照れてますねぇ顕人さん」

「俺の事はいいから…!そ、それより次いこう次…!」

 

 満足という言葉を聞いて、湧き上がったのは安堵感とちょっぴりの名残惜しさ。そんな俺を茶化すようなフォリンさんに言葉を返し、すぐさま俺は次の準備へ。えぇい、こんな事が何度も続いて堪るか…!次は、俺が勝つ……!

 

「そんな…フォリン、なんで……」

「ごめんなさい、ラフィーネ…たとえラフィーネでも、この勝負を譲る気はなかったんです…。……という事で、一位は私ですね」

『むむぅ……』

 

……とか思ってたらこれだよ!某有名パーティーゲーム(デジタル)をやった結果、勝つどころかそもそも最後のミニゲームの時点で、俺は一位争いから落ちてたよ!早速フラグ回収じゃねぇか!…うぅ……。

 

「フォリン、中盤の引きが凄かったよね…まさかあそこまで立て続けに稼げるなんて……」

「自分でもそれには驚きです。でも綾袮さんこそ、危険な選択をしつつも上手く損は回避していく技術は凄いと思いますよ?」

「ふふん、今回はフォリンに持ってかれちゃったけど、基本わたしって運が良いからね!」

 

 皆はにこやかに健闘を讃え合っているところだけど、俺はそこに混ざらない。…そりゃ、ゲームは楽しかったし、結果にケチを付けるつもりはないよ?…けどほら、俺はあれがあるし……。

 

「ふふ、それでは顕人さん。私にも、ご褒美をくれますか?」

「やっぱりあるのね…はぁ、いいよあげるよ…」

「…顕人、わたしの時よりすぐいいって言った…フォリンばっかり、ズルい」

「えぇ!?い、いや差別してる訳じゃなくてだね、これでフォリンさんは駄目って言った場合、それこそラフィーネさんとフォリンさんとで差別してるって事になっちゃうでしょ…?」

「そっか…うん、それなら納得」

「そりゃ良かった…で、えぇと…フォリンさんは、何がお望みなの…?」

「では…私も、撫でてくれますか?顕人さん」

 

 フォリンさんの勘違いに慌てて弁明し、もう抵抗する事も諦めてフォリンさんへと問い掛けると、返ってきたのはラフィーネさんの時と同じ…だからこそ、その時以上に意外な言葉。…天丼ネタ、って訳じゃ…ない、よね…?

 

「…フォリンさんも…?」

「はい。…駄目、ですか…?」

「そ、そんな事は……いいんだね?撫でるだけで…」

「いいんです、それだけでも」

 

 撫でるなんて、男女間である事を除けば(そこが大きいんだけど)決して難しい要求じゃない。だからそれでいいのかと俺は訊き返したけど、フォリンさんは躊躇う事なくしっかりと頷く。

 はっきりと返されてしまえば、もう俺から言う事はない。さっきも言った通り、ここで断ったらただの差別になっちゃうから。そして、こういうのは時間をかければかける程恥ずかしくなるってのをさっき知ったから、俺は一拍の後手を伸ばし……フォリンさんの、頭を撫でる。

 

「……んっ…」

 

 今年まで至って普通の人生を送ってきた俺に、撫で方のコツなんて知る訳がない。だけど丁寧に、相手の事を考えながらするのが大事だって事くらいは分かってる。だから俺は、丁寧にフォリンさんを撫でる。手を置いて、髪型を崩さないように、でもしっかりとフォリンさんの事を思いながら。

 初めは期待と、ほんの少しの不安が混じったような表情をしていたフォリンさん。でも撫でている内に、少しずつ頬が緩んで、ラフィーネさんとそっくりな反応を浮かべて……気持ち良さそうに、目を閉じる。

 

(…あ…ヤバいな…超可愛い……)

 

 表情はほぼ同じなのに、受ける印象は全然違う。普段から自由奔放な、それこそ子供っぽいラフィーネさんだと、撫でた時の表情もその延長線上にあるんだけど…フォリンさんの場合は真逆。普段は落ち着いてて年相応かそれ以上に大人っぽいからこそ、緩んだ表情のギャップが俺の心に突き刺さる。

 勿論、フォリンさんの方が良いって訳じゃない。二人共甲乙付け難くて、そもそもこんなに可愛らしいものに順位を付ける事自体がおかしく思えて……そうこう考えている内に、そこそこな時間が経っていた。

 

「…はふぅ……ありがとうございました、顕人さん。もういいですよ」

「うぇ…?あ、そ、そっか…」

「個人的にはもう少ししてもらいたいですが…今は、パーティー中ですから」

 

 ふふっと笑って、手を離した俺からフォリンさんは離れる。一瞬、また俺の心を見透かしてからかいの笑みを浮かべているのかと思ったけど…嬉しそうにラフィーネさんと笑い合う姿を見て、そうじゃないと気付いた。…むず痒いな、そこまで喜んでもらえると…。

 

「むー…次行こう次!ふっふん、次はトランプだからね!対面してのゲームなら、今度こそ勝利はわたしが頂くよ!」

「…綾袮さん、トランプ得意だっけ?」

「得意も何も、騙しも心理戦もポーカーフェイスも謀略の範疇だし」

「あー…そういう……」

 

 無自覚に俺が心を緩ませる中、ばっと綾袮さんが取り出すトランプカード。質問に対する返答を聞いて、俺は何とも言えない感情に。

 確かにトランプは、人と人との探り合いが大きいゲーム。普通にやる分にはそこまで意識しないけど、そういう勝負となれば綾袮さんが圧倒的有利なのは考えるまでもない事実。そして実際、ババ抜きや大富豪等各種勝負をしていった結果……

 

「……8」

「ダウト」

「…ぐふっ……」

 

 圧勝だった。ラフィーネさんとフォリンさんはまだ善戦していたけど、俺は幾度となく読まれ、幾度となく騙されてしまっていた。

 

「ふっふっふっ…宣言通りの完全しょーり!」

「分かってはいたけど…綾袮さんつっよ……」

「ですね…まさかこんな形で実力を再認識させられるとは……」

「やっぱり綾袮、侮れない……」

 

 それはもう気分良さそうに綾袮さんが拳を突き上げる一方、俺達はげんなり気味。…いやほら、ラフィーネさんはまだゲームの範囲内でのガチだっただけだけど…綾袮さんは最早、一人だけ戦闘レベルの事やってきたし……。

 

「…というか…ここまで心理戦の実力があるなら、普段から人を騙し放題なんじゃ…?」

「そんな事はないよ。確かに本気になればそこそこは騙せると思うけど、ルールも明確な勝敗もあるゲームと、そういうものが一切ない日常生活とじゃ、難易度が全然違うからね」

 

 若干の恐ろしさも抱きながら呟くと、それを耳にした綾袮さんは軽く肩を竦めて返答。言われてみれば確かに、ルール無用(法律とか倫理とかはあるけど)な日常生活は同列に語らないのかもしれない。…って、なんだこの思考…パーティーとはかけ離れてるじゃん……。

 

「そんなものか……んで、綾袮さんは?綾袮さんは何が望み?」

「え…軽くない?わたしの時だけなんでそんなに雑なの…?」

「いや、もう三度目だし…綾袮さんなら、普段から俺に色々言ってくるし…」

「むむむ…それはその通りだけど、なんかちょっと納得いかないなー…」

 

 今更どうこう言ったって往生際が悪いだけ。そう思ってさっさと話を進めようとすると、どうも綾袮さんは不満そう。…というか、今日は「むー」とか「むむ…」とか多いな綾袮さん…。

 

「うーん…まぁ、そういう事ならごめん。でもちゃんと、負担にならない事ならしっかり叶えるから、綾袮さんの望みを教えて」

「全くもう、最初からそういう感じで言ってくれればいいのに…けどそういう真面目さ、わたしは良いと思うよっ!」

「あ…う、うんありがと。えと、それで……」

「うんうん分かってる、賞賛を込めてわたしにもご褒美あげたいんだよね!それじゃあご褒美として、わたしも撫でて──」

「……えっ?」

 

 雑な態度を謝罪し、改めて訊いた事が良かったのか、ぱっと表情が好転する綾袮さん。好転というか、やや調子に乗り出した感もあるけど…んまぁパーティーだし、今日は少し位寛容になろうかなとそのまま話を聞くスタンスの俺。するとそれがまた良かった様子で、完全に気分の舞い上がった綾袮さんはその勢いのまま……言った。要望らしい、けれど全くもって想像していなかった言葉を。

 

「…今、撫でてって言った…?」

「あっ…や、ぇ…ぁ…そ、その……」

 

 ラフィーネさんは分かる。フォリンさんも、まあ色々あったからあり得ないって程じゃなかった。でも綾袮さんが「撫でて」なんて、まず聞き間違いを疑うようなレベルの事。だから戸惑いながら訊き返すと…綾袮さんは途端に顔が赤くなり、一気に喋りもしどろもどろに。

 

「…綾袮さん……?」

「……っ!…それは……そ、そう!流れだよ流れっ!」

「…流れ?」

「ほ、ほら、ラフィーネとフォリンで同じお願いだったでしょ?となればここは、わたしも同じ事を言うのが芸人…じゃなくて霊装者ってものだよ!」

「あ、あー……いや霊装者は関係ないでしょ!そして何故芸人と言い間違えを!?」

「い、いやー…突っ込みを狙って、的な?」

「つまりはいつもの綾袮さんかい…なんだ、そういう事なら『ここは流れを読んで』的な前置きをしてくれればいいのに……」

「あ、あはは……」

 

 明らかに動揺していた綾袮さんだけど、はっとした顔になった次の瞬間何ともそれっぽい理由を口に。どうして一度動揺したのかは全くの謎だけど…それなら一応納得出来る。だって実際、この面子の中じゃ綾袮さんが一番「ノリ」を重視する人だから。そして、その為だけに俺に…異性に撫でられてもいいのかって部分は…この際、考えないでおこうと思う。だって、ここでそういう男女間の話を掘り下げるのは、なんかちょっと自意識過剰っぽくなっちゃうし…。

 

「…じゃあ、いくよ…?」

「う、うん…」

 

 とはいえ、女の子は女の子。撫でるとなればやっぱり少なからず緊張する訳で、確認するように俺は一言。すると綾袮さんもどこか緊張したような面持ちになり…ってだから、そうやって色々考えるから余計恥ずかしくなってくるんだって…!えぇい、無心だ無心…!

 

「…ぁ、ぅ……」

「……っ…」

 

 前の二人と同じように、でも相手は綾袮さんだって事を意識しながら、綾袮さんの頭も撫でる。癖はないけれどもふわりとしていて、ついついずっと触っていたくなりそうな髪を感じる。

 いつもは天真爛漫で、明るさ一杯の綾袮さん。でも今は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、時折ぴくりと震えながら目を閉じ撫でられていて、いつもとは全然違う様子。こんな綾袮さんを見た事なんて……

 

(…いや、ある。そうだ、あの時も……)

 

 思い出すのは、慧瑠の件があって、一日休んだ次の日の事。あの夜、俺を心配してくれた綾袮さんも似たような様子をしていて……あぁ、駄目だ。フォリンさんの時もあったけど…それ以上に、ギャップが強い。綾袮さんがこんなにもしおらしい、ただの女の子みたいな様子を見せる事なんかまず無くて、普段とはかけ離れていて、だからこそドキドキしてしまって……そんな中、綾袮さんが目を開ける。

 余程恥ずかしかったのか、潤んでいる綾袮さんの瞳。そんな瞳が、艶めく黄色の双眸が、紅潮した頬の上から俺を見上げていて……正直、どうにかなりそうだった。

 

「…顕人、まだ撫でるの?」

『……っ!?』

 

 何秒経ったか分からない中、不意にラフィーネさんが発した一言。それが聞こえた瞬間俺も綾袮さんも我に返って、二人同時に後方へ飛び退く。

 

「……何してるんですか、二人して…」

「う……や、やってくれたね顕人君!わ、わたしの頭をアイアンクローするなんてっ!」

「いやしてねぇよ!?そんなガッ、ってやってなかったよね!?ソフトタッチだったよね!?後位置も違うし!」

「じゃ、じゃあアルテマフリーズ!」

「もっとやってねぇわ!てかやれねぇし!」

 

 物凄いテンパった顔をしながら、俺に全部擦り付けてくる綾袮さん。まだある意味平常運転だけど…これ綾袮さんが言い出した事だからね!?

 

「むぅぅ…!ちょっと休憩にしよ休憩!ゲームのやり過ぎは良くないもん!」

「なんで俺に圧かけながら言うのさ…はぁ、ならなんか汲んでくるよ…お茶がいい?ジュースがいい?」

「…………」

「…綾袮さん?」

「いや、その…我ながら無茶苦茶言ってる自覚ある時に、普通に良い人の部分を出されるとシンプルに辛い……」

「えぇー……」

 

 とまぁ、要は自業自得でダメージを受けている綾袮さんに呆れた後、俺は三人の要望を聞いてリビングから台所へ。まずお盆を、続いてコップを用意し、そこに飲み物を注いでいく。

 

(…にしても、まさか三人の頭を撫でる事になるとは……)

 

 持っているのはジュースのボトルなのに、まだ手には三人の髪の感触が残っている。綾袮さんだけじゃなく、ラフィーネさんフォリンさんの感触もはっきりとまだ覚えている。

 こんな事になるとは思わなかった。俺からご褒美なんて聞いてないし、しかもそれが全部それぞれの、同居している女の子の頭を撫でる事になるなんて。

 全くもって理不尽で、横暴な話。恐らく俺が勝った場合は何もないとちうのが、本当に酷い話だと思う。…ただ、まぁ……

 

「…何だかんだご褒美という名目で、三人を撫でられた俺が何気に一番得してるかも…みたいな事考えてますねー、先輩」

「…止めて…お願いだからそういう事を読まないで……」

「うひひ、先輩は分かり易いっすねー」

 

 もの見事に心の中を見透かされて、俺は両手で顔を覆う。…何なの…なんで慧瑠はここまで正確に読めるの……?

 

「しかしほんと、先輩も隅に置けないっすよね。自分にあれだけ熱烈な事を言っておきながらこれなんですから」

「うぐ…べ、別に自分からやろうとした訳じゃないし…ご褒美として要求されただけだし……」

「ほほぅ、じゃあこのパーティーに混ざれない事に対して不満を言わない、自分にもご褒美欲しいっす。撫でてほしいっすー」

「えー……じゃあ、ほい」

「うぇ…?」

 

 暫くまともに話せなかった分溜まっていたのか、飄々とした態度で俺を弄ってくる慧瑠。でもその時の俺はもう三人の頭を撫でた後だったから、もう撫でる事に対する抵抗が薄れていて(一日もすれば元通りだろうけど)、いつもの軽くあしらう感覚のまま手を慧瑠の頭の上へ。

 そのままわしゃわしゃと、さっきよりは少し雑に腕を動かす。でも慧瑠も慧瑠でやっぱり綺麗な髪をしていて、それを崩してしまうのは何か嫌で、途中からは整えるように優しく撫でる。ゆっくりと、なでなでと。

 

「…………」

「…………」

「……言ったのは、自分っすけど…い、いざ撫でられると何故かこそばゆいですね…」

「そ、そう…」

 

 初めは意外そうに、「え、やるんすか?」みたいな顔で見つめていた慧瑠の表情へ次第に紅色が差し、ちょっぴりだけど困惑した感じに。それと同時に目を逸らしながら、こそばゆいと慧瑠は言う。

 綾袮さんやラフィーネさんとも違うけど、慧瑠もまた自由人。特に掴み所のなさは四人の中じゃトップクラスで、人じゃないからか感性も独特。故に男女的な事を気兼ねする事なく話せる部分があったんだけど、今の慧瑠はいつもよりずっと女の子らしくて……って、いい加減そういう思考になるのは止めろっての俺…!

 

「…あー、はい!もうお終い!…これでいいよね…?」

「…えぇ、と…はい。ありがとう、ございました…」

「お、おう……慧瑠も、何か飲む…?」

「あ、いや…自分はいいっす…」

 

 照れてる、恥ずかしがってるというより戸惑っている感じの強い慧瑠に俺も調子が狂って…いや、今日は狂いまくりだけど…何とも言えない気持ちに。

 けど、決して嫌な気分じゃない。そりゃそうだ、理由はどうあれ可愛い女の子四人の頭を撫でられて、それぞれの表情も見られたんだから。そしてそれは、全て向こうから言ってきた事とはいえ…何でもない、ただ一緒に住んでるだけの相手に求めるものじゃないって事位は、俺も分かってる。だから……

 

(…楽しもうじゃないか。最後まで……皆で)

 

 それは、最初から思ってる事。思うまでもない事。だけどこの時、俺は改めて……そう、思うのだった。


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