人間、いつどこで何があるか分からないもの。意外な事から想定外の出来事が起こる事も、往々にしてあるのが人生というもの。
そんな一件深みのあるようで、実際には深くも何ともない、そこそこ生きてれば大体の人が悟る事を、どうしてわざわざ俺がここで言っているかと言えば……
「お、おじゃ…お邪魔します……」
「えぇ、いらっしゃい依未ちゃん」
依未が、うちに訪れる事となったからである。しかも俺ではなく、妃乃が招き入れたからである。
「…………」
「…そんな緊張すんなよ……」
「…し、してないし……」
玄関を潜ると…というか、その前から依未は借りてきた猫状態。呆れ気味に指摘した俺に対し、依未は口を尖らせて反論してきたが……全然説得力ないぞ、依未…。
(…また、妙な事になっちまったなぁ……)
頬を掻きつつ、どうしたものかと考える俺。今日俺は、依未の外出に付き合っていた。これまで通りにまず目的を果たして、それからぶらぶらとして、のんびり過ごしていたのが十数分程前までの事。んで、偶々うちの近くを通ったからその話をしたら、折角だから見てみたいという事になって、その時点じゃ外から見てみるだけのつもりだったんだが……なんと家の前まで来たところで、買い物に出ていた緋奈&妃乃と遭遇。そこから何を考えているのかは知らないが、妃乃が依未を招いて…今に至る。
「依未さん、どうぞ」
「あ、ありがとう…」
「お兄ちゃんと妃乃さんも」
「ありがとね、緋奈ちゃん」
「おう。今日も緋奈は気が利くなぁ」
これは一人にしておくと一層緊張するんだろうな…と思って俺が依未の側にいると、緋奈が全員分のお茶を淹れてきてくれる。この気遣いを誰かに教えられるでもなく、自然に出来るようになったんだから、緋奈はほんとに立派な子だ…。……って、違う違う。ほっこりしたってしょうがねぇだろ…。
「…で、妃乃。何かするのか?」
「え?なんでよ?」
「なんでって……まさか、ノープランで能天気に招いたと…?」
お茶を一口飲んだ俺は、取り敢えず妃乃に話を振る。…が、返ってきたのはなんとも不安になる言葉。
「失礼ね…別に何も考えず招いた訳じゃないわよ。それに、見知った相手が家の前まで来てるのに、誘いの言葉一つもかけないで家入ったら良い気分はしないでしょ?」
「…妃乃と緋奈がか?」
「私達も、依未ちゃんもよ」
「…まぁ、それはそうかもだが……」
依未に聞こえないよう、俺と妃乃は小声で会話(やり取り自体は見えてる筈だから、変には思われてるだろうがな…)。このやり取りで、妃乃が何を考えて招いたかは分かったが…具体的なプランがないっぽいのもほぼ確実。…マジでどうすんだ、これ……。
…と、この時点での、妃乃の方を向いていた俺は思っていたんだが……
「……ん?」
視線と姿勢を戻した時、依未はこっちを見ていなかった。依未の視線は、テレビの方…より正確に言えば、テレビ下のゲームが入っている場所へ向かっていた。
「…やりたいのか?」
「へっ?い、いや別に…じゃなくて、な、何の事よ……?」
「もう悲しい位全然誤魔化せてないな…ゲームだよゲーム。四人いるし、人数としちゃ丁度良いだろ?」
哀れでからかう気にもならない位、ばれっばれの誤魔化しを口にする依未。
考えてみれば、依未がここのゲームに興味を示すのは当然の事。何故なら依未はゲーマーだが、事情が事情なせいでパーティーゲームをやる機会なんて殆どなかったんだろうから。少なくとも、オンラインではない形でのパーティープレイなんて、したくても出来なかっただろうから。まぁ勿論、これは推測の域を出ちゃいないが…決して嫌そうな顔はしていない。
「ふ、ふぅん…あんたはやりたい訳…?」
「んー……ま、そんなとこだ」
「そ、そう…ならまぁ、妃乃様達がやるって言うなら、あたしもやってあげてもいいけど…?」
「…との事だ。二人共どうよ?」
「いいわよ、緋奈ちゃんは?」
「わたしもいいよ。そういえば、最近やってなかったしね」
という訳で、四人でゲームをする事に決定。早速俺がハードを引っ張り出して準備をしていると、三人もテレビの前にわらわらとやってきて……ふむ、今俺微妙に女子に囲まれてるな。だからなんだって話だが。
んで、俺がまず選んだのはレースゲーム。各々キャラを選び、1Pの俺がコースを選択し……勝負開始。
「あ、ちょっ!?何車体ぶつけてくれてんのよ悠耶!」
「はっ、ただの戦術ですが?…妃乃のマシンは軽量だからな、このままコースアウトさせて……あ」
「お先に行かせてもらうよ、お兄ちゃん」
「ちぃ!だが癖を知り尽くしている緋奈なら、多少抜かれたところで……」
「あたしも先に行かせてもらうわね、妃乃様失礼します」
「……!この加速力…スリップストリームを利用しやがったな…!」
最初は他にする事もなかったのと、折角なら依未が楽しめるものを…と思って始めたレースゲームだったが、やはり対戦なだけあって次第に熱くなっていく。
抜いて、抜かれて、妨害して、妨害されて。レース一番の醍醐味とも言える、追いつき追い越せの接戦も何度も演じて、競い合う事数分間。
「ふぅ…まずはわたしの一勝だね」
「二着…まぁ、まずまずってところね……」
『ぐぐぐぐ……』
最初の勝負で見事一位を勝ち取ったのは、何年も前からこのシリーズを俺とやっている経験者緋奈。二位はこのシリーズの経験は薄いながら、レースゲーム自体は普通に何作もやった事があるらしい依未。んで、三位は俺だったが……ぶっちゃけ妃乃と足の引っ張り合いをしていたせいで、四位の妃乃とは半ば泥仕合状態だった。
「じゃあ、どうする?もう一回違うコースでや……」
『勿論!』
「あ、う、うん…じゃあ、お兄ちゃん操作お願い……」
緋奈からの問いかけに対し、食い気味で答える俺達二人。何やら緋奈と依未から半眼で見られていた気もするが…そんな事は関係ない。次だ…次こそ勝つ……ッ!
「退いてもらおうか、妃乃ォ!」
「退くのは貴方よ、悠耶ッ!」
「……ね、ねぇ…この二人って、普段からこうなの…?」
「う、うーん…普段から偶にあるといえばあるけど…ここまで張り合うのは珍しいかも……」
二戦目以降、俺と妃乃は殆ど常にデットヒート。勿論妃乃一人に勝ったってしょうがないが…これは避けては通れない道。そうだ、妃乃との戦いに勝たなきゃ…その先にしか、レースゲームの勝利もねぇ!……多分。
「おらぁぁぁぁッ!」
「はぁぁぁぁッ!」
「……なんか、ごめんね…お客の依未さんの事、完全に忘れちゃってて……」
「あー…うん、まぁ…別にいいわよ、熱量凄いし……」
競って、競って、競いまくって。数十分にも及ぶ、何度もコースを変えての激戦は一進一退のまま続いていき……ある時、不意に脈絡もなく終了した。俺と妃乃が、「…何やってんだ、(俺・私)達……」…と、我に返った事によって。
「み、見苦しいところを見せたわね……」
「すまん…ちょっとテンションがおかしくなってた……」
「い、いえ大丈夫です…それに、悠耶のテンションがおかしいのはいつもの事だし…」
「おう…って待てやこら、それは聞き捨てならないんだが?」
「まぁ、いつもの事よね」
「妃乃もそっち側かよ…変わり身の早いやつめ……」
そんなこんなでレースゲームは終了。となれば当然次は何のゲームをするかの話になるんだが…醜態を晒したばかりなので、直接ぶつかるようなゲームはNG。だがうちにあるパーティー用ゲームは、全体的に対戦系寄り。選択肢がかなり限られてしまった中で、さぁどうするかという話になり……そこで、緋奈が言った。別に、TVゲームである必要はないよね?…と。
確かにその通り、何もTVゲームじゃなきゃいけない訳じゃない。依未はゲーマーだが、電子ゲーム以外に興味がないって訳でもない。その点を気付かせてくれた緋奈の発言により、発想がある程度広がって……
「えぇと…『道で財布を拾った、一万円ゲット』?…これ、謝礼だよな…?財布に入ってた金を懐に入れた訳じゃないよな…?」
最終的に、俺達は人生ゲームをする事となった。…人生ゲームって、ある程度年を取ってからやると、中々突っ込みどころがある事に気付くんだな……。
「ふっ…起訴マスに止まらないといいわね、悠耶」
「なんでくすねた前提なんだよ!?てかそんなマスねぇし!」
「へぇ、起訴されなきゃそのまま隠し通そうとするのね」
「だから違ぇっつの!僻むなしアルバイター!」
「はぁぁ!?誰がアルバイターよ誰が!それにこれは『会社が倒産した』なんてマスに止まっちゃっただけでしょうが!」
人生ゲームなら競い合いはあっても、直接ぶつかる事はない。そう思って選んだ筈なのに、何故だか今度は依未と滅茶苦茶言い合う俺。
「お兄ちゃーん、わたしルーレット回してもいい…?」
「あ、おう。頑張れ緋奈。俺は依未を言い負かしておくからな」
「なんで貴方は言い負かそうとしてるのよ…はいこれ、一万円」
「え、賄賂?」
「な訳ないでしょうが、そういう事言うなら渡さないわよ?」
「あ、すまん嘘だからちゃんと下さい」
危うく謝礼(の筈だ!くすねてはいない筈だ…!)の一万を受け取り損ねかけた俺は、謝って銀行担当の妃乃から一万円の券を貰う。その間にルーレットを回していた緋奈は自分の駒を出た分だけ進め…転職マスを踏んだ事で、ネイリストからラーメン屋の店主になっていた。…何この転職……。
「じゃ、次は私の番ね。えーっと…『ペットが失踪。ショックで五マス戻る』…うわ、確かにこれは悲しいわね…いつの間にペット飼ったのよとか、どうして下がってるのよとか気になるところはあるけど……」
「アタシは六…『副業が軌道に乗り始める。収入として10万円ゲット』……いや、本業が倒産で潰れちゃったんだから、そうなるともう副業じゃないでしょ…まぁ、十万はありがたいけど…」
「やったなアルバイター。さて、俺は〜……『人懐っこい野良犬を発見、ペットとして飼い始める。食事代で二千円支払う』…?」
「ちょっと!?その犬うちの子でしょ!何勝手に飼ってんのよ!?」
「いや知らん知らん!そういうマスだから!そういう指示だから!」
「お兄ちゃん、色々見つけるね……あれ、株券購入マス?…うーん、折角だし買ってみようかな」
(おおぅ…妹が株主になった……)
妙にしっかりしているというか、その癖淡白な説明が多いせいで色々気になってしまうというか…まぁ総括すると、中々人生ゲームは面白い。それは皆でわいわいやる事による面白さも含めてではあるが、実際リビングは大賑わい状態。おまけに一人でどんどん進められる訳じゃないから、結構時間を潰す事も出来て……あれ?人生ゲームって、実はかなり凄い遊びなんじゃ…?
(…なんてな。でも……こうやってわいわいするのは、やっぱり悪くない)
妃乃がうちに来てからかなり経って、もう三人で過ごす事が普通になった。普通になったから、特段賑やかになる事もなくなってきて…だが、一人増えるだけでこうも変わる。勿論、何か特別な事があれば、三人でも盛り上がったりするだろうが……それこそ人生ゲームなんて、依未が来なきゃまずやる事なんてなかったと思う。
これが、人の繋がりってものなんだろう。賑やかな所には人が集まるもんだが、人が集まる事で賑やかな空間は生まれるものなんだろう。そして俺は、可愛い妹の緋奈、信頼する妃乃、力になってやりたい依未の三人と、こうして賑やかな時間を過ごせる事を……嬉しく、思っている。
「……?お兄ちゃん、何か良い作戦でも思い付いたの?」
「うん?どうしてだ?」
「え、だって…頬緩んでるし」
「へ?…あ、ほんとだ……」
言われて、触ってみて、そこで初めて気付いた緩み。俺が笑っていたんだというその事実。
傍から見れば変な反応をしている俺に対し、緋奈は小首を傾げて、妃乃と依未は「変な奴…」とでも言いだけな顔で俺を見ている。ここでも性格が出るというか、もうほんといつでも緋奈は素晴らしい妹だなぁとか思う俺だが、今回に関しては妃乃達の反応もまあそんなにおかしなものじゃない。俺だって、近くの奴が何もないのにいきなり頬を緩ませたら、変な奴だって思うんだから。
「何でもねぇよ。それより折角だから、このゲームに何か賭けようぜ」
「じゃ、悠耶の毛髪でも…」
「うん、依未は後でテキサスクローバーホールドな」
「な、なんであたしプロレス技掛けられなきゃならないのよ…!しかも結構本格的なやつだし…!」
「あ、伝わるのな…俺は伝わった事が一番びっくりだよ……」
そうして俺達はゲームを続け、一喜一憂しながら対戦。イベントの内容に突っ込んだり、談笑したり、途中菓子を摘みながらも遊びを続ける。
元々、今日はこういう事をしようと思ってた訳じゃない。最初は、依未が居心地の悪い思いをしてしまうんじゃないかとも思った。だが…今は、想定外でもこういう事になって良かったと…そういう思いが、俺の胸の中にはあった。
……で、その人生ゲームの結果だが…ラーメン屋の店主から更に女優と税理士を経て、最終的に骨董商となった緋奈が最も稼いで一位となった。…マジでどんな職歴してんだよ、人生ゲーム内の緋奈…。
*
色々なゲームをしているうちに、気付けば夕暮れ。冬だからもう外は暗くて…それに気付いた時、お兄ちゃんは依未さんに言った。何なら、このまま夕食もうちで食べていくか、って。
「もう、お兄ちゃんってば気さくで優しいけど、こういうところ抜けてるよねぇ…」
お兄ちゃんの優しい姿を見られるのは気分が良いし、わたしとしても依未さんとはもっと仲良くなりたいと思っているから、夕食を一緒に食べる事はわたしも賛成。妃乃さんも賛成で、依未さんも「まぁ…妃乃様や緋奈が言うなら…」とうちで食べていく事に決まったんだけど、そこで予定していた夕食を四人分で作るには微妙に食材が足りないと発覚。だから今、わたしはその分を買いに行った訳で…。
「…やっぱり、お兄ちゃんにはわたしがいなきゃ駄目かなぁ……」
だけど、わたしはそれを嫌とは思わない。いつもお兄ちゃんは色んな事を頑張ってるし、わたしの事を気にかけてくれるし、お兄ちゃんには沢山良いところがあるのと同時に、短所だって色々ある事をわたしはよーく知っている。
それに兄妹は、家族は協力し合うもの。何かあったら、笑って手伝ったり引き受けたりするのが家族ってもの。特にうちは、もうお母さんもお父さんもいないんだから…この絆を、絶対大切にしなくちゃいけない。
(…でも、そういう意味じゃ妃乃さんも、依未さんも大変だよね…二人共家族がいるのに、一緒に暮らせないなんて……)
うちにいる妃乃さんは任務として、依未さんは事情があって、それぞれ家族とは別で暮らしている。二人共それに折り合いは付けてるんだろうし、一人暮らしをする人は世の中に沢山いるんだから、それを「可哀想」と思うのは間違っているんだけど…やっぱりわたしとしては、こう思う。家族と一緒に居られるなら、そっちの方がいいよねって。
「…妃乃さんには感謝しなきゃだよね。家族と別で暮らす事になってまで、わたし達の事を考えてくれてるんだから」
そんな事を思いつつ、わたしは食材の入った袋を持って家へと帰宅。ちょっとシリアスな事考えちゃったけど…それはそれ、これはこれ。依未さんが遊びに来てるんだから、気持ちは切り替えていかないと。
「ただいま、っと」
独り言位の感覚でそう言って、勝手知ったる家の中へ。そこから向かう先は、勿論リビングであり台所。
(ふふっ、最初にお兄ちゃんはなんて言うかな?お帰り…はまぁ前提として、『ありがとな、助かった』とかかな。『早かったな』って言うかもしれないし…あ、でもお兄ちゃんは心配性だから、『夜道で変な男に絡まれたりしなかったか?』とか言うかも…?)
お兄ちゃんが最初にかけてくれる言葉を想像しながら、リビングの扉に手をかけるわたし。ちょっと子供っぽいかもしれないけど、こうしてお兄ちゃんのかけてくれる言葉を想像するだけで、わたしは楽しい気分になる。お兄ちゃんが笑顔を見せてくれるだけで、わたしは嬉しい気持ちになる。あぁ、そうだ。きっとお兄ちゃんは、お帰りって言いながら笑顔を浮かべてくれる。いつもわたしに笑顔を見せてくれるお兄ちゃんだけど、今日は特に気分も良いみたいだから、素敵な笑顔を見せてくれる筈。ふふふっ…やっぱりわたし、お兄ちゃんの事が……
「…意外に美味しい……」
「だろ?って、意外には余計だ意外には」
「あ、やっぱり依未ちゃんもそう思う?この性格で一通り家事が出来て、料理もしっかり出来るって、似合わないっていうか意外よねぇ」
「だから意外も似合わないも余計だっての!いっつも思うが二人はもうちょい素直に褒めろやツンツン娘共!」
『ツンツン娘!?』
「ツンツンしてるからツンツン娘だ。そういう事なら俺だって意外なんだぞ?妃乃が実はジャンク「わー!わーわー!」…依未がコスプ「わぁぁっ!?わッ、わぁぁぁぁ!」……ぷっ…ふ、二人揃って分かり易っ…」
『うっ…あ、(貴方・あんた)ねぇぇ……!』
扉を開いた瞬間、聞こえてきたのは賑やかな声。さっきまでと変わらない、愉快そうなお兄ちゃんの声。そして、お兄ちゃんの顔に浮かぶ…楽しそうな、本当に楽しそうな……混じり気のない、明るい笑顔。
(……あ、れ…?)
それを見た時、何故かわたしは動けなくなった。そこには楽しそうにしてるお兄ちゃんがいるのに、お兄ちゃんはわたしが素敵だって思う笑顔を浮かべているのに、さっきまで募っていた温かな思いが消えていって……
「ん?おぉ、お帰り緋奈。悪かったな、俺がちゃんと確認しなかったばっかりに買い物行かせちまって……」
「…………」
「でも助かったよ、ありがと……って、緋奈?」
「…へっ?あ、う、うん…もう、お兄ちゃんってばうっかりしてるんだから……」
「ほんとすまん…けどほら、これは緋奈がいる安心からくるうっかりというか……」
「いや、あんたのミスはあんたのミスでしょ」
「…ちぇ、そうですよー……」
「依未ちゃんって、ほんと悠耶に容赦ないわね…くふふっ……」
「何笑ってんだ妃乃……」
はっとして、一拍置いてからお兄ちゃんに声をかけられていた事に気付く。その時は、慌ててお兄ちゃんの言葉に反応して、何とか笑顔を作ったけど…それから二人の言葉を受けて、拗ねたようなお兄ちゃんの顔を見た瞬間、またわたしの心は冷えていく。
何故か分からない。何も嫌な事なんてないのに、わたしだって時にはお兄ちゃんを弄ったりするのに、どうしてかわたしの心は冷えて、沈んでいって……
(……あぁ、そっか…)
(…ねぇ、お兄ちゃん…どうして?どうしてお兄ちゃんは、そんな顔をしているの?お兄ちゃんの一番は、お兄ちゃんが一番大切なのは、妹だったんじゃなかったの?なのに、どうして…妃乃さんや依未さんに対しても……)
(……わたしの時と、同じようにしているの…?)