双極の理創造   作:シモツキ

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第百四十七話 安心してる、信頼してる

 若干寝不足だった昨日、御道は欠席した。体調を崩した…って事になってるらしいが、十中八九崩しているのは身体の調子ではなく、精神だろう。けれど綾袮の様子からして、最悪の状態…って程悪い訳でもないんだろう。……そんな事を、昨日の俺は思っていた。

 見舞いに行くかどうか考えて、精神的なものならそっとしておいてやる方がいいだろう…と、携帯にメッセージを送るだけに留めた俺。ただまぁ、何日も休むようなら見舞いに行った方がいいかもなー、とも考えていたんだが……

 

「おはよ、千嵜」

「…お、おぅ…おはよう……」

 

……次の日、即ち今日学校に行ったら、普通に御道も登校していた。何食わぬ顔で、自分の席に座っていた。

 

(…え、えぇー……)

 

 御道に、無理をしている様子はない。それどころか、魔人の事で気に病んでいたここ最近の中じゃ、一番顔色も良い気がする。…いや勿論、それが悪いとは言わないし、むしろ良い事ではあるんだが……そんな、一日休んだだけで回復するかね普通…。

 

「……ん?何?俺の顔に何か付いてる?」

「いや、別に……」

 

 で、今は昼休み。何かしら訳ありなんじゃないかと俺は午前中ずっと御道を観察していた(無論、これは御道を心配しての事であって、決して面倒な授業から目を逸らす理由にした訳ではない)が、これといっておかしな点はなく、今も普通に昼飯を食べている。…うーむ……。

 

(…綾袮…も、知らないみたいだな…。となれば、妃乃も知らないだろうし……)

 

 ちらりと視線と綾袮に送ると、伝わったようで綾袮は肩を竦める。

 様子を見ていて分かる事はなく、綾袮も知らないとなると、もうこの時点で探る手段はほぼ全滅。俺は同居してる姉妹の方とはそこまで交流がある訳じゃないから知っていたとしても訊き辛いし、あんまりこそこそ嗅ぎ回るような事も気が乗らない。

 というかぶっちゃけ、何が何でも明かさなきゃいけない事でもない。無理に明るく振舞ってるならともかく、そうじゃないならそれでいいんだから。…けどまぁ、気になるもんは気になる訳で……

 

「うぉわ…っ!?ちょっ……!」

『……?』

「あ…ご、ごめん…なんでもない……」

 

 そこで不意に、御道が変な声を上げ、明後日の方向へと振り向いた。それに関して、本人は何でもないと言っているが…なら今のは何なんだろうか。一瞬虫でも飛んできたのかと思ったが…今冬だし。

 と、そんな事もあってか、やっぱり気になって仕方ない俺。だから迷い、考え……その上で、俺は言う。

 

「…なぁ、御道…昨日、何かあったのか?」

「え……?」

 

 そう言った瞬間、御道は持っていた箸を止め、妃乃と綾袮もぴくりと肩を震わせる。

 俺に残された最後の手段、それは直接訊く事。少なからずリスクもあるし、不安もあったが…それでも俺は、今訊いた。何となくだが…これは、なあなあで済ませちゃいけないような気がしたから。

 

「…勿論、無理に話せとは言わねぇよ。けど、話せる部分があるなら……」

「…そう、だね…うん。正直、全部は話せないけど…ただそれでも、言える事があるとすれば……」

 

 ちゃんと聞いておきたい。けど、それはあくまで俺の意思。御道の意思を踏み付けてまでするような事じゃ断じてない。だから、嫌だというならさっぱり止めて別の話をしようと思っていたが…俺の問いに対して、御道は頷いた。

 それから少しだけ考える様子を見せながらも、落ち着きのある表情を浮かべる御道。そして御道は、言った。

 

「……俺がした事、願った事は、間違ってなかったんだって分かったから…かな」

「…そっか」

 

 それは、具体性のない言葉。した事というのが、魔人ならトドメを刺した事だろうか…と想像するのが精一杯で、それ以上の事は分からない答え。だが……そんな言葉でも、声からは、言葉からは、伝わってくるものがあった。…随分と、いい顔するじゃねぇか、御道。

 

「うんうん。顕人君が間違ってない事は、わたしも保証してあげるよ!ふふん!」

「なんで最後胸張ってるのよ…まぁでも、良い事だと思うわ。そうやって、自分に自信を持つ事はね」

「二人共ありがと。さて…ちょっと俺は失礼するね」

「どうした、自信を持って早引きか?」

「そんな事に自信は持たんわ…ちゃんと戻ってくるから、綾袮さんは俺のおかず食べないようにね?」

「うっ…何の事カナ-?」

『…………』

 

 くるりと振り返った御道に先手を打たれ、綾袮は分かり易く目を逸らす。そんなしょうもないやり取りを見て、無言で半眼を浮かべる俺達二人。

 まぁ、ともかく…御道がもう心配要らないって事は、さっきの答えではっきりした。であれば、俺も午前中みたいに気にかける事なんてしなくていいし……午後はゆっくりさせてもらいましょうかね…。

 

 

 

 

 教室を出た俺が向かうのは、屋上…ではなく、その手前の空間。前に来たのは文化祭の時で…でも別に、その時の事は関係ない。で、そこに到着した俺は、はぁ…と一つ溜め息を吐いて…振り返る。

 

「…あのさぁ…あんな千嵜達が見ている前で春巻き取って食べるの止めてくれない…!?超焦ったんだけど…!?」

 

 あまり大声にならないようにしつつも、言葉に猛抗議の意思を込める俺。その俺が言葉をぶつけている相手は……愉快そうににやにやと笑みを浮かべている慧瑠その人。

 

「いやぁ、失礼失礼。あまりにも美味しそうだったので、つい」

「ついでこんな冷や汗かくような事しないでくれる…!?」

 

 そう言って慧瑠は、てへっと舌を出してくる。その仕草自体は、まぁ可愛いんだけど……今の俺は、それを素直に可愛いと思えるような心境にない。

 昨日の朝再会(?)して以降、ずっと慧瑠は俺の側にいる。…まぁ、それはいい。プライバシーの問題はあるけど、取り敢えず昨日の今日だからまだ良かったって気持ちの方が優っている。

 学校に着いてくるのもいい。だって誰にも認識出来ないんだから。俺の弁当のおかずを横から取るのも…それ単体なら、まあまだ「あのねぇ…」位で許せる。けど、けど……千嵜達が見てる前でそんな事されたら、見えてないって分かっててもビビるに決まってんじゃねぇか…ッ!

 

「冷や汗も何も、自分の事は見えてないんですよ?それは先輩も分かってますよね?」

「分かってるけどさ…確証があっても不安になる事ってあるじゃん……」

「そうっすか?」

「そうなの…てか、慧瑠は見えてなくても、春巻きは見えるでしょ?その場合、春巻きが浮いてるように見える訳でしょ?だったらやっぱり……」

「あぁ、違うっすよ先輩。あの時は、春巻きも認識出来なくなってる筈ですから」

 

 余程自信があるのか慧瑠はけろっとしてるけど、俺にそんな度胸はない。だから少しは自重するように言葉を続けていると…その途中で、慧瑠は口を挟んでくる。俺の考えに対する、否定の言葉で。

 

「…そうなの?」

「えぇ。自分は透明になっているのではなく、認識出来ないようになっている…つまり、自分が干渉しているのは自分自身の身体じゃなくて、相手の認識能力なんっす。だからさっきの春巻きみたいに自分を認識する事に繋がる要素も自分同様認識出来なくなりますし…場合によっては、勝手に誤認してくれるんです。目の前の『あり得ない事象』に対して、常識というフィルターが、『あり得る事象』になるよう、都合の良い補正をかける事で」

「えぇ、っと…つまり、慧瑠は『自分を認識出来なくなる』って設定の力を周りに発していて、その影響を受けた回りの人は、見たもの聞いたものを設定の通りに頭の中で捻じ曲げてる…って、事…?」

「そういう事っす。あ、でも今の自分は力を発してるというより、『ほぼ誰にも認識されない』って性質の存在になってるっていう方が近いです。先輩は理解が早くて、自分嬉しいですよー」

「それはどうも…」

 

 立てた指を軽くくるくるさせながらの説明を聞いて、何とか一応の理解はした俺。自分の言葉にする事で、一歩理解が深まったような気もするけど…やっぱり難しい。…ふーむ…って事は、見えてたり聞こえてたり自体はしてるのか…ただそれを、脳が正しく受け取れない、即ち認識出来ないって訳で……むむ、考え過ぎると逆に分からなくなりそうだ…。

 

「…ん?って事は…もしかして、俺も慧瑠の事は正しく…というか、頭の中での補正がかかってない状態では見えてないの?」

「お、鋭いですねぇ先輩。それは違うっすけど、その視点はかなり重要な事ですよ〜」

「…と、いうと……?」

 

 ごちゃごちゃと考える中、不意に浮かんだ「じゃあ、俺は?」という疑問。俺としては、そこまで深く考えた訳じゃない…それこそふっと思い浮かんだだけの疑問だったけど、どうやら今のは鋭い視点らしい。

 

「まず前提として、先輩は周りの人とは全く違う法則で自分を認識してるんっす。そもそも認識出来る先輩と、出来ない周りの人って時点で、そこは明白だと思いますが」

「そりゃ、そうだね…それで?」

「で、その法則ですが…あの時自分は、自分という存在を先輩の自分へ抱く認識と組み合わせて、先輩の中に刻み付けました。なので先輩の中には、『天凛慧瑠』という基本となる認識があって、その認識によって自分は存在してるんす。なのでその観点で言うと、先輩の頭の中で補正はかかっていないものの、ありのままの自分が見えているって訳ではないっすね。何せ、もうありのままの自分はいないっすから」

 

 尚も続く難しい説明。そしてその中でさらりと発せられた、「もうありのままの自分はいない」という言葉。

 それの意味は分かってる。今の慧瑠は魔人としての慧瑠ではなく、俺の認識によって成り立っている、凡ゆる常識を逸脱した存在なんだって。慧瑠は、慧瑠であって慧瑠ではないんだって。ただそれでも、言葉自体に何か無情な響きがあって…やっぱり、嫌だな。なんであろうと…失う、って事は。

 

「そして、ここからが一番重要っす。今自分は、基本の認識によって存在してると言ったっすが…基本はあくまで基本。深層部分は自分も予想が付きませんが、表層…服装だったり髪型だったりの部分は、先輩の思い次第で割と変わります。流石にほいほいとは変わらないっすけど、強い思いや願いであれば、自分に反映されるという訳なんです」

「…それは、例えば…慧瑠はもっと髪が長い方が合いそうとか、そもそも慧瑠ってもっと髪長くなかったっけ、みたいな事を本気で、故意じゃなく無意識レベルから思っていれば、実際に慧瑠の髪は長くなる…って事?」

「そうっすそうっす。どうです?重要でしょう?先輩が良からぬ事を考えていると、最悪自分は裸に剥かれてしまうんっすよー?きゃー、先輩ってば破廉恥っすねぇ〜」

「ぶ……っ!?な、何を言い出すんだ急にッ!てか想像してないし!今慧瑠は普通に服を着てるでしょうが…って、んん?…その服は……」

「はい。折角先輩が選んでくれた服なんですよ?基本こう見えるようにしたに決まってるじゃないっすか」

 

 根も葉もない、それでいて思春期男子には刺激の強い、言われるとうっかり想像してしまいそうな危険発言をぶち込まれて、一気に顔が熱くなる俺。で、酷い言いがかりだ、と邪な思いが浮かばないよう反論しようとしていたところ、はっと気付いた慧瑠の服装。しかもそれについて触れると、慧瑠は何の恥ずかしげもなく、訊いたこっちが照れ臭くなるような事を言ってきて……むぅ、相変わらず慧瑠は掴み所がなさ過ぎるよ…。

 

「…あれ?どうしたっすか先輩。そんな『そう言われたら怒るに怒れないじゃないか…でも、そこまで気に入ってくれたのか…なら、俺も選んで良かったな…』みたいな顔をして」

「サイコメトラー!?え、慧瑠の能力ってそんな事も出来んの!?」

「いや、今のは勘っす」

「あ、なんだ勘か…勘なら……それはそれで凄いよ!?後恥ずいから勘でも当てないでくれる!?」

「当てるなっていうのは流石に横柄っすよ…勘なんですから……」

 

 ほぼドンピシャな読心(勘)を働かされて、再び俺は全力で突っ込み。勢い余って確かに横柄な事も言っちゃったけど…まぁ、これは仕方ないと思う。何せ滅茶苦茶びびったんだから。

 

「…こほん。まぁ、慧瑠の状態…っていうか、性質?…については分かったよ。……あ、因みに今の慧瑠って、暑いとか寒いとかの感覚はある?」

「ありますよ?どっちに関しても、元が魔人なので普通の人よりずっと強いっすけど。…けど、それが何か?」

「いや…その服装、夏は暑いでしょ?だからまだ先だけど、気温が高くなってきたら夏服に変えられるよう俺も頭働かせなきゃなぁ…と思ってさ」

「……先輩、それ狙って言いました?」

「え、狙って?…って、何が…?」

「まぁ、そうですよねぇ…いえいえ、何でもないっす。でもその気持ちは嬉しいっすよ〜、先輩」

 

 何やら頬を緩ませつつ、慧瑠は含みのある言葉を口に。一体何が言いたかったのかと気になるところだけど、下手に訊いてまたからかわれたりするのも勘弁。それにあんまり長く席を外していると変に思われる…もっと言えば心配されるだろうと思って、俺は「とにかくひやっとする事はしないように。弁当のおかずが気になるなら朝あげるから」と言って階段の方へ。

 

「…っと、先輩。最後にもう一つ言っておきたい事があるんですけどいいっすか?まぁ、別に今でなくても話せますし、なんなら授業に話してもいいんですけど」

「授業中は先生の声を聞かせてくれ……で、なに?」

「昨日から自分はずっと先輩の側に居っ放しですけど、こっちから何かしたい事がある訳でも、先輩が自分と何かしたい訳でもない場合は、多分自分は消えると思うっす。でも別に消滅してる訳じゃなくて、所謂霊体化してる…みたいな感じになると思うので、それを覚えておいて下さいっす」

「あ…うん、それは了解。それも認識絡み?」

「そっす」

「そっか」

 

 それで屋上前での会話を終えて、俺は自分のクラスへと帰還。どうやら浮けるらしい慧瑠は浮遊しながら付いてきて、その後もずっと俺の側へ。

 それから数十分後の授業中。ふと思い出して後ろを見ると、慧瑠は空中に座るような姿勢でにこにことしていた。それが一体何に対する微笑みなのかは分からないけど…まぁ、別にいいかと思った。だって…あんなにも気兼ねなく、慧瑠が笑えているんだから。

 

 

 

 

 と、学校にいる間は思っていたし、下校時なんか今度こそ一緒に、横槍が入る事なく帰る事が出来て、ほんと「良かったなぁ…」って気持ちで一杯だったんだが……

 

「〜〜♪…あ、先輩お風呂上がりっすか?」

「…ここ、俺の部屋なんだけど……」

 

 家事を終えて課題も済ませて、皆と被らない時間で急いで風呂にも入って、さぁ漸くゆっくり出来るぞ〜と思って自分の部屋に入ってみたら、ベットに仰向けで寝そべって脚をぱたぱたさせつつ俺の本を読んでる慧瑠がいた訳で……。

 

「……はぁ…」

「また深い溜め息ですねぇ…気落ちしているならこの本どうです?中々面白いっすよ?」

「知っとるわ、それも俺の本なんだから…」

「じゃあ、肩でも揉みましょうか?」

「要らない要らない…てか慧瑠、ある程度俺から離れる事も出来るのね…」

「出来るみたいっすね〜。色々未知数なので、どこまで離れられるのかも、そもそも距離の制限があるのかどうかも分からないっすけど」

 

 寝そべったまま、顔だけこっちに向けている慧瑠。因みに今本を持っている事からも分かる通り、慧瑠は触れる事が出来るのも俺だけ…みたいな事はなく、ちゃんと実体もあるらしい。…まぁ、春巻きの件でもそれは分かるだろうけど。

 

「隣、失礼するよ。…って、これは俺のベットじゃん…なんで断り入れたし俺……」

「謙虚な性格が出てますねぇ」

「うっさい…あ、そうだ慧瑠。部屋はどうする?皆に変に思われちゃうから、しっかり用意する事は出来ないけど…ある程度なら、空き部屋を使えるように準備するよ?」

「あー…それは保留でいいっすか?取り敢えず今は要らないですけど…」

「ん、あいよ。なら欲しくなったら言って」

 

 なんとなく読みたくなった俺は、慧瑠の持っている本の四巻を本棚から取って座る。何故四巻かと言うと…それも純粋になんとなく。

 で、それから数分は静かに読書。慧瑠も本に集中していて……そんな中で不意に、部屋の扉がノックされる。

 

「顕人君、ちょっといいかな…?」

「綾袮さん…?」

 

 続けて聞こえてきたのは、普段よりちょっと静かな綾袮さんの声。俺は普段の調子で立って、扉を開けようとして…振り向いた。見えていないともう実証されていても、まだまだ俺は安心出来る程この状況に慣れてないから。

 

「大丈夫ですよ、先輩。不安なら、入れ替わりで出ていきますが…」

「…いや、いいよ」

 

 でも、慧瑠の事は信じている。だから小声で答えて、ゆっくりと首を横に振り…俺は部屋の扉を開ける。

 

「…どうしたの、綾袮さん」

「ええ、っと…御道ー、野球やろうぜー…的な?」

「中島君!?…いや今は夜でしょうに…そもそも普段野球やらないでしょ……」

「だよねー、あはは…」

 

 何か言い辛い事でもあるのか、妙な冗談を言う綾袮さん。流石にそれだけじゃ何が言いたいのか分からないから俺が見つめていると、暫し綾袮さんは爪先でカーペットを弄っていて(ちょっといじらしくて可愛い…)……

 

「…あ、あのさ…本当に、元気?無理、してない…?」

 

 それから綾袮さんが口にしたのは、俺へ対する心配の言葉だった。その澄んだ青色の瞳には、俺への不安が浮かんでいた。

 

(…あぁ、そっか…そうだよな……)

 

 その声と表情で、俺は理解する。考えてみれば…いや、考えるまでもなく、綾袮さんは心配してるに決まってるじゃないか。あの日あった事を誰よりも知っていて、あの時の俺も見ていて、毎日一緒にいるんだから。

 綾袮さんが心配するのは当然の事。俺は綾袮さんに心配をさせてしまった。不安にさせてしまった。だったら…きちんと、安心させてあげなきゃだよな。

 

「…大丈夫だよ、綾袮さん。ごめんね、心配かけて」

「う、ううん…それはいいけど…ほんとに、無理してない…?」

「してないよ。…本当に辛い時はちゃんと言うから安心して。これでも俺、綾袮さんの事は信頼してるからさ」

「そ、っか…うん、そうだね…今の顕人君、いい顔してるし……」

 

 信頼してるなんて、面と向かって言うのは少し恥ずかしい言葉。でも…嘘じゃないからか、それとも綾袮さんだからかは分からないけど…自分で思っていたよりもずっと、その言葉をすっと言う事が出来た。

 それを聞いた綾袮さんは、不安そうな顔から少しだけ安心したような顔に。そして、ふっと一度俯いて……すぐに、顔を上げる。

 

「あのね、顕人君!わたし…やっぱり顕人君は、元気な方が良いって思うの!」

「…元気な方が…?」

「うん!だからね、今大丈夫だって分かって安心したよっ!だけど、これからも色々あると思うから……また何かあったら、わたしに話して!わたしに相談して!そしたらわたし、顕人君の力になるからっ!だから……」

「…うん。頼りにしてるよ。…いつもありがとね、綾袮さん」

「……っ…!」

 

 打って変わって明るくなった、綾袮さんの表情と声音。それは、いつもの調子を取り戻したようで、でもどこか必死そうな感じもあって……だから俺は、綾袮さんが言い切る前に言葉を返した。感謝を伝えた。だって、俺の思いは一貫して…綾袮さんに安心してほしい、ただそれだけだから。

 

「…綾袮さん?」

「…ぁ…や、ぇっと…その……」

 

 けれどどういう事か、俺が言葉を返した瞬間綾袮さんの勢いがどっかに消えて、代わりにほんのりと頬が赤く染まる。声もしどろもどろになっていて、普段見せない表情をした綾袮さんは、これまた可愛かったけど……急にこうなると、今度はこっちが不安になる。

 

「えーと…大丈夫?」

「ふぇっ!?あ、だ、大丈夫大丈夫!もう元気元気だから!」

「そ、そう?変に連呼してるけど……」

「ほ、ほんと大丈夫だって!それよりわたしの心配するなんて、顕人君の癖に生意気だぞっ!?」

「えぇー……じゃあ…綾袮さんこそ、何かあったら話してね…?俺だって、話を聞いて頭を捻る位なら出来るからさ」

「あ、う、うん!だったら顕人君の力が必要な時は借りさせてもらうね!それじゃあ顕人君、ちょっと早いけどお休みっ!」

「お、おう…お休……って、出てくの速っ…」

 

 何か明らかにテンパっていた綾袮さんは、俺の返答も待たずに退室。一方俺は、綾袮さんの変化に半ば置いていかれたような気分で…ほんと、何だったんだろう……。

 

(…まぁ、でも…いっか。綾袮さんに、安心はしてもらえたみたいだしさ)

 

 疑問はある。けど、思いは伝わった。安心はしてもらえた。なら、いいじゃないか。慧瑠は勿論だけど…綾袮さんだって、これからも話す事は出来るんだから。

 ラフィーネさんだってそうだ。フォリンさんだってそうだ。俺は話す事が出来る。触れ合う事も出来る。だから不安になる事なんてないんだって、俺は自然に思う事が出来て……いつの間にか俺の口元には、小さな笑みが浮かんでいるのだった。

 

 

 

 

「…いやぁ、昨日は自分を抱いて、今日は宮空綾袮さんへ甘い言葉をかけるなんて、先輩も中々たらしっすねぇ」

「ぶ……ッ!?ち、違っ、違ぇよ!?そんな意図ないからっ!邪な意図はないからね!?」


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