双極の理創造   作:シモツキ

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第十四話 押される背中、押す思い

週末の日曜…と、いうと一見それっぽいが、多くの方が分かっている様にそれは間違っている。カレンダーを見れば分かる様に一週間は月曜から日曜ではなく日曜から土曜なのだから、週末に日曜がくる事はない。…とはいえ、『週末=休日』というイメージが社会的にある中では日曜を週末と捉えてしまいがちだし、ぶっちゃけもう月曜スタート日曜ゴールでいい様な気がする。

…なんてちょっと持論っぽいものを展開してみたけど…特にこの持論が今回の話に関係するとかそういう事はありません、はい。

 

「顕人ー、お釣りは?」

「あ…そうだったそうだった、はいこれ」

 

綾袮さんのお父さん…深介さんと話した週…ではなく、翌週の頭、日曜日の夜。頼んだお使いのお釣りを訊く母さんと、バラエティ番組を見る父さんと、ポケットに入れっぱなしだったお釣りを渡す俺。なんて事ない、御道家のよくあるワンシーンは、今日も滞りなく進んでいた。…そう、まだよくあるワンシーンのまま、進んでいる。

 

「…ん?」

 

軽快な音を立てた携帯を見ると、そこには一件のメッセージ。差出人は、綾袮さん。

 

(…もうすぐそっちに着くよ、か…)

 

車の中で話した日の翌日、綾袮さんは『いちいち口頭で伝えるのは面倒だし、学校外だと連絡取れないから』という事で俺とソーシャルネットワーキングアプリ…まあ要はアレだよ、英語で線を意味する名前のアレっぽい奴…のアカウント登録をしておいた。一応元からクラスとしてのルームはあったけど…それ使う訳にはしかないし、ねぇ。

手続きや引っ越し等、やらなければならない事は沢山あるからという事で、両親への説明は早速一番手近な日曜という事になった。だから今、俺は綾袮さん達を待っている状態にある。

 

(……いざそれが近付くとなると、色々思うところがあるな…)

 

親元を離れるのは承知の上で、その決意も既にしていたけど…やっぱり、内心は平然としていられない。…一人暮らしする人って、皆こんな感じに考えるのかな?というか、大学から一人暮らしする人は多いだろうけど…親元を離れる事まで考えて受験する人ってどれだけいるのだろうか?それに近い状態の俺としては、こういう面も考えて決めるべきだと思うなぁ…。

 

「…父さん、母さん、もう少ししたらちょっとお客来るんだけど…二人共これから何か用事あったりしないよね?」

「お客?…友達か?」

「まあ、一人はそう。で、大丈夫?」

「そりゃ大丈夫だが…こんな時間にとはまた不思議なものだな。もっと早い時間に来ればいいものを…」

「いやほら、日中より今の方が二人共家にいる確率高いと思って…」

 

両親は共に日曜は家にいるけど…仕事や毎週ある用事の事は分かっても、休みの日の日中何をするかまでは流石に息子でも分からない。普段通り家にいるかもしれないし、何か買い物に行くかもしれないし、もしかしたら友人に会いに行くかもしれない。そういう点から、やはり日中より夜の方が確実だと俺は思ってこの時間帯を指定していた。…で、その判断は正しかった。

 

「そう…もう少しってほんとにもう少し?お茶菓子があまり残ってないし、余裕あるなら買ってきてくれない?」

「えぇー…それならさっきお使い行った段階で言ってよ、二度手間じゃん…」

「人来るって分かってたらその時頼んだわよ、そうじゃなきゃ明日自分で買って来るつもりだったもの」

「そうですかい…じゃあ買って来るから、どういうやつ買えばいいか教え……っと、時間切れみたい」

 

お使い(本日二度目)の内容を聞こうとしたところで鳴った御道家のインターホン。このタイミングで…となるとまぁ十中八九綾袮さん達と見て間違いない。…宅配とかだったら笑えるけど。

 

「俺が出てくるよ」

 

いきなり両親が会うよりは両者を知る俺が間に入った方が良さそう…と思った俺はさっさと玄関へ向かい、はーいと返事をしながら玄関の扉を開ける。すると予想通り、そこには綾袮さんと深介さん、それに協会の人と思われる男性が二人いた。

 

「こんばんは顕人君、またはグットアフタヌーン!」

「う、うん…まあ午後だしね、こんばんは…」

「ご両親はいるかな?」

「あ、はい。取り敢えずどうぞ」

 

玄関先で立って話す様な内容ではない事を承知の俺は、早速四人を両親がいるリビングへ誘導。人が部屋に入ってきた事に気付いた両親は朗らかに挨拶をしようとするも…そこで固まる。ま、説明的に友達かなーと思ってたら大の大人が三人もいたんだから、そういう反応して当然だけどさ。

 

「…顕人、お客というのはこの人達か…?」

「夜分に突然すみません。私は防衛省特殊指定災害対策局の宮空深介と申します」

『ぼ、防衛省…?』

 

深介さんの自己紹介と名刺を受け取った両親は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。それもその筈、この国で普通に生活してる人にとって、国の役員…それもかなりの高級官僚と思われる人が家に来る事なんてまあまずあり得ない事なんだから。……というか、協会って防衛省の組織だったのか…俺も初めて知った…。

 

「こちらは私の部下、そしてこちらが私の娘の綾袮です。お母様は、綾袮を見た事があるかもしれません」

「わ、私が?……そう言えば確か、顕人のクラスに宮空って子が…」

「はい、それが綾袮です。うちの娘が顕人君にお世話になっております」

「い、いえこちらこそ…っとあぁ失礼しました。まずはお席を…」

「お気遣いありがとうございます」

 

軽く会釈し、綾袮さん達は父さんの示した椅子へとそれぞれ腰掛ける。…が、男性二人は後ろに立ったままだった。もしや、この二人は護衛役?

 

「…では、早速なのですが…本日は彼、顕人君の件で伺わせて頂きました」

「息子の…と、いいますと…?」

「そうですね……あ、わざわざすいません」

 

本題の中身に入ろう…としたところで母さんがお茶を淹れ終わり、お茶菓子と一緒に深介さん達へ運んでくる。……因みに、

 

「あ、美味しそ。顕人君のおかーさん、これ頂くねー」

 

普通に友達の家に来た感覚でお茶菓子を頬張る綾袮さんの様子に、リビング内の雰囲気が暫し緩んだのは言うまでもない。…これが狙ってやってたとしたら凄いんだけどなぁ……。

 

「…こほん、それで顕人君ですが…これに関しては百聞は一見にしかずというもの。まずはこちらを確認して頂けますか?」

「これは…ナイフに木の板、ですか?」

 

深介さんが取り出したのは、パンを買ったりバターを塗ったりする用(要は刃物としての性能に難がありそうな)のナイフに、そこそこの厚さを持つ木の板。突然そんな物を出された両親は…勿論、困惑している。

 

「えぇそうです。仕掛けがないかの確認は宜しいですか?」

「…マジックでもするんですか?」

「まぁ、手品の様なものを見せる事にはなりますね。顕人君、この場で霊力付加は出来るかい?」

「付加を?…あ、そういう事ですか。分かりました、二人共それを貸してくれる?」

 

これから何をすればいいか理解した俺は頷き、両親からナイフと木の板を受け取る。そして、ナイフに意識を集中する。

 

「……顕人?」

「顕人君は今集中してるから、ちょっと待ってあげてね顕人君のおとーさん」

「あ、あぁ…集中……?」

 

何やら父さんと綾袮さんが話してるけど…俺はそれに説明を挟んだりは出来ない。だって付加なんてあの検査の時以来だし、そもそもこれはまだ二度目なんだから。

それでも検査の時の感覚を思い出し、数十秒かけてナイフに霊力を流し込んだ俺はふぅ…と短く息を吐く。

 

「…いけます」

「その様だね。それではお二人共、顕人君の手元に注目して下さい」

「…ふっ……」

 

両親が深介さんの言った通り手元に目をやった事を確認した俺はナイフを持つ手を軽く引き…刺突。

ずぶり、とナイフが刺さる感覚。見ればナイフは木の板を貫いて先端を裏側へと露出させており、端から見ればそれこそバターにナイフを刺したかの様な形になっていた。

 

「これ、は……」

「ちょ、ちょっと顕人…それ貸してみて…」

 

思った通り、二人は目を見開いて驚愕を露わにしていた。俺も逆の立場なら同じ様な反応していたんだろうなぁ…と思いながら母さんに板と刺さったナイフを渡すと、母さんは先程よりも数段入念に二つを確かめ始める。

けど……

 

「…これ、ただのナイフよね……?」

「あぁ…板も何らおかしな点はないな…」

 

それもその筈。だってタネも仕掛けもないんだから。強いて言えばナイフの方には仕掛け(というか特殊な素材を使ってる)があるけど、根底にあるのは正真正銘『特殊能力』なんだから。

そして遂に両親は事実を認めた。俺がこんな芸当を身に付けてる事への納得はまだいってないみたいだけど…これが見間違いや安い手品ではない事は、理解してくれた。

 

「…ご覧の通り、これが顕人君の持つ力です。…いえ、彼や我々の様な一部の人間が持つ、力の一つです」

「…何故、息子にその様な力が?」

「分かりません。遺伝により発現するというのが一般的…ではありますが、遺伝が絶対という訳ではありませんし、その遺伝というのも身体能力や病気の発症率同様、関連する事もあればしない事もありますから」

「それはそう、ですね…一からご説明、お願い出来ますか?」

「勿論です」

 

深介さんはお茶を一口煽り、説明を始めた。霊装者の事、協会の事、霊装者の歴史の事、魔物の事…そして、俺があの日経験した事。その全てを俺の両親へと包み隠さず話した。

その間、二人は一言も挟まなかった。挟まなかったのか、挟めなかったのかは分からないけど…とにかく、最後まで聞く事に徹していた。……けど、相槌はきちんと取っていた辺り、大人ってちょっと凄い。

 

「…こんな所ですね。ご質問は…どうなさいますか?」

「……止めておきます、質問は幾らでもありますが…訊き始めるとキリがありませんから」

「無理もありません。ならば、話を進めて宜しいですか?」

「えぇ、どうぞ」

「こほん。…我々は、規則と彼の安全確保の為、こちらで保護したいと考えております。そして…その旨は顕人君本人に、既に伝えました」

 

その言葉を…特に後半を聞いた二人は、再び俺へと目をやる。…まぁそりゃ、そういう反応するよね。

 

「…その、言っても冗談と受け取られるか精神病を心配されるかと思って……」

「言われてみれば確かにそうだな…」

 

非日常を渇望していた俺でさえ、常識から大きく外れる存在(魔物)を目にした時はまず現実的に説明付けようとしたんだから、例え相手が息子でも、そういう渇望が無いであろう二人が説明だけで納得出来る筈がない。百聞どころか百見しても人によっては信じられないかもしれないんだから、もうそれは仕方ない。

 

「まあ、それはそれとして…顕人はどうしたいの?」

「どう、って…?」

「この段階で訊くんだから、分かるでしょ?」

 

そう訊いたのは、母さん。いつもはそこまで真面目な方じゃない母さんが、この時は真剣な表情で俺を見ている。…いや、それは父さんも同じ事。二人揃ってここまで真剣な顔をするのは、随分と久し振りの事だと思う。

 

「…………」

 

迷っている、なんて事はない。所属するってもう決めてるし、決心が揺らいでいたりもしない。でも…やっぱり、こうして面と向かって伝えるとなると緊張するな…。

……でも、言わなきゃいけない。人生を大きく左右する事なんだから、両親に言わないで済ませられる訳がない。だから、俺は周りに気取られない様に意識しながら深呼吸して……決意を、口にする。

 

 

 

 

「……俺は、協会に所属したい…と、思ってる」

『……っ…』

 

──息を飲む、という表現がある。それは驚いた時や恐怖を抱いた時の状態を表す言葉だけど……俺はこの時程言い得て妙な表現だと思った事はない。それ程までに、二人は驚きを隠せずにいた。

 

「…顕人君のおかーさん、おとーさん、顕人君は本気だよ。少なくとも、わたしは決心を聞いてそう思った」

「……そう、か…子はいつの間にか成長する、というが…ここまで唐突で、ここまで想定外の形とはな…」

「…綾袮ちゃんの言う通り、顕人は本気の様ね…」

 

驚きと、動揺と、困惑と…そういう感じの感情が混ざった様な表情を、二人は浮かべていた。…そりゃそうだ。そういう反応をして当然だ。俺は「あ、やっぱ止めるわ」なんて言うつもりはないし、きっと二人は俺の決断に反対するだろうから、俺はなんとか二人に俺の思いを納得してもらわなきゃいけないんだろうと思う。でも、それは嫌だとは思わない。それが子供について回る当然の義務だと思うし、二人の子として父さんと母さんには納得を…出来るならば応援をしてほしい。だから、俺は────

 

 

 

 

 

 

「…なら、頑張れよ顕人」

「体調にだけは気を付けなさい、いい?」

「……うぇ?」

 

なんか、口からよく分からない声が出た。後、数秒何を言ってるのかよく分からなかった。

 

「うん?どうした?」

「や、いや…その…どうしたも何も……」

 

あまりにも反応が予想外過ぎて、俺は上手く言葉を返せない。それは俺だけじゃなく、綾袮さんはきょとーんと、深介さんは多少ながら目を見開いて予想外アピールをしていた。

 

「…そんな返しをするとは思わなかった、ってところか?」

「…えと…そう、だね」

 

こくり、と俺が頷くと、父さんは母さんと顔を見合わせた後に肩を竦める。「まぁ、そうだよな」と言いたげに曖昧な笑みを浮かべる。……わ、分かってたならどうした、なんて訊かないでよ…。

 

「…まぁ、そりゃ驚いたさ。驚いたし、正直まだ整理はついていない。…けどな、別に適当に返した訳じゃない」

「親として、今すべき回答だと思ったものを口にした…ただそれだけよ、顕人」

「そ、そっか……」

「…少し、宜しいですか?」

 

二人の言葉には、いつになく重みがある。それを感じた俺は、まだ納得いっていなかったものの、頷いてしまう。するとそこで、深介さんが口を開いた。

 

「お二人の選択を非難するつもりはありません。しかし、些か即決過ぎではないでしょうか?」

「そう思いますか?」

「えぇ。勿論早く決めてくれる事はありがたいですが…同じ父親としては、思うところがあります」

 

視線を交わす、父さんと深介さん。母さんを除く全員の注目が集まる中、父さんは綾袮さん達が来たばかりの時とはまるで違う、落ち着き払った様子で語る。

 

「父親として……そうですね、親として子の今後に大きく関わる選択には、しっかりと向き合うべきでしょう」

「…では、何故即決を?」

「そんなの単純ですよ。…私も妻も、顕人がいつかくるだろう自立の時に困る事がない様、出来る限りの事を教えてきたつもりです。それに…これでも顕人は、うちの自慢の息子なんですよ?」

 

立ち上がった父さんは、座っている俺の隣にやってきて…にっ、と笑いながら俺の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。自慢の息子と言われながら撫でられるのは、正直凄く恥ずかしいけど……何故か、今はそんなに嫌に感じない。

 

「中途半端に真面目で、押しに弱いところはありますが…俺はこいつを人間の出来た息子だと思ってます。思ってるからこそ、きっと大丈夫だと親ととして思ったからこその、即決ですよ」

「…お母様も、そうなんですか?」

「はい。顕人についてはまぁ、夫に言われちゃいましたが…私も同意見です。確かによく考えるべきでしょうし、親は子が間違った道に進まないよう壁となる役目があるとも思いますが……子が本気なら、考えて考えて考えぬいた選択なら、前に出るんじゃなく後ろから背中を押してあげるのも、親の役目でしょう?」

「…という訳です。まぁ、言ってしまえば…私達は常に決意を持って顕人を育ててたんですよ」

 

俺の頭から手を離す父さん。そして……

 

「…だから、心配はしてないぞ。それどころか、お前が決意を持って未来は進んでると知って誇らしい位だ。全部を教えられた訳じゃないが…俺は顕人が、もう一人でも大丈夫な位成長してると信じてる。父親が言うんだ、自信を持て顕人」

「私もお父さんも、何があろうと顕人の味方よ。だから顕人は真っ直ぐ、自分の信じる道を進みなさい。…でも、偶には帰ってきて顔を見せなさい。成長していようがいまいが、顕人は私達の子供で、私達は顕人の親なんだから」

「……っ…父さん…母さん…」

 

今度は俺の肩に手を置く父さん。同じく隣に来て、頭に手を置く母さん。二人の手から、親の温もりが伝わってくる。

嗚呼、駄目だ。そんな事をされたら、困る。そんなに俺の事を思ってくれていると知ったら、背中を押してくれたら…逆に、そんな二人から離れるのが辛くなるじゃないか。心が、揺らいでしまうじゃないか。

──でも、思いを変えたりはしない。背中を押してくれた二人に対する一番の恩返しは、俺がその先へ突き進む事だから。突き進んだ先の姿を、二人に見せる事だから。だから……

 

「……ありがとう…俺、頑張るよ…っ!」

「おう、頑張れ」

「……お二人共、顕人君は我々が責任を持って保護します。お二人の意思は、親としての思いは…同じ親として、しかと受け取りましたから」

「えぇ、これから…明日から、息子を宜しくお願いします」

 

こうして、この日の話は終わった。そして、俺は…父さんと母さんの息子で良かったと、心から思うのだった。

 

 

 

 

……が、

 

「あー…ええと、大変申し上げ難いのですが…こちらもまだ準備がありますので、実際に引っ越しとなるのは今週末になるかと…」

「……そうなんですか…?」

「そうなります…」

 

…とまぁこんな感じに、大変締まりのない終わり方になってしまった……俺、両親が恥ずかしさから顔真っ赤にしてるのは、見たくなかったよ…。


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