「いやほんと、妃乃って律儀だよな」
冬の早朝。遂に終業式を迎える今日も、妃乃は庭で素振りを行っていた。
「前にも言ったけど、これは私にとっての日課だもの。やるのが当たり前になってる事に、律儀も何もないでしょ」
「まぁそうだわな。これも今更な話だし」
「でしょ?悠耶もやる?」
「いいや、俺は見るだけで満足しとくわ」
「あ、そう」
縁側に座る俺と会話をしながらも、妃乃は木槍での素振りを続行。
夏休みに始めてこれを目にしてから、俺は時々こうして妃乃の日課に付き合っていた。今日みたいにただ眺めてる日もあるが、時にはあの時みたいに模擬戦の相手をしていたりもする。…まぁ模擬戦の相手をするのは、専ら休みの日だが。
「…ふぅ。こんなところかしらね」
「お疲れさん。茶を入れておいたぞ」
「…まさかホット?」
「まさか。流石に冷茶はキツいと思って、ぬるめにしておいた」
「気が利くわね。それじゃあ早速頂いて……あっ…」
「っと、すまん。…妃乃?」
窓を開け、リビングのテーブルに置いておいた湯飲みを持ってくる俺。それを一度縁側に置き、妃乃が早速飲む素振りを見せた事で俺は湯飲みをもう一度持って渡そうとしたが、妃乃も湯飲みを取ろうとしていた為に俺の手と妃乃の手が重なってしまう。
完全に偶然とはいえ、重なった…というか、妃乃の手の上に俺は手を重ねてしまった。だから咄嗟に謝りつつ俺は手を引っ込めたものの……妃乃の顔は赤く染まっていく。
(あ、不味い……)
本当に、マジで今のは偶然の事。けれど偶然だろうと故意だろうと重ねてしまった事には変わりなく、そしてそれはセクハラも言われても仕方のない行い。
グーか、ビンタか、それとも木槍でフルスイングか。…まぁ、ちょっと触れた程度で暴力を振るってくる妃乃じゃないが…少なくとも怒られるのは免れないと思い、身構える俺。だが……
「…ちょ、ちょっと…気を付け、なさいよね……」
「あ…お、おぅ…気を受ける……」
返ってきたのは、暴言どころか勢いすらもない言葉。勿論その方がありがたいものの、拍子抜けの返しに思わず俺は緩和してしまう。
直近で、妃乃が俺に引け目を感じるような出来事はなかった。素振りの様子からして、体調も至っていつも通り。にも関わらず、妃乃の反応はしおらしく、顔もまだ赤いままで……何だか俺も、次の言葉が出てこない。
(な、なんだ…?なんだこの空気感は……)
重なった手を胸元に持ってきて、逆の手で包むようにして押さえる妃乃。頬を紅潮させたままの妃乃を見てるとドキリとしてしまいそうで…っていうか現にちょっとしてて、余計に声が出てこない俺。そのまま数秒、互いに目を合わせないままの時間が続き…急に妃乃が慌ただしく動き出す。
「あ、そ、そうだ!私登校前に少しやっておきたい事があるから、先に戻るわねっ!」
「え、あ、そ、そうか。朝食は食べ……って、早っ…」
まくし立てるように言ったかと思えば湯飲みの中の茶を一気に飲み干して、妃乃はリビングに上がっていく。電光石火…って程じゃないが、それでも妃乃はあっという間にリビングも出て見えなくなってしまった訳で、なんなんだ今のは感が凄まじい。…もしや、それ位に急がないと間に合わない事なのか…?…って、んな訳ねぇか。そんな急ぐ事なら、そもそも素振りの前にやるだろうし。
「……俺も、戻るか…」
なんだったのか全くもって分からないところだが、多分これは考えたところで分かる事じゃない。後、いつまでも外に出てるのは寒い。
そういう訳で、俺も縁側の窓からリビングに戻り、ある程度進めておいた朝食の準備を再開するのだった。
*
今日の学校は午前で終わり。…俺は、これの嬉しさは半端無いものだと思ってる。そりゃ勿論午後どころか一日休みの方が良いし、大概こういう日は事前に分かるものだかは、サプライズ的な嬉しさは基本皆無だけど…それでも午前で帰れるというのは、物凄い魅力が詰まっている気がする。つまり、何が言いたいかというと…その一日休みが長く続く長期休暇の前日の、午前で学校が終わる今日みたいな日は……凄く、気分が良いよね。
「…って訳で、この冬休みにどれだけ差を付けられるかが入試に、皆の将来に関わってくる。それは分かってるな?」
『はーい…』
「あからさまに気分落ちてるな…まあでも、どんな過ごし方をしようと過ぎた時間は戻らないんだ。だから勉強するのは大切だが、楽しい事が何もなかった冬休み…なんて悲しい事にならないよう、適度に息抜きしたり遊んだりもするんだぞ?じゃ、以上!」
先生が言葉を締め括り、日直が号令をかけ、今日の…今年最後のHRが終了。熱心な部活はここから普通に、冬休みも恐らく三が日以外毎日のように部活動があるんだろうけど、そうじゃない人にとってはこれで暫しの間学校からは離れる事となる。
「ふー…終わった〜……」
午前終わりな今日はこれと言って大変な事もなかったけれど、学期終わりと考えると何だか疲れが湧いてくる。…いや、疲れがってより、大変だったなぁって思いがだけど。
それはともかく、荷物を纏めて、持ち帰り忘れた物がないか確認して、クラスを出る俺。今日は生徒会があったものの、仕事は年明けの始業式に行う諸々の確認だけで、三十分とかからず終了。終わった終わった〜、とか思いながら生徒会室を出て靴箱に向かうと、そこにいたのは綾袮さん。
「あれ?まだ帰ってなかったの?」
「ふふん、顕人君を待っててあげたんだよ?」
「え、そうなの…?…それはその、ありがと…」
「まあ、本当は友達と話してたら、結構長くなっちゃっただけなんだけどね」
「おい……」
軽い調子で綾袮さんが投げ込んできたのは、上げといて即落とすという、しかも一度は感謝を感じさせるという、何ともタチの悪い冗談。午前中からなんちゅう冗談をぶち込んでくるんだ綾袮さんは……いや午後でも酷いものは酷いが…。
「あはは、ごめんごめん。でも顕人君、実はこれは照れ隠しで、ほんとは本当に顕人君を待っていたのかもしれないよ?」
「いや、自己弁護にしか聞こえないんだけど…」
「えー、でもこのわたしだよ?」
「このわたしだから何なのさ…今日の夕飯のメイン、綾袮さんの分はちょっと少なめにしようかな…」
「えぇ!?ちょっ、それは酷いよ顕人君!女の子だって、晩ご飯は楽しみなんだよ!?」
「そう思うなら、夜までに俺の機嫌を取る事だね」
「むむぅ…まさかこんな返しをされるなんて……」
ちょっぴりしょげる綾袮さんを尻目に、上履きから靴へと履き替えて外に。…うん、ちょっとすっきりした。
「…顕人君、銀のキョロちゃん欲しい?」
「機嫌取り早っ!しかも銀のキョロちゃんって…よ、よく当たったね……」
「ふふん、後一枚なんだ〜。……ほ、欲しい…?」
「い、いいよ…後一枚なら大事に取っておきなよ……」
(当然だけど)後を追ってきた綾袮さんとそんな会話をしながら、俺達は学校を後にする。…ちょっと早いけど、もうすぐ年末なんだよなぁ…。
「…あ…そういえばさ顕人君、話変わるけど…顕人君って、高校出たらどうする気なの?やっぱり高校を強くてニューゲームする?」
「高校にそんな制度あるか…まぁ、普通に進学かな。どこに行くかはまだ決めてないけど」
隣を歩く綾袮さんからの、中々珍しいタイプの質問。一緒に出されたボケに突っ込みつつ俺は少しだけ考え、特に着飾る事もなくそのまま答える。言ってしまえば、それは『何となく』の考えでしかないが…今の時代、普通科でそれなりの学力がある学生なら、大体の人は取り敢えず進学を考えるんじゃないだろうか。
「そっかぁ、やっぱり普通はそうだよね」
「綾袮さんは違うの?」
「わたしも進学だよ。って言っても推薦を受ける事になってて、ちゃんと面接とかはするけど合格ももう内定してるようなものだけどさ」
「え、何その超羨ましい状態……でも、大学は行くのね」
「うん。でも、ほんと行くだけ、その大学を卒業したって形を得るだけの進学だけどね。どっちにしろわたしの人生は、最初っから決まってる訳だし」
そう、あっけらかんと言う綾袮さん。本人は、本当になんて事ないと思っているんだろうけど……一瞬俺は、言葉を失ってしまった。
高三になる前に大学の合格がほぼ決まってるなんて、高校生にとっては羨ましくない訳がない。けれど綾袮さんは、大学どころかその後も…いや、これまでの人生すら、大枠がほぼ決まっているようなもの。俗に言う、レールの上を歩いていくのが綾袮さんの人生。それは、前から知っている事ではあるけど…それが幸せか不幸せかは、綾袮さん本人が決める事だけど…やっぱりそれは特殊な訳で、だから俺は一瞬なんて返せばいいのか分からなかった。
「…それは……」
「…それは?うん?それはって何?」
「あ、いや…その……」
思わず口を衝いて出かけたのは、その人生は楽しいの?…という質問。余計なお世話にも程がある、訊いてどうすんだって問い。それを思わず言いかけて、引っ込めて…でも、上手く話を切り替えられなかった。…どうしても、気になってしまったから。
そんな俺の口籠った表情を見て、ふっと真面目な顔をする綾袮さん。そして綾袮さんは、前を見たまま静かに言う。
「…大丈夫だよ、顕人君。わたしの人生はわたしが選んだものじゃないし、選ぶ事も出来ないけど…すっごく、充実してるって思ってるから。色んな人に出会えて、色んな…普通の人なら経験出来ないんだろうなぁって事も沢山やれて、その上で今はこうして普通に学校に通ったりも出来てる、そんなわたしの人生を良いものだって思えてるから」
「……そっか」
「…勿論、君も…顕人君も、その中の一つだからね」
「…そう思ってくれてるなら、俺も嬉しいよ」
穏やかな、でもだからこそ感情の伝わってくる、それが本心だって信じられる綾袮さんの言葉。それに、綾袮さんの言葉には暖かさもあって……何様だって話だけど、安心した。綾袮さんが、自分の人生を楽しいものだって思えているんだと分かったから。
それに、綾袮さんは言ってくれた。俺も、その中の一つだって。俺との出会いも、俺とやってきた事も、良いと思ってくれてたんだって。だから俺も自然と微笑み、感じた思いを素直に伝えて……
(…え、ちょっ…待って何これ!?段々恥ずかしくなってきたんですけど!?)
数秒後、俺は上向きの曲線を描くように湧き上がった恥ずかしさから、綾袮さんの方を見られなくなっていた。いや、ちょっ…恥ずい恥ずい!綾袮さんは何気なく言ったんだろうけど、君と出会えた事も良かったと思ってる(意訳)とか、言われる側は滅茶苦茶照れ臭くなるんですけど!?しかも、俺も俺でまあまあ恥ずい返答してるし…ッ!
「…………」
「…………」
羞恥心で完全に俺が言葉を出せなくなっていると、何を思ったか綾袮さんも沈黙。まだ振り向けないながら、目だけをちらりと動かして綾袮さんの方を見ると、綾袮さんもやっぱさっきの発言は恥ずかしかったのか、それとも言ったから恥ずかしいと気付いたのか、いつの間にやら赤面していて……なんかもう、どうにもならない状態だった。両方恥ずかしくなって言葉を失ってるんじゃ、どうにもならないしどうしようもなかった。
「…あ…え、えとさ……」
「う、うん……」
「…今日の夕飯、何がいい……?」
そうして何とか絞り出したのは、これでもかって位当たり障りのない問い掛け。それに綾袮さんは、まだ若干声に動揺を残しつつも(いや俺もだけど)食べたい物を言ってくれて……本日の夕飯は、スープカレーに決まるのだった。そして綾袮さんは、減らされる事なく無事に夕飯を食べられるのだった。
*
今日の昼食は、昨日の残り物を使ったあり合わせ料理。午前で終了という事で、その昼飯を家の中で食べていた時…不意に緋奈がある事を提案した。
「あのさ、お兄ちゃん、妃乃さん。クリスマス、ちょっとしたパーティーをするのはどうかな?」
緋奈の急な提案に、箸を持つ手が止まる俺。驚いた…って訳じゃないが、その提案は予想外。
「パーティー?…そりゃ、やるのは構わないが…どうしたんだよ、急に」
「いやほら、お兄ちゃんってクリスマスパーティーした事ないでしょ?」
「そりゃまぁ…ないが……」
こちらを見て話す緋奈に、俺は首肯。確かに俺はそんな経験した事ないし、なんなら誘われた事だってない。一度か二度は、うちで緋奈が友達とやってた事もあるが、そこに混ざった事もない。…んまぁ、これは当たり前だが。
「だからだよ、お兄ちゃん。流石に二人じゃ味気ないけど、今は妃乃さんもいるし、依未さんも呼べば人数的にもちょっとしたパーティーは出来ると思わない?」
「…緋奈…いつもありがとな、お兄ちゃんの事を気にかけてくれて…」
「ううん、これ位妹として普通の事だよ」
パーティーをしたいのは、俺の為。俺にクリスマスパーティーを経験させてあげたいから。…そんな優しい心に触れた俺は思わず右手の箸を置き、その手で緋奈の頭を撫でる。反対側からは、妃乃の「また始まった…」とでも言いたげな視線が向けられているが、そんな事はどうでもいい。
「…けど、具体的には何するんだ?てか、妃乃はいいのか?」
「私も構わないわよ。その話だと、私も参加しなきゃ成り立たないでしょ?」
「いや、まぁ…じゃあ後で依未にも連絡しておくか…」
「お願いね、お兄ちゃん。何をするかは…うーん、まぁ…ゲームしたり、料理食べたり、他愛なく駄弁ったり…とか?」
「……それ、普通の休日と変わらなくね?」
「それは、まぁ…ただ羅列するだけだと確かにそんな感じになっちゃうけど……」
という訳で、早々にパーティーをする事が決定。つい緋奈の言ってしまった事に突っ込みを入れてしまい、緋奈も軽く言葉に詰まっていたが…緋奈が今言った通り、要素だけを羅列すりゃそうなるわな。協会でのパーティーだって、要は立ちながら料理食って話をしてただけだしよ。
「悪い、パーティーってのはやる事より雰囲気とかの方が大事なんだよな」
「あ、うんそう!どんなに準備をしっかりしても、当日皆の気分が沈んでたら良いパーティーにはならないからね」
「じゃあ、今の内に決められる事は決めておきましょ。日…はまぁ当然24日として、料理はどうする?作るか買うか……」
「…妃乃、内容より気持ちが大事だって言った直後にそれを言うか……」
「うっ…いいでしょ別に、気持ちの話はそれ以上発展しないでしょうし……」
「まぁ、そりゃそうだが…。…全部買うんじゃ味気ないからな、何品かは作ろうぜ」
昼食を食べ進めつつ、どんな料理を用意するか、いつから始めるかなんかを話し合っていく俺達三人。パーティーつっても所詮はお遊びの延長線だし、きっちりしなきゃいけない訳でもないんだが…そういう細かい部分も、きっちりしておきたいのが妃乃の性分だって事は知ってるし、緋奈のやる気も分かってる。だから例え、そこまでする必要はなかったとしても…水を差すような事はしないさ。…俺だって、それなりに楽しみだしな。
「…っと、そうだ悠耶。依未ちゃんへの連絡は早めにした方がいいわよ。理由は言わなくても分かるでしょ?」
「あー、そうだな。じゃ、早速訊いてみるか」
丁度完食した俺は食器を水に浸けて、それから携帯を持って一度廊下へ。来られるかどうかの確認だけならメッセージを送るだけでも十分出来るが…早く答えを得られるに越した事はないって事で、依未の携帯へと電話をかける。
「出るかなー…っと、出た。よう、依未」
「…どうかしたの?」
「うん?今日は開口一番の悪態や嫌そうな声はないのか」
「…何それ、期待してた訳?」
「いや、上手い事返して悔しがらせられたらいいなぁと思ってた」
「あ、そ。なら残念だったわねー」
依未が出てから数秒後、思ってた通りの事を言ってやると、嫌味たっぷりの声が返ってくる。うむ、今日も依未は元気だな。
「まぁ、そんな事はどうでもいいんだ。唐突だが、今月の24日って空いてるか?」
「…何で?」
「いや、空いてるならうちに来てほしいと思ってな。あ、勿論迎えには行くぞ?」
「え……うちって…24日に…?」
恒例の煽り合いを早々に切り上げ、本題へと入る俺。すると場所を聞いたところで、依未が驚いたような声を上げる。
「そうだが…もしかして、何か先約があったか?」
「い、いやそれは無いけど…24日って、クリスマスイブよ…?その日に、あんたのうちに…?」
「クリスマスイブだからこそだよ」
「…………」
「…依未?」
「ああぁうんそうよねクリスマスイブだからこそよねっ!…って、あたしは何を言ってる訳!?はぁ!?はぁぁっ!?」
「え、ちょっ…依未さん……?」
何やら様子のおかしい依未は、妙に訊き返してきたかと思えば黙り込み、更にその直後自分に対して軽く絶叫。……何これ怖いんですけど…!?電話越しで声しか分からねぇから一層怖い…!よ、依未の中で今何が起こってる訳…!?
「……っ…ごめん、ちょっと取り乱したわ…」
「お、おぅ……」
「…確認、なんだけど…24日に、あんたの家なのね…?間違いないわね…?」
「間違いない。で、どうだ?来れそうか?」
「……う、うん…」
さっきのテンパり(?)で一気に体力を使ってしまったのか、しおらしい声で同意の言葉を口にする依未。マジでさっきのはなんだったんだって感じだが…まぁ、来られそうなら取り敢えずは安心だな。
「なら良かった。んじゃこれからまた何か決まったら連絡するから、電話なりメッセージなりはちゃんと確認してくれよ?」
「え、えぇ…。…その、た…楽しみにしてる、から…!あたしも一杯、準備するから…!」
「あぁ、期待してるぜ?」
「〜〜〜〜っ!」
聞こえてくるのは息を飲んだような音。何に対して息を飲んだのかはさっぱりながら、その前の声は素直で、本当に楽しみにしてくれてるって事が分かるものだった。
緋奈が発案のパーティーながら、依未が楽しみにしてくれるならそれは嬉しい。折角来てくれるんだから、楽しませてやろうって気持ちにもなる。さって、そんじゃ約束は出来たし、早速二人に話すとするか。
「んじゃ、また今度な。緋奈と妃乃も乗り気だし、24日は良いパーティーにしようぜ」
「…………はっ…?」
「うん?あ、乗り気っつったけど、緋奈は発案者だからこの表現は少し違ったかもな」
「い、いや…そうじゃなくて…緋奈と妃乃様も、って言った…?」
「言ったけど……って、ん?あー…すまん、そういや言ってなかったかもな。24日にうちでクリスマスパーティーやろうと思ってんだよ」
「…………」
「へ、何?また?また無言なの?おーい、依未ー?聞こえてるかー?」
もしかしたら最初に言い忘れていたかもしれん、と思って俺はやる事をはっきりと口に。すると再び依未は黙り込んでしまい、全く反応が返ってこなくなる。そして……
「……ち…」
「ち?」
「──千切れろッ!!」
「えぇぇぇぇええええええええッ!?」
言霊というものが実在するなら、本当に何かしらが引き千切れそうな程の怒号が俺の耳へと突き刺さる。更に次の瞬間、間髪入れずに通話は切られ、俺に残ったのは片耳がキーンとしている感覚だけ。
確かに、言い忘れていたのならそれは俺の落ち度。けれど、だからってここまでブチギレられる事なのだろうか。いやそもそも、何に対して怒ったのだろうか。
「…っていうか、千切れろって…何がだよ……」
耳から離した携帯の液晶画面に目をやるが、当然そこに写っているのは通話終了時の表示。なんだか俺は取り残された気分となり……数分間、寒い廊下でぽつーんと立ち尽くすのだった。
因みにその後、依未からは悪態混じりの「紛らわしい事をするな」というメッセージと、でもパーティーは行くというメッセージの二つが送られてきた。なら何をどう思ったんだ、と思わず返信したくなった俺だが……そこを追求するのは何かヤバそうな気がして、謝罪と普通の返信だけをする俺だった。